侵略と内紛の2000年からイギリスを読み解く 中田敦彦の「エクストリーム世界史」イギリス史編
中田敦彦のYouTube大学 - NAKATA UNIVERSITY中田敦彦は、自身の講義シリーズ「エクストリーム世界史」でイギリス史を取り上げた。参考文献は『一冊でわかるイギリス史』(小林照夫、河出書房新社)である。前回扱ったアメリカ史と同じシリーズで厚さも同じくらいだったため、同じ調子で臨んだが「地獄でした」と中田は振り返る。アメリカが約250年の歴史なのに対し、イギリスには2000年以上の歴史がある。民族が入れ替わり、国内の地域どうしが支配し支配され、ようやく落ち着いたかと思えば王家の中で争いが始まる。その連続だったからだという。
そのため今回は「何世」という王の名前をほとんど出さない方針をとった。産業革命以降のイギリスは近現代史でよく知られているが、それ以前にどう成り立ち、国の歴史にどんな個性があるのかを大づかみに伝える。これが講義の狙いである。
「イギリス」ではなく「ユナイテッド・キングダム」
中田はまず現在の領土を確認する。「イギリス」と呼ぶのはほぼ日本人だけで、ある時期の呼び方の名残りにすぎないと中田は言う。正式名称は「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」、つまりユナイテッド・キングダム(UK)である。中田は「イギリスと呼んでいる限り、イギリスのことは正式には理解できない」と述べる。
構成するのはイングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドだ。アイルランドは何度もイギリスに統治されたが、ある時に独立し、北の部分だけが現在もイギリスに残っている。日本人はサッカーのイングランドとウイスキーのスコットランドだけを覚えがちだが、ウェールズと北アイルランドも忘れないでほしいと中田は念を押す。
ローマの属州ブリタニアとロンディニウム
この島には、もともとケルト人などさまざまな民族が住んでいた。そこへ古代ローマがやってくる。中田によれば、南ヨーロッパが古代ギリシャの影響を強く受けたように、ギリシャの時代が終わるとローマがヨーロッパのすべてをつくる時代になった。
最初に攻めてきたのはカエサルである。その頃はこの地域が島なのかどうかもはっきりせず、ブリトン人が住んでいることから「ブリタニア」と呼ばれていたという。カエサルは国内の事情で引き揚げるが、のちに皇帝クラウディウスが南半分ほどを攻め取り、イングランドあたりまでを属州ブリタニアとして押さえた。この時期にローマの主要都市として整備されたのがロンディニウムで、意味は「沼地の砦」だという。これがのちのロンドンになる。中田は、この頃からロンドンの場所は良い土地と見なされていたと話す。
ドーバー海峡30キロ 侵略され続ける島
その後、ローマ帝国は東西に分かれて弱体化し、ゲルマン民族の大移動が起きる。西ローマの力が弱まるとローマはブリタニアから手を引き、入れ替わりに海を越えてゲルマン系の人々が渡ってきた。
中田はここを、日本と比べるうえでのポイントとして強調する。イギリスと日本はユーラシア大陸の両端にある島国で、どちらにも王室・皇室がある。共通点は多いが、大陸との距離が大きく違う。中田によれば、日本と大陸の間は海で50キロほどあるのに対し、ドーバー海峡は30キロしかない。ドーバー海峡を泳いで渡る企画はたびたびあるが、釜山まで泳ぐ企画はあまり聞かない。日本が海の向こうからの侵略を本気で意識したのは元寇くらいだったが、イギリスには何度も侵略者がやってきた、と中田は対比する。
アングロサクソン七王国と「イングランド」という名前
渡ってきたゲルマン系の人々がアングロ人やサクソン人、いわゆるアングロサクソン人で、イングランドのあたりに七つの王国を築いた。もとからいたブリトン人はウェールズへ追いやられ、両者の間でまったく違う文化が育った。ウェールズの人々には古くから追いやられてきた恨みがあり、その後もイングランドが中心で、スコットランドはライバルとして反発し続け、ウェールズは押しやられ続ける。これが以後の基本的な構図だと中田は整理する。
中田はこの構図を国旗でも説明する。ユニオンジャックは、白地に赤十字のイングランド、青地に白の斜め十字のスコットランド、白地に赤の斜め十字のアイルランドを重ねたものだ。そこにウェールズの要素はない。中田によれば、ウェールズはかなり早くからイングランドに支配されていて、「合体」という扱いにすらならなかったからだという。
「イングランド」という名前の由来も、この時代にさかのぼる。語源は「アングロランド」、つまり一つの民族の名前である。そのためアングロ人ではないスコットランドやウェールズの人々にとって、アングロランドからイングランド、イングリッシュ、そして「イギリス」とひとまとめに呼ばれるのは勘弁してほしい。そういう国民感情がここで生まれたと中田は説明する。イギリスは一つの国ではなく、その名前自体に争いの歴史が含まれている。これを理解しているかどうかが、イギリスの微妙な関係性をつかむうえで非常に大事だという。
ゴディバ夫人とアーサー王物語
七王国どうしの攻防は激しく、一つの王国が優位に立つとすぐ状況が変わった。中田はこの時代の話として、チョコレートメーカーの名前にもなったゴディバ夫人の逸話を紹介する。
ゴディバ夫人は七王国のある領主の妻だった。領主が民に重い税を課していたので、夫人は民を代弁して税を下げるよう夫に求めた。すると領主は、本気で民のことを思っているなら裸で馬に乗って町を一周してこい、そうすれば聞いてやる、と言い放つ。夫人はそれを実行した。羞恥心を捨てて領民を守った英雄的な女性として、その姿がゴディバの社名とロゴ(馬に乗った女性)になっている、と中田は語る。町の人々は夫人の裸を見てはいけないと皆目を伏せたが、トムという男だけが覗き見た。これが「ピーピング・トム」という言葉の由来になった話だという。
一方、ウェールズに追いやられたブリトン人にも物語が残っている。中田によれば、彼らが劣等感を晴らしたくて生んだのがアーサー王と円卓の騎士、ランスロットらの物語だという。
ヴァイキング襲来と「北欧の一部」だった時代
七王国がやがて一つにまとまり、統一が見えた頃にヴァイキングが襲ってくる。中田は、ヴァイキングは専業の海賊ではなかったと補足する。北欧では農民や漁師として暮らしていた人々が、船で侵略や略奪に出るときにそう呼ばれた。デンマーク、ノルウェー、スウェーデンなどから次々に押し寄せ、この時代はとにかく来ては追い払うことの繰り返しだったという。
ところがある時イングランドは敗れ、非常に強い北欧の王のもとで、ノルウェーやデンマークと同じ支配圏(北海帝国)に組み込まれてしまう。「一回北欧になるんですよ、イギリス」と中田は驚きを込めて話す。北欧とイギリスは無関係に見えるが、それは違うのだと。しかし北欧側でも後継者争いが激しく、支配は長く続かなかった。スタンフォード・ブリッジの戦いでようやく北欧勢力を退け、以後北欧が攻めてくることはなくなった。
マクベスとシェイクスピアの政治感覚
同じ頃、スコットランドでも王位継承をめぐる争いが続いていた。その中で現れたのがマクベスである。のちにエリザベス1世の時代にシェイクスピアが戯曲『マクベス』を書くが、その題材はイングランドが北海帝国に組み込まれていた時期のスコットランドの王位争いだったと中田は説明する。
戯曲のマクベスは王になってすぐ王子に討たれる。しかし中田によれば、実際には20年近く名君として統治していたらしく、戻ってきた王子に倒されたという史実をもとにシェイクスピアが脚色した。
中田は、シェイクスピアが受けた理由をこう読む。台詞回しや筋の面白さに加え、イギリスの人々にとって王位継承の争いが身近でリアルなゴシップだった。しかもイングランドにいるシェイクスピアがスコットランドの揉め事を描けば、イングランド国内の対立には触れずに済む。最後はイングランド王に攻められて終わるので、観客にとって受け入れやすい。時の権力者が喜ぶ枠組みの中で面白いものを作った政治的配慮の巧みさこそ、天才と呼ばれるゆえんだと中田は評する。
ノルマン・コンクエストと封建制の持ち込み
北欧から国を取り戻した直後に、今度はフランスから侵略される。これがノルマン・コンクエストである。中田は、第二次世界大戦のノルマンディー上陸作戦で知られるフランス北部のノルマンディーから攻めてきた、つまり逆方向の「上陸作戦」だったと説明する。イングランドは完全に征服され、ノルマンディーの王がイングランドの王を兼ねる時代が始まった。
中田によれば、これで文化の流れが変わった。北欧の一国のようだった状態から北欧との交流が断たれ、以後はヨーロッパの一国という雰囲気になる。この出来事がなければ「ヨーロッパと北欧とイギリス」という別の文化圏になっていたかもしれない、と中田は推測する。
ノルマン人は大陸の仕組みも持ち込んだ。税をうまく取るために土地台帳を作り、土地を与える代わりに税を納めさせる。日本の御恩と奉公にも似た封建制の基礎が、ここでイギリスに入ってきたと中田は説明する。ローマに支配され、七王国ができ、北欧に組み込まれ、フランスに征服されて封建制が始まる。この流れは中田にとって「非常に意外」で、「ここからイギリスっぽい」のだという。
百年戦争・薔薇戦争・ペスト、そして絶対王政へ
フランス王とイングランド王を兼ねるような入り組んだ状態から起きたのが百年戦争である。英仏戦争と呼ばれることもあるが、中田によれば、国家と国家ががっちり戦ったというより、有力な貴族や領主どうしの争いだったらしい。その後に起きた薔薇戦争は、白薔薇の貴族と赤薔薇の貴族の血みどろの争いだった。この争いで封建領主が弱体化し、のちの絶対王政につながる。
侵略に耐え、封建制が始まり、泥沼の争いを経て絶対王政が来る。中田はこれを、この講義で「エクストリームに」押さえてほしい流れだとまとめる。
この頃はペストも大流行し、国民の半分ほどが亡くなるような事態だったと中田は話す。そしてニュートンもこの時期の人物として登場させる。ペストが流行する都市部から逃れて研究し、リンゴが落ちるのを見て発見をした、という話だ。中田は「ゴディバここ、マクベスここ、ニュートンここなんだ」と、知っている人物を年表に置いていく面白さを語る。
ヘンリー8世の離婚と英国国教会
絶対王政の時代に、イギリスならではの出来事が起きる。キリスト教はローマ帝国の影響で早くから伝わっていた。ローマは一度キリスト教を弾圧したが、防ぎきれずに国教化した。その後ローマ教皇が布教し、イギリスでもカトリックが急速に広がった。
ヨーロッパではやがて宗教改革が起きる。中田は二つの流れを説明する。一つはルターで、カトリックが免罪符を売って金儲けしていることに抗議し、そんなものは買わなくていいと唱えた。これがプロテスタントである。もう一つはカルヴァンの予定説で、誰が天国に行くかはすでに決まっているから教会にへつらう必要はない、真面目に働いてお金を稼げ、と説いた。
しかしイギリスのカトリック離脱は、ルターやカルヴァンとはまったく違う経緯で起きたと中田は強調する。現在のイギリスの主要なキリスト教である英国国教会をつくったのは、離婚したかったヘンリー8世だった。
中田によれば、背景には王位継承の問題があった。王妃との間に男子が生まれず、焦ったヘンリー8世は王妃の侍女と子をもうけようとした。カトリックでは離婚できないが、当時の貴族は「そもそも結婚が成立していなかった」とローマ教皇に認めてもらい、婚姻を無効にする手をよく使っていたという。結婚から10年以上経っていても、この方法なら離婚の禁止に違反しない。しかもヘンリー8世は、ルターが宗教改革を始めた際にルターを批判し、教皇から感謝されていた。だから自分の件は裏ルートで無効にしてもらえると考えていたらしい。
ところが当時、教皇は神聖ローマ帝国の捕虜のような立場にあり(経緯は分からないと中田は断っている)、その神聖ローマ帝国の皇帝はヘンリー8世の王妃の甥だった。叔母が王妃の座を失うことを甥が認めるはずがない。教皇は自分の身が危ないとして、婚姻の無効を拒んだ。そこでヘンリー8世が新たにつくったのが英国国教会である。
カトリックでは教皇が頂点にいるが、英国国教会では王が頂点に立つ。中田はこれを「発明」と呼ぶ。ルターやカルヴァンと同じ時期に分かれたので思想が違うのかと思いがちだが、実態は「王が主導しているカトリックのようなもの」で、流れとしてはカトリックだという。
ちなみに中田は、この王妃と甥の関係程度で複雑だと言っていたらイギリスは語れないとこぼす。同じ名前の人物が何人も出てくる系図に「目が白くなった」、「マチルダがマチルダにNOを突きつけた」という記述に「ふざけんな」と言った、と勉強中の苦労を明かしている。
三つ巴の宗教対立とブラッディ・メアリー
英国国教会は、カトリックの残党とも、プロテスタントのカルヴァン派(ピューリタン)とも対立することになった。前回のアメリカ史で扱ったように、このピューリタンが逃れてアメリカをつくる。
その後の宗教をめぐる揉め方は「えぐい」と中田は言う。カトリックの女王が即位すればカトリックに、プロテスタントの王が即位すればプロテスタントに変わり、血筋の争いと重なって殺し合いが繰り返された。ヘンリー8世の後に即位したカトリックのメアリーは、プロテスタントを次々に処刑したため「ブラッディ・メアリー」と呼ばれた。
エリザベス1世の黄金時代
メアリーの後に即位したのがエリザベス1世である。それまで王や女王はころころ代わっていたが、エリザベスの治世は長く、黄金時代と呼ばれる。この頃からイギリスはヨーロッパで存在感を増していく。スペインの無敵艦隊を破り、東インド会社をつくって大航海に乗り出したのもこの時代だ。
平和が続くと文化が栄える。中田は江戸の元禄文化や浮世絵、落語、歌舞伎を例に挙げ、戦争ばかりしていたら芝居など見ていられない、文化が花開くのは余裕がある時だと言う。イギリス・ルネサンスと呼ばれるこの時代に現れたのがシェイクスピアだった。
議会政治と産業革命、二度の「大ブレイク」
絶対王政の絶頂と大航海時代を経て、イギリスはいち早く議会政治に移っていく。中田はここを手短に扱う。英国国教会による弾圧への反発であるピューリタン革命や、血が流れなかったことから名づけられた名誉革命など、王に対する議会の革命を経て議会政治が生まれた。
続く産業革命について、中田は「大英帝国」の時代はそれほど長くなかったと指摘する。産業革命は技術の躍進なので、ドイツやフランスもやがてその技術を取り入れて伸び、最初のリードは追いつかれていく。中田はこれをIT革命で中国が追いついてきたことや、スマートフォンを「うちでも作れる」と各国が言い出す状況になぞらえ、技術が流出して100年もリードし続けることはできないと述べる。
それでもイギリスは二度大きく飛躍した、と中田は整理する。エリザベスの頃から海洋王国となってスペインを超え、インドなど広大な領土を持った。アメリカを失った時に衰えたと思われがちだが、その後にオーストラリアやニュージーランドを手に入れ、さらに産業革命で再び跳ね上がった。つまり産業革命は黄金時代の「後」の二度目のブレイクで、その時の女王がヴィクトリアだという。
日本人にとってエリザベスとヴィクトリアがきらびやかな印象を持つのは、二度の大ブレイクの時のトップだったからだ、と中田は見る。反対に王の名前はあまり記憶に残らない。獅子心王と呼ばれたリチャード1世も十字軍に出たがエルサレムを取り戻せずに終わるなど、王にはぱっとした人物が少なく、イギリスはなぜか女王の時代に花開くのだと中田は語る。
ヴィクトリアの時代には万博が開かれた。中田によれば、蒸気機関や製鉄、石炭の技術を見せつけ、イギリスが技術でナンバーワンだと示すためだったという。あまりに強かったので、他国と提携を組む必要もなかった。
ドイツの台頭と二つの世界大戦
その均衡が崩れ、世界大戦の足音が近づく。中田は、英仏露の三国協商は強そうに見えるが、この流れで見ればイギリス一強の時代が終わり、手を組まざるを得なくなっていた表れだと解釈する。新たなライバルはドイツだった。ドイツは産業革命の技術を取り入れて急成長し、独墺伊と英仏露が戦った第一次世界大戦のあたりで、イギリスの勢いははっきり折れたと中田は言う。第一次大戦の終わりには、アメリカが非常に強い立場になっていた。
戦後、イギリスはアメリカへの借金を返すためにドイツから賠償金を取り立てた。中田によれば、経済学者ケインズはドイツへの賠償金は大きすぎて危険だと批判していたが、アメリカから莫大な借金をしていたため受け入れられなかった。ドイツを追い詰めた結果としてナチスが現れ、パリを一気に奪う。この危機を抑えたのがチャーチルである。日本ではエリザベスやヴィクトリアほど知られていないが、イギリスでは大ピンチを救った人物としてチャーチルの人気は非常に高いという。
ただし中田は、終戦間際のチャーチル、ルーズベルト、スターリンの会談をめぐる話も紹介する。ソ連が北から日本に攻め込み北方領土を取ったが、そのことをスターリンはルーズベルトには伝えていたのに、チャーチルには知らせていなかったらしい。戦後はアメリカとソ連の二強で仕切るという認識がすでにできており、イギリスは辛くも勝ったものの、この時点でソ連に軽んじられていた、と中田は読む。
戦後の後退、ビートルズ、そしてブレグジット
戦後は冷戦の時代になり、基軸通貨はドルになってポンドはその座から外れた。植民地もインドをはじめ次々に独立していく。中田はその理由を二つ挙げる。一つは押さえ込むお金がなかったこと。もう一つは世論の支持がなかったことで、第二次大戦で領土拡大をはかるドイツや日本を激しく批判した以上、自分たちだけが領土を持ち続けるのは無理だった。イギリスの圧倒的なピークとピークアウトがここで来たのだという。
その中で中田が取り上げるのがビートルズである。大ヒットしたビートルズは国から栄誉ある賞を受けたが、中田によれば、それは外貨を稼いでくれたからだった。戦後の疲弊したイギリスにとってそれほど大きかったという話で、国力が一段落ちていたことを示す例として紹介されている。
その後、世界の中心だったはずのヨーロッパは、争いすぎた結果アメリカとソ連の時代を迎えてしまった。対抗するためにまとまろうとしてつくったのがEUだと中田は説明する。しかしイギリスは「栄誉ある孤立」的な志向と国内の揉め事を抱え、ヨーロッパと一つになりきれなかった。ずっと揉めてきたからこそ今も「一つではない」という思いがあり、その複雑な揉め事の連続が現在まで続いた結果がブレグジットだと中田は位置づける。この歴史を知れば、ブレグジットをめぐってイングランド、スコットランド、アイルランド、ウェールズの人々がそれぞれ違う思惑を持っていることが分かってくるという。
中田は「プリンス・オブ・ウェールズ」の呼び名にも触れる。皇太子を意味するこの称号は、ウェールズを完全に支配下に置いた記念に第一王子をそう呼ぶようにしたもので、ウェールズは子分だという意味合いも持つ仕組みだと説明する。今も各地域には「自分たちはイギリス人ではなく、ウェールズ人であり、イングランド人であり、スコットランド人であり、アイルランド人だ」と考える人々がいる。その人たちが今、EUではなくUKであろうとしている。中田はこれを「ダイナミックなお話」と締めくくる。
覇権の陰りが争いを呼ぶ 中田の問いかけ
最後に中田は、歴史から一つの構図を引き出す。一つの大きな国が治めている間は平和だったが、そうでなくなると大きな争いが来る。ローマによる平和があり、イギリスによる平和があった。それが陰ると各地が次の覇権を狙い出す。世界の警察を務めてきたアメリカが陰り始め、「アメリカ・ファースト」を言い出している今は、イギリスの覇権が揺らいだ時期に似ているのではないか、「怖い」と中田は語る。この構造が分かっていれば、この後どうなるかも分かるはずだという。
動画の末尾には、2026年時点の補足が加えられている。収録された2019年から7年が経ち、最後に語った覇権国アメリカの陰りと新たな争いの予感は、残念ながら現実になりつつあるという。そのうえで、歴史を学ぶのは怯えるためではなく、過去の構造を知って現在のニュースの本質を見抜き、感情に流されず知性で時代に向き合うためだ、という言葉で動画は終わる。
どうも中田敦彦です。今日も早速参りましょう。エクストリーム世界史『イギリス史』編。大英帝国、ありがとうございます。イギリスといえば、世界史でとにかくあらゆるものはイギリスがやってきたことの名残りなんじゃないかっていうぐらい、「これもイギリスのせいですね」とか「これもイギリスのおかげですね」とか、そういうことがすごい多いわけじゃないですか。
アメリカ史っていうものをざっくりやると、250年しかないけども濃密だよなんていうことを私言って、アメリカ史を前回の動画でアップさせていただいたんですけど、それと同じシリーズの本で、こちら『一冊でわかるイギリス史』。分厚さで言うと『一冊でわかるアメリカ史』と同じぐらいだから、今日もやってみようっていう感じで読んだんですけれども、地獄でした。大変ですよ。アメリカ史とイギリス史って一緒にしちゃだめ。なんでかって、アメリカは250年だけど、イギリスって2000年以上のものすごい歴史があるわけですよ。しかもやってみてわかったけど、血みどろです。
本当にこれマジでむずいよ。なんでかっていうと、イギリス史ってとにかく民族も入れ替わるし、イギリスの中でもいろいろ領土があるし、それがずっと支配したりされたり、入れ替わったり侵略されたりしながら、落ち着いたかなと思ったら、その王家の中での政略争い。争いが血みどろなんですよ。何世、何世、何世と続くでしょ。なんとか王の何世が実権を握ったと思ったら、そいつがすぐ◯されて、あーだこうだ、お家騒動に次ぐお家騒動の2000年。これはだから、もう1人も書かないでおきました。何世のやつとか、ほぼ書いてないね。それぐらいめちゃくちゃ入れ替わります。
今回は何を教えたいかって言うと、イギリスっていうと、どうしてもやっぱり産業革命以降、世界で名を馳せたということを現代史で繰り返しやったわけじゃないですか。それ以降は分かるけど、それ以前のイギリスって元々どういう成り立ちなのとか、イギリスの国の歴史の個性って何なの? ここをめちゃくちゃざっくりやらせていただきますんで、イギリスという国のざっくりとした成り立ちをお伝えできればなと思っております。是非お聞きください。
まず、現代のイギリスの領土を私がいつものブロック地図で書かせていただきました。この位置関係だけ覚えてくださいねっていうやつで言うと、我々がイギリス、イギリスと呼んでますけども、我々ぐらいらしいんですよ、イギリスと呼ぶのは。ユナイテッドキングダムなんですよ。UKとか、UKロックとか言うでしょう? イギリスって、我々はある時の呼び方の名残りで、日本人がイギリスって呼んでただけ。だからイギリスって呼んでる限り、イギリスのことは正式には理解できない。ユナイテッドキングダムなんだ。だから複雑なんですよ。
現在の状況で言いますと、イングランド、確か聞いたことある。サッカーとか聞いたことあるね。スコットランド、スコッチとか聞いたことある。ウェールズ、アイルランド、え? 別の国なんじゃないんですか? これですよね、皆さんの理解は。これ実は、グレートブリテン及び北アイルランド連合王国っていうのが正式な名称なんですよ、イギリスの。じゃあアイルランドの北だけはイギリスなの? ここなんですよ。アイルランドも何度もイギリスに統治されてた時代があるんですが、現時点で言うと、アイルランドの北の部分だけはイギリスです。それ以外はある時独立したんですね。なので、グレートブリテン及び北アイルランド連合王国がユナイテッドキングダムであると。
ここが分かりづらい。僕たちの中ではイングランドとスコットランドだけを覚えたい感じになってません? サッカーのイングランドとウイスキーのスコットランド、これでお願いしますと言いたいが、ウェールズやアイルランドのその北の部分、ここがあるんだということで、是非忘れずにいていただきたい。
じゃあどういう状態だったか? これは面白いんですよ。元々はいろんな民族がいたんですが、いわゆるケルト人とか、いろんななんとか人とか、そういうのがいたらしいんですよ。そこに、古代はどういうところに影響を受けていたかというと、やはりローマが来るんですよ。このヨーロッパにおいてローマって絶対外せないんですよね。特にこの北の方でいうと。南の方でいうと、古代ギリシャの影響をたくさん受けてるわけじゃないですか、地中海のね。そのギリシャの時代が終わると、ローマが全てを作るわけです。全ての道はローマに通ずというぐらい、ある時のヨーロッパというのはローマが全ての時代だったわけですよね。
そして来ました、カエサル。いきなり来るんですよ。ローマが攻めてくるんですよ、この名もなき島々に。このカエサルが攻めてきた時は、まだこのイギリスのエリアが島かどうかもあやふやだったんですって。なんとなくブリトン人がいるっていうことで、ブリタニアって呼んでたらしいんですよ、ここら辺を。ブリトゥン、ブリトゥンって言うよね。その辺りがここら辺から来てるんだけど、ブリトン人のいるブリタニアっていう風に呼ばれてたらしいんですね。カエサルが来るんだけど、国内で色々あって帰るわけ。
その後、皇帝クラウディウスが来て、南半分ぐらいを攻めちゃうらしいんですよ。ここら辺ざっくり行きますよ。その上でブリタニアということで、このイングランドあたりまで全部がっつりホールドして、ブリタニアって、ローマの属州。だから元々イタリアに支配されてたってことでしょう? ローマに。イタリアというかローマですね。ローマに支配されてた。
その中でローマって、その後に東ローマとか西ローマとかって分かれたりしてたでしょう? ああいう風にローマ帝国がだんだん弱体化してきて、その上でゲルマン民族大移動っていう、世界史でやりましたよね。こっち側から民族に押し戻されてこう来て、その西ローマの綱が弱くなった時に引くんですって。だからローマ帝国の弱体化とゲルマン民族大移動によって、1回ローマの支配がなくなって、ああ良かったねと思うでしょう? そこにこのゲルマン民族たちが来るんですって。ゲルマン民族大移動って本当すごいね。すごい移動、島まで来てたっていうね、海越えて。ここがポイントなんですよ。
島国だから日本と似てるよねってよく言うでしょう? イギリスって。確かにユーラシア大陸の端の島国といえば、日本かイギリスですよね。現在も天皇陛下がいて、王がいるわけですから、イギリス王室があるわけですから。両端にある島国の王国ということで共通点多いんですが、日本とイギリスの大きな違いというのが、日本は大陸との距離が海で50kmぐらいあるんですよ。ただこれ、ドーバー海峡は大陸との距離が30kmしかない。ドーバー海峡って泳いで渡る企画、ちょくちょくあるんですよ。それぐらい近いんですよ、大陸と。日本って釜山まで泳ごうみたいな企画、あんまりやらないでしょう? やっぱりそれはちょっとキツイらしいんですよ。だから日本は、なかなか元寇っていうモンゴル帝国が攻めてきた時以外は、そこまで侵略の危機に海越しで考えたことないでしょう? イギリスは何度も来るんですよ。何度も。
ローマからまず来た。その時にロンディニウムっていう土地を、ローマ支配の中で主要な都市としてやったらしいんですよね。沼地の砦。これがロンドンになるんですって。ロンディニウムがロンドンになるんです。この頃からロンドンの場所はいい場所だとされてるわけなんだよね。
ローマがいなくなって、ゲルマン民族が来ましたよ。ゲルマン系の人たちをアングロサクソン人、聞いたことあるよね、アングロサクソンって。アングロ人、サクソン人ってあるらしいんですよ。要するにそっち系の民族が来て、そいつらが7つの王国をぶわーっと作ったらしい、このイングランドあたりに。元々いたブリトン人はウェールズの方にキュキュキュって追いやられた。そこでブリトン人とゲルマンの民族の、全然違う文化ができる。だからウェールズの人達っていうのは、結構昔から追いやられてる恨みはずっとあるわけですよ。でもこの後もイギリスはずっとこのイングランドを中心に回っていく。基本はイングランド。でもスコットランドもずっと反発する。そのライバル、スコットランド。ウェールズってのはずっと追いやられてるから。ずっと追いやられてる。
アイルランドね。ユナイテッドキングダムのあれあるじゃないですか、国旗。かっこいいよね。あれっていうのは、イングランドっていう白に赤の十字と、スコットランドっていう青に白のバッテン、その後アイルランドで白に赤のバッテン、これを全部合体したのがあの国旗なんだよね。だから合体していくんだけど、そこにウェールズはないんだ。なんでかっていうと、だいぶ早めに支配されてたから、その合体とかいうあれでもないっていう。だいぶ前からずっとイングランドにくっついてたっていうところがあるらしいんですね。
このアングロサクソンの7王国あたりから大変よ。これ、この分量だけど大変です。この7王国の攻防とか、7つの王国の中でもずっと攻防してるからね。それで1個の王国がやったーとかなった辺りで、また状況が変わっちゃうんだけど、この7王国あたりの時の物語として出てくるのがゴディバ夫人の話。ゴディバってチョコレートのメーカーは知ってるでしょう? 有名じゃないですか。ゴディバといえばね。あれ何ですか? ってことなんですけど、ゴディバ夫人っていうのは、この7王国のうちの1つの王国の領主の奥さんなんすよ。
これどういう話? というね。実はその領主は国民に非常に厳しく税金を課してたの。「税金もっとよこせ」とか言ってね。それで領主の奥さんが「あなた、そんな税金上げるのやめなさいよ」って、国民を代弁して言ってくれた。いい奥さんじゃないですか。「あんた、そんなに税金取っちゃ駄目じゃないの」「税金下げてよ」って言ったら、「じゃあお前がそんな生意気言うんだったらよ」と言って、その旦那の領主は「そんな生意気言うんだったら、お前が本気かどうかだわ」って言ってね。「お前いい格好したいだけじゃないの? 本気で国民のことを思ってますってそういうこと?」「もちろんよ」「分かった。じゃあお前が素っ裸で馬に乗って街を一周してきたら、言うこと聞いてやる」と言ったんですって。
ゴディバのマークあるでしょう。あれ、馬に女性が乗ってんですよ。あれは「分かりました」って言って、素っ裸になって馬に乗って町一周したっていう、自分の羞恥心すらもかなぐり捨てて領民を守ったという、その英雄的な女性をマークと社名にしているのが、あのゴディバなんですよ。
その時に全裸で通るぞってなった時に、国民たちが「いや、そんな見たあかん。そういう風に回ってくれるらしい。感動です。そんな奥さんの裸見たらあきませんよ」って、みんな目伏せてたんだって、その時はね。見なかったんだって。でもその中でも1人だけ、トムっていうやつだけは見たらしいっていうね。そういうピーピング・トムっていうお話が残ってるらしいんですけど、そこら辺のお話がこの7王国の頃の話らしいんですよね。だいぶ昔なわけですよね。
その7王国に追いやられたウェールズの人たちにも物語が残ってる。その人たちがそのコンプレックスを晴らしたくて作った物語が、あのアーサー王物語なの。ランスロットとか円卓の騎士とか、確かにイギリスの方かな? ヨーロッパの方でそういう物語あったな。アーサー王と円卓の騎士たちっていうのは、そのウェールズに行ったブリトン人たちの物語らしいんですよ。なるほど。ちょっと知ってるよね、カエサルだの、アーサー王だの、ゴディバだの、ブリタニアだの、ロンディニウムだの、そういう時代ですよ。
だからとりあえずローマの影響はなくなったが、アングロサクソン人の7王国が出来上がった。でもこれはアングロランド。つまりそれがイングランドの語源なんだ。だからアングロサクソンの人じゃない人からすると、イングリッシュとかイングランドがイギリスだとか、そういう呼び方が嫌だなって思うのは、なぜなら民族の名前を語源にしてるから。だからその民族と違うスコットランドとかウェールズは、アングロ人じゃないんですよ。だからアングロランドからのイングランドからのイングリッシュからのイギリスは、ちょっと勘弁してよっていうのが、ここでできてる国民感情らしいですよ。そこら辺が分かってるか分かってないかっていうのが、イギリスの成り立ちとか、その微妙な関係性っていうものを理解するのに非常に大事になってくるんですよ。イギリスは1つの国じゃないし、その語源にはいろんな争いの歴史が含まれてるんだ。そういうことなんですよね。面白いですね。
ところがこの後、大変なことになる。この7王国がだんだん1つになっていくんですよ。戦略争いで強い国があって、そこがうわあ、やったってね、統一だなんて言ってる時に来るのがヴァイキングだ。ヴァイキングここで来んのよ。海賊といえばヴァイキングでしょう。どっから来た海賊? 北欧から来るのよ。わあってさ、こんなの被ってさ。こんなんでさ、こんななってさ、イメージ湧くじゃないですか。恐ろしいですよ。
でもそのヴァイキングって海賊っていう風に我々思ってますけど、実はその北欧から来た、船に乗ってくる、海賊行為も行うらしいんですが、主には結構北欧では農民やってたりとか。だから専業海賊っていうことじゃなかったらしい。向こうの農民とか漁師とかが、侵略とか略奪しに来る時にヴァイキングと呼ばれていたらしいんですね。来るんですよ。デンマークとかノルウェーとかスウェーデンとか、わーって来て、それを追い払うので、ほぼここの時代はとにかくヴァイキングが来ては追い払います。中を統一したと思ったら、すぐ来るわけですよ、北欧から。うわあ、戦ってるんですけど、ある時負けちゃうんですよ。
それで1回、ノルウェー、デンマーク、スウェーデンとかと一緒のエリアに組み込まれるんですよ、これ。1回北欧になるんですよ、イギリス。これ知ってました? なかなか知らないですよね。北欧とイギリスって、特に関係なさそうなイメージがありますけど、それは違うんすよ。何度も何度もヴァイキングに攻められて、その中で一時期、ものすごい強い北欧の王に全部乗っ取られてしまうという時期があるんですよ。ところがそれも、後継者争いとかがむちゃくちゃあって、向こうは向こうで。結局うまくコントロールしきれずに、最後、ヴァイキング、スタンフォード・ブリッジの戦いといって、「取り戻せ」って、北欧から取り戻せって、ようやく北欧から取り戻したっていう瞬間に、今度はフランスから侵略されるっていうね。この島は休む暇がないんですよ。これがノルマン・コンクエストっていうね。
ノルマンディーって、第二次世界大戦とかでノルマンディー上陸作戦って、イギリスの方から船で海で上陸して、あれ何するか? ヒトラーに奪われたパリを奪うぞっていう、その最後の戦いですよね、第二次世界大戦の。その時に出てくるフランス北部のエリア、それがノルマンディー。そのノルマンディーから攻めてきたんですよ。ノルマンディーからの上陸作戦なんですね、これは。からの上陸作戦。それで一気に奪われてしまうと。だから北欧と最後の最終決戦をして、これ以降北欧が攻めてくることはないんですよ。最終決戦、北欧から守り切ったからの、バーン、フランスから。ここでフランスの王、ノルマンディーの王が、イギリス、このイングランドの王を兼ねるっていう時代がやってくるんですよ。兼ねて合同の王みたいな、その時代がやってくる。
そのちょっと前にスコットランドではどうなってたか? 実はこの辺りで、スコットランドの王位継承戦とかの戦いを、スコットランドはスコットランドでやってるんですよ。もちろんウェールズとかスコットランドも海賊とかとはバチバチやってるんですけど、スコットランドの中でのバチバチの王位継承の争いの中で現れたのがマクベス。実は後にシェイクスピアがイギリスで、これエリザベス女王時代に文化が栄えて出てくるんですけども、その辺りのシェイクスピアが描いた『マクベス』という名作。あれはこの頃なんですよ。北海帝国にイングランドが取り込まれてた辺りの時代の、スコットランドでの王位継承の争い。
でもマクベスって、王になってすぐ、その王子に殺されてしまうっていうのがこのシェイクスピアのお話なんですけど、実際は20年弱、結構名君として統治してたらしいですよ。統治能力あったんです。ところが戻ってきた王子にやられてしまうという、実際はそうだったらしいけど、その史実を元に書いたのがシェイクスピア。これ演劇がですね、このシェイクスピアの演劇は何がうけたかというと、セリフ回しやストーリーも非常に面白かったらしいんですけど、イギリスの人にとって、いかにこの王位継承とかその争いが身近でリアルなゴシップだったかっていうことが、この流れの中でなんとなく分かりますよね。ものすごくずっと王位継承とか争いとか、ずっとやってるから。
しかもこれ、イングランドにいるシェイクスピアがスコットランドの揉め事を書くってのは、イングランドの中での諍いと関係ないから、これ聞きやすいわけですよ。最終的にイングランドの王に攻められるっていうとこで終わるんで、非常に聞きやすかったと。政治的な配慮も非常にうまかったんですね、シェイクスピアは。時の権力者が喜ぶようなお話の中で面白いものを作ってた。だから天才だという風に言われてるわけですね。
そんな中、ノルマン・コンクエスト。ノルマンディーに征服されるというね。完全に征服されてしまう。その上でここで文化の流れが変わるわけですよ。北欧の一国っぽい感じだったところから、北欧の交流がバチンと切れて、これ以降ヨーロッパの一国っぽい雰囲気になるわけですよ。これがなかったら、ヨーロッパ&北欧&イギリスみたいな、そういう雰囲気だったかもしれないですね、文化圏的に。だからここ違うんですって。
でもそのノルマンディー、フランスの大陸から持ち込んだのが、その土地台帳を作るっていうのをやり始めたらしいんですね、税金をうまく取るために。だから大陸の文化が持ち込まれるわけですよ。土地台帳を取って、土地を貸してやるから、その代わり税金を納めろよと。これいわゆる日本でもありますよね、御恩と奉公みたいな。いわゆる封建制という、領主に君主が土地を分け与える代わりに、税金をしっかり納めろよという、その仕組みの基礎がここでイギリスに持ち込まれるということなんですね。意外なエリアですよね、ここが。中田としては非常に意外でした。ローマの? 7つも? なるほど。え? 北欧だったんだ、からのフランスにやられてたんだ、からの封建制始まるんだと。
ここからイギリスっぽいんですよね、実は。その領主同士の争いと、イギリス、フランスの有力な領主の争いが、この百年戦争なんですよ。このフランス王とイギリス王を兼ねるみたいな状態でぐちゃぐちゃになったんですね。ぐっちゃぐちゃになって、兼ねる、兼ねない。乗っ取る、乗っ取らない。俺がやる、やらない。◯す、◯さないで、この百年戦争。これは英仏戦争って言われる時もあるんですけども、英仏のがっちりとした国家と国家の戦争っていうことではなかったらしいですね。有力な貴族とか領主同士が争うというやつらしいんですよ。
バラ戦争ってのは、それが終わって、もうフランスさんありがとうってなった後の、やっぱ有力な領主と領主、白バラの貴族と赤バラの貴族の血みどろの争いですね。これでどうなったかって言うと、封建領主が弱体化したことで、後の絶対王政が来るわけですよ。なるほどねと。ここエクストリームに分かっていただきたいのが、侵略、侵略、侵略、耐えました。でも封建制始まりました、からのドロドロに争いました、からの絶対王政やってきますと。そういう流れなんですよ。
でもこの頃、ペストっていう、すごかったらしいですよ。国民の本当、半分ぐらいが◯んでしまうみたいな、そういうとんでもない状態。この頃らしいんです、ニュートン。ここで? っていうね。ニュートンってイギリスなんですよね。そのペストが大流行していた都市部から逃げて研究して、リンゴ落ちて発見という、これがニュートンですね。あ、ここで? という。ゴディバここ、マクベスここ、ニュートンここなんだという状態ですね。
ここから面白いのが、絶対王政になるわけですよ。王様がやはり力を持ちたいとなった時に、イギリスならではのことがあるんです。実はイギリスは早い時期からキリスト教、これローマ帝国の影響で来てるわけですよ。ローマ帝国ってキリスト教を国教化したでしょう? 1回弾圧した、暴君ネロが弾圧したけど、もうあかん、これ防ぎきれんってなってから国教化した。それをローマ教皇がこのイギリスにも布教するんですね。すごい広がるんですよ。すごいスピードでキリスト教広がるんですね。それでバーって行って、カトリックがやっぱ強いわけですよ。
ところがカトリックという教えが分かれる時があるよね。宗教改革ですよ。要するに免罪符、これを買ったら天国に行けるよっていう、そういうちょっとお金儲けをカトリックがしてるのを見て、ルターが「いや、そんなの関係ないだろ」と言って、買わなくていい、抗議する。それがプロテスタント。カルヴァンっていう人も違う根拠で宗教改革を行うんですよね。それが予定説っていって、誰が天国に行くかはもう決まってます。だから買わなくていいです。教会にへつらわなくていいです。その代わり神様がこの人、この人と決めるから、ちゃんと決めるから真面目に働こう。ちゃんと働いてお金をしっかりと作る。それが天国に行けるやつです、みたいな、そういうこと言うんですね。予定説って言って、天国に行けなくなるぞっていうことを防いだわけですよ、カルヴァンっていうのはね。そういうやつがあるわけなんですよ、宗教改革は。
ところがイギリスにおいての宗教改革、カトリックからの離脱ってのは全然違う方向で行われたの。ルターとかカルヴァンの流れじゃないんですよ。実はこの英国国教会っていうのができるんですね。この英国国教会っていうのがイギリスのメインのキリスト教なんですよ、今の。それは何なの? これを理解してるかしてないか、これがすごく大事。ヨーロッパと違うんですよ。元々はカトリックだったんです。ところがこの時のヘンリー8世という王様が離婚したかったんですよ、奥さんと。離婚したかった。だけどカトリックって離婚できないんですよ。だったらやめますということで、新しく作ります。これが英国国教会。
でも離婚したかったんだ、奥さんのこと嫌いだったんだ、それだけじゃない。実は王位継承があるんですよ。王位継承の狙いがあって、奥さんとの間に男子が生まれなかったと。どうしようどうしようって焦った結果、奥さんの侍女、メイドさんみたいな人と子供作ろうって焦ってなったんだけど、その時にローマ教皇に認めてもらおうって思ってたんだって。これ実はどういう方法で認めてもらおうかって思ってたかっていうと、元々結婚が成立してませんでしたっていうやり方があるんだって。結婚して何年も経ってるんだよ。10年以上経ってるんだけど、「ローマ教皇、ちょっとすいません。あの時結婚の誓いを立てたのが無効だったっていうことになりませんか?」っていうことで、ゼロにすることで、キリスト教の離婚してはならないっていうのに違反してませんっていう状態にするってのが、結構その当時の貴族はよくやってたんですって。
その上で王様でしょ? ヘンリー8世は王様だし、ルターが宗教改革しだした時にルターを批判したんですよ、このヘンリー8世は。「アカンぞ、そんなもんは」ってね。ローマ教皇から「ありがとうございます」なんて言われてたから、俺のこの離婚は絶対ローマ教皇が無効にしてオッケーにしてくれる、裏ルート通してくれるわって思ってたらしいんですよ。ところがその時、神聖ローマ帝国に捕虜になってたらしくて、その経緯はちょっと分からないですけど、そのローマ教皇がですね。その神聖ローマ帝国の王が、実はこのヘンリー8世の奥さんの甥っ子なんですよ。複雑でしょ?
でもこれで複雑って言ってたら、もうイギリス語れないですからね。これ簡単な方です。そいつのこいつ、地獄の時ありますから。イギリスの内部争い、こいつの甥っ子がこいつで、こいつがこれでこいつで、こいつとこいつが◯し合って、ところがこいつの奥さんが生き残って、こっちをこっちでこいつの奥さんが生き残ったんすよ。その2人が同じ名前なんですよ、とかいう地獄のパターンありますからね。俺パニックになりました。目白くなりました。「マチルダに対してマチルダがNOを突きつけたのである」とか、どういうこと? 「実は同じ名前なのである」。ふざけんな。ふざけんなよとか言いました。
これは甥っ子が、叔母さん、これ別れられて、だから王の妃じゃなくなるわけですよ。それは認めないってなるだろうから、ローマ教皇は「いや、認めません。今回駄目です。無効化無理です」。ローマ教皇が言ってくるわけですよ。「無効化したら、ちょっと私の命危ないかもしれないんでね、無理です」。言われて、「ええ、無効化できないの? どういうこと? 俺の子孫残したい。離婚したい。なんだよ」。作ったのが英国国教会。普通のカトリックってのは教皇が1番上なんですけど、英国国教会ってのは王様が絶対上なんですよ。なのでイギリスは王様を1番上に置くという、このキリスト教を作ったんですよ。だから発明ですよね。
だからこれが、ものすごくその他のヨーロッパのキリスト教のカトリック、プロテスタントとかっていうのと違うし、カルヴァンとかルターとかの時期に同じように分かれていったから、イズムが違うのかな? と思いきや、王が主導してるカトリックみたいなものなんですよ。だから流れはカトリックなの。だから英国国教会、イギリスにおいてもカトリックの残党とも対立してるし、プロテスタントでカルヴァン派の人をピューリタンって言うんですよね。そのピューリタンが逃げてアメリカを作るんですよね。それを前回やったんですけども、このプロテスタントともカトリックとも対立することになるんですよ、英国国教会は。
イギリスのこの後の宗教の揉め方、えぐいです。えぐいです、本当に。カトリック派の女王が即くとか、プロテスタントの王が即くとか、それでも血みどろの争いが行われます。カトリックのメアリーっていうのがこのヘンリーの後に即くんだけど、そのメアリーはプロテスタントを処刑に処刑したから、血みどろのメアリーっていうことで、ブラッディ・メアリーっていう名前がついたりとか。すごいんですよ。英国国教会、カトリック、プロテスタントの壮絶な争いが、その血筋の争いと相まって、あいつが王になったらプロテスタントに変わるとか、あいつが王になったら、女王になったらカトリックに変わるとかで、◯せとかがものすごいんですよ。激しいっす、激しいっす。
そんな中、メアリーがいなくなって、その後になったのがエリザベス1世。この頃はすごい。この頃まではコロコロコロコロ、王様とか女王がコロコロコロコロ変わったんですよ。エリザベス長いんですよ。だから黄金時代と言われてたんですね。皆さん、女王といえばエリザベス。エリザベス1世。女王の中の女王ですよ。この頃から、このイギリスのヨーロッパの中での存在感が増してくるわけですね。いい時代来ますよ。スペインの無敵艦隊を破るっていうのもここですよね。東インド会社を作って、ガンガン大航海で出ていく。これもこの頃ですね。
その頃、イギリス・ルネッサンスと言われて、平和が続くと文化が発展する。江戸の頃もそうですよね。江戸、元禄文化が花開いたとか、浮世絵とか落語とか歌舞伎とか、全部江戸でしょう? ああいう文化が花開くって、余裕がある時なんですよ。戦争ばっかしてるのに歌舞伎なんか見れないですよ、なかなかね。よーとか言って、ダーン、撃たれたとかなるわけですから。だから戦争がない時代にお芝居とかが花開くわけですよ。それがシェイクスピアだったということなんですね。
このエリザベス1世の頃の絶頂の、その絶対王政の絶頂と、その大航海時代の始まり、それを経てイギリスがいち早くなっていったのが、この議会政治と言われてるんですよね。これは、だから王様がすごい強い。宗教でも色々揉めた。だからピューリタン革命っていう、その英国国教会に対しての弾圧への革命だったりとか、王様に対しての議会の革命。これは名誉革命とかは血が流れなかったから、そういうのがあって議会政治が生まれまして、こっからさらっといきますよ。
その後、産業革命、これですね。だけど実はこの産業革命で、大英帝国ありがとうの時代ってそんなに長くなかったらしいんですよ。なんでかっていうと、産業革命って技術の躍進ですから、ヨーロッパもその後にドイツとかフランスとかもその技術を取り入れて伸びてくるでしょう? 最初のリードっていうのは、だんだん追いつかれてくるんですって。だからIT革命とかも、やっぱ中国が追いついてくるとかっていう、そういう感じで似てるんでしょうね。100年もずっとリードできないわけですよ。スマホだって言ったら、うちでも作れるぞってだんだんなってくる。技術が流出していく。それによってだんだんと衰えていくんですけども、この産業革命の、これ一瞬ガーンと行く、これが大英帝国時代ですね。
エリザベスの頃から色々と船で出てって、海洋王国になってました。スペインを超える海洋王国になってました。だからすごい領土持ってますよね。ものすごい、インドも持ってるし、その後アメリカ失うでしょう? アメリカを失って、うわあイギリスあそこで衰えたかな? 違うんですよ。アメリカは失ったけれども、その後ですよ、ニュージーランドとオーストラリアを手に入れたのは。だからまだまだ取ってくわけですね。まだまだ取ってって、産業革命でボンです。だから黄金時代の後なんすよ、産業革命って。2回ブレイクしてんですよ。ボンボンって。その時の女王がヴィクトリアですよ。だからエリザベスとヴィクトリアっていうのが、めちゃめちゃキラキラしてるイメージなのは、イギリスの2回の大ブレイクの瞬間の時のトップだからなんですよ。
逆に王様の名前ってあんま覚えてないでしょう? そうなんですよ。この時もリチャード1世っていうのが獅子心王、ライオンハートキングって言われてて、十字軍とか行くんですけど、結局うまくエルサレム取り戻せないじゃないですか、十字軍って。取り戻せずに死んだりとか、あんま王でパッとしてる人いないんですよ。なぜかイギリスはこの女王の時に、むちゃくちゃ花開くんですね。エリザベスとヴィクトリアなんですよ。
この時に万博やるんすね。だから蒸気機関とか鉄、製鉄、石炭、あの頃。その頃の万博をバーン開く。なんで万博開いたと思います? イギリスが今、技術的にナンバーワンだってことを知らしめるためだったんですって。恐れ慄けと。イギリスの今最新のこの技術というのは、ここまでやってんだぞと。その上でこの頃はあまりにも強いから、他と全く提携を組まなくていい。勝手にやってろよと。ナンバーワンうちだぜ。ところがそれが、均衡が崩れてくるから世界大戦の足音が忍び寄ってくる。そういう流れだったんですよ。
イギリスの絶頂を経て、その後それが陰りを見せて、イギリスがコントロールしきれなくなってきたっていう時代がやってくるんですって。だから英仏露、三国協商ってあったでしょう? あれは強そうってみんな思ったかもしれないけど、実はこの流れを見ると分かるのが、イギリス一強の時代が終わってるから、手を組まなきゃいけなくなってたってことなんですよ。ここからのライバルがドイツなんですよ。やっぱりドイツって圧倒的に勢いある時があったわけですよね、ぶわっとね。伸びてきてるわけですよ。産業革命の技術をパクってガンガンやって、独墺伊対英仏露で戦って、その後に完全にこのイギリスの勢いが、第一次世界大戦ぐらいで完全にパキッと衰えてるわけですよね。
なので、アメリカがすごい強い状態になったのが一次の終わりですよね。それでアメリカに借金返して、ドイツからむしり取って。これもケインズっていう経済学者いるでしょう? あのケインズっていう経済学者が「ドイツへの賠償金、ちょっと大きすぎますね」っていう批判してたらしいですよ。「これ危ないことになるかもしれないですよ」ってケインズは言ってたんですって。でもそれは受け入れられないと。なぜならアメリカにだいぶ莫大にお金を借りて、この第一次世界大戦を収めているからということで、ドイツをガンガンガンと、かなり追い詰めた結果のナチスが現れると。
ここでそのナチスは、要するにパリを一気に取るわけですよね。相当やばかったと。それをこのチャーチルがむちゃくちゃ抑えたっていうことで、日本人ってエリザベス、ヴィクトリア、だいぶイメージありますけど、チャーチルはそんなにイメージないじゃないですか? イギリスでのチャーチルの人気、めちゃくちゃ高いらしいんですよ。なんでかって言うと、大ピンチを救ってるという。だからこれは絶頂期のいいイメージですよね。大ピンチを救ったという意味では、チャーチルは相当人気が高いらしいですね。
ただ、この最後の会談あるじゃないですか。チャーチルとルーズベルトとスターリンの。その後、ソ連が北方領土を攻めてくるじゃないですか。あれってルーズベルトに言ってたらしいんですよ。チャーチルは知らされてなかったらしいんですよ。終わり際に「俺ら日本に北から行くからな」っていうのを、ルーズベルトに言ってたんですって。チャーチルに言ってない。どういうことか分かります? 戦後我々で仕切るんですよねっていう風に、ロシアとアメリカが2トップですよねってなってたんですって。だからイギリスは辛くも勝って、英米露だけれども、最終的にはここでロシアにちょっと舐められてるんですよ。
終わると同時に冷戦の争いになってきますけども、基軸通貨はドルになり、ポンドはそこから外れてくんですよね。そんな中、植民地がガンガン独立してくんですよ。インドだの全部独立してく。抑え込もうとしたけど、お金も無い。しかも世論も味方についてないわけですよ。なんでかって言うと、第二次世界大戦の時に領土を拡大しようとするドイツとか日本に対して、むちゃくちゃ批判したんですね。なのでその戦後処理として、領土を持ち続けてんのは無理でしょ? あと金も無いでしょ? っていうことで、手放すことになっていくという、イギリスのこの圧倒的なピークと、そのピークアウトがここで来るんですね。
そんな中、ここでビートルズ大ヒットというのがあるんですよ。ビートルズ、この後大ヒットするでしょう? めちゃめちゃ国から栄誉賞みたいなのをもらうんですよ。なんでかというと、外貨を稼いでくれたからっていう。戦後だいぶ疲れてたんですよね。それビートルズが稼いでくれたっていうことで、国がめちゃくちゃ栄誉の賞を与えるっていうね。それぐらい、ちょっとパワー的には1個ダウンしているっていうのがありました。
そんな中、EUっていうものがアメリカとロシアに対抗するために作られたわけですよね。アメリカ、ロシアの時代になってしまった。世界の中心がヨーロッパだったにも関わらず、争いすぎた俺たちは、ということでまとまろうとしたわけですよ。ところがやっぱり栄誉ある孤立的なものと、国内の揉め事と、やっぱり一緒になれないんですよ。ずっとずっと揉めてきた。だから今でも1個じゃないぞっていう思いがある。EUに入ったけど、結局ものすごいまとまってないんですね、ここは。イギリスの複雑怪奇なこの揉め事の連続は、今でも続いてる。それがブレグジットなんですよ。この流れを知っていただくと、ブレグジットの中でイングランドの人、スコットランドの人、アイルランドの人、ウェールズの人が、それぞれ違う思惑があるぞっていうことが分かってくるんですね。
イギリスの第1王子のこと、プリンス・オブ・ウェールズっていうの知ってます? 聞いたことありません? プリンス・オブ・ウェールズはこの人、みたいな。あれ皇太子って意味なんですよ。だけど実はあれは、ウェールズを完全に支配下に置いた記念に、第1王子をプリンス・オブ・ウェールズって呼ぶようにしたっていう。それウェールズは子分だぞっていう、そういう仕組みでもあるんですって。
常に今でも揉めている。スコットランドもイングランドもウェールズもアイルランドも、私たちはイギリス人ではないと。私たちはウェールズ人であり、イングランド人であり、スコットランド人であり、アイルランド人なんであるという風に思っている人たちが、今EUではない、UKであるという風に言おうとしているという、ダイナミックなお話でございました。
1個の大きな国が治めている時は平和だった。そうじゃなくなると、大きな争いがやってくる。アメリカっていう大きな国が世界の警察をやってる間は、結構平和だよねと。ところがそれが陰り始めて、アメリカがアメリカファーストって言い出してる。これどこに似てる? 僕は思う。ちょっとこの時期に似てんじゃない? って怖いんですよ。1個の国が少しパワーを陰らせ出して、それによる平和ってのが終わる。ローマによる平和っていうものがあった。
イギリスによる平和っていうのがあった。それが陰っていくといろんなところが次の覇権を狙い出す。こういうことが分かっていると、この後どうなるのかが分かると思います。ではまた。
この動画が収録された2019年から7年の月日が流れました。最後に語った覇権国アメリカの陰りと新たな争いの予感。それは2026年の今、残念ながら現実のものとなりつつあります。
しかし私たちはただ怯えるために歴史を学んでいるのではありません。過去の構造を知ることで、現在起きているニュースの本質を見抜き、この激動の時代を賢く生き抜くためです。歴史を知れば今が分かる。そしてそれはあなたの未来を守る強力な武器になります。
世界が大きく動く今だからこそ、感情に流されず知性で立ち向かう。そのための学びをここから始めましょう。それではまた。
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