天野喜孝が語る「絵描き」の仕事 大きな絵、旅で得る発想、シルエットとしてのキャラクター

YouTubeで開く ↗
概要

経済学者の成田悠輔が、東京都心にある天野喜孝のアトリエを訪ねた回である。天野は15歳でアニメーション制作会社タツノコプロに入り、「タイムボカン」シリーズ、「ヤッターマン」、「昆虫物語みなしごハッチ」などのキャラクターデザインを手がけた。独立後は「ファイナルファンタジー」シリーズのロゴやイメージイラストを担当している。成田が「どんなカテゴリーでお呼びすればよいか」と尋ねると、天野は「絵描きですね」と答えた。対談は、制作中の作品、絵の大きさ、海外での受け止められ方、旅から生まれる発想、キャラクターの条件へと進んでいく。

13分で読めます

ジャンルは結果として横断しているだけ

成田は、天野がさまざまなタイプの絵を横断していると指摘した。天野自身は「結果的にそう」だという。本人は机や紙に絵を描いているだけで、それが別々の場所へ持っていかれる、という感覚で仕事をしている。

アトリエで制作中だったのは、翌年1月にニューヨークで開く展覧会用の作品である。天野にとってもあまり経験のない板を使った挑戦だという。当初は専門の職人に金箔を貼ってもらい、その上に描くつもりだった。ところが箔を貼る前の板の光沢がきれいだったので、そのまま描くことにした。画面は黒と金で構成されている。

描き方については、1枚ごとに全体像を決めるのではなく、まずテーマを決めて、それに沿って多くの絵を描くという。1枚ずつは独立しているが、全体としてはつながっている。例として挙げたのがギリシャ神話で、テーマを決めれば神々などのキャラクターが次々に出てくる。

天野がギリシャ神話に向かったきっかけは、ゲームのために描いたキャラクターが、本人の知らないうちにギリシャ神話の登場人物に似ていたことが何度もあったからだという。それなら大元を描いてみようと考え、現在そのシリーズを描いている。ただし、既存の素材や原イメージをもとに描くことが多いわけではないとも話している。ギリシャ神話はすでに多くの芸術家が彫刻や絵画にしてきた題材であり、天野がそこに取り組み始めたのは最近のことだという。

色は「絵によって決まっている」

成田は、天野が黒と金のような落ち着いた色で描くこともあれば、非常にカラフルに描くこともある点に触れ、色とファンタジー性の関係を尋ねた。天野は「あまり考えたことはない」と答えたうえで、色は絵ごとに決まっているような気がすると説明した。いつもあまり決めずに描き始め、結果として決まっていく。そのせいか、新しいつもりで描いたものが10年前に描いたものと同じだった、ということもあり、自分の中で繰り返しが起きているという。

空や木、人間の肌、髪、目の色はだいたい決まっている。服はもっと自由だが、その人物がどんな柄や形、色の服を着ているかは、キャラクターによっておのずとある。天野は色を「面」として捉えており、線と線のあいだの面に色をつけている、という言い方をした。成田が、黒地に金の絵を描く天野自身も黒い服に金のネックレスをしていると指摘すると、天野は「たまたま」だと笑った。

15メートルの絵と、天井画への関心

作品は、このアトリエ、その上の階、さらにもう一か所の3か所で制作している。規模の大きい作品は別の場所でしか描けない。いま描いている最大のものは15メートルほどで、もとはここで描いていたが狭すぎたため、別の場所を借りた。以前は紙に描いていたが、だんだんエスカレートして大きなものを描くようになったという。

大きな絵は場所も画材も必要でコストがかかる。それでも描く理由を問われ、天野は世界観を表現するには大きい絵のほうがよいのではないかと答えた。大きさの基準は人間の体であり、自分の体より大きな絵の前に立つと、その中に入っていける。空間があればさまざまな要素を埋め込めるが、小さい作品にはそれほど入らない。その違いがいちばん大きいという。

成田は、映画館のスクリーンやドームのような空間に比べ、絵画でそこまで大きなものは基本的にないと指摘し、最大の絵画体験とはどんなものかと尋ねた。天野は最近ヴェネツィアへ行き、自分の知る限り最大だと思う天井画を見てきたという。その前にはミケランジェロの作品も見ていた。実物を見て、これ以上のものも描いてみたいと思ったそうだ。ただ、描く場所は自分ではどうにもならないので、誰かが提供してくれればいいと話している。

ここから2人は、見上げる経験について話した。成田は、教会ではステンドグラスが高い位置にあり、視線を上に向けさせる仕組みが建物に埋め込まれていると述べた。美術館でも、正面の壁ではなく天井に向けて展示する方法があり得るのではないかと提案した。天野は、天井画は西洋にも、京都や奈良の龍の天井画のように東洋にもあり、どちらも天や神々の世界を感じさせるものではないかと応じた。上を向かせることには崇高さを錯覚させる効果がありそうだとし、下は逆に怖い感じがすると付け加えた。成田が床を使う可能性に触れると、天野は床は踏まれるので石のような頑丈なものでなければならず、さすがに金箔は置けないと答えた。

海外の反応は「意外とみんな同じ」

最近は海外での展示が多く、ミラノでも展覧会を開いたばかりだという。国ごとの反応の違いを聞かれた天野は、「意外とみんな同じ」だと答えた。反応を分けるのは国ではなく世代である。20代から40代はゲームで、その親世代はアニメで天野の絵を知っている。日本だけのことかと思っていたが、海外で実際に展示してみると本当に同じ反応だった。天野はそこに、自分個人というより、今の時代がグローバルなシステムになっていることを感じるという。

とくに面白かったのはイタリアの例である。天野が聞いた話では、イタリアには1978年頃に日本のアニメがまとまって入り、永井豪の「グレンダイザー」やタツノコプロの「キャシャーン」「ガッチャマン」「ハクション大魔王」などが放送された。当時子どもや若者だった人たちが今は大人になり、天野のタツノコ時代の仕事を知っている。一方、その子ども世代は「ファイナルファンタジー」を知っている。天野は、自分がタツノコで働いていた頃はそれどころではなかったと振り返った。

なぜ日本のサブカルチャーが世界に広がったのか

成田は、極東の小さな国の、子ども向けの極端なサブカルチャーが世界中に浸透したことを「奇跡的」だと述べ、その理由を尋ねた。成田の見立てでは、コンピューターゲームの源流はアメリカだが、ゲームを通じた物語やキャラクターの震源地は日本かもしれない。

天野はわからないと断りつつ、地理的な見方を示した。日本はアジアの端にあり、シルクロードを通ってきた文化が最後にたまる場所である。ほかの国では文化が覆されることもあったが、日本には奈良のように今も残っている。そしてゲームはアメリカから太平洋を越えてやってきたので、日本はその最も近い入口だったのかもしれない、という。成田は、ヨーロッパには大人の長い伝統や権威の壁があるのに対し、日本には子どもの文化を受け入れやすい土壌があったのかもしれないと付け加えた。

天野はこれにも「あまり考えたことはなかった」と応じ、自分の関心の話をした。本人が興味を持ったのはアニメやゲームであり、日本の伝統的なものは当たり前すぎて興味が湧かなかった。お祭りや正月は身近で不思議ではない。逆に西洋の文化には神話的な雰囲気を感じ、それを絵にしたら面白いのではないかと考えた。ファンタジーといえば海外のものにインスパイアされる、というのが天野の実感である。

現地に行き、帰ってすぐ描いたスケッチは「濃い」

ここ2〜3年、天野は実際に現地へ行って体験することを重視している。昨年はギリシャ、今年はイタリアとシチリアを訪れた。本などで得る情報は結局は誰かの情報であり、自分で行ったわけではない。ものを作ろうとすると、その場所に行かないと出てこない発想があるという。

面白いのは、旅の最中にはそれがわからないことだ。帰国してから、頭のどこかに残っていたものが絵に出てくる。帰ってから1〜2か月のあいだに描いたラフや落書きのようなスケッチは、見返すと「濃い」。それが時間とともにだんだん薄まっていくのだという。

具体例として天野が挙げたのが、シチリアで見たメドゥーサである。ギリシャ神話では怖い題材だが、シチリアでは守り神になっていて驚いたという。シチリアはかつてギリシャの一部で、ゼウスの神殿の遺跡なども残っている。そこにいたメドゥーサには羽がついていた。天野は、ペルセウスがメドゥーサの首を切ったときに生まれたペガサスと関係があるのかと考えたが、調べていないのでわからないと話している。現地ではワッペンやバッジ、Tシャツなどの土産物にもメドゥーサが描かれていた。こうした行かなければわからなかった発見が、絵に出てくるのだという。成田は、シチリアはいくつもの異なる文化が重なり合う場所であり、ギリシャ由来のキャラクターの意味や形が別のものに変わっているのではないかと応じた。

倉庫に眠る原画 『グイン・サーガ』と『D』

続いてカメラは、空気清浄機と温度調整を備えた作品倉庫に入った。大量の作品が収められている。

栗本薫の『グイン・サーガ』については、天野が表紙を引き継いだときに最初に描いた絵が残されていた。前任は加藤直之で、天野によれば黒目の大きさなどにこだわったイメージがあったという。キャラクターのナリスを描いた表紙もあり、背後の三日月のような曲線について尋ねられると、天野はデザインとして三日月のイメージにしたのだろう、満月ではないと思ったと答えた。天野によると、本文中の挿絵は場面を描いて説明しなければならないためモノクロで描いていたが、表紙は比較的自由だった。目立つように、小説のテーマを自分なりに絵にするものだったという。ほかにも『バンパイアハンターD』の表紙原画が並んでいた。

成田は、紙の原画をガラスもプラスチックも通さずに見る機会は、普通の観客にはほとんどないと述べ、透明な素材が光を反射することで失われる質感は大きいと感じたという。管理については、図書館の検索システムのようなものを一応作ってはいるが、出し入れが多いと天野は話した。天野自身も、見返さないと覚えていない絵があるそうだ。

成田は、天野のキャラクターは目つきが強く、不気味さがあると評した。天野によると、海外の人には日本的に見えるらしい。成田は、細い目と小さな黒目がそう感じさせるのかもしれないと推測している。

ニューヨークで描いた32メートルの絵

倉庫には巻かれた巨大な作品もあった。16メートルの作品が2枚、合計32メートルのキャンバスで、来年か再来年にアメリカで発表する予定だという。

この作品は実際にニューヨークへ行って描いた。天野は、そうでなければ意味がないと考えたという。発想はニューヨークで生まれたもので、日本ではたぶん描けなかったし、今行っても描けないだろうと話す。絵には夜空に果物がたくさん飛んでいる。デリの店先に並ぶ果物や野菜が印象に残ったからだ。最初は驚きがあったから題材になったが、今はもう驚かないので題材にならない。最初に見たときの「これは何だ」という感覚が作品に出る、と天野は説明した。シチリアのメドゥーサからニューヨークのデリの野菜まで、旅先での驚きが絵になっているという話である。

人の心をつかむキャラクターの条件は「シルエット」

成田は、人間は古くからキャラクターやアイコン的なものを作り出し、想像上の存在を恐れたり、制圧したりしてきたと述べた。キャラクターは存在しないものとコミュニケーションするためのメディアであり、それは現代のゲームや漫画まで一貫しているのではないかという。そのうえで、人の感情をかき立て、やりとりしたいと思わせるキャラクターの条件は何かと尋ねた。

天野は、自分はキャラクターを「演じさせる」側の仕事をしてきたと前置きしたうえで、形として考えるならシルエットだと答えた。キリンは首が長く、ライオンにはたてがみがある。小さくしても見分けがつくかどうかが大事で、ゲームのキャラクターも、ぎゅっとシルエットにしたときにどう見えるかが、ほかとの見分けにつながる。それが魅力かどうかはわからない、とも付け加えている。成田が、シルエットの形は性格も表しているのではないかと尋ねると、天野は考えたことはないが、たぶんあると思うと答えた。

意識して描いていたのかと問われると、天野は、あまり意識していなかったが、結果として考えると関係があると話した。初期の「ファイナルファンタジー」のキャラクターはドット表示だったので、どんなにリアルに描いても、ドットに落としたときにわからなければならなかった。今はリアルな表現なのでそうした制約はないだろう、という。

成田はこれを受けて、初期のアップルのMacでアイコンをデザインした女性デザイナーの例を挙げた。リンゴのマーク、ゴミ箱、回転する7色のアイコンなどを、グラフィカルなコンピューターがまだない時代に方眼紙の上でピクセルだけでデザインしていたと聞いたといい、それはシルエットそのもののデザインだと述べた。さらにミッキーマウスや、最近展示を見たというハローキティにも触れ、子どもでも描ける単純なシルエットで成り立ち、3本のひげのような要素が重要な役割を果たしている点に、シルエットの力を感じたと話した。

キャラクターから世界が広がる

成田は、天野のキャラクターには単純でシルエットとして理解しやすいものと、機械と一体化したような複雑なものが同居していると指摘した。天野は、それは要求される目的に沿った結果であり、リアルなものはリアルに、メルヘン的なものはシンプルになると答えた。

天野は自分の出発点をキャラクター作りにあると考えている。仕事では先に世界観があってキャラクターを作ることが多い。しかし自分でキャラクターを作るときは、そこから「相手は誰にしよう」「友達はどうしよう」「敵はどうしよう」と考え、ひとつのキャラクターから物語が膨らんでいく。あまり広がりすぎると、自分はストーリーテラーではないので、ライターに世界を作ってもらう。小さなものから広がっていく過程が、オリジナル作品では楽しいのだという。

オリジナル作品の比重を増やしてきた理由も、そこにある。依頼される仕事は、これまでの経験から「この人に描かせればいいだろう」というものが多い。それだけでは当たり前の繰り返しになってしまうので、自分で何かやりたいなら自分で作るしかない、と天野は話した。膨大な量を描いていることについて体力や健康を問われると、重要だと認めたうえで、おかげさまで腱鞘炎も腰痛もあまりないと答えている。

絵を描くことは「野菜を作ること」

最後に成田は、「ファイナルファンタジー」の画面の解像度がシリーズ初期から最新作までまったく別世界になったことに触れ、天野のキャラクター描写も変わってきたのかと尋ねた。天野の答えは「全く変わっていない」だった。頭の中にはリアルな世界や空間があり、それを絵にしているだけで、コンピューターになろうが3Dになろうが、描いた時点で絵は解決している。そのあとどう加工されるかは、時代や人によって変わっていく。

天野はこれを野菜作りにたとえた。自分は野菜を作るまでが仕事で、それがどう料理されるかは別の話だという。自分自身は、絵を描くことそのものが目的だと語り、対談は終わった。