屋形船から視聴者と生電話 「好きなことがない」悩みと「哲学はどこにあるか」を成田悠輔が語る

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概要

『夜明け前のPLAYERS』の特別編で、成田悠輔は事前に公開した電話番号に視聴者から電話を受け、隅田川を進む屋形船の上でその場の雑談や相談に応じた。この放送で実際につながったのは2人である。1人目の熊本の専門学校生とは「好きなことが分からないとき、どう進路を選ぶか」を話した。2人目の元哲学専攻の研究職の視聴者とは「哲学はどこに宿るのか」を語り合った。合間には視聴者から届いたショートメールも読み上げられた。成田は、好きなことを探すより消去法で道を選ぶことを勧めた。哲学については、制度化された学問の外、生活や職業の中にこそ哲学的なものがあるという立場をとった。

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寒さと雨の中で始まった「意味のない大掛かりなロケ」

冒頭、成田は船の上がひどく寒いと訴え、温かい湯を飲みながら電話に出た。日本橋あたりを出た船はレインボーブリッジの近くを通っており、成田はそれを「全く意味もなく疾走している」と表現した。ただ話すだけならスタジオでもいいのに、こんな場所に駆り出されたスタッフの表情が暗く、その暗さが自分にも移って寒々しい回答ばかりになるかもしれない、と冗談めかして断ってから会話を始めている。

途中で雨が強くなり、成田は「びしょびしょ」になって船内へ移動した。靴を脱いで中に入る間、電話の相手を待たせる場面もあった。成田は、屋形船で隅田川を移動する大がかりなロケなのに、やっていることはスマホで電話するだけで「全く意味が分からない」状態だと自嘲した。相手はそれを「最高です」と受けた。

秋が消えた日本という雑談

最初の相手は熊本に住む「田中さん」で、自宅から電話をかけてきた。成田は「特徴がなくて覚えにくい名前」だと言い、何度も名前を繰り返して覚えようとした。

本題に入る前に、成田は季節の話をした。春夏秋冬の中で秋がいちばん好きだという。夏の暑さから解放され、冬と年末に向かう前に栗やたけのこを食べ、紅葉を見てから冬に入れという「生温かい感じ」が秋にはある、というのが理由だ。ところが最近は東京からも日本からも秋が消え、夏だと思っていたら突然冬のような寒さになる。冬服への移行が遅れて半袖に毛が生えたような服のまま川の上で後悔している、と自分の状況を重ねた。そのうえで「夏と冬しかなくなってしまった日本、生きてて楽しいですか」と問いかけ、田中さんは「ちょっと楽しい感じも」と曖昧に答えた。

ファッションデザインの専門学校に「なんとなく」入った

田中さんは現在、ファッションデザインの専門学校に通っている。ただ、デザイナーになりたいのかと聞かれると「なんとなく入っちゃった感じ」だと答えた。学校は2年制で、1年目はビジネスと、服を縫うソーイングと型紙を作るパターンの両方を学び、2年目から作る側とビジネス側に分かれる仕組みだという。

実際に入ってみた印象は「意外と違った」。最初から選択制でどちらかを集中的にやるものだと思っていたが、1年目は両方をこなす必要があった。手先があまり器用ではないため、パターンやソーイングは「めちゃくちゃ下手くそ」だと話した。成田が、パターンやソーイングはセンスや才能が出る分野だと応じると、田中さんはやはりかなり難しいと認めた。

自分でカリキュラムを作るならどうしたいかと聞かれると、田中さんは、本当はあまり何もしたくなかったと打ち明けた。親や先生に何かに入っておいたほうがいいと言われ、一応入学したという。絵を描くことは好きだが、性格が衝動的でやりたいことがコロコロ変わるので、自分でも何が好きなのか全く分からない、とも語った。

「好きなことがない人のほうが多いのでは」

成田は、何が好きか分からないなら、何が得意かで道を決める方向もあるのではないかと提案した。そして持論を述べた。人間には好きなことややりたいことはそれほどなく、むしろ「ない人がほとんどなんじゃないか」という気がするという。それなのに社会では、好きなことややりたいことがなければいけないことになっている。そのギャップのせいで無駄に悩む時間が多い、というのが成田の見立てである。

それで悩むよりも、たまたま自分が得意だったもの、そして人から必要としてもらえるものは何か、という軸だけで突き進む道も十分にあるのではないか、と成田は話した。田中さんはこの話に「確かに」と同意した。

成田自身の職業選択は「消去法」

田中さんは、成田が今の職業にどういう経緯でたどり着いたのかを尋ねた。成田の答えは「消去法」だった。体質的にできないものを落とし切っていくのだという。自分の場合、朝起きて毎日同じオフィスに行くのは無理だし、体力がないので長時間働く仕事も無理だった。そうやって無理なものを落としていくと、できることはほとんど残らなかった。かろうじてやれることをぎりぎり確保していった結果、今のような「謎の仕事」にたどり着いた、と説明した。

振り返って成田は、消去法も悪くないと考えている。できないことはできないし、耐えがたいことを無理にやると本当に蕁麻疹が出たり倒れたりする、というのがその理由だ。田中さんは「全くそうです」と強く同意した。

そこで成田は、田中さんにとって人生から削除したい耐えがたいことは何かと聞いた。答えは、時間に追われることと期限を守ること。成田は、時間にルーズでも許される仕事となると限られてくると指摘した。ちょうどこのとき、スタッフから「あと10分でタイムリミット」というカンペが出た。成田は「あと3分で人生の悩み解決できそうですか」と振り、田中さんは難しそうだとしつつ、消去法という考え方は「しっくり来た」と答えた。

面接で無言になった経験と、時間に厳しいデザイナーの世界

今の道に進んだきっかけを聞かれると、田中さんは大学受験の話をした。出席日数が足りなかったうえ、面接で「やらかして」しまったという。具体的には無言になってしまった。成田が、今は普通に話せているのにと言うと、田中さんは、相手の顔が見えていないからでもあり、相手が成田だからでもあると答えた。成田は礼を言い、もう少し圧迫面接の雰囲気を出せるよう頑張りたいと冗談で返した。

成田は、絵が好きという点からは、デザインやアートの方向が浮かび上がると整理した。ただし、ファッションデザイナーは時間にルーズだとたぶんきついとも指摘した。田中さんも「選択ミスしたな」と感じていると認め、成田は、ミスに気づいていること自体が偉いし面白いと評した。

「職業に就かないこと」を職業にするという逆張り

消去法で考えると本当に仕事がない、と成田は認めた。そのうえで、職業が見つからないなら「何の職業にも就かないことを積極的に職業にしていく」方向もあると言い出した。田中さんが「ニートということですか」と聞くと、成田はテロリスト、革命家、運動家などを挙げ、そういうアナーキーな「破壊系の仕事」は時間にルーズなほうがいい、きっちり時間を守ってくる革命家は嫌じゃないかと続けた。これは冗談交じりの言い方だが、成田の言いたいことは、時間厳守が期待されない「逆張りの職業」、つまり職業とみなされていないような職業を目指すのもありかもしれない、という点にある。田中さんは、一人でいろいろ考える必要がありそうだと受け止めた。

最後に成田は、軌道修正をしてもどうにもならなくなったら番組宛てに相談を送ってほしいと伝えた。この番組が、仕事と言えるか言えないか怪しいあたりの仕事を作ってくれるのではないか、という「勝手な期待」もしておきたいと話した。そして、無言にならずに話してくれたことに礼を言い、通話を終えた。

読み上げられたショートメール

1人目との通話の途中や前後には、視聴者から届いたショートメールがいくつか読み上げられた。

1通目は、なかなかつながらないが仕方がないとしたうえで、成田の助言のおかげで給料が70万円以上上がったという報告と感謝だった。「お寿司食べに行きたいです」とも書かれていた。成田は、その70万円のうち50万円ほどを小切手で送ってもらえると嬉しい、寿司の代金も一緒に送ってほしいと冗談で返した。

2通目は「私と独立国家作りませんか」という提案だった。送り主は、父親とも笑って話していたが自分は本気だと書き、父親が亡くなってなぜ日本政府が得をするのか理解できないと訴えていた。自分の家には700年の歴史があり、今の国家より古いかもしれない、海洋国家でも電子国家でも何でもありだと思う、と続けていた。成田は「700年」とつぶやいた程度で、深入りせずに通話に戻った。

3通目は、寒さで風邪をひかないようにと気づかい、研究も「三流タレント」もやめないでほしい、愛している、という内容だった。成田は、この人は船上の寒さを知らないはずなのになぜ寒さの心配をしているのか、どこかから見ているのかといぶかり、「怖いな」と反応した。

2人目「田中2号」さんとの哲学談義

残り時間が23分と告げられた後、2人目がつながった。成田は、最初は威勢がよかったが今は正直あまり元気がないと前置きした。相手は仮名で「田中」と名乗ったため、直前の相手と区別して「田中2号さん」と呼ぶことになった。都内在住で、成田は、船が終着点に着くらしくいつ通話が切れるか分からないと先に詫びた。無理に質問や相談をしなくてもいい、2人とも無言でただ時間を流すのでもいい、とも伝えた。

田中2号さんは大学で哲学を学んでいたと言い、「哲学者を一人だけ選ぶなら誰が好きか」と尋ねた。成田は少し考え、今ふと思い浮かんだのはマルクス・アウレリウスだと答えた。

なぜマルクス・アウレリウスなのか

成田はまず、現代の人が「哲学者」と聞いて抱くイメージから説明した。哲学と呼ばれる小難しい学問を営み、文章を書いたり講演したりする職業哲学者のような人たちを、私たちは哲学者だと想像するよう慣らされている。成田は、たぶんそうした哲学者が生まれたのはここ数百年の話で、それ以前の哲学はもっと広く、緩く、自由なものだったと思う、と述べた。

成田の考えでは、哲学はむしろ生活や人生や職業といった、哲学以外の普通の世界の中に生きていた。それはソクラテスの時代からずっとそうだった。職業の数だけ、文化の数だけ、国家の数だけ、哲学はそれぞれの土地の食べ物のような形で存在してきた、と成田は表現した。

その中でマルクス・アウレリウスが面白いのは、ローマ帝国の皇帝だったからだという。国家や政治の権力を握るという、ある意味で哲学と真逆のことを極めた人物である。同時に、その経験から生まれる哲学を、自分の部屋で日記としてこつこつ書き連ねていた。個人的で抽象的で無力な哲学の営みと、社会的で強力で具体的な政治や国家の営みを融合させていた、と成田はみる。

そして成田は、そういう哲学の形を最近あまり見ないと続けた。哲学者らしさを感じさせる政治家はあまりいないし、「もしかしたらトランプとかはそうなのかもしれない」と言いかけつつも、哲学者らしさを感じさせる経営者もあまり見ない、という印象を語った。あまり見なくなった哲学の形を体現する存在として、マルクス・アウレリウスが面白いと思う、というのが成田の答えだった。

大学教員の仕事の中にある哲学

同じ質問を返された田中2号さんは、歴史上の偉人ではなく身近な人を挙げた。現在は研究や科学の分野で働いており、特に大学の先生には哲学者のような側面を強く感じるという。華々しい業績の陰には、学生の相談や世話といった細やかな人間関係の仕事がある。偉い先生ほど実にさまざまな仕事をこなしていて、それを間近で見るうちに、これこそまず哲学だと感じるようになった、と話した。

成田はこれを受けて、普通は哲学と呼ばれないものの中にこそ哲学があるのではないかと応じた。哲学が学問化し、分野化し、職業化し、制度化する中で、本当に哲学的なものではなく、体系や制度としての哲学に組み込みやすいものばかりを、哲学は取り込んできてしまったのではないか、という気がするという。

着岸、そして終わりのひと言

話の途中で船が港に着いた。成田は、この屋形船を見事に発着させる技術も哲学そのものなのではないか、と「適当なこと」をふと思ったと述べた。田中2号さんには、その人の哲学が何かの形でできあがったら送ってほしい、ただしそれは文章ではないのかもしれない、と伝えた。「哲学なのか哲学でないのかわからない雑談」への礼を言って、通話を終えた。

最後に成田は、隅田川は意外に広いという感想を口にした。それ以上に、周囲を取り囲むタワーマンションの「邪悪さ」に改めて怒りが湧いてきたと言い、今度はタワマンを訪ねて住人と喧嘩する回をやってもいいのではないか、と次の企画めいた冗談で締めくくった。