AI小説の第一人者・葦沢かもめはどう書いているのか:星新一賞の変化からClaude Codeのワークフローまで

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概要

SF作家の安野貴博が、同じく星新一賞の受賞者であるSF作家・葦沢かもめを迎えて対談した。葦沢は第9回日経「星新一賞」で、AIを使った作品として初めて同賞を受賞した人物である。対談の中心的な問いは、AIで小説を書くときに作家性はどこに宿るのか、そしてプロは実際にどんな道具と手順で書いているのかという点だ。葦沢の答えは一貫していて、AIを使うクリエイターは映画監督のようなもので、人間がディレクションしていれば作品に作家性は宿る、というものである。後半では、安野が構想中の作品や、AIを題材にしたAI小説が多い理由にも話が広がった。

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趣味の小説とプログラミングが結びついた経緯

葦沢がAIで小説を書き始めたのは2018〜2019年頃で、OpenAIのGPT-2が出る少し前だったという。当時はプログラミングを始めたばかりで、Pythonを勉強しながらマルコフ連鎖やLSTMを使った実験をしていた。そこへGPT-2が登場し、「すごいのが出てきた」と思いながら試行を重ねていったと振り返る。

もともと葦沢は、AIを使わずに自分で小説を書いてWebサイトに投稿していた。本人によれば16年ほど前からの趣味である。就職でIT企業に入り、プログラミングを学ぶことになったとき、せっかくなら趣味の小説とAIを組み合わせて何かできないかと考えた。ちょうど星新一賞では、大学の先生がAIで賞を取ることを目指す「作家ですのよ」プロジェクトが進んでいた。それを知り、自分にもAIで小説を書くことができるのではないかと思ったのが最初のきっかけだったという。

安野は、星新一賞が「理系のための文学賞」を掲げ、かなり早い時期から人間以外による応募を認めていたと説明する。葦沢によれば、第3回ごろには同プロジェクトの作品が一次選考を突破した例があったものの、受賞までは至っていなかった。AIを使った作品で賞を取ったのは葦沢の第9回が最初だった。

星新一賞では入選4作品のうち3作品がAIを使用

LLMの進化で星新一賞の風景も大きく変わった、と安野が水を向けると、葦沢は直近の2025年の応募回について、入選した4作品のうち3作品がAIを使って書かれていたと明かした。AIを使った作品が多数派になったということだ。

葦沢は選考の仕組みにも触れた。AIを使ったかどうかは審査員に知らされず、ブラインドで審査が行われる。選ぶ側はAIの使用を知らないまま作品の面白さで選んでいるので、4分の3がAI使用作品だったという結果は、AIの性能がかなり上がってきていることを示すのではないか、というのが葦沢の見方である。

一方で安野は、「AIを使った」といっても濃淡があると指摘した。プロンプトを入れただけで0から100までAIが書いたものもあれば、AIの出力を人間が8〜9割直したものもある。作中に登場するAIのセリフだけをAIに書かせるような使い方もある。これに対して葦沢は、今回グランプリを取った作品はAIを使ってはいたが、比率としては本当に一部だったと説明した。別の入選作は、葦沢が共著した『小説を書く人のAI活用術』を読んだ読者が書いたもので、本人のnoteによれば創作過程でかなりがっつりAIを使っており、AIの比率は高いものだと葦沢はみている。

『小説を書く人のAI活用術』は昨年出た本で、葦沢が山川氏、今井氏と共著した。AIで小説を書くためのテクニックに加え、法的な観点からどう使えばよいかというマナーも含めて解説しているという。

作家性をどう入れるか:自分の情報を与え、選び、ディレクションする

AIは創作のほぼ全工程で使える、と葦沢は言う。アイデア出し、あらすじ作り、キャラクター設定、本文の執筆、推敲、校正といった具合だ。その気になれば全部AIで作ることもできてしまう。それでも葦沢は、人間としての作家性をきちんと入れられる形で使うべきだと考えており、人間がコントロールできる形でAIを使う方法を本やnoteで発信している。

安野は、今ならClaudeやChatGPTに「短編小説を書いて」と頼むだけで、それなりに読めてしまうものが出てくると指摘し、そこにどうやって作家性を入れるのかと尋ねた。葦沢は、完璧に入れるのは難しいとしたうえで、二つのやり方を挙げた。

一つは、作家としての自分の情報をプロンプトに入れることだ。自分がどういう作家で、どんな経歴を持ち、何を書きたいのか。作家としてどんなものを作っていきたいのか、どんなテーマを追いたいのかというビジョンも入れる。そうすると、それに沿ったものが出てきやすくなるという。

もう一つは選択と指示の繰り返しである。AIにアイデアを出させて適当に選ぶのではなく、たくさん出た案の中から自分が良いと思うものを選ぶ。さらに「もう少しこういう方向で出してほしい」と何度も指示して、アイデア出しを繰り返させ、自分のやりたい方向に近づけていく。

葦沢はこのディレクションの部分をとくに重視しており、AIを使うクリエイターを映画監督にたとえた。映画はカメラマン、美術スタッフ、俳優など多くの人が共同で作るが、完成した映画には監督の作家性が宿る。AIを使う場合も、スタッフがAIに置き換わっただけで、AIが作ったものを人間が監督としてディレクションしていれば、作った人の作家性は宿るのではないか、と葦沢は述べる。

「自分の作品だ」と感じられるかにはグラデーションがある

安野は、プロンプト一つで出てきた短編には自分の作品だという感覚をまったく持てないだろうと話し、実際に作ってみるとどこまで自分の作品だと感じるのかを聞いた。

葦沢も、そこにはグラデーションがあると認める。今ならClaude Codeなどを使えば、人間がほとんど関与しなくてもAIだけで一通り作れてしまう。各段階に自分らしさを埋め込み、ガードレールを設けておけば、ほぼAIで作りながら人間らしさを埋め込んだ作品ができる可能性はあると葦沢は考えている。それはそれで自分らしい作品と言える気もする。ただし、ほとんどを作っているのはAIなので、違和感を持つ人がいてもおかしくない。人間が書いたものをAIには誤字の修正や推敲だけさせる、という使い方でなければ自分らしさを感じられない人がいても不思議ではない、というのが葦沢の考えだ。

安野は、誤字修正だけなら完全に自分の作品だと感じると応じたうえで、分かれ目になりそうなのは作品の核となるアイデアやテーマをAIが発案した場合ではないかと問うた。選び取る行為はあるにせよ、コアのアイデアをAIから取ったときに、どれだけ自分の作品になるのか、という疑問である。

葦沢の答えは体験に基づくものだった。AIにアイデアを作らせることはよく試しているが、「これはいい」と思えるアイデアがAIから出てきたことはあまりないという。むしろ自分が思いついた面白いアイデアから出発し、それをもとにAIにアイデアを広げさせたり、世界設定やキャラクターを作らせたりすることが多い。最初のコンセプトの部分を自分で掴んでいれば自分の作品という感覚が出るのではないか、と葦沢は話した。

では逆に、AIにどんどん任せてよいのはどこか。葦沢は誤字の修正のほかに、設定との矛盾チェックを挙げた。「この設定との矛盾点をチェックして」と頼むと、うまく拾ってくれるという。自由度が高く曖昧さのある作業だが、指摘された内容を見ると「確かにそうだ」と思うものが多く、便利な使い方だと評価している。

Claude Codeのスキルとワークフローで執筆システムを組む

安野は「2026年6月時点」の道具箱について尋ねた。ChatGPTかGeminiかClaudeか、Claudeならどのモデルか、Claude Codeのようなものを使うのか、コンテキストやスキルをどう与えるのか。可能性は無限にあるという前置きつきの質問である。

葦沢は現在Claude Codeを主に使っており、執筆のためのシステムを組んでいると答えた。Claude Codeにある、特定の機能に特化したものを作れる「スキル」の仕組みを使い、あらすじを書く段階のスキル、本文を書く段階のスキルといった具合に、執筆の段階ごとにスキルを用意している。そのうえでワークフローのファイルに、どのタイミングでどのスキルを使うかを並べ、順番に実行していく設計だという。

ワークフローと聞くと大がかりに見えるが、実態は自然言語で書かれた単純なものだと葦沢は説明する。最初に「アイデアを作ります」というスキルがあり、このスキルを使うこと、この段階ではこういうものを作ることが書かれている。それがフェーズごとに並んでいるイメージで、スキルを使う順番を日本語で書いている程度だという。

作品ごとに道具を変えているのかという問いに対しては、毎回使える形にしていると答えた。作品に特化したスキルにすると使い回せないので、作品の設定に依存しない形でスキルを作っているという。

Codexではなく Claude Codeを選んだ理由について、葦沢はきちんと比較できているかは微妙だと断ったうえで、いちばんやりやすいと感じたからだと述べた。最近はCodexも優秀だと聞くので試してみたい気持ちもあるという。安野が、こうしたタスクは良さをどう測るかが難しいと言うと、葦沢も、良い小説ができたからといってシステムが良いとは限らないので比較は難しいと同意した。

最新作「SOUL.md」:WebのClaudeで作った短編

葦沢の最新作は、アンソロジー『ショートショートなSF』に収録された「SOUL.md」という短編である。今年初めごろに話題になったAIエージェント「OpenClaw」を題材にしており、エージェントの性格や振る舞いを決めるファイルであるSOUL.md、つまり「魂のマークダウンファイル」をネタにしている。

もっとも、この作品の執筆にはClaude Codeを使っていない。安野が「OpenClawネタなのに」と笑うと、葦沢は、単純にWeb版のClaudeを使ったと明かした。ClaudeにはSOUL.mdというファイルがこういうフォーマットであるという情報と、自分の思いついたアイデアを渡した。

物語の主人公は、亡くなった祖母をAIとして再現するためにSOUL.mdを書いている。作品はそのマークダウンファイル自体が本文になっている形式で、主人公が「これは祖母を再現したAIです」「あなたはAIであって祖母ではない」と書いたり、祖母はこういう振る舞いをした、こういう振る舞いはしなかったと定義していったりする。祖母をAIで再現するというコアのコンセプトは葦沢自身が考えたもので、それをAIに渡し、何度もやり取りしながら固めていった。

具体例として葦沢が挙げたのが方言である。作中の祖母は秋田出身という設定で秋田の方言を使うが、AIが最初に提案してきたのは九州あたりの出身という設定だった。自分のイメージと違うと感じたので、秋田を指定したという。

制作期間は2〜3週間ほどで、毎日数時間ずつ進めた記憶だという。ただ、最初のアイデアを思いついてから初稿レベルの下書きができるまでは、3〜4時間程度だったと葦沢は振り返る。その後の細かい修正は、かなり自分で手を入れたという。

文体は過去作を分析させて寄せる

AIが自分とまったく違う文章を出してくるなら自分で書いたほうが早い、という声もある。安野がAIの文体への影響を尋ねると、葦沢は、自分の文体にはあまり癖がないのでAIでも再現しやすいと答えた。

やり方としては、あらかじめ昔の作品をAIに分析させる。AIは「こういう文体です」と分析してくれるので、そのルールに基づいて書かせると文体はかなり似てくるという。100%完璧ではないが、それを出発点にして、違うと感じた部分を「ここが違う」とフィードバックし、改善を重ねていく。

つまずきポイント:メモリー機能と、違和感の言語化

Claudeで小説を書くときの注意点を聞かれ、葦沢は周囲からよく聞く悩みを紹介した。文体などについて指示しても、AIがうまく従わない、覚えてくれないという声である。葦沢自身はそう感じていなかったが、考えてみると理由が思い当たったという。Claude Codeは改善点を指摘すると、最近はメモリーとして内部に記録してくれる。うまくいかない人は、その機能をオンにしていないか、あるいは自分の違和感をきちんとフィードバックしていないのではないか、という見立てだ。

安野が「最初はAIに教え込む期間が必要ということか」とまとめると、葦沢は、教え込むというより、自分の違和感をちゃんと言語化しなければならないのだと言い直した。「この文章は何か違う」ではなく、たとえば「文と文をダッシュでつなぐのはやめて」と明確に言う必要がある。ダッシュは英語ではよく使われるが日本語ではあまり使わない、と葦沢は説明する。

ここから二人はアスタリスク2つによる太字の話で盛り上がった。日本語ではかぎ括弧との組み合わせで太字の表示が崩れやすく、安野は、デフォルトでオフにしてほしい、アスタリスクがついているだけで読む気がだいぶ削がれると話した。英語では崩れることがあまりないのだろう、そのほうが読みやすいと多くの人が評価ボタンを押し、人間のフィードバックによる強化学習のループが回ったのではないか、というのが安野の推測である。

注目するAI創作:九段理江、樋口恭介、そしてメンタル相談AIで書かれた戯曲

この分野で面白いと思う人や作品を聞かれ、二人はいくつかの例を挙げた。安野は、芥川賞を受賞した『東京都同情塔』の九段理江について、同作がAIを1割、自分で9割書いたとされるのに対し、その比率を逆転させてAI9割・自分1割で書く企画がどこかの会社と一緒に行われていたと紹介した。葦沢によれば、その作品は「影の雨」だったという。安野はさらに、SFマガジンなどに書いている小川氏や、最近長編を出した樋口恭介の名前も挙げた。

葦沢は、いろいろな使い方がされていると感じているという。九段の場合はAIとのやり取りのプロンプト自体が作品のような形になっていて、自分には真似できないと話す。樋口の長編はほとんどAIで書いたと言われているが、内容は樋口らしい実験小説になっており、読むのは一筋縄ではいかない感じだが樋口らしさはあったと評した。

葦沢がとくに面白かったと語ったのが、昨年秋に日本劇作家協会の劇作家フェスティバルで見た作品である。「AIはどうなのか」という企画に呼ばれ、葦沢やほかの劇作家がAIを使って作品を書いて発表した。その中のある劇作家は、脚本執筆用ではなく、実在するメンタル相談用のAIサービスを使って戯曲を書いていた。その発想自体が面白いと葦沢は言う。

内容は、目の前で自殺しようとしている人がいるがどうすればいいか、とメンタル相談AIに質問するというものだ。AIは「それは大変な状況ですね」と丁寧に答えるが、人間の側は「寄り添ってくれないじゃないか」と反応していく。AIのある種のサイコパス感、ずれた感じが面白かったという。この作品は最近、実際に劇としても上演されたそうだ。

安野は、AIの返答のずれた感じがいまや「あるある」になっていると応じた。アスタリスクのような特徴的な書き方や、「それはいいポイントですね」といった言い回しがXなどでネタにされがちで、それだけ多くの人がAIを使っているということだろうと二人は話した。

小説以外の注目点:動画・漫画生成と、縮む小説市場

小説以外で注目していることとして、葦沢は動画生成を挙げた。レベルが本当に上がってきており、小説を入れればすぐ映画ができるようになれば小説はいらなくなるのでは、と話す。安野は、小説というフォーマットを経由せずに小説家が何かをアウトプットできるようになるかもしれないと言い、葦沢は、小説家と映画監督がイコールになるようなもので、漫画でも同じことが言えるとした。漫画についても、細かいところは直したくなるが、かなりいい感じに出てきて「あと一歩」という感覚があるという。

安野は自身の体験を紹介した。複雑でボリュームのあるコンセプトを社内に伝えたくて文章を書いたところ膨大な量になったので、ChatGPTに入れて10ページの漫画にしてもらった。図が微妙に間違っているところもあったが、そこそこのものが出てきて、読むハードルが下がったという。ビジネスパーソンにもおすすめだと安野は話す。

作家にとっては、文字から漫画や動画を生み出せることは夢がある、と二人は語る一方で、小説だけにこだわるとこの先どうなるのかという不安も口にした。葦沢は書店が減っているという話にも触れ、小説がなくなるのではないかという危機感がうっすらとあると言う。安野も、電車で小説を読んでいる人はほぼおらず、みなスマホで漫画や動画を見ていると同意した。ただし安野は、小説でしか表現できないことも多いのでフォーマットとしては残るだろうとし、市場規模の面では厳しい状況だという認識を示した。

安野が書きたいもの(1):「AI 2027」型のスペキュラティブ・レポート

これから作りたい作品を聞かれ、安野がまず挙げたのは「AI 2027」のような作品だった。スペキュラティブ・フィクションの形を取り、半分は将来予測をしながら、さまざまな情報をレポート的に伝えるものである。

安野は最近出た「EU 2031」を詳しく紹介した。ドイツの外交官とおぼしき人物が主人公で、物語は2025年から始まる。AIの進展を受けて各国政府がパニックになり、EU議会から電話がかかってくるといった、実際の出来事に近い話が続き、2026年の夏から秋あたりからフィクションに移っていく。冒頭の5分の1ほどはこの2年間ほどの現実を行政職員の視点で描き、そこからシームレスに架空の未来に入る構成だという。2031年には、ボロボロになったEUが、AI競争でアメリカ側につくか中国側につくかという、どうしようもない二択を迫られて終わる。エピローグでは主人公がカウンセリングを受け、2026年の夏にあの決断をしておけばよかったと振り返る。最後に政策的な示唆が出てくるという構成を、安野は面白いと評した。日本版の「ジャパン2031」を作ってみたいと冗談めかしつつ、葦沢もSFプロトタイピング的で面白いと応じた。

安野は、こうした系譜をたどると、2022年ごろに2025年ごろまでのAIの展開を予測した文書があり、それがほぼ当たったと話した。その書き手としてレオポルド・アッシェンブレナーの名を挙げたが、文書の名前は忘れたと断っている。同氏が2024年ごろに書いた長大なレポート「Situational Awareness」についても、GPT-4が出たばかりの時期に、各国政府が規制に動く状態になると論じていて、2026年の今まさにそうなっていると評価した。さらに「AI 2027」では、スローダウンするかどうかの二択によってトゥルーエンドかバッドエンドに分かれるとして、安野はそれを「究極のギャルゲー」のようだと表現した。

葦沢は、フィクションでありつつ未来予測でもあるところにSFの力があり、SFならではの発想をするからこそ未来を予測できている面があるのではないかと述べた。安野は、シンクタンクのレポートは数値やグラフが多いが尖りや手触り感がない、と指摘する。間違っている可能性はあっても、フィクションとして具体像が示されるほうが分かりやすいこともあるかもしれない、そこに可能性を感じていると語った。

安野が書きたいもの(2):『東京都知事選殺人事件』

もう一つ安野が挙げたのが、東京都知事選を舞台にしたミステリー『東京都知事選殺人事件』である。ミステリーに詳しいわけではないと断りつつ、安野は次のように考えている。本格ミステリーは120〜150年の歴史の中でネタがやり尽くされており、かなり厳しい。少し前には、現実にないルールを導入することでトリックを成立させる特殊設定ミステリーが流行した。例として斜線堂有紀の『楽園とは探偵の不在なり』や、透明人間がいる世界での殺人事件を描いた作品を挙げている。

安野自身は特殊設定ではなく、「極限環境ミステリー」にまだ余地があるのではないかとみており、その極限環境の一つが東京都知事選だという。本人は「下取材はもう終わっている」と笑う。やってみたいのは、探偵役の立候補者が最後に街頭演説で解決編をやるという展開で、作家たちにはこのネタを使わないでほしい、最近は書く時間が本当にないのだと冗談交じりに頼んでいた。

関連して安野は、殺人事件の起きない東京都知事選を描いたドラマ『銀河の一票』を、経験者から見てもかなりリアルだと薦めた。また、『ドラゴン桜』の作者の最近の作品として、市議選に無職の男性が立候補する漫画にも触れ、髪の長い無職の男が「よし、立候補しよう」と決める冒頭で共感がマックスになったと話した。選挙は一つのジャンルになりつつあるのではないかというのが安野の見方である。当面はまず「EU 2031」や「AI 2027」のような作品が書けないか試したいと述べた。

葦沢の目標と、AIでAIの話を書く理由

葦沢自身の目標は、AIをテーマにした長編を1本書くことだという。長編で単行本を出すことはまだ中間目標の段階だと謙遜しつつ、世間的には「AIの人」になっており、日経テレ東大学のAIアカデミーなどにも出ていることから、AIネタで長編を書きたいと語った。

これに対して安野は、AI小説を見ているとみなAIの話ばかりしていると指摘した。作り方がAIで、内容もAIという「ダブル」になっているが、もう少しAIと関係ない題材を書いたほうがいいのではないか、という問いかけである。葦沢も、AIと関係ない題材で書いていいと思っていると同意したうえで、AIを使ってAIの話を書いたほうがウケやすいのだと説明した。安野は分かりやすいからだろうかと推測し、さらに、AI自身がAIフィクションを好むというバイアスもあるのではないかと付け加えた。小説を書いてと頼むとAIネタで書いてくることがあるからだ。葦沢も、それはあるかもしれないと応じた。

新刊『小説を書く人のAI実践術』とアンソロジー『ショートショートなSF』

最後に葦沢は、『小説を書く人のAI活用術』の続編として『小説を書く人のAI実践術』が出ることを告知した。前作の内容をアップデートし、最近の話題も取り入れながら、AIで小説を書く方法を初心者向けに解説した本だという。

あわせて、「SOUL.md」を収録したアンソロジー『ショートショートなSF』が早川書房から出ることも紹介した。筒井康隆をはじめ著名な作家から最近の若手まで50人ほどが参加しており、葦沢は、それだけいれば自分の好きな作品が何か見つかるかもしれないので、お気に入りを探してほしいと話して対談を締めくくった。