天野喜孝が語る「作品の発表の場」と「実体のないものを描くこと」

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概要

経済学者の成田悠輔が、アーティストの天野喜孝のアトリエを訪ね、絵を描くことと、それを人に見せ、届けることの関係について話を聞いた。成田が投げかけたのは、パトロンの時代、アート市場の時代、ゲームやアニメと連動する時代を経た今、絵を描く人をとりまく「産業」としてのアートをどう見ているかという問いである。天野は、自分はあくまで一人で黙々と描く人間だという立場を崩さない。そのうえで、制作中の大作をどこで発表するか、さまざまなメディアを通じて自分の絵が世界に広がった経緯、そしてバーチャル空間やAIといった「実体のないもの」をどう描くかについて語った。

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パトロンのいない時代の大作

成田はまず、職業としての画家のあり方は歴史とともに大きく変わってきたと指摘した。王やパトロンのもとで描いて生計を立てた時代もあれば、現在のようにアート市場が成立している時代もあり、ゲームやアニメと連動するスタイルもある。今は中世と比べて描く人にとって良い時代なのか、どう変われば幸せな創作が増えるのか、と天野に尋ねた。

天野は、真面目に考えると深く難しい話だと前置きしたうえで、今は王様やパトロンがいるわけではないので、自分で動かなければならないと答えた。例として挙げたのが、いま描いている大きな絵である。絵を描くこと自体は誰の助けがなくてもできる。しかし発表するとなると自分ではどうしようもない。美術館のような大きな場所が必要で、それを持つ組織や人に頼むしかない。協力者、資金、人脈も要る。日本だけでなく世界の市場を視野に入れれば、より大胆な作品がつくれるのではないか、と天野は考えている。

天野によれば、この大作はまず描き始めてしまい、どう発表するかは後から考えているという。作品はまだ完成しておらず、あと1年ほどかかる見込みだ。発表の場を探す準備は進めている。現在ミラノで展覧会を開いており、次はローマで開催する予定で、そのつながりから大きな作品を発表できればいいと考えている。天野はこれを「布石」と表現した。

天野がこだわるのは、展覧会の位置づけである。いまの展覧会で見せているのはこれまでの作品だが、そこに新作の大きな作品を加えたい。それがなければ逆にあまり意味がない、と天野は言う。これまでの結果を見てもらうことではなく、これからやりたいことにつながることが、自分にとって展覧会の意味になるという考えだ。

積極的に動くわけではない

成田が「大きな作品をつくることと、それをどう発表し伝えるかを同時に考えているのか」と確認すると、天野は少し修正した。そこまで積極的に動いているわけではなく、たまたま話が来たときに「つながるかな」と考える程度だという。自分はアトリエにこもって絵を描いており、それ以外の時間はあまりない。各地で展覧会が開かれても、そこで描くわけではなく、描いたものが結果的にそこで発表されるだけで、イベントがあっても自分はほとんどその場にいない、と天野は語った。

成田は冗談めかして、15メートルほどの絵をこの要塞のようなアトリエに立てかけたら衝撃的だろうと応じた。さらに、資金の制約がなく、どんな美術館や政府でも協力してくれる理想的な状態なら、どんな発表をしたいかと尋ねた。天野の答えは「美術館」だった。美術館ならみんなが来てくれる。世界中から人が来て、そのときに応えられる作品ができていればいい。これまで描いたものはもうどうしようもないので、いま描いている作品がそうなればいいと思っている、と天野は話した。

美術館の外から入ってくる人たち

成田は、天野ほど絵を伝える「チャンネル」を多く試してきた人はいないのではないかと指摘した。美術館はアート好きにとっての最終目的地だが、人類全体で見れば、日常的に美術館やギャラリーに行く人はごく少数派だ。一方で天野は、本の挿絵やゲーム、アニメを通じて表現を続けてきた。

天野もこの見方に同意した。海外でサイン会を開くと、小説を見て天野を知ったファンが来る。ゲームを通じて知った人もいる。天野が関わってきたさまざまなメディアのそれぞれに天野を知る人がいて、そこから入ってきてくれるのだという。

天野は、これは自分だけの話ではないと続けた。普通の人は、絵本を見てこの絵が好きだと思ったり、小説の表紙を見てこの絵がいいと思ったりして、アートではないところから入ってくる。そういう人たちが世界中にいる。天野の見方では、自分というより、そうしたメディアがグローバルにどう広がっていくかが大きく、自分の作品はそこに乗っているにすぎない。例えばブラジルの人が作品を見ていて、ブラジルで展覧会を開いたときにみんなが見に来てくれた。それは必ずしも「アート」の文脈ではない。もちろんアートの人もいるが、あらゆるジャンルの人が、天野が関わった作品を通じて知ってくれた。実際にやってみて、改めて「そうなんだ」と気づいたという。

成田が「最初から戦略的に計画したわけではないのか」と尋ねると、天野はそうではないと答えた。個人としては、その時代その時代で新しく面白いものを見つけたときに関わってきただけで、そこから知った人がいるという意味で面白い、と語った。

今15歳だったら

成田は続けて、もし天野が今15歳だったら、どんな入り口から絵を描き始めると思うかと尋ねた。天野は「新しいメディア」だと即答した。天野が若い頃、アニメーションはとても新しく、面白いと思った。ゲームも三十数年前は新しかった。今も新しく魅力的なメディアがあり、それが絵に関わるものであれば、そこに興味を示すだろうという。

ただし天野は、メディアはあくまで入り口にすぎないと付け加えた。本当は一人でこつこつ描くことが好きで、それが結果的に仕事になっているだけだ。それはどうなろうと変わらないと思う、と天野は話した。

最初に絵を描いたときのことを尋ねられると、天野は全く覚えていない、気づいたら描いていたと答えた。小学生の頃は体調が悪いと学校を休んで家で絵を描いており、描き始めると親は「具合が良くなったんだろう」と思ったという。大きな紙の上に乗って描いていたらしく、今も同じやり方で描いている。60年前からやることはあまり変わっていない、と天野は言う。

玉虫厨子から着想した筒状の作品

後半、成田はアトリエの奥にある作品について尋ねた。樹脂でできた大きな筒状の作品で、もう一つのパーツと合わせると上下で3〜4メートルほどになるという。天野によれば、法隆寺の玉虫厨子を見て、こういうものをやってみたいと思ったのが発想の元だ。筒を作ってもらい、京都で金箔を貼ってもらい、その上に絵を描いた。金箔は四角いものを一枚ずつ貼っていき、その上に描いている。

この作品も最初は発表の場がなかったという。描きたいと思って描き、そこから周囲の人が動いてくれて、京都の妙心寺で発表できることになった。先の大作の話と同じく、描くことが先にあり、発表の場は後からついてきたという経緯である。

作品には複数の視点が込められている。上が天、下に行くと地獄のような世界になる。白い子どものような姿は天使で、雲や花、ユニコーンなども描かれている。全体は東洋的だが、西洋のものもかなり入っていると天野は説明した。成田が、天女の羽衣は西へ伝わると翼になったという話があると言うと、天野はそうらしいと応じ、その逆で翼が東洋に来るとこれになるとも聞く、と話した。ペガサスのような姿もある。

下の3分の1は漆で黒く塗られ、その上に金箔が貼られ、さらにその上に描かれている。そこには十二神将も描かれている。天野によれば、一応仏教の世界を描こうとしたが、ギリシャの神々なども入っており、自由にいろいろなものが存在しているという。

パリのファッションショーから生まれたパンサー

アトリエには巨大なパンサーの像もある。天野によれば、以前パリでファッションショーを開いた際、会場で3Dのモデルを作り、そこに衣装を着せてショーを行った。パンサーもそのときに作ったものだという。

このパンサーは3Dのバーチャルでも作られており、現在は映像の中にそれを入れ、カメラで内側に入り込むと世界観が広がるような映像を制作中だという。天野はここで、バーチャル空間は目に見えないものの情報でしかなく、実体がないと述べた。実体のないものをどう描くかは面白い問題だ、と天野は語った。

AIがAIと戦い、恋をする世界

「実体のないもの」という話を受けて、成田は最近の不思議な現象を持ち出した。AIを使った詐欺である。ネット上に天野らしい見た目のアカウントがあり、一見本物に見えるが、中身はAIが動かすなりすましで、「天野さんの作品がもらえます」などと本物らしい語り口でやり取りを続け、開いてみたら詐欺だった、というようなケースだ。成田によれば、こうした手口で何億円もの被害が出る犯罪も生まれている。天野は「それは怖いですね」と反応した。

成田は、これは言ってみればAIが加害者で人間が被害者という事件だと整理した。そのうえで、今後は加害者も被害者もAIという事件が起きるだろうと予想した。神話の世界のように、AIとAIが戦ったり、AIとAIが恋愛したりする。そういう世界になっていくとして、それを絵にするとどうなるのか、と天野に問いかけた。

天野は面白いと応じた。そういう世界は眺めないとわからないが、絵にすることで形になる。AIとAIの恋は面白い、恋は男と女だったり男同士だったりするが、と天野が言うと、成田は、彼らにはもはや性別がないが、彼らなりの性別のようなものが生まれるかもしれないと返した。天野は「それはちょっと絵にしてみたい」と話した。

「電源」が中心になる物語

成田はさらに、あるミステリー作家との会話を紹介した。今後、新しい小説やミステリーの形はありうるかという話の中で、「AIがAIを殺す」事件が起きるのではないかという話が出たという。そのとき殺されたAIは何を感じるのか、そもそも殺すとはどういうことなのか。

成田はこれを本質的な問いだと考えている。今の世界で国家が強い力を持つのは、いざとなれば人を捕まえて刑務所に入れ、死刑にもできるからで、これが究極的な力の源泉だという。しかし今後、さまざまな活動をする存在が生身の体を持たなくなれば、捕まえて刑務所に入れることはできない。抹殺しようにも、アカウントを削除してもコピーすればまた存在できる。そうなると、存在を消すうえで一番大事になるのはおそらく「電源」だろう、と成田は見立てた。だから電源を中心にしたミステリーやファンタジーが重要になるのではないか、というのが成田の考えだ。

天野は、小説ならなんとなくありそうだが、絵では見たことがないので面白いと応じた。成田が天野がiPadに何か書き留めた様子に触れ、「天野先生が近々そんな作品を描いてくださる」とまとめかけると、天野は「わかんないです、ちょっとやってみて」と答えた。AIどうしの恋や、電源をめぐる世界を天野が実際に描くかどうかは、未定のまま対談は終わった。