団地、留年、借金を経て芸人へ さらば青春の光・森田哲矢が振り返る「遠回り人生」前編
PLAYERS公式新番組『遠回りのPLAYERS』は、人生で遠回りをしながら成功をつかんだ著名人を招き、「なぜ遠回りしたのか」「遠回りに意味はあったのか」を聞く対談番組である。MCは東大医学部に在籍するYouTuberのベテランち。初回のゲストはお笑いコンビ・さらば青春の光の森田哲矢である。森田が事前に描いた「人生グラフ」をもとに、幼少期から高校留年、借金、芸人デビュー、キングオブコント準優勝、そして相方のスキャンダルまでがたどられた。
MC・ベテランち自身も「遠回り中」
冒頭でベテランちは自己紹介をした。1998年生まれの27歳で、灘中学・高校を経て東京大学医学部医学科に在籍している。一浪したうえに留年を重ねており、普段は友人たちとYouTubeチャンネル「雷獣」を運営している。登録者数は30万人ほどだが、「本当のすごいやつにはまだなってない」と本人は話す。
森田はメンバー全員が高学歴だと聞いて、雷獣を「クイズノックのダークサイド版」「闇クイズノック」とたとえた。ベテランちは、クイズノックを辞めた人を順番に出演させるなど「ぐにゃっとしたこと」をやっていると認めている。
ベテランちによれば、東大に入学した時点で勉強に飽きてしまい、医学は「意味わかんなすぎて」ついていけなくなった。3年生と4年生を繰り返し、4年生は今回で4回目だという。母親と約束したので卒業はするつもりだが、医師を仕事にするかどうかは分からない。視聴者のコメントでも「お前には診られたくない」とさんざん言われており、森田も「今のところやってほしくはない」と笑った。
差し迫った問題もある。収録の約2週間後に4年生の大きな試験があり、落ちれば強制的に退学になる。ベテランちの説明では、この「放校」になると東大の歴史から抹消され、履歴書にも書けなくなるらしい。6年生での国家試験なら落ちても卒業はできるが、4年生のこの試験は通らなければ卒業できない。森田が「どっちに進むんすか? どっちもバズるとは思うけど」と聞くと、ベテランちは毎日勉強していると答え、6年生で国家試験に挑むためにも「一旦進もうかな」と話した。森田は「遠回りっすね」と応じている。
団地育ちの野球少年と最初の挫折
森田は現在44歳である。人生グラフは1分ほどで描いたもので、森田は時間軸の配分が雑だと自分で突っ込みを入れていた。
生まれ育ったのは大阪の団地だ。実家は「極細」だが、周りもみな団地の子だったため、貧しいとは気づかなかった。高校に入って友人の家を訪ねたときに初めて、自分の家が貧乏だったと知ったという。
幼少期の森田は巨人ファンで、背番号8で4番を打つ原辰徳に憧れた。夢は「巨人でエースで4番」。団地のコンクリートの壁に石でストライクゾーンを描き、毎日ひとりで壁当てをしていた。
10歳ごろ、小学4年生で少年野球のチームに誘われて入団した。外野を守らされた初日、打球のフライを取れずに顔、右目のあたりに直撃し、そのまま帰らされた。それまで相手は壁しかおらず、生の打球を見たことがなかったのである。本人はこれを「初めての挫折」と呼ぶ。10年間追い求めた夢がここで崩れたという。周りの選手は自分の壁当ての2〜3倍の速さで投げており、どこでも通用しないと感じた。怪我をバネにもう一度頑張ろうとは思わず、6年生までは打者として続けただけだった。
中学のサッカー部と、パクりから始まったお笑い
公立中学に進むと、Jリーグブームが起きていた。カズやジーコ、アルシンドが話題になるなかで森田はサッカー部に入り、「Jリーグで俺はプロになる」と考えた。ベテランちは、後の天才芸人を思わせるエピソードが見当たらないと指摘し、森田も「ただミーハーなだけ」と認めた。サッカーでも小学校から続けている子のほうがうまく、レギュラーにはなったものの、プロは到底無理だと悟ったという。
一方で、学校では面白い存在として扱われていた。大阪の学校では休み時間に漫才やコントをやる文化があり、森田もその一人だった。そのころ大阪では心斎橋筋2丁目劇場のブームが起き、千原兄弟、ジャリズム、陣内智則、ケンドーコバヤシ、サバンナ、中川家らが人気を集めていた。森田は深夜番組で千原兄弟などをいち早く見ており、「1番早くにそこにタッチした人間」だと自負している。
特に面白いと思ったのが、後にザ・プラン9を組むお〜い!久馬さんのコンビ、シェイクダウンだった。森田はそのネタを丸ごとパクり、友達に教えて休み時間に披露し、大爆笑を取った。相方役の友人にも元ネタは明かさなかったが、後にばれて白い目で見られたという。ベテランちも関西出身で、文化祭で漫才をした経験があり、同級生がナイツのネタをまねるのは見たことがあると話した。ただ、当時誰も知らないシェイクダウンをパクる例は珍しいと驚いている。
森田によれば、野球やサッカーには出会うのが遅かったが、お笑いには「最速」でたどり着いていた。その後2丁目ブームが広がると、何をパクってもみんなが知っている状態になったため、オリジナルのネタを作るようになった。漫才もコントも中学までは続けたが、高校では恥ずかしくなってやめた。
皆勤賞なのに留年した高校時代
高校1年までは「面白いやつ」としてちやほやされた。しかし17歳の高校2年で留年する。普通の高校生は出席日数不足で留年するが、森田はほぼ皆勤賞だった。純粋に勉強ができなかったのである。学校生活は「めっちゃ楽しかった」という。
3学期には英語の先生から電話があり、このレポートを出せば単位をあげると言われた。森田はレポートを出したものの、最終的には7単位足りなかった。同じグループで遊んでいた友人たちもそろって留年し、学年300人余りのうち20人が留年したという。
森田はこれを、普通の公立高校ならではの現象だと考えている。いわゆるヤンキー校はテストも簡単で、先生も見逃してくれる。一方で平均的な公立高校では、入学することがゴールになってしまい、みんなサボるのだという。
留年は学校からの電話で家族にも知られた。3歳下の弟からは、それ以来ずっと「ゴキブリ」と呼ばれた。母親は、辞めて働くならそれでもいいという態度だった。それでも森田は、親のために卒業だけはしようと考えた。ベテランちはこれを聞いて「今の俺と一緒や」と重ね合わせている。
留年した20人のうち、学校に残ると決めたのは森田と一番仲の良かった友人の2人だけだった。その友人は、朝10時半ごろから放送していた『北斗の拳』の再放送にはまった。2本立てで終わるのが11時半ごろなので、そこから学校に行っても仕方ないという気分になり、1学期でだめになって辞めたのではないかと森田は振り返る。
森田自身は、留年時の担任だった体育教師から「どうせ前の学年の教室に遊びに行ったりして辞めるんだから、今辞めろ」と言われた。担任は、20年ほどの教師生活で出席日数が足りているのに留年させた生徒は初めてだ、自分の顔に泥を塗った、とも言ったという。森田はこれが悔しく、元の学年の教室には絶対に行かない、辞めない、という二つを自分に課した。そして4年間かけて卒業した。
知り合いのいない学年で浮いていた森田は、漫画『ろくでなしBLUES』の登場人物、川島をまねた。少年院帰りの留年生がドストエフスキーの『罪と罰』を読んでいる姿が格好よく見えたので、ブックオフで『罪と罰』を買い、休み時間はずっと読んでいた。アウトローを装って乗り切ったのだが、周りからは「あいつ全然読み終わらんやんけ」と思われていたらしい。ベテランちも、年下の同級生に囲まれた授業中に、YouTubeの作業をしているふりをしてパソコンを開いていると明かした。卒業式の日、泣いている1学年下の同級生を見た森田は、4年いた自分のほうが泣けると思ったという。
フリーター生活と消費者金融の「変態サーキット」
卒業後、グラフは少し上がる。ただ森田によれば、楽しくフリーターをしていただけだった。実家からは「リフォームするから出ていってくれ」と言われ、5分ほど離れた場所で一人暮らしを始めた。
最初のアルバイトは病院の売店の品出しだった。売店は温度が一定に保たれていて少し暑く、作業中に気持ち悪くなってだらだら働いていた。すると店長から「続けられそうなら明日来て、無理なら電話して」と言われ、翌日電話して辞めた。ほかにも派遣、パチンコ台の解体、カラオケ店など多くのバイトをしたが、どれも長続きしなかった。ベテランちが、今につながるきらめきのようなものはあったかと尋ねると、森田は「全くないかも」と答えた。ただのめんどくさがりだったのだろうと振り返っている。
やがて朝からパチンコ店に並ぶようになり、借金ができた。消費者金融3社からそれぞれ限度額の50万円ほどを借りていたという。当時は各社のATMが同じ敷地内に集まっていることが多く、返済日も会社ごとに違った。そこで、ある社で借りた金を別の社の返済に回し、返済すればまた借りられるので次の返済分を引き出す、ということを繰り返した。森田はこれを「変態サーキット」と呼ぶ。借金は少しずつ膨らんでいたが、なんとか持ちこたえていた。
見かねた同級生が、利息ばかり払うのはばからしいから自分が肩代わりする、自分に返していけと言って、全額を返済してくれた。しかし森田はカードを捨てず、再び限度額まで借りてしまう。その友人は2度目も肩代わりしてくれた。裁判所での手続きなども経て、最終的に友人への借金は100万円になり、それは今も残っているという。
「100万円か、売れてから300万円か」
芸人になってから、森田は100万円を返そうとした。ただ、100万円を貯めてそのまま返すのは少しもったいない気もした。そこで友人に「今100万円を返すのと、めっちゃ売れてから300万円にして返すのと、どっちがいいか」と尋ねた。友人は300万円を選び、そのため今も返していないという。ベテランちは、今の活躍なら払えるだろうと突っ込んだ。森田は払えないことはないとしたうえで、「さんまさんクラス」になったら返すと冗談めかした。向こうにも余裕があり、活躍を見られればいいというニュアンスだと説明している。
その友人は内装業を営み、子どもが3人いる。妻も森田の中学の同級生で、夫が森田に金を貸していることに怒っていた。定期的に友人から「嫁がマジでぶち切れてる」と電話が来たという。そこで森田は、関西の賞レースで勝ち進むたびに、まず友人の妻に連絡した。どの大会に通ったか、賞金はいくらか、どんなネタで挑むか、優勝すれば全額返せる、と報告したのである。しかし優勝はできなかった。大会が終わると妻から「相方の声、小さない?」と連絡が来ていたそうで、ベテランちは「社長みたいになってる」と笑った。
グラフを見直しながら、2人はこの時期の線をさらに下げた。借金を抱えていた時期も、お笑いを始めた直後も、実際にはもっと低かったはずだと森田は言う。
残った20万円で松竹芸能の養成所へ
森田がお笑いを始めたのは、25歳になる年だった。高校卒業から6〜7年たっていた。パチンコ店に入り浸る生活を続けながら借金を返し終えたとき、手元に20万円が残った。松竹芸能の養成所の入学金がちょうど20万円だった。
森田は、自分は社長にもなれないだろうし、この先の人生で多く稼げる可能性があるのは何かを「本当に冷静に」考えたという。その結果、億を稼ぐ可能性があるのはお笑いではないかという結論に至った。へこたれてはいなかったのかと聞かれると、周りは結婚し、ちゃんと働いていて、自分の人生をどうするか悩んではいたと答えた。借金を返している間は「真っ当な人間になろう」と思っていた。だが返し終えてから普通に就職しても、マイナスがゼロに戻るだけで、みんなより遅れただけになる。だから一発逆転を狙うしかないと考えた。ベテランちは、医師への道が狭まるにつれて親戚の目も厳しくなり、自分も逆転するしかないと感じていると共感した。
吉本ではなく松竹を選んだのには理由がある。当時の感覚では「松竹の芸人って誰がいたっけ」という程度で、ごぼう抜きできるかもしれないと思った。吉本は競争が激しい。森田が入った2006年当時、吉本の養成所には1000人ほどが入ったのに対し、松竹は20人ほどだったという。入学金は吉本が40万円、松竹が20万円。安いのに誰も入ってこない松竹を、森田はチャンスだと見た。
オーディションに受かって20万円を持っていくと、養成所の偉い人が最前列で一人ずつ現金を受け取って数え、おかきの空き缶に入れていった。列の一番後ろでそれを見ていた森田は、「逃げるなら今やな」「こんなところでスターになれるわけない」と思ったという。
余りものコンビから「さらば青春の光」結成へ
養成所の同期約20人は次々にコンビを組み、森田は最後に余った者同士で組んだ。コンビ名はカサブランカ。ときどきテレビにも出られ、関西の賞レースで一度勝ち進んだこともあった。最初はネタがめちゃくちゃ滑ったが、何となく続けるうちにできるようになったという。芸人仲間の間では、あいつらは面白いと言われるようになっていた。
2年ほどたったころ、相方が「しんどい」と言って辞めることになった。そのタイミングで東ブクロから声がかかり、さらば青春の光が結成された。東ブクロは大学を出てから入ってきた人物で、森田の記憶では大学で1年ほど留年していたかもしれないという。
キングオブコント準優勝、そしてスキャンダル
コンビ結成から4年目ほどの2012年、さらば青春の光は初めてキングオブコントの決勝に進み、「ぼったくりバー」のネタで準優勝した。当時中高生だったベテランちは、お笑いを一番熱心に見ていた時期にこの大会を見て「すごい」と思ったという。森田にとってこれは「行けたんや」と認められた瞬間であり、審査員席の松本人志と浜田雅功も見られたと振り返る。
ところが、ここからテレビに出まくるつもりでいた翌年、相方の東ブクロが先輩芸人の妻と関係を持っていたスキャンダルが発覚した。森田によれば、これで仕事は「全部なくなった」。周囲からは「今さらばと絡むのはやめとこうか」と言われ、強い疎外感を味わったという。事務所を辞めることになるのも、この出来事がきっかけだった。
後編へ:独立と、目標のない現在
番組の冒頭では、この先の話が一部だけ先に紹介されていた。森田によれば、事務所を辞めると伝えた最後に社長と食事に行き、「個人的には応援している」と言われた。ところがその翌日、松竹芸能から「彼らの活動を支え続けることが不可能になります」という発表が出たという。
森田はYouTubeについて、テレビのコンプライアンスが厳しくなるほど視聴者が自分たちのYouTubeに流れてくると話した。目標を問われると「これがないのよ」「全部場当たりやね、俺ら」と答えている。
前編は、スキャンダルでどん底に落ちたところで終わる。独立の経緯と、「あなたにとって遠回りとは」という問いへの森田の答えは、後編に持ち越された。
始まりました。新番組『遠回りのPLAYERS』ということで、人生で遠回りをしてきて、今成功を収めておられる著名人の方にゲストで来ていただいて、なぜ遠回りをしてしまったのか、遠回りに意味はあったのかなどをテーマに色々と話させていただく対談番組らしいです。お願いします。
なぜかMCを務めさせていただくベテランちです。98年生まれの27歳で、中高は灘中学・灘高校という学校に通って、今東京大学の医学部医学科の5年生で、一応5留してまして、普段は友達と一緒に雷獣というYouTubeチャンネルをやってるんですが、なぜかテレビでも流れてるらしいんですけど、流していいのかという。ちょっとよくわかんないんですけど、頑張っていきたいと思ってますので、よろしくお願いします。
では、記念すべき1回目の遠回りゲスト、遠回りゲスト毎回来るらしいんですけど、遠回りゲストをお呼びします。さらば青春の光・森田さんです。お願いします。
お願いします。覇気がないな。あ、なんすか?MCですよね。ちょっと恥ずかしくて、照れちゃって。俺が知ってるMC史上1番覇気ないっす。本当にすいません。たさんでももうちょいテンションが高いっすよ。
やめるって言って、最後社長とご飯行って、個人的には応援してるわって言われて、次の日に松竹芸能から「もう彼らの活動を支え続けることが不可能になります」。
テレビがコンプラがもう今厳しいから、YouTubeっていいよな。テレビが厳しくなればなるほど俺らのYouTubeに流れて。そうっすね。
目標みたいなってあるんすか?なんか目標がこれがないのよ。ああ。全部場面やね、俺ら。
僕が今27なんですけど。はいはいはい。まだだらだら大学に居座りながら、YouTubeが今30万ちょい。うん、すごいやん。まあ、それなりなんすけど、その、何でしょう?本当のすごいやつとかにはまだなってないというか。
めっちゃ頭いいんでしょ?そうですね、一応東京大学。東京大学で、なんか他の、雷獣?はい。もうすごいんでしょ、みなさん。一応成立はしてるぐらいの。成立はしてる。全員頭いいみたいな。そうです。高校の同級生と後輩とかも集めて。みんなこんな感じ?多少もうちょい明るいんですけど。
QuizKnockのなんかダークサイド版みたいなこと?あ、そうですか。すごい。ありがとうございます。闇QuizKnockみたいな。あの、QuizKnockやめたやつ順番に出したりとか。いやらしいことしてるな。そういうぐにゃっとしたことをずっとやってるんで。
その遠回りされて、今一応ちゃんとスターになれてる方を順番に多分お呼びして、その俺が成長していくというような。ベテランちさんは今遠回り中なんですか?これは。どうなんですか?でも東大なんでしょ?はい。医学部なんですけど、もう医学がちょっと意味わかんなすぎて。完全にその大学入試で勉強に飽きちゃってというか。ほう。で、もうええかみたいな形で。ああ、医者にじゃあなる気はないってこと?一応お母さんと約束したんで、卒業はしようとは思ってるんですけど、お仕事としてお医者さんやるかどうかちょっとわかんない。
確かにね。今んとこやって欲しくはない、あんま。やっぱこうやって出てきてほしくない。やっぱり。そうです。だいぶ怖い。そうか。コメントでも散々言われてる。お前には診られたくないみたいな。はいはい。なんでちょっと今悩み中なんで、色々お話聞かせていただいて、勝手にできたらなと。あ、了解です。
ということで、森田さんに事前に人生をグラフにして書いていただきまして、それでいい時悪い時みたいなところを色々聞かせてもらうという企画になってるので。はい。じゃあ書いていただいたグラフをちょっとめくります。
なんかこのグラフのあれも粗いんすよね。なんか1分ぐらいでこれ書きましたけど、ここの白がさ、尺短くないすか?そうすね。もうちょい、だからもうその、なんか点直化みたいになってるけど、ここが短いから。なんか本当はね、なんて言うんですか?荒波ばっかりじゃないですけどね。いや、ありがたいですよ。パンパンで。パンパンで。僕に合わせて多分ざっこめに作っていただいて。ざっこめにってどういうこと?これ自体が…これももっとでかいのも用意できたんですけど。東大生のボキャブラリーとは思えないです。ざっこめに。すいません。
いや、もう本当に普通の、もう本当一般大学生が来たと思って喋っていただければ。いやでもなんかすごい人なんでしょ。いやもう本当勉強がたまたまできただけで、小2から塾にひたすら通ったからたまたま。え、いつからやってるんすか?2020年ですね。5年前ってことは東大に入った時ってこと?いや、そん時3年生で、今4年生で。あ、そうなんや。そん時はまだ1留しかしてなかったんですけど、変に自分が楽しいこと見つかっちゃったせいで、3、3、4、4ってなってて。4年を何回やってるってこと?今4回目かな?すごいね。そんな卒業さしてくれないもんなんすか?いや、そうなんすよ。
でも卒業したとして医者にもならないでしょ、だって別に。その時どれぐらい稼げてるかっすね、リアルに。でもさ、リアルにもうYouTubeで稼いじゃって。はい、中途半端に。しかもこの、なんて言うんですか?プロモーションつったらあれなんか、ブランディングというか、もうこの5留がブランディングになってるわけですよ。その、もう次6留するしかないみたいなことですか?
あ、今でも5留してるんですけど、ちょうど2週間後ぐらいに大学のめっちゃでかい医学のテストあって、それ落ちたら強制的に退学になる状態。えっ、やばいやん。どっちにすんすか?どっちにすんすかってなんすか?どっちもバズるとは思うけど、どっちにすんすか?いや、一旦進もっかなと思って。え、いや、その自分の意思で進めないじゃないですか、別に。もちろん。毎日勉強は一応してて、今4年生なんすけど、4年生にそのテストがあって、6年生に国家試験がもう1回あるんで、今その進んどいた方が6年でもう1回ドキドキできるんで。ああ。だから国家試験は別にまだ落ちてもいいってこと。国家試験は最悪落ちても卒業はできるんですけど、今4年の段階であるテストなんで、これ受かんないと卒業できない。はい、そういうことです。強制退学。はあ、そうなんや。放校っていうのがあって。放校。放つに学校の校って書いて放校。放校、怖いね。放校になるとなんか東大の歴史から抹消されるらしい。あ、そうなんや。履歴書に書けへんくなるらしくて。ああ、遠回りっすね、じゃあね。はい。今遠回り中なんでちょっと伺わせていただきたい。いや、よろしくお願いします。
ということで、0歳から生まれて44歳ですか?はい、そうですね。ということで、聞いて、全然そんな44歳なのは恥ずかしいことあり…あれ、若い世代がそこ44歳になるんですけど、はい、大丈夫です。
えっと、0歳で、生まれるところからなんですけど、どのような形でお生まれになったのか。どういう感じです?多分、スタンダードに生まれてきたと思います。割とその、実家が太いのか細いのかみたいなところ。実家はね、極細です。団地。団地。団地出身。団地、今わからんかった。あ、団地外に細いんかなと思った。あ、違う、そっちじゃないです。団地に生まれた。団地に生まれた。普通の集合住宅というか。団地で生まれ育った。でも細いと思ったのは、なんて言うんですか、高校入ってからぐらいというか。周りも団地ですね。そう。もう全部団地やから。あ、じゃあ小学校も全部団地の子だ。そう。そこが貧民街とは気づかなかった。貧民、言い方。気づかなかったっすね。だから高校入って、なんか他の家へ行った時に、あ、うちは貧乏だったんだみたいな感じですね。
じゃあそれまではもう上がっていってますけど。楽しくはやってたって感じです。団地の子として、友達と仲良く。そう。で、巨人が好きで、ジャイアンツが好きで、大阪なんですけど、原辰徳さんが好きで。え、当時原辰徳って現役ですか?現役です。もうあの、おい、なんやねん、こいつそんな年なんかいみたいな。やめろ。そう、年上。いやいや、バリバリ現役を。背番号8で、4番でみたいな。ルックスもいいしみたいな、あの感じで俺ん中ではもうヒーローやったから。巨人で、エースで4番を打つのを夢見てた。あ、じゃあもう野球少年で。団地の下で壁当てを。団地ってなんかコンクリートに石でこう書けるんすよ、ちょっとね。で、そこにストライクゾーン書いて、毎日1人で壁当てみたいなして。
で、小4ぐらいで、10歳ぐらい。はい、ここ落ちてるところです。で、少年野球のチームに誘われるんすよ。お、ついに。で、そこで入るんすよ、少年野球に。で、外野守らされて、誰かが打った球が思いっきりここに直撃したんすよ。フライが。取れず。今までその壁しか俺の相手おらんかったから。フライを見たことがなかった。そう。生の打球に全然対応できずで、ここに当たって、もうそのままそっから帰らされたんすよ。一応入りはするけど、そこでなんか初めての挫折というか。言ったら10年間追い求めてきた、巨人でエースで4番っていう夢が初めて崩れたのが10歳ぐらいかな。なるほど。ここで何かを失ったというか、1個目の遠回り。1個目の遠回りですね。だからそっからは惰性で一応6年までやったって感じ。
え、それは、そうか。そこまではもうじゃあ野球のことしか考えてなかったのに。そうですね。そっからでもバネにして…この怪我をバネにもう1回野球を頑張るぞとはもうならなかった。だって俺が壁当てしてるよりも2、3倍速いスピードのやつがもう…だからもうどこでも無理やなっていう感じ。じゃあもうそっからはもうただただ惰性で。はい、そうですね。で、ここまで下がり続けます。
で、小学校卒業ぐらいですかね。ここはこれ上がってますけど。これは上がって…これさ、ギュインって上がってるけど、尺が短いからここまでやってるだけで、別にそんな上がってないですよ。そうですよね。ここもボール当たっただけすもん。右目にボール当たっただけやから。でもまあ高校は入れてみたいな感じでしたね。
なるほど。中学はもう公立行かれて。中学は公立行って、その時にJリーグブームが来てるからサッカー部。キングカズの全盛期。ブラジル帰りで。そうですね。で、もう初代MVPやったかな、カズは。あ、初代じゃなかったかな。そんなんもあって、もうJリーグがもう世間ではうわーってなってる頃ですよ。ジーコとかアルシンドとか。で、ちょうど入る時ぐらいにJリーグブームが来たから、もうすぐにサッカー部に入って、Jリーグで俺はプロになるんだっていう。ああ、なんか全然その後の天才芸人みたいなのが全くないんですけど。ただミーハーなだけ。ああ、まあでもそういう子だったんですね。そう。じゃあサッカーもう部活で入って。入って、でもサッカーも結局小学校からやってるやつの方がうまいから、もちろん。で、そこに追いつくっていうわけでもなく。まあなかなか難しいですね。そう。そんなに才能があるわけでもなく。一応レギュラーにはなったけど、そこまで行ったけど、別にそんなプロなんて到底無理みたいな感じでした。ということに気づいて。だからただ楽しく一応は過ごしてましたけど、サッカーやりながら。そん時は面白かったんですか?
どういうことですか?なんかその面白リーダーみたいなやついるじゃないですか。サッカーとは関係なく面白いのはこいつやみたいな。はいはい。ではあったんですか?一応面白い存在とはされてたと思います。なんかこう、大阪の学校って漫才やったり、コントやったりとか、その休み時間でみたいなやつではありました。
で、ちょうど大阪に2丁目ブームっていうのが来て、2丁目劇場っていうところがあって。そう。歴史で聞いたことすら…その鎌倉幕府とかの話聞いてるみたいな。お笑いも好きなんで、なんか吉本の前に2丁目劇場があってみたいな、千原ジュニアがみたいな。そう、あ、そんなんは知ってんね。お笑いは僕好きで。あ、マジっすか?はい。さらばさん、昔から見てる。ありがとうございます。で、千原兄弟さんとか、当時ジャリズムさんとか、陣内さん、ケンコバさんとかサバンナさんとか、みんな当時ね、中川家さんとかがもうブーム、大ブーム、大阪で。で、めっちゃおもろいみたいな感じになってるから、俺は1番早くにそこにタッチした人間なんすよ。深夜番組で千原兄弟とかを見て、まだそん時周り誰も見てなくて。で、当時は休み時間にネタやるみたいな。シェイクダウンっていう、久馬さんが組んでたコンビが。えっと、後のザ・プラン9の。ザ・プラン9の久馬さん。すごいね、やっぱ歴史が。組んでたシェイクダウンっていうコンビがめちゃくちゃ面白かった。で、そのシェイクダウンのネタを丸パクリして、友達に教えて、休み時間でやって爆笑って。いや、すごいすね。天才現るみたいな感じにはなった。
いや確かに僕もそれこそ関西なんで、文化祭で漫才やってみましたし、同級生でパクリしてるやつとかも見ましたけど、やっぱナイツとか、その当時すでに有名なのをパクってたんで。シェイクダウンをパクって…シェイクダウンパクるはないし、誰も知らんし。そうよね。言ったらその野球・サッカーはたどり着くの遅かったから、その最速じゃなかったけど、お笑いはもう最速でたどり着いた。最速で。相方するやつにも、シェイクダウンのやつ見てんけどは絶対言わずに。後にバレてすごい白い目で見られた、相方となってたやつにも。へえ。じゃあ自分で考えてきた、書いてきたネタみたいに、シェイクダウンのネタを。うん、そう。やって、で、そっからはなんかオリジナルみたいなのを作り出してみたいな感じ。へえ。でもオリジナルに行ったんすね。行った。オリジナルには一応。それもでも偉くないすか?何がすか?だって初手でシェイクダウンパクって、もう爆受けするわけです。あ、でもそっからブームが来るから、どれパクってもみんな知ってるみたいな。あ、なるほど。そうそう。で、これじゃもうダメだということで。そうですね。
へえ。じゃあもうその頃からもうお笑いには目覚め。一応中学ぐらいまではお笑い、そういうのやってたすね。高校なるともうちょっと恥ずかしいから、やらんみたいな感じ。それは当時からコントをやってたんですか?漫才とかコントやってました。どっちもやってたかな?高校では、そういう感じで面白で。それでも共学ですよね。うん、共学。僕男子校なんすよ、中高が。面白じゃないですか、言ったら。うー、まあそうですね。そのちやほやされたりとかしない?1年まではあったっすよ。ちょっとちやほやされるみたいな。こいつ面白いなみたいなんがあったけど、2年でここ。あ、これ2年なんだ。これ2年。17ぐらい。が、留年。高校留年、早いっすね。
早い。高校留年すごいっすね。17歳ですね。あ、すごいわ。それはどういう…これは高校留年はもう、勉強が全くできなかったというか。俺ほぼ皆勤賞で行ってたのに。普通高校って出席日数足りないで留年するんですけど、ほぼ皆勤賞で、ただただ勉強ができなくて留年したっていう。学校はめっちゃ楽しかったから。な、なんて言っていいかわかんないです。確かにね、俺の真裏の人間すもん。いや、すいません。一応高校はでも普通の公立高校みたいな。普通の公立高校。へえ。でも友達いたら、なんか教えてもらってみたいな。だからもう周りもみんなダブった。え?みんなで遊んでたから。ああ、そっか。友達全員遊んでって。でも先生もひどいですけどね。そう。でも先生も一応最後3学期に電話くれて家に。で、英語の先生やったかな?あんたこのレポートだけ出したら英語多分大丈夫やから、単位あげるからみたいな、くれた先生もいたりとかして、あ、じゃあやりますってやったけど、結局は7単位足らんくて。まあまあ足りないすね。そう。もう全部。だからやった2つぐらいだけがいけてみたいな感じやった。
え、でもグループ、友達みんなで留年。みんな。そう、1番当時仲良かったやつも留年した。ていうかだって1学年で20人留年したから。ガチっすか?1学年何人すか?それ、学年300何人。で20人すか?20人。大学じゃないですか。普通させないでしょ、留年。いや、だからこれって普通の公立高校に入っちゃったばっかりに、普通の公立高校のやつの方が1番ダブるというか。はあ。ヤンキー学校ってダブらないです、あんまり。あ、そうなん。そう、だってそのテストとかも簡単やから。それに合わせて。合わせて簡単やし、その結構先生が見逃してくれたりとかあるけど、普通の公立高校で平均のところって、やっぱサボるんですって。入ったとこがゴールになるっていう。へえ。そう。だから20人ダブって。
え、それはもうどん底というか。そう。もう本当に、少年野球の挫折なんかよりもはるかに挫折。高校生の1年ってめちゃくちゃでかいす。そう。ダブったの…俺3個下に弟がおるんすけど、ダブったのバレて、俺そっからずっとゴキブリって呼ばれた。弟に。弟にゴキブリ。それはおかんとかにも言うんですか?一応。いや、だってもう電話かかってくるから、その学校から。そうっすよね。そうで、留年ですっていう電話がかかってくるから、もうおかんにもバレるというか。どうなったんすか、それ?いや、おかんは、まあ働くんやったら働いてええけどみたいな。あ、もうやめて働くんやったら。働くんやったら働いてもいいけど、でもなんとなく卒業だけはしてやった方がええんかなとか思って、親のためにね。今の俺と一緒や。そうね。親がどう思ってるか知らんで。でもなんか卒業だけはしてあげた方がええかなと思って、もう行こうと思って。
いや、その周りの20人ももうみんなで…いや、えっとね、俺と1番仲いいやつ、2人だけが行くってなった。あとみんなやめて。やめた。残りの2人は挫折せずに、俺らだけでもっていう。そう。で、もう1人、その仲良かった1人は行くねんけど、当時朝10時半ぐらいから北斗の拳の再放送やってて。で、そいつはそれにどっぷりはまっちゃって。どっぷりって話。北斗の拳の再放送見てから行くわっていうのが多かったのよ。でも北斗の拳、2本立てやから終わんの11時半とか。1時間あるんですよね。でもそっから行ってもしゃあないっていう毎度マインドになるじゃないですか。そうですね。だからそれでずるずる来へんなった、そいつは。ああ、じゃあもうそいつは留年してから北斗の拳観ちゃって、どっか行っちゃった。そう。1学期でもうあかんかったんちゃうかな。多分やめちゃったんちゃうか、確か。
え、それよくやめずに行き続けたんすね。そうそう。俺は当時の2年ダブった時の担任に、お前はダブってもどうせ1個上の学年の教室遊びに行ったりとか、やめたりとかするんやから、今やめろって言われて。そのダブった時に。そんな厳しいんすか、公立。なんか体育の教師やって、もう今やめろっつって。で、そもそもお前は、俺のこの教師生活20年ぐらいやってるけど、こんな出席日数足りててダブらしたやつ初めてや、俺の顔に泥を塗ったって言われて。で、だからもうやめてくれって言われたんですけど、なんかそれが悔しくて。何があっても、その同い年の学年の教室には行かない、で、やめないっていうのを自分の中に課して、で4年間行ったっていう感じ。反骨精神です。そうですね。
じゃあそれまではもう同級生とお笑いみたいな感じやったけど、1個下行ったら友達、言うたらいないとこですか?いない。じゃあもう浮いてる状態で行き続ける。そう。当時ろくでなしBLUESっていう漫画があって、そこの川島っていう留年したやつがいるんすよ。少年院行ってて帰ってきて、で『罪と罰』読んでんですよ。ドストエフスキーの。あれがかっこよすぎて、俺ブックオフで『罪と罰』買って、ずっと休み時間読んでて。あ、じゃあもうなんか考えてるやつのふりをして乗り切れて。そうそう。めっちゃかっこいいアウトローのやつみたいな。あ、今やってますわ。え、やってる?なんかその授業中に、僕今同級生年下なんすよ。ああ、そうか。可愛いとか思いながら、なんかそのYouTubeの作業してますみたいな感じで、パソコンやって、見て、お前にちゃん見てるだけなんですけどみたいな。いやいや、6個下でもパソコンはいじれるやろ、だって。なるべくそのYouTuberヅラして時間してるんですけど。
へえ。それでもう2年間乗り切って。そう。ずっと休み時間はもう誰の教室にも行かず、『罪と罰』。3年ぐらいまで読んでるから、あいつ全然読み終わらんやんけにはなったけど。読書遅いなみたいな。とかで、こう下がって。で、一応高校は卒業されてということですね。高校は卒業した。ちゃんと4年間かけて。挫折に耐えてという。耐えて。嬉しいでしょうね。嬉しかったよ。1個下のやつらが卒業式の日に泣いてんの見て、俺の方が泣けるからなって。そうすよね。俺が1番泣けるからなって思った。分かち合う相手そおらんっていうだけで。そう。3年ごときで泣くなよって思った。そうですね。4年おるからな。
で、卒業されて、で、これちょっと上がってますけど、これは。卒業して、こっからは上がってると言っても、もうただのフリーター生活というか、楽しくフリーターをやってたみたいな感じ。毎日パチンコとか行ってたから。普通に実家にはいらっしゃったんですか?あ、実家にいたんすけど、実家を追い出されて、高校卒業したタイミング。なんかね、リフォームするから出てってくれって言われた。変な。リフォームするから出てってつって、そっから家から5分ぐらいのところに1人暮らし始めた。へえ。で、そん時は、就職、会社にするとかもなく。なく、なんか適当にバイトするかぐらいの。そうですね。バイトし始めましたね。
へえ。何やってたんですか?色々やった。最初病院の売店とかもやった。病院の売店の、なんか品出しみたいな。で、病院の売店って温度をちゃんと一定にしないといけないから、ちょっと暑いのよ。寒いと体調悪なるみたいな。そういうことなのか。だから品出ししてる間になんかめっちゃ気持ち悪なってきて、本当にダラダラやってたら、その日の終わりに店長が来て、明日来れんねんやったらまた来てって言われて。来られへんねんやったら電話してって言われて、電話次の日して。はあ、もうそれはもう来んなよ。僕はもう行けないですって。続けれそうなら明日来てって言われて。っていう感じ。
なんかそのずっと、なんか理由なくできひんというか。すいません、失礼な言い方だってありますけど、その不良だったとかでもなく、ただちょっとポンコツやったっていう。そうね。なんかもうただめんどくさがりやとか、そういうことかなっていう感じ。なんかその今に繋がるきらめきみたいなのは。全くないかも。なし。ないかも。ダラダラしてた、卒業してからは。
で、病院のバイトされて。病院のバイトして、それやめて、で次何やったかな?派遣とかも行ったと思う、多分。あとはパチンコ台の解体とか、カラオケ屋とか、結構色々やった。もうありとあらゆるバイト。そうね。それもあんま続かんくてみたいなことすか?いっぱいやってるのは。そう。全然。で、途中で朝からパチンコ並ぶようになってみたいな。で、借金作ってみたいな状態。ええ。どっから借りてたんすか?え、消費者金融。すご。俺3社借りてた。満額。満額。50万、3社かな?なんか勇気出てきました。なんか俺ぐらいで遠回りって言っててすいません。
だからこん時の記憶は、3社借りてて、当時は消費者金融のATMって結構固まってんのよ。同じ敷地内に固まってるから。返済日は違うのよ。で、返済額を出して、入れて、で入れたからまた借りれるから、次の返済額を引き出して入れるみたいな、これをずっとやってた。繰り返して。サーキットやってた、これ。変態サーキットやってた。で、ちょっとずつ膨らんではいるけど、耐えてるっていう状態。そう。
へえ。頼れる人とかいなかった?だからこん時に同級生が、えっとね、お前それアホらしいやろつって、借金肩代わりしちゃるから。もうその利息ばっかり払ってのアホらしいやろ、俺が出しちゃるから、俺に返していけっていう感じで。すご。全部返してくれて。へえ。そう。でも返してくれたはいいけど、俺もそこでカードをほんまは捨てなあかんのよ。ああ、借りれる用のカードね。キャッシュカードというか。でもきっちり持っててさ。で、また満額行っちゃって。すごいよ。そう。で、それも最後また、俺がまたやったるからつって、やってくれて。いやあ。そう。で、その借金が未だにまだ残ってる。え。そう、同級生に。その同級生に?同級生になんかな、100万借りたのよ。100万。最終色々返したりとかして、その、裁判所行ったりとかで最終…当たり前みたいに言わない。最終100万円なって、その100万を未だにずっと借りてる。
え、な、なんでですか?いや、これがなんか…ええ話ですか?いい話やと思う。ええ話なりますか?いい話なるなる、やっと。えっと、100万円返そうと思ったのよ。俺もこの世界入って、100万円返そうと思って返そうとしたら、でも100万円って返すのちょっともったいないじゃないですか。100万貯まって100万そのまま返すって。確かにその当時の100万すもんね。今の100万じゃないですもんね。いや、そんなに金の価値って変わってない。今の100万?いやいや、その、いやいやいや、和同開珎とかの、これそれ。で100万円。あ、今の100万ってこの状態の100万。そう。一応ね、100万、これ返すのいいけど、なんか嫌やなと思って、一応聞いたの、そいつに。今100万円このまま返すか、めっちゃ売れて300万にして返すか、どっちがいいって聞いたら、300って言ったの。じゃあまあええかってなって、返してないっていう状態。
なんで300は払ってないんすか?いや、俺の言うめっちゃ売れてるは、もうさんまさんクラスやから。いやいやいや。払えるやろ。いや、まあ、別に払えんことはないけど、まあでも向こうも余裕あって、ええよっていう、お前の活躍見れてるだけでみたいなニュアンスというか。その友達もすごいすね。だって20そこそこでしょ。そう。で、地元の友達だったら、言うた普通の高校で、100万とかボーンって。何してたんすか、そいつは?そいつはなんか普通に内装業みたいな。へえ。ちゃんと働いてて。結婚して子供3人いて。いますか?そう。すご。
で、だからそいつは俺に貸してくれるけど、そいつの奥さんも同級生なのよ、俺。中学。へえ。そうで、奥さんからしたら、なんであいつにずっと金貸してんの?いう状態。だから定期的に電話がかかってきて、ちょっと嫁がマジでぶち切れてるわみたいな。お前に金を貸してることがみたいな。だから芸人になってから、関西の賞レースとか通ったら、いち早く嫁に連絡して。ワンチャンあるぞ。えっと、今回こういう賞レースに通りました。賞金はいくらです。これ、こういうネタで臨みます。優勝したら全額返済できると思いますみたいな。で、優勝できないみたいな日々。へえ、なるほど。そう。で、賞レース終わって嫁から連絡来て、相方の声小さないとか来てた。もう社長みたいになってるです。そう、そう。みたいな感じで。だからまだ、一応300残ってんのかな、言ったら。そうすね。でも、さんまさんぐらいになって返す予定ではあるという。
で、そこで一応借金生活を送り続けて。まあ、そうか。返せたけど、また借金してみたいな感じ。これ上がっ…だからこれ上がるしかないのよね、ここに行くためには。まあ、そうすね。確かに。そうそう。ほんまだからそうか。ほんまはこうよね。ぐらいかもしんないですね、もしかしたら。こうよね。なんやったら借金もしてるからこうか。そうですね。そこにあって。で、ここ。そうね。上がり出すタイミングがお笑い始めるってことですか?お笑い始めても下がってるよ。だって借金が膨れ上がったから。お笑い始めてより…すいません。ありがとうございます、直していただいて。はい。こうやな。
で、ここでお笑いを始めたんです。初めて。えっと、ここで…授業みたいになってるって。え、はい。東大生相手に。ここでキングオブコントの決勝に。決勝行かれる回ですね。初めて行くっていう感じ。え、なんでお笑い始めようってなるんですか?ここは、俺もう24の年やったんです。25の年。なんか卒業して6、7年という。そう。ずっとパチンコ屋とか入り浸って、で借金返し終わったのよ。で、借金返し終わって、20万だけ残ったんすよ。あ、貯金が。そう。で、当時松竹芸能の養成所が入学費20万円やから。なんかもう俺、社長とかにも多分なられへんし、こっからの人生、自分が多く稼げる可能性あんの何かなって思った時に、冷静に、本当に冷静に考えたら、お笑いちゃうかってなって。億を稼ぐ可能性ね。はい。てなったら、もうじゃあ一発お笑いやってみるかみたいな感じで、松竹芸能に入ったっていう感じ。すご。
あ、なんかへこたれてはなかったんですね、だから言うたら。いや、でももう周りも結婚とかしてるしとか、みんなちゃんと働いてるしで、自分の人生どうしていこうっていうのはあった。で、借金全部返し終わったから。だから借金を返してる最中は真っ当な人間になろうっていう思いで返してたから。で、返し終わったらもう上行くぞと。そう。もうなんか一発逆転するしかないかみたいな感じだった。確かにな。そっから普通に就職して普通に会社員になっても、なんかそのマイナスが0なっただけというか。そう。なんかただ遅れただけやんっていう、みんなとっていう。いや、そうなんすよね。だから今俺、医者になる道がどんどん閉ざされてってると、僕もやっぱ逆転するしかないみたいになってて。それこそ親戚の扱いとかもやっぱえぐなるじゃないですか。どんどん、こいつ何してんねんみたいな。でいうのを取り返そうとして、もうやると。そう。
ええ。当時吉本行くよりも、松竹の芸人さんって誰おったっけなみたいなぐらいの感覚やったから、あ、じゃあごぼう抜きできるかもと思って。ああ。え、でもそれすごいっすね。確かにね。なんか吉本やっぱ軍というか。そう、あの競争も多いから、吉本行くのやめようと思って行った。で、やったら勝てるかもしれんぞ。そう。だって当時2006年でしたけど、吉本って多分1000人ぐらい入ってんですよ。そうすね。松竹に入ってきたの20人ぐらいですからね。へえ。そう。養成所20人。そう。吉本は40万で、養成所で松竹20万。こんなに安いのにやっぱり。得っすよね。そう。でも松竹には誰も入ってこないっていう状態。で、チャンスやと思って入って、オーディション受かって、お金持ってこいって言われて、20万持ってって。で、養成所のなんかその偉いさんが1番前で、1人ずつ並んで20万円を渡していく。え。で数えていくねん。で、20万円あったらここにおかきの空き缶があって、そこに入れていくねん。で、俺一番後ろ並んでて、それ見て、マジで逃げるんやったら今やなって。そう。こんなところでスターなんかなれるわけないわ。そうね。おかきの空き缶に入れていく。へえ。会社。
で、入られて。で、東ブクロさんはあれですよね、大学卒業して入ってこられる方。そうかな。ブクロは卒業して。あいつも1留ぐらいしたんじゃないですかね、確か。じゃ、最初は別でコンビ組んで。別で組んでた。ですね。それどんな感じでやってたんですか?えっと、入った当時養成所に20人おったけど、みんな周りどんどん組んでいくんすよ、コンビを。で、余った2人で組んだ。へえ。でやってて、カサブランカっていうコンビでやってて、なんかちょこちょこテレビとかは出れたけどみたいな感じで、なんか2年後ぐらいに相方がもうちょっとしんどいわってなって、やめるってなって、そのタイミングでブクロから誘われてみたいな感じ。で、さらば結成という。そうそう。
もうその時点でネタ面白いの書ける感じだったんですか?僕ですか?でもテレビにたまに出てるってことは。あ、そう。なんか賞レース、関西の賞レースとかに1回なんか引っかかってみたいな。で、言ったらだって、もうこの6、7年ただ無職というかフリーターやった状態から、もうネタ…それはなんかできたっていう。なんかできた。なんか最初はそれは受けへんかったけど、めちゃくちゃ滑ったけど、なんとなくやってたらできるようになってきたというか。へえ。すご。じゃあもうその2年で大阪の期待の人みたいになっとって。そう。期待の人ってわけでもないけど、なんかあいつらおもろいなみたいにはなってた。芸人の間ではなんかおもろい。で、それ見た東ブクロさんが、組もうみたいな。そう。
で、組みました。これぐらいですかね。で、こっから上がっていって。で、KOCに2012年に初めて行ったのがこれかなっていう。そのぼったくりバーの年です。え、ナタリーで働いてるね。いや、当時僕それこそ中高生なんで、2012とか1番お笑い好きで見て。うわ、すごみたいな。で、もうバーンってなって、でもこっから、そっか。そう。このもうすぐ翌年に相方のスキャンダルが発覚して、それでちょっと1回バーッと落ちたかな。だからここで2位とかですよね。そうです。2位です。準優勝。じゃあもうここはもう来た。来た。売れたぐらい。あ、もう認められたみたいな。あ、行けたんや、やっぱりみたいな。まっちゃんもはまちゃんも見れた。って感じ。そうすね。だってコンビになってからもう3、4年とかってことですよね、ここ。そう。4年目ぐらいかな。めちゃくちゃすごい。いや、そうすね。
でもこっからテレビも出まくるぞと思ってたら、これ。相方が先輩の奥さんを寝取るっていう。ちゃんとすごい。ちゃんとすごい。相方からしたらこれ逆かもしれん。セックスできてる。気持ちよかった。まあ相当興奮するでしょ。気持ちよさで言うとね。で、もうこっからもう何もなくなった。全部全部なくなった。本当に事務所やめんのもここ。そう。まあちょっと今さらばと絡むのやめとこうかって言って、結構総スカン食らったっていう。
あなたにとって遠回りとは。あなたにとって遠回りとは。ああ。おお。
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