デヴィ夫人が語る「怒り」と「独立」:実業家時代、バラエティ番組での挑戦、日本政治への苛立ち

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概要

成田悠輔がMCを務める対談番組『夜明け前のPLAYERS』に、元インドネシア大統領夫人のデヴィ・スカルノが出演した。日本で生まれ、インドネシア国籍を持ち、パリやニューヨークを経て現在は日本に住む。成田は、その好奇心や冒険心、炎上しても政治的な発言をやめない姿勢がどこから来るのかを尋ねた。デヴィ夫人は、自分の原動力は「怒り」であり、自分は精神的にも物理的にも経済的にも「完全独立」しているので何を言われても構わないと答える。話題は後半、ウクライナ侵攻、日本の安全保障、移民、拉致問題、首相公選制、徴兵制へと移っていった。

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故郷はどこか:二つ用意された「最後の行き先」

冒頭で成田は、10年、20年ごとに住む場所を変えてきた夫人にとって故郷はどこかと問う。夫人は日本を選ぶと答えた。スカルノ大統領は遺書に、自分の死後、夫人も同じ墓に葬ってほしい、デヴィと永遠に一緒にいたいと書いていたという。それでも夫人自身は、母と弟が眠る日本の墓に入りたいと考えている。

その代わりに用意しているのが髪である。インドネシアの民族衣装を着るときは、ジャワの「コンデ」という髪型に結う。当時は髪を一度も切らず、自分の髪の上に座れるほど長く伸ばしていた。その髪をばっさり切って箱に納め、赤坂の寺に預けてある。夫人が亡くなったら、その髪だけをインドネシアに送るつもりだという。成田はこれを、最後の行き先が二つ用意されている状態だとまとめた。

好奇心と冒険心の出どころを聞かれると、夫人は子どもの頃からおてんばで、男の子たちを引き連れて遊んでいたと振り返る。青山墓地が遊び場で、立派な墓が並ぶなか、木から木へ飛び移るターザンごっこをしていた。あのあたりは目をつぶっても歩けるという。

スハルト政権下で「スカルノ」の名で商売をした10年

成田は、住む場所だけでなく仕事や活動の仕方も大きく変わってきた点に触れる。夫人は1980年から90年までの10年間、インドネシアで実業家として働いていた。スハルト政権下でスカルノの名前を使って仕事をするのは非常に大変だったと夫人は語る。スカルノ派の人々は冷や飯を食わされるか、投獄されるか、殺されていた。プライドを飲み込んで生活しなければならず、ビジネスの教育も受けていなかったので、仕事はゼロから学んだ。

具体的には、フランスの建設会社とエンジニアリング会社、イタリアの国営企業ENI傘下で三菱重工業のような機械をつくるヌオーヴォ・ピニョーネ、アメリカとイギリスのエンジニアリング会社フォスター・ウィーラー、スペインの建設会社ドラガドスなどのソール・エージェント(総代理店)としてインドネシアに戻った。手がけたのは石油・ガスのプラント建設である。

当時、日本のエンジニアリング会社ではJGC(日揮)と千代田化工建設が競っていた。国際入札の書類は7ケースほどもあり、その書類をつくるだけで2億円かかったと夫人は言う。最初は75社ほどが応札し、50社、35社、15社と絞られ、最後に3社が選ばれる激しい競争だった。世界銀行やアジア開発銀行などが資金を出し、各社がコンソーシアムを組んで争う。夫人はそうした仕事をしていたと述べ、日本の人はそのことを何も知らないと付け加えた。

バラエティ番組に出る理由とイルカサーフィンの「達成感」

成田がさらに驚くのは、そうした実業家としての経歴のあとで、フワちゃんと共演するなど「しなくてもいい仕事」を次々と引き受けていることだ。夫人は理由を二つ挙げた。一つはチャレンジ精神。もう一つは、テレビへの露出が実利につながることである。夫人は2か月おきぐらいにチャリティイベントを開いており、顔と名前が知られていると集客が助かる。だから出演を続けているという。

挑戦の例として夫人が語ったのが、何年も前の、イルカの上に乗ってサーフィンをしてほしいという依頼である。こんなことができるものかと思ったが、やらざるを得ない。出川さんと二人で3日間練習し、3日目にできた。そのときの達成感があまりにうれしく、夫人にとっては「麻薬みたい」なものになった。それ以来、何でも挑戦して全部達成してやろう、何でも言ってらっしゃい、という気持ちになったという。

練習は過酷だった。ウェットスーツは着るのも脱ぐのも大変で、それだけで疲れる。大きなプールで失敗して落ちると岸まで泳がなければならないが、自分たちが起こした波が向こうの壁に当たって返ってくるので、ひどく消耗する。階段も手すりもないので、手を上げて上の人に引っ張り上げてもらうしかない。一日の練習が終わると全身が痛み、座ったら今度は立てないほどだった。それでも、できたときの喜びは何ものにも代えがたいと夫人は繰り返した。成田が、ここでそう言うと次は裸で対決のような依頼が来るかもしれないと冗談を言うと、夫人はそれは出川さんに任せる、彼はワニと戦っていた、と笑って返した。

なぜ炎上を恐れずに発言するのか:怒りと「完全独立」

成田は、夫人がテレビで動物と戯れる一方で、政治や時事問題に声を上げて定期的に炎上していることに触れ、得にならないのになぜ戦うのかと尋ねた。夫人の答えは、自分のエネルギーは怒りから来ているというものだった。その怒りは、火山の噴火のように爆発することもある。

成田はさらに、今の時代、人前に出る仕事をする人は週刊誌やメディアにさらされて印象操作され、少し間違えれば一瞬で抹殺されると指摘し、活動の自粛を表明したフワちゃんの件にも触れた。そのうえで、芸能人など人前に出る人への助言を求めた。

夫人は、自分は怖いもの知らずで、正しいことをしている、正しいことを言っている、自分は間違っていないという意識でいると述べる。加えて、精神的にも物理的にも経済的にも完全に独立しているので、誰かが自分を消そうとしても一人で生きていける。だから何を言われてもいい。ただ、自分の発言の影響が他に及ぶことは避けたいとも話した。

完全な独立を得たことについて、夫人はそれを「贅沢なこと」と表現し、自分はそれを得られたごく少数の一人だと考えている。では、完全独立を手に入れたい人はどうすればいいのかと成田が聞くと、夫人は「普通は無理だと思います」と答えた。人間は一人で生きているわけではなく、必ず周りが支えているからだ。それでも自分にそれができた理由を問われ、夫人は自分の信念が勝っているからだろうと述べた。

怒りの対象:プーチン大統領とウクライナ侵攻

その信念や怒りは何に向いているのかと成田が尋ねると、夫人はまず、ずっと怒り続けている相手としてプーチン大統領を挙げた。取ってつけたような虚偽の口実でウクライナに侵攻したことに怒っており、ウクライナを絶対に負けさせてはならないと考えている。

夫人の見立てはこうだ。ウクライナが負ければ、それは民主主義の墓場になる。プーチン、習近平、金正恩といった権威主義の指導者が勝てば、アメリカの力と威信が後退し、世界のパワーバランスが取れなくなる。これはどの国の国民にとっても大きな脅威だが、今はまだかろうじてアメリカの威信のほうが強い。このバランスが崩れれば、習近平はすぐに台湾を襲うかもしれず、台湾の次は沖縄かもしれない。だから最も脅威にさらされるのは日本人だ、と夫人は話した。

日本の政治家は何をしているのか:尖閣、津軽海峡、ミサイル、LGBT法と憲法9条

ここから夫人の批判は日本の政治家に向かう。日本の土地や企業がこれだけ買われ、尖閣諸島周辺では1年のうち300日以上、中国海警局の船が航行しているのに、自衛隊も海上保安庁も手を出せない。ロシアの軍用機も日本周辺を頻繁に飛んでいる。北からはロシアの艦船が津軽海峡を通って太平洋に出て、またロシアへ戻っていく。夫人は津軽海峡を日本の領海だと述べ、それなのに何もできないと批判した。北朝鮮はミサイルを次々に撃ち込み、何万匹という魚が死に、海底や岩礁も破壊されているのに、それにも何もできない。

それにもかかわらず、LGBTに関する法律はあっという間に成立した。夫人は、LGBT法があれほど簡単に通るのなら、憲法9条もさっと改正できるはずだと主張した。

夫人は教育勅語にも触れた。教育勅語の話をするとすぐ右翼だと思われるが、書かれているのは親を大切にする、兄弟仲良くするといった簡単なことで、右翼的・軍国主義的なことは何も書かれていないという。そして、戦争反対を唱えて自衛隊の国軍化に反対する人たちに対し、では習近平が攻めてきたら白旗を上げて「どうぞどうぞ」とするのか、戦わずして国を守ることはできない、と疑問を投げかけた。

その根拠として夫人が挙げたのは歴史観である。人類が地球上に現れた紀元前の昔から、強者が弱者を襲い、領土を広げ、支配し、略奪してきた。歴史そのものが戦争の繰り返しであり、それは人間の性(さが)と欲だと夫人は考える。だから世界平和は絶対に来ない、せめて世界の調和ぐらいは目指さなければならない、と述べた。そのうえでプーチン大統領のしたことは非常に悪いことだと改めて語った。

成田はこれを受けて、人間の性を肌感覚として体感している日本人がもういないのだろうと応じた。政治家でさえその危機感を肌で感じられず、夫人はその緊張感と危機感のなさに驚いている。成田は、平和だと思いたい感覚は自分も共有していると認めつつ、残念ながらもうそういう時代ではなくなったのだろうと述べた。夫人は、30年後に日本はないかもしれない、そう考えなければならないほど危機が迫っているのは間違いないと語った。

移民・難民の議論を避ける日本

成田は別の角度から危機を指摘した。習近平が日本を攻めるところまでいかなくても、台湾周辺や朝鮮半島で緊張が高まれば、数百万人規模の難民が日本に流れ込むことはいつ起きてもおかしくない。夫人は、日本は地続きでなく四方を海に囲まれているぶん助かっていると述べた。成田はそれでも、これまでの台湾や韓国との関係を考えれば、そこにいられなくなった人々が助けを求めてきたとき、すべてを締め出すのは難しいだろうと続けた。夫人は、そもそも日本は労働力が足りなくなり、外国人をどんどん受け入れなければならない状況にあると応じた。

成田はそこで、政治家が移民・難民問題を語りたがらないことを問題にする。語れば炎上する話題なので、できるだけ見えない形で、いわばステルスで移民的な制度を導入しようとし、研修生制度のように1〜2年だけ日本に来られる実質的な移民を増やしてきた。気づけば日本は年間数十万人の移民が入ってくる国になっており、実質的には移民大国になりつつある。それなのに、どういう理念でどういう移民を受け入れるのか、受け入れないのかというルールや仕組みを正面から議論することを避けている、と成田は指摘した。

夫人はこれに同意し、日本は絶えず議論を避けていると述べた。自分が責任を取りたくない、言い出しっぺになりたくない、波を立てたくない、という姿勢がずっと続いている。戦前の日本人は信念を持って戦うときは戦い、通すべきことは通したが、今は保身に走る政治家ばかりだと夫人は批判した。

拉致問題は「政治利用されているだけ」

保身の政治の例として、夫人は北朝鮮による拉致問題を挙げた。拉致被害者の家族は本当に気の毒だと述べたうえで、日本の政治家は拉致被害者を政治利用しているだけで何もしていないと断じた。アメリカ大使に会わせたり、ワシントンやホワイトハウスに連れて行ったりするのはパフォーマンスにすぎず、解決しなければならないといった偽善的なことばかり言っている、拉致被害者は翻弄されているだけだ、というのが夫人の見方である。

国民の関心をどう高めるか:首相公選とテレビ討論

成田は、政治家が重要な問題に正面から取り組めないのを突き詰めると、結局は日本人がそうした問題に関心を持っていないことの反映ではないかと問いかけた。夫人はこれに同意し、自分のところには5人の従業員がいるが、誰も新聞を取っておらず、スマホで読みたいニュースだけを読むので、世界で何が起きているかまったく知らないと話した。

国民に政治への関心を持ってもらうための案として、夫人は首相を国民投票で選ぶことを挙げ、「イギリスのように」公選にすればいいと述べた。そして候補者に原稿なしでテレビ討論をさせれば、誰が本当に国のことを思い、国民の財産と生命を守ってくれるのか、国民は一目で分かるはずだという。国民が投票するようになれば若い人たちも政治に関心を持つようになる、そうしなければ日本はだめだと夫人は語った。

成田が自民党総裁選に出馬しないのかと水を向けると、夫人はそういう冗談はよく言われると受け流した。

徴兵制をめぐる食い違い

最後に夫人は、徴兵制はあったほうがいいと述べた。そうでなければ愛国心が生まれないのではないか、という理由である。成田が、大事なのは兵隊に行くことそのものなのかと尋ねると、夫人は、兵隊に行くことよりも、兵役を通じて自分たちが国を守るという意識を持つことが大事だと答えた。

成田はそこで代案を示した。国を守るために不可欠な仕事は兵隊だけではない。徴兵制的な考え方で1〜2年、強制的に特定の仕事に就くとしても、それが世の中に不可欠な公的な仕事であればよい、という考え方もあるのではないか。これに対し夫人は「とんでもない」と繰り返し、やはり兵役であるべきだと答えた。国を守る意識を育てる手段をめぐる二人の考えは、ここで食い違ったまま映像は終わっている。