「全部場面でやってきた」――さらば青春の光・森田哲矢が語る退社騒動、KOC卒業、モルック、そして目標を持たない生き方

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概要

東大医学部に在籍するYouTuberのベテランちがMCを務める対談番組『遠回りのPLAYERS』。その後編では、さらば青春の光の森田哲矢が、キングオブコント(KOC)での準優勝直後に起きた相方のスキャンダルと事務所退所、KOCからの「卒業」、偶然始めたモルック、家賃のために始めたYouTubeについて振り返った。後半はベテランちがYouTubeを続けることへの疲れや周囲からの期待について打ち明け、森田が相談に答える形になった。森田が一貫して語ったのは、先の目標を立てず、その時々の「場面」で判断してきたということだった。

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KOC準優勝の翌年に発覚した相方のスキャンダル

森田によれば、さらば青春の光が初めてKOCの決勝に進んだのは2012年で、このとき準優勝した。ところが翌年、相方の東ブクロが先輩芸人の妻と関係を持っていたというスキャンダルが発覚する。

当時の心境を聞かれた森田は、もちろん絶対にやってはいけないことだと前置きしつつ、「正当化するつもりはないけど」と断ったうえで、今思えば「芸人やな」と感じたと語った。昔の芸人のようで、自分には絶対できないが少し憧れもある、という。それまで遊んでばかりいた自分がネタを書くようになり真面目に芸人として頑張っていたところに、相方がそれを上回る「クズ」ぶりを見せてきた、という受け止め方だったと冗談めかして話している。

ベテランちが、今の「社長」としての人格がここで芽生えたのかと尋ねると、森田は、周囲に対して「すいません、うちの相方が」という感覚はこの頃からあったかもしれないと答えた。

「円満退社」のはずが、翌日に出た声明

事務所を辞めたのもこの時期だった。森田は、この後「全部なくなった」と振り返る。

辞めると伝えた際、社長に高級な焼肉店へ連れて行ってもらい、「お前ら俺好きやったけどな」「個人的には応援してる」と言われた。店を出て社長を見送り、東ブクロと「マジで円満退社やな」「円満中の円満やん」と話したという。ところが翌日、事務所から「彼らの活動を支え続けることが不可能になりました」という趣旨の文章が出された。森田はこれを「ヤクザの破門状」のようだったと表現し、文面からも激怒していることが丸わかりだったと話す。

この文章によってお笑い界はピリつき、「さらばは事務所をめっちゃ裏切ったんや」という見方が広がった。同じ規模の事務所からも「今はさらばと絡むのはやめておこう」とされ、かなりの疎外感を味わったという。テレビには出られず、ライブも「禊ぎ期間があるから出ないほうがいい」といったことを言われた。それでも東京で数多く開かれていたフリーライブには出させてもらっていたといい、KOC準優勝者でありながらフリーライブに出続けるだけの時期になった。

森田はこれを芸人人生で一番の落ち込みだったとし、ここさえ乗り切れば何とかなるだろうという感覚だったと語る。ベテランちは、その後しばらく森田がこの時期のエピソードを軸にトークをしていたことを指摘し、森田も「それで行くしかない」状況だったと認めた。

「めっちゃウケたら通るかもしれない」――2013年のKOC決勝

仕事がない以上、年に一度のKOCに懸けるしかなく、ライブと新ネタ作りを繰り返して毎年決勝を目指したと森田は話す。

2012年に準優勝し、スキャンダル後の2013年にも決勝に進めたことについて、森田は「でかかった」と振り返る。不倫騒動もあり事務所も辞めているので、ウケても上げてもらえないかもしれないと考えていた。ただ、一つ賭けるとすれば「めっちゃウケたら分からない」と思い、仮にめっちゃウケて落ちたとしても「あのウケで落とすのはどうなんだ」と口コミで広がるだろうと考えた。実際に予選で大きくウケて、決勝に通ったという。

6回出て優勝できず、KOCを「卒業」

その後もKOC決勝に進み続けたさらば青春の光だが、テレビ出演が増えたのは、2018年頃にKOCを「卒業」してからだったと森田は言う。今年で出るのをやめると宣言してから、呼ばれる機会が増えた。理由は自分でも分からないとしつつ、「1個捨てたら1個何か入ってくる」巡り合わせだったのかもしれないと話す。また、テレビではさらばがあまりネタをやらないので、ネタを見るならライブに行くしかない、という状態になり、ライブの動員も増えたという。賞レースの現役プレイヤー色が強すぎるとタレント感が弱まるのではというベテランちの問いには、「ちょっとあるんじゃないですか」と答えた。

優勝してからやめたいという気持ちはなかったのかと聞かれると、それもあったが、6回決勝に出て優勝できなかったのでもう無理だろうと思ったと語る。切り替えが早いのではという指摘には、「早くないよ、6回出たもん」と返した。

森田が挙げたのは出番順の問題だった。今年はロングコートダディがトップバッターで優勝したが、当時はトップバッターで優勝などできるはずがないと考えていた。1年間必死にネタを作っても、抽選でトップバッターを引けばその努力は意味がなくなる。そう考えるうちに「もう時の運」だと思うようになり、KOCに費やしている時間を別のことに使おうと決めたという。

富澤さんの一言から日本代表へ――モルックとの出会い

森田はKOCを捨て「モルックを持ちました」と笑いを誘う。2019年にはすでにモルックの世界大会に出場していた。ベテランちは、2023年のフジロックフェスティバルの朝、駐車場でファンとモルックをしていた森田に会い、記念写真を撮ってもらったことがあると明かした。

きっかけは、サンドウィッチマンの富澤たけしだった。番組で趣味がないと話したところ、富澤から、ロケでモルックをやったら面白かったので趣味にしろと言われた。森田は最初「何ですかそれ」という反応だったが、その番組には何度か出ていたため、次に会ったときにやっていないのは嫌だと考え、せめて「やったけど面白くなかった」と言えるようにしようと調べてみた。

モルック協会にメールを送ると練習会に誘われ、公園に行くと6〜7人の、30〜50代くらいの人たちが酒を飲みながら集まっていた。ルールを教わって「これ面白いかも」と思ったところ、その6〜7人で「今から東京カップをやりましょう」と大会が始まり、森田は初めての大会で4位に入賞した。

日本代表はあるのかと聞くと、今年もフランスで世界大会があると言われた。出場条件を尋ねると、答えは「フランスまでの旅費がある人」で、実力はまったく関係ないという。そこで旅費を用意するので日本代表になっていいかと聞いたところ、了承された。これがフランスの世界大会に行った経緯だと森田は説明する。「金さえあれば代表になれる」と笑いながらも、ベテランちに向かって、東大に受かろうがYouTubeの登録者が多かろうが「日の丸背負ったことあります?」と冗談交じりに胸を張ってみせた。

純粋に楽しんだものを、仕事にもする

モルックについて森田は、売れるための戦略ではなく、本当に富澤に次に会ったとき報告できるようにというだけで練習会に行ったと強調する。純粋に楽しんでいたという。

一方で、「触れたものは金にしたい」とも語る。現在はモルックの番組に呼ばれたり、モルックと街ブラを組み合わせた「モルブラ」という企画が始まったりしているほか、モルック関連の営業も多いという。企業からモルックを教えに来てほしい、社内モルック大会のMCをしてほしいといった依頼があり、大企業は部署も多く資金もあるので、モルックを教えるだけでかなりの報酬を得られるのだと話した。

家賃18万円を払うために始めたYouTube

YouTubeを始めたのは30代後半、2019年頃だった。当時、五反田に家賃18万円ほどの事務所を借り(現在も同じ場所だという)、その家賃を少しでも払えればいいという程度の気持ちで始めた。最初は手持ちのネタを上げていたが、ネタが尽きてきたので企画をやってみたところ、少しずつ見てくれる人が増えていったという。

芸人としては早い着手だったのではというベテランちの問いに、森田は当時の風潮を説明する。芸人とYouTuberの間には「太くて濃い線」があり、芸人がYouTubeに「降りてきたのか」と見られる雰囲気があった。それでも、自分たちのネタは違法アップロードされてしまうので、他人に取られるくらいなら自分たちで上げたほうがいいと考えたという。

続けるうちに、テレビはコンプライアンスが厳しくなっているがYouTubeは緩いと感じるようになり、自分たちが面白いと思っているがコンプライアンス的に危ういものも上げるようになった。ギャンブル系やドッキリなども扱う現在のチャンネルの強みはそこにあり、森田は「テレビが厳しくなればなるほど俺らのYouTubeに流れてくる」と話した。

目標はない、「全部場面」

テレビにもYouTubeにもライブにも客が入っている今、目標はあるのかとベテランちが聞くと、森田は「目標がこれがないのよ」と答えた。インタビューで目標を聞かれるのが一番しんどいという。これまで全部「場面」でやってきて、何とかここまで来たのだから、変に目標は持たない。五反田に大きなビルを建てたいといった話はあるが、何をやりたいかは、やりたいと思ったときにやる。将来こうなりたいという像も特にないと語った。

ベテランちも、自分も場面でここまで来てしまったと明かし、「俺はこういうことをやりたい」と語る人のほうがすごいという風潮に違和感を示した。森田はそれに同意し、格好をつけて言っているだけの人も多いと話す。ゴールデンのMCをやりたいと言うことはできるが、本当にやりたいかと聞かれればそうでもない。芸人になった当初は天下を取りたいという思いもあったが、いろいろな人を見るうちに「今は天下取るとかいう時代じゃない」と思うようになったという。

ベテランちの悩み――終わりのないマラソン

ここからベテランちが自身の悩みを打ち明ける。現在27歳で、週に1〜2本の動画を上げているが、YouTubeは疲れないかと森田に尋ねた。テレビの芸能人なら段階を上がって大御所になっていく道があるが、YouTuberはひたすら再生回数だけで、30年間毎週撮影・編集・チェック・企画を続けるのは「どこにも着かへんマラソン」を走らされているようだという。

ベテランちは、尊敬しているというヒカキンについて、何を目指しているのか分からないがとにかく誰よりも走っていて、後ろを振り返っても誰もいないのに走り続けているように見えると語った。ある動画でヒカキンが「この5年悪夢しか見てない」と話していたのを見て、YouTubeで成功してそうなるなら意味がないと思ってしまったという。

森田は、それはトップランナーにしか許されない苦悩で、イチローが悩んでいるような話ではないかと応じた。そのうえで、初心に戻ればいいと助言する。自分たちは家賃が払えればいいと思って始めたのだから、家賃が払えているうちは十分で、払えなくなったらいよいよやめて違うことをすればいい。それくらいの感覚でいいのではないかという。

ベテランちは、自分も友達とヘラヘラ動画を撮って、就職するより短い時間で楽しく仕事になればいいという程度のモチベーションだと話す。ただ東大に入っているせいで、周囲から「社会を変えそう」と期待され、そういう人物として話してほしいと求められることがあるという。帰国子女の友人の蘭丸はABEMAなどに出て社会を変えるようなことを言いまくっているが、自分もそうならなければいけないのかと感じている。森田は「大丈夫よ、変えそうじゃないよ」と笑い、言わなくていいと答えた。本業は学生で、YouTubeは勝手に跳ねただけ。医者になれるのだから楽しくなければやめればいい。「5年間悪夢見るんやったら俺やめるよ」と話した。

仲間が会社を辞めてきたとき、誰が責任を負うのか

ベテランちはグループで活動しており、もう一つの悩みとして、仲間が次々と仕事を辞めて合流してきたことを挙げた。同級生の相方の一人は就職していたが、2年目の終わりに突然「今日辞めたわ、今日からYouTube一本になる」と言い出した。最近も、吉本興業で令和ロマンのマネージャーをしていたメンバーが、YouTubeに出たいので辞めて入らせてほしいと言ってきたという。やりたくもない「船長」をやらされている気がし、コメント欄では、ベテランちが不真面目だからみんなまともな道を捨てて巻き込まれた、と言われることもあるという。

森田の答えは明快だった。「関係ない。そいつらが勝手に全ベットしてきただけ」で、いつでも船から降ろしていいし、自分が降りてもいい。人の人生なのだから、と。自分にも東ブクロという相方がいるが、あいつもいつ辞めると言い出すか分からない、そしてそれは止めようがない、と例に挙げた。辞めたいと思ったら辞めるしかないし、辞められても彼らは自分たちで生きていく。今の規模になってもそういう考えでやっているのかと聞かれると、「しょうがなくない?」と答えた。今はバイトリーダーくらいの気持ちでいいとも付け加えている。

「芸能人は9時5時で働かれへん人の集まり」

話はYouTubeや芸能の仕事そのものに及ぶ。ベテランちが、YouTubeが仕事というのは意味が分からない、なぜかGoogleから振り込まれているだけだと言うと、森田は、ホームビデオのようなものを上げてたまたまお金が入っているだけだと同意した。そのうえで、芸能界も同じだと語る。芸能人は「9時5時で働かれへんやつらの集まり」で、キャンプに行くところにカメラがついてきてそれが仕事になるのはおかしい。明日政府に「あなた方がやっていたのは楽なことですよね、もうお金は稼げません」と言われても「バレたか」と言うしかない、「楽して稼ぎたいと思って入ってる世界」なのだから、と笑いを交えて話した。

これを受けてベテランちは、勉強だけは最低限頑張り、毎日笑うようにすると答えた。森田は「笑える方がいいやん」と応じ、自分から言えるアドバイスは一つ、「ヒカキンになるな」、あそこまで行くと辛いだけだと冗談めかして締めくくった。

「カリスマになりたい」という野心について

終盤、森田はベテランちに野心はあるのかと尋ねた。テレビに出たいという気持ちもあまりないと答えたベテランちだが、「カリスマにはなりたい」「天才ぶりたくはある」と明かす。東大理科三類を受けたのも、高校の同級生の多くは東大の普通の学部に入れる中で、医学部に行けば少しカリスマ的になれる、周りと違う存在になれるという理由だったという。

芸人にも憧れがあり、高校の文化祭で漫才をしたこともあった。しかし大学のお笑いサークルを見に行って、高学歴のお笑いに特化したような雰囲気に抵抗を覚えた。あれこれ「気持ち悪い」と感じて何もできないまま22〜23歳になり、YouTubeしかないと始めた。当時はYouTubeも「キモいやつがやってるもの」だと思っていたが、不幸にも当たってしまったという。

森田はそれを聞いて、カリスマは自分の考えをそこまでさらけ出さないと笑いつつ、カリスマになりたいと言っているくらいでちょうどいいとした。本当にカリスマになると何か違ってくる。スターという言葉もあるが、スターは周りが作るもので、その人自身もすごいが、結局は周りがスターにしているだけだ、というのが森田の考えだった。だから目指す必要はなく、現場で笑っていればいいと助言した。

「あなたにとって遠回りとは」

最後に番組名にちなんで「あなたにとって遠回りとは」と問われた森田は、遠回りは「結果」にすぎないと答えた。結果的に遠回りに見えているだけで、なんだかんだ楽しかったという。答えた直後に「カリスマっぽいこと言おうと思ったけど一番中途半端なとこ行った」と照れてみせたが、続けてこう補足した。遠回りしているときは、遠回りしているとは思わない。ベテランちの言葉を借りれば、目標があるから遠回りだと感じるのであって、その時に楽しいと思ってやっていれば遠回りではない。森田は「俺ら場面やからさ」と応じ、対談を終えた。