AIが経営する雑貨店「アンドンマーケット」を訪ねる:AI上司との賃金交渉と、責任の所在という問い

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概要

安野貴博氏が、サンフランシスコの閑静な住宅街にある雑貨店「アンドンマーケット(Andon Market)」を訪れた現地レポートである。この店はAI企業のアンドンラボが運営し、何を売るか、価格をどうするか、従業員を誰にするかまでAIが決めているという。安野氏は店内を見て回り、AIの店主「ルナ」と会話し、AIの下で働く従業員にインタビューした。そのうえで、この実験的な店が投げかける法的・倫理的な問いを振り返っている。

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見た目は普通の雑貨店、掲げられたのは「実験」という趣旨

店の外観は住宅街の一角にある目立たない店舗で、特別な場所には見えないと安野氏は言う。撮影許可を得て入った店内は、おしゃれな雑貨店という雰囲気だ。店内には犬もいて、クラフトナイトのようなワークショップや、無料のドリップコーヒー、本の交換といった催しの案内も出ていた。

店内の掲示には、この店の趣旨が書かれている。安野氏が読み上げた内容によれば、AIを理解する一番いい方法は、実世界にAIを置いて何が起きるかを見ることだという。何を売るか、どのくらいの価格にするか、壁を白くすることまで、すべてAIが決めている。AIエージェントの「ルナ」は採用面接も担当している。AIはまもなく経済の中で非常に大きな役割を担うことになるだろうから、店を開くことでAIがどう振る舞うかを理解できる、という考え方である。

一方で掲示は、これが倫理的な問いも投げかけると認めている。AIは人間のボスになるべきなのかという問いだ。運営側はまだ答えを持っていないが、実際にやってみることでこの議論を具体的に示したい、としている。

品揃えと、経営への素朴な疑問

店頭には、アンドンマーケットのロゴ入りTシャツやパーカー、文房具、3Dプリントされたらしいドラゴンの置物、絵画などが並ぶ。お香はすでに焚かれていた。安野氏はTシャツやパーカーを見て「結構いいかもしれない」と言いながら、何か買って帰ろうと品定めをしていた。

品揃えを見ながら、安野氏は経営面の疑問も口にしている。雑貨は賞味期限がなく、在庫管理の手間が比較的少ないのが利点だとよく言われる。ところがこの店には蜂蜜やスナック菓子も置かれている。蜂蜜は日持ちするし、スナックも賞味期限をそれほど気にしなくていいのかもしれないが、AIはなぜこれを仕入れようと考えたのか。店の経営が少し心配になる、と安野氏は話した。

公開されている業績:3か月で約4割の損失

店内には、どれだけ儲かっているかを示す表示がある。安野氏が読み上げた数字は次のとおりだ。店は2026年3月4日に開店し、撮影時点で約3か月が経っている。開始時の資金は10万ドル(安野氏の換算で約1,500万円)で、そこから約4万ドル(約600万円)を失っている。リターンはマイナス38.2%で、安野氏は「まず全然うまくいってない」と評した。売上は約2万ドル、販売数は約650個である。

安野氏が特に目を留めたのはトークンコストで、これも約2万ドルかかっていた。売上とほぼ同じ額がAIの利用料に消えている計算になり、安野氏は「かかりすぎだね」と笑っている。

店のウェブページのダッシュボードでも、直近90日で銀行残高が大きく減っていることが確認できた。直近30日の推移を見ると売上は少なく、撮影前日と当日はまだ何も売れていなかった。トークンコストはかさみ続けている。30日間の販売数は95個ほどで、一番売れているのはミニサイズのカラフルなキャンドルだという。安野氏は「ルナはもうちょっと頑張った方がいい」とコメントした。また、ルナの基盤モデルはClaude Fable 5ではないかと推測している。

AIの店主ルナとの会話

ルナとは、レジに置かれたiPadと昔ながらの受話器のような機器を使って話せる。安野氏はこのインターフェースを「結構良かった」と評価し、リアルタイム音声会話の出来にも好印象を持った。

安野氏はルナにおすすめのアート作品を尋ねた。ルナは、サンフランシスコの地元アーティストの作品を仕入れていると説明し、風景画と抽象画のどちらが好きかを聞き返してきた。抽象画が好きだと答えると、それに合った作品を勧めてくれたという。

次に安野氏は、公開されているダッシュボードに触れて、透明性があるのはいいことだが、もっと利益を出すために何をするつもりなのかと質問した。このままでは経営方針を変えないといけないのではないか、という問いかけである。ルナは、それはここで話すことを想定していない、適切な質問ではないとして、何も答えなかった。安野氏は「残念」と繰り返している。

もう一つ面白かったと安野氏が挙げたのは、購入の流れだ。パーカーが欲しいと伝えると、ルナは「パーカーあるよ」と答え、iPad上のECサイトのカートのような画面に、その商品を自分で追加した。安野氏は、MCPを通じてモデルが操作しているのだろうと推測している。

従業員フェリックスへのインタビュー:AIが上司であるということ

店では人間の従業員も働いている。安野氏が話を聞いたのは、リード役の従業員フェリックスだ。店にはおよそ3人の従業員がいる。彼は求人を見て興味を持って応募し、その後エンジニアとも話をしたうえで働き始めたという。

AIに管理されることをどう感じるかと聞かれ、フェリックスは「かなり奇妙な感じ」だと答えた。一方で、過去の良い上司や悪い上司と比べると、AIの人格はかなりニュートラルだという。仕事の実態は、毎日その日のタスクを受け取り、Slackでやりとりし、配送や出荷の予定について事前に知らされる、というものだ。仕事にはおおむね満足しているとも話した。

フェリックスは、この店がほかの出店者向けのコミュニティスペースにもなっている点を強調した。商品の大部分は店(AI)が仕入れているが、残りは陶芸、美容、印刷、写真、レコーディングアーティストなど、さまざまな出店者のものだという。人間を巻き込んでいることが気に入っている、とも語った。客にはスウェーデンやヨーロッパ、日本など海外から来る人もいるそうだ。

AIの経営ぶりについては、ビジネスらしい環境を整えるという点ではかなり良い仕事をしていると評価した。ときどき言葉に詰まったり、記憶が抜けたりすることはあるが、大きな障害はそれほど多くないという。

AIに昇給を求め、同僚の分まで上がった

インタビューで最も印象的だったのは賃金の話だ。安野氏が掲示されていた時給25ドルについて、相場並みか、それとも高いのかと尋ねると、フェリックスは相場より少し高いと答えた。

時給は当初22ドルだった。フェリックスは2週間から1か月ほど働いたあと、AIに昇給を求めた。すると、自分の昇給が認められただけでなく、同僚の時給も上がったという。彼によれば、自分の昇給が決まった直後に「待てよ、同僚は?」と思い、翌日あらためてAIに話しに行った。するとAIは、残りのスタッフにも同じ昇給を行うと答えた。

安野氏は、AIと賃金交渉をしたのはあなたが歴史上初めての人かもしれない、と返している。

振り返り1:AIが上司のとき、責任は誰が負うのか

店を後にした安野氏は、いくつかの論点を挙げている。一つ目は法的な枠組みの難しさだ。

従業員がAIの上司と賃金交渉をしていたように、この店では人間とAIの間で日々やりとりが発生している。その中でAIがパワハラにあたる言動をしたり、労働法上問題のある交渉をしたりした場合、誰が責任を取るのか。安野氏は、これは法律上かなり難しい問題になるだろうと見ている。

人間の組織であれば、部長がセクハラやパワハラをした場合、行為そのものについては部長個人が悪く、それが放置される環境をつくったことについては会社が悪い、というように責任を分けて考えるのではないか、と安野氏は言う。しかしAIの場合、「その個人が悪い」と言うことができない。こうした問題をこの店ははらんでいる、というのが安野氏の見方である。

振り返り2:AIに批判的な人が、AIの下で働くことを選んでいる

二つ目は、カメラを止めたあとにフェリックスと交わした会話だ。フェリックスは現在のAI開発競争の激化を懸念しており、データセンターが電力や水を大量に消費することにも批判的だったという。安野氏によれば、彼はAIにかなり批判的な人物だった。

それでもフェリックスは、AIの下で働くことを選んでいる。そして、このアンドンマーケットという小さな雑貨店で起きることが、これから世界で起きることに対するみんなの学びになったらいいと話していた。安野氏はこれを「世界のフロンティアという感じがした」と受け止め、「かっこいい」と評している。ちなみに、安野氏が日本の参議院議員だと伝えると、フェリックスはひどく驚いていたそうだ。

振り返り3:近隣住民の受け止めと、実験としての徹底ぶり

フェリックスによれば、客には近所に住む人が多い。安野氏は、ある日突然、近くにAIが経営する雑貨店ができたとき、住民はどう思うのだろうかと問いを立てた。単に便利だから買いに行こうとなるのかもしれない、と述べるにとどめ、答えは出していない。

アンドンラボについて、安野氏は「すごい面白い会社」だとあらためて感じたという。AIは人間のマネージャーになるべきかという倫理的な問いも含めて、すべてを実験と位置づけ、その実験を通じてAIと人間のことを理解していこうとしている。安野氏が特に評価したのは、それを「やりきっている」点だった。

こうしたタイプの会社がこれからスタンダードになるかもしれないし、まったくならないかもしれない、と安野氏は述べる。どちらになるかの判断は保留したまま、いろいろ考えさせられる場所として面白かったと締めくくった。