永野と三宅香帆が語る「プロっぽさ」への違和感と、コンビを組まなかった理由
PLAYERS公式芸人の永野と文芸評論家の三宅香帆による対談である。三宅の部屋に永野を招く設定で、二人はこれまで永野が「乱入」する特殊な番組でしか会っておらず、腰を据えて話すのは実質初めてだという。話は、芸人の「オンとオフ」の切り替えから始まった。永野は、仕事をプロらしくこなすことへの強い違和感を繰り返し語る。三宅は好き嫌いを割り切れない自分の読み方を重ねていく。話題はその後、ピン芸人を選んだ理由、「笑わせる作法」への疑問、お笑いの歴史観、同世代からの嫉妬にまで広がった。
玄関先での「注意喚起」
対談は、三宅が玄関の扉を開けて永野を迎える場面から始まる。永野は入るなり、チャイムが鳴っただけで扉を開けてはいけないと三宅に注意する。自分だったからよかったが、不審者だったら三宅のキャリアも終わりだ、世の中は不審者しかいないのだから、と冗談めかして念を押した。三宅がコーヒーを淹れてもてなし、永野はコーヒーが大好きで常に飲んでいると話す。
永野は、例の乱入番組では毎回騒いだ後に挨拶するので、三宅にどう思われているのか気まずかったと明かした。三宅は、芸人が収録中は盛り上げ、「カット」がかかった途端に「ありがとうございました」とすっと素に戻る姿が、プロっぽくて好きだと話した。
芸人の「オフ」は8割が芝居
永野はこれに「気をつけてください」と返す。知らない男を部屋に入れるなという注意に続く、二つ目の注意だった。芸人が収録後にすっとオフになるのは芝居が入っている人が多い、と永野は言う。業界を知らない人に「かっこいい」と思わせるためのやり方で、そういう人が8割だというのが永野の見立てである。
永野自身は、乱入番組の後は本当に疲れてぐったりしているだけだという。そこでまた「永野ショー」が始まったと思われるのが嫌で、おとなしくしているのだと説明した。
三宅が、テレビで騒いでいるときとそうでないときの差が大きいタイプなのかと尋ねると、永野は、一人の人間なので差はないと思うと答えた。ただ、多くの人はオンとオフをきっちり分けて働いているのに対し、自分は「よくない」やり方をしてきたとも付け加える。
「めんどくさい」は緊張をやわらげる保険
永野によれば、最近はそうでもないが、少し前までは現場に向かう前に「めんどくさいな」と思いながら現れていた。始まればアドレナリンで一気に振り切り、終わったら「はあ、終わった」となる。オンとオフの二つの顔を使い分けるのではなく、オフのまま現れてオンになり、またオフに戻る。その流れが好きなのだという。永野はこれを、本当はめんどくさくないのに「めんどくさい」と口で作っている「現実逃避」だと自己分析した。
三宅は、めんどくさいと思うことで自分に保険をかけ、緊張がなくなる感覚は分かると応じた。緊張というより「負担」に近く、収録や人前で話す前には「これから1時間半どうなるんだ」という心持ちになる。三宅は、この話を人にしたのは初めてだと言う。
永野は、実際に三宅と話すのは楽しいと断ったうえで、部屋に入る前にマネージャーや別現場のスタッフから「今日楽しみです」「盛り上がるんでしょうね」と言われるのは少し嫌だと話した。やるからには思い切りやりきらないと気持ちが悪い性格だが、「さあ頑張るぞ」と気合を入れる行為そのものが嫌なのだという。ただし、そうした「だるさ」をスタッフにアピールすることはなく、失礼だとも考えている。あくまで自分の内側で作っている状態だと強調した。
お笑いを「仕事」にしないための少年性
永野は子どもの頃からお笑いが好きで、学生時代はマニアックな芸人まで追いかけていた。しかし自分で始めた時点で、お笑いファンではなく、他の芸人を「ライバル」と見る気持ちに変わった。自分を証明しなければならないという意識である。
永野は、究極的にはお笑いは自分にとって仕事ではない気がすると言う。好きでやっているからだ。一方で同世代の芸人は、毎日現場に通うルーティンの中でお笑いを仕事にしていき、それが良いとされる。永野にはそれが気持ちのうえで違うように感じられた。だから「今日の役目は」と気合を入れるのを避け、高校生がだるそうにするのをかっこいいと思うように、「めんどくさい」という顔で登場し、全力を出して帰る。16歳の少年のような役割を心の中で保つために、あえて役割を放棄しているのだという。
永野は、みんなこうしているのだと思っていたが、実際にはあまりやっていなかったと振り返る。三宅は、プロから見ればあえてプロらしくしない「アマチュアな行為」に見えるのではないかと指摘した。永野もこれを認める。10年ほど前にテレビに出た後、仕事が減った時期には、この姿勢がアマチュアだったせいではないかと思った。そうは思いたくなかったが、とも言う。ところが最近は仕事が評価されるようになったので、この考え方は正しかったのではないかと感じているという。
三宅は、YouTubeでもテレビでも、永野だけが「本当のことを喋っている」ように見えると話した。その理由は、今語られたような余白を残しているからではないかと推測する。永野もその可能性を認めた。
プロっぽく振る舞うことへの潔癖
永野は、なぜかは分からないが、その点だけは「異常に潔癖」で、プロっぽく振る舞うことが嫌なのだと語る。芸人のオンとオフの切り替えに気をつけてほしいと言ったのも、それがプロっぽさを演出する手段の一つだからだという。
そのうえで永野は、ある提案を冗談交じりに口にした。三宅が現場で「すっとオフになった芸人」を見かけたら写真を撮り、マネージャー経由で永野側に送ってほしい。それがプロっぽさの演出かどうかを永野が判定するというのだ。互いの連絡先も居場所も知らず、マネージャーを介して伝えるだけの関係である。三宅はこれを「すごいプラトニックな関係」と表現して笑った。
三宅香帆の割り切れない「好き嫌い」
永野の話を受けて、三宅は自分にも通じるところがあると語り始めた。三宅はいまも小説を読むのが楽しい。同時に、嫌いなものは本当に嫌いだという。
三宅の考えでは、批評家や書評家は、プロであるほど作品の面白さを見つけたり、この先売れるもの・評価されるものを見極めたりする仕事になっていく。三宅はそこを割り切れないまま今に至ったと感じている。本に限らず、世界のあらゆるものが好きか嫌いかのどちらかだという。
永野は自分の場合を話した。昔映画をよく見ていた頃、多くの人がするように「50点」「100点」と点数をつけることはなかった。せっかく作ったのだから認めよう、という気持ちがあったからだ。ただ、純粋さのない作品は嫌いで、映画として面白くなくても、この人は何がやりたかったのかが見えるとぐっとくるという。
三宅は、評価の軸が一つではないと説明した。好きか嫌いかの軸と、傑作かどうかの軸がある。好きだが全世界に勧めようとは思わない作品もあれば、好きではないが傑作なのは分かる作品もある。好きでもないが、デビュー作でやりたいことがたくさん詰まっているのは分かる作品もある。三宅が特に嫌なのは、「なぜこの作家がこれを書く必要があったのか」と感じるものだという。さらに、生き方や美学がそもそも違いすぎて嫌い、という場合もあると付け加えた。二人は作品を見ることを「戦い」だと言い合った。
審査員はできない、M-1は1位しか見ない
永野は、お笑いの審査員は依頼も来ないだろうし絶対にやらないと言う。他の人がネタについて感想を言うのを聞くと、「そうなんだ」と驚くほど自分と違うからだ。永野は自分の感覚だけで見ているため、全体を見渡す視点がない。三宅も、評する人には「全体マップ」があると応じた。
三宅がM-1の順位と自分の順位が違うと感じるかを尋ねると、永野は、今は1位以外見ないと答えた。優勝者が決まった後、チャプターを飛ばして優勝ネタだけ見る。「今年の1位はこれです」と人が決めたものに興味が持てず、なぜ見なければならないのかと思えてくるのだという。永野自身はこれを天邪鬼だと言い、WBCのような話題もまったく分からないと話した。
三宅は、永野が以前ある話題を嫌いだと公言していたことに触れた。永野は、それでその関連の仕事をもらったと認め、自分を「歩く矛盾」だと笑った。三宅は、その仕事での永野のコメントが好きだったと伝えている。
小説家ではなく文芸評論家になった経緯
永野は三宅に、小説は書かないのかと尋ねた。三宅はフィクションは書かないと答える。読みたい小説が古今東西にあふれていて読み切った感覚がまったくなく、今さら自分が書かなくてもと思うからだという。
普通なら小説家を目指すのではないかと問われると、三宅は、成り行きの部分が大きいと説明した。本が好きで書店でアルバイトをしていた頃、ちょうどブログブームで、店員が書店のブログを更新する文化があった。そこで本を紹介していたら大きく話題になり、本にしないかと声がかかった。それが最初の著書になったという。三宅は、感想がお金になるとは思っていなかった、お笑い以上に職業として成立するのかと今も不思議に思う、と話した。
「天邪鬼」ではなく自分の作るものへの関心
三宅の話を聞いて、永野は自分のことを捉え直した。三宅は小説そのものへの愛にあふれている。一方で自分は、自分が作るお笑いに関心があるのではないか、と永野は言う。お笑い芸人の多くは当然お笑いが好きで、M-1になれば見る。永野は、それを見ないのは天邪鬼だからだと思っていたが、実は自分の作るものへの興味でいっぱいなのかもしれない、そこだけナルシストなのだと考え直した。三宅も、クリエイターにはそういう人が多い印象があると応じた。
永野は、「今年のピン芸人は」「漫才コントは」と全体で語られる枠組みに対し、良くも悪くも自分は違う場所にいる感じがして窮屈だと話す。現場で20人ほどの芸人が「お願いします」と集まる場も、永野には「芸人の社会」に見えてだるいという。始める前は、ただふざけて好きなことをやるつもりだったのに、そこは社会だった。だから教室の隅にいるようにだるそうにする。ただ、やりきらないとただのナルシストになってしまうし、自分も気持ちが悪いので、本番では振り切る。以前は「なんだあいつ」と思われていたが、最近は「それが永野だ」と理解されるようになってきたという。
他人の人生を背負いたくない
三宅は、一人で活動していることもそうした理由からなのかと尋ねた。永野は、デビュー当時はコンビを組むのが当たり前だったと振り返る。今のピン芸人もコンビやトリオから転じた人が多いが、永野は最初からピンだった。
永野はその理由を次のように説明した。学生時代からの相方なら、その人との空気があるのでまだいい。しかし一緒にやりたかった相手は「やらない」と言った。地元の宮崎から東京に出てきて新しく関係を作り、その人とずっと一緒にいるのは考えられない。しかも、組めばその人の人生を背負うことになる。高校時代の友達と組んでいたとしても同じで、人の人生を背負うのが本当に嫌だったという。普通のコンビはそこまで考えていないらしい、とも永野は言う。
永野は、一人でやってきて本当に正しかったと思うことがあると続けた。18歳頃の目標と今の目標が変わっている。他人とずっと組んでいたら、18歳の目標のままでいるしかなかっただろうというのだ。仮に相方がいれば、三宅と話すことも「課外活動」のように扱われかねない。だが50歳を過ぎて課外活動などするわけではなく、すべて自分自身なのだ、と永野は言う。寂しかったが、コンビを組まなくて本当によかった、人とは絶対無理だと語った。
三宅はここがいちばん共感できると言った。書き手はほとんどが一人で書く。三宅は、演劇やバンドをやる人に憧れがあり、集団でいることともの作りがなぜ両立するのかと不思議に思ってきた。一人ならできるが、という気持ちが強いという。永野は、一人ならエゴの塊でいられると応じた。
「笑わせる作法」はしらじらしい
三宅は、一人で活動する最大の難しさは、軌道修正を一人でしなければならないことではないかと問いかけた。コンビなら相方同士で指摘し合える。永野は勉強のようなことをしているのか、と。
永野の答えは逆だった。今この場でも、会話は二人で成り立っていて、三宅が軌道修正することもある。それが人間として普通で、むしろコンビの方が変だと永野は考えている。自分の言ったことに「いや、何とかだろ」と返されたら本当に腹が立つ。三宅に言われるのとは違うのだという。
永野は、そうしたやりとりは生の会話ではなく、ただの「作法」だと感じるようになり、次第にしらじらしく見えてきたと話す。仮に永野に相方がいて、三宅に対して何か言ったことに相方がツッコんだとする。そのツッコミが名ツッコミでなくても、三宅はたぶん反射神経で笑うだろう。作法で笑ってしまうのだ。しかし、そういう「笑わせる作法」「芸人的な振る舞い」は要るのかと永野は疑問を投げかけた。自分は見た目こそ派手だが、三宅とは普通に喋っている。永野はそれを、間違っているかもしれないと留保しつつ、人間はそうあるべきだと思っていると述べた。三宅も同じことを感じていたと応じた。
永野は子ども時代のテレビを振り返る。「誰だこの人」という人がよく出ていて、実は小説家らしいといった人も話していた。三宅は「謎の文化人」と表現した。永野はそれが好きだった。ある時期から作法が流行したが、永野は芸人を始めてからテレビをあまり熱心に見なくなった。近づくと自分がぶれそうだったからだという。そのぶん今は新鮮に見られるが、見ると子どもの頃より「生じゃない会話」に見える。自分と三宅の会話に「やれやれ」という顔でツッコまれたら手が出そうだ、と永野は冗談を言った。
オープンマイクが日本で成立しない理由
三宅は、YouTubeが流行している背景には、テレビよりYouTubeの方を「生っぽい」と感じる人がいることがあるのではないかと話した。永野が本当っぽく見えるのも、もともとそういう感覚を持っているからだと今日分かった、と。永野も、テレビよりYouTubeの方が肌に合っていたと認めた。
永野は、大手事務所にいた時期もあったがやめて、今は大手ではない事務所にいる。大手が嫌だったわけではなく流れでそうなったのだが、その立場から見えることがあるという。アメリカのスタンダップコメディには、一般の人がマイクを取るオープンマイクの文化がある。しかし日本では成立しないと永野は考えた。見る側は「吉本です」といった所属や、「M-1に出ました」といった肩書きで見方を変えてしまう。売れていない芸人や、そのへんのおじさんがいくら面白い話をしても、純粋には見てもらえないだろうという。
それなのに子どもの頃は、文化人の話を、脈絡もオチもなく噛みまくっていても楽しく見ていた気がする。だから今の作法はよろしくないと思う、と永野は話した。日本のメディアを憂うなんて何様だと自分でも言いつつ、三宅は「すごく分かる」と応じた。三宅は、今のところそういうものを見る文化がない気がする、動画の方がありそうだと述べ、永野も、若い人が見ているYouTubeやTikTokには期待できるかもしれないと語った。
ひょうきん族、ダウンタウン、そして揺り戻し
三宅が、芸人的なものが広がったこの数年に変化を感じるかと尋ねると、永野は、変わってはいると思うとしたうえで、自分の肌に合うのは、いろいろな人が混在している状態だと答えた。
永野は高校生の頃、お笑いに「スカッと」していた。世代的にはウッチャンナンチャンやダウンタウンの時代で、流行っていたから飛び込んだ人も多かった。当時のお笑いは今よりロックに近く、若者の反抗的なテンションや素人っぽさがあったという。
永野は自分の主観だと断り、昔のことは勉強不足だとも言いながら、次のような流れを語った。『オレたちひょうきん族』でのさんまやたけしが、メタなことをやる走りだったと永野は考えている。子どもの頃に忘れられないのは、それまで笑っていたドリフが急に古く見えたことだ。ちゃんと扮装しているのに「昨日お前飲んでたろ」と言い出すようなメタな笑いが新鮮すぎて、世界が変わった。とんねるずがスタッフを画面に出す内輪的な笑いにも、ついていきたいと思った。ウッチャンナンチャンやダウンタウンの笑いは、さらに学生っぽく、それまでの型から外れていた。その頃に落語家が出てきて話すと、子どもの頃には見られていたものが、途端に型にはまったものに見えたという。
永野は、誰でもできると思って、怖かったがこれしかないと思ってこの世界に入った。ところがその後、また逆に型が作られ、お笑いが「すごいもの」になっていった。だから揺り戻しでもう一度混ざればいいと思っているだけかもしれない、と永野は言う。「すごい」お笑いに少し飽きたとも認め、オープンマイクのようなものがあればいいと語った。三宅が「時代を変えようとしていますね」と言うと、永野は「革命家です」と答えた。
「三宅ちゃんのデイケア」
コーヒーを飲みながら「革命家です」と言ったあたりから、永野は三宅をいじり始める。この対談は「デイケア」のようだというのだ。夕方まで訪ねてきて、おじさんの過去の話を毎日聞いて帰っていく。三宅が聞き上手で笑顔も素敵だから乗って喋っていたが、そういう感じがある、と永野は言う。文化系で最近話を聞いてもらえていないプライドの高いおじさんをチャイムで迎え、コーヒーを飲ませ、カフェインの力で喋らせ、「革命家ですね」「天才ですね」と言って帰らせる。永野はこれを「三宅ちゃんのデイケア」と名付けた。
三宅は、ゲストが来てくれなくなると強く抗議した。本物の文化系おじさんの話は面白くないから、デイケアもできないし笑顔も出ない。聞いていられず本を読み始めてしまう、と三宅は言う。永野は、文系で話が面白くないのはきつい、理系なら渋みに変わるが、と返した。三宅は、永野のようになりたいと思っている人はいっぱいいると話している。
成田悠輔という「門番」と同世代の嫉妬
永野は続けて、この番組の元になった番組での出来事を明かした。休日ではない方、つまり夜明け前の方の番組で、成田悠輔と話したことである。10年ほど前にラッセンのネタで世に出たときは、周囲から「よかったね、売れて」と子ども扱いのように見られていた。ところが夜明け前の番組に出て以降、同世代から嫉妬されるようになったという。
永野によれば、一緒にばかをやっていた仲間は変わらない。反応したのはインテリ系の人々だった。一発ギャグの芸人は日の目を見てもそういう位置だが、自分はインテリジェンスで生きていく、と考えていた人たちの気持ちがぐらついた。「お前、成田と喋ったのか」ということである。10何年も連絡のなかった人から、小ばかにしたような、嫉妬丸出しのLINEが来たという。夜明け前の番組とNHKの番組のMCは、特に反応が大きかったそうだ。
三宅は、成田が文化人の仲間入りの「門番」のように見えたのではないかと表現した。永野もそれに同意する。永野は、三宅と喋っていることも彼らからすれば嫉妬の対象でしかないと言い、そうした怨念を感じている自分が「今は好き」だと話した。直接向けられれば怖いが、遠くから受けるリアルな嫉妬は「ざまあみろ」に近い感覚だという。
三宅は、以前から不思議に思っていることを話した。「あなたに嫉妬しています」と褒め言葉として言う人がいる。そこには、嫉妬されるのは嬉しいことだという前提がある。しかし三宅は、嫉妬の怖さを『源氏物語』で学んだので、締め殺されるものだと思っているという。
永野は、「あなたに嫉妬しています」が腹立たしいのは、相手が自分と同じレベルにいる前提で言っているからだと応じた。こちらはただ番組に出ただけなのに、同格で負けたかのような言い方をする、と。三宅も、自分よりはるかに本を読んでいない人が、決め台詞のようにそう言ってくることがあると明かした。永野は、自分は育ちとルッキズムで生きているので、そういうところに育ちが出ると思うと冗談めかして語った。さらに、インテリ系の人は三宅と普通に喋れないから、自分のこの状況にも嫉妬するだろうと言い、キャバクラのたとえまで持ち出した。三宅は変なたとえだと退け、女性ゲストが来なくなるようなブランディングはやめてほしいと再び抗議した。
コーヒーのサスペンスと『ピンク・フラミンゴ』
三宅がコーヒーのおかわりを勧めると、永野は、何か入れていないかとサスペンスドラマのような冗談を言う。自分は飲まずに少しずつ睡眠薬を飲ませる古典的なミステリーのようだと、二人はしばらくふざけた。三宅は、ここはデイケアでもキャバクラでもなく、休日に見ているものを見せてもらう番組だと本題に戻した。
話題は愛読・愛好する作品に移る。19歳頃に『ライ麦畑でつかまえて』を読んだという話が出た後、永野は、恥ずかしいことを言っていいかと断って、ある映画を挙げた。18歳のとき、高円寺のビデオ店には、青春・スポーツ・アクション・コメディと並んで「カルト」の棚があった。そこで見た一本が『ピンク・フラミンゴ』で、とんでもなく刺さったという。三宅は、実際に犬の糞を食べるシーンなど、ひどい場面がたくさんある作品だと確認した。
永野は、この映画の良さについて話し始める。多様性を口にする人に『ピンク・フラミンゴ』を見せると、ちゃんとぎょっとする。そこで、その人たちの根底にある差別意識があらわになるのだという。字幕はこの発言の途中で途切れており、この先の議論は収録されていない。
え、永野さんは結構オンとオフというか、それこそ結構差があるタイプなんですか?
いや、ちょっと前とかめんどくさいなって思って現れるみたいな。こういうとこに。非常に嫌なんですよ、そのプロっぽく振る舞うことが。
はい。本当に良かったですね、コンビとか組まなくて。面白い。その人の人生も背負うわけじゃないですか? はい。それも嫌だし。
プレイヤーズじゃないです。元のそこで話してから同世代が嫉妬心が出てきたんですよ。本当に。お前成田と喋ったみたいな。
18歳の時に、高円寺のビデオ屋さんで、今じゃ考えられないけど青春スポーツとかアクションコメディとかでカルトってあったんですか? カルトって言って見た中の1本で『ピンク・フラミンゴ』って映画だ。これがとんでもなく刺さりました、僕には。
『ピンク・フラミンゴ』は何がいいかってな、多様性がっていう人に『ピンク・フラミンゴ』見せるとちゃんとぎょっとするんですよ。あらわになるんですよ、そいつらの根底にある差別意識が。俺気づいたんだけど、なんかデイケア感ありますね。さっきから俺もあなたうまいし笑顔も素敵だから乗って喋ってたけど。怖いこと言わないでくださいよ。すいません。
これなんか入れてないですよね。なんか怖い。サスペンスドラマに見えてるやつ。
あ、三宅さん。あ、どうぞ。ダメですよ。本当、開けたら。そういう注意喚起のために僕来ました。ダメですよ。僕だから良かったものの、ピンポンって今鳴ったから開けたのに。こうだったら終わりなんだよ。三宅さんのキャリアも。私だから良かったけど気をつけてください。ありがとうございます。
本当に気をつけて。だからって。気をつけます。私だからいいんですよ。殺されたら終わりですよ、三宅さん。すいません。じゃあお邪魔していいすか? 入って。ありがとうございます。これ靴いいですか? 履き替えちゃって。気をつけてくださいね、三宅さん。気をつけ…。不審者しかいないんで世の中。はい。あ、じゃあ連れて行ってください。すいません。本当にもう。
よろしくお願いします。よろしくお願いします。よろしくお願いします。します。ちょっとまずは私コーヒーを入れさせていただいてもいいですか? 嬉しいですね。ありがとうございます。コーヒー大好きなんで私。あ、本当ですか? え、どれぐらい飲まれるんですか? もう常に飲んでおりますね。え、カフェインは強い方? いや、そんなことも考えもせず。考えもせず。はい。なんかありがとうございます。そうですね。ずっと飲んでる感じですけど。
早速いただきます、これ。あ、私もじゃあいただきます。ありがとうございます。ブラックで美味しいです。ありがとうございます。ああ、美味しい。本当にも…。いや、ありがとうございます。ありがとうございます、こちらこそ。本当に来ていただいて、忙しいのに。
いや、全然でございます。本当に三宅さんとは別番組で、番組その特殊な出会い方しかしてないから。私、永野さんが乱入する番組にしか出たことが…。そうですよね。はい。はい。そうそうそう。新鮮すぎて。でも確かにあの乱入の番組でもこうちょっとあの扉開けてです。そうそうそう。だからちょっとフラッシュバックして、今入ってくる時に開けてもらったみたいな。なんか恥ずかしいすね。とにかく恥ずかしいですけど。ありがとうございます、呼んでもらって。よろしくお願いします。ありがとうございます。ありがとうございます。
なので今日3回目ですね。しっかりするのは、お話しするのはもうほぼ1回目みたいなもの。1回目です。もうどう思われてんだろうって思って、毎回例の乱入番組でああってやった後、なんか気まずいなと思って挨拶した。どう思われたろ?
なんかその確かにこう芸人さんってこう番組とかでご一緒させていただいて、わっていう話をして、でこうカットみたいな感じになったら一気にこうオフになって「ありがとうございました」ですってシュってなるじゃないですか。あのなんかシュってなる感じ、私プロっぽくてすごい好きなんですけど。ええ、それも恥ずかしいですね。そうも思われたくないですよ。なんか楽しい人だなって思われたいですけど。
それ気をつけてください、三宅さん。ずっと気をつけてほしいことばっかりで。まず知らない男を部屋に入れるなっていうのと、あとは芸人がシュってオフになるのは、あれも芝居入ってる人多いです。あ、なるほどね。気をつけてください。あれはあれで。はい。あれで三宅さんとか分からない人が、あ、かっこいいって思わせるやり方の人が8割でございます。8割。私はあの番組分かると思うんですけど、本当に疲れてるんです。その時、終わった後で。ぐったりしてて、永野ショーが始まったらどうしようっていうその疑いとかもあって、三宅さん。永野が始まったらやだなと思ってこういるみたいな。
へえ、永野さんは結構オンとオフというか、それこそこうわーってこうテレビでやってらっしゃる時とそうじゃない時間って結構差があるタイプなんですか?
いや、あの、どうなんだろうな。差はないと思うんすよ。人間同じ1人の人間なんで。ですけど、これはすごく良くないことですけど、そのオンとオフを分けてばっちり働いてって感じだと思うんですよ、他の人は。うんうん。ですけど、僕なんか本当良くないんですけど、その基本、なんて言うの、あ、でも最近はそうでもないか、ちょっと前とか、めんどくさいなって思って、ああ、現れるみたいな。こういうとこに。
ああ、めんどくさいなって言って、こうでも始まるとこうアドレナリンとかでこう切って、終わったらはあはあ終わったって感じで。なんかこう、オフからオフでこう現れて、オンパチ、はい終わった、オフ、みたいな。2つの顔というよりは、なんかこんな感じの永野がこう現れるのが好きなんですよ、仕事はです。元々がめんどくさがりなんで。めんどくさいなって思って、めんどくさいなっていう現実逃避してんですよ、多分。
ああ、でもちょっとわかりますって言っていいのかわかんないですけど、その、めんどくさくないのに保険をかけるというか、自分に。はい。なんかめんどくさいって思うことによって緊張がなくなるとかあります? そうです。そう、そう。あります。あります。なんかこう、緊張というよりは負担みたいな。そう、そう、そう。こういう感じの気持ち。はい。え、てか永野さんもあるんですね。いや、あります、全然。
あの、だから例えば別に楽しいんですよ。今三宅さんと喋って楽しいんですけど、その例えばこの部屋に入る前に、マネージャーとか、ま、別の現場でスタッフとかに「今日楽しみです」とか、「今日は盛り上がってくれるんでしょうね」とか言われるとちょっと嫌というか、期待しないでくれみたいな。頑張るっていうか、すごい思いきりやんないと気持ち悪い性格なんですけど、なんか「さあ頑張るぞ」ってやって頑張ってっていう行為が嫌で。なるほど。というか、そのめんどくさくないのに口でめんどくさいっていうのを、あの作ってるんですよね。あ、めんどくさい、だるいとか。いや、それをあの大勢にアピールとかしないですよ。スタッフさんとか失礼だし。それじゃなくて、自分の中でこんな感じの、なんかこんなもう状態作っていってみたいな。はい。はい。ああ、なんか分かります、これ。
いや、でもめっちゃ分かります。ってかなんかその、こういう収録系のなんかとか、まあわかんない、こう人前で喋るとか、なんか緊張というよりは、ああ、これから1時間半どうなるんだみたいな、そういうこういう感じの心の中ではあるので、すごい今「そうですよね」みたいな気持ちになりました。でもこの話初めてしました、私、人と。
あ、そうですか。僕お笑いは好きなんですよ。子供の頃からやりたくて。でも始めた時点で、もう、なんて言うの、おこがましいですけど、ライバルっていうかの気持ちになったんで。お笑いファンみたいな、お笑い芸人ではないですよ。なるほど。なんか学生時代とかマニアックな芸人とかまでこう知りたかった人なのに、一旦始まると、いや、これはなんか自分っていうのを証明しなきゃいけないみたいな。おお。究極なんか仕事じゃない気がしてて、お笑いが自分は。あ、面白い。
好きでやってるんで。だから、なんて言うの? 仕事化していくんすよ、僕の世代の人とかは。ああ。テンションで言うと。なるほど。毎日行って、こうルーティーンの中で、それがいいよねみたいになるんですけど、それだとなんか違うのかなみたいな。ああ、気持ち的に。気持ち的にみたいになるので、そのじゃあお願いしますみたいなのを避けるために、なんかもう高校生とかがこうだるいのかっこいいって思うみたいに、あ、めんどくさいみたいな感じで登場して、自分をぶわって放出して、ああって帰るっていう。ああ、なんか分かります。この、なんか仕事にするのを拒否してんですかね。なんかわかんないですけど。
なるほど。え、その、なんかめんどくさいってなる、こう、なんて言うんですかね、ある意味ちょっとこう自分の中でまだスイッチオフにしてる時っていうのは、なんかお笑いっていうものが仕事だからめんどくさいというよりは、仕事じゃないからみたいなことなんですかね。
ああ、確かに言われて思ったんですけど、仕事、もちろんこう、全然売れなくてやっとメディア出ましたとかなって、10年前とか仕事じゃないですか、お笑いが。これをやってくださいって。今はなんかこう好きなことが結構できてるんですけど、仕事としてのお笑いとなった時に、その、なんて言うのかな、もう仕事じゃなく始めたから。ああ。その仕事化していくのを拒否るために。なるほど。なんかみんなが前とかでこう頑張るぞ、今日の役目はってやる中で、なんか役割を一旦、こう16歳の少年みたいな、こう役割ですね。やばいよ、一旦。そう、一旦。少年性を。少年性を心の中で。保つために。ああ、でも面白い。なるほど。
それを、でこれって結構みんなやってる行為なのかなと思ったんですよ。そしたらあんまやってなかったです、みんな。ああ。で、あ、やってないってすごい、そういう人から見たら、そのなんかアマチュアな行為じゃないですか。なんかあえてプロじゃなくするみたいな。そう、そう、そう。
あ、そうだ。それであの、それでやってたら10年前ぐらい、こうテレビで出た後、あんま仕事なくなった時に、あ、この考えっていうのは、やっぱりあの、悪いのアマチュアだったんだと思ったんですよ。なのかなと。そうは思いたくないけど。仕事があんまりうまくいかなかった時に、その姿勢のせいなんじゃないかなと思ったけど、最近なんか仕事がこう評価されてきたんで、これは正しかったんじゃないかみたいな。
そうですよね。永野さん、こうYouTubeとかでこうやっぱ好きなことをなんか自発的に喋ってる感じとか、あとやっぱテレビとか見ても、なんか永野さんだけやっぱり本当のこと喋ってる感じがしてくれると私は見てて思っちゃうんですよね。なんかだからそれ本当のこと喋ってるみたいにやっぱ思うのって、こうなんとなくその今永野さんが言ってた、ちょっとこう余わせを残す部分があるからなのかなみたいな。
あるかもしれないですね。本当に。すごい。なんか、そうそうそう、それはなんでなのかわかんないですけど、異常にそこだけ潔癖で。なんか異常に、あの嫌なんですよ。そのプロっぽく振る舞うことが。僕はだからオンとオフで芸人さんがっていうのがもう、気をつけてほしいって。あれ、プロっぽくしていくの1つだから。本当にそこ、なんか俺、僕だけじゃなくて僕のマネージャーでいいから、LINE繋げて写真撮って、それプロかどうか僕教えたいぐらいですもん、三宅さん。別に僕連絡先知らなくていいから、マネージャーを通して。マネージャーに言うから、僕が。
今日じゃあの、この人が、あの、すごいシュンってなってましたっていうのを撮って、それを私がマネージャーさんに送って、そしたらマネージャーさんが永野さんのマネージャーさんに。そう、そう、そう。それをただ伝えるっていう。それってすごいプラトニックな関係ですよね。プラトニック。それ伝えるだけの。三宅さんがわざとプロっぽくしてくれ、別に、だけを。それで居場所も知らないみたいな、お互いの。ただマネージャーから聞いて、あ、これはこれですねみたいな。
それは、え、三宅さん、そういうのあります? あんま、あ、あんまっていうか、どうですか? 三宅さんは。いや、いや、でもなんかおっしゃってくるとめっちゃ分かると思ったのが、なんか私、未だに小説を読むっていうこととかが、あの、楽しいし、あと。うん。いいですね。楽しいかつ嫌いなものとかすごい嫌いなんですよ。
で、なんか難しいのが、そのこう、なんかやっぱ批評家、評論家、書評家みたいな人って、なんかこうプロであればあるほど、まある程度その、何て言うんですかね、ちゃんと面白さを見つけるとか、なんかあとこう、なんて言うのかな、ちゃんとその、この先売れるものが何かとか、この先評価されるものは何かを見極めるみたいな、プロとしての仕事になってくと思うんですけど、なんか未だにそこが割りきれないまま今に至ってしまったみたいな気持ちがあり、なんか嫌いなものすごい未だに嫌いなので。それは本の中ではですか、嫌い。本もそうだし、なんか世界中あらゆるものが好きか嫌いかどっちかですね、私。
それはその嫌いな、どういう嫌いなんですか? それはその、例えば、ま昔映画とか好きでこう見てた時は結構、なんか、え、これ50点とか言うじゃないですか、みんな。100点とか。はい。それがなかったんですよ。その、なんか、せっかく作ったんだから、この人はあの、それは認めようよみたいなのがあって。でもそれで、あ、この映画嫌いは言えないですね。だけど、その、この人、これ、だからそこがちょっと潔癖なんですけど、純粋さがないなっていうのが嫌いなんですよ。だから映画として面白くなくても、なんかこの人何にやったんだろうなと思ったらグっとくるみたいな。
はいはいはい。それは作品としてのレベルで嫌いとかいう感じですか? 三宅さんは。あ、純粋、なんかね、こう、私的に4象限ってこう、なんか好き嫌いの軸となんかこう傑作、傑作じゃないみたいなとあって。だから好きだけどそこまでなんか全世界に勧めようとは思わないが私はめっちゃ好きみたいなのもあるし、なんかそんなに好きじゃないけど傑作なのは分かるとか、なんかその別に好きでもないけど、その人がなんかデビュー作でやりたいことがめっちゃ詰まってるのは分かるみたいな、そういうこう様々な象限があり、なんか、なぜこの作品をこの作家が書く必要なかったやろみたいなのがすごい嫌だね、みたいな。そっちがされちゃうのやめてほしいみたいな気持ちになっちゃったりするんですよね。
それだから愛情というか。愛…。あ、で、愛情っていうか、そもそも嫌いもありますよね。もうそもそも嫌いだっていう。生きる美学が違いすぎるみたいなありますね。ありますよね。戦いですね、やっぱりね、見るのはね。ですよね。
だからお笑いとかも、絶対依頼も来ないだろうしやらないですけど、そういう審査員みたいなあれを絶対無理だなと思うのは、見ててこう隣の人とかこう言うじゃないですか、このネタとかについて。うん。あ、そうなんだぐらいびっくりするっていうか。ああ、面白い。感想を言う時。感想言う時。もう自分の感覚のみで見てるから、その全体性みたいなのがないんですよ。で、なんかああいう評する人ってすごい。確かに全体マップがありますね。そうありますよね。
え、M-1とかじゃ見てて、なんかそのこうM-1の順位と自分の順位全然違うとか思ったりしますか? それが結構衝撃なこと言うと、1位以外見ないんですよ、今。めんどくさいっていうか、なんか今回も優勝した人は後で優勝したんだっつって飛ばして見ますけど、チャプターで。うん。なんか何て言えばいいんだろ、これな。すご、なんで見なきゃいけないんだよってなってくる、自分が。あ、そ、なんで、こうやっぱり人が、なんだろう、今年の1位はこれですみたいな決めたものに興味がないみたいな。うん。それあります。すっごい天邪鬼で。だからああいうの見ないし、WBCとかもう全くわかんないし。
恋愛嫌いっておっしゃってましたもんね。言ってたんですよ。それで恋愛の仕事もらったんですよ。結局すごいもう歩く矛盾なんですけど、その仕事はちゃんともらってて。いや、でも面白かったですよね。やっぱ永野さんのコメントすごい好きでした私。
え、これみんなに聞かれてると思うんですけど、三宅さん自体はこうそういうがっつり、あ、そういうのも書かれて…。いや、えっと、フィクションは書かないですね。いつか書いてみてとか言われるんじゃないですか? いや、でもなんか小説って読みたい小説が溢れてて、なんか今更自分が書かんでもみたいな。ええ、すげえ。なんかでも小説って多分めっちゃ大量に古今東西あるので、なんかあんま読み切ったみたいな感覚が全然ないんですよね。
書評家をやろうっていうよりまず小説家とかも目指しますね、普通。ああ。それなんで書評家なんすか? 私はなんか結構もう成り行きなところが大きくて、なんか本好きだったので書店でバイトしてたんですよ。はい。で、そしたらなんかその時代が大ブログブームで、書店のブログを店員が更新するみたいな文化があって、で、本紹介してたらそれがなんかめっちゃバズって、で、本にしませんかって言ってもらって出たのが初の本だったので、そっから本出すようになったみたいな感じです。なので本当、それでむしろお金もらえるんやみたいな感覚が。なんか感想ってお金になると思わないじゃないですか。それこそお笑い以上に職業としてそんなん成立するんやみたいなところありません? なんか意味わからんなって未だに思います、私は。
そう。あ、そういう意味では愛に溢れてはいるんですよね、小説とかも。僕なんか今話してて思ったのが、ただ自分が好きなやつみたいな、自分の作ったお笑いとかに興味があって。で、関心とはそれあるけど、自分の仕事は、書評もそうですけど、お笑いに関してはお笑いの人って大体お笑いが好きとか、当たり前だけどM-1になったら見るって、そりゃそうじゃないですか? その年の1番を決めるって。それは興味もあるしってあるけど、興味がないのは天邪鬼かと思ったけど、多分自分のことに興味がいっぱいという。ああ。自分の作るものに。そうですね。なるほど。それはなんかそこだけがナルシストというか。
ああ、でもそれ確かにちょっとなんか、なんだろう、クリエイターの方ってそういう方結構いるイメージがあ、そうか。あります。なんか全体で今回はこのピン芸人とか漫才コントとか言って、これが今年すごいとか言って、こういう中で、そりゃそうなんだけど、なんか、もう違うとこにいる感じがするんですよ、自分が。いいも悪いも。はい。だからその中のがちょっとはっきり言って窮屈なんですよ、そこに。はいはいはい。そうですね。
だからだるい芝居するのもそうなんですけど、現場来る時も。なるほど。窮屈。はい。現場で20人ぐらいの芸人がこう「お願いします」っていう中で、だるいんすよ、その時間が。芸人さんの。はい。社会みたいな。で、そんなつもりなかったのにみたいな、始める前は。ただふざけて好きなことやるはずが、わ、社会だと思って、こうだるいふりして。なるほど。教室のすみっこにこういる感じで。はい。で、結局でもやりきらないと、それただのナルシなんですけど、やりきらないと気持ちが悪いから、こんなやってたくせにうわあってやるんですよ。だからなんだあいつみたいになるけど、最近はもうそれがあいつだよねみたいな。うん。分かってきましたよね。
え、それは1人で活動されてることにもこう結構、なんて言うんですか、そういう理由ですか? やっぱり。あ、それはそうで、あの、最初始めた時ってコンビがやっぱり当たり前みたいな、デビューの時は。で、今のピン芸人の人も元々コンビとかトリオから。ですよね。ピンになった人が多いんですけど、僕最初からピンなんですよ。1人なんですよ。うん。それも変なとこ考えすぎちゃって。
一緒に、学生時代みたいなの一緒の人だったらその人との空気っていうのがあって、なんかいいんですけど、その人がやらないって言ったから、じゃあ新しくどっか、元田舎、宮崎なんですけど九州の、東京に出てきて、そこで関係を作ってってなって、その人とまずっと一緒にいるのが嫌だし、絶対ありえないし、他人と。
で、その人の人生も背負うわけじゃないですか。はい。それも嫌だし。で、よく考えたら高校時代とかで一緒にやりたかった友達とかも、一緒にやったとして、その人の人生を背負うわけじゃないですか。だから人の人生背負うのが本当…。はい。ああ。で、そこまで考えてないらしいですけど、普通コンビの人とか。いやあ、でも。
一緒にいるの多分だるそう。あとなんかその人の人生背負いたくない。あとでもこれだけは本当に正しかったのを、僕1人でやってて、18歳ぐらいと今の年齢の目標がやっぱ変わってきてんですよ、好きな感じが。ほう。だから絶対、他人がずっと組んでても、18歳の目標のままいられないんだろうなと思って。なるほど。それは楽ですけどね。例えばこうやって三宅さんと喋る時も、誰か相棒がいたら、なんか相棒がいる中でこう課外活動来ましたとかいうことになりそうだけど、そんな課外活動なんかするわけじゃないじゃないですか、50過ぎて。別に自分なわけであって。だから本当に良かったですね、コンビとか組まなくて。面白い。良かったんですね、その選択は。寂しかったですよ。うん。そうですよね。はい。ですけど本当良かったですね。もう絶対無理ですね。ああ。人と。
いや、でもめっちゃわかる。そこが1番分かると私。なんか私、書き手の人ってやっぱりこう1人で書いていることがほとんどなので、なんかやっぱ自分もそのもう演劇とかバンドやってる人への永遠の憧れがあって、集団でいることと物作りすることがなぜ両立しうるんだみたいな。あ、分かる。なんか1人だったらやれるけどみたいな気持ちがすごいあるので。めちゃくちゃわかる。はい。もうエゴの塊でいられますもんね、1人だったら。そう。だからなんか2人とかでやってる人本当すごいなと思って。
文字では伝わらない熱量を、もっと分かりやすさを。伝えたいものが伝わる世界へ。映像配信の技術で支援するPLAY。
でもそれで聞いてみたかったのが、その1人でやってることの最大のなんか難しさって、やっぱ軌道修正を1人でしなきゃいけないってことだと思っていて。それこそこう芸人さんとかコンビだったら、まあなんか相方同士でなんか言い合ったりとか、まなんかそれこそそのこう新しいもの見て勉強したりとか色々あると思うんですけど、その、永野さんはこうご自分の勉強的なのはされてるんですか?
いや、むしろ、むしろこの時、2人じゃないですか、今。2人で、2人の中の僕だけじゃなくて三宅さんが軌道修正することあるわけだし、人間だから。はい。それが普通だと僕は結構思ってて、コンビっていう方が変だと思うんですよ。なんか自分が言ったことを「いや、なんとかだろう」って言われたら、本当に頭に来るんですよ、僕多分。それは別に三宅さんに言われるとかないんですよ、2人の会話だし。確かに確かに。で、僕ずっと思ってんのが、なんかそこでそれはなんかもう生な会話ではない気がして、ただのなんか作法っていうか。うん。で、なんかそれはもうちょっとしらじらしく見えてきたんですね、だんだんと。
なんか例えば僕はなんとかってコンビで、え、永野と誰々で、三宅さんに対してなんか言って、誰々が「いや、それはなんとか」でって言っても、で三宅さん多分もう反射神経で笑うと思うよ。そうそうそう。でもツッコミがそこに、でも名ツッコミじゃなくても、作法で笑うっていうか。でも作法っても…。いるかなって僕は結構思ってて。これ結構でも言ってることと、だからこそよく共演する変な形で、あの番組でも言いましたけど、なんか三宅さんと自分が喋ってて、ちょい前だったら、なんかこう、笑わせる作法。笑わせる作法みたいな。芸人さん的な振る舞いよ。はい。俺、色こそ派手だけど普通に喋ってるじゃないですか。いや、私もなんかその思いましたですよね。
で、なんかそれが、ま、間違ってるかもしんないですよ、もしかしたらですけど、自分は人間はなんかそうあるべきだと思ってんですよ。で、子供の頃見てたテレビとかって、誰だこの人って結構出てたんですね。誰かすごい人ですよ、みんな。はい。ですけど、なんか色々な方が。それこそ小説家の人、なんかこの人、あ、実は小説家らしいよとか。確かに謎の文化人とかね、昔も。はい。あれが好きで。ああ。
だからある時からなんかちょっとあの作法が流行ったけど、結構自分そんなあんま熱心に見ないで、芸人始めてからあんまテレビ熱心に見なくなったっていう、ちょっと変なパターンなんですけど、なんかあんまこう近づきたくないみたいな、なんかこうぶれそうで。なるほど。ああ、自分がぶれそうだから。なるほど。でこう、だからこそフレッシュに見れるんですけど、見るとなんか子供の頃よりも、なんか作法、生じゃない会話っぽいなと思って。うんうん。やれやれって顔で自分がこう三宅さんと喋ってるの突っ込まれたら、ま、手が出そう。もういいよお前みたいな。いや、でも分かります。
なんか、あ、でもそれめっちゃ分かると思ったのが、なんか私、YouTubeがそれこそ今流行ってるのとかって、なんかやっぱりなんとなくこうテレビとYouTubeだと、YouTubeだと生っぽいってなぜか感じる人が割といるんじゃないかと思っていて。だから永野さんはなんかやっぱ本当っぽく見えるのは、やっぱ元々そういう感覚持ってるからなんだなっていうのは今日…。
そうかもしんないですね。その配信をとか、ま冗談で言って、で、ま、テレビよりYouTubeとかの方が肌に合ってたんですけど、はっきり言えば。でそれなんだろうと思ったら、そういうのもあるし、あとお笑いに関してもやっぱり、僕大手にいた時もあったんですけど、やめたりして、今全然大手のとこじゃないんですけど、そこでやったりして。別に大手が嫌だったとかいうスタートは全くないですけどね。うん。もう、じじなんか流れでこう大手じゃないとこいる立場から見ると、なんか全くわかんないですよ。
これ売るをもう手前の情報ですけど、例えば海外、アメリカとかってオープンマイクとかあるじゃないですか? スタンダップコメディーとかで。そういう人、例えばこう自分がイエーイとか言ってなんかやってる中で、オープンマイクとか言って一般の人がこうマイク取ってっていう文化、カルチャーがある。なるほどねって思った時に、なんかそれをじゃあ日本で成立するかって言ったら、しないと思ったんすよ。その心は。
その心は、例えば自分は一応こうあの人だねってなってる人もいる中で喋るのはいいけど、はい。例えば自分が売れてない、この格好の人っていうまずハンデがある。でも僕はお笑い芸人どこどこですってある? うん。でも強いのはやっぱり吉本ですとかどこどこですっていう。うんうん。その保典の中で見る人も変わると思うんですよ。肩書きのね。肩書きの…。
はい。で、僕は例えば全然売れてなくて、売れてないけど芸人でやってて、なんとかのあのコンテストも出ました、聞いてくださいって。じゃあ例えばめちゃくちゃ面白い、そこら辺のおっさんが喋り出しても、なかなか大変かなと。そうですね。なんか大変な気が今しました。しますよね。で、あれはピュアには見れないと思うんですよ、オープンマイクっていうの作っても。はい。でもさっきの話になると、文化人の人の話を、脈絡とか落ちとか噛みまくってるの関係なく、楽しく見てた気がするんですよ、子供の頃。なるほど。そしたら、ちょっと昨今よろしくないなとか思って。面白い。何がしたいのかわかんないですけど。巨大すぎて僕の。テレビ界を憂えて。テレビ憂えてるんですけど。日本のメディアを。なんでお前が憂うんだ、なんですけど。でも分かります、これ。すごい分かります。
絶対受けないでしょ、オープンマイクやっても。受けない。聞かないでしょ、そこら辺の人がこう来て、え、僕はあのこう仕事やってて、みたいな。で例えばなんとか言って、どこどこプロです、どこどこで、えっと、M-1なんとか出てたら、うんみたいな。なんでなんでしょうね。なんか。いや、わかんないですよ。日本だけじゃないかもしんないけど。いや、そうですね。でもなんか見る文化が今んところはない気がしますね。まだ。なんかやっぱ動画とかの方がなんかありそうとか思っちゃうな、確かにそのパターンだと。YouTubeとTikTokとかもやっぱ見るじゃないですか、今若い人とか。だからそういう意味ではちょっとそっちは期待できるかなと。うん。そうですね。でも面白いな。
なんかその芸人さん的なものっていうのが、だからすごい永野さん的に言うと、こう広がっていたここ数年みたいな感じなんですよね。なんかそれがこう変わってるなみたいな感覚あるんですか? それとも今そのままだなっていう感じ。そのままな感じ。ああ、その、いや、変わってはいると思うんすよ。ただ肌に合うのが、その人がいる方が。なるほど。肌に合うというか。
もう好きすぎて、こう高校生ぐらいの時でお笑いってものすごい好きだったんですけど、が故にその、なんて言うのか、なんかもっとこう欲してるんですよ、面白いを。うん。欲してて。高校時代とかお笑いがちょうどすごいなんかスカッとしたんですよ、見てて。誰とか、どの番組とか。どの番組とかやっぱりずっと見てますけどね。
でも世代的にはあのウッチャンナンチャンさんとダウンタウンさんの、あの感じとかになってくるんですけど、世代が完全に。ですけど、ま流行ってたのもあったし、始めた時にみんな流行ってたんですよ。別にとんでもない思いっていうよりは流行ってたから飛び込んだ人。いや、でもなんかやっぱ、なんだろう、今よりこうちょっとロックとかそういう感じに近いですよ。若者の反抗的なテンション。的な、なんか素人っぽいっていうか。うんうん。
っぽさがあって。で、なんか今まで、それまでは、ま、そこ大昔とかやっぱ勉強不足なんですけど、自分とかの時はそれまでこうある中で、『オレたちひょうきん族』ってあって、それがそのさんまさんとかたけしさんとか、それがなんか僕の主観ですけどね、そのメタなことを。なるほど。走りだと思うんですよ。で、子供の頃忘れられないのが、それまでドリフとか見てて笑ってたんだけど、急にドリフが古く見えるんですよ。はいはいはい。ちゃんと言って格してんのに、昨日お前なんか飲んでたとか言い出して、そのメタが。なるほど。新鮮すぎて。ああ。急になんか今までそのあったものが変わったんですよ。世界が変わったんですね。本当に。
で、ま、とんねるずさんとかので、スタッフさんをこう出したりとか、内輪な感じをこう、ついていきたいみたいになって。で、ウッチャンナンチャンさん、ダウンタウンさんの笑いっていうのがもっと学生っぽいというか、なんかそれまでの型っぽくなくて。で、そこでそういう時で落語家の人とかが現れて、はいはい。こう喋ると、それまでは見れてたのに、子供の頃は。途端になんか型にはまったようなものに見えるっていうか。あ。ってなったんです。で、なんか誰でもできるやとか思って入るじゃないですか。うんうん。でも怖かったけど、これしかないと思ったから僕は。うん。ってなったら、なんかちょっとまた逆になってきて、すごい型が作られてって、こう、はい。すごいものだみたいな。うん。なったから、揺り返しで、もう1回混ざればいいのにと思ってるだけかもしれ…。
なるほど。なるほど。もう人がごっちゃにいる感じの。はい。あれがやっぱ。あとなんかね、ちょっと飽きたのはありますよ、僕。そのなんかすごいみたいなのがお笑いが。飽きた。面白い。だからオープンマイクとかあったらね。ねえ。いや、でも永野さんはすごい時代を変えようとしてますね。変えようとしてます、未だに。革命家ですね。革命家です。革命家ですってとんでもないこと言いますよ。革命家。革命家ですって。はい。
コーヒー飲みながら革命家ですっておっしゃっていて。なんかね、なんかデイケア。今CM見て…。CMか。あとデイケアの人みたいな。なんかこの、この親父のとこ夕方まで仕事で来て、話相手になって、過去の記憶を毎日同じ話聞いてお金もらってる仕事の人。「革命家でして、永野さん」「4時になりました」っていなくなっていくみたいな、そういう。やめてくださいみたいな。デイケアじゃないです。そこ駐車場に止めて、水曜、木曜、金曜三宅さん来て、家です。2人が出たら帰ります。帰りな。「三宅さんまたね」「あのちゃんと電気消してね」じゃないすよ。話相手感すごすぎて、この1分の流れが。「革命家ですね」。革命…。ひどい。ひどい会話でしたね、今ね。ひどい会話でした。すいません。ひどい。
そういう意識があなたあったんですよ。だからそれが漏れて。あなた、俺気づいたんだけど、なんかデイケア感ありますよね。さっきから俺もあなたがうまいし笑顔も素敵だから乗って喋ってたけど。怖いこと言わないでくださいよ。デイケア、デイケアはデイケア。ガールとかいう番組に…。
やばいやばい。なんか文化系で、あんまこのおっさん最近話聞いてもらってないなっていう、なんかプライド高いおっさん毎回ピンポンで迎えて、コーヒー飲ませて、カフェインの力で喋らせて、「革命家、天才ですね」っつって帰らせる。そういうアーカイブを残して。アーカイブ残して、でタイトル見てぎょっとして。親父がなんか自慢してみよう。三宅ちゃん、三宅ちゃんの。デイケア。デイケア。三宅ちゃんのデイケア。やばいやばい。やばい。やばいやばい。やめて。芸能界のデイケアになってしまう。なって。デイケア系。
良くない。やめてくださいよ、そのブランディング。やめてくださいよ、マジで。なんかいるじゃないですか、聞いてもらえなくなった、いや、なんか文化系の親父とかが三宅さんだってもう。いやもう文化系、いやでも本物の文化系おじさんのあの話の面白くなさを知らないから言えるんですよ、そういうことは。デイケアもできない。本当の文化系おじさんは話が面白くないですから。笑顔も出ない。聞いてられないです。聞いてられないですね、本当に。面白い。読み始めちゃう、私。地獄ですね。文系で話面白くないって。理系だったら渋みに変わるけど。いやいやいや、いっぱいいますよ。マジっすか? きつい。
でも永野さんに皆さんなりたいと思います。三宅さんはいませんかな? この部屋に来れないってもう最悪ですよね。います、います。でも本当います。永野さんになりたいんですみたいな。いるよ。デイケアじゃないですか?
デイケア、デイケア、デイケアだして。これ言うとね、俺このプレイヤーズじゃないです。元の、で、あの成田さん、成田さん、あの、もうなんか清手だったメガネでお馴染みの。はい。あの、夜明けの方の、休日じゃない方の。はい。あれ呼んでいいって結構ここで話してから。それまでは。面白いですよ、中年のその気持ちって本当。話しますけど、ラッセンのネタで10年前ぐらい出た時は、うん。ああ、よちよちみたいな。あ、良かったね、売れてみたいになったんですけど、『夜明け前のPLAYERS』以降、ほう。同世代が嫉妬心が出てきたんですよ。ああ。本当に。
要はラッセンがだったらよちよし。オッケー。こっちはこっちでなんかこうあるみたいな。あ、でもね、こう結構一緒にバカな感じだった人は変わらないですよ。だけどなんかインテリ系の人、インテリ系の人って。なるほど。ま、幅として使いやすいじゃないですか。あ、知ってるみたいな。この人なんか芸人知り合いでなんかいるでしょ。はい。そう。あのなんか一発ギャグのあれの、みたいな。あん時良かったんだけど、成田さんと喋ってたわけじゃないですか。はい。暗いとこで。うん。夜明け前っていう感じの。あれで、なんかあのインテリ、要はこいつは一応日の目には出たが、こういうポジションだけど私はインテリジェンスとして生きていく、がついたんですよ。え、お前成田と喋ったんじゃない? このインテリ文化系おじさんの1人の、おばさん、おじさんもおばさんも、おばさんおじさんがぐらついちゃって、変な凍感丸出しのLINEとか来ましたよ。
LINE? LINEとか来た。ええ? それ知り合いってことですか? でも10何年、あ、もう連絡も何もない人から。え、それどういうLINEが来るんですか? なんか小バカにしたような。うわあ。ああ、でもその成田さんがこう、なんですかね、文化人の仲間入りのこの門番に見えたんですか? 見えたんじゃないですか。やっぱ鍵開けるぜみたいな感。そう、そう、そう。『夜明け前のPLAYERS』とNHKの番組のMCはめっちゃ…。ああ、嫉妬ポイントだったんですね。すっごい来たよ。なんかすごい。てか、量というか、怨念みたいのが。ああ。
だから三宅さんとこう喋ってんのも嫉妬でしかないです、あいつらからしたら。怨念をこう感じますか? やっぱりそのLINEから。感じます。ああ、それになりたかったと、永野さんに。怨念感じてる自分が今好きです。え、嫉妬好きなんですか? いや、なんか心地いいですね。いや、直接的には怖いですよ。ですけどちょっと、び、美炭さんが心地みたいな。共炭さんはちょっと…。
私ずっと謎に思ってることがあって、あの人の中で、その「あなたに嫉妬してます」っていうのを褒め言葉として言う人いません? あ、いるね。はい。で、そのそれは要は嫉妬されることっていうのはちょっと嬉しいことであるという前提がその人の中にあるってことです。はいはいはい。なぜみたいな気持ちに結構。私、生霊って怖いって源氏物語で習ったので、すごい。あ、でも怖い怖い怖い。やっぱ締め殺されるのでと思ってるんですけど。
うん。あ、あとリアル嫉妬を遠くから受けるのは気持ちよくはないけど、ざまあみろ的な感じではあるんですよ。あ、だからそんな爽やかではないですよ。だけど「あなたに嫉妬してます」っていうのが腹立つのが、あなたに嫉妬してますっていうレベルで喋るから腹立つよね。なんかあなたに嫉妬してますって言われて嬉しいって思ってる位置にいるじゃん。いますね。本人の中で。いや、ただのあなたがとしまして行っただけなんですけどみたいな。いや、間違いない。そう、レベルをね。そう、そう。レベルがさも一緒で今負けましたみたいな。間違いない。
あれ、あれ親が悪いのかな? 親が悪い。あれ? あれ? ま、教育なんか言った? 言わないもん、俺。あなたに嫉妬します、なんか。しかも冷静顔で言わない。書評家に対して、どんだけお前より本読んでんだよっていう人に対して、名ゼリフみたいに「あなたにちょっと嫉妬」。決めゼリフで言ってます。そう。置いて言うやついるよね。永野さん、たまにあの育ちの問題にします。育ちの問題に。そう、もう育ちすごい大事にしてて、ごめんなさいね。育ちとルッキズムで生きてるんで。本当に育ちはね、本当出るんすよ、そういうとこで。いやあ。なるほどね。
だから三宅さんなんてやばいかも、俺、嫉妬が。え、マジで。そのインテリ系はもう三宅さんとかしたら、もうなんていう、こんな普通に喋れないから。いやいやいや。マジで。すごい変な例えなっちゃって申し訳ないけど、キャバクラとかでもこういうちょっと変わったキャバクラは高いから。
変な桁トイですよ。それは変な例えですね。いやでもキャバクラじゃないよ、ここは。ここはデイケアじゃないですか?ここは。デイケアって言ったらキャってこ誰も来てくれなくなるじゃないですか。まずそんなブランディングして。いや、こう語りたいですよ、親父たちは。
え、ちょっとどうしてくれるんですか?今度から女子が来てくれなくなった。ゲストに。今日だけね。今日だけそういう特殊なんですけど。そう。三宅さんとかに喋りたい。いるよね。本当いるよね。親父気持ち悪いよね。まあ、そう。男女ね。男女。女の人も。
なんかでも何なんですかねと思ったら、うちコーヒー入れていいですか?すいません。そ、どのタイミング?これなんか入れてないですよね。なんか怖いさ。サスペンスドラマに見えてきた。最後殺される。確かに。ゆっくり殺していく。なんか昔ながらの古典。確かにちょっと睡眠薬入れて、アガサ・クリスティからも古いって言われそうな。確かに。小説。
ちょっとずつ入れて。ちょっとずつ入れて、どんどんやられて。おかしいもん1つ出さず、ひたすらで自分は飲んでなくて、めちゃくちゃ飲ませるんですよ。これで。でこって言って僕が急に態度変わるっていう。
そうでもそれそうなんですよ。ここはデイケアでもキャバクラでもないので、休日にあの見てるものをね、見せてもらう。あ、そうだ。そうだ。忘れてた。
19歳ぐらいの時にあれ読みました。ライ麦畑でつかまえて。あれはもう恥ずかしいこと言っていいですか?もう僕だとか覚えられな呼んでね。ピンク・フラミンゴってあって。映画だ。あ、クソみたいなシーンがいっぱいありませんか?それこそワンちゃんの実際のうんこ食べたりとか。
ピンク・フラミンゴは何がいいかってさ、あの多様性がっていう人にピンク・フラミンゴ見せるとちゃんとぎっとするんですよ。あらわになるんすよ。そいつらの根底にある差別意
記事公開
