「才能で語りたい」――芸人・永野が語るライ麦畑、ニルヴァーナ、ピンク・フラミンゴ

YouTubeで開く ↗
概要

芸人の永野が、書評家の三宅香帆を聞き手に、人生に影響を与えた本・音楽・映画について語った対談である。話は個人的な愛好品の紹介から、希望を語る表現への反発、「多様性」を口にする人への苛立ち、お笑い界の体育会系的な構造、そして50歳を過ぎて感じる「友情より才能」という実感へと進む。永野が一貫して語るのは、自分にとって創作は「現実逃避」であり、そこでこそ自分が冴えるという感覚だ。

13分で読めます

レッチリの歌詞からブコウスキーへ

三宅から本について聞かれた永野は、読書経験は「すごく少ない」と前置きしたうえで、数少ない読書も結局は洋楽から来ていると説明する。きっかけはレッド・ホット・チリ・ペッパーズだった。ホリプロをクビになり、28歳前後でお笑いの仕事が「パタンと消えた」時期に、それまで本を読んでこなかったことに思い至った。そこで、レッチリのアルバム『ブラッド・シュガー・セックス・マジック』の1曲目の歌詞に出てくる人名、チャールズ・ブコウスキーを読んでみようと考えたという。

友人のいた中野の広い書店で見つけたのが『パルプ』だった。永野によれば、ブコウスキーが70歳前後で書いた作品だが、とても70歳の作品とは思えなかった。「こんな具体的に、露骨に書いていいんだ」と感じ、タイプライターで「ガツガツガツ」と書いているような感触に惹かれたという。他の本が整えられたものに見えたのに対し、ブコウスキーは「細胞がそのまま打たれたような」衝撃だったと語る。三宅も、日本の作品に比べて海外の作品には「ここまで書いていいのか」と読者に委ねる部分があると応じた。その後、永野は『町でいちばんの美女』なども読み、作家単位で読んでいくようになった。

「僕だ」と思いながら読んだ『ライ麦畑でつかまえて』

永野が「普通すぎて恥ずかしい」と言いながら挙げたのが、19歳頃に読んだサリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』である。「これは読まなきゃダメだ」という圧を感じて生きてきて、本を読まないのに手に取った。読むと主人公ホールデンが脳内に話しかけてくるようで、「これは僕だ」と思ったという。永野は、世界中の少年が同じように思うのではないかとも言う。

一方で永野は、この本を「危ない本」とも表現する。ジョン・レノンを撃ったマーク・チャップマンが、警察が来たときにこの本を読んでいたという話に触れ、当時は意味がわからなかったが今はわかる気がすると述べた。

三宅は、太宰治の『人間失格』も大人になって読むと違う印象になるが、17〜18歳で読むと強く「食らってしまう」小説であり、『ライ麦畑』もそれに近いと語る。三宅自身も18歳頃に読んだという。

永野にとって『ライ麦畑』は、読み返していない本でもある。今の年齢で読むと「汚れそう」で、冷静になって印象が変わるのが嫌だからだ。19歳で読んだ体験のまま終わらせたいという。受けた影響としては、「今この時、自分は行動しないといけない」という感覚を挙げた。

三宅はこの本について、世代を問わず多くの人が「10代で読むべき作品」と言い、自分もそう思ってしまうのが不思議だと話す。日本の話でも同じ世代の話でもないのに、ここまで「若い人の作品」と思われる小説は他にない、「変な小説」だと述べた。

希望を語らないニルヴァーナ

音楽で永野が挙げたのは、高校2年生のときに出会ったニルヴァーナである。1991年頃に登場し、数年後にボーカルが銃で自殺するまでずっと好きで、その衝撃的な終わり方も含めて今も影響が残っているという。対談では『ネヴァーマインド』のジャケットを見せながら話が進んだ。

永野が衝撃を受けたのは、カート・コバーンの歌詞だった。本人は歌詞を「カット&ペースト」、つまり何かの断片をつなげたものだと言っていたと永野は紹介する。多感な時期のロックは、先生が嫌だ、恋の歌、社会がどうだ、あるいは破壊的なことを言いながら女の子を歌う、といったものが多かった。今のヒップホップも「自分はここにいる」と主張するものだと永野は見ている。それに対してコバーンの歌詞は、「こうなってこうなってこうなりました」という筋ではなく、絶望の心情をただ熱を込めて羅列しているように感じられた。「俺はもう消えてしまいたい」ということを、それこそ『人間失格』のように言っているだけ、というのが永野の受け止め方である。

永野は、ニルヴァーナの影響で人生が悪い方向に行った面もあると冗談めかしつつ、それ以来「希望」を言ってくる表現があまり好きではなくなったと語る。「なんで言われなきゃいけねえんだよ」とずっと思っているという。

高円寺のビデオ屋で出会った『ピンク・フラミンゴ』

映画については、18歳で上京し、高円寺のレンタルビデオ店で借りた作品の話になる。地方ではハリウッド映画のようなシネコン作品しか知らなかったが、その店には青春・スポーツ・アクションコメディと並んで「カルト」の棚があった。そこで見た1本が、ジョン・ウォーターズの『ピンク・フラミンゴ』である。

三宅も大学生のとき、映画好きの友人が見ているのを横で見たという。三宅が「クソみたいなシーンがいっぱいありませんか」と言うと、永野は犬の本物の糞を食べる有名なラストシーンや、鶏を巻き込むシーンを挙げ、ずっと「最悪」な映画だと認める。三宅も高知出身で、有名な映画以外はそもそも来なかったという点に共感を示した。

それでも永野にはとんでもなく刺さった。冒頭、ウォーターズ本人のナレーションで、地元ボルチモアを舞台に、どちらが最低かを争う夫婦と家族の話が始まる。今では作れないような「最低加減」を見て、表現は何をやってもいいのだと感動したという。その後もカルト映画を見たが、多くは気持ち悪くて不愉快だった。ウォーターズ作品だけは画面がポップでおしゃれで、「品」を感じ、笑えるのだと永野は言う。ただ、人に勧めると「なんでこんなものを見せたの」と言われるそうだ。

「多様性」を語る人に見せると顔が歪む

ここから永野は、苛立っていることがあると話し始める。18歳の自分はドラァグクイーンのディヴァインを見て、ちゃんと感動していた。ウォーターズもゲイで、そうした人たちの作品に触れてきた。それなのに最近、取ってつけたように「多様性」を言ってくる人がいる。永野は「お前より知ってるよ」と言いたいという。自分は相手が野球をやっていた頃にディヴァインを知っていた、という言い方もした。

永野が『ピンク・フラミンゴ』を好きな理由の一つは、「俺たちは最低だ」とかましてくるところにある。今この映画が作られないのは、作っても「わかる」と共感されてしまい、世の中が「共感の柔らかさの綿」に包まれていきそうだからではないか、と永野は推測する。

さらに永野は、自分のリテラシーの高さを示すために「ピンク・フラミンゴいいですね」と言う人もいるが、この映画の良さは別にあると言う。「多様性」を口にする人に実際に見せると、ちゃんとぎょっとする。その人の根底にある差別意識があらわになる、というのが永野の見方だ。「人はみんな平等だと言っていたよな」と言いたくなるが、映画の前では「あれは何ですか」という反応になる。三宅も、あの映画は普通にぎょっとするものだと認めている。

サブカルで武装して入ったお笑い界は体育会系だった

三宅は、ある時期の芸人には、映画・本・音楽といったサブカル的な素養を持ちながら、その道に進まず芸人になった層がいるのではないかと問いかける。永野もそうかもしれないと認める。当時は第3世代の芸人が流行っていたこともあった。

しかし実際に入ってみて永野が失望したのは、そこが「スポーツかヤンキー」の世界だったことだ。東京に来たのは、はみ出し者と呼ばれるような変わった人に会いたかったからなのに、お笑い界もまた「社会」であり、陽キャと陰キャが教室を作るような構造だったという。お笑いを始める前は、『ピンク・フラミンゴ』を見てワクワクし、ジョン・フルシアンテについて読んだりしていた。映画を撮るのは厳しそうだし、本当はインディーズ的なことをやりたかったが、お笑いには才能がある気がした。それで飛び込んだら体育会系の世界で、ずっときつかったと振り返る。

永野は、スポーツ経験者が悲しい顔をしていても、ボールを投げれば100何キロ出るのだと思うとぞっとする、自分は投げても壁まで届かないかもしれない、と話す。三宅はこれに強く共感し、ドッジボールが許せないまま生きてきたと語る。小学生がボールで人を「殺し」、殺された人は「外野」に行き、人を殺せば内野に戻れる。二人は、あれはドッジボールではなく「キルシステム」だと笑い合った。

「昔の自分に認められるか」という三宅の葛藤

永野は三宅に、自分に対しても含めて「今嘘をついているな」と思ってしまうタイプかと尋ねる。三宅は、嘘をついてしまって「終わってしまった」と感じることがあり、本当の言葉のままでいたい気持ちがあると答えた。

三宅は、本だけを書いていた時期から、ここ数年でYouTubeやテレビにも出るようになった。そのため、大学生や高校生の頃の自分が今の三宅香帆を「いいね」と思えるかが気になり、その一線を越えたくないという。永野は、カート・コバーンも「17歳の自分に向けてやっている」と言っていたと指摘し、同じことを言っていると反応した。世の中では、大人になれば変わるのが当然だとすぐ言われる。だが変わろうとせずに苦しんでいる姿はすごい、と永野は感動を口にした。

得意げになれる時間としての創作

三宅は永野に、映画を撮ったり次回作を考えたりするとき、誰に見てほしいかと尋ねる。永野は、特定の相手はなく、たぶんみんなに見てほしいと答える。ただし、個人的すぎるので、みんなが喜ぶものにはならないだろうとも言う。『ピンク・フラミンゴ』をみんながいいと言うわけではないのと同じで、そういうものを作りたい衝動は本当にあるという。

テレビやYouTubeでもよいのではないかと言われることもあるが、映画が好きだということに加え、永野は映画を撮っているときの自分が「得意げ」だと気づいたという。調子に乗っている状態は楽しい。三宅も、書いているときがいちばん冴えていて、頭がクリアになる感覚があると応じる。二人はその「脳が気持ちいい」状態を共有した。

永野は三宅に、書かなくても生活できるほどお金を得たとしても、きっと書くでしょうと言う。周囲にはそうした衝動があまりなく、「金さえあれば」という人もいる。そういう人を見ると、自分が青臭く見えてしょんぼりすることもあると永野は語る。ネタを作るのも好きで、それも同じ感覚だが、映画は人を巻き込んでやるところが楽しいという。

「友情・努力・才能」とスティーヴィー・ワンダー

人を巻き込む話から、永野は「才能」を重視する考えを語る。コンビを組まなかったことに触れ、コンビでやっていたら無理だっただろうと言う。18歳のときに同じ夢を持っていただけでは、才能の差などが出てくるからだ。東京で映画を撮ったり三宅のような人と会ったりすると、才能のすごい人がいる。それが基本にあるのは残酷だが楽しい、ということを経験で知ったという。

永野が大昔の記憶として話すのが、1980年代のテレビで見た「ウィ・アー・ザ・ワールド」関連のインタビューだ。三宅はNetflixのドキュメンタリー『ポップスが最高に輝いた夜』(字幕では「ウィ・アー・ザ・ワールドが作られた夜」)を見たと話す。永野の記憶では、インタビュアーがスティーヴィー・ワンダーに、友情・努力・才能のうち一番大事なものは何かと聞いた。当時の永野は『キン肉マン』の影響で「友情」という言葉が好きだったが、スティーヴィー・ワンダーは笑顔で「才能」と答えた。子どもは友情や努力に行きがちなのに「才能なんだ」と思い、小学生の永野にとってトラウマ級だったという。

映画を撮ったときも、昔の友達がいたわけではないが楽しかった。10を言わなくても1で伝わる「才能トーク」の方がいい気がする、と永野は言う。三宅は、友情は性格でつながるが、才能同士のつながりは作品に対してだけなので「不純物少なめ」な感じがすると整理した。

50歳を過ぎた友情のきつさ

永野は「友情きついっすよ」と言い、まだ若い三宅に「50過ぎて同級生やってごらんなさい」と語る。創作に関わる仕事をしてクリエイティブな人と会い続けていると、才能の圧倒的な差に揉まれていく。そうなると、東京の才能ある人に早く会いたいと思うのだという。

三宅は、地元の友達は仕事で会う人とは別の枠にいるのではないかと問う。永野の答えは「残念な話」だった。人生にあまり満足していない地元の友人とは、変な鋭さが残っていて話が盛り上がる。だが満足している人は、人生のバランスが取れているため、学生時代に磨いていたものを磨かなくなる。生活が楽しくない人は考え事をしているから磨き続ける。それが良いというわけではない、と永野は断りつつ、地元で幸せな人で面白い人はなかなかいないと話した。

永野から物書きはどうかと聞かれた三宅は、若いうちに評価されて社会的には恵まれた立場になっても、傑作を書き続ける人はいると答える。読者に評価され続けたいという気持ちがあるのではないかという。三宅は最近会った五木寛之が、90代でなおYouTubeに出て本を宣伝したいと話していたことを挙げ、すごすぎると語った。永野は、凡人はそうした欲望がなくなると応じる。三宅は、その域になるとお金や生活が満たされているかは関係なく、創作欲求と人に届けたい欲求の世界になるのではないかと述べた。

創作は現実逃避、ゴルフやバーベキューは「社会の所作」

永野は、自分には甘えたところがあるとも認める。クリエイティブ系に片足でも入っていれば、「才能で勝負します」「これは感覚で」といった子どもっぽい言い方が許され、お金のことなども誰かがやってくれる。だが普通の社会ではそうはいかず、「ちゃんとしなさい」と言われる。だから映画などには現実逃避の面があるのかもしれない、と永野は話す。三宅が「創作が現実逃避の先なのか」と確かめると、永野は「もちろんです」と繰り返した。

永野はネタ作りが大好きで、無趣味だと言われることもある。以前は真面目だからかと思っていたが、違う、これは現実逃避なのだと気づいたという。自分にはゴルフのようなスキルもなく、映画の見すぎでゴルフクラブは人を殴る道具に見える、と冗談も交えた。キャンプやバーベキューは「立派な人が休日にやるもの」で、きついと感じる。ヒロシの一人キャンプは別だとしつつ、今のキャンプは「社会の所作」に見え、「すみません、やります」という義務のように感じるという。

これに対して創作では、自分の感覚のまま、幼いままでいられる。三宅は、作る方が「脳内で非社会・非現実」なのだと言い換えた。永野はさらに、想像の中には法律もなく何でもあり、しかも自分にしかできないことだと付け加える。休日のゴルフやバーベキューに対しては、それで休めているのかと思ってしまうという。

ただ永野は、人といる方が休めるという人がこの世にはたくさんいることも認める。自分はリモート飲み会には絶対参加しなかった。休み時間にみんながドッジボールをしていたのと同じで、休み時間にこそバーベキューをする人たちがいて、自分たちはそうではない。「残念ながら現実はそういうこと」だと永野は話を締めくくり、長居すると怖がられるからと言って席を立った。