江戸の米相場をめぐる「数字の戦争」――門井慶喜『天下の値段』と徳川吉宗の経済政策
安野貴博の自由研究2025年、米の価格が前年から急に倍になり、5kgで4000円を超えるという「令和の米騒動」が起きている。安野貴博は、同じような出来事が過去にもあったのではないかという問いを立て、直木賞作家の門井慶喜をゲストに迎えた。門井は『銀河鉄道の父』で直木賞を受賞し、同作は映画化もされた。現在は主に江戸や明治を舞台にした歴史小説を書いている。新刊『天下の値段』は、八代将軍徳川吉宗の時代に、江戸の武士と大坂の商人が米相場をめぐって争った実話を下敷きにした小説だ。帯には「国家の命運は米価で決す」とある。対談では、この攻防の中身と、吉宗という人物の意外な一面、そして現代の米価問題との共通点が語られた。
米と銭の二重経済と、大坂に生まれた市場
門井によれば、江戸時代の経済の中心は米だった。人々は現代と同じように銭も使うが、米も使わなければならない。一種の二重経済である。そして米の部分を牛耳っていたのは江戸ではなく大坂だった。政治の中心である江戸の将軍は大坂の経済を支配したいが、大坂の商人は自分たちのルールでやりたい。この江戸と大坂、武士と商人の衝突が小説の主題である。門井は、実際にあったことを基本に書いており、フィクションの部分もあると断ったうえで、「数字の戦争」が東西の間に本当にあったことには書いていて自分でも驚いたと話す。
安野がまず驚いたのは、江戸時代の大坂にすでに市場が存在していたことだった。門井は、将軍のお膝元である江戸に大きな市場ができても不思議ではなかったのに、半ば自然発生的に大坂にできたと説明する。その要因の一つが物流だ。鉄道のない時代には重いものはすべて船で運ぶ。江戸も東京湾に面しているが、当時は瀬戸内海が日本の真ん中であり、その一番奥にある大坂が物流の中心になった。米が集まれば売買する商人が集まり、さらに「米はいらないが金が欲しい」という投機的な野心を持つ商人も集まる。そこで取引ルールが洗練され、米がなくても儲かる仕組みができあがった。
門井はこれを、江戸では金で物を買っていた同じ時代に、大坂では「お金でお金を買っている」と表現した。吉宗の時代はちょうど江戸時代の半ばにあたり、その頃には江戸と大坂の経済に大きな差がついていたという。
御触れと抜け穴のいたちごっこ
経済力を持たない一方で政治権力を持つ江戸の武士、とりわけ将軍は、何によって大坂を支配しようとしたのか。門井の答えは法律、つまり御触れだ。「これをしてはいけない」「取引はここだけでしなさい」といった細かな命令を出す。処罰があるので商人は表向き従うが、法の抜け穴を見つけてはその中でこっそり取引をし、結局は法律全体を反故にしてしまう。
具体例として門井が挙げたのが蔵屋敷での取引だ。大坂には全国の大名の蔵屋敷、いわば大坂出張所があり、商人はそこで入札によって米を買う。あるとき幕府は、入札で買った米の一定割合を手数料として納めるよう命じた。門井は消費税のようなものだと例える。旨味がなくなると考えた大坂の商人は、「入札でなければいいのではないか」と発想した。入札をせず、今でいう談合に近い形で事前に申し合わせて売買する。入札ではないから手数料は納めない。こうして条文は事実上空文化し、幕府もこの措置を取りやめることになった。安野は、ルールがあると抜け道を探るいたちごっこが起きるという点に面白さを感じたと応じている。
「天下の値段」という題名と、江戸の情報網
題名が「大坂の値段」ではなく「天下の値段」である理由について、門井は、米価は大坂で決まるが、全国の主要都市にあるそれぞれの米市場がすべて大坂の米価を見ていたからだと説明する。
では電話もインターネットもない時代に、どうやって情報を全国に届けたのか。門井は当時の情報への執念が「すごい」と言う。地方の商人にとっては、他人より一日でも半日でも早く大坂の情報を知る方が取引で有利になる。安野はこれを、市場の情報をいち早く知って利益を得る現代の株式のフロントランニングになぞらえた。
その手段の一つが、大坂で日々取引をする商人が発行した一種の新聞である。今日の相場の動き、終値はこうだったという情報を顧客に売る。それが転売され、おそらく刷り直されながら地方へ広がっていった。門井はこれを経済ジャーナリズムと呼ぶ。当時の印刷は今より高価で、一枚刷りでも高いものだったが、その費用を払ってでも情報を得た方がさらに大きな利益を得られた。全国に届くまでには当然時間差があるが、各地方の市場の中では少しでも早く知る者が強かった。
もう一つ、門井が紹介したのが旗振り通信である。これは吉宗よりだいぶ後の時代に生まれたものだと門井は断っている。大坂から博多まで、途中の山の頂上に一人ずつ旗振り役が立ち、目のいい次の山の者がそれを読み取って順に伝えていく。所要時間を安野が尋ねると、門井は正確には分からないとしつつ、相当速く、走るよりは速かったと言われると答えた。天気に左右され、雨の日は精度が落ちたのではないかという。門井は、電子機器のない時代にそこまで速く情報を求めた人が全国にいたことに注目する。
安野は、現代では証券取引所の隣にデータセンターを置いたり、山を切り開いてでも直線の通信路を引いたりして時間を稼ぐことがアメリカなどで行われていると指摘し、時代は違っても同じ力が働いていると述べた。門井は、人間の金銭欲にはきりがなく、江戸時代の通信技術やジャーナリズムは間違いなく金銭欲によって発達したし、それは今後も変わらないだろうと語った。
紀州から来た「田舎者」吉宗の成長
対する吉宗はどういう人物だったのか。門井によれば、吉宗は江戸生まれではなく和歌山生まれで、将軍家の御三家の一つである紀州藩の藩主の息子だった。四男だったかと門井は記憶をたどりながら話し、本来なら藩主にはなれない立場だったが、兄たちが病気で亡くなったことで半ば偶然に藩主になったと説明する。そこで藩政改革を行って経済的な結果を出したことが評価され、江戸に呼ばれて八代将軍になった。
ただし門井は、江戸に来た時点の吉宗はまだ「田舎者」であり、地方で結果を出したが江戸ではどうかという段階で、経済の知識もそれほどなかったと見る。最初は大坂の商人を苦々しく思いながらも、違反すれば処罰すると言うくらいしか手を打てなかった。しかし次第に大坂のやり口を学び、どうすれば手数料が取れるか、どうすればコントロールできるかを考えるようになる。先の入札手数料の御触れも吉宗の時代のものだが、それが失敗すると、今度は入札以外の取引からも手数料を取るように改める。吉宗の側もアップデートしていくのだ。抜け道と対策を繰り返すうちに双方が成長し、とくに吉宗は経済的な知見の面で大きく成長したと門井は述べる。
データを好んだ将軍
安野が吉宗の数字への感覚を尋ねると、門井は「数字大好き」だと即答した。江戸城の奥でふんぞり返っているかと思えばそうではなく、部下に数字を持ってこさせては眺めていた。今年は全国のどこで何がどれだけ取れたか、という数字である。門井は、今の我々でいうデータ好きであり、吉宗に今のタブレットを渡したら10枚くらい並べて見ているだろうと冗談交じりに語った。大坂とのバトルの中で吉宗が成長できた理由の一つはこの性質にあると門井は考えている。
安野はここから令和の米騒動に話をつなげた。適正な米価はいくらなのか、また米の収穫を示す作況指数を農林水産省がそろそろ廃止するという話も出ている中で、事実を正しく把握することが重要なのに、吉宗は当時から数字を見ながら意思決定していたのが面白いという。門井も、その点では現代の政治家を先取りしていると応じた。
令和の米騒動は「現状把握」の失敗だという安野の見方
安野は、今回の米騒動で一番の問題は現状を把握できていないことだと主張する。一年経った今も、なぜ米価が2倍になったのか確たることが分かっていない。政府は作況は平年並みで需要もそれほど変わっていないとしている。それでも価格だけが倍になっている理由が分からないまま、あれをやればいい、これをやればいいという案が出ている、というのが安野の認識だ。
そこで安野と、自身の率いる政党の立場として「我々」が提案したいのは、対策の前にまず何が起きているのかを把握できる仕組みを作ることだという。どこにどれだけ米があるのかをリアルタイムで共有し可視化する。そうすれば、収穫が実は政府統計と違っていたのか、精米の過程で米が砕けやすくなって歩留まりが悪化したのか、あるいはどこかの卸業者が大量に溜め込んでいるのか、といったことが分かるはずだと安野は述べた。見えないブラックボックスだからこそ「誰かが買い占めているのではないか」という疑いが生まれる、と話はつながっていく。
なぜ米だけが特別視されるのか
門井は、江戸時代の実態としては、大坂商人が欲しいのは結局お金であり、米を大量に抱えてもそれほど儲かるわけではないので、実はそれほど買い占めは行われていなかったと話す。それでも日本の社会では伝統的に、米価が上がると必ず誰かが買い占めていると言われる。門井はこれを感情の問題だと見る。
その根拠として門井が挙げるのが他の作物との対比だ。トマトが高くなっても誰が買い占めているのかとはあまり言わない。安野も、キャベツが1000円を超えても「今年は取れなかったのかな」と受け止められるのに、米だけは皆が異様に神経質になると同意した。門井は、その背景に江戸時代から米が銭と並ぶ経済の中心だったことがあると考える。今は米が経済の中心ではなく、投資目的で取引されることも基本的にはないが、その記憶が残っていて、日本人にとって米は良くも悪くも数字では割り切れない感情の対象になっている。宗教的な心理とまでは言えないかもしれないが、と門井は留保している。安野は、今回の米騒動で批判が殺到したのもそれが米だったからだろうと応じた。
吉宗の二つの工夫:自前のデータとブラックボックスの活用
では吉宗は、見通しの利かない大坂の市場にどう向き合ったのか。門井は二つの考え方を挙げる。
一つ目は、独自にデータを集めることだ。大坂には幕府の出張所である大坂町奉行があり、そこに報告をさせることもできたが、吉宗はそれ以外にも独自のルートで数字を集め、報告の数字そのものを自分の目で吟味した。
二つ目は、ブラックボックスはある程度しかたがないと割り切り、それなりに利用するという発想である。江戸から大坂の様子を100%把握することなどできない。吉宗にとって米価は上がりすぎても下がりすぎても困るもので、安定して真ん中あたりを推移してほしい。そこで米価が下がってきたとき、吉宗は大坂の商人に帳合米取引を認めた。
帳合米取引という「先物市場」の公認
門井は帳合米取引を、今でいう先物取引、デリバティブ取引に近いものだと説明する。「帳」は帳面、「合」は合格の合、「米」は米で、手帳で取引するという意味だ。紙に筆で「いくらで売った」「いくらで買った」と数字を書くだけで売買し、後でまとめて清算して、差額分の損得を確定させる。現物の米はいらないし、大名が発行する米の証券である米切手すらいらない。筆と紙さえあれば誰でもできる取引だった。
当然、幕府はそんな危ない取引を認めるはずがなく、それまで大坂の商人は違法状態、あるいは黙認状態で行っていた。安野も、現代ですら先物取引はかなり規制されていると指摘する。ところが吉宗は、米価が下がりすぎたとき、帳合米取引を認めれば皆が盛んに取引をして価格が上がるのではないかと期待し、これを公認した。門井はこれを「結構革命的なこと」だと評する。
安野は、吉宗の時代は西暦1730年ごろであり、その時代に先物取引を公式に実装したのは世界で最初かもしれないと述べ、門井も同意した。門井は、吉宗は本当は危ない取引を認めたくなかったかもしれないが、現実に米価が下がっていて、それを上げる手段として有効かもしれないとなれば、危ないブラックボックスであっても認めてしまう人物だったと見る。現実に動いているものは、嫌でも認める。数字を自分で見ることと並んで、これが吉宗の考え方の大きな柱だったと門井はまとめた。
予測市場・フューターキーとの共通点
この話を受けて安野は、暗号通貨界隈などで議論されている予測市場を紹介した。市場には多くの人の知恵が価格として織り込まれるので、政策の判断にそれを使うべきではないかという「フューターキー」と呼ばれる考え方がある。たとえば消費税減税をするかどうかについて、減税した場合の1年後、2年後のGDPが上がるか下がるかを予測させ、正しく予測すれば儲かる仕組みにする。すると知恵や情報を持つ人やシンクタンクが経済的インセンティブに引かれて参加し、出てきた結果は皆の知恵の結晶として比較的信頼できるのではないか。その結果を判断材料の一つにすればよい、という議論だ。安野は、吉宗の発想とこれに通じる部分があると感じたと話した。
門井は、吉宗が取引を認めるからには、おそらく同じことを自分の頭の中でやったのだろうと推測する。今と比べればデータは足りなかったかもしれないが、当時としては最も豊富なデータを持っていたのだから、それに基づいて頭の中でさまざまなシミュレーションを行い、一種の予測市場を作って判断したということは十分ありうる、と門井は述べた。
「いつの時代に読まれてもいいもの」を書く
最後に安野は、作家の後輩として、2025年夏に出すべきテーマのように時代に合ったこの題材にどうたどり着いたのかを尋ねた。門井によれば、書き始めたのは2年ほど前で、今回の米騒動は当然予想していなかった。ただ、米騒動は何年かに一度必ず起こるものであり、仮にこうした事件が起きていなくても日本人と米の複雑な関係はなくならない。門井はどの本でも、いつの時代に読まれてもいいものを書くことを心がけており、そうしていると、たまにこうして世の中の出来事にぴったり合う時がある、と語って対談を締めくくった。
江戸を舞台にした経済バトルというか。お米だけはみんな異様にこう敏感になるんですね。吉宗に今のタブレットとか渡したら、もう10枚ぐらい見てると思いますよ。
先物市場解禁。ひょっとしたら世界で一番最初にいわゆる先物市場っていうのができた瞬間かもしれないですね。
今まさに令和の米騒動と呼ばれてる騒動があります。2024年よりも2025年の今の方が、米の価格が急に倍になってしまった。5kgのお米が4000円を超えてしまったっていう事件も発生している最中で、そういう話が過去にも実はあったんじゃないかということで、ゲストの門井先生にお越しいただきました。よろしくお願いします。よろしくお願いします。
本チャンネルに初めて直木賞作家が来ていただいたということで、私も感激しております。このチャンネルを見ておられる方、結構いろんな方がおられるので、簡単に自己紹介をお願いしてもよろしいでしょうか?
私、改めて門井と申しまして、作家、小説家です。6年前かな、直木賞という割と大きな賞を頂戴いたしまして、『銀河鉄道の父』という。はい。あれは映画化もされまして、大変よく売れた小説ですけれども、今は主に歴史物を書いてまして、江戸時代とか明治時代とかいろんな時代のものを書いてるんですけれども、この度は吉宗の時代、江戸時代のお米の話を書きました。
この新刊ですよね。はい、そうです。『天下の値段』ということで。はい。簡単にちょっとどういう話なのかっていうのも。だって今ね、これ帯見てください。「国家の命運は米価で決す」と。うん。ということで、もうまさにその江戸時代というよりか今なんじゃないかみたいな。令和の米騒動ってありましたけど、どういった話なんですか、これは。
本当に江戸時代というのはお米が経済の中心だったんですね。もちろん今の我々と同じようにお金も使うんですけど。だからお米も使わなきゃいけない、お金も使わなきゃいけないっていう、一種の二重経済のような。で、その銭と米の部分を牛耳っていた、日本の中で経済の中心だったのは実は大阪なんですね。へえ。
でも、政治の中心は当然江戸、江戸の将軍様なので、将軍様は大阪の経済をコントロールしたい、支配したい。でも大阪の商人は支配されたくない。自分たちのルールでやりたい。で、それを江戸と大阪の間の、あるいは武士と商人の間の、意地のバトルですね。このバトルのお話です。
面白い。そんなバトルがあったんだということすら、私、不勉強で全然知らなかったんですけど、江戸を舞台にした経済バトルというか。
そうなんですね。本当に実際にあったことを元に小説に書いてます。小説ですからもちろんフィクションの部分もあるんですけど、基本的には実際にあったことなので、江戸時代に本当にこういう、言ってみれば数字の戦争ですよね。その数字の戦争が東西の間であったっていうことは、僕自身も書いててびっくりしました。
まず市場っていうものが、マーケットっていうものが江戸時代の大阪にすでにあったんだっていうことが、まず私驚きだったんですけど、これってすごくないですか?
そうなんですよね。本当だったら将軍の膝元である江戸にそういう大きなマーケットが起こっても不思議ではないのに、半ば自然発生的に大阪の方にできちゃったんですね。なぜかと言うと、色々な要因がありますが、1つはまずお米が集まりやすい。
はい。ああ、そうなんですね、大阪は。はい。お米というのはもちろん、鉄道がない時代ですから、重いものは全部船で運ぶんです。
あ、そっか。だから海に面してる大阪の方が京都とかよりも有利だったと。
そうですね。もちろん江戸は東京湾に面してはいるんですけれども、当時は瀬戸内海の方が日本の真ん中だったんですね。なので、その瀬戸内海の一番奥にある大阪が物流の中心になるので、江戸よりも大阪の方にまずたくさんのお米が集まる。で、従ってその米を売り買いする商人も集まる。で、そうすると、お米はいらないんだけどお金が欲しいんだよねっていう、ちょっと投機的な、野心のある商人も集まる。そうするとそこでより取引ルールが洗練されていって、お米がなくても儲かるシステムが大阪にできちゃうんですね。
すごい。もうだから金融の世界での。そうなんです。金融の市場がもうあるってことですよね。そうなんです。
江戸ではお金で物を買うっていう風に言ってる時代に、同じ時代に大阪ではお金でお金を買ってるんです。おお、面白い。
もう金融の、お金でお金を売っているですから。もうだんだん江戸時代もその半ばになってくる。大体吉宗の時代って江戸時代の真ん中ぐらいなんですけども、そういう風に江戸と大阪で経済に差がついちゃうんですよね。
でもプライドはやっぱり江戸の武士ってのはありますから、特に将軍にはありますから、それで大阪の方を支配したいんだけれども、結局その経済力は持っていない。でも政治権力を持ってる。そういう人が何によって支配をするかというと、法律によってします。
はい。御触れです。御触れ。御触書。これをしてはいけない。これをしなさい。取引はここだけでしなさい。色々細かいことをやるんです。
まあね、御触れですからね。
そうです。処罰されますから、聞きます。ちゃんと言われた通りにしますという風に言っといて、法の抜け穴を見つけては、その抜け穴の中でこっそり取引をして、結局はその法律全体を反故にしちゃうと言いますか。
あ、はい。抜け道で。そうですね。例えばどんな御触れが出るんですか?そういった意味で言うと。
例えばですね、大阪には全国の大名の蔵屋敷って言って、大阪出張所みたいなのがあるんですけれども、そこに商人が行ってお米を買うわけですね。大名からお米を買うわけですけれども、その時に商人は、大名から入札でお米を買ったら、その中のいくらかを手数料として幕府に収めなきゃいけません。消費税みたいなもんですかね。
あ、そうですね。もう自動的に何割か抜かれちゃうんです。だからこれは、今まで取られなかったのにこんなに取られたら我々も損だし、旨味がなくなるわ。ていう時に、じゃあ大阪の人は何をしたかって言うと、入札じゃなきゃいいんじゃない?
ほお、なるほど。抜け穴感。抜け穴感がある。抜け穴感ありますね。
で、入札をやらないで、ある程度前もって、今ではちょっと談合に近い感じで申し合わせをして、で、売り買いをして、これは入札じゃないですから手数料収めませんよ、税金収めませんよということで、法律が抜け穴っていうか、事実上空文化する。何もなくなっちゃうわけですね。
やっぱ面白いですよね。ルールがあるとやっぱルールの抜け道を探っていくっていう、ある種のいたちごっこが起きるっていうのは。そうなんです。すごい面白い話だな。
結局これは、それで空文化しちゃったら、その条文そのものが意味がなくなっちゃうんで、幕府もこれは取りやめになるんですけどね。
はい。ちなみにこのタイトル、『天下の値段』ってなってますけど、大阪の値段じゃなくて天下の値段っていう風にタイトルついてるの。これはどういうことがあるんですか?
まず米価というのは大阪で決まるんですけれども、結局全国津々浦々の、全国の主要都市にはもちろんそれぞれの米のマーケットがあって取引をされてるんですけども、その全国の米のマーケットが全部大阪の米価を見てたんです。
はあ、なるほど。そこを参考にしてたと。そうなんです。
その、全国津々浦々に情報を届けるっていうこと自体が、江戸時代ってまだ電話もないしインターネットもないという中で、どういう風にやってるんですか?
えっとですね、これが当時の情報っていうのはすごくて。あ、すごいんですか?そうです。まずやっぱり地方から見ると、人よりも1日でも早く、半日でも早く大阪の情報を知っている方が自分とこの取引が有利になるわけですね。
はいはい。今後どうなるか分かるから。そうです。
今の株式のフロントランニングみたいな、人の市場の情報をいち早く知って、それを使って取引で儲けるみたいなやり方ありますけど、まさにそれができるってことですよね。
そうなんです。それはどうやってやったかって言うと、大阪で日々取引をしている商人が、言ってみれば新聞を発行するんです。ほ。今日の動向はこうであった。今日の終わり値はこうであった。
経済新聞だ。経済新聞。はあ、なるほど。
それを自分のところのお客に売るわけです。そうするとその情報がまた別の人に転売と言いますか、おそらく新しくまた刷り直すんだと思うんですけれども、そういった形でどんどん大阪の情報が広がっていって、まず地方に伝播していく、広がっていくというのがあります。本当にジャーナリズムですよね。
経済ジャーナリズムですね。経済ジャーナリズムっていう概念が生まれたってことですかね。
結局当時の印刷技術って今よりもやっぱり高いですから。その1枚。そうですね。本じゃなくて。そうです。出版って言っても1枚摺りのをボーンと刷るんですね。高いんですけれども、その1枚摺りの高いものを買ってでも情報を手に入れた方が、さらに高い利益を得られると。
はい。ということなんですね。やっぱ情報って強いっていうのは江戸時代の人も知ってたわけですね。
その新聞っていうのは、やっぱり日本全国に届くのは時間差はあるもんなんですか。
そうですね。さすがに時間差はやっぱりあるんですけれども、その地方の中ではやっぱり少しでも早く知る方がその地方のマーケットの中では強いので。はい。その中ではってことですよね。なるほど。
そうすると、やっぱり速度というのが大事になるんですけれども、そうするともう1つ、これはもうちょっと吉宗の後の、だいぶ後だと思うんですけれども、生まれた通信方法がありまして、それが旗振り通信っていうんですね。
はあ、なるほど。遠くで旗振って情報伝えるっていう。
そうです。大阪の近い山から、例えば博多にしましょうか、仮に。今博多までいくつも山があるじゃないですか。その山の頂上に1人ずつ旗振り通信の人が立ってるんです。例えば上がったらバッバッてして、その次の山の人が目がいいので、それを見ていてバッバッバッて次の山に伝える、山に伝える、山に伝えるで、博多に届くのが非常に早くなる。
はあ、すごい。すごい。どれくらいかかるもんなんですか?それ。
どれくらいかかるんでしょう?でも相当早いって言います。まあ走るより早いですよね。天気によったらしいです。
ああ、それはそうですね。見える、見えないっていう。そうそう。ミスりそうですね、結構。
そうそう。雨の日は、おそらくマーケット開いてたからやったんでしょうけど、やっぱり正確性が落ちるんだと思うんですけども。そんなわけで当然その紙の方も高速に伝わりますし、逆に言ったらそれほどまでに高速で情報を得ようとしていたっていうことで、既に電信も電話もない時代にそれだけ高速で情報を得ることを求めていった人が全国にいたんですね。
その時代から、ある種マーケットの本質ってのが変わってないってのが面白いですね。あ、そうですね。
そのいち早く情報を得られた人が強いってのは、今はもうそれが進むところまで進んで、いかに証券取引所の隣にデータセンターを置くかとか、あとはその通信路を、いかに山を切り開いてでも地球上の直線の通信路を作るかとかですね。そういうので何秒を稼ぐみたいな、そういったことがアメリカとかでは特に行われてますけど、それと全くその時代も違うけど同じ力が働いていて、情報を1秒でも早く届けるためにどうすべきかっていうのを試行錯誤していたっていうのは、いい話だなと思いましたね。
そう。本当に人間の欲望っていうのはもうキリがない。特に金銭欲ってキリがないんですけれども、間違いなくその江戸時代の通信技術、そのジャーナリズムの技術ってのはその金銭欲によって発達したっていうのは間違いないし、それはおそらく今後も間違いないことなんだろうなっていう風に思います。
基本的にはその吉宗VS大阪商人って書いてありますけど、吉宗はどういう方だったんですか?
吉宗は実は江戸生まれではないんですね。実は和歌山生まれです。そうなんです。将軍の御三家ってあるじゃないですか。江戸とは別に水戸と尾張と紀州ですね。紀伊の国ですね。の3つに将軍の御三家があって、その御三家の1つの和歌山生まれなんですね。で、その和歌山の藩主の四男坊だったのかな。普通だったらとてもその和歌山藩主にはなれっこないんですけれども、お兄ちゃんたちがみんな病気で死んじゃったんで、半ば偶然その和歌山藩主になるんですね。で、そしたらそこで経済的に結果出しちゃって、藩政改革をしちゃったんで、お、こいつすごいじゃんと言って江戸に呼ばれるわけです。で、8代将軍になるんです。
で、そっからが吉宗の活躍の始まりっていう風に教科書には書いてあるわけなんですけれども、ただやっぱりその江戸に行った時点では、まあ田舎者ですよ。まだね。田舎では結果出したけど、東京ではどうかなっていう段階ですし、実際経済の知識もそんなにないですね、吉宗は。
だから最初はもう、大阪の連中気に食わないなっていう風に見ながら、最初は手を打てない。違反したら処罰してやるぞみたいなことぐらいしか言えないんですけど、だんだん大阪の人のやり口を勉強して、こうすれば手数料取れるんじゃないか、こうすればコントロールできるんじゃないかっていうんで、さっきの入札の件も吉宗の時代にやっぱり出すんですけども、それもうまくいかない。
で、うまくいかないから今度はまた別に、入札じゃなくても全部手数料取るようにしちゃうっていう。吉宗もアップデートしてくんですね。抜け道、吉宗、抜け道、また吉宗って言うんで、お互いに成長するんですね。だからバトルはバトルなんですけども、結果的にお互いが、特に吉宗が経済的な知見においてすごく成長するんです。
ああ、そもそもすごい数字のセンスみたいなのある方なんですか?吉宗さん。そうですね、数字大好きです。数字大好きなんですよ。数字大好き。
へえ。吉宗が数字大好きってイメージ全然なかったので面白い。はい。もう江戸城で、今の皇居ですけども、その一番奥にいて、ふんぞり返ってるかと思ったらそうでもなくて、いつも部下にその数字持ってこさせてそれを見てるんですね。今年のコメ、どこのコメが、全国では何が取れて何が取れないか、どれだけ取れるかっていう、ある種の今の我々で言うデータ好きと言いますか。
はいはい。データ派だったんですね、吉宗は。そうですね。そうです。もう吉宗に今のタブレットとか渡したら、もう10枚ぐらい見てると思いますけど、それぐらい好きです。へえ、そうなんですね。
だから経済を勉強する余地があるといいますか、大阪とのバトルの中で吉宗も成長することができたっていうのは、1つはそういうことがある。
数字を見ながらやっていくということで、でもやっぱりすごい面白いなと思うのが、令和の世の中になってまた米価の話が盛り上がってきてるじゃないですか。そもそも適正米価っていくらくらいなんだろうとか、あとは数値のところも、米の収穫だと、この前まで作況指数って呼ばれるものがありましたよね。で、あれも農水省がそろそろ廃止するっていうようなお触れも出ましたけど、なんかこうやっぱりファクトをしっかりと認識するようにするっていうのがものすごい大事な中で、徳川吉宗は当時からそれを数字を見ながら色々意思決定してたんだなってのはめっちゃ面白いですね。
そうですね。そういう点では本当に現代の政治家も先取りしてると言いますか、決してお城の奥で威張り腐ってる殿様ではないですね。
いや、でもこれ本当に今の政府もこれをやった方がいいんじゃないかと思っていて、まず現状をしっかり把握することができてないっていうのが、私、今回の米騒動において一番問題だったと思うんですよね。つまりこの1年経った今も、なんで米の価格が2倍になってしまったのかがあんまり確たることが分かってないわけですよ。農林水産省も政府も、作況指数は平年並みだったし、しかも需要はそんなに変わっているわけではない。そんな中で米の価格だけが2倍になってるのって何なんだっていうのを、これを分からないままに、これをやればいいんじゃないか、あれをやればいいんじゃないかっていうのが色々出てるじゃないですか。
で、我々はですね、むしろこれ何が起きてるのかをまず把握できるようにするっていう仕組みづくり、これをやった方がいいんじゃないかと思ってて、どこにどれだけ米があるのかをリアルタイムで共有できて見える化するような仕組みを作って、そうして初めて、あ、収穫が実は政府統計と全然違ってたんだねとか、あるいはその精米プロセスの中で歩留まりが、米が最近砕けちゃうようになってきてるので悪くなってきたんじゃないかとか、あるいはどこかの卸業者がめちゃめちゃ溜め込んでたみたいなことが分かったりするわけなので、じゃあどうするかという前に、まずファクトをちゃんと集められるようにする仕組みっていうのが重要なんじゃないかなと思っていたので。
やっぱりちょっとブラックボックスに見えると言いますか、それこそあいつら買い占めをしてるんじゃないのとか。
だって今、電話とか新聞とかある時代ですら全体像分かってないんで、江戸時代はさらに、もう見えないですよね。ブラックボックスですよね。そうですね。
実際はその買い占めだって、結局大阪商人が欲しいのはやっぱりお金なので、お米をたくさん抱えてもそんなに儲かるってことはないので、実はそんなに買い占めるってことはないんですけれども、やっぱり日本の社会って伝統的にお米の値段が高くなると必ず誰かが買い占めてるっていう風に言うんですね。
はあ。これはもう感情の問題ですね。きっと買い占めてるに違いないっていう感情がある。そう、そうですね。多分これ日本国の国民全体の問題だと思うんですけれども、お米以外の作物ではおそらくそんなことは言わないと思うんです。やっぱ米ってね、特別ですもんね。
そうなんですね。トマトが高くなったと言っても、トマトを誰が買い占めてんだってあんまり言わないじゃないですか。すっと受け止められますよね。トマトが高い、まあちょっと大変だけど。まあそうで。キャベツとかも1000円超えてましたけど、まあまあまあ受け止めますよね。取れなかったのかな、今年、みたいな感じじゃないですか。お米だけはみんな異様にこう敏感ですね。
あれはやっぱり不思議ですね。やっぱりそれは先ほど申し上げました、江戸時代から日本ではその銭と一緒にお米も経済の中心だったっていうのがあると思います。ああ、なるほど。
もちろん今お米は経済の中心ではないですし、別にお米で投資行動としての取引をするとか基本的にはないんですけれども、でもそういう昔の記憶が残っていて、日本人にとってはよくも悪くも米というのは特別なもの、一種の数字では割り切れない感情の対象、宗教的な心理とまでは言えないかもしれませんけれども、そういうちょっと割り切れない心理の対象にはなってる気がしますね。
あ、でもそれはそうですよね。今回の米騒動もものすごい批判が殺到したのは、やっぱりあれが米だったからっていうのはありますよね。
ちなみにその吉宗将軍は、そのブラックボックスだったという中で、どういった工夫などされてたんですか?
1つはやっぱりデータを集めさせる。役人に命じてデータを集めさせて、独自のデータを自分で取る。
はい。もうだから調査もしに行くっていうことですかね。自分で取りに行くと。
はい、そうですね。もちろん大阪には大坂町奉行っていう幕府の出張所があるので、大坂町奉行に命じて報告とかをさせたりはするんですけれども、それ以外に独自のルートでやっぱり数字を色々持ってきたりして、それを自分の目で見るって形ですね。それが1つある。
で、自分の目で見るっていうのは、そのレポートの数字自体をしっかりと吟味するってこと。そうですね。はい。自分で数字を見るということが1つ。あともう1つは、これは吉宗の考え方としては、ブラックボックスはもうある程度しょうがない。100%自分が江戸から大阪の様子を見るなんてできないから、ブラックボックスはブラックボックスなりに利用してやろうって考えをするんですね。
お、どういうことでしょう?
例えばですね、吉宗にとっては米価って実は上がりすぎてもいけないし、下がりすぎても、やっぱり安定して真ん中を推移してほしいんですけども、ここで、例えば最近下がってきたなっていう時に、実は大阪の商人に帳合米取引をやってよっていう風に認める。帳合米取引ってのは特別な、今で言うちょっと先物取引に近い、デリバティブ取引に近いんですけれども、帳面の帳で、合っていうのは合格の合。はいはい。で、米は米ですね。帳合米って言うんですけども、手帳で取引するってこと。
あ、手帳のことなんですね。紙に筆で数字書くだけなんです。いくら売った、いくら買った、数字だけ書いて取引をして、その取引をたくさんやった後で清算して、これだけの差額得した、これだけの差額損したっていう風にやるっていう。もう米もないし、米いらないわけです。
はい。帳面でいいという。そうです。で、お米の代わりに大名が発行する米切手って、いわばお米の証券なんですけれども、その証券もいらない。もう筆と紙さえあれば誰でもできるみたいな。そういう帳合取引ってのがあって、当然幕府なんかはそんな危ない取引なんか認めるわけないです。
まあね、だって現代ですら先物取引ってかなり規制されてますもんね。
そう、そうですね。危ないので絶対認めないっていう風に言ってたのに、米の値段が下がりすぎた時に、ひょっとしたら帳合取引を認めちゃえば、みんなが取引をするからお米の値段が上がるんじゃないかって期待したんですね。ほうほう。なので、その理由でもって吉宗はその帳合取引っていうのを認めるんですね。ですからこれは結構革命的なことです。
先物市場解禁。そうなんです。ひょっとしたら世界で一番最初にいわゆる先物市場っていうのができた瞬間かもしれないですね。そうですよね。吉宗の時代だから、西暦で言うといくらくらいで。1730年。30年。1730年ぐらいですかね。の時代にもう先物取引を実装してる。それは確かに世界初かもしれないですよね。
そうですね。それまでも大阪の商人は当然やってたんですけど、違法状態と言いますか、黙認状態だったんですね。でもそれを幕府は公式に認める。それは吉宗は本当は認めたくなかったかもしれない。そんな危ない取引は認めたくなかったかもしれないけれども、現実に今米価が下がっていて、その米価を上がらせる方法として有効かもしれないとなったら、そういう危ないブラックボックスも認めちゃうんですね。
これは吉宗っていう人の考え方の1つですね。現実に動いてるものは、もう嫌だけど認めよう、ていう考え方ですね。これが吉宗には1つある。さっきの数字ということと、もう1つはそのブラックボックスなりに認めちゃうということで、この2つが吉宗の考え方としては大きいところかなと思います。めっちゃ面白い。
めっちゃ面白くて、まさに今ですね、暗号通貨界隈とかでもそういった議論があって、予測市場って呼ばれるようなマーケットを作ると。で、これ暗号通貨だったらそれが結構盛り上がったりするんですけど、ある意味その市場ってものすごいいろんな人のいろんな知恵が価格に織り込まれていくじゃないですか。はい。
政策立案に活かすべきなんじゃないかっていう、フュータキーって呼ばれる考え方があってですね。例えば何かって言うと、今回消費税減税するかしないかみたいな話ありましたけど、消費税減税した時に、1年後、2年後のGDPってどうなるんですか、上がるんですか、下がるんですかみたいなのをみんなに予測させて、そこに対して正しい予測をすれば経済的に儲かるという構造があるとすると、いろんな知恵を持ってる人とか情報を持ってる人とかシンクタンクとかが経済的インセンティブで、そこの予測市場にかけるっていうことが発生すると。
で、そこで出てきた結果ってみんなの知恵の結晶なので、結構信じられるんじゃないかと。で、それを活用しながら、確かに消費税減税すると例えばGDPめっちゃ上がるからやった方がいいね、下がるからやめた方がいいねみたいなことを、1つの判断材料として予測市場っていうものを使うのが実はいいんじゃないかみたいなことが言われてたりするので、かなりその吉宗の考え方と通じる部分があるなって勝手に聞きながら思ってました。
そうかもしれませんね。当然吉宗もその取引を認めるよって言うからには、おそらくそれと同じことを自分の頭の中でやったんだと思うんですね。当時のことだから、今と比べればデータは足りないかもしれませんけれども、当時としては最も豊富なデータを持ってたわけですから、そのデータに基づいて自分の頭の中で色々なシミュレーションをして、一種の予測市場を作ってそれでやったっていうことは、僕は十分ありうると思います。
いや、でもすごいですね。マーケットのメカニズムっていうものを1700年代からやってたっていうのは、すごいダイナミックな話だなと思いましたが、
ぜひちょっと単純に、私、作家の大先輩として、大大先輩として門井先生にお伺いしたいなと思ったのが、例えば今回の『天下の値段』の話でもすごい時代に合ってるじゃないですか。まさに2025年の夏に出すべきテーマだなと思ったんですけど、これってどうやってこのテーマにたどり着いたんですか?
実はもう書き始めたのも2年ぐらい前からなので、今日の米騒動っていうのは当然予想はしてなかったんですけれども、でも米騒動は何年かに1回必ず起こるものですし、仮にこういう事件が起こってなくても日本人とお米の間の複雑な関係というのはなくならないわけですから、いつの時代に読まれてもいいものを書くという風に僕はいつもどの本でもしてる。そうするとたまにはこういう風に、世の中で起こってることにぴったり合う時がある。
なるほど。なるほどですね。まさに今ホットな米の話を、また別の角度で江戸時代の話として読むことができる超注目の1冊だと思うので、ぜひ『天下の値段』をお手に取って見ていただけるといいんじゃないかと思います。ということで、門井先生にお話をお聞きしてまいりました。面白いなと思った方は、いいねとチャンネル登録と、あとはこちらの本をぜひお買い求めください。ありがとうございました。ありがとうございました。
記事公開
