永野、宇垣美里、石田健、みなみかわが薦める小説と漫画――何に惹かれて読むのか

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概要

『夜明け前のPLAYERS』の特別編として、永野がMCを務め、宇垣美里、石田健、みなみかわの3人がそれぞれ「もっと評価されてほしい」小説と漫画のリストを持ち寄った座談会である。作品紹介が中心だが、終盤では、なぜそれほど大量のコンテンツに触れるのか、自分と関係のない物語をどう楽しむのかという話に移った。現実とつながる作品を好む石田・永野と、自分を忘れて別の世界に没頭したい宇垣とで、読み方の違いがはっきり出た。

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宇垣美里:『プロジェクト・ヘイル・メアリー』のゼロから始まる宇宙SF

宇垣が最初に挙げたのは、アンディ・ウィアーの『プロジェクト・ヘイル・メアリー』だ。ウィアーは映画『オデッセイ』の原作者で、本作も映画化され、来年ごろ公開予定だと宇垣は紹介した。

物語は、主人公が気づくと宇宙船の中にいるところから始まる。一緒にいたおそらく女性であろう人物はコールドスリープ中に何かがあって亡くなっており、主人公自身もなぜここにいるのか分からない。読者は主人公と一緒にゼロから状況を確認していくことになり、宇垣はそこが面白いと話す。やがて、地球がある状況に陥り、それを解消するために宇宙へ送り出されたことが分かってくる。

宇垣によれば、人生に必要なのは知性とユーモアと他者を思う気持ちだというテーマは『オデッセイ』にもあったが、本作ではそれがさらに凝縮されている。また、宇宙の話だと思っていたら途中から思いもよらない方向へ話が進むという。上下巻を夜中の4時までかけて一気に読み、今でも本棚の前を通るたびに読み返す箇所があるほどだと語った。帯も外して、ネタバレなしで読んでほしいと勧めた。

宇垣美里:殺人の起きないクリスティ作品『春にして君を離れ』

もう1作はアガサ・クリスティの『春にして君を離れ』である。ポアロなどで知られる作家の作品だが、殺人は起きない。

幸せな人生を送ってきたと思っている主婦が、娘の看病のために娘のもとを訪れ、列車で自宅へ戻る。その途中で列車が止まるなどして、思いがけず自由な時間ができてしまう。本も持っておらず、手元にあるものは読み切ってしまった。すると、自分の過去や現在について考える時間が生まれ、「自分は本当に愛されていたのか、幸せだったのか」と疑い始める。今の状況を盲目的に信じてきたが、誰かを傷つけていたのではないか、と考えが巡っていく。

宇垣は、考えを巡らせた先で彼女がどんな選択をするのかという点が、人も死なずお化けも出てこないのに非常にホラーだと話した。かなり前の作品だが、今でも古びない恐ろしい作品だという。永野が「自分にも来そう」と言うと、宇垣は「刺さります」と応じ、「ゲロゲロゲーと思いながら読みました」と表現した。永野がその古い言い回しにすかさず突っ込み、「そこで突っ込まないと情報量では全負けだから」と返してスタジオが笑った。

石田健:『ヒルビリー・エレジー』とJ.D.ヴァンスの「ストーリー」

石田のリストには、たまたま韓国系の作品が並んだという。『三体』はNetflixで映像化されており、本が分厚かったため先にドラマを見てから原作に戻ったと話した。

時代性を踏まえて選ぶならこれだとして石田が詳しく語ったのは、J.D.ヴァンスの『ヒルビリー・エレジー』である。ヴァンスは現在アメリカの副大統領で、この本は自身の生い立ちを書いたものだ。石田は、トランプとゼレンスキーの会談が決裂した場面がニュースで流れた際、最初に喧嘩を吹っかけたのはおそらくヴァンスだったと述べ、日本ではそこで注目されたのではないかと話した。

石田によれば、ヴァンスは誰も大学に行かないような貧しい環境で育ち、軍に入った後イェール大学に進み、著名な投資家ピーター・ティールのもとで働いてから副大統領になった。いわゆるアメリカンドリームを体現した人物だという。舞台となるアパラチアは、かつて工業で栄えたが今は衰退した地域で、そこに暮らす白人たちは「多様性やジェンダーの話ばかりで、自分たちの生活には誰も目を向けない」「自分たちは忘れられている」と感じて第1次トランプ政権を支持したとされる。この本は、そうした「忘れられた白人」を描いた本だと言われている。

ただし石田が指摘するのは、ヴァンス自身はアパラチアに住んだことがないという点だ。アパラチア出身なのは祖父母で、本の中にも住んだことはないという記述はあるが、多くの人はアパラチアで育ってそこから出世した人物だと思っている。石田は、ヴァンスやオバマのように「ストーリーが強い」と言われる政治家について、そのストーリーは本当に本人のものなのかという観点からも面白いと話した。永野が「ヴァンスは天然ではないということか」と尋ねると、石田は「狙っていると思います」と答えた。

一方で石田は、ヴァンスの中にアパラチア的な精神を体現している部分も確かにあると言う。イェールに入ったヴァンスが最も驚いたのは、誰に推薦状を書いてもらえば法律事務所のインターンに行けるか、先輩と会ったときにどんな話をすれば盛り上がるかといった暗黙の了解を、周囲が当然のように知っていたことだった。地元ではドラッグやアルコールの話しかしなかった彼は、この言語化できないコードこそが自分とエリートを分けているのではないかと途中で気づく。石田は、今のヴァンスの発言や振る舞いにもその思いが強く表れていると見ている。

熱く語った後、石田は来月ヴァンスに関する本を出すと明かし、「宣伝じゃないか」と突っ込まれた。それでも話は続き、ヴァンスは同書を書いた後にティールのもとで働いたこと、ティールはゲイで移民というトランプが攻撃する側の人物でありながら、第1次トランプ政権を押し上げたと言われ、ヴァンスをトランプに紹介したのもティールだと説明した。オバマ政権の時代にはGoogleのようなテクノロジー企業がリベラル寄りだったのに、なぜテクノロジーが保守派と結びついたのか。その点も含めて自著で書いていると話した。同作は映画化もされており、背景はそれほど描かれていないが、祖母が強い存在感を放っていたという話も出た。

みなみかわ:『デス・ゾーン』と『漫才過剰考察』

みなみかわは、映画化もされる『爆弾』が面白かったと触れつつ、特に薦めたのは『デス・ゾーン』だった。実在した登山家・栗城史多を扱った本である。栗城は指を失い、最終的に亡くなった。エベレスト挑戦のためにさまざまなスポンサーを募り、みなみかわによれば元々は芸人志望でNSCにも入っていたという。

本に描かれる栗城は、とにかく売れたい、有名になりたい人物だった。そのためには、エベレストに無酸素で登るなど記録を伴う登頂が最も名を上げる方法だった。しかし本当に登山を好む人たちからすれば邪道だと見られていた。みなみかわはこれを「ここまで行ったら死ぬぞ、お前は死にたいのか売れたいのか」という話だとまとめる。本は栗城の人生を否定するものではなく、「あいつはこういうやつだった」という部分を考察しており、人間ドラマとして面白いという。石田が語ったヴァンスの「ストーリー」の話と少し重なるとも付け加えた。

もう1冊の『漫才過剰考察』は、現在謹慎中の令和ロマン・髙比良くるまの著書だ。みなみかわはくるまと一緒にラジオをやっており、ゲストに呼んだこともある。くるまは頭が良く、会話のテンポもよく、漫才についてとことん考えている。後輩ながら勉強になると思っていたら「こんな足のすくわれ方があるのか」という展開になった。そのため本が「振り」になっていて、その後が「落ち」として面白かったと話し、「過剰考察でもそこは考察できなかったのか」と笑いを取った。

永野:町田康、中原昌也、ブコウスキーに衝撃を受けた理由

永野のリストには、町田康の作品が3つ並んだ。本人は「皆さんと違って本を読まない」と前置きした上で、読むようになったきっかけを語った。

28歳のとき所属事務所をクビになり、幼なじみの家を訪ねた。その友人は水商売をゴリゴリにやっていながら本を大量に読む人だった。永野は自分の言い方が偏見だと認めつつ、そのまま流してほしい、こういう人もいると気づいてほしいと話した。その家に町田康の『夫婦茶碗』があり、町田康がパンクバンドINUの町田町蔵だと知って借りて読んだ。そこに収録されていた「人間の屑」に衝撃を受けたという。

それまでずっとお笑いをやってきた永野は、お笑いよりも本のほうが人間のおかしさを描いていると感じて引いてしまい、「今までお笑いをやってきて何だったんだ」と思ったという。お笑いはマスに向けて笑わせるものだったが、本はこんなに深く入り込むのかと驚いた。

ミュージシャンの本なら読めると思って手に取ったのが、ノイズユニット「暴力温泉芸者」の中原昌也による短編集『マリ&フィフィの虐殺ソングブック』である。永野は内容以前に「表現ってこんなにしていいんだ」と目から鱗が落ちたと話す。町田康は落語的で、どんな人間でも拾い上げる性善説のような感触があった。これに対して中原昌也は、人を殺すような話ではなく、人に対して「思ってはいけないこと」を書いてしまう。永野はそれまで、人として思ってはいけないことがあると漠然と考えていたが、その倫理を越えてくる作品だったという。本当は映画にしてほしかったとも述べた。

ブコウスキーは、レッド・ホット・チリ・ペッパーズの歌詞に出てきたので格好をつけて読んだのがきっかけで、『パルプ』も平気で銃が出てくるような「ぶっ飛んだ」作品だという。若い頃にこれらを読んで永野が思ったのは、表現には「やってはいけないことはない」ということであり、翻って自分がやっていたお笑いはあまりに不自由だと感じたという。

宇垣美里:『セシルの女王』が描くヘンリー8世の妻たち

漫画編では、永野が知っているのは『あさりちゃん』くらいだと言い、ほかの3人の話を聞く側に回った。

宇垣が薦めたのは『セシルの女王』。エリザベス1世の父ヘンリー8世は次々と妻を替えた。最初の妻が好きでなくなると新しい宗派を立ち上げて離婚し、2人目も気に入らなくなると浮気をしたことにして処刑し、3人目は出産後に亡くなったため4人目を迎える。作品は、後にエリザベス1世の腹心となるセシルの目線で、女性たちがどんな目に遭ったかを描く。互いの利害は対立していても、女同士だからと手を差し伸べる瞬間があり、その一方で、当時の世界では家畜にも劣る扱いを受けていたことも描かれる。宇垣は、歴史の勉強にもなり非常に面白かったと話した。

石田健:『ヴィンランド・サガ』『日本三國』『GIANT KILLING』

石田は『ヴィンランド・サガ』について、バトルものだったのに主人公が途中で「戦うのをやめた」と暴力を封じる、その反転が良く、そこから人間の内面に迫っていくと評した。

今ホットな作品として挙げたのが『日本三國』である。核戦争で日本の文明が後退し、国が3つに分かれ、その統一を目指す物語だ。非常に賢い人物と武勇に優れた人物が手を組んで戦うという王道の構図だが、プロットが非常に緻密で、作者が頭の良さを全部ここに注ぎ込みたかったのだろうと感じられ、読んでいて気持ちがいいという。

サッカー漫画では、有名な『ブルーロック』と対比して『GIANT KILLING』を挙げた。弱いチームが戦術で勝っていく話で、主人公は監督である。石田は、スポーツ漫画は基本的に努力・根性・仲間の世界だが、そこに頭脳を持ち込んだ点が新しいと話した。宇垣も『日本三國』が好きだと言い、『満州アヘンスクワッド』も面白いと加えた。満州でアヘンを売って成り上がっていく話で、石田は『ブレイキング・バッド』のようなものだと説明した。

みなみかわ:『軍鶏』『ルーザーズ』『平和の国の島崎へ』『路傍のフジイ』

みなみかわの一押しは『軍鶏』だ。少年Aのような主人公が家族を殺して刑務所に入り、そこで空手と出会う。とにかく面白いが、みなみかわはおそらく原作者と作画者が揉めたのではないかと推測し、途中から話がよく分からなくなり、絵も変わると話した。それでも設定が面白いので読んでしまうという。

『ルーザーズ』は、週刊漫画アクションが創刊されたときの話で、非常に読みやすいという。経営的にギリギリだった双葉社がモンキー・パンチと出会い、後の『ルパン三世』につながる作品を載せるかどうかで悩む。アメリカっぽいが日本で受けるのか、これがコケたら自分たちは終わりだ、という状況で掲載を決める。漫画で漫画づくりを描く、メタ的な作品でもある。

『平和の国の島崎へ』は、子どもの頃に誘拐されて紛争地帯の武装組織に育てられた主人公が日本に戻り、普通に生きようとする話だ。凄腕を持つために公安から危険人物として見られながら、それでも普通に暮らすために頑張ろうとする。宇垣もこの作品がとても好きだと話した。

『路傍のフジイ』は「じわじわ来る」作品だという。集団の中であまり喋らない地味な人物で、ヒエラルキーでは軽んじられる側だが、彼には彼の人生といろいろな趣味がある。実はすごいやつなのではないか、という姿を淡々と描いているとみなみかわは説明した。『ファッション!!』については宇垣が「ファッションホラー」と表現し、ファッションの話かと思いきや人間の怖さを描いた話だと補った。永野がどれも映画やドラマになりそうだと言うと、漫画だからこそ読みやすいという良さもあるという声が出た。

なぜそんなに読むのか、何を求めて読むのか

最後に永野は、なぜそんなにたくさん読むのか、仕事でコラムを書く必要があるなど義務で読んでいて苦痛ではないのか、そもそも暇なのか、と尋ねた。答えは「苦痛ではない」というものだった。宇垣は、これを楽しむために生きていて、その合間に仕事をしているくらいだと言い、あらゆる隙間時間で読んでいると話した。

石田は、漫画は何が良いのかを説明するのが小説より難しいと感じたと述べた。そのうえで自分の好みについて、現実の世界とつながっているコンテンツが好きだと説明した。ヴァンスがいて、その人物についての本がある、というような作品だ。SFのように独立した世界観に切り替えられる作品はすごいと思うが、自分は「ずるい」ので、自分のプラスにならないものには付き合っていられないのだという。永野もこれに強く同意し、子どもの頃のロールプレイングゲームについて「なんで俺が中世に付き合わなきゃいけないんだ」と思っていたと話した。『ウォッチメン』や『ダークナイト』は見られるが、いわゆるヒーローものやアベンジャーズ系は無理だという話にもなった。永野は、芸人に向けて逆張りで「人生は無駄な時間こそ大事だ」と言って拍手をもらったこともあるが、実際には自分のプラスにならないことに時間を使いたくないと明かした。

これに対して宇垣は、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』のコールドスリープは明日の仕事には何の関係もないと認める。それでも、自分が絶対になることのない宇宙飛行士や中世のお姫様と同じ気持ちになったことがある、この気持ちが分かる、と思える瞬間が好きで、それに救われる気がすると話した。永野が映画や小説の冒頭で設定を覚えさせられるのが面倒だと言うと、宇垣はその時間こそ楽しく、自分は自分の人生をその瞬間忘れたいのだと答えた。世界に没頭している間は自分ではない誰かになれる。だからSFも大好きなのだという。

永野は、ノーランの『オッペンハイマー』について、感情が死んでいたから最後まで見られた、考えるのを脳が拒否していた、と冗談交じりに語り、映像がぐるぐる回る場面では何を見せられているのかと思いながら人形のように「感動しました」と言っていたと笑わせた。最後は「盛り上げて終わると気持ちよく帰れる」「サムネイルに使える」などと言い合いつつ、あっという間だった、ひとつのジャンルに絞ればもっと深く掘れた、それを改善点にしてまたやりたい、という振り返りで座談会は終わった。