焼酎5、6杯で「動脈はツルツル」と笑う法医学者——岩瀬博太郎が語る解剖の現場と死因究明の課題

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概要

法医学者の岩瀬博太郎と、東京大学医学部5年生でYouTuberのベテランちの対談である。遺体と向き合い続ける法医学者は、何をやりがいとし、現場で何を見て、業界のどこに行き詰まりを感じているのか。岩瀬は解剖室の日常を淡々と語りつつ、警察からの誘導を断った経験や、解剖率の低さ、政治の関与がなければ状況は変わらないという懸念まで率直に話している。

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洗っても消えない腐敗臭と、解剖室の体制

法医学者だけが共感できる「あるある」を聞かれ、岩瀬が挙げたのは腐敗臭である。手袋は二重にしているが、解剖を終えて外しても手が匂い、洗っても消えない。ところが一晩寝て起きると消えている。なぜ手袋を通り抜けるのかもよく分からない、と岩瀬は笑う。

服装は外科手術とほぼ同じで、作業着の上にガウンを着て帽子をかぶり、フェイスシールドを着ける。体制は執刀医1人に補助と書記がつく3人で、補助も書記も医師である必要はないという。緊急の呼び出しは昔はあったが、今はほとんどない。ただし、安倍元総理が撃たれた際には夜中に呼び出されたようだ、と岩瀬は伝聞として話す。地下鉄サリン事件の解剖も担当したが、そのときは夜中ではなかったという。

臨床医の過酷さと、日本の医師の待遇

生きている患者を相手にする臨床のほうが、はたから見てもつくづく大変だ、と岩瀬は言う。ベテランちも実習で夜勤や早朝からの手術を目にしており、同意する。岩瀬は外科のなり手がいないことを「まずい」と感じており、法医学も同じくらい危うい状況だと付け加えた。

ベテランちによれば、周囲には米国の医師国家試験USMLEを受けて海外で働きたいという同級生が多い。岩瀬はその理由を保険診療に求める。日本では腕が良くても同じ値段になるが、アメリカでは腕が良いだけで非常に高い報酬を取れる。その代わり、日本では貧しい人でも同じ医療を受けられる仕組みになっている、というのが岩瀬の説明だ。

話はベテランち自身の進級にも及んだ。5年生までに何度も留年を重ね、次に留年すれば後がない状況だという。岩瀬はOSCEやCBTには合格していると聞き、「出席すればなんとかなるんじゃないですか」と応じている。

やりがいは「自分が言わなければ別の死因にされていた」瞬間

臨床医なら患者から感謝される場面があるが、法医学者は何を支えに働くのか。岩瀬はまず、自分が証拠を保全しなければ事件もそれ以外の案件も前に進まないという責任感を挙げる。表には出ないが、やらなければならない仕事だという認識である。もう一つは、自分の知識があったからこそ死因を正確に特定できたときの満足感だ。自分が指摘しなければ別の死因として処理されていた、という手応えがあるという。

岩瀬によれば、法医学に携わる医師は全国で150人前後とされ、異状死の解剖率は10%にとどまる。だからこそ、一人が抜ける影響は大きい。岩瀬はさらに、自分がどれだけ客観的なことを言えるかが重要であり、冤罪を作ってはならないと強調した。

「首を絞めたことにしてくれ」——警察の誘導を断った経験

岩瀬は、警察や検察官が法医学者を誘導しようとすることもないわけではないと語る。「こう言ってくれればこいつを起訴できる」という雰囲気の中で、冷静であり続ける必要があるという。

具体例として、ある警察官から「俺の見立てでは絶対あいつがやってるから、先生、首を絞めたことにしてくれよ」と言われた経験を明かした。実際には遺体の腐敗が激しく、薬物で亡くなった可能性もあり、死因は本当に分からなかった。腐敗した状態で「絶対に首を絞めた」とは言えないため、無理だと断った。そのため裁判はかなり混乱したという。犯人かどうか分からない人を犯人に仕立て上げるわけにはいかない、というのが岩瀬の立場である。ただし、その事件の被告は結果的に有罪になったと岩瀬は付け加えている。

悪夢を見ないのかという問いには、意外とないと答えた。解剖している夢は1、2回見たことがあるが、うなされることはなく、日常の1ページとして出てくる程度だという。

解剖の最後に分かる首の骨折と、自転車・バイクのリスク

解剖の進め方は施設によって違うが、千葉大学や東京大学では所見を取る順番が決まっている。まず体表を観察して所見を取り、その後メスで開いていく。

奥まで開いて最後にようやく分かる所見として、岩瀬が「1番多い」と挙げたのは首の骨折だった。首を絞められて折れる場合もあるが、たとえば自転車で前のめりに突っ込み、頭から落ちて首を折るケースは、首を詳しく解剖する最終段階でようやく判明するという。こうした例を見ていると自転車には乗らないでおこうと思う、と岩瀬は認めた。体がむき出しになるバイクも多いという。

タバコは「百害あって一利なし」、でも酒はやめない

では酒はなぜやめないのか。岩瀬はタバコについては、解剖していても百害あって一利なしだと断言する。肺は真っ黒になり、COPDで酸素吸入が必要な状態になる。

一方の酒については複雑だ。酒が原因の喧嘩で殴られて亡くなった人は解剖に「いっぱい来る」という。酔って互いに歯止めが利かなくなったり、力が抜けているせいで転んで頭を打ったりする。その意味で、他人に殺されるリスクはタバコより高い。しかし、そうした人を解剖すると動脈がきれいなのだという。岩瀬はこれを解剖で体感してしまうので、やはり酒は体にいいと思ってしまう、と笑う。これは所属大学の見解ではなく個人の意見だと、本人が念を押している。

飲むのは基本的にビールと焼酎で、ビールは1、2杯、焼酎は日によって違い、楽しく飲むと5、6杯になることもある。自分は酒を飲んでも喧嘩はしないだろうから、体にいい面だけが残る、と冗談めかして語った。車は職場が近いためほとんど運転しない。今年車を買う予定のベテランちに対しては、交通警察官が「交通ルールを遵守していれば事故は起こらない」と言っていたと伝えている。

ドラマの解剖シーンのどこが違うのか

法医学ドラマや漫画で違和感を覚える点は「多々ある」という。岩瀬が挙げたのは、腹にたまったガスが出て遺体が跳ねる描写で、これは絶対にないと言い切る。ギャグではなく真面目なシーンとして描かれていたという。

目を開けてこちらを見ている遺体という描写も、実際とは違う。遺体はたいてい目が自然に閉じる。目が開いたまま亡くなるのは、『火垂るの墓』にも出てくるような餓死のケースで、痩せているために目が開いてしまうのだという。

岩瀬自身もドラマの監修経験があるが、監修者が言えることは限られると話す。解剖時の装備などをリアルにするのは監修の役割だが、シナリオの内容が法医学的に間違っていると指摘すると嫌がられる。ドラマは面白くなければならないからだ。『アンナチュラル』についても、面白かったが、細部は忘れたものの、違うところは時々あったと振り返った。ベテランちが、すべてリアルにすると淡々と作業して帰宅し焼酎を飲むだけのドラマになってしまう、と茶化すと、岩瀬も難しい問題だと認めている。

解剖したことを後悔する遺族は見たことがない

ベテランちが「自分が死んだら解剖したほうがいいか」と尋ねると、岩瀬は「したほうがいい」と答えた。若い人が亡くなると、家族が原因究明を望むこともあれば、「これ以上痛めつけないでほしい」と拒むこともある。しかし岩瀬はこれまで、解剖したせいで悩み続ける遺族を見たことがないという。逆に、解剖しなかったために理由が分からず悩み続ける遺族は、かなり見てきた。解剖は真実を知る最後の機会だ、というのが岩瀬の考えである。

では岩瀬自身はどうか。病院で普通に死にたい、というのが本音だという。病気が分かっていて、病院や自宅で看取られるなら解剖は必要ないが、異状死であれば仕方ないと考えている。岩瀬によれば、なんだかんだで7人に1人は普通に死ねない。突然倒れて心筋梗塞かもしれない亡くなり方をしたり、事故に遭ったりするケースが多いという。

学生に戻っても法医学を選ぶかは「分からない」

法医学を選んでよかったかと聞かれると、岩瀬は天職とまでは言えないが、やりがいは今も感じていると答えた。65歳で定年を迎える予定だという。ただ、学生に戻っても再び法医学を選ぶかは「分からない」と言う。皮膚科や内科を選ぶかもしれないし、最近は外科が面白いと感じている。昔はなかったダヴィンチのようなロボット手術を学生時代に見ていたら、やりたくなっていたかもしれないという。

AIの話題にも触れた。岩瀬は、手を動かす仕事は最後まで残るだろうとしつつ、情報から病気を判別して薬を決めるような内科的な仕事は心配になってくる、と述べている。

医学部の後輩へのアドバイスを求められると、岩瀬はまず「とにかく卒業」と答えた。そのうえで、好きなことをしているのは良いことであり、人脈もでき、普通の医師が知らない世界を知っているのは価値がある、と語った。医師から政治家になる人もいれば、小説家や漫画家になる人もいる。いろいろな道があって面白い、というのが岩瀬の見方である。

法医学界の「遠回り」——永遠によい方向に行かない可能性

番組のテーマ「遠回り」について、岩瀬は自分自身は遠回りをした自覚がまったくないと言う。むしろ人のやらないところに行った、人の行かない道を歩いてきたという感覚で、ベテランちの言う「獣道」という表現に同意した。

一方、法医学界については、遠回りというより「永遠に最終的によい方向に行かない可能性」があることが問題かもしれない、と述べた。政治に関わる人も含めて、今の仕組みのおかしさに気づいてもらわなければどうにもならない、というのが岩瀬の認識だ。最近はメディアへの出演も増え、知ってくれる人は増えたが、それでもなかなか難しいという。

政治家になる人が出てくれればと時々思う、と岩瀬は明かす。ただ自分自身は毎日酒を飲んでいるので明らかに向いていない、と笑って否定した。医師出身の国会議員は多くなく、法医学の知見を持つ人となるとさらに少ない。この点は、対談の中でも答えが出ないまま残された課題である。

「獣道」だからこそ見える世界

最後に「あなたにとって遠回りとは」と問われ、岩瀬は、遠回りや横道、獣道にそれることで、人が経験していない別の世界を見られるはずだと答えた。他の人とは明らかに違う何かを感じられるから面白い、そう思って仕事をしているという。これまでのキャリアも面白かったし、やってよかったと思っている、と岩瀬は締めくくった。