連立を離脱した公明党は「宗教の党」というイメージを越えられるか:伊佐進一が語る敗因、創価学会、自公26年
中田敦彦のYouTube大学 - NAKATA UNIVERSITY自公連立は1999年から26年続き、公明党の離脱で終わった。この動画では、公明党中央幹事で前衆議院議員の伊佐進一が、中田敦彦の質問に答えている。中田は、離脱の本当の理由、党勢が落ちた原因、支持母体である創価学会との距離、特に「宗教とカネ」の関係を順に尋ねた。伊佐の立場ははっきりしている。離脱は保守路線への反発ではなく、政治への信頼を取り戻すための選択だったという。そのうえで、公明党は政策の評価は高いのにイメージで支持を失っており、その壁を内側から壊したいと語る。中田は、残った最大の壁は創価学会との関係が外から見えにくいことだという仮説を示し、伊佐はそれにどこまで応じられるかを話した。
スパンコールの衣装と「政治系YouTuber」という肩書き
最初の話題は、伊佐のスパンコールのジャケットと「ラブ&ピース」のポーズである。公明党のサブチャンネルは2025年1月に始まった。登録者は18万人台だが、再生数は30万〜40万回の動画が多く、100万回に届くものもあると中田は紹介した。衣装を変えたのは6月からだ。
きっかけは堀江貴文との対談だったと伊佐は説明する。堀江からは、公明党は真面目で良いこともしているのだろうが地味で、「公明党といえばこの人」と思い浮かぶ人がいない、誰かが衣装を変えてポーズを決めるべきだ、と言われた。党の職員から「それは伊佐さんしかいない」と言われ、上野のマジックショー用の衣装店で買ってきたという。地元のポスターもこの衣装で撮り直した。肩書きは「政治系YouTuber」で、衆議院を示す言葉は入れていない。
中田は芸人時代の経験から、一画面に収まり、真似しやすいポーズを持つタレントは強いと話す。そして「ラブ&ピース」は「福祉と平和の党」というメッセージにも合っていると評価した。小泉進次郎、玉木雄一郎、吉村洋文のような二枚目のスターとは違う「政界初の三枚目スター」の位置はまだ誰もいない、というのが中田の見立てである。
中道が空いているという見立て
中田は、連立離脱は面白い動きだとも言う。公明党と自民党は安全保障や福祉・平和をめぐる考え方が逆の部分が多い。公明党は連立の中で「ブレーキ役」「調整役」を自任してきたが、与党の内側にいたためにそれが見えにくかった。いま目立っている野党の国民民主党や維新はほぼ保守寄りで、リベラルの存在感は薄い。野党になった公明党はそこに新しい風を吹かせられるのではないか、と中田は指摘した。
伊佐もこれに同意する。玉木も以前は自らを中道政党と言っていたが、最近は保守に寄っていると伊佐は見ている。公明党は結党時から中道を掲げてきた。自公政権の中では公明党らしさを出しにくかったが、これから前面に出せば「公明党はそんなことを言っていたのか」と伝わるはずだ、というのが伊佐の考えである。
2024年衆院選の敗北と「政治とカネ」の総括
中田は、伊佐が連立離脱を語るのにふさわしい人物だと言う。離脱の大きなきっかけは2024年秋の衆院選での大敗だった。山口那津男代表の後を継いだ石井啓一代表は、就任直後の選挙で落選した。「常勝関西」と呼ばれてきた大阪で、初出馬以来負けたことのなかった伊佐も議席を失った。伊佐はこれを、自公路線のままでいいのかを考え直す大きなきっかけだったと振り返る。
敗因について党と創価学会の中で最も大きいとされたのは、自民党の裏金問題を抱える候補に推薦を出したことだった。それは「クリーンな政治」という党の看板と正反対だった。伊佐によれば、公明党は自民党が不記載問題で非公認にした候補にまで推薦を出していた。衆院選後に総括し、参院選では改めることになっていたが、条件は付けたものの、世間から見れば同じことを繰り返した。だから今回自民党に「政治とカネで変わらなければならない」と求めたのは、自民党だけを責めたのではない。公明党自身も変わらなければならず、自公が一緒に変わろうとする挑戦が今回の連立交渉だった、と伊佐は位置づける。
「政治とカネは口実で、本当の理由は別にあるのではないか」という批判について、伊佐は「半分正しく、半分違う」と答えた。正しい半分はこうだ。国民にとって政治とカネは喉に刺さった骨のような問題だが、物価高対策や安全保障のほうがもっと大事だという面はある。それでも、自公がなあなあで政策を進めても、国民は「政治は自分たちを見ていない」と感じたままになる。だからせめて政治とカネの問題は解決しなければ信頼は戻らない、と判断したという。違う半分は、「高市政権が保守だから離れた」という見方である。伊佐はこれを否定し、信頼を取り戻す手順こそが一番大事だったと述べた。
池田大作の死去と「与党慣れ」
中田は別の見方も紹介した。2023年11月、裏金事件が明らかになる約2週間前に、創価学会第3代会長の池田大作の死去が公表された。自民党側からは、池田は2010年ごろから表に出ておらず、支持者の高齢化などで公明党はもともと下り坂だった、裏金のせいにするな、という声も出ていた。
伊佐は、池田の死去が引き金になったとは考えていない。池田はすでに表舞台から退き、後継者に任せていた。その間もメッセージや激励は届いていたという。伊佐が重く見るのは、26年の連立で公明党が「与党慣れ」したことだ。地域や大衆の声を聞き、官僚や財務省が反対しても大きな声で訴えるのが公明党の良さだったはずなのに、自民党に遠慮しすぎるようになった。結党から60年以上たって当初の思いが薄れ、支援者も「もう少し頑張ってほしい」と感じていた、と伊佐は話す。
票の動きが示すもの:大阪6区の10万票
伊佐は、公明党と創価学会はイコールではないことを票の数字で説明した。もし公明党の票がすべて学会員の票なら、ある程度一定のはずだ。しかし実際には自公政権の支持率に合わせて上下している。伊佐が大阪6区で勝つときは約10万票を取るが、同じ区の公明党の比例票は3万ちょっとしかない。残りの7万票ほどは、比例で自民党や維新と書きつつ、小選挙区では伊佐と書いた人たちだと伊佐は見る。学会員が知人に頼んだ票もあるとは認めつつ、公明党の政策を評価して入れた人が多くいたという。
そうした人の中には、自民党との関係を見て「もう伊佐さんは応援できない」と離れた人もいた。今回の離脱を見て戻ってきた人もいる、と伊佐は話す。
ボートマッチング18%と二つのフィルター
中田が注目したのは、選挙ドットコムとの対談で出た話である。支持政党を直接聞くのではなく、争点ごとの考えを答えてもらい、近い政党を示すボートマッチングでは、若年層や無党派層で公明党が上位、直近では1位になっているという。伊佐によると、「あなたの政策に合うのはこの党」という形での支持は18%に達した。普段の公明党の支持率は2〜4%なので、生まれて初めて見る数字だったという。
ところが主催者の話では、「一番合ったのは公明党だが、公明党には入れたくないので2番目にする」という声がかなりあった。伊佐はその理由を、自民党の陰でこそこそしているという印象と、宗教の党、創価学会の党という近寄りがたさだと見ている。このタブーを破りたいからこの格好をしているのだ、と伊佐は言う。
中田はこれを「二枚のフィルター」と整理した。一枚目は与党として自民党の陰にいる印象で、これは連立離脱で外れた。残る一枚は創価学会との関係である。そこで国民が納得できれば、まったく新しい公明党になるのではないか、というのが中田の仮説だ。支持者の多くは学会員ではないという反論があっても中田がこの点にこだわるのは、18%が実際の支持にならない大きな理由がそのイメージにあると考えるからだ。
統一教会問題と「宗教とカネ」
中田はこの論点を、2022年の安倍晋三銃撃事件で明らかになった自民党と統一教会の関係から説き起こす。岸信介、安倍晋太郎、安倍晋三の三代が勝共連合を通じて統一教会と深く関わってきたことや、旧安倍派を中心とする裏金の還流について、説明が重要だと中田は考えている。伊佐も政治とカネについては厳しい立場だ。自民党は「選挙で国民の審判を受けたから禊は済んだ」と言うが、伊佐はそう思っていないし、国民の多くも決着したとは思っていないと述べた。参院選の後にも、大物政治家の秘書の略式起訴などが続いた。安倍首相が一度止めた還流を誰かが再開させ、その指示を出したのが下村博文だという話が裁判の中で出てきている。それでも全容は解明されていない、と伊佐は指摘した。中田は、統一教会が名称変更したときの文科大臣が下村だった点にも触れた。
そこから中田は、国民が政治とカネと同じくらい気にするのは「宗教とカネ」であり、創価学会とお金の距離は適正だったのかという点に目が向くと切り出した。
伊佐はまず、統一教会問題の本質は宗教と政治の関わりそのものではないと述べた。高額な物品販売などで家庭を壊すといった社会問題を起こしてきた団体と、与党である自民党との距離が問題だったのであり、相手がたまたま宗教団体だっただけだという。憲法20条の政教分離は、公権力が特定の宗教を優遇したり弾圧したりすることを禁じるもので、信仰を持つ人の政治参加を禁じてはいない。その例として伊佐は、ドイツのキリスト教民主同盟を挙げた。
中田は、新興宗教だから悪いとは考えていないと前置きしたうえで、家庭を壊すほどの「重課金」を強いる集団にはメスが入るべきだと言う。浄土真宗や浄土宗に入って家が貧しくなったという話をあまり聞かないのは、重課金がないからだと中田は考えている。山上被告の初公判で、事件が宗教に由来するのか政治テロなのかという議論が始まったことにも触れた。
献金は強制か:伊佐の体験と「狂乱財務」
伊佐は自分も創価学会員であり、議員になる前は一会員だったと明かした。会員は寄付をするが、完全に自由だという。ノルマはなく、生活が苦しいときにはできない。苦しくても信仰心から出すと決める人がいるのも自由だ。伊佐が問題だと考えるのは、会員の身分を保つために団体が半ば強制する仕組みがあるかどうかで、創価学会には「一切ない」と言い切った。
中田は、制度として強制はしていなくても、信仰心が試されるからこそ自発的に高額を出すという構図は、グレーな領域だと食い下がった。伊佐はこの点を「歴史的に非常に微妙」と認めた。十字軍や、戦死すれば靖国に祀られ家族も幸せになると信じさせた国家神道のように、信仰はそうした危うさと背中合わせだという。だからこそ信仰する側の良心が強く求められる、と伊佐は答えた。
中田はさらに、学会の寄付を指す「財務」について、ネットで見かけた「狂乱財務」という言葉を取り上げた。中田が読んだ記事によると、牧口常三郎や戸田城聖の時代には献金にあまり積極的ではなかった。ところが日蓮正宗の総本山・大石寺の建立に関わる中で巨額のお金が集まり、池田の時代に集める額をさらに増やす方針に変わった。この転換を一部の信者が「狂乱財務」と呼び、家計が苦しくなった人もいたという。中田自身は、内部にいたわけではなく公開情報しか知らないと断っている。
伊佐はその言葉を聞いたことがないと答えた。ただ、大石寺の麓に大きな寺を建てたいという話があり、寺だけでは資金が足りないので学会が協力を頼まれ、皆が貧しい中で貯金をはたいて出したという歴史はあったと認めた。それがきっかけで熱心に集めるようになったのかどうか、経緯はわからないという。伊佐自身の実感としては、強制されたことは一度もなく、出さないと立場がないと感じたこともない。社会人になってから、寄付のつもりで出してきたと話した。中田は、伊佐が経験した時期と1960年代の出来事とのずれ、そして出回っている情報と当事者の実感とのずれを指摘している。
情報開示は誰の役目か
中田の提案はこうだ。公明党が次に情報を開示するなら、学会と信者のお金の関係を広く示してほしい。「その程度なら妥当だ」「統一教会とは違う」と納得できたとき、政治とカネに厳しいという姿勢に共感が集まるのではないか。
伊佐は、党として開示できることは何でも開示すると答えた。たとえば、創価学会から党に入っているお金は「ゼロ」だという。しかし、会員が学会にいくら寄付し、どれだけ集まっているかは宗教団体の話で、党の話ではない。公権力の側にいる政治家が特定の宗教団体に開示を求めることはできない、というのが伊佐の立場だ。制度として議論するなら、宗教法人の非課税の扱いはNPO法人など他の公益法人と同じ枠組みにある。大きな税制改正の中で必要なら、非営利団体のあり方全体から議論すればよい、と伊佐は述べた。学会のことを詰めたいなら創価学会の青年部長などを番組に呼べばいいとも提案し、中田は呼ぶかもしれないと応じた。中田は、自分の意見が正しいと言いたいのではなく、一般の国民には党と学会がかなり一体に見えており、そこが明らかになれば応援しやすいと感じる人が多い、という点をわかってほしいと付け加えた。
信仰は捨てない:政治家の「判断軸」として
伊佐の経歴にも話は及んだ。東京大学工学部で宇宙工学を学び、科学技術庁に入り、中国の大使館にも勤めた。学会員の家庭に育った、いわゆる二世である。ただ伊佐によれば、親が信仰しているから子もそのまま続ける人は多くない。自分自身が信仰を通じて悩みを乗り越えたという確信がなければ、本当の意味では信仰しないという。伊佐の理解では、この信仰は外にいる神仏に祈って奇跡を起こしてもらうものではない。一人ひとりが仏の命を持っており、それを引き出して困難に挑み、乗り越えるという能動的なものだ。具体的には語らなかったが、そうした体験が自分にはあると話した。
池田大作が教祖のように見られている点について、伊佐は、池田は祈る対象ではなく、料理人や大工の世界にもあるような「師匠」だと説明した。伊佐は池田を「稀代の戦略家」と見ている。仲の悪かった共産党と状況次第で「創共協定」を結んだ例を挙げ、自公連立もその流れにあると考える。ただし池田が政治に直接指示を出すことはなく、公明党は池田の戦略論を受け継いだつもりで悩みながら判断してきた、という。
伊佐は念を押した。宗教色を消したいわけではない。政策はほとんどが100点対0点ではなく、55点対45点で悩むものだ。判断の軸がない政治家は、次に票を取りやすいほうや、儲かるほうを選んでしまう。どんな社会を目指すかという理念や哲学が自分にとっての信仰であり、利他の精神、平和、分断より対話と協調、といった軸で政策を決めている。だから信仰は政治にとって重要だ、と伊佐は話した。アメリカ大統領が聖書に手を置いて宣誓することなどを挙げ、政治家の背景に宗教があるのは海外では普通だとも述べた。
なぜ日本人は宗教にアレルギーを持つのか。伊佐は、これは自分の意見だと断ったうえで、日本では宗教が常に権力と結びついてきたからではないかと語った。江戸時代の檀家制度で全員をどこかの寺に属させて管理したこと、明治の国家神道で心の中まで統制されたことを挙げる。創価学会初代会長の牧口常三郎も、治安維持法で捕まり獄死した。欧米にもカルトや集団自殺はあったが、宗教アレルギーにはなっていない、と伊佐は対比した。
キャッチコピー「やると言ったらやりきる」も話題になった。中田は、財源の裏付けがないまま甘い政策を並べるポピュリズムへの反論と受け止めた。伊佐はその意図だったと認めつつ、「何を?」という反応が大量に返ってきたことから、選挙は一つの争点とキャッチコピーで戦うものであり、訴える力がなく選挙戦略としては失敗だったと振り返った。
2010年代:山口代表からの電話と、長井秀和の見方
2012年、自公の政権奪還とともに伊佐は初当選した。山口那津男代表から電話でスカウトされたのがきっかけである。中田は、同じ2012年に学会を脱会し、いまは公明党や学会に批判的な立場で市議会議員をしている長井秀和の本を紹介した。長井は創価学会の小学校から大学まで学んだ人物だ。長井は、山口が代表になったことに驚いたという。池田が前面にいた時代は創価大学出身者の存在感が強かったが、山口は東大卒の弁護士として政治家向きだという理由で起用された、と長井は見ている。中田は、東大出身の山口が東大出身の伊佐を引き入れたことや、公明党議員は実務能力が高いという評価と、この話がつながると考えた。
伊佐はこれを否定した。初期の公明党は学会幹部が選挙に出ていた。山口の前の太田昭宏も学会の青年部長を務めた人物だった。その後、大衆政党を目指す中で、「党と学会はイコールではない」ことを形で示すために、社会で活躍する人を一本釣りするようになった。それが自分への電話だったという。しかし、東大閥と創価大学閥といったものは感じたことがない。そもそもこれほど小さな党に派閥はできようがないし、池田は派閥ができたら解散せよと厳しく言っていた、と伊佐は説明する。現政調会長の岡本三成は創価大学出身でゴールドマン・サックスにいた人物だとも中田が触れた。伊佐はむしろ、公明党は一枚岩すぎて、どこを切っても同じ金太郎飴のように見え、外から気味悪く思われているのではないかと心配している。医師、公認会計士、元官僚、弁護士と経歴はさまざまで、党内では激しく議論している。それを見せるためにサブチャンネルを始めたのだという。
池田が2010年以降表に出なくなった影響について、伊佐は、学会員にとって最初は大きなショックだったと認めた。ただ、会合へのメッセージや手紙の返事は続いていた。突然ゼロになるより、一歩ずつ身を引いていったのだろうと受け止めているという。
安保法制と自公連立の意義
自公政権で党の看板が問われた象徴的な出来事として、中田は2015年の安保法制を挙げた。伊佐は当時、平和安全法制を審議した特別委員会の委員だった。伊佐は、価値観の違う党が連立を組んでぶつかり、それでも最後には必ず一つの答えを出してきたことが誇りだと語る。その答えは保守だけが喜ぶものでもリベラルだけが喜ぶものでもなく、どちらから見ても「これならしかたない」と思える、100点ではない答えだった。政権が代わるたびに前政権を全否定するアメリカのような揺れや分断を避けられたのは自公連立があったからだ、と伊佐は見る。安保法制では保守からは不十分と言われ、リベラルからは「平和の党はどうした」と言われ、両方から攻撃された。伊佐はそれを現実主義の政治の姿だと受け止めている。
一方で、新たな自民・維新連立について伊佐は、合意文書が9条改正にまで触れている点を挙げる。保守層は公明党に邪魔されなくなったと喜ぶだろう。しかし、武器輸出、国営の防衛産業、緊急事態条項などに不安を感じる人は離れていく。政権が不安定になり、短命に終わるリスクがあると伊佐は見ている。連立にいた間は閣内協力で「閣内不一致」と言われるため、公明党がどこまで止めたかを発信できなかった。奪われていたのは発信力だったのかもしれない、という中田の言葉に伊佐は同意し、「今なら言える」と話した。
官僚として見た自自公連立、民主党政権、3.11
1999年の自自公連立のとき、伊佐は科学技術庁に入って2年目の一学会員だった。大衆の中で権力と向き合ってきた「最も野党らしい党」が権力の側に入ったことは衝撃だったという。権力に取り込まれるのではという恐れと、理念を政治に反映できるという期待が入り混じっていた。中田は、いまの維新支持者も同じ気持ちではないかと指摘した。伊佐は、公明党は閣内に入って責任を共有する覚悟を決めたが、閣外協力の維新は半分しか足を入れておらず、いつでも逃げられると批判した。国会初日に維新が特別委員会の設置に反対したことにも驚いたという。
2009年の自公下野は、北京の大使館で聞いた。伊佐によれば、大使館の経済部は各省庁からの出向者が集まる「ミニ霞が関」で、伊佐は文科省から外務省に籍を移し、中国の科学技術や宇宙、原子力の担当部門とやり取りしていた。2010年に帰国して最初の仕事は、民主党政権の文科副大臣の秘書官だった。政治家との仕事でいえば、科学技術庁時代の原子力事故の際、科学技術政務次官だった公明党の斉藤鉄夫と法改正の答弁で組んだのが最初だという。
民主党政権では、政務三役だけで決め、官僚を議論に入れなくなった。専門外の政務三役もいる中で、3.11が起きた。文科省は放射線を測定し、どちらに流れているかを把握していたのに、その方向に住民を避難させることが起きた、と伊佐は語る。政治主導そのものは悪くないが、専門家である官僚とうまく連携できなければちぐはぐになる。どれだけ仕事を頑張っても政治がだめなら国は不幸になる。そう痛感していたときに山口代表から電話があり、ほとんど迷わずに決めたという。
中田によれば、長井秀和が脱会した理由も3.11だった。創価学会や池田にもっと被災地に関わってほしかったという期待が裏切られたのだという。伊佐の受け止めは逆である。被災地を一番走り回ったのは、自宅が被災しても動いた公明党の地方議員だった。震災で延期された福島の選挙で公明党が大勝したのも、それが伝わったからだと伊佐は考えている。中田が、長井が言うのは学会のことで、伊佐の話は党のことではないかと指摘すると、伊佐は学会のことはわからないと答えた。
中田は、芸能界では学会員のタレントが誰かは知られていても口にしてはいけないタブーだと感じていたと振り返った。2019年に公明党と創価学会を扱う授業動画を作ったときは、緊張しながらだったという。それがいまでは、学会員であることを公言する麻生泰と長井の対談や、原田稔会長まで出る「創価学会の日常チャンネル」が現れ、伊佐はキラキラのジャケットを着ている。中田はこれを大きなうねりと見る。伊佐も、公明党も学会も時代に合わせて変わっていると応じた。ただし挑戦は始まったばかりだと述べた。
1990年代:新進党合流で参議院を残した判断
中田は、1994年に公明党が小沢一郎の新進党に合流し、一度党がなくなったことを取り上げた。伊佐によれば、実は公明党は消えていない。合流したのは衆議院だけで、参議院と地方議員は公明党として残したのだという。小選挙区比例代表制は、小沢一郎と公明党の市川雄一による「一・一ライン」で進められた。94年に法律が通り、96年の選挙から実施された。しかし、小沢を100%信じて、どの党より多い3000人近い地方議員まで全部賭けていいのかという議論があったという。伊佐は、時効だろうと前置きして、小沢が一番欲しかったのは日刊紙の公明新聞だったと明かした。公明新聞は党の新聞で、学会の聖教新聞とは別物である。参議院は任期が6年あるので、様子を見る時間も取れた。新進党はその後解体したので、残しておいてよかったことになる。伊佐はこの判断を「秀逸」と評価した。
反自民でまとまった新進党からわずか5年で自自公連立に移ったことは、会員にとっても大きな転換だったと伊佐は認めた。中田が、99年の期待と不安は26年後のいま両方当たったのではないかと問うと、伊佐は、26年間の歩みは間違っていなかったと答えた。ただ結果論として、自公政権の歴史的な役割には一区切りがついたとも述べた。
多党化時代の調整力と議員定数削減
伊佐は、今後は一党で過半数を取る時代はなかなか来ず、多党化が進むと見ている。そうなると、公明党が政策を実現するために常に最大政党と組む必要は薄れる。自民党が先走り、野党がついてこないときに間に立ってきた26年間の調整の経験や、政策に落とし込むための官僚の使いこなし方が、多党化時代にこそ生きると伊佐は考える。
その流れに逆らう動きとして、比例定数を50削減する案が議論されている。価値観の多様化が背景にある以上、多党化は進むだろうが、削減されれば多党化しにくい環境になるのは間違いない、と伊佐は言う。小選挙区では52%を取った候補しか当選せず、48%の民意は生かされない。それを和らげるのが比例だからだ。伊佐は大阪の例を挙げた。維新は「身を切る改革」で府議会の定数2の選挙区を1にした。以前は1位維新・2位自民や公明で2人が通っていたが、定数1の36選挙区のうち35を維新が取るようになったという。中田はこれを、改革のブランドづくりとライバル減らしを同時に実現する維新の「必殺技」と呼んだ。伊佐は、定数削減を掲げて解散総選挙に打って出る可能性もあると警戒している。
物価高対策と争点化の難しさ
伊佐が訴えたいのは、優先すべきは物価対策だという点である。総裁選や連立をめぐる混乱で政治の空白が続いた。公明党もその原因の一端を作ったと伊佐は認めている。その間、物価高への対策は何も進んでいない。食料品の軽減税率を8%から0%にする案も重要だが、消費税の変更は施行まで2年ほどかかることもある。だからまず今すぐできることが要る、と伊佐は言う。批判はあったが、給付金は筋の悪い政策ではなかったと伊佐は考えている。住民税非課税世帯や子育て世帯に限ると、少しだけ上の層は毎回取り残される。だから今回は線を引かず一律にしたかったという。しかし高市首相は所信表明で給付をしないと明言した。自民・維新の合意文書にも、ガソリン、電気・ガス代、地方への重点交付金といったこれまで通りの対策しかない。給付付き税額控除は制度設計から始めるので時間がかかる。これまでの対策から大きく後退している、と伊佐は批判した。
中田は、最近の選挙は争点の設定と発信力で決まってきたと見る。国民民主党の玉木雄一郎と「手取りを増やす」、参政党の神谷宗幣と「日本人ファースト」がその例だ。公明党が物価高対策を同じように争点化できれば、定数削減どころではないという空気をつくれる、と中田は言う。伊佐は物価対策を訴えることは約束した。しかし、選挙は熱狂で動くとも言う。小泉純一郎の郵政解散のように、国民にとってそれほど切実でない争点でも盛り上がれば勝てる。「身を切る改革」は維新の得意分野で、真面目に訴えても埋もれるかもしれないと強く警戒している。
伊佐が玉木をすごいと思うのは、課題を設定する力だという。本来は、地方議員を多く抱えて地元の声を一番聞いている公明党がやるべきことだった。しかし与党慣れすると、財務省の壁の厚さが見えてしまう。「103万円の壁」では、税務当局が最初に示したのは123万円だった。公明党が引き取って160万円まで引き上げたが、国民民主の支持者からは「178万円を公明党が止めた」と怒られ、自民党からは「いい顔をしやがって」と言われたという。伊佐は、政策論とキャッチーな発信はもう切り離して考えるべきで、政策は公約集に任せ、発信は別に打ち出したほうがいいと述べた。ReHacQの高橋弘樹から真面目な話はつまらないと言われたことにも触れた。中田は、伊佐が「公明党は消滅する」といった厳しい指摘を公開の場で笑顔で受け止め、すぐに吸収している点に惹かれると話した。
池田大作の「予言」と、これからの公明党
最後に中田は、公明党と創価学会、公明党と池田を別物だと言っても、国民はそう見ていないと改めて問いかけた。伊佐は、池田のスピーチや著作はほとんど読んでいると言い、池田は結党当初から、公明党は創価学会のためではなく日本のための党だと語っていたと紹介した。池田は戸田城聖との会話の中で、二つのことを不安視していたという。宗教団体が政党を支えれば権力側から攻撃されること、そして本来は信仰の団体である学会が選挙に引きずられていくことだ。そのうえで池田は、しばらくは学会員の応援なしでは当選できないだろうが、いずれ多くの人の期待を担う政治家が党から出て、学会員以外の党員も増え、大衆政党として広がる時代が来ると見通していた。小説『人間革命』でも、主人公の晩年にそうなると書かれているという。伊佐は、自分たちはそういう人間にならなければならないと語った。公明党と創価学会だけで閉じた世界ではなく、「公明党は真面目でしっかりしている」と広く思われる大衆政党になること。その節目がいまだというのが伊佐の受け止めである。
中田は、学会の地区分けが小選挙区に合わせられていること、選挙前の「F票(フレンド票)」の依頼、「折伏」という言葉が一般の人には「折られる」ように聞こえることなどを挙げた。こうした点をもっと説明し開いていけば入り口は広がるのではないか、と問うた。伊佐は過渡期であることを認めた。トライアンドエラーで新しいことをしていて、党内から「やりすぎだ」と怒られることもあり、サブチャンネルにはお蔵入りした動画もあるという。中田は、特定の党を応援しているわけではなく、政治が一方に大きく偏るのが怖いと述べた。そして、自民・維新連立と袂を分かってでも党の理念を守ろうとする公明党に注目していると締めくくった。創価学会との関係を国民が納得する形でどこまで示せるか、そして苦手としてきた発信や争点づくりで次の総選挙を戦えるかは、伊佐自身が「始まったばかり」と言うように、まだ答えの出ていない問いとして残った。
創価学会っていうものの宗教と金の距離感っていうのは適正だったんだろうか。あれ? 統一教会の件と似ているんじゃないか。狂乱財務っていう言葉があります? 池田さんが教祖の宗教団体なのかな。触れてはいけないタブーなんだって思ってたんですね。
宗教の政党やろうと、創価学会の党やろうと。近寄りがたい。今回こういうタブーを打ち破りっていうのが我々の思い、私の思いで。
それがすごいですよね。国民の納得感を得ることさえできれば、すごく新しい公明党になっていくのではないか。折伏っていう字がやっぱり一般からすると、折られるのかなっていう。
というわけで本日のゲストは公明党中央幹事、伊佐進一さんです。よろしくお願いします。
お願いします。ラブ&ピースで伊佐進一です。よろしくお願いします。ありがとうございます。ありがとうございます。
ラブ&ピース。非常に私はこのスパンコールを生で見れて嬉しいです。私、入ってきた時にやっていただきましたもんね。本当に。嬉しいです。ありがとうございます。秀逸なポーズだと思ってます。
すごくいいと思います。私はタレント時代に、やっぱりワンポーズあるタレントさんとそうじゃないタレントさんって全然違うと思ってまして。私も武勇伝っていうネタがありまして、こういうカッキーンっていうポーズがあるんですよ。でもこれ大きいので、これ大体このワン画面に入るようにこうやって挨拶してる時あるんです。このワンショットで収まる、かつ真似がしやすいポーズっていうのが、私、重要だと思ってて、ラブ&ピースはなんと収まってるし、真似しやすいんですよ。本当ですね。完璧だと思います。
しかもラブ&ピースって、まさに福祉と平和の党っていう党のメッセージも含めてるわけですよね。そうです。完璧だなと思いましたね。ちょっと流行語大賞なんないですかね。なると思いますよ。この後の伊佐さんの活躍いかんによってはなると思ってます。
その上でね、今回やはり連立を離脱されたということで、すごく時代の転換点ですよね。この99年体制と言われる26年間の自公連立が途絶えたと。ある意味、袂を分かったっていう中で、その原因についてたくさん聞かれてきたと思うんですよ。
そうですね。ある意味、中央幹事。ちなみに中央幹事という役割って、党の最高意思決定機関のメンバーではあるんです。自民党における総務会みたいな。そうです。会社で言えば株主総会みたいな。これが毎週行われてて、重要事項はそこで、最終的な党の方針を決めるという中で、私もその当事者としてずっと関わってきましたので、今日はつまびらかにいろいろ言っていきたいと思います。とっても嬉しいです。
私の調べた結果によると、伊佐進一さんという人物が、本当、この公明離脱を聞くのに最も適した人物だと。被害者でもありますしね。被害者ですか。被害なのか加害なのか分かりませんけれども、公明党さんが選んだ選択っていうものに対して、ものすごく象徴的な方だと思うんですよね。
というのも公明党さんの変化って、この先月のことだけじゃなくて、その手前から大きく象徴的だったのが、この衣装もそうですし、この衣装で活躍なさってる公明党のサブチャン。これもすごい今話題じゃないですか? 公明党のサブチャンが始まったのが2025年、今年の1月。そうです。最近なんですね。そうですね。登録者が現在18万人台だけれども、再生数で言うとその倍以上、30万回とか40万回とか、時として100万回行くような動画も出ていると。非常に注目度が高い。
そんな中でこの衣装になったのも6月ですよね。実は、つい最近なんですよね。しかもこれ堀江さんの対談の中で。そうなんですよ。キャラ立ちした方がいいんじゃない? って言われたんでしたっけ?
堀江さんに言われたのは、とにかく公明党は真面目なのも分かるし、いいことやってるかもしらんけど、地味やと。なるほど。公明党って言われたらこの人っていう人がパッと思いつかないので、誰かが衣装を変えてね、誰かがポーズ決めなあかんと。党の職員が、それ伊佐さんしかいませんみたいになって、分かったって、そのまま上野のマジックショーの衣装屋さん行って買ってきたんですよ。
衣装選びが私、ドンピシャだと思ってまして。そうですか。ありがとうございます。これいろんな意見があると思うんですよ。この衣装で適してるかどうかとかね、目立てばいいのかとか、意見があるとは思うんですけど、私はこの衣装、本当に素晴らしいと思ってます。
ちなみに、今この衣装で私は地元のポスター撮ってますから。そうですよね。ポスターも変えて、しかも肩書きも政治系YouTuberにしてるんでしたっけ? そうです。衆議院の「し」の字も出てこないです。それが面白いんですよね。その振り切った覚悟。でもこれが誰にでも似合うわけじゃなくて、私、伊佐さんにこそ似合ってると思うんですよ。
ありがとうございます。本当、僭越ながら、初対面でバンバン言ってしまって申し訳ない。本当、好きが溢れちゃってるんですけど。ありがとうございます。
なかなかいない、この政界のスターのジャンルの中でも、言ったらすごくアイコニックで、皆さんが名前知ってるような人って、自民党で言うと進次郎さん、ある意味スターじゃないですか。その上で国民民主の玉木さんとか、維新の吉村さんとか、皆さんが知ってるし、フェイスもどちらかというと二枚目な。男前系がね。そうですよね。これ実は、政界初の三枚目スターになれるんじゃない?
いいっすね、それ。キャラで売りたい。そうなんです。これ全くないポジションなんで。なるほど。スーパーブルーオーシャンに飛び込んだ。なるほど。これ私はすごいことだと思ってるんですよ。そんなに評価していただいているなんて、ありがとうございます。
面白いと思ってますし、私はこの連立離脱もすごく面白いと思ってるんです。なんでかと言うと、そもそも公明党さんと自民党さんって、全く安保に関してとか平和福祉に関してとか、その志向性で言うとかなり逆のところが多いじゃないですか。党是で言うと。その中でブレーキ役、調整役っていうふうに自負してやってらっしゃったところがあると思うんですけど、それがやっぱり党内にいたことで見えづらかったところがある中で、野党化して、それをしっかり打ち出すことができるようになったことで、現在野党のマップを見ると、国民民主にしても維新にしても目立ってるとこってほぼ保守じゃないですか?
そうなんですよ。立憲っていう一個のリベラル、共産とか社民とかいろいろあるかもしれないですけど、リベラルの存在感がかなり薄い中で、公明党さんってかなり今注目されてる中で、そちらに対して一個新しい風を吹かせることができるのかな、なんていうふうに思うんですよね。
そうですね。元々、国民民主党の玉木さんも、我々は中道政党だっておっしゃってたんですよね。ところがやっぱり最近の流れを見ると、だいぶ保守に寄っていってる感じがするんですよ。そういう意味ではおっしゃる通りで、本当に元々結党の時から我々中道路線だと言ってきたので、この中道って結構空いてるんですよね、今。今こそ自分たちの良さをもっと、今までは自公政権の中であんまり自分の公明色出せなかったとこもあるけど、これからもっとガンガン出していけば、そういうこと公明党言ってたんかっていうのは伝わっていくんじゃないかなって。
そこがすごい盛り上がるので面白いかなと思ってるので、注目させていただいてるんですけど、今回伊佐さんがこの連立離脱に関して非常に適した人物じゃないかと思うのが、やはり公明党がこの連立離脱を考える重要なきっかけとなったのが、去年の衆院選の、かなり痛い敗戦。そうですね。これですよね。
2024年。去年の秋に、言ったら15年間ですかね、山口代表がお務めになった後に、当時幹事長だった石井啓一さんが新代表に、世代交代を謳ってなられたわけですよね。ところがその石井啓一さんが就任して直後の衆院選でまさかの落選。そうですね。そして、代表が落選ですから。そうですよね。これ本当に由々しき問題ですし、象徴的ですね。
それ以上にですよ。常勝関西という言葉があるんですよね。その関西エリアで非常に公明党が強かったという中で、まさにその大阪の区から出ていた、出場以降負けたことのなかったこの伊佐さんが、そこで落選してしまう。そうですね。ここもすごく大きかったですよね。勝ち続けてましたから、関西は。負けたということですね。
だから本当に今の自公路線でいいのかって考え直す一つのきっかけではありましたよね。大きな大きなきっかけですよね。この2024年の敗戦の原因分析、これこそがまさに現在の行動指針になってると思うんですよね。この敗戦分析の結果、やはり公明党さん及びその支持母体である創価学会さんの中で、自民党の裏金問題、これに対して推薦を与えてしまっていることが、クリーンな政治を標榜する党是と真逆であり、支持を得られていない。ここが最も大きい敗因だっていうことですよね。
我々ね、今回の高市政権、自民党に対して、自民党おかしいやないか、政治と金の問題変わんなきゃいけないじゃないかって言ってんのは、実は自民党に変わってくれって話じゃなくって、我々自身も変わんなきゃいけないってことなんですよ。おっしゃったように、衆議院選挙で自民党が不記載で非公認にしてる候補にすら、公明党、推薦を出してるわけですよ。政治と金にクリーンやったんちゃうのと。クリーンな自負あるんですよ、我々自身はね。ところが選挙戦略かなんか知りませんけど、そういう所で自民党と連携してやってるこの姿。
一回これを総括して、参議院選挙でも反省するよってことになってたわけです。ところが同じことを繰り返した。もちろん同じじゃないです。いろいろ条件つけたんですけど、結局世の中から見たら同じことやってるやないかと。だからある意味、自民党が悪いって話じゃないです。公明党だって悪いんですよ。だから自公が一緒になって変わらなあかんっていう挑戦が、実は今回の連立交渉やったわけですね。
まさにそうですよね。自民党さんだけを責めてるわけじゃなく、それを受け入れてしまってるように見えていた自分たちの体制をも変えるための、この痛みを伴う大改革。そうですね。このチャレンジっていうのが、私、非常に注目をすべきだなと思ってまして。ただこの世間の認知とのギャップで言うと、政治とお金の問題を大義名分にしているけど、本当はそうじゃない理由だったんじゃないかっていう責められ方もしてませんか?
でも、実はそれ半分正しくて半分違うんですよ。なるほど。つまり何が半分まず正しいかというと、今の国民の皆さんにとって政治と金の問題って、もちろん大きな、引っかかってますけど、喉に引っかかってる骨やと思うんですが。ただもっと大事なことあるんですよね。物価高騰対策、これどうすんねんとか、身近な問題もある。今、日本の置かれた安全保障の環境もある。
その中で我々が思ったのは何かというと、たとえそこで自公一緒になって、なあなあで一緒になっていろんな政策やってたとしても、多分国民の皆さんの意識はね、結局政治は、自公政権は我々のこと見てくれてないやないかと。だから寄り添ってないと。自分らのことだけしか考えてないやんという思いがすごいあった。だからいろんな政策課題はあんのは分かってたけど、とにかく政治と金ぐらいは解決できないと、信頼を取り戻せないと思ったわけですよ。だからある意味、政治と金だけが大事な問題じゃなかったんじゃないのっていうのは、半分正しいっていうのはそういうことです。
半分間違いだってのは、おそらく言ってる意味は保守やったからと。そうですね。それよく言われてますよね。それは違います。それは違う。政治と金というか、信頼をどうやって取り戻すプロセスかっていうのが一番大事でした。そこですよね。
私は保守だったから、政治と金を盾に切ったんじゃないかっていう意見に対して、私は違うと思ってるんですよ、今のご説明の通り。それを検証するためにも今日は、公明党さんが歩んできた歴史、少しずつ変化したり葛藤してきたりしたものを、2020年代、10年代、0年代、及び60年代から90年代の四つの区分に分けて、最近から振り返ってお話聞いていけたらなと思ってるんですよ。ワクワクしますね。ありがとうございます。
すごく時代を象徴するなと思うのが、まさにこの常勝関西で落選してしまった2024年の当事者ですし、10年代の2012年、自公政権が政権を奪還した時に初当選してる方でもありますよね。その変化をすごくリアルに感じてたと思うんで、そこら辺をお話聞きたいんですね。
まず、この2020年代から、直近から振り返っていきたいんですけど、衆院選大敗のこの原因となった出来事、まさに裏金事件ありますよね。この裏金事件と、もう一つ大きな公明党さんにとっての事件というか出来事が、2023年、その11月末の裏金事件の発覚の約2週間前に、3代目の創価学会の代表である池田大作さんの死去が発表されて、この二つが同じ月に起きているということで、私の中でですよ、保守だからっていうだけじゃなくて、自民党さんの側の意見を聞いてみると、私たちの政治と金の問題で落ちたんじゃないでしょって責められ方をしてるのも見るんですよ。なるほど。
要するに公明党はその前から、池田大作さんというね、躍進の当事者であったところの中心人物が、2010年あたりから表立って活動をしなくなった。体調の問題なのかなんなのか、そういった噂あるけれども、2010年から外に出てない中で、支持基盤の皆さんの高齢化ですとか、今までの取り巻いてた環境の変化で、党勢自体が下降トレンドに入っているからではないか。裏金のせいにしないでくれっていう意見もあったりしましたよね。はい。
この二つの件っていうのが、確かにどっちも0対100ではないと思うんですよ。裏金が100なのか、それとも党の衰退が100なのかっていうとこあると思うんですけど、その辺りのバランス感覚というか肌感覚で言うと、どういうふうにお考えですか?
池田名誉会長、池田大作名誉会長が亡くなったことが何かの引き金とかっていうんじゃないと思ってます。元々もう表舞台出られなくなってた。あとは、ちゃんと後継の人がしっかり頑張れと。もちろんいろんなメッセージ送られたりとか、いろんな激励があったりとかってのは事実です。だからそこというよりも、どっちかといえば公明党自体が、ある意味の長い26年間の自公政権の中で、与党慣れしすぎてしまってたんじゃないかと。
そっちの方がポイントなんですね。どんどん与党になってしまった。つまり、我々って本当は地域の声を聞いて、大衆の皆さんの声を聞いて、そこからたとえ官僚がおかしいと思おうが、財務省がおかしいと思おうが、そこのとこ声を大にして言っていくのが、我々の良かった点やったはずなんですよね。そういうところが、与党慣れしすぎじゃないかと。自民党との関係でも、遠慮しすぎじゃないかとか。
自民党が悪いっていうよりも、公明党の当初の思いというかね、結党60年以上経って、そこが薄れてきたんじゃないかっていうことが、やっぱり支援する側からしても、もうちょっと頑張ってほしいなっていうのがあったと思います。
だからやはり公明党さん側の視点から立つと、その2点にかなり集約されてるんですね。自民党裏金に対して、やっぱり妥協して推薦したんじゃないかっていうことと、与党慣れしてることによって自分たちの立ち位置ってのがぼやけてきたんじゃないか。この二つを統合すると、やはり連立離脱っていうことに繋がっていくっていう。それと一般の目から見たこの公明党さんの、党勢の衰退による落選だったんじゃないかとか、保守が嫌だから離脱したんじゃないかっていう目線の、この距離感って結構あるなとは今思いました。
公明党の票って、出方を見るとですね、結構自公政権の支持率によって上がったり下がったりするわけですよ。もし公明党イコール創価学会で、創価学会の人が100%応援して公明党の議員を作ってますっていうんであれば、一定の数がいるんでこんな上下することないわけですよ。ところが上下してるわけですよね。じゃあ、何を意味してるかって言うと、やっぱり公明党、創価学会の人以外でも、私自身もそうだし、伊佐進一入れる、自民党応援してるけど伊佐進一入れる人もいるし、維新応援してるけど伊佐進一入れる人もいるという中で、やっぱり創価学会イコールで、そこの勢いが落ちてるからというよりも、やっぱり党の問題やと思ってんですよ。なるほど。
そこは自民との距離感もあれば、自分たちの良さの出し方もあれば、やっぱりそこが問題だからこそ、こんな上下するわけですよね。だってイコールやったらこういうふうな票の減り方しますから。なるほど。
じゃあ、その創価学会と公明党っていう距離感で言うと、公明党さんからの視点で言うと、やはりかなり取れていて、この公明党としての立ち位置っていうもののブレ。
例えば、私、選挙で大阪6区勝つ時って10万票ぐらい取るんですよね。公明党の大阪6区の比例票って3万ちょっとなんですよ。つまり7万ぐらいは、さっき申し上げたように、自民党って2枚目書いてるけど伊佐進一入れてる人。2枚目維新って書いてるけど1枚目は伊佐進一って書く人。つまり、もちろんね、公明党の人が、あるいは創価学会の人が、ちょっと伊佐進一頼むでって言って入れてくれてるの、もちろんあると思います。
でもこっち7万票ですから、ある意味イコールの世界では全然なくって、やっぱり公明党、創価学会じゃない人でも、公明党の政策いいやんと思って入れてくれてた人がいた。ところが政治と金の話だけを言えば、自民党に対してそんなんやってんやったら、もう伊佐さん応援でけへんわって離れてった人も、地元でいるわけです。なるほど。だから、こういう人が今回これを見て、戻ってきてくれた人もいます。
なるほど。確かに。だからそれに対してポジティブな反応してる方も多いでしょうね。様々です。そうですよね。特に私が面白いなと思ったのが、公明党さんの政策、選挙ドットコムさんとの対談の中で、実は若年層と無党派層から、ボートマッチングって、どこの党がいいですかではなくて、どういうふうに各トピックで思いますかって言った後に、その考えはどの党に近いですかっていう、そのボートマッチングをすると、若年層と無党派層に常に上位、及び直近で言うと1位の支持を受けてるのが実は公明党だって。
そうなんですよ。だからあなたの政策はこの党に合いますってやったら、支持率18%なんですよ。すごいことですよね。公明党って大体2%から4%。生まれて18%なんか見たことないですよね。確かに。だから政策的にはええことやってるわけです。ところがその時に、大体、その主催されてる方が言ってたのは、私、一番合ってる党、公明党ってなったんですけど、公明党には入れたくないから2番目のとこ行きますっていう声が結構あったんですよ。なるほど。
つまり政策はええことやってるけど、公明党のイメージがね。そこですね。だから自民党の裏でこそこそしてるっていうのもあれば、宗教の政党やろうと、創価学会の党やろうと。近寄りがたい。今回こういうタブーを打ち破りたいっていうのが我々の思い、私の思いで。それがすごいですよね。だからこんな格好してるわけです。
それが素晴らしい。今おっしゃっていた中に全て詰まってるなって私は思うのが、要するに政策だけを見ると非常に福祉的で平和的思考で、女性や子供、幼児教育の無償化なんかも含めて、さらに政策の実行力、実現率、そういったものも含めて、非常に中身を見ると支持が熱い方、多いわけですよね。ところがその18%、ボートマッチング1位の感じが、何かフィルターでグッと減る。はい。
そのフィルターの2枚が大きく今出されましたよね。一つは政権与党にいて自民党の影にいるようなイメージ。もう一つが宗教のイメージ。この二つのうち一つは、もうすでに解消されたわけですね。一つが自公連立から出た。このことによって1枚抜けたわけですよ。なるほど。ということはですよ、残り1枚。残り1枚。この創価学会と公明党との関係に関して、非常に国民の納得感を得ることさえできれば、すごく新しい公明党になっていくのではないかなというのが私の仮説なんですよ。
そして私がこの創価学会、創価学会って言って、支持基盤のほとんどが創価学会じゃないよという意見がありながらも、私がそこにこだわるのは、その18%を失ってる大きな要因が創価学会というものに対するイメージなんだとしたらですよ。それを解き放すことができるのは伊佐さんかもしれないと私は思いまして。ありがとうございます。
そのお話を深掘っていくにはですね、政治と金が浮き彫りになった2023年の裏金事件の1年前の安倍さんの銃撃事件。2022年の安倍さんの銃撃事件で自民党と統一教会との話になって、私、高市さんと総裁選の、本当ついこの前対談させていただいた時に、統一教会の話伺ったんですよ。それはやっぱり、この裏金という問題だけではなく、自民党の説明責任であるとかイメージっていうものに、統一教会との距離感、すごく大きいと思ってるんです。
その安倍さんを中心とした旧清和会が、及びその安倍家3代にわたって、岸さん、安倍晋太郎さんから勝共連合を通じて統一教会と深い関係があったこと、及びその旧安倍派を中心とした裏金の還流。この辺りの説明が非常に重要だと私、思って。この政治と金に関しては伊佐さんもかなり厳しい目線で問いただされてますよね。保守派の論客の方とお話した時も、下村博文さんが指示を出してたんじゃないか。あの辺りに関しての真相解明ができてないんじゃないですか? それ指摘なさってましたよね。
そうですね。よくね、自民党の皆さんは「禊済んだやないか」というわけですよ。だってもう国民の皆さんの審判を受けて、衆議院選挙と参議院選挙やったやないかというわけですが、我々思ってないし、私は国民の多くの皆さんは政治と金の問題は決着ついたと思ってないと思ってるんです。
その一つの証明として、現に参議院選挙、この直近の参議院選挙が終わった後でも、新たな事実がポロポロ出てくると。大物政治家の秘書が略式起訴されてとか、あるいはさっきおっしゃった下村博文さんが、実は安倍総理が、これはまずいんじゃないの、やめた方がいいんじゃないのって、一回ストップしてたわけですよ。これを誰かが再開させてるわけですよね。これを指示したのが下村さんやという、裁判の過程で出てきてるわけじゃないですか。だから事実の解明が何もなされてないと。ですよね。だからここの所をもう一回ちゃんとね、全容解明やってくれよってのが我々の思いですよね。
私もそれは非常に思うんですよ。この下村博文さんって、まさにこの統一教会が世界平和統一家庭連合に改名した時の文科大臣でもあるわけですよね。非常に私はキーマンだと思ってまして。その政治と金っていうもの、プラスですよ。国民がやはりどうしても見てしまうのが宗教と金、この問題だと思うんですね。この統一教会の問題っていうものに対しての疑念が湧いたことも、この創価学会っていうものの宗教と金の距離感っていうのは適正だったんだろうかっていうところに、私は目線が向いてしまうんですよ。ここに関して、公明党さんってどういう立ち位置というか。
ことの本質は、いわゆる統一教会が当時いろんな課題を抱えてたわけじゃないですか。その課題っていうのは社会的に、例えば高額で何か売りつけるとか、それで家庭が大変な状況になるであるとか、何度か社会の中で問題を起こしてた事実があったわけですよね。この話は宗教の話というよりも、社会的な課題を抱えてる団体と、公党である、とりわけ与党である自民党との距離感ってどうなん? ちゅうのが一番、本当は本質なんですよ。それがたまたま宗教団体なのか、たまたま違うなんかの団体なのか、経済団体なのかっていうだけの話で、宗教と政治の関わりが本来おかしいんじゃないかって話では、私はなかったと思ってます。
だからある意味、憲法20条の政教一致、政教分離の話も、公党がね、党が、公権力側が特定の宗教に対して内心の自由に踏み込んで、ああせえこうせえって言ったりとか、弾圧したりとか、これはダメですよ。でもいろんな宗教を持った人が政治に参加するのは、これ政治参加の自由じゃないですか。これは禁じてないですよね。ご存じのように、ドイツだってキリスト教民主同盟って、メルケルさん、あれキリスト教の党だし。
国が宗教を優遇したり弾圧したりするのを禁じるのが政教分離であって、宗教団体の政治参加は政教分離とは関係がない、という話ですね。それプラスですよ。私は宗教団体の問題ではないと言いつつですね、その統一教会においての、私は新興宗教だから悪いって思ってないんですよ。要するに、どのサービスであろうと、家庭を破壊するほどの重課金を強いている集団っていうのは、やはりメスが入るべきだと思うんですよ。
つまり、いわゆる旧来型の伝統仏教ありますよね。浄土真宗とか浄土宗とか、ああいうものがあまりそこにピックアップされないのが、浄土真宗に入ったから家庭が貧しくなりましたっていう話をあまり聞かない。つまり重課金がないからだと、私、思ってるんですね。
その点において、山上被告の初公判が最近ありましたよね。その点でも非常に重要なのが、殺人を認めると。その上でそれが宗教を由来にしてたものなのかっていうことと、あれは政治的テロなんじゃないかっていうものと、今の論争が、それが始まっている。その中で重課金はなかったか。これが非常に重要だと思うんですね。
課金っていうのは、お金を寄付するってことですよね。献金。私自身も創価学会員なので、国会議員になる前、別に一創価学会メンバーでした。我々はもちろん寄付します。するんですが、これって完全にフリーですよ。ノルマなんかもちろんないし、これだけやんなきゃいけないってのもないし、生活大変な時なんか当然できるわけないし。でも人によってね、大変やけど、でもやっぱり自分の信仰心から、大変な中でもやる、俺はやるんやって決めてる人も、それはもう自由です。
ただそこの重課金の問題は、そこが団体として半ば強制的にやらざるを得ない。自分が会員の身分を維持するためにやらざるを得ないような制度になってるかどうかってのが、私、ポイントやと思ってて。そこは一切ないです。一切ない。
この重課金が制度的に強制力があるのかどうかっていうところと、その信仰心っていうものがそれによって試されるからこそ、強制してないけど高額献金を自発的にしてるんですっていうエクスキューズって、非常にちょっとグレーなゾーンだと思ってるんですよ。
ここはね、歴史的に非常に微妙で、ある意味、献金どころか信仰の名のもとに戦争に行って、武器を持って戦う十字軍とかもそうだし、昔の歴史からやっぱり信仰っていうのはそこと裏腹なんですよね。確かに。だからそこは、信仰する人間の良心が求められるというか。国家神道もそういう世界あったわけじゃないですか。自分が戦って死ねば、靖国に祀られる、家族も幸せになるという思いで、そこも信仰利用されたわけですよね。だからそこは信仰をやってる側の人間の良心が非常に求められるんじゃないかと思いますね。
確かに。ただ私の中で、下村博文さんに切り込んでいく伊佐さんは、非常に私は応援したい。なぜかというと私も知りたいから。だと思ったんですけど、そういうスタンスを取る時に、国民側の視点に立った時に、支持基盤である創価学会がどういうふうに献金を信者さんからもらってきたのかっていう仕組みが見えてこないからこそ、我々は、あれ? 統一教会の件と似ているんじゃないか? 違うのだろうか? っていう疑念が発してしまう。
だからこそ、この公明党さんがもし次に情報開示をするテーマがあるとしたらですよ、その創価学会と信者さんとのお金の関係ってのがどういうものなのかっていうのが広くオープンにされて、それぐらいだったら妥当だよねとか、統一教会のあの事件とは違うよねっていう納得感が得られた時に、初めて政治と金にクリーンである姿勢っていうものに対して、すごく共感が得られるような気がしたんですよ。
なるほどね。ここで難しいのは政治、さっき申し上げたように、ある公権力を持った人間の方から特定の宗教団体に対して、ああしろ、こうしろ、開示しろって、なかなか言えないじゃないですか。だから、ここは政治家の立場で言うと、じゃあちょっと創価学会の人に言いに行きますっていうのは、なかなか言えないですわね。そうなんですか。だってそれこそ公権力が、私はたまたま無職やからいいですけど、公権力側があれせえ、これせえっていうのはできない。だからそこはおっしゃる通り、制度としてね。
制度としてどういう形が、例えば今、宗教法人っていうのは非課税になってるわけですよね。非課税になってると。ただそこは所得に応じてで、他の税はもちろん払ってますよ。他の様々な税は。ただそこだけが非課税。所得について、収入についてなってる部分については、ここは宗教法人だけじゃなく、NPO法人だったりとか、ある意味公益な法人は全部非課税になってるわけじゃないですか。こういう議論はもちろんね、求められて、本当に今大きな税制の改正の中で議論が必要だったら、そこはそこで、宗教のそもそものあり方とか、NPOのあり方、非営利団体のあり方っていうところからの議論はあるんじゃないかなと思いますけどね。
この創価学会さんと公明党さんとの距離感も、特によく聞かれることだと思いますし、伊佐さん本人で言うと創価大学出身じゃないじゃないですか。東京大学の工学部、宇宙工学科。それから科学技術庁行かれて、中国の外交官もされた経歴の中で、山口さんにお電話でスカウトされたんですよね。そうです。元々あれですか、ご実家が創価学会の信者さんの家庭だったんですか? そうです。
ある意味2世にあたるわけですけど。ただこれ、信仰の者として、学会員として思うのは、親がやってたから子供もそのまま素直にやる人って、そう多くないですよ。もちろん親がやってるけどやらない人も多いんですね。親はやって、自分も一応学会員にはなってるけど、やっぱり何らかの信仰をやる中で、信仰体験だったりとか、やって例えば自分の悩みとかいろんなことを乗り越えていく。やっぱりこの信仰で、自分で本当にこの信念、哲学で乗り越えてったんやっていうのが確信しないと、本来の本当の意味で信仰はしないでしょうね。私自身、それがあったからやってる。
伊佐さんがこの創価学会の信仰、日蓮正宗から派生した、日蓮大聖人を信仰する宗教だっていう理解なんですけど、その教えの中で救われた瞬間があったということですか? それはどういう瞬間ですか? 学生時代とかですか?
これはちょっと宗教論になるんで、言うのもあれですけど、個人的に言わせていただくと、結局その信仰、我々の言う信仰っていうのは、何か第三者の神とか仏がいて、そこに祈ったら奇跡が起こったとか、なんかしてもらった、よかったよかったっちゅうんじゃないんですよ。仏教って何かって言うと、基本仏教は自分の生命を、みんな一人一人仏やと。だから皆尊いんですけど、その仏の命をしっかり出すことで、いろんな自分の悩みとか苦しいことあっても、よっしゃ乗り越えたろうと思って、力強い命で挑戦して乗り越えようみたいな、結構前向きなっていうか攻撃的なというか、よっしゃ、やったるみたいな。アクティブなんですね。乗り越えるっていうもんなので、決して第三者にあるもんじゃないと。
その思いでいろんな自分の今までの人生の課題、悩み、苦しいこと、時に励まされながら、よし頑張ろうって思いで、そういう命を出しながら乗り越えてったっていうのが今の自分。だからこそ今僕があると思ってるので、それが一個一個は、詳しくは言えないけど、自分の中での信仰体験にはなってますね。
なるほど。その上で山口さんに来ないかと言われて。私の中でこの2020年代の、今あった安倍さんの銃撃事件と統一教会とか、あと裏金事件とか、池田大作さんの死去であるとか、衆院選大敗っていう事件と、またちょっと振り返って、10年代も実はその変化の時だったのかなと思ってまして。まさにその12年に当選なさるわけですけど、2010年から池田大作さんが公務にお出にならないっていう中で、12年に、創価学会とYouTubeで言うと長井秀和さんが脱会されるんですよね。
私、非常に象徴的だなと思ってまして、10年代の脱会を経た長井秀和さんは、どちらかというと創価学会に対して批判的、公明党や創価学会に批判的な立ち位置を取りながら、今、市議会議員をされてらっしゃるわけですよね。伊佐さんの、まさに公明党の中央幹事である意見と、長井秀和さんの意見っていうものが、両方の角度から見た時に、創価学会ってどういう団体なんだろうと。
その長井秀和さん曰くですよ、本を読ませていただいたら、10年代あたりからどうも雰囲気が変わってきたと。特に山口代表になったということも。この長井秀和さんって創価小・中・高・大の方なので、その違和感を感じるらしいんですけど、それまで池田大作さんがすごく前に出ていた時は、創価大学の人たちっていうものの存在感、非常に強かったけれども、山口代表になったことはすごい驚きだったと。というのも創価学会の中の立ち位置、距離感っていうよりは、東大卒の弁護士で政治家に向いてるっていうことでの起用ということで驚いたって書いてらっしゃるんですよ。その創価大学閥と東大閥のこの力の推移っていうものがすごく気になったらしいんですね。
私それを読んでいて、まさに伊佐さんと山口さんの関係というのは、東大卒の人が東大卒の人を引き抜いて公明党に入れてる。選挙ドットコムの対談の中でも、非常に公明党の議員さんは優秀な人が多いと。言ってみたら比べるようであれだけど、自民党の議員さんの中には、優秀な人もすごい優秀な人いるけど、政務官さんとか、そういうぐらいになると、あれ、この人は実務能力はあるのかなって疑わしい時があるけど、公明党さんの議員ではほとんどそれがいないと。とにかく優秀だっていう印象と、私のお話が繋がって、公明党さん、ある時期から池田大作さんとか創価学会っていうもの以上に、実務的に非常に優秀な人を集めていくようになった流れの中の、言ったら代表的な人なのかなって思ったんですね。
もちろんね、公明党が60年の歴史の中で、最初は創価学会の幹部が選挙に出てたわけですよ。そうですよね。っていう時代があったわけですよ。そこからやっぱり変わって、ある意味ドンと変わっていく時代の、我々節目だと思ってて、山口代表の例えば前の太田昭宏さんとかは、創価学会の青年部長とか、若い世代のトップやってたんですよね。創価学会の中での立ち位置が明確な人というか、有名人がなっていくイメージになってたわけですよ。
ところがやっぱり公明党自体がどんどん時代と共に、ある意味大衆政党をより目指していくということになった中で、さっき申し上げたように、イコールじゃないんですよというのは、やっぱりそれは形で表さなあかんっていうのがあって、社会でそれぞれ活躍してる人をリクルーティングしてったわけですよ。一本釣りというか、だから電話かかってきたわけですよ。っていうのでなったと。だからそこは、私でもね、長井さんが東大閥と創価大学閥って言ってるんであれば、全く感じたことないです。
そうなんですね。っていうか、めちゃめちゃちっちゃい党じゃないですか。そうですか。こんなちっちゃい党に派閥なんかできようがないというか。そもそもまず、公明党ができた時、池田名誉会長が厳しく言ってたのは、最初から私は政治に関与しませんと。なるほど。ただ派閥ができたら解散せえって言われてたんですよ。お前ら、というか、そんなちっちゃい党が派閥なんか作ったら分裂して、団結してこそちっちゃくても力が出るのに。確かに。そんなんなるようだったら公明党は解散だっておっしゃってたんですよね。
確かにその選挙ドットコムさんとの対談の中でも、その一枚岩感というか結束力、すごい感じると。他の政党さんで言うと、結構いろんなバラバラな考え、バラバラな動きをするけど、公明党さんの議員で団結して、一個の課題、優先順位つけて全員でプレッシャーかけていくから、だからこそ実現力が高いんじゃないかってお話ありましたよね。
そうですね。だから僕、長井さんの言うこととはまた逆のこと言いますけど、どういうことかと言うと、逆に我々は一枚岩すぎて、周りから見て気持ち悪く見られてんじゃないかと。なるほど。つまりどっから切っても金太郎飴で、みんな同じような意見しか公明党言わないから、真面目なことしか言わないから、もっと個性出してもええんちゃう? ほんで実は、さっき言ったようにみんなそれぞれの分野で頑張ってた人なので、個性実はめっちゃあるんですよ。医者もいれば公認会計士もいれば、私みたいに官僚出身の人もいれば弁護士もいれば。そうすると皆バックグラウンド違うから、意見違うじゃないですか。党内でバチバチで議論してるんですよ。だからサブチャンネルでこのバチバチ感をもっと見てもらった方がいいんじゃないかと思って、出し始めた。
あの動画面白かったです。ですよね。だからある意味、同じじゃなく違う方向に見せたいと思って今やってるから。今の政調会長の岡本さんとか創価大学ですもんね。むしろ。で、ゴールドマン・サックスでしたっけ? そこからの。バチバチやりながらも、でも仲は良さそうというか。
そうですね。良さそうっていうか、一つの目的に向かって協力する、同じ頑張る仲間なので、もちろん人間同士やからありますよ。仲悪いんですか?
今、仲良さそうって言ったら、嫌そうな顔したから。いろんな人がおるよっていう。すいません。ちょっと疑っちゃって。
でもあの動画も非常に面白かったですし、確かに派閥があるというよりは、多分東大の方が増えてったっていう文脈だったと思うんですよ。
増えてるかな? あ、そうではないんですか?
優秀な方を。だから創価大学卒業生として、池田さんの影響力って言いますか、その池田さんカラーっていうのが、また変化してきたタイミングなのかなっていうのを読んで感じた。
でも大学によってあんまない。個人の問題と思いますけどね。さっき言ったように、信仰とか池田会長に対する思いとかって人それぞれなので。そこをすごい気になる。それを大学ごとでくくるっていうのが、ちょっと意味がわからんというか。
なるほど。はい。
池田名誉会長への思いが人それぞれっていうところも、外から見た時のギャップがあると思うんですよね。日蓮宗系の信仰仏教であるっていう理解をしつつですよ。1960年から90年代の、第3代になった池田さんの時代の雰囲気っていうものがやっぱり強烈であるからこそ、やはりどちらかというと池田さんが教祖の宗教団体なのかなって思ってらっしゃる方も多いと思います。
なるほどね。池田名誉会長は祈る対象ではありませんので、ある意味、我々で言えば師匠っていうか、何の道でも師匠、師弟ってあるじゃないですか。料理人だろうが何だろうが、いろんな道にあって、大工だろうが。師匠的な位置付け、師匠なんですよね。
例えば僕の印象ね。僕の印象は、政治の分野に携わってるんで、池田名誉会長から学ぶことっていうのは、めちゃくちゃ戦略家やと思ってんですよ。例えば、こんなことやんのって、時と共に柔軟にものすごい決断したりとかしてて。ここには出てこないかもしれないけど、創共協定とかも結ぶわけですよ。
創共協定って何ですか?
共産党と創価学会ってめちゃくちゃ仲悪いんですよね。ところがある瞬間、政治状況変わって、急に池田名誉会長が共産党と手を結ぶわけですよ。
共産主義自体が宗教に否定的ですよね、確か。
だから、そんなことを戦略的にやったりとか。だから本当に稀代の戦略家というか。
ある意味、自公連立とかもその文脈の中の1つなんですかね。
そうですね。池田会長ご自身が何かああせぇ、こうせぇって直接指示をするわけじゃないですよね。基本的には政治はもう公明党がやってくれという話ではありますので。ただ我々としては、池田名誉会長の戦略論とかその辺を引き継いだものとして、いろいろ悩みながら決断をしてるということです。
なるほど。このイメージ的なものがやはりすごく払拭できるかどうかっていうところが、さっきの2枚の壁。18%を下げている2枚の壁が、自公連立っていうのと、宗教としてのこのミステリアスさ、ベールに包まれたところ。ここのこれが今からなくなるでしょうと。でもこれはあり続けると思うので、今のこの質問に対しての回答、すごい新鮮ですね。
ちなみに一応念のため言っとくと、僕も創価学会員だし、そういう意味で、やっぱり宗教色を払拭してなくしていきたいっていう意味ではないんですよ。
なるほど。それはどういうことかというと、やっぱり私は政治家にとって理念、哲学、軸って絶対大事だと思うんですよね。つまり政策ってね、100点対0点の政策ってないんですよ。大体55点対45点で悩むわけですよ。どっちの方がいいか。
その時に悩んだ時に、政治家は何をもって決断するかっていうと、軸がもしないとね。この判断軸がないと、こっちの方が次、投票しやすいかなとか、こっちの方がお金儲けできるなとか、そっちで判断するわけですよ。
でも軸っていうのは、自分のどういう社会を目指すか、どういう理念、どういう哲学なんか。これが私、信仰やと思ってて。やっぱり信仰って、例えば利他の精神、人のために何ができるか。公明党やったら、例えば平和だったりとか、やっぱり分断よりも対話、協調が大事だったりとか。ここの軸で我々は政策、政治を判断するので、私は信仰は政治にとって非常に重要なものやと思ってます。
とても興味深いです。公明党さんのキャッチコピーで「やると言ったらやりきる」って、あれで「何を?」だっていうツッコミをみんなから受けてるのを見てて、私はでも多分相当会議してこれに決まったんだろうなと。多分重要な何かなんだと思った時に、「やると言ったらやりきる」っていうのは実現力、実行力を象徴してると思いましたし、それはある意味、他党への批判も含まれてるなと思ったんですよ。
やれないことをあなたたちは言ってませんかっていう、いわゆる昨今巻き起こる野党側のポピュリズムとも言えるような、財源も何も、実現性も何もあったもんじゃないような、国民に対して甘い政策を並べ立てるっていうやり方に対する強烈なカウンターなんじゃないかと。
おっしゃる通りですね。そこを意図してある意味やったわけですよ。ただ選挙戦略的にはやっぱり失敗だったと思います。
なるほど。それおっしゃる通りで、「やると言ったらやりきる」って言われて、「何を?」っていうのがもう100万返ってくるわけですよ。確かに。その中で具体的にはこれとこれとって言うけど、やっぱりキャッチって、選挙はもうある意味ワンイシューというか、キャッチじゃないですか。
だから我々のスタンスとして「やると言ったらやりきる」っていうのは、日常ではそれでいいかもしれないけど、選挙を戦うってなった時に、訴求力がないというか。だからそこはまたね、選挙戦略としてはちょっと問題やったなと思ってます。
だから何ですかね。「うちはチーズハンバーグ」とか言ってる時に、「私たちはしっかり出汁を取ります」みたいな基本軸を言ってるというか。そのメニューが知りたいんだけど、その出汁を取って何を食べれるんだっていう基本。でもその誠実さや真面目さっていうのが、実は信仰に裏打ちされてるっていう可能性高いわけですよね。
その話が聞けてなるほどなと思いましたし、それが非常に今まだ理解できてないから、分からないもの怖いじゃないですか。だけど非常に仏教を中心としたこういった形の教えで、池田大作さんはこういう距離だけど、決してその人が神格化された個人崇拝の対象ではないと。
そしてその理念があるからこそ、我々はブレずに福祉や平和を訴えれるんだっていうことがプラスに国民に届いた時に、初めて公明党さんって「創価学会の党だよね」って言われないフェーズになる可能性がありますよね。
そうですね。やっぱり重要なことではあるけれども、宗教色を消したいわけではない。ここが非常に重要なとこですよね。そうですね。
だから本当に難しいと思います。つまり、今申し上げたことは、政治家のバックボーンとして宗教性が大事なんだっていうことは、海外にとったら普通なわけですよ。確かに。さっきドイツの話しましたけど、インドだって確かヒンドゥー教が、あれ政権与党ですよね。
だってアメリカの大統領選挙って、大統領選挙終わった最初の宣誓って、聖書の上に手を置いてやるじゃないですか。ある意味、神に誓うわけですよ。確かにそうですね。かなり宗教性って実は政治とかなり、同じ政事っていうだけ。
だからポイントはやはり、我々ってミッション系のキリスト教の学校だとか、仏教系の学校だとかに対して、あまり偏見がないわけじゃないですか。何をもって偏見があるかというと、おそらく90年代とか80年代にぐっと盛り上がった、世紀末思想によって後押しされる新興宗教ブームの中で、それこそオウムの問題もありましたし、他にもいろんな幸福実現党とか幸福の科学とか、いろんな宗教っていうものが新興宗教と言って1個テーマになる。
それも私の先ほどのポイントになってくる、回帰してくるんですけど、新興だから悪いのかどうかっていうところって、やはり献金で被害が出てるかとか、重課金が過ぎるんじゃないかとか、何か信仰煽りすぎて間違った方向に誘導してるんじゃないかっていう疑念と、伝統宗教の差っていうものがあるとしたらですよ。やっぱりおっしゃってるのは、伝統宗教の1つとして扱っていただきたいっていう矜持を感じるんですよ。
元々だから日蓮の教えですから。ぽっと新しい教えが出てきたのが創価学会ってわけじゃなくて、日蓮正宗の流れをくんだ1つの信徒の団体やったわけ。
わかります。言ったら浄土真宗も浄土宗も、昔からのインド、中国からの仏教の流れで新しく分派していったものでしかないわけですから、歴史的に見ると、いや、それも正当な分派だろうというふうな気持ちも非常に分かるんですよね。
その上でそこの差っていうものが、私は統一教会ももちろんキリスト教系の新興宗教じゃないですか。だけどやはり個人崇拝が気になるんですよね。文鮮明がキリストの生まれ変わりだっていうところっていうのと、もちろんじゃあ日蓮はどうなんだとか、教祖として、他にも鎌倉時代のいるわけですけど。そこが説明があると分かりやすいと。
わかりました。もうちょっと深い話をすると、なぜ日本人は宗教に対してアレルギーを持つかっていうことやと思うんですよ。なるほど。
これね、例えばさっき言った新興宗教で、いろんなやばい宗教団体出てきたっていうのは、これ欧米も一緒なんですよ。カルト教団みたいなのが出てきて集団自殺やったりとか、セクトとか、いろんなことあったわけですよ。でもかといって、じゃあ欧米では宗教に対するアレルギーがあるかっていうと、ないわけですよね。
これはいろんな説ありますよ。私が勝手に思ってる私の意見としては、多分日本は元々宗教に対して、ある意味常に権力側と結びついてた、うさん臭いもんだったわけですよ。例えば近代で言えば江戸時代以降、寺社仏教ね。寺社仏教っていうのは、本当にもちろんやってる人たちは本当真剣にされてると思いますが、国の制度として全員檀家にするわけじゃないですか。
檀家制度っていうのを敷いて。ありましたね。みんなが村のどっかの誰かの檀家になってます。あれ江戸時代ですよね。だから所属するわけじゃないですか。それで管理していくっていうような手法を取って。戸籍管理と宗教を一致化させたやつですね。
そういう時代もあれば、1番直近で言えばまさしく国家神道の時代で、明治時代ですよね。ある意味、宗教の名の下に内心までコントロールされて。
初代の牧口さんが弾圧された時も、それが原因ですもんね。
そうですね。獄死するわけですけど、捕まって、治安維持法でね。っていうように、常に日本の歴史って、信仰が土台として自然にというよりも、常にうまく権力側と、使われてきた歴史というかっていうのを感じるわけですよ。だからなかなか根付かないっていうのはあんのかなっていう気はしますね。
なるほど。私の中で、個人崇拝かそうじゃないか、新興宗教かどうか以上に、本当に信教の自由があるとしたらですよ、本当にその、あとお金なのかなって思うんですよね。何を信じるかは人次第だと思うんですよ。それで私の中で気になってる言葉の中に、財務っていう言葉。寄付ですよね。寄付のことを財務っておっしゃってるじゃないですか。その狂乱財務っていう言葉があります?
いや、聞いたことない。聞いたことないですか? 創価学会さんについて調べてると、その狂乱財務っていう言葉が出てきて。狂って乱れる財務ですか? そうです。そうですか。なるほど。
そもそも牧口さんとか戸田さんの頃には、献金に関してはあまり積極的ではなかったみたいなところがある中で、大石寺。日蓮正宗の本山である大石寺とまだ関わりがあった頃に、寺社の建て直しに関してお金を集め出すという中で、集まる金額っていうのが非常に大きい金額だったところから、池田大作さんの時代あたりに、集めるお金の量をさらに増やすっていう方針を取った。
この切り替わりのことを、一部の信者の方が狂乱財務と呼んでらっしゃって。それによって、言ったらですよ、その家庭の財政状況っていうのが非常に厳しい状況になった人がいるっていうような記事を読んだんですね。これが私は内部にいた人間でもなければ、公開されてる情報からしかわからないので、これはどう整理つけてるのかなと思ったんですけど。
確かにね、そういう歴史はありました。狂乱かどうかはともかくとして、創価学会はある意味、信仰の団体として、そこのところで日蓮正宗、当時の大石寺、富士の麓にやっぱり大きいお寺を建立したいというのがあって。ただお寺だけじゃお金がないので、創価学会に協力してくれって言われて、みんなでお金を出し合ったという時には、みんな貧乏やったけど、新しいお寺できるんやったらって、貯金はたいて出した人もいるんでしょう。っていう時に、わーって確かに集まったと思うんですよね。
そこがあったから一生懸命集めるようになったか、分かりません。私も経緯わかんないですけど。ただ私の肌感覚ね、実感、創価学会員としての感覚からすると、強制されたことは1度もないし、出さなまずいな、立場ないなとかもないです。
なるほど。それ重要な意見ですよね。確かにその1960年代の出来事と、主に経験されてきたのって何年代ぐらいですか? 60年代ぐらいですか? もうちょっと後ですよね。
私が。その私自身はだから社会人になって、ちょっとでも寄付のつもりでやろうとはやってました。
その辺りのご意見と、出回ってる情報とのギャップっていうのも結構あるかなと思います。あると思います。私は何か批判したいわけでもなければ、何か決めつけてるわけではなくて、こういう意見もあると。伊佐さんの意見もあるという中で、やっぱり今、情報を開示していくっていうスタンスをサブチャンで取ってらっしゃる。これがものすごく受けていると思いますし、求められてる。
だからどちらかというと、情報開示と再構築っていう中の主眼となってくるのが、今までの創価学会との距離感であるとか、お金の流れであるとかっていうのが、つじつまが合って、穏健な考え方をされていて、それをベースに非常に福祉と平和の政策を進めてらっしゃるんだなっていう理解が明確になれば、すごくその18%を取りこぼさない気がしたんですよね。
だから我々ができるのは、党の人間なので、党として例えば創価学会からどれぐらいお金が入ってるか、これは0です。0。とかはオープンにできるし、党としては何でもオープンしますよ。問題は、今の話だと創価学会の信仰してる一信仰者が創価学会にどれぐらい寄付してるか、どれぐらい集まってるかって話って、宗教団体の話じゃないですか。党の話じゃないじゃないですか。だからそこは逆に言えば、例えば創価学会の青年部長とか、ぜひ呼んでいただいて。
確かにね。詰めていくのはいいかもしれない。それを詰めるのは、もしかしたら伊佐さんの役目かもしれないです。でも伊佐さんは、そうか、立場上できないのか。そう。だって公権力側ですから。なるほど。もしかしたら私は呼ぶかもしれないですね。聞くかもしれないです。
でも私が言いたいのは、これが正しいっていうことでなく、あくまで一国民の視点をご理解いただきたいなと。要するに創価学会と公明党はこういう関係だから、公明党から創価学会にそういうことは言えないし求められないっていうご意見が、なるほどなと納得しつつも、私以上になんとなく公明党、創価学会を見てる人からすると、かなり一体化しているし、そこが明らかになることで公明党をスムーズに応援できるよなって思ってる方は多いっていうことだと思います。そうですね。それがすごい重要だ。
もう1つの壁であったところの、自公政権だったっていうところについても聞きたいんですけど、自公政権によって党是が問われた時があったと思うんですよ。それが象徴的には2015年の安保法制。あの辺りでYouTubeを見てると、非常に戦ったと。戦った。言ったら集団的自衛権であるとか、そういう自衛隊の権限に関して、ちょっと拡張的路線を取りたい自民党と、抑制的路線を取りたい公明党でかなり戦ったっていうのは、これは象徴的な出来事です。この頃はもうすでに衆議院議員ですか?
議員ですね。私まさしくこの平和安全法制を議論した特別委員会の委員だったので、もろやってました、これ。
なるほど。じゃあこの時の内側の意見と、それを経た上での国民のイメージ、自民党の後ろでなんとなく自民党に結局押しやられちゃってるんじゃない? 押し込まれちゃってるんじゃないっていう意見。これ口惜しいですよね。
これちょっと、26年間連立組んできて、時にこうやってバチバチにぶつかったことあるんですけど、私ね、これ良かったと思うんですよ。
どういうことですか?
何がいいかっていうと、日本の、つまり価値観が全く一緒じゃないところが連立を組むっていうことは、時にこうやってぶつかるわけじゃないですか。ぶつかったけど最後、我々の誇りは絶対1つの答えを見つけてきたんですよ。確かに。つまりこの答えっていうのは、保守の人だけが嬉しい答えでもないし、中道の人、リベラルの人だけが嬉しい答えでもないわけです。
ある意味この答えはどっちから見ても、まあこれやったらしゃあないかって答えなわけです。100点じゃないけど。先ほどの政治のね、正解は55か45かっていうのでいくと、国民の価値観って多様じゃないですか。いろんな価値観がある中で、ある意味これやったらええかっていう答えを常に26年間求めてきたわけですよ。それが我々の誇りで。
だから例えばそれがないと何が起こるかっていうと、例えばアメリカ。もうバイデンさんなったら、トランプ政権100%否定するわけじゃないですか。ほんで今度もう1回トランプさん戻ったら、また100%否定して、政治がめちゃくちゃ揺れる。分断が起こる。日本の政治が安定してきたのは、自公政権が連立を組んでたからと思うんですよ。
だから安保法制もまさしくそういうことで、保守の側から見たら納得できない。リベラルの側からしたら、公明党はすり寄ってる、平和の党どうしたって言われる。両方から総攻撃受けるわけです。でもこれがリアリズムの政治の、私は現状やなと思ってます。
それも伊佐さんみたいな人が発信してくと、そういう形で、いわゆるブレーキ役をしてくれてたんだとか、ちょうどいいところに落とし込まれてたんじゃないかっていうのが、もう1度理解できるようになると、非常に再検証できると思うんですね。
特にさらに今また状況が変わって、自民・維新の連立になって、とても国家観が高市さんと合うって藤田さんおっしゃっているけども、それはいいことなのかどうかで言うと、今の意見で言うと、どちらかというと片一方にぐっと進む可能性がある連立になってるわけじゃないですか。特に安全保障に関して、防衛費の増大であるとか武器の輸出であるとか、そういったところはやっぱ懸念されてらっしゃるところ。
9条の改正するまでも言ってますので、連立文書で。そこまで行くと、さっき申し上げたように保守の人は良かったと、これで公明党に邪魔されずに済むって、すっごい喜んでると思います。よく公明党切った、出てってくれたと。でもこっち側の人はみんなすごい不安に思うわけです。ホンマ大丈夫かと。海外と同じように武器輸出すんのか、これからと。国営の防衛産業を作るみたいなこと言ってるので、そこまでやることに不安を感じる人は離れていきますわね。
あと緊急事態条項とかね。緊急事態条項。離れていく。だからそこは政権がある意味不安定化するというか、短命になるリスクはあります、と思ってます。
でも今やっぱり外に出た以上、そこは声高に違う意見であるっていうことを主張していくっていう立ち位置は取りやすくはなってますよね。
今までは自公政権なので、しかも閣内協力なので、勝手に公明党はこう思うって、そんなに発信しなかったわけですよ。内閣不一致やって言われるから。だからあんまり公明党が自民党との関係で、実はかなり言ってここまで止めてますとか、出してこなかったわけですよね。
ある意味奪われてたのは、発信力だったのかもしれないですね。そう思います。すごく重要ですよね。言えなかったです。今なら言える。だからそこはすごく今からの公明党さんに期待したいとこでありますよね。
では、2010年代の安保法制は戦ったし、自公政権に関しても自分の中で自負があるんだという意見も、すごい重要なお話だと思いましたし、池田氏があまり表に出なくなった影響っていうのが、私は大きいのかなと思ったんですけど、それはあまり感じなかったですか?
それはやっぱり創価学会員さんから見れば、今までずっと表に出てた池田名誉会長が、池田先生って学会員の皆さん言いますけど、池田先生が急に出なくなった。それみんなショックでしたよ、最初。なるほど。でもメッセージが届いたりするわけですよ。会合やって集まりがあったら、こういうメッセージ、あったかい激励されたりとか、お手紙書いて返事来たりとかっていうのはあったので。
そこはある意味、もし最終的にこうやって最後亡くなられた後、急に亡くなって本当にゼロになるよりも、ちょっとずつ決断されて、1歩1歩引いていかれたのかなって気はしましたけどね。
なるほど。そういうご理解なんですね。これ10年代を見て、実は0年代、ちょっともう1回遡りたいなと思いまして。データで言うと比例獲得票数のピークは、実は2005年だったというふうに言われてるんですよね。この0年代こそがまさに私は、池田さんもいるし、与党になったし、という空気感だったのかなと。
1999年に自公連立。この頃ってまさに科学技術庁に勤められて2年目ぐらいですよね。そうですね。この自自公連立の時って、その時はまだ一学会員の立場だったわけですよね。どういうふうにご覧になったんですか? 連立入りしたっていうこと。
公明党もついに与党なんやと思いました。そっちだ。やっぱり公明党ってずっと、大衆の中に死んでいくっていうか、より大衆基盤でみんなの声を聞いていかなあかんっていう思いで、ある意味、大きな権力側に対峙する立場ってわけですよね。確かに。最も野党というか、最も野党だったわけですよ。それが権力側に入ったっていうのは、ある意味衝撃でしたよね、両方の意味で。
そうですね。お前も権力の魔性に囚われんのかいみたいな。なるほど。そっち側行くんかいみたいな。ちゃんとそっちも思われるんですね。
そっちもあったと同時に、公明党の信念、理念、哲学を、これから権力側として政治に反映できんのかっていう、この期待感とのないまぜみたいなね。確かに。両方ありましたね。
要するに実現できるじゃんと。与党になったら今まで言ってたことのどっか一部でも実現できるかもって期待感と、取り込まれたらどうしようっていう恐怖感と。はい。それってまさに今の維新と同じですよね。まあ、かもしれませんね。
維新支持者の方、今もしかしたらそういう気持ちですよね。しかもだって、政治とお金に最も厳しいというスタンスを取っていた維新と、政治と金に関して公明党が捨て身でぶつかってきても、企業・団体献金に関しては手をつけない自民党がくっつくという、真逆。そうですね。で言うと、そういうことですよ。
でもあんまり維新批判するのもあれですけど、我々は自自公連立の時は覚悟を決めたわけですよ。本当に閣内入ったわけです。責任も共有したわけです。だからそういう意味では、ちょっと今は閣外なので、維新の皆さんちょっと緩いんちゃう? もうちょっと覚悟持った方がええんちゃうかと思ってますよ。
なるほど。やっぱりその閣外か閣内かで言うと、閣外を取ったことに対して、あれ?っていうのは思うんですね。
いつでも逃げれますから。半分足こうやって入れてるだけですから。
これは本当に連立と言えるのかと。そう、だからびっくりしたの。国会の初日で、いきなり維新の皆さん、特別委員会の設置反対したんですよ。なるほど。自民党、与党ちゃうの?みたいな。っていうようなこともあったりとか。だからそういう意味では、ちょっと我々の99年は相当の覚悟でした。
ちょっとそことは違うよという気持ちがありつつ、でも今お話を聞いて、ある側面から言うと似てるところがあるなと。言ってみたら、あれ取り込まれるの? いや、実現できる。この期待感で言うと、支持者の感じは似たものがあるのかなと思う。
その上で2005年の得票数ピークの時は、まさにこの自公連立が機能してた、いわゆるリーマンショック前ですよね。2008年にリーマンショックがあり、この90年代以降のバブル崩壊から続く経済停滞に対して、さらに打撃が加えられたことで、2009年、この自公政権が下野する。この時も政治家ではなく、その時は外交官として。
そうですね。北京にいましたね。
中国大使館に。これってごめんなさい、ちょっと不勉強でわかんないです。科学技術庁にいながらにして中国大使館に行くんですか?
大使館って面白くて、大使館に経済部とか政治部とかいくつかあるんですよ。経済部っていうのはミニ霞ヶ関なんですよ。厚労省から派遣されてる人、文科省から派遣されてる人、いろんな人がそれぞれの省庁の代表として、出先として、その相手方と、例えば私やったら科学技術部とか航空航天部とか、原子力で宇宙やってるところとやり取りするわけです。
大使館って、いわゆる外交官と言われる外務省の人がいるだけじゃないんですね。いろんなジャンルの人たちが省庁から出ていて、1個のパックになっていて。経済部っていうのは主にそういうとこ多いんです。
各省庁、ミニ霞ヶ関みたいになって、中国と対するみたいな。だからその科学技術庁も、もう文科省でした? 文科省でした。文科省にね、なった。その状態で大使館に文科省のいわゆる役人さんとして行くっていう。
そうですね。身分的には外務省に振り替える、1回戻る、なるんですけど。1回文科省を辞めて退任して、外務省の職員になっていくっていうのはするんですけど、ただそこのポジションは毎回文科省の人ですっていうのは決まってる。
へえ。この2007年、その中国北京で下野を聞いた時の衝撃もちょっと聞きたいんですよね。
だからまず、負けたんかっていう。
そういうことですよね。選挙に負けて下野するわけで、民主党政権になる。
民主党政権に私はなったことも衝撃で、実はこの後、日本に戻るわけですよ、私。2010年。いきなりやった仕事が、当時民主党政権下で来た文科副大臣の秘書官やったんですよ。つまり役所ってそれぞれ大臣の秘書官とか、副大臣の秘書出すじゃないですか。当時民主党政権下。民主党政権下で副大臣についてずっと仕事してたわけですよね。
最初にじゃあ政治家さんと仕事をした、その間は民主党の大臣だった、副大臣だったってことですか?
そうです。もっともっと淵源を言うと、科学技術庁に入った時に原子力の事故が1回起こって、その時に一緒に仕事したのが、実は当時の斉藤鉄夫さんやったんですよ。
もうすでに公明党の。議員で斉藤鉄夫さんが科学技術政務次官とかっていうので来て、彼がトップで法律改正の答弁やってくれて、我々が答弁書くみたいな。そこからのつながりが、それが最初ですけど。
その時期は民主党の副大臣とってことですね。大使館から戻ってきた時はですね。
だからやっぱそこで予想してた通り、政権を今まで担ったことがないところが、あれできます、これできますって言って、役人から見ててもそれ無理やろっていうのをわーっと並べて、ほんで無理になったわけじゃないですか。しかも政治主導、政治主導って言って、役人から、官僚からすると、我々もちろんね、政治が決めてくれるのありがたいんですけど、我々も議論の蓄積もあるし、ちゃんとアドバイスはしたいわけですよ。
ところが、これまずいなと思ったら、予想通り戻ったらそうなってたのは、政務三役で全て決めますと。大臣と副大臣と政務官で決めますと、役人入らなくなった。
あの時標榜してたのが、官僚支配からの脱却っておっしゃってたから、官僚に対して非常に厳しく当たって、こっちで決めるからっていうのが強硬だったんですね。
そうすると何が起こるかっていうと、みんな専門家やったらいいですよ、大臣、副大臣、政務官。もう教育ばっかりやってきたとかやったらいいけど、そうじゃない人結構いるじゃないですか。そうすると、言っちゃなんやけど、私の所管でやってたことで言うと、え、放射能こっち……。その時起こったのが3.11、東日本大震災で、文科省は当時、放射線の測定とかすごいやってたので、放射線こっちに行ってるって我々分かってたのに、そっちに避難させたりとかね。なるほど。政治主導、何やってくれてんねんみたいな。
政治主導の弊害がもう最も顕在化したんですね。
だから政治主導は悪くないけど、それはちゃんと良識ある、しっかり力ある党が、力ある政治をやってくれるとこやったら意味があると。
やっぱり専門家であるところの官僚さんとの、うまく連携がないと、かなりチグハグなことになる。
だからこういう時代になるのやって北京で思いましたもん。うわ、やばいな、これからどうなるんやろうって。
それをすごく目の当たりにしたわけですね。その後2012年に出馬される際の山口さんからの電話っていう話の中で、山口さんと共演されてる動画見た時に、無理やりという冗談から入って、実は伊佐さんもすごい思い入れがあってみたいな。その当時もうすでにお電話で決めたところはあれど、政治家になろうとはどのタイミングで思ってらっしゃったんですか?
ありがとうございます。本当ね、まさしく3.11に直面した時に思ったのは、私は文部科学省入って、科学技術がやりたくて入ったんですよね。なるほど。ただどんだけ頑張って仕事しても、やっぱり政治がダメやと本当ダメやなと。とりわけ国家の危機の時には、本当に日本が不幸になると思って。やっぱり政治を何とかせなあかんって思ってた時に、山口代表から電話がかかってきたという。
だからある意味、自分にとったらあんま悩まなかった。これ時やなと。人生でタイミングってあると思ったので、これタイミングやなと思って、決意したっていうことですね。
じゃあ、やっぱり3.11が大きいんですね。大きかった。あれで人生決めた政治家多いと思いますよ。3.11を見て、国の政治を何とかしなきゃいけないと思って、公明党から立候補したんですね。
長井秀和さんが2012年に脱会した理由ってご存知ですか? 何ですか? その3.11なんです。そうですか。3.11の時に、創価学会はもっと被災地に関わってほしかったって思ったらしいんですよ。特に池田大作さんがもっと被災地とかに対して何かアプローチして、全員で何かをやるんじゃないかという期待が裏切られたと、長井さんは言われてたんです。
多分私、心象風景全然真逆で、公明党の立場から言うと、被災地、当時民主党政権って本当ボロボロで、なんでお前が行くねんっていう、菅総理がいきなりヘリコプターで現地行って邪魔や、みたいな話になったじゃないですか。その時に1番地域走り回ったの、私は公明党の地方議員やと思ってて、自分の家が被災してんのに周り走り回って我々に声届けてくれたんですよ。
だからあの後一時期、例えば福島で震災のせいで選挙が延びたんですよね。延びた後、再開して選挙したら公明党ボロ勝ちしたんですよ。なんでかというと、被災地1番来てたのお前らやっていうのが、すごい分かってくれてたから。そうだったんですね。その結果1個見ても、私は災害の時に1番実は地域入ったのは公明党やっていう自負があります。
それはおそらく公明党としての動きじゃないですか? もちろん。もしかしたら長井秀和さんが言ってるのは創価学会の。そうか、そこはわかんないですね、確かに私は。
私の中で、今YouTubeで麻生泰さんとかも創価学会であることを明言して、YouTube発信されてて、麻生さんと長井秀和さんが対談したりしてたんですよ。それを見てもすごく新しい時代が来てると思いまして。
私は公明党と創価学会についての動画を、YouTubeを始めたて半年後ぐらいに作ったんですよ。見ました。もちろん間違えてるところもあったし反省点はあるんですけど、あの時の私の感情としてはもうドキドキで。というのもタレントとしてデビューして以降、創価学会にいるタレントさんが誰であるとかっていうのは分かっても誰も言わないし、触れてはいけないタブーなんだって思ってたんですね。
それを私は池上彰さんの選挙特番とか著書を見て、創価学会と公明党に関して、公の場で触れてたわけですよね。それに対して私は、言ってもいいことだったんだと思いまして。これはとても知的に好奇心があると。公明党という政権与党でありながら、創価学会というベールに包まれた集団を支持母体として持っている。これについてもっと知りたいと思ったのが、授業を作ったきっかけだと思う。
なるほどね。その中で緊張感を持っていた2019年と、長井秀和さんと麻生泰さんが対談したり、公明党のサブチャンで伊佐さんがこのキラキラのジャケットを着てるのは、もう隔世の感があって。要するに芸能界にいたからこそですよ。創価学会というもののタブー感というのは肌で感じていた。なるほど。それがものすごく変わった。
これはやはり0年代に私デビューしてるんで、2005年デビューなんですけど、2000年代後半、10年代の感じと、この20年代で大きく公明党が変わってきた。私それ思ったんですよ。
公明党も変わっていくでしょうし、私、創価学会も変わっていってるんやと思うんです。やっぱり時代に合わせて変えちゃいけない所もあるし、信仰であったり、党の理念であったりとか。ただその中で、やっぱり時代に合わせて常に運動論も変わっていけば、我々で言えば選挙の活動も変わっていけば、新しい時代に合わせてやっぱりバージョンアップしていかなきゃいけないとこってあると思うんですよね。
創価学会も最近面白いなと思ってるのは、私もちろん関わってないから知らんけど、創価学会の日常チャンネルっていうのをYouTubeやってて。あります、あります。あれ、こんなん出してんねやみたいな。あれ、今の会長出てますよね。そう。原田さん。原田会長まで出てインタビュー受けて、すっげえな、ここまでやんねやみたいな。
かなりまた作りがフランクじゃないですか? そう、フランク。フランクに会長が出てくるみたいなのも含めて、私も衝撃的で。だからこそ今後の公明党の変化がすごく興味深いなというのと、連立離脱っていうのはもう1個の線になってる気がするんですよ。なるほど。
このサブチャン、衣装、公明離脱で、長井さんもそうだし、麻生さんもそうだし、日常チャンネルもそうだし、何か大きなうねりを感じているわけですよね。それは私が2019年に作った、創価学会を震えながら伝えた、これ言っていいのかな。だって対談なさった時に、岸谷蘭丸さんと対談した時も、蘭丸さん怯えてませんでした?
このまま入会させられんちゃうかと思って。でも入会って言われなくてよかったです。
そうですね。漠たる恐怖感っていうものがなくなった時に、すごく大きい何か違う未来がある気がするんです。なるほどね。そのためにはやっぱり今お話しててすごく思うのが、公明党と創価学会は違うっていう切り分けを、すごく明確にお伝えいただいてるなと思うんですけど。
なるほど。一般の方はそう見ていない。そこのギャップがちょっとまだもどかしいのかな。
そうですよね。まだある意味始まったばかりだと思います、挑戦は。確かにおっしゃる通り、私も言われてそうやなと思ったのは、政治の大きな今、変化期やと思うんですよね。っていう中に公明党も今、変化期を迎えてて、どういう公明党を我々作っていきたいかっていうのは、これからの政治状況、どういう政治を作っていきたいのかっていうのと、結構軌を一にして考えなきゃいけないと思ってるので。
一歩、もう踏み出してしまったので我々は。連立を離脱するとか、こんな服着てまうとか、踏み出したので。すごい踏み出し。このまま走ろうかなと思ってますよ。
でもそれは素晴らしいことだと思いますし、もうとてつもなく注目されますよね。時代の本当に変わり目だなと。その0年代の自自公連立の時のお話も聞かせていただいた上で、その60年代から90年代の、まさに与党に入る前の公明党についてもちょっと振り返りたいなと思いまして。
その自自公連立が非常に衝撃的だったのは、実はその手前、93年ですよね。細川内閣8党連立で。その後の94年の小沢さんを中心とした新進党に、1度公明党って合流してるんですよね。そうですね。この新進党に合流して、公明党っていう党自体が1回なくなってるわけじゃないですか。そこから新進党が解体して、公明新党としてもう1度立ち上がり、公明党再結党。ここら辺のことって、まだ大学生とかですか?
大学生。これもかなり大きな変化だと思うんですよ。私自身は大学生で、政治にすごい意識を持ってた大学生でもあんまりなかったので。ただ今振り返ってみると、この時の動きは実は公明党なくなってないんですよ。
そうなんですか。新進党と合流した時って、入ったの衆議院だけなんですよ。なるほど。参議院、公明党残してんですよ。そういうことだったんですね。
これね、結構私、秀逸な判断やと思ってて。何かというと、当時小沢一郎さんが旗振ったんですよね。大暴れして、新進党作った。その時に公明党は、なんで新進党作ったかと。1つのきっかけが改革断行なんですよ。政治改革やるんやと。その時に94年にやったのが小選挙区制度。
94年の公選法改正。中選挙区制度から小選挙区比例代表になったのがこの。
そうです。正確に言うと94年に法律を通して、96年の選挙からやるんですよね。あれはだから2つの大きな政党が政権交代、2大政党制を作るんだと言って始めて、あれを作ったの、一・一ラインと言われてて、小沢一郎と当時の公明党の市川雄一っていう。
2人でざっと議論して、一・一ライン突破して、最後、新しい選挙制度、政治改革やると。そこに入ったわけですよ。ところが公明党、さっき秀逸やって言ったのは、小沢一郎、100%信じてええんかなと。全振りして、衆参全部合流して、地方議員って公明党めちゃくちゃ多いんですよ。どの党よりも一番多いんですよね。自民党よりも共産党よりも多いと。3000人近くいますけど、そこ全振りで合流してベットすんのってええんか、みたいな話が。衆議院だけ乗せて、参議院と地方議会、公明党、地方議会めっちゃ大事なので、ここは公明党で残ったんですよ。地方議会ってそもそものスタートですもんね。スタートですから。
もっと言えば、もう時効かもしれない。言っていいと思いますけど、小沢一郎が一番欲しかったのは公明新聞が欲しかったんですよ。当時、日刊紙を持ってるってめちゃくちゃ力ある。聖教新聞とは違うんですね。違います。聖教新聞っていうのは創価学会の。公明新聞っていうのは党の新聞。共産党で言えば赤旗みたいなもんですよね。公明新聞って、やっぱり新聞、日刊で出してるって、自民党でも出せてないじゃないですか。強力なんですよ、これ。っていうのもあって、これが欲しかったと。
でもそこまでやって果たしてどうなんと。しかも参議院は少なくとも任期6年なので、1回ストップして待っても6年間、次の政治の動き判断できるわけですよ。待ってたのが実は秀逸の、素晴らしい判断で、その後瓦解するわけじゃないですか。確かに。置いといてよかったと、なったわけです。なるほど。
だからこの時に私は、94年の段階ではむしろ自民党に対して反旗を翻した小沢さんと一緒にやっていたわけですから、この90年代半ばまではもう反自民が非常に濃厚だったわけですよね。だからこそ99年に自自公連立で、小沢さんも一緒ですけど、一緒になると。特に自民と自由党の間に立って役割を期待されてたみたいな記述も読むと、これは大きな路線転換だったなと私は思いましたし、それはやっぱり会員の方にとっても大きい変化ですよね。反自民でまとまったのが新進党ですから。そこからの5年後のこの転換ですもんね。そういうことですよね。一緒なんのかい、みたいな。さっき言ったような、ないまぜな感覚ですよ。
ただ、この最初の99年のフレッシュな、先ほどの権力に取り込まれるんじゃないかっていう不安と、これで政策を実現できるんじゃないかっていう期待。そこから26年後、今まさに答え合わせの中にいるわけですよね。その答え合わせの結果がやはり、自分たちのカラーっていうものを、いつしか与党慣れして失っていったんじゃないかっていう一つ。だけど私たちは政策を実現してきたし、ブレーキだったっていう自負がある。まさに予感してた二つは、二つとも当たったってことですか?
26年間一緒にやってきたことは私は間違ってなかったと思うし、それはやっぱり我々の誇りでもあると思ってます。その上でやっぱり、これは結果論ですけど、きっかけは政治とカネというのが大きな話でした。ところが結果論で申し上げると、やっぱり自公政権の歴史的な意義みたいなものは、今だいぶ、ある意味、一つ区切りついた、果たしたなと思ってます。
なんでかっていうと、もう多分今後、なかなかどっかの党、1党だけで過半数を取る時代ってないと思うんですよ。おっしゃってますよね。多党化に向かうんだと。そうするとやっぱり公明党が、政策を実現するために常に一番強い党と絶対一緒におらなあかんっていう時代では、もうなくなってきたかもしれない。多党化の中で、調整の中で政策を実現していくっていうんであれば、公明党が26年間ずっと調整をし続けてきた。野党との間で結構我々、自民がわーっと走っていく中で、野党がついてきてない時に結構間に立ってやりましたから、このノウハウは結構活かされるんちゃうかなと。多党化時代にこそ、この連立で苦心してきた調整力が発揮できればいいなと。活かされればいいなと。いうビジョンなんですね。
しかもこれ、調整って何が一番肝かっていうと、調整した後、最後政策に落とし込むじゃないですか。政策作るって、いかに官僚を使いこなすかなんですよ。ということですね。これって政権与党で26年間やってきたので、官僚の使い方分かってるわけですよ。しかも元官僚ですからね。元役人でもある。だからそこが実務としてできるっていうところで言うと、公明党にやれることはあるぞと。と思ってます。
ただその一方で、その多党化を阻まんかのような議員定数削減も今、議論されてる。そうそう。比例50切りっていう。逆の流れを一生懸命やろうとしてますよね。それはね。これはとはいえ、多党化自体の力学の変化っていうのは価値観の多様化がバックグラウンドだから、比例を50切ったところで多党化は進んでいくだろうってビジョンですね。と思いますが、ただやっぱり、多党化をやりにくい環境になるのは間違いない。もし比例50の削減がなったら。なったら。なったらです。
っていうのは、もう比例っていうのは多様な意見を反映する。つまり例えば、52%取った人と48%を取った人が、小選挙区では1人しか通らないので、52%の民意しか生かされない。1位しかいかないわけですね。1位しかいかない。48%の人の民意は死ぬわけですよね。その時にここを緩和するために比例復活ってのがあるわけで、そこで多様な意見っていうのをできるだけ救おうとしてたわけです。ところがここんとこだけどんどん減らしましょうってなると、強い党だけが伸びる。自民党にとったら受け入れやすい。勝者総取りっていう感じですよね。
大阪、今すごい状況になってて、大阪では維新が定数削減、身を切る改革ってやりまくったわけですよ。大阪府議会って、例えば定数2やったの全部1にしてたんですよ。はい。何が起こったかと、2やと維新強いので、1位維新で2位自民で2人とか、1位維新、2位公明で2人やったのを全部1にしたんですよ。なるほど。ほんなら維新しか受からへん。定数1の府議会では36選挙区があるんですけど、35維新ですから。だから完全に強いとこだけに権力を集中していくには、比例をどんどんなくしていくのが一番やりやすいですわね。
だからこの作戦って本当に維新の必殺技ですよね。必殺技。大阪で実践した、まさに改革政党であるというブランディングと、ライバルを減らすという戦略的行動が一致してるわけですもんね。めちゃくちゃうまいですよね。この武器に対抗する何か、あるんですか?
だからこれは、もちろん分かりませんけど、もしかしたら定数削減で選挙を打ってくる可能性もあると思います。野党が反対するんやったら、じゃあ信を問えと。ただ私はここでやっぱり公明党として真面目に訴えたいのは、もちろんそれも大きな政治のイシューではあるけど、今最優先なのはやっぱり物価対策でしょと。国民の生活でしょと。散々総裁選の間は政治空白作っといて、その後、公明党が、もちろん我々が原因作ってちょっといざこざがあって、空白がずっとあるわけですよ。その間、物価高騰対策が何もできてないわけですよ。定数削減だって選挙やるよりは、まずは物価対策ちゃんとやりましょうよというところを、いかに我々がちゃんと訴えていけるかっていうか、ちゃんと結果出せるかっていうのが、ある意味、愚直やけど大事なんじゃないかなと思いますよ。
物価高対策で、伊佐さんが非常に強くおっしゃってるのが軽減税率の、食料品の消費税を、8%と10%のこの差2%じゃなくて、0にできないかっていうことおっしゃってますね。やっぱりすごくそこは重要ですか? そうですね。そこも重要です。なるほど。
なんでかっていうと、消費税をいじろうと思ったら結構時間がかかるので、施行まで入れると2年とかかかったりするわけですよね。でも困ってるの今じゃないですか。そうすると今困ってる人に、まず今すぐできることやらなあかん。その上で消費税の軽減やと思うんですよ。特に食料品ね、軽減税率。だから今々は僕は給付金は、いろいろ批判はあるけど決して筋は悪くなかったと思うんです。一番早いし、しかもやりたかったのはやっぱり一律なんですよね。
なんでかって言うと、大体毎回言われるんですよ。住民税非課税世帯の人がお困りだからお渡しします、お金給付します。子育て世代も大変だから給付します。いや、私、子育ても終わってんねんけどとか、私も毎回、これよりちょっと上やねんと。ゾーン外れた人ですね。毎回保険料払って税金払って、なんで毎回うちなんもないねん、みたいな。だから今回一律にしたかった、線を設けたくなかったんです。なるほど。
それをやって、セットでやんのが本当は一番良かったけども、ここは高市政権、所信表明演説でやりませんともう言ってるので、給付金に関しては。今、じゃあ自民党と維新の政権が、連立合意文書を見ても物価高騰対策が入ってないんですよ。給付付き税額控除でしたっけ? それもめっちゃ時間かかります。すごい時間かかる。制度設計からとおっしゃってますもんね。
一応入ってんのはガソリンと、あと電気ガス代と、地方に配る重点交付金で、これは毎回やってきたんです、自公政権で。プラスアルファ、今までやったら給付金やったりとか、子育て支援金やったりとか、いろんなことやったんですよね。これが結構直接的で大事なんですけど、これなしに、今までやってきた既定路線からぐっと物価高騰対策減ってるので、これ公明党、言わなあかんのちゃうかと思って。
これすごい面白いなと今お話聞いてて思ったのが、もちろん議員定数削減を争ってぶち上げて選挙やるかもしれないっていう恐れに対して、物価高対策が先じゃないかっていうことをフィーチャーすること、言わなきゃっておっしゃってたところに、すごい重要なことがあるなと思いまして。ここ最近の選挙の勝敗の結果って、何を争点化するかっていうところをコピー力とその発信力でぶち抜いてった党が強かったじゃないですか。
まさに国民民主党の玉木さんのスター性と、手取りを増やすっていうキラーフレーズですよね。所得税控除。なるほどねと。さらには参政党。神谷さんっていう存在と、日本人ファーストという外国人問題に対する争点化。ここがうまくいった時に、自民党に対して非常に大きいカウンターになったと思うんです。それをもしかしたら公明党さんが次にやることができれば、議員定数削減をしてる場合じゃないよねという気持ちにさせることができるということですよね。
そう。ただ、これは少なくともやります。やるというのは、物価高騰対策をしっかり訴えていきますが、選挙ってある意味熱狂の中で動いていく。例えば郵政解散の時もそうやったじゃないですか。小泉純一郎さんが郵政民営化で反対するやつは、自民党ぶっ潰すって言って、刺客を自民党の中に立てたわけじゃない。やってました。激しいやつ。郵政民営化って国民の皆さんにとってそんなすごい大事かっていうと、ピンときてないです。こないじゃないですか。でも盛り上がってめちゃくちゃ勝ったわけですよ。
だからここは選挙ってのは難しくて、争点化をどう作るかっていうので熱狂作れたら勝ちなので、ある意味定数削減、身を切る改革って結構やっぱり維新も得意だし、ここは相当警戒感持ってます。真面目にいくら公明党が言っても埋没する可能性がある。
苦手意識持ってらっしゃいますよね。いわゆる、やると言ったらやりきるの中に、どこかそのワンフレーズ政治のポピュリズムを敬遠するというか、そういったスタンスであるし、誠実に政権与党として対応してきた自負があるからこそです。ただこれからは野党になるって、そういうことを考えると、実現力であるとか調整力、調整力が必要だとしても、実現力は間違いなく落ちていくわけですよね。だとするとやっぱりここからは発信力と、争点化するだけのキャッチーさ。ここが苦手意識としてたところが、ものすごく求められるわけですもんね。
本来、キャッチーな発信もそうなんですけど、やっぱり私、例えば玉木さんがすごいなと思うのは課題設定能力なんです。はい。つまり、みんなこれ困ってますよね、そうですよねっていうところを課題にして争点にするっていう。ある意味、公明党が地方議員さんこんだけいて、一番地元の声を聞いて走り回ってるって自負があるんですけど、そうであればあるほど、本来その課題設定って我々がやんなきゃいけなかったんですよ。
ところが与党慣れってのはそういう意味で、与党に慣れてしまうと、いや、そうは言ってもな、財務省のこの壁はなかなか厚いなとか分かってまう。現実が見えちゃうんですね。だって178万の壁ってめちゃくちゃ厚いですよ、はっきり言って。なるほど。でもあれも160万まで行ったのって公明党さんの意見ですもんね。そういうことなんですよ。
結局103万の壁で、あれをなんとか手取りを増やすために、最初、税調が出した答えは120万ちょいやったんです。123でしたよね。こんなちょっとやったら意味ないやんと思って、ちょっと公明党に引き取らせてくれっつって、公明党が汗かいて、ある意味160まで持ってったところが、あの後玉木ファンから何て言われてるかっていうと。なんですか? 公明党がね、玉木さん178万じゃないですか、公明党が邪魔したからここで止まったんやと。なるほど。めっちゃ怒られるわけですよ。非常に損してますね。
こっち側からすれば、公明党だけええ顔しやがって。引き上げたのに。そう、両方から袋叩きなんです。自民からはいい格好しやがって、国民民主からは止めやがって。そう、そう。だから今まで発信できてないからこそ、損なイメージを背負わされていたっていうところをやっぱりぶっ壊していかないと、次の総選挙はその戦いになるような気も。
そうですね。そのNEW公明党が、今までの実績と、新しいキャッチーな自分たちならではの争点化。これを新しいスターがやることができれば、国民民主、参政に次ぐNEW公明党として旋風を起こす可能性はありますよね。なりたいですね。だからそれはさっき一番、言っていただいた通り、政策的には我々間違ってないと思うんですよ。なるほど。だって18%の人の支持率を得る、無党派の人が応援してくれるわけで。
だからそこは間違ってなくて、結局やっぱり政策論とキャッチーな発信力っていうのは、もう切り離して考えた方がいいと思ってて。我々は真面目に考えて、いやこの政策やからこういうこと言わなあかんとか言ってまうけど、もうここはここで、やんのは公約集で置いといて、これですっていう発信力。そうですね。これで行った方がいいんちゃうか。それ、ReHacQの高橋さんとそういう話されてましたよね。そうですね。真面目なこと言ってもつまんないんだよね、みたいな感じで高橋さんに言われて。
でも私はすごいなと思うのは、伊佐さんはこの半年間のこのサブチャンにおいて、対談相手の意見をものすごいスピーディーに真摯に吸収されてますよね。そうですね。どれも的を射たものばっかりやからですよ。だからすごく辛いことを言ってくる人たちを受け入れて、それを公開の場で言われながら、それをムッとすることもなく笑顔で吸収していくっていうところに、私はすごく惹かれてるとこある。
だってサムネイルが「公明党は消滅する」ってサムネイルですよ。選挙ドットコムさんでしたっけ? そうそう。選挙コンサルタントの方か、松田さんか分からないですけど、とにかくもうこのままだと公明党は消えますって何人にも言われて。この減少率で言ったらもういなくなりますよっていう警戒を受けながら。私、そのジャケットを着たっていうことにすごい覚悟を感じるんです。だから、すっごいそうやって、なくなる、でもこのまま行ったらどうしようもないでって言われながら、シュンとしてる絵が多いですよね。このジャケット着ながら。でもだからこそ私は、諦めてないんだなと思うんですよ。もちろん。いや、だから変わり目やと思うんですよ。政治の節目であると同時に、公明党が変わる節目やと。
これがすごい面白いなと。もうだいぶ60年代、90年代まで行きましたけれども、この1960年の池田さんが代表に就任して、1964年に公明党が結党したんだと。そこから60年経つわけですよね。池田さんのこの時代に作り上げたものと全く違う時代に、今突入しようとしてるわけじゃないですか。
今私が伊佐さんに投げかけてるのは、創価学会であるとか池田さん、これが言ったら18%を減らしてる最後の、もしかしたら課題なのかなと。この距離感が。その公明党と創価学会、公明党と池田さんは違うものだと言いながらも、国民はそうは思ってないからこそ、岸谷蘭丸さんは何か不自然に怯えてたわけですよね。あそこが突破できるのかどうかってのは、すごい気になるんですよ。
私、池田名誉会長が戦略家やと言いましたけど、実はこの党を作る時から、池田名誉会長、池田会長のスピーチだったりとか書いたものとか、結構ほとんど読んでるんですよ。最初から言ってんのは、もうその当時ですよ、公明党は創価学会のための党じゃないんだと。日本のための党なんだから、創価学会のためになんか思いある人はそうじゃないんだ、みたいにおっしゃってたりとか。
宗教団体が、ある意味党を応援すると、その党が、創価学会の人たちが国会議員になるっていうことは、多分宗教団体に対する攻撃も、これから権力側から出てくるやろうというのと同時に、創価学会員は、創価学会は本来信仰の団体なので、選挙するためにある団体じゃないわけです。ところが選挙がやっぱり激しくなってくると、どうしても選挙にシフトせざるを得なくなってくるんじゃないか、応援にね。っていうところをすっごい不安視されてて、これは第2代会長の戸田会長と会話するとことか全部残ってるんですよ。宗教活動と選挙活動が、だんだんと一つになってくるんじゃないかって不安感もあったわけですね。あったんですよ。
ところがその時の、だからだいぶ前、相当の前ですよ。その時何が書かれてるかっていうと、いずれ公明党も、しばらくは多分創価学会の人が応援しないと、多分当選できないだろうと。でもいずれ衆望を担う政治家が出てきて、公明党の中で。別に創価学会の人だけじゃなく、いろんな人に、この人ええやんってなって、そういう人が必ず出てくるはずだと。そういう人らが出てくれば、公明党も大衆政党に、より広がって、ウイングも広がるだろうし、党員だって当時からおっしゃってたのは、創価学会の人だけ党員ってのはおかしいんやと。創価学会の人やなくても、公明党応援して党員になってもらうような時代も来るんやと。
その時代は多分、小説『人間革命』に書かれてるんですけど、その主人公が池田名誉会長と被って出てくるんですけど、君の、主人公の最晩年、ちょうど亡くなるぐらいの時にそういうことが出てくるんじゃないかという予言されてるわけですよ。我々の思いは、そういう人間にならなあかんと思ってて、要は公明党・創価学会で完全に閉じた世界じゃなく、やっぱり広く多くの人に、公明党って真面目やん、ええこと考えてるやんと、しっかりしてるやんって思ってもらって、広く応援して、大衆政党になっていく。ちょうど時代の節目っていうのは、実は池田名誉会長は予言されてるっていう。言ってたんですね。言ってたんです、はるか昔から。そしてまさにそれは今の課題として。そういうことです。なるほどな。
イメージ問題っていうのがもう全くなくなる時になるのか。私が調べたところによると、やっぱり創価学会の方々のエリア分け自体が小選挙区に準じて分けられたり、やっぱり選挙前になるとF票と言われるフレンド票の勧誘があるとか、独特の用語あるじゃないですか。勧誘に関しても折伏っていう。折伏っていう字が、やっぱり一般からすると折って伏せるってことで。そう。もう日蓮の時代からの言葉ですから。折られるのかなっていう。折られちゃうのかなっていう。あの辺りも多分もっと説明したり、オープンにしたりしていくことでもう少し間口が広がっていくんだとしたら、まさにその過渡期にいらっしゃるんでしょうね。
そうですね。と思いますね。だからそういう意味で、時代の節目だからこそ、いろんなトライ・アンド・エラーで新しいことやって、時に怒られてんですよ、私。そうなんですか。それはちょっとどうやって。公明党からも? うん。やりすぎやと。サブチャンの中でもお蔵入りしたものもあるし。いろいろありますよ。もうトライ・アンド・エラーですわ。
でもまさに改革を内側からなさってるということで、私はどこの党を応援するというよりは、政治は適切に議論がされて、どっか一方に偏ってぐっと行くのは怖いんですよ。だからこそ、この自民・維新の連立に対して、袂を分かってでも党是を守ろうとして、全く違う主張をしようとしてるっていう公明党さんには非常に注目してますので。ありがとうございます。
また何かありましたら、選挙の時にでも、次の選挙大勝負になると思いますので。よかったら私、参院選とかの時もいろんな党首の方とか政治家の方と対談させていただいてますんで、選挙期間中に伝えたいことがありましたら。めっちゃ嬉しいです。ありがとうございます。ありがとうございます。サブチャン、ぜひ頑張ってください。ありがとうございます。
というわけで本日のゲストは伊佐進一さんでした。ありがとうございました。ラブ&ピース、ありがとうございました。
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