デパートの実演販売から「ハンドパワー」へ Mr.マリックが語る、プロになるまでの14年
PLAYERS公式MCのベテランちが、遠回りを経て成功した人物に話を聞く対談番組「遠回りのPLAYERS」。今回のゲストは77歳のMr.マリックである。師匠に弟子入りする従来の道を選ばず、デパートのおもちゃ売り場で手品を実演販売しながらプロを目指したマリックは、どのような経緯で「ハンドパワー」にたどり着いたのか。前編では、少年時代にマジックと出会ってから、アメリカのコンテストでの優勝と挫折、半年間の失踪、ユリ・ゲラーのブームによる危機、そして「ハンドパワー」「きてます」という言葉が生まれるまでが語られた。
東大医学部生のMCと、若手マジシャンを追い続けるマリック
冒頭、ベテランちは自分が東京大学医学部の4年生で、友人とYouTubeチャンネルを運営していると自己紹介する。医学部は6年制なので留年すれば退学になりかねない状況で、撮影をしていることを母親から心配されているという。
マリックはこれを受けて、マジック界にも東大出身のマジシャンがいると話す。芸名「東京さん」という東大卒のマジシャンが活躍しており、京大卒のマジシャンもいる。今は学歴に関係なく好きなことに挑戦する人が多い、というのがマリックの見方である。若手と直接会う機会は少ないが、ネットで技を見ているという。
最近の若手で注目している人物として、マリックはイブキという若手を挙げた。「マジックのオリンピック」と呼ばれるFISMでグランプリを取り、日本人として初の受賞になったという。マジックは海外から来た文化であり、その世界で日本人がチャンピオンになったことを、マリックは「すごいことが起きている」と表現する。
マリックは自分たちの世代の状況も説明した。以前はマジックは師匠に弟子入りして学ぶものだったが、マリックの世代から師匠を持たずに独学で学ぶ人が出てきた。そのため、プロになる方法そのものが分からず、そこから考えなければならなかった。今は仕事の場が多くあるという。ベテランちが「それはマリックさんが道を開いたからでは」と聞くと、マリックは「たまたまテレビが世に出してくれた」「時代ですよ」と答えた。
人生グラフと目の前のマジック
番組ではゲストに、生まれてから現在までの幸福度を上下で表す人生グラフを書いてもらっている。マリックはグラフを見せながら、人生には良いときも悪いときもあり、「プラスとマイナスは同じくらい」で最終的には帳消しになる、と話した。1月に喜寿を祝ったばかりだという。若さの理由を聞かれると、好きなことをやっていれば昨日も今日も同じだと答えている。
経歴の話に入る前に、マリックはテーブルを用意させ、目の前でマジックを披露した。舞台のショーを見る機会はあっても、間近でマジックを見る機会は少ないという。マリックのキャリアはデパートでの実演販売から始まっている。当時はプロのマジシャンたちが舞台で演じており、テーブルの上で小さく演じる「テーブルマジック」は「お金にならない」と言って誰もやっていなかった。マリックはデパートでグッズを売るためにこの形式を続けていた。これがテレビの時代とうまく合ったと話す。大きな舞台はテレビで映すと寂しく見えるが、小さなテーブルならカメラで寄れるし、観客にも参加してもらえる。
披露されたのは、ライター・時計・鍵・小銭・サングラスの絵が描かれた5枚のカードを使ったマジックである。マリックは最初に紙袋をテーブルに置き、「最初からここにあることを覚えておいて」と伝えた。ベテランちが自分でカードを混ぜてテーブルに広げ、こっくりさんのように人差し指をカードの上で動かして、好きなところで1枚を押さえる。選ばれたのは鍵のカードだった。紙袋を開けると、中には鍵が入っていた。
マリックはさらに、その鍵をベテランちに渡して曲げられるか試させた。鍵は曲がらないように作られており、ベテランちも「めちゃめちゃ硬い」と確認した。しかしマリックが手にすると鍵は曲がり、マリックは「これがハンドパワーです」と言った。ベテランちが驚きながら笑ってしまうと、マリックは「驚くと人間は笑えてくる」「笑いの根源は驚き」だと説明した。
マリックはマジックを続けている理由を、人が驚く顔を見るのが面白いからだと話す。1人で鍵を曲げても意味がない。大人になると人の驚く顔を見る機会はほとんどないが、マジックなら一番近くでそれを見られる。本物の魔法使いにはなれないが、そこを目指して今も続けているという。
岐阜の少年と、転校してきた「手品の天才少年」
マリックは岐阜で生まれた。3人きょうだいで、1つ上に姉、4つほど下に弟がいた。父は岐阜の繁華街・柳ケ瀬の近くで、自宅で洋服を仕立てる職人だった。小学校までは地味な子どもだったという。
転機は中学2年のときだった。名古屋から転校してきた少年が、たまたま空いていたマリックの隣の席に座った。親しくなると、その少年は「明日テレビに出るよ」と言い、実際に「街のチャンピオン」という特技を持つ人が出る番組に出演した。紙を丸めた筒に入れたミルクを消したり、筒から金魚を出したりと、プロのような演技を中学2年生がしていたという。父親が社長で、高価な本格的道具を持っていたらしい、とマリックは話す。
教室では道具がなくてマジックができないため、少年は長良川で写生大会があったときに、拾った石を川に投げて見せた。普通なら水に落ちるはずの石が、空中で消えた。さらに袖の下から石を出して、また消して見せた。マリックには、その少年が魔法使いに見えたという。
当時マリックは剣道に夢中だったが、それをやめ、毎日その少年の家に通って手品を1つずつ教わった。マリックは、最初に出会った相手が一流だったことが大きかったと振り返る。相手が下手だったら、おそらくマジックを好きにならなかった、と話している。
やがて少年が敬老会などで演じるときに、マリックはアシスタントとしてついて行くようになった。少年2人のマジックは珍しく、よく受けた。人付き合いが苦手だったマリックにとって、大勢から拍手をもらう体験は大きかった。「拍手をもらえたら人間は変わる」と話している。少年の父親の縁で、紡績工場の多い一宮の文化祭にもよく行った。そこには若い女性の働き手が多く、花をぱっと出しただけで歓声が上がった。マリックはこれを「ジャニーズ状態」と表現し、ここで受けなかったら続けていなかっただろうと語った。
パロマ入社と、デパートの手品売り場
高校は工業高校に通った。名古屋の演芸場などでプロの芸を見る機会もでき、好きなことで生きる姿に憧れたが、卒業の時期にマジックの道に進みたいとは言えなかった。
就職先に選んだのは、ガス湯沸かし器のパロマだった。当時は蛇口をひねれば水しか出ないのが当たり前で、湯を沸かすことにも手間がかかっていた。そこへ蛇口から湯が出る機械が現れたことを、マリックは「魔法のようなこと」と表現する。寝癖を湯で直せる時代になったことに感動し、この会社に入ったという。マリックは、人は感動したところから行動を起こすのだと話している。
平日は岐阜から名古屋のパロマに通い、日曜日は名古屋のデパートのおもちゃ売り場にある手品コーナーに通った。3軒ほどあったデパートを開店から閉店まで回り、実演販売を見続けた。本も動画もなく、マジックを見られる場所はそこしかなかったという。
ある日曜日、名古屋のデパートで手品売り場を担当していた人から声をかけられた。その人は東京に異動するので売り場が空く。毎週日曜日に来ているのなら、ここで働かないかという誘いだった。ここで働けば毎日が日曜日になる、と言われたという。
入社したばかりでパロマを辞めることになり、マリックは母校の校長室まで挨拶に行った。校長から大丈夫かと聞かれ、好きなことだからと答えると、校長は、学校が紹介した就職先以外で活躍している卒業生がもう1人いると話した。それがデザイナーの山本寛斎で、土木科の出身だったという。マリックは2人目だと言われ、許可をもらって会社を辞めた。マリックは今年、その学校の100周年の祝いでショーを行う予定だと話している。
弟子入りではなく、実演販売からプロを目指す
デパートで働き始めてからも、プロになるまでには長い時間がかかった。決まった道がなく、どうすればプロになれるのかが分からなかったからである。
マリックは研修生のような形で、演芸場のプロの楽屋を見せてもらったことがあった。そこでは弟子が厳しく叱られていた。金属製の筒をテーブルに置いただけで怒られている弟子がいたので理由を聞くと、指紋がついたからだという。触れば指紋がつくのは当然だと思ったが、柔らかいスカーフをかけ、布越しに持って置かなければならなかった。車を誘導するときに「オーライ」と言った弟子が、師匠に殴られる場面も見た。「いいです、いいです」と言わなければならなかったという。靴ひもを結ぶのが遅いと言って殴られることもあった。マリックは、マジックと関係のないことで叱られるこの環境を見て、弟子入りはやめたという。
別の道として参考にしたのが初代・引田天功だった。現在のプリンセス天功は2代目で、初代はデパートの実演販売からプロになった人物だという。マリックはこれを時代の変わり目と捉え、弟子入りせずに実演販売をしながらマジックを勉強してプロになろうと考えた。ベテランちはこれを、芸能事務所に入らずに路上ライブから売れたミュージシャンに例えている。マリックは19歳ごろから14年間、デパートで実演販売を続けた。
アメリカでの優勝と、その夜に見たイリュージョン
実演販売で生活はできるようになったが、プロとして認められるには名前を知られる必要がある。そこでマリックが目指したのは、海外の賞を取ることだった。当時、世界のコンテストに出る日本人はいなかった。マリックが出たのは世界大会のFISMではなく、アメリカの大会だったという。
マリックはクロースアップ部門で1位を取り、日本人として初めて海外の賞を獲得した。プロレスで言えば海外のチャンピオンベルトを持ち帰るようなもので、これで行けると思ったという。
しかし、トロフィーをもらって喜んでいたその日の夜、状況が変わった。マリックが優勝したのはアマチュアが集まるコンテストで、その夜にはラスベガスなどから来たプロによる別のガラショーがあった。場所はハワイで、3,000人ほどが入る劇場だった。演芸場しか知らなかったマリックは、そこで大規模なイリュージョンを見た。美女を出すと言えば本当に美女が現れ、美女が宙に浮く。衣装も新しく美しかった。
一方、マリックがやっていたのは碁石の色を変えるような小さなマジックだった。優勝はしたものの、自分のやっていることとあの舞台はつながっていない。当時のマジックを100年続けても、あそこには行けないと感じたという。ベテランちは、感性やセンスでは戦えず、資金や機材の勝負になる世界をアメリカで見せつけられたのだと受け止め、ジャズ漫画『BLUE GIANT』を引き合いに出した。
マリックはその日のうちにマジックをやめると決めて帰国し、初めて実家に戻った。しかし、好きな道で行くと言って会社を辞めた手前、親にやめるとは言えなかった。寝ていても悔し涙が自然に出てきたという。悲しいときの涙とは違い、泣くつもりがなくても勝手に出てくるのだと話している。
半年間の失踪と、シーモンキー
実家に5日ほどいたが言い出せず、マリックは名古屋に戻った。マジックとは関係なく、友人の家でぶらぶらする生活が半年ほど続いた。デパートの仕事もそのまま放り出した状態で、業界の回覧に顔写真入りで載せられ、「指名手配」「お尋ね者」のようだったと冗談交じりに語っている。当時はまだマリックではなく本名で活動していた。
そこへ声をかけたのが、手品用品で知られるテンヨーだった。テンヨーは当時、シーモンキーという商品を売り出そうとしていた。ふりかけのような粉を水に入れると、それがメダカのように育つというものだという。マジックをやめていても実演販売の経験があるなら、ということで、東京駅八重洲口の大丸のおもちゃ売り場で売らないかと誘われた。
シーモンキーはよく売れた。マリックは、大丸には東京に遊びに来た人が東京でしか買えない珍しいお土産を探しに来ており、珍しい品物が売れる場所だったと説明する。これでようやく普通に生活できるだけの収入が得られるようになった。
ベテランちが売り方のコツを聞くと、マリックは衝動買いの難しさを語った。シーモンキーは本来いらないもので、欲しいと思うのは一瞬である。少しでも考えさせると売れないし、2人連れでもだめで、1人の客でなければならない。連れが一言止めれば終わってしまう。値段を言うタイミングを外すと、財布に手をかけた客も考え直してしまう。単価の安いものを一瞬で売らなければならない、とマリックは話す。
「食うために働くのか」とテンヨーの手品セット
収入は安定したが、マジックをしていたころの楽しさはなかった。客は土産として買っていくだけで、目の前で喜んでいるわけではない。話題は毎日何個売れたかという売上ばかりになる。マリックは、食うために働くのか、働くために食うのか、という問いが浮かんだと話す。好きなことをやって気がついたらお金があった、というのがマリックの考える理想で、売上のためにシーモンキーを売る毎日はマジックの世界とは逆だった。
そのころ、テンヨーから8種類の手品を1つにまとめたセットが発売された。それまでの手品の実演販売は、1つ見せて1つ売る形だった。1つ見せると、客が「できるかどうか」「種を教えてくれたら買う」とやり取りが長くなり、種を教えた瞬間に客はいなくなってしまう。売上が伸びにくい仕組みだった。セットなら1つ見せれば8種類が売れる。マリックはこれを「革命」と呼ぶ。シーモンキーの隣で手品セットも売らせてもらうことになり、マリックは手品の実演販売に戻った。人が驚く反応がある分、やはりマジックのほうが楽しかったという。
これが23歳前後のことで、24歳ごろには同じ売り場で働いていた女性と結婚した。ベテランちが、今はネット漫画のキャラクター商品ばかりが売れていると言うと、マリックはそれを知らない様子で、世代の違いがうかがえるやり取りもあった。
月収数百万円の実演販売と、手品専門店
生活が安定すると、マリックは海外の手品を集めたプロショップを開いた。当時は手品の専門店がなかったという。資金は自分で出しており、それだけヒット商品が多く、実演すればするだけ売れる時期だった。
収入を聞かれると、マリックは1日に70万円ほど売れる日があり、その15%が手元に入ったと答えた。ベテランちはこれを1日約10万円、月300万円ほどと計算している。マリックは、一生この実演販売で家族を養っていけると思ったという。
ユリ・ゲラーの登場で客が離れる
順調だった実演販売の風向きが変わったのは、ユリ・ゲラーのブームだった。マリックによれば、最初のブームは1974年に来た。ある日、客が「昨日テレビを見ました」とスプーンを持ってきて、曲げてほしいと言った。前日までは、金属の輪がつながったり外れたりするチャイナリングを演じれば人が集まって売れていたのに、突然誰も足を止めなくなった。色が変わるハンカチなどを見せても、客は興味を示さなかった。マジックへの関心がすっと消えるのを感じたという。
子どもに輪ゴムを2本渡されて、「これをつないでみて」と言われたこともある。子どもには超能力とマジックの区別がつかず、金属の輪はつなげるのになぜ輪ゴムはつなげないのか、と聞いてくる。マリックが「これはマジックだから」と答えると、手品は「インチキ」だと言われた。マリックは、筋道が通っているのはむしろ手品の方で、超能力の方がインチキではないかという考え方もあるが、超能力を本物だと信じる人には仕掛けのある手品が偽物に見えたのだと話す。これを境に売上が落ちた。
ブームは一度では終わらず、再び訪れた。このときの特徴は、ゲラー本人がスプーンを曲げるだけでなく、テレビを見ている人のスプーンも曲がると言ったことだった。生放送で視聴者がテレビの前でスプーンを持ち、「曲がった」という電話が次々とかかってきたという。マリックは、マジシャンならそうは言わないので、このフレーズが斬新だったと評価している。ベテランちは最初、ゲラーの力で視聴者の体が曲がったと勘違いしていたが、視聴者がスプーンを曲げたという話だと分かって納得していた。
スプーン曲げの実演と、8年間の研究
マリックはここで再びテーブルを用意し、カレー用の普通のスプーンを使ってゲラーが演じていたスプーン曲げを見せた。マリックは実際にゲラーと直接会い、これから見せるものと同じだと確認したという。
ベテランちが硬さを確かめたスプーンを、マリックは首の部分をこすってから指1本で曲げて見せた。次に、ベテランちにスプーンの首をこすらせ、傷がないことを確認させたうえで、体温で温めるようにしていると、スプーンがゆっくり上に曲がっていった。まっすぐに戻したスプーンをベテランちに持たせ、こすり続けると柔らかくなり、指で押すとゴムのようにたわむ。最後には首の中央に亀裂が入り、スプーンは2つに切れた。
マリックは、これが大ブームになり、世の中の人が手品に一時的に興味を失ったと話す。鳩を出しても、どこかに隠していたものを出しただけだろうと思われる。ところがスプーン曲げについては、人々は「これは何だ」と言いたくなる。マリックはマジックをいったん脇に置き、スプーン曲げだけを8年かけて研究した。店は家族や他人に任せ、ゲラーがニューヨークにいると聞けば現地まで行って追いかけたという。
マリックは、日用品を使う点に夢があると話す。ベテランちは、種があるかどうかは別として、日常のものを使うからインチキに見えにくいのではないかと応じた。マリックは、昔はマジシャンが魔法の杖を持っていたが、自分の力でやるように見せる形として「ハンドパワー」になったのだと説明する。
「ハンドパワー」も「きてます」も客が生んだ
マリックがスプーン曲げを見せると、近くの客はほぼ100%マリックの手を触ってきた。何か仕込んでいるのではないか、何か出ているのではないかと言われるため、マリックは「何か出てるんでしょうね」としか言えなかった。すると客のほうから「ハンドパワーですか」と言われ、マリックは「そうですね」と答えた。
すると、手を触っていない客が「なんか来てるのか」と聞き、手を触った客が「来てるぞ、来てるぞ」と答える。マリックの手を触りながら、客同士が「来てる」「来てない」とやり取りしていたという。帰り際には色紙にサインを求められ、「ここに『来てます』と書いてください」と頼まれた。マリック自身は、言われた意味もよく分からないまま書いたと話している。
マリックは、客が感じたことをそのまま言葉にしてくれたのが良かったと振り返る。ベテランちは、自分で考えた言葉ではなく、見ている人の目線から生まれた言葉だから流行ったのだと受け止めた。マリックは「不思議とお客さんが教えてくれる」と語っている。
後編へ
前編の終わりには、この後の話題が断片的に示された。深夜番組「11PM」から特番として1時間まるごと出ないかと声がかかり、そこで一気に売れたこと。一方で、暴露本が次々と出てストレスがたまり、耳の奥の三叉神経に関わる顔面麻痺を発症して顔が動かなくなったことである。ブームの頂点とその裏で起きた出来事は、後編で語られる。
人生で遠回りをし、今成功を収めている著名人をゲストに招き、その遠回りに意味はあったのか色々話していく対談番組『遠回りのPLAYERS』、MCのベテランちです。お願いします。
では今回の遠回りゲストをお呼びします。なんとMr.マリックさんです。
あ、よろしくお願いします。初めまして。初めまして。お願いします。こちらでいいですか?はい。マリックです。どうぞよろしくお願いいたします。お願いします。マリックだ。マリックとベテランちの対談だ。
「11PM」って、よかったら特番で出ませんかって。1時間あげるから、1時間。1時間まるまる。もうこの辺ですよね。だから言ったらボコーンって売れたってことですね。暴露したりする人出てくるじゃないですか。
あれは〜じゃない、こうやってやってるって暴露がいっぱい出たり、ストレスが溜まって。この耳の奥にある三叉神経っていう、顔面麻痺というね。で、バーっと顔崩れて顔動かんくなっちゃうんですね。
ええ、クリマスって手力って言ってね、やってるんです。自分を手から。大丈夫ですね。はい。
あ、初めまして。ベテランちさんっていうんですね。はい。もちろん知らないですよね、僕のことは。全く知らないです。すいませんね、本当に。そうですよね。今友達とYouTubeチャンネルやっていて、普段は東京大学の医学部に。
うわ、すごいですね。ありがとうございます。将来お医者さんを目指してらっしゃる。はい、一応。目指して進んでいるという形なんですけども、一応MCということになってまして。まあまあガチガチですわ。いや、すごいいい経験ですよね。そうですね。まさかマリックさんに生で会えるとはっていう。
いや、すごいちょっと珍しいキャリアですよね。そうですね。まあ医学部通いながら、今留年もしてて。
今何年生ですか?今4年生ですね、撮影時点で。もうあと少しですもんね。あ、でも医学部は6年まであるんで。あ、そうなんですか。だからあと2回かな。鉄骨渡り状態というか、留年したらやめさせられるという状態なんですけど、こんな撮影をしてるので、お母さんからは心配のLINEが。そりゃそうですよね。
でもマジックでも東大からマジシャンになった子いますし。結構ね、今学歴関係なく好きなことに挑戦してやってる子いっぱいいますから。
その東大卒のマジシャンはうまくいってますか?うまくいってるんですよ。稼いでる?稼いでると思います。なんていう方ですか?京大、あの、えっと、東京さんっていう芸名で。東京さん。ね、東大卒結構いますし、京大卒もいますし、皆さん頑張ってますから。
すごいですね。やっぱ後輩にも厚いんですね、信頼が。いや、そんなことはないですけど。そんないっぱいしてるんですね。いや、もうね、若い子たちと私たちはもう年齢差ありすぎて、そんなに直接会う機会はないんですけども。あ、でも技をもうネットでチェックしてみたいなことですか?見させてもらったりね。
すごい。最近その若手のマジック見て、これはすごいぞっていうのなんかありました?イ吹っていう子が。ね、FISMっていう、マジックのオリンピックがあるんですよ。そうです。FISMがあって、そこでグランプリを取って、日本人が初めて取ったんですよというね、今そういう時代になってきたんですよ。へえ。すごいことが起きてるんです、今。へえ、日本のマジック界がもう今熱い。もう熱い。今チャンピオンになっちゃいましたからね。いやあ、すごいですね。だって海外から来た文化ですからね、マジックは。そうですよね。
それをもう、すごいな。マリックさんすごいですね。全部チェックしてるんですね、今リアルタイム。全然そのタレントになってないんですね。現役のマジシャンとしてのプライドがめっちゃあってっていう。
昔はね、マジックっていうのは師匠に弟子入りして学ぶもんだったんですけど。めっちゃマジック好きやん。私たちの時代から師匠を持たないで、ま、独学でやってくるって時代になったんですよ。そうですね。だから私たちはプロのなり方は分からなかったんです。どうやったらプロになれるか。だからそっから考えなきゃいけなかった時代だったんですよね。
あ、今はもっと上下の制度がしっかりあるって。今はもうね、たくさん仕事場もうありますから。なるほど。でもそれマリックさんのおかげなんじゃないですか?いや、そんなことはないですけど。マリックさんがマジック業界の道を開いたからなんじゃないですか?いや、たまたまね、テレビに世に出してもらえたから。いやあ、時代ですよね。
ということで、マジックのレジェンド、マリックさんにグラフを書いてもらいました。私の人生をね。今おいくつなんでしょうか?私ね、えっと77。へえ。ちょうど1月で喜寿のお祝いをちょっとさせていただいて。おめでとうございます。77なんで。いや、若いですね。好きなことやってるとこうやって。いや、ま、そうっすね。でもマジでそうっすわ。好きなことやってればもう昨日も今日も一緒ですからね。いや、素晴らしい。
ということで、このグラフで、すごい斬新な企画なんですけども、生まれたタイミングからの、ま、幸福度ですか?これは上下、プラスはいい時、悪い時みたいな感じで。そうなんですよね。うまくいってる時、うまくいってない時を、ま、グラフで書いてもらいましたので。まあね、こうなりますよね。人生いい時があって、だから最終的にはチャラですよ。そうです。もうプラスとマイナス一緒ぐらいでチャラです。いいこともあって、悪いこともあって。じゃあ、ちょっと聞いていきたいと思います。
その前に、こうやって目の前でマジックって見たことあります?え、いいんですか?あります?ないですね。なかなかないですよ。舞台のショーはよく見かけると思いますけど、なかなかね、こうやって目の前で見る機会って本当少ないんですよ。ないです。
実は私ね、デパートで実演販売してたっていうところから始まってますから。あ、キャリア。目の前でやるっていう。これがまたね、テレビの時代にちょうど合いましたので。ちょっとまず私がやってるもの1つだけ、ご挨拶で見ていただけて。あ、嬉しい。
じゃあ、テーブルちょっと入れてもらって。昔はね、テーブルマジックと言って、こうやってテーブルを置いてここでやったんですよ。聞いたことあります。で、まだプロの方たちが、こんなとこでちまちまやってるのはお金にならないと言って誰もやってなかったんですよ。はあ、なるほど。もう舞台でやってた時代。その頃私はこうやってデパートのグッズを売ってましたから。マジックです。こんな感じで。ま、この延長線上に今があるんですけども。
あえて小さい舞台を用意してそこでやってたのが、テレビカメラで撮ったらもう。なるほど。だからそれが時代に合ったんですよね。確かに、でっかい舞台だと逆に寂しく見えちゃいますもんね、テレビだと。そう。視線はどんどん離れてっちゃいますから。これだと寄れますもんね、テレビカメラで。そして参加してもらえるんですよ。
例えばここに5枚のカードちょっと持ってきましたんでね。5枚のカード。可愛らしい絵の描いたカード。うわ、もう始まってるやんけ。始まってんですよ。なんかやってるかもしれない。怪しい紙袋と。怪しい。ここに置いときますね。もう最初からここにあることは覚えといてくださいね。
ではちょっと確認。ライターの絵、時計の絵、鍵の絵ですからね、これ鍵。小銭に、サングラス。もう1回いきますね。サングラス、小銭に、鍵、時計、ライター。大丈夫ですね。で、こうやって適当に混ぜていただきます。シャッフルしてね。み、見破りますよ、僕。天下の東大。で、適当に広げてってください。混ぜました。自分で混ぜました。
人差し指を出して、この上をずっと動いていただいて。え、こっくりさん的な。こっくりさん的に。これからこの指が指したカードの、絵が5つありましたね。どれかにその指が吸い込まれるように行くんですよ。ほう。いいですか?吸い込まれる。どこでもいいですから、こう回りながら好きなとこでポンと押さえてってあげてください。どこでもいいです。ポンと。で、動かないでくださいね。動いちゃだめですよ。時計、ライター、小銭に、サングラス、以外でここへ来ましたね。で、自分でゆっくり手元に引いて。まだですよ。
実はここに予言してきたんですよ。これを指すってことを。行きますよ。それでめくってみてください。鍵や。どうぞ。クリップ外して。うお。お待たせしました。いや、出しちゃってください。それ以外何も入ってないです。あ、もうこれは普通になんでもない絵です。ええ、どうしてなっちゃったんですか?これ普通にえぐいやん。普通にえぐい。
これ参加して、こういうのは、分からないっていう世界じゃなくて、ありえないって世界ですよね。
そこでちょっとゴミが出ました。ちょっとすいません。あ、すごい。この鍵ちょっと手に取っていただきます。ちょうど同じ色の鍵があったんです。絵と同じような。それ曲がるかどうかやってみてください。もう思いっきり曲げるつもりで。いや、僕はそらない。曲げれたらね、その鍵としての役割を果たさない、丈夫なように作るもんだから。めちゃめちゃ硬くないですか?硬いですよ。硬いです。大丈夫ですね。手、普通の。ちょっと待って。大丈夫です。手、若いな。手、77なんか。爪綺麗。
これ、めちゃめちゃ硬かったですよね。硬かったですよ。じゃあ、見ててくださいね。ちょっと待ってくださいね。どっちか使いますから。こっち行きましょう。行きますよ。来た。曲がってましたね。曲がってる。おもろい。これが、ハンドパワーです。なんで笑ろてんだよ。そうなんです。これはなんだと言われるから、もうそれしかないですよ。
なんで今笑ろてたんですか?ハンドパワーですよね。でも驚くと人間ね、笑えてくるんですよ、本当にね。なるほど。驚きのね、最強は、笑いの根源はもう驚きなんですよね。自分でももうびっくりして笑ってしまうぐらいハンドパワーが来てるという。ま、こんなことをずっとこの年までやり続けてやってきたんですよ。普通におもろいわ。いや、すごい。
ということで、不思議なことをね、本物の魔法使いになりたかったんですけども、なれるわけはないですけども、ま、そこ目指して今頑張ってます。いやあ、すごいわ。なんか素敵ですね。いやいや、マジックって人を楽しませるために、だって1人で曲げてもしゃあないわけじゃないですか。違う。人が驚く顔が面白くてやり続けてるんですよ。あ、なるほど。いたずら心というか。そう、そう、そう。確かに。なかなか人の驚く顔ってね、見れないですよ。そうですね。大人になると。映像だと見れるけども、生で自分が1番近くで驚いてる顔が見れて、こんな面白いことはないってことで、もうずっとやってるんですよね。
いやあ、すごいわ。じゃあ、もうその辺も幼少期からちょっと聞いていきたいと思います。じゃあ0歳ということで。0歳の時があった。岐阜で生まれました。岐阜。ご家庭、どういうご家庭だったんです?私はね、3人兄弟。姉が1つ上で、弟が4つぐらい下で3人兄弟で。父親が洋服の仕立て業。岐阜の柳ヶ瀬でね。ああ、素敵な。柳ヶ瀬でしたから、その関係で自宅で服を縫ってた。ま、そんな職人の息子ですね。じゃあ実家は割としっかりしたお家というか。ま、洋服作ってた普通の一軒家ですけども。
で、成長していかれるわけですけども、この時は別にマジックは。ま、普通の男の子。もう地味な子でしたけども。へえ。で、小学校普通に行かれて。小学校まで普通に子供として。で、中学入って、中学2年生の時に、実はこの仕事と関わる子が。あ、もう目覚めて。転校してきたんですよ。え、どこから?手品の天才少年が転校してきたんですよ。漫画みたいな。漫画みたい。私の隣の席がたまたま空いてたんですよ。隣が空いてたからここへその子が来たんですよ。まだ転校したばかりで友達いないから、私と友達になって。
で、親しくなったらその子が、明日テレビ出るよって言ったわけです。ええ。当時のテレビなんて言ったらもうすごいことでしょ。テレビだ。街のチャンピオンという、ま、そういう街で特技のある子が出れるっていう。昔やな。そう、そう、そう。そういう番組あったんです。本当に出たんですよ、テレビにその子が。おもろ。で、マジックやったんですよ。それどんなんやってたんですか?普通に、こう紙丸めた中にミルク入れて、バッと消したり、筒から金魚出したり。え、もうプロがやってるようなことを中学2年ですよ。もうびっくりして。
そうか。でも名古屋から来たから、ま、都会っ子が来たみたいな感じですよね。お父さんが社長やってるらしくて。ま、お金かかりますからね。マジックめちゃめちゃ高いんですよ。手品道具って本当に。ま、確かに子供の頃にねだって買ってもらったりとかありましたけど、ちょっとしたセットで5000円とか平気でね、ありますよね。でしょ?それ本格的な道具でしたから。そうすよね。牛乳消すわけですもんね。もうすごい高い道具をもう彼持ってやってて。で、憧れて。まあかっこいいってなりますよね。
で、なんか教えてと言ったら、教室ですからマジックできないから、長良川っていうね、川がありますから、長良川のほとりですから、川で写生大会があった時に、川の石をポっと拾って、見ててごらんて言ってね、その石を川に投げたんですよ。普通はチャポンと落ちるじゃないですか。それ空中で消えたんですよ。ええ。石が。あれあれって言って、消えたよって言って。石を袖の下からこう出して、また消してくれたりして、もうね、魔法使いに見えたんですよ、その子は。まあそらね。
で、その頃私剣道に夢中になってたんですけども、剣道なんてもうそれどこじゃないですよね。そうですね。もうちょっとやめて、もうその子の家へ毎日。衝撃受けてというか。だからもう憧れちゃって、なんとか教えてもらおうと思って毎日ついて回って。それで、ま、その子から1つずつ習うような。あ、教えてくれたんですね。でも素敵な子ですね。
人ってこう最初に出会った人が一流の人だといいんですよね。これが下手だったら私多分好きにならなかったんですよ。確かに。だから最初に出会う、ま、恩師的なね、ライバルとかね。そう、そういう出会いって大事ですよね。その子がたまたま本当にマジックがすごい子だったから憧れて。
そう。で、その子に毎日習ってて、その子が今度どこどこの敬老会とかね、そういうとこでやるからって言うと、アシスタントでね。熱いですね。少年2人で来てやったら、もうとにかく珍しいから受けるんですよ。そうでしょうね。ほんまに腰抜かすんじゃないですか。だってその当時おばあちゃんってことは、もうほんま戦前、下手したら明治ぐらいの人が見るってことですもんね。そうそうそう。もうだからこんな受けるから、普段人と友達作るの苦手だった私が、みんなからこうやって拍手もらえたら変わりますよ、人間。そうですね。成功体験というか。
でもじゃあもう人気者になっていくんじゃないですか?子供の中でも。もうそれでやめられなくなって。正直で。もうやめられないですね。素晴らしい。そうですよね。それはちやほやされるしね。あれ受けなかったら多分やってなかったんですけども、たまたまその子のお父さんが、岐阜の近くに一宮っていう、紡績工場が多いところがあるんですよ。で、女の子がいっぱいいるんですよ。働き手で。そういうとこの文化祭によく行って、もうジャニーズ状態ですよ。ええ、もう素敵な話じゃない。花パッと出しただけでキャーって言われると、もうね、本当にこんな受ける芸があるのかなというぐらい。だから受けたのは良かったんですよね。ここでしょぼって言われたら、正直やめてたと思いますけどね。
で、中学卒業されて、高校、大学は行かれたんですか?高校までは行って、もう高校ぐらいになると名古屋あたりまで行くようになって、演芸場とかね、そういうところ見に行けるようになって、プロの人たちを見る機会ができて、こうやって好きなことやれるのはいいなと思いながら見てたんですけども、まだ工業高校でしたから、一応卒業するちょうど時期でしたから、なかなか好きなマジックでやってきたいって言えなくて。まあね。時代も時代ですし。
で、一度は、パロマっていう会社ご存知でしょ?給湯器。有名ですね。当時給湯器ができたんですよ。水道ひねったら水が出る。水しか出ない時代にお湯が出てきたんですよ。もう魔法のようなことが起きて。朝起きたら、まだ若いから、頭ですかね。お湯でこうあっためて、髪の毛の寝癖直してっていう時代でしたから。お湯沸かすだけでも大変だったんです。その時代に蛇口からお湯が出てくるっていうのはね。パロマえぐいと。えぐい。もうこの会社に行くって言って、それで入ったんです。マジックやと思っちゃった。もう感動しましてね。で、そこでしばらく、年ぐらい、岐阜から名古屋まで通勤してた。
すごいでも最先端のものを取り入れるのがすごい早いですね、マリックさん。やっぱ感動から始まりましたよね。人間、感動したところから何か行動を起こしますよね。そうですね。これに憧れてとかね。
で、パロマに入って通ってて、休みの日に名古屋でマジック見れるところっていうのは、デパートのおもちゃ売り場に手品コーナーがあったんですよ。イメージなんとなくつきます。毎週日曜日行ってたんですよ。それはもう情報がないからってことですよね。本もそれこそ、もちろん動画もないし、人もおらんから、もう見て盗むというか。そこしかなかったんですよね。で、マジックの好きな人が集まってるし、そこ行っては開店と同時に行って閉店までいるんですからね。ずっと見てるんですから。
それはやってる人がいる。実演販売とかしてる人をもう見て。めっちゃ嫌じゃないですか、やってる人からしたら。でももうみんなそういうお客さんなんですか?そうね。ま、3カ所ぐらいありましたから、そこを1日回るんですよ。午前中はここって言って、とにかく1日そんなところをうろうろしてて。追っかけみたいな状態だ。
で、平日はパロマ行ってましたから、ガス器具の会社ね。で、日曜日そこ行ってた時に、たまたまそこの、今つ越して言うんですけど、名古屋の売り場やってた人が、私は東京行くからここ空くけども、毎週日曜日来てるんだったらここでやらないって言って誘われて。その人が異動になっちゃう。だから毎週日曜日来てるから、ここで働くいうことは毎日日曜日になるよって言ったんですよ。素敵な。いや、その通りですね。
あとは会社に断り入れてっていう。入ったばかりですから。当時なかなか入ってすぐやめる時代じゃないすもんね。そんなことで学校まで行って、とにかくマジックの方で食べてきたいからって言って校長室まで行って。学校にも詫び入れてね。そうすよね。君ね、ここまで勉強してきてね、大丈夫って言うから、いや、もう好きなことだからって言ったら、うちの卒業生で君と同じようにうちの学校の紹介したとこ以外で活躍してるのは、もう1人いるって言ったんです。どなたですかって言ったら、山本寛斎さん。おお。デザイナーの。あの方が土木科なんですよ。岐阜すごいな。その方、山本寛斎君以外で君は2人目だよって言われて。いや、もう私も頑張りますって言って、それで一応許可もらってやめたんですよ。
なんかいい話やな。味わい深い。山本寛斎か、渋いな。100周年で私ここ今年行くんですよ。100周年のお祝いに。すごい。ショーやるんですか?ショーやるんですよ。だめですよ。その、消したりとか。心込めてね、ちょっと100周年。消しちゃいます。いや、素敵っすね。
で、マジックのデパートのとこ行かれて、だからここは上がっていってる時ですよね。嬉しい時期ですよね。そう、これね、プロ目指してましたからね。だからプロになるまでが結局時間かかったんですよ。まあそうでしょうね。どうやってプロになっていいかわかんなくてね。決まった道もないですしね。養成所みたいのがあったらあれですけど。そう、そう。ないんですよね。
だからああいう演芸場なんか行って、プロの方の楽屋ちょっと見させてくださいって研修生みたいにして行くんですよ。と、もうね、お弟子さんがボコボコに叱られてんですよ。めちゃめちゃ厳しいんですよ。例えばここに金属の、マジックで出す筒があるとするんですよ。綺麗な。この金属の筒をテーブルにこう置くだけで怒られてるわけですよ。置き方があかんってことですか?いや、わかんなくて。何を怒られてたんですかって言ったら、要するに指紋がついたって言うんですよ。はあ、なるほど。金属の綺麗なものだから。だって触ればつくでしょって僕が言ったら、その先生が柔らかいスカーフをかけて、それ越しに持って置かなきゃいけないって。ああ、厳しいですね。
で、車でも先生が運転したでしょ。オーライオーライって弟子が言うじゃない。普通言うじゃないですか。言いますよ。と、降りてきてガツンと殴られてる。いや、オーライって言って殴られてたまんないねって言ったら、どうやって言うんですかって言ったら、「いいです、いいです」。いいです、いいですって言わないと。そういう芸と関係ないことで叱られてんです。厳しい。スタルヒンの時の野球じゃないですか?ストライクのことをよしって言ってた時みたいに。言い方なんです。
ま、世代が上やから、オーライとは何事かという。靴紐結ぶのは遅いと上から殴られたりね、遅いって言って。いや、こんなことで怒られたら、マジック習うとこじゃないでしょ。それで弟子はやめたんですよ。弟子になるっていうこと。そうですね。まあだからマジックもそうすけど、その舞台周りのお仕事全般が、浅草キッドの世界というか。そう、そういう世界なんです。それは普通ですね。師匠と弟子ですから。
だからそんなとこをちょっと見て、あ、ちょっともうこういう世界ではと、他のプロになった人を見てみると、当時初代引田天功さんっていう、今はプリンセス天功って女の人ですか?あれは2代目の方ですけど。家元的な天功っていうのを継いでるんですよね。その方が、デパートの実演販売からプロになったっていう。ちょうど時代が変わり目だったんですよ。じゃあ弟子入りしなくて、デパートの実演販売しながらマジックを勉強して、自分もプロになろうと思って。
だから芸能事務所入らんくても、ゆずみたいに路上で歌って売れたやつもいるぞみたいなののマジック版ってことですね。マジック版ってこと。この道でプロになる方法があるのかと思って。それで14年やったんですよ、デパートで、実は。えぐい。めっちゃめちゃかかってる。
ここの辺からですよね。だから19ぐらいから。パロマがだって19ですもんね。こっからずっと上がってったんですよ。で、この辺でパロマ入って、移籍して、14年、こっからボコーンって立つってことですか?こっからね、まだ実演販売で食べてくだけで必死でやってたんですよ。で、ま、実演販売で食べるお金は入ったんだけども、プロになるにはね、認めてもらわなきゃいけないから。そうですね。名前が広まってお客さん呼べるようになってっていう。
それで海外の賞を取れば一応認めてもらえるっていうことで。ああ、そういうのがあるんですね。世界チャンピオンが出たっていうお話しましたけど、当時世界でコンテスト出てく人はいなかったんですよ。一緒の大会ですか?それの。大会はちょっと違いますけど、私が出たのは全米の方、アメリカの方。FISMっていうのは全世界。ワールドチャンピオンですね。テニスみたいな、全米オープンとかあるみたいな感じになってるんです。ありがとうございます。
で、アメリカの大会にたまたま出る機会があって。ジャパニーズ侍だ。その大会に挑戦してったんです。そこでたまたま1位取ったんですよ。ええ。で、日本人では初めて海外の賞を取ったんですよ。ほう。それは何が刺さったんですか?こういうクロースアップの部門で1位取れたんですよ。へえ。もうそれはひたすらやってたから技術が高くて。高くてね。ブルージャイアントみたいな。かっこええ。
もうこれで日本へ帰って、これをプロレスでいえばチャンピオンベルトですよ。海外のね。そりゃすごい。Wのチャンピオンベルト持って帰るようなもんです。Wね、オカダ・カズチカとかが行ってね。これで行けると思って、その賞もらって、トロフィーもらって喜んでたその日の夜に、プロの本当のガラショーと言って、ラスベガスからいろんなマジシャンが来て、また別のショーがあったんですよ。私たちはコンテストですから。アマチュアの方が集まって、そこで優勝しただけですから。
たまたまその日の夜に、その世界中の有名な人が劇場で、ハワイの。そんな3000人もいるようなとこでマジックショー見たことないんですよ。演芸場でしたから、私たちの時代は。何こんなとこでマジックショーやってんだと思ったら、すごいイリュージョンですよ。ラスベガスの。もうドーンと見せられて。あ、もう物体もでっかくて豪華絢爛なというか。本当に美女出すって言ったら本当に美女が出てくるんですよ。美女の浮遊って言ったら美女が浮いてるんですよね。もう華やかで、衣装ももう本当に作ったばかりのような、新調したの。美しい。
もうそんな世界を目の当たりにして、自分がやってんのは碁石を移したりっていうちまちまやってたことを。碁石移してたんだ。そう、そう。白いのがこっち側出たとかやってて、有頂天でやってて。まあね、優勝してすごいんですけど、どう考えても繋がってないんですよ、そこと。なるほど。ここで100年、私が当時のマジックを続けても、ここには行けないというのが。
熱っ、この話。いや、この話熱いっすね。確かに自分のこの小さな刀を研いでたけど、本当のてっぺんでは戦えないという。いや、もうさ、絶望すよね、それはね。自分の感性とかセンスだけでは戦えなくて、結局お金とか機材とかの戦いになっちゃうなっていうのを、もうアメリカの資本で直面したわけですね。
で、あ、これはもう無理だと言ってね、もうその日にもうやめて、帰ってきてすぐやめて、もう実家に初めて戻ったんですよ。熱っ。マジでブルージャイアントや。ブルージャイアントってすいません、ジャズの漫画なんですけど。あ、本当ですか?
1回だけね、もうやめて実家帰ったんですけども、好きな道で行くって言っちゃった手前。まあね、パロマやめてますからね。パロマは調子いいでしょうからね、湯沸かしまくりで。やめて帰っても言えないじゃないですか、親に。もうやめるよって言えなくなって。で、寝てても悔し涙ってこう自然と出てくるんですよね、あれ。熱っ。あります。ま、あんまりないかもしれない。悲しい時に泣く涙と違って、泣くつもりなくても勝手に出てくるんですよ。まあ、でもマリックさんの人生ですもんね。ほんま中学ぐらいからひたすらやってきたことが。
もっと上があるという。で、もうそれで、ま、とりあえず実家帰って5日ぐらいいたんですけども言えなくて、とりあえず名古屋までもう1回戻って、全然マジックと関係なくブラブラしてたんですよ。ブラブラしてた。プー太郎してたんですよね。それもうしばらくですか?結構。半年ぐらい。
はあ。え、もうじゃあ飛んだってことですか?デパートに一応やめますっていう連絡だけして。あ、もうこっちはもう4人家ですからもう。あ、もう飛んでる状態だ。もう回状が出てましたよね。ええ、本当に。そうすよね。どこ行ったと。マリックどこやと。当時マリックではないか。当時何さん?松尾昭で。松尾昭さん。黒似が出てましてね、もう黒枠で、もう指名手配ですよ。お尋ね者です。お尋ね者で指名手配。なんかちょっと盛りました?いやいや、本当に業界に載せられて。あ、ま、業界は確かにそうでしょうね。だって優勝もして期待されてた人でしょうし。
そんなことがあって、しばらくちょっと友達の家にいて。そしたら、見てる人はいるんだろうね。もうマジックやめたって言ってあるから。そしたら、テンヨーさんっていう、手品のグッズを作ってて世界的に有名な会社なんですよ。ああ、企業さん。パズルとか色々やって。テンヨーさんが、シーモンキーという。シーモンキー。聞いたことないですか?僕ちょっとすいません。わかんない。ごめんなさい。やばいか、今の。いやいや、ほとんど知らないですけども。
粉みたいなのを水の中へ入れるんですよ。ふりかけみたいなの。と、なんとその粉がミジンコみたいになって、メダカみたいに育つんですよ。はあ。面白そう。それを売り出すっていうことがあって。それで私が名古屋でブラブラしてることを聞いて、東京の八重洲デパートっていうのがあったんですね。八重洲大丸。ああ、今もありますね。東京駅の八重洲口の大丸のおもちゃ売り場に名古屋から行ったんですよ。シーモンキーを売るために。
ほう。でもシーモンキーは種も仕掛けもないでしょ、本当に。マジックと関係ないですよ。ただマジックの会社がシーモンキーを売り出すから、もうマジックやってなくてもいいから、実演販売やってたんだから。なるほど。その実演販売のスキルとして。それで来て売らないかって言われて。と、そのシーモンキーが結構売れたんですよ。
それは珍しいから?テレビCMとかじゃなくて、実演でもいっぱいがっぽり売れたってことですよね、マリックさんの。そう。それもあるし、八重洲大丸っていうところは東京へ遊びに来た人たちが、お土産で珍しいものを探してるんですよ。なるほどな。なんか珍しい、東京でしか売ってないものって言って、そういうものが売れる場所だったんです、たまたま。当時の最先端が集まる場所だったんですね。それにぴったしはまって、シーモンキーが珍しいということで本当に売れたわけですよ。シーモンキー爆売り。それでやっと自分の生活が普通にできるようになって。はあ。給料もそこそこもらえるようになって、これ売れてればいいなと思って。
それどうやって売るんすか?コツとかあるんすか?もう子供ひたすら喜ばす。もちろん難しいんですよ。100%衝動買いですからね。そうですね。いらんすもん。いらないですから。衝動買いっていうのは本当一瞬なんですよね。欲しいと思うのは。その光ったタイミングで行けっていう風にしないと。うん。ちょっとでも考えさせたり、2人連れだったりすると絶対ダメです。1人の人しかダメなんです、衝動買いは。あ、面白い。誰か止めちゃうから。止めちゃうっていうの、一言でも言っちゃったら終わっちゃいますもんね。値段の言い方がね、ちょっとタイミング外すと、財布に手がかかってもちょっと考えちゃったり。めちゃめちゃ難しいんです、衝動買いは。だから啖呵売と言って、一瞬で売らなきゃだめなんですよ。ま、そんな売り方だけは覚えてたもんで売れたんですけども。
これ売ってある程度お金入ったんだけども、マジックやってた頃の楽しさがないんですよ。まあ、そうすよね。中学の時の憧れとはまた違いますよね。全然。お客さんは別にお土産で買ってくだけで、本人喜んでないわけですから。なんかお金は入ったんだけども違うなと。だから食うために働くのか、働くために食うのかっていう問題がふっと湧いてきて。いや、やっぱり好きなことやってたら気がついたらお金があったっていうのが。それをお金儲けるためにこのシーモンキー売ってったら、売上の話ばっかりなんですよ。今日何個売れたとかね。まあそうなりますよね。なるでしょ。それがなんか今までやってきたマジックの世界と真逆でしたから。そうですね。
やっぱマジックだ、マジック売りたいなと思った時に、これも不思議なことに。ちょっと待って、まだなんか起こる。すっごい。この時に不思議なことに、8つの手品っていう手品セットが発売されたんですよ。手品セットですよ。それまで私の実演販売ってのは、1つ見せて1つ売ってたんですよ。大変な。1つ見せるでしょ。と、できるかできないかとか、種教えてくれたら買うとかね。このやり取りが長いわけですよ。そうすわ。いや、分かりました、種教えましょうと。教えた瞬間にパッといなくなっちゃうんですよ。友達にはあれはこうとか言ってどっか行ってね。あ、これはなかなか売上いかないから。
そしたら8つの手品って言って8種類入って。セット売りだ。1個見せれば8個売れるわけです。っていうのをテンヨーさんが編み出した。たまたまその時期に発売になったんですよ。すごい革命っすね。革命です。で、シーモンキーの横に手品セットも売らしてもらえた。こっからまた実演販売に戻ったんです、私。はあ。マジック魂。魂が。あ、やっぱりこっちが楽しいと。マジックの方がやっぱ人がびっくりしたりとか。そうやっててね。それで手品コーナーを作ってもらって、そっから始まったんです。
へえ。それおいくつぐらいの時ですか?23かそのくらいですね。はあ。で、おかげでそこの売場の女性と結婚したんですよ。あ。めちゃめちゃよく働く子だなと思ったんじゃない?必死で熱い男やんけ。あ、今まだ24すか?そう。だから結構でも当時そのくらいで皆さん結婚してましたからね。そうか。ま、そうっすね。うわ、なんか戦後の日本の熱さも感じれる話ですね。24でデパートで爆儲けしてみたいな。
今もちいかわしかないですよ。ちいかわは分かりますか?全然わからない。なんか漫画本の、ネットに載ってる漫画の絵ばっかりですよ、売れてるのは。売れてる。ま、それはそれで好きなんすけど、僕は。へえ。そんな努力してみたいなんじゃないすもん。キャラクターでね。ま、それはいいんすけど。すいません、僕がじじいみたいになってしまって。
で、マジックまた再開されて。また実演販売面白くて、実演販売ずっとやってて、それで生活も安定してきたから、そっから専門店作ったんですよ。手品の専門店がなかったんですよ。海外の手品のトリックを集めて、プロショップを作ったんですよね。はあ。それはもう自腹ですか。誰かの協力があってとかじゃなくて。それだけ売れたんです。やっぱり当時ヒット作品が結構あって。へえ。じゃあもう実演で売れば売るだけ稼げるぐらいの勢いでしたからね。
今で言うどれぐらい稼いでました?その感覚でいいんですけど。どのくらいですかね?実演販売でそんなに、100万単位ぐらいの収入はあったんですよ。年収で?あ、月で。月で100万単位。だって1日70万ぐらい売れたんですよ。ええ。だからそれの15%っていうパーセンテージで入るから。結構。1日10万すね。月だから300とかになりますね。もうこれ一生これでいいなと私思ったんですよ。一生この実演販売でやってけば家族養えるし。そうですね。それでずっと、だから14年ずっとやってたんですよ。あ、そのだからマジックの、え、
8つの手品でしたっけ?7つの手。それがヒット商品があって14年続いたっていうことです。
そうです。ずっと売れ続けて、その後もヒット商品があるんですけども、とにかくデパートでバーっと売れてた時期が続いたんですよ。
はい。その時にお客さんが「昨日テレビ見ました」って言ってね、スプーン持ってくるんですよ。
はい。ほう。すごいよ。全部集まってくる。はい。スプーン。はい。スプーン曲げてってきたんです、お客さんが。はい。ユリ・ゲラーのブームが来てた頃、来てた頃。はい。
で、昨日までチャイナリングと言って金輪が繋がったり外れたりっていう、ああいうのでやってるとみんな集まってきて売れたんですよ。はい。全然集まってこないんですよ。突然、突然。はい。素通りしてくんですよ。はい。
で、「もっと面白くなりますよ」って言って、色が変わる繁とか色々やっても全然興味なくなってるんですよ、みんな。そのくらい、はい、お客さんがガラっと、マジックに対しての興味がふっとなくなるのを感じたんですよ。はい。
ええと思って。で、子供が来て、輪ゴム2個持ってきて「これ繋いでみて」っていうわけ。はい。はあ。だから超能力とマジックの違いは子供分からないから。はい。「金輪は繋がって、なんで輪ゴムも繋げられないの」って言ってきたんですよ。はい。
「いやいや、これはマジックですから」。「インチキ手品なんて」、インチキ、インチキって手品に対して言ってきたんですよ。はい。で、超能力が本物で。
どっちか言ったらね、手品の方がちゃんとした道筋があって、うまいことやっていて、超能力の方がインチキなんじゃないかという考え方もありますけども。そう、そう。超能力を本当と信じてる人からしたら間近だったんですよね。仕掛けで。はい。それで急に売上が落ちたんですよ。
はあ。それ何年ぐらいですか?
1900、ちょうど、え、なんでですかねえ、量販店ができ始めるちょっと前ぐらいですよね。60年。ユリ・ゲラーのブームは74年に来たんですよ。70年ぐらいですかね。はい。その辺から少しずつ。で、もう1回ブームが来て。はあはあ。で、ユリ・ゲラーはもう1回来たんですよ。
もう1回来たんすか?ユリ・ゲラーって。で、2回売れてるんですか?ユリ・ゲラーって。
もう1回ユリ・ゲラーが来たんです。で、結構なブームなって。はい。はい。あの時にユリ・ゲラーがスプーン曲げることよりも、テレビを見てた人までが曲がったって言って大騒動なったんですよ。
え、ユリ・ゲラーが超能力使って、テレビを見てた人が曲がったんすか?
笑えるくらいのことは起きたんです、これ。
えい、持ってますよね。ほんまですか?っていうニュースが流れたんですか?ほんま?
いや、リアルで生放送でしたから。
リアルで。あ、それを流したんすか?面白。はい。
普通超能力っていうのは。
曲がるってすか?どう曲がるんすか?
あ、スプーン曲げ見たことないですか?
いや、スプーン曲げは分かりますよ。首がぐにゃっとこうなる感じ。
やったことあります?
やったことないす。やったことはないですね。ものは曲げませんからね。
はい。ちょっと説明しますね。スプーン曲げね。はい。もう1回ちょっとテーブルも。
あ、すごい、やってくれるんや。やった。何この楽しい。すごいわ。
見ないと絶対わかんないんですけども、これスプーン持ってきましたから。はい。これはカレー食べる時のスプーンです。こういう普通の。これはユリ・ゲラーがやってたやつの話です。はい。
で、ユリ・ゲラーこれをやったんですよ。で、私実際ユリ・ゲラーと直接会って、一緒だっていうのは確認してんですよ。はい。今からやるのとね。はい。
で、「テレビを見てる人、あなたも曲がります」って言ったのが斬新だったんですよ。
斬新すね。
マジシャンではそんなこと言わないですから。確かに。そのフレーズが強烈で、世の中の人がスプーン持ってテレビの前でこうやってやってたんですよ。はい。そしたら「曲がった、曲がった」って言って電話がじゃんじゃん鳴って。
あ、なるほどなるほど。見てる人もスプーンを曲げられますってことか。
そう、そう。
すいません。めっちゃ勘違いしてました。見てる人をユリ・ゲラーのパワーでぐにゃって人体が曲がるみたいな。ごめんなさい。スプーンを曲げる。あ、オッケーです。すいません。
私が念じてるから皆さん一緒になって念じて。それ知ってました。はいはいはい。ありますね。社会現象になって、みんな巻き込んで。はい。
で、スプーンっていうのはこう見ると形一緒ですよね。大体。はい。重なってますよね。これね、ちょっと硬いんですけど、結構硬いです、これ。硬い。これをユリ・ゲラーはこうやってね、いいですか?
はい。なんかこういうのすよね。
そう、そう。ここが弱点なんですよ。ここ。ほう。こうこすってるともう柔らかくなってるんです、これ。え、じゃあ見ててくださいね。はい。もう指1本でこれ曲がるんですよ。ほう。いきますよ。はい。硬かったですよね、これ。
硬かったですよ。
行きます。ここね、曲がれって言うとね。ええ。曲がった。曲がるんです、これ。
ああ、もう硬いっす。そんな指1本でぐにゃんとはなんないっすよ。
で、今度、今一瞬で見せましたけど、今度ゆっくり。これだけ曲がったんですよ。
はい。曲がってます、どう見ても。
手出して、ここのところをちょっとこすっていただきます。はい。そこ傷ついてませんよね。こうこうしてくださいね。はい。普通に綺麗な。こうやってこうやって手の体温まで温めてくと、ここが上にぎゅっと曲がってくんですよ。え。ありえないですよね。はい。
あ、もうそれでも上がってきます。行きますよ。いいですか?はい。近くで見ますね。もうこれ曲がり始めてますよ。ちょ、ここ。え、あ、もう曲がってます。ほら。
ああ、なんか、え、お、動いてます。動いてましたね。うん。うん。動いてますよね。はいはいはい。
あ、綺麗に曲がってきました。ほら、ほら。お、ほんまや。ほんまや。ほんまや。ほら、浮いてますね、これ。浮いてますでしょ、これ。はい。この角度じゃなかったですよ。うん。めちゃめちゃ硬いんですよ。
で、手で曲げてませんから、スプーンってこうやって引っ張ると真っすぐなるんですよ。はい。真っすぐの。でちょっとここ持っていってあげます。はい。で、ここ持ってもらいます。はい。いっぱいある。まだ硬いですよね。
硬いですよ、普通に。はい。こここすってるとほら。おお。柔らかい、柔らかい。はい、はい、はい。
で、ちょっとここ触ってみてください。ここ別になんともないですね。はい。あ、手はいいですか?こっから。はい。まだある。はい。ここすってると、はい、もうふにゃふにゃです、これ。ほら。うん。うん。指でちょっと押してみてください。おおお。
これゴムの絵になってくるんですか?これ。はい。
で、このセンターのところ。ちょっと角度的にどうですか?ここで亀裂が入ってみて。亀裂が。え、ほらほら綺麗。
わ、ほんまや。ほんまや。うわ。
これね、こうやって切れるんすよ。え、おえ。切れるんですよ、これ。はは。
これが大ブームになって、もう手品なんか世の中の人が興味なくなったんですよ、一瞬。これは何だと言って。これは手品じゃないんです。
そう、そうですよ。そう言いたくなるんですよ。
世の中の人みんなが「これは何ですか」って言って。はい。もう鳩出しても、そんなものはどっかに隠してたの出しただけでしょっていうのは分かるんですよ。はい。これは何だって言って。はい。それでもうね、マジックをちょっとこっち置いといて、これだけ研究したんですよ、私。これだけ8年をかけたんですよ。
ええ、もうだってショップを自ら経営してる、家族もいる。
もう誰かに任しても、自分だけもうニューヨーク行って、ユリ・ゲラーがここにいるって言ったらそこまで行って、これを追求してたんです、ずっと。はい。夢はないですか?こういう日用品が。
いや、面白いです。
いわゆる手品と違って、限りなくなんか夢があるね。
うん。最終的に、種があるのかないのかは別として、自分の日常の中のものでやるから、それこそ手品じゃない感じになるというかね。
はい。だから昔ハリー・ポッターの魔法の杖持ってたのはマジシャンだったんですね。はい。でもこうやって自力でやる。だからハンドパワーになったんですよ、これ。
今こうやってこうやってこれやるでしょ。こうやってるとね、絶対100%近くの人はね、私の手触ってくるんですよ。
そうですね。なんか仕込んでるんちゃうかとか、なんか出てるんちゃうかとか。
必ず言われるから、「なんか出てるんでしょうね」ってしか言えなかったんですよ。「なんか出てるんでしょうね」って言ったら、お客さんが「ハンドパワーですか」って言ったんですよ。はい。お客さんが言ったんですよ。で、私は「ハンドパワー、そうですよね」と言ったら、はい、触ってない人が遠くから「なんか来てるんか」って言ったんですよ。
なんやねん、この話。
分かります。はい。なんかやり取りしてんです、お客さん同士が。「なんか来てるんか」、その触った人が「来てるぞ、来てるぞ」って言うんですよ。で、来てる、来てないを言い合いしてんですよ。はい。私の手触りながら。はい。
で、私は言われてるだけで、「なんか出てんでしょうね」ってこうやってやってたら、うん、帰る時に色紙で「ここにサインしてくれ」って。サインしたら「すいませんが、ここに『来てます』って書いてください」。
お客が言うんだからね。私は何の意味もわからん。「来てます」って書いたら、ものすごい喜んでくれたと。だからお客さんが勝手に感じたことを言葉にしてくれたのは良かったんですよ。
いや、そうか。自分で考えたんじゃなくて。うん。そう。見てる人の目線に立った言葉だったから流行ったという。
不思議とね、お客さんが教えてくれるんですね。そういう、なんか思ったままのことをね。あ、こうやって思うんだなと思いながら。
「11PM」って番組に特番で出ませんかって。1時間あげるから。
もうこの辺ですよね。だから言ったらボコーンって売れたってことですね。
暴露したりする人出てくるじゃないですか。あれは超能力じゃない、こうやってやってるって暴露本がいっぱい出たり。ストレスが溜まって、はい、この耳の奥にある三叉神経っていう、顔面麻痺っていうね。うん。で、バーっと顔崩れて。
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