中田敦彦が読む『7つの習慣』:短期の成功法則ではなく、人格から長く続く成功をつくる
中田敦彦のYouTube大学 - NAKATA UNIVERSITY中田敦彦がスティーブン・R・コヴィーの『完訳 7つの習慣 人格主義の回復』を約1時間半かけて解説した回である。中田によれば、この本は「習慣を7つ作ろう」という軽い自己啓発書ではない。幸福論や哲学に近い内容でありながら、具体的な方法まで示している点で他に類がないという。中田自身も「成功とは何か」を考えていた時期にこの本を読み、人生観が変わったと語る。本稿では、中田が本のどこに注目し、どう受け止めたかを順に追う。
古い本がなぜ今も書店に並ぶのか
中田はまず本の来歴を紹介する。原書は1989年に海外で発売され、日本版は1996年、完訳版は2013年に出た。古い本だが今も書店で大きな棚を占めており、中田は世界で3000万部、日本でも200万部売れていると紹介する。「キングオブ自己啓発本」とも呼ばれるという。
中田は、自己啓発と聞くだけで身構える人や、「7つも習慣を作らなければいけないのか」と考える人がいるだろうと前置きする。朝の歯磨きや筋トレのような習慣を7つ並べる本だと思っていると、内容の違いに驚くはずだという。漫画版もあるが、中田は分厚い原書のほうが面白く、読み始めると止まらなかったと話す。ダイジェストの本や動画をいくつか見てから原書を読むのもよく、自分の動画もその一つとして使ってほしいと述べている。
第一次世界大戦の前と後で、成功本の中身が変わった
中田が「面白い入り」と呼ぶのが、本の出発点である。コヴィーはアメリカ建国以来に出版された成功法則の本をほとんど調べたという。中田が強調するのは、最近の本だけでなく非常に古い時代の本まで調べた点だ。中田は「江戸のも見た、室町のも読んだ」と言うようなものだと冗談を交えて、その調査の徹底ぶりを表現する。
その結果コヴィーが気づいたのは、第一次世界大戦の前と後で成功本の傾向が大きく違うことだった。最近の本は、モチベーションを上げよう、コミュニケーションスキルを磨こう、それで成功しようと説く。コヴィーはこれらに効果がないとは言わないが、即効性があるように見えて短期的な成功しかもたらさないと見る。一方、第一次世界大戦より前の本は、謙虚でいなさい、良い人でいなさいといった、根本的な人格を育てることを説いていた。コヴィーは、長期的で持続的な成功をもたらすのはこちらだと主張する。本のサブタイトル「人格主義の回復」は、個別のテクニックに頼る「個性主義」から「人格主義」に立ち返るという意味だと中田は説明する。
中田は、「秒速で億を稼ぎたい」「来年にはバイアウトしたい」という人にとって、人格形成は悠長に聞こえるだろうと言う。それでもコヴィーは人格形成こそが答えだと言い切る。中田はそこに著者の深さと厳しさを見ている。読みやすく元気が出るビジネス書とは違い、この本は刺激的なことを言わず、核心を突いてくるという。
「虚しい成功者」にも売れた本
中田は、この本が売れた理由として、これから成功したい人だけでなく、すでに成功した人にも響いた点を挙げる。本には、会社をいくつも立ち上げ、高い収入を得て家も建てたが、家族とは他人同然の冷えた関係になってしまい、自分の人生は何だったのかと悩む人の声が載っている。コヴィーは、そうなるのは短期的な成功法則だけでやってきたからだと指摘する。モチベーションやコミュニケーションスキルを駆使すれば事業が当たることはある。しかし本当の成功はお金を稼ぐことや大きな家に住むことなのか、とコヴィーは問いかける。
中田はここで、以前に動画で取り上げた渋沢栄一の『論語と算盤』に触れる。経済と道徳の両方が必要だという主張を徹底的に分析したのがこの本であり、中田はコヴィーを「スーパー渋沢栄一」と呼ぶ。
中田は序文「はじめに」の最後の一節も読み上げる。死の床で人生を振り返ったとき、もっとオフィスで過ごせばよかった、もっとテレビを見ればよかったと悔やむ人はいない。死の床で思うのは家族や愛する人のことだ。心理学者のアブラハム・マズローも人生の最後には、自分の自己実現よりも子孫の幸福や貢献を願い、それを「自己超越」と呼んだ。中田はこの序文に強く打たれたという。中田はこれまでも哲学や幸福論、偉人の死に際を授業で扱いながら、自分はこの先どう生きるのかを考えてきた。この本はその問いに大きな答えをくれそうだと感じたと話す。
7つの習慣の全体像:私的成功、公的成功、そして繰り返し
中田によれば、コヴィーは7つの習慣の全体像を最初に示している。出発点は「依存」の状態である。業界に元気がない、社長が悪い、上司が悪い、部下が悪いと、うまくいかない理由を人のせいにしている状態だ。第1から第3の習慣で「私的成功」を収め、自立した自分になる。
ただしコヴィーはそこで満足するなと言う。中田はコヴィーを「鬼軍曹」と呼び、一人で成功するのは当たり前だという厳しさを強調する。第4から第6の習慣で「公的成功」、つまり周りの人を巻き込み、周りも成功させられるリーダーになることを目指す。
さらに第7の習慣がある。中田はこれを、周りを巻き込んだ成功を1回で終わらせず、何度も繰り返すことだと説明する。それが長期的で持続的な成功であり、一発当てた後にボロボロになっていく成功者が多いのはこの部分が欠けているからだ、というのが中田の読みである。
第1の習慣「主体的である」:反応ではなく、反応を選ぶ
第1の習慣は「主体的である」こと。中田は、人のせいにしないと日頃思っていても、「あいつはなぜいつもああなのか」「あの業界はもう」と、自分以外の何かに不満を言う瞬間は誰にでもあると言う。コヴィーは、その瞬間は主体的ではなく、ただ反応しているだけだと指摘する。
コヴィーは「責任(responsibility)」という言葉を「反応(response)」と「能力(ability)」に分け、反応を選択する能力のことだと説明する。中田の例では、「顔がパンパンだけど寝てないの?」と言われて腹を立てるのは反応である。自分の中に軸があれば、傷つかないこともできる。傷つくのは自分が傷つくことを選んでいるからだ、というのがコヴィーの考え方である。
ここでコヴィーは、関心の輪と影響の輪の図を示す。アフリカのダイヤモンドの採掘量や、インドのボリウッドスターの離婚に関心を持つ人は少ない。関心のあることはもともと限られており、その中で自分が影響を及ぼせる範囲はさらに小さい。何を食べるかは自分で決められるが、総理が何を発言するかには関心があってもほとんどの人は影響できない。コヴィーは、影響できないことばかりに目を向けると反応的な人間になると言う。業界の景気が悪いなら、景気を嘆くより、その中で自社の業績を上げる工夫をするか、景気のよい業界に転職するか、自分にできることに集中すればよい。
中田は、変な顔だと言われたときの対応にもこの考え方を当てはめる。関心のない相手なら無視すればよい。大事な人に言われたなら、自分が相手を怒らせたのかもしれないので行動を変えてみる。単に機嫌が悪く当たってきただけなら、関心の外に置けばよい。
コヴィーは逆のケースにも注意を促す。経済力がつくと影響の輪は大きくなる。それなのに関心が自分のことだけに向き、従業員の暮らしに無関心な経営者は無責任だという。関心は常に大きく持ちつつ、その中で影響できることに集中するのがよい、と中田はまとめる。中田によれば、第1から第3の習慣は「スタートの体勢をとる」「ゴールを設定する」「走り方を知る」というシンプルな構成になっている。
第2の習慣「終わりを思い描く」:自分の葬儀で読まれる弔辞
中田が最も感動したと語るのが第2の習慣である。コヴィーは読者に、静かな場所で頭に映像を思い浮かべながら読むよう求める。晴れた日に葬儀が開かれ、多くの人が参列している。奥の立派な棺の顔の部分を開けると、そこにいるのはあなた自身だ。その日は必ず来るゴールなのだから、真剣に思い浮かべよ、という。
中田は、「ゴールを思い描け」と言われると、事業の成功や結婚、大会の優勝を想像するのが普通だろうと言う。しかしコヴィーは「人は死ぬのだから、死ぬところを思い描け」と求める。参列者の顔を思い浮かべ、家族、上司、仕事仲間、友人が順に弔辞を読む場面を想像する。そのとき、何と言われたら嬉しいか。
中田は例を挙げる。「あなたは本当にかっこいい車に乗っていましたね、立派なスーツを着ていましたね」と言われても嬉しくない。それよりも、「いつも職場に笑顔をもたらしてくれた」「あのとき言われた言葉を今も大事にしている」「あなたがいたから今も頑張れている」と言われたい。コヴィーは、その弔辞こそがあなたの本当の成功であり、一番たどり着きたい場所だと述べる。
個人の憲法を数か月かけて作る
しみじみしたところで、コヴィーは再び厳しくなる。思い描いた内容をもとに「個人の憲法」、本の中でいう「ミッション・ステートメント」を文章にせよと求める。中田は国の憲法にたとえて説明する。基本的人権の尊重という大元の原則があるから、悪事を働いた者に四六時中ビンタするといった刑罰は認められない。大元のルールがあれば、個々の出来事に対してやるかやらないかを判断できる。中田は、そうしたルールを作りたくても作り方が分からない人に、弔辞を思い浮かべるという具体的な方法を示している点を評価する。
コヴィーによれば、弔辞の内容は人によって少しずつ違っても、根本の原則は共通している。人を裏切り続けて恨まれたい人や、盗みを働いて追われたい人はほとんどいない。人にどう思われたいか、何を善と考えるかは大きく変わらない。それを自分なりの言葉にして持っておけ、というのがコヴィーの主張である。
この憲法は夫婦や家族、会社で作ってもよい。ただし当事者が真剣に考えて作らなければ守られない。コヴィーは一晩では無理で、数か月かけて練り上げよと書いているという。中田は「明日から2億円稼げる本ではない。2つ目の習慣だけで数か月かかる」と、その厳しさを強調する。中田自身もこの章をきっかけに考え、動画を見た人に「面白かった」「勉強になった」「自分も勉強しようと思った」と言ってもらえることのほうが大事だという方向性が、ぼんやりと見えてきたと語っている。
自分の「中心」に何を置いているか
コヴィーは、原則を中心に置けていない人が多いと指摘する。人は誰でも何かを中心に置いているが、それを自覚していないだけだという。コヴィーが挙げる例は、配偶者中心、家族中心、仕事中心、お金中心、所有物中心、敵中心、娯楽中心である。
中田の説明では、お金中心の人は、稼げているときは頑張れるが、稼げなくなると不安になる。配偶者中心や家族中心は一見よさそうに見えるが、夫に嫌われたら、夫がいなくなったらと揺れてしまう。家族の形は変わり、子どもも自立する。子どもが犯罪を犯したときに家族がすべてだったら、判断がぶれる。原則を中心にしていれば、大好きな夫にも「それは私の正義と違う」と注意でき、子どもにも嫌われるのを覚悟で止められる。ギャラのよい仕事でも、原則に反するなら断れる。
仕事中心の人は、仕事を失ったり、仕事ができない体になったりしたら揺らぐ。所有物中心のコレクターは、物がなくなること、価値が下がることを恐れる。敵中心の人は、復讐が生きる軸になってしまう。娯楽中心の人は、楽しければいいとなる。コヴィーの答えは、常に弔辞に立ち返り、その原則に照らして、お金がどれだけ必要か、仕事をどれだけするか、家族や配偶者とどんな距離感で向き合うかを決めよ、というものだ。中田はこれを「ゴールから考えると今が見えてくる」と表現している。
第3の習慣「大切なことを優先する」:時間管理の4つの段階
第3の習慣は「走り方」にあたる。中田は、タイトルだけ見れば当然のことに思えるが、やり方が違うと言う。人は死ぬまでの時間の中でゴールに向かうのだから、時間の使い方がすべてだという。
コヴィーは時間管理を4つの段階に分ける。第1段階は、やるべきことをチェックリストに書き、順に消していく。第2段階は、カレンダーに予定を書き込む。第3段階は、カレンダーの中で優先順位をつけ、3日後にこれがあるから今のうちに準備しておこう、と動ける。しかしコヴィーは、ここで合格だと思うなと言う。優先順位をつけても、ほとんどの人はパンパンのスケジュールを一生懸命こなしているだけで、それではゴールにたどり着けない。だから、何が本当に大切なのかを考え直せと求める。
そのためにコヴィーが示すのが、重要度と緊急度で分けた4つの領域である。中田は例を交えて説明する。第1領域は重要かつ緊急なことで、家が燃えている、明日が締め切りの原稿を落とすと損害賠償になる、といったものだ。第3領域は重要ではないが緊急なことで、保険の勧誘電話や、急ぎのようで実は大事でないメールの返信などである。第2領域は重要だが緊急ではないことで、留学や語学、資格の勉強、普段会わない人に会う、読みたかった本を読むといった自己投資がここに入る。中田は「それ5年前から言ってるな」というように、重要だと分かっていても後回しにされるものだと言う。第4領域は重要でも緊急でもないことで、スマホで延々とブロックを落とすゲームのようなものである。テトリスのことで誰かに責められることもなければ、それで昇進した人もいない。
コヴィーによれば、優先順位をつけて一生懸命働く人の時間はほとんどが第1領域で埋まり、ストレスがたまってたまに第4領域に逃げる。中田は「9割が1、1割が4」という生活になっていないかと問う。コヴィーは、本当に大切なのは第2領域だと言う。第3・第4領域を大胆に削るために、原則を何度も見返せと勧める。コヴィー自身は家族で大事にしたい原則を紙に書いて家に貼り、毎日目を通しているという。原則がはっきりしていれば、「この仕事は自分のゴールに関係ないからやらない」と判断でき、第2領域のための時間を作れる。
役割ごとに週単位で計画し、全面的に任せる
コヴィーは予定の立て方まで具体的に示す。降ってきた予定をそのままスケジュール帳に書き込むなと言う。まず、自分が持っている役割を書き出す。中田は、葬儀の参列者との関係を思い出すと分かりやすいと言う。個人としての自分、誰かの夫、誰かの父、会社を経営していれば社長、趣味の釣りグループを作っていればその会長といった役割がある。
次に、役割ごとの目標を1週間単位で書く。中田は、7年後や10年後の目標は分からないから週単位なのだと説明する。たとえば個人としては個人憲法について考える、夫としては最近話せていなかった妻とゆっくり話す、父としては息子に釣りを教える。こうした第2領域の予定を先に1週間に割り振り、その隙間に第1領域が入ってくるようにする。
第1領域の仕事についても、なるべく人に任せるようコヴィーは説く。その際の任せ方として「使い走りの委任」はダメで「全面的な委任」がよい、と中田は紹介する。中田が挙げるのは、カメラにこだわりのあるコヴィーが、ボートの上で妻にカメラを渡した話である。夕日の角度を細かく指定し、自分が「撮って」と言ったら撮らせ、写真を見ては撮り直させる。これでは一つ一つ指示しているだけで、時間はまったく生まれない。コヴィーは、効率ではなく効果を考えよと言う。自分でやったほうが早いからと指示ばかりする人は多いが、どんな写真を撮りたいのかというゴールを共有し、やってほしいこととやらないほうがいいことを伝えたうえで少しずつ育てれば、全面的に任せられるようになる。そうすれば第1領域を自分から切り離し、第2領域に時間を使えるというのがコヴィーの考え方だ。
中田はここまでの3つを振り返り、シンプルだが、言われるまで気づかなかったことばかりだと述べている。
第4の習慣「Win-Winを考える」:人は勝ち負けの間を行き来している
第4の習慣から、テーマは自分の内面から他者との関係に移る。中田は、Win-Winという言葉はよく聞くが、コヴィーはWin-Winでない状態を細かく分けている点が面白いと言う。Win-Winは、商品を売る側が利益を得て、買う側もサービス向上やコスト削減ができるような関係である。それ以外に、自分が勝ち相手が負けるWin-Lose、自分が負け相手が勝つLose-Win、両方が負けるLose-Loseがある。
Lose-Loseなど誰が選ぶのかと思うかもしれないが、コヴィーは復讐や泥沼の離婚裁判がそうだと言う。「あいつさえ傷つけば自分はどうなってもいい」という復讐は誰の得にもならない。離婚裁判で相手の財産を減らそうと罵り合い、二人で建てた家や高く買った車を二束三文で売ってしまう。人は往々にしてLose-Loseさえ選んでしまう、とコヴィーは注意を促す。
ただし、コヴィーが言うには、大半の人はWin-Winを望み、Lose-Loseを愚かだと言いながら、実際にはWin-LoseとLose-Winの間を行ったり来たりしている。Win-Loseはスポーツや将棋の世界観で、両者が同時に竜王になることはない。Lose-Winは、たとえば子育てで、お菓子ばかり食べてテレビを見続ける子どもを叱るべきなのに、泣かれるくらいなら与えたほうが楽だと我慢してしまう状態である。勝って相手を黙らせるか、諦めて投げやりになるか。その繰り返しで人間関係を続けていないか、とコヴィーは問う。
Win-Winを目指すのが難しいのは、相手の多くがWin-Loseの姿勢で向かってくるからだという。こちらがWin-Winを望んでも、相手が勝とうとしてくれば交渉は難航する。自分が出世するわけでもないのに同僚の悪口を言ってしまう人もいる。そういう相手と向き合うには内面が安定していなければならない。中田は、第1から第3の習慣がなければ第4から第6に立ち向かえないとはこういう意味だと説明する。
誠実さ、成熟、豊かさマインド、そして「Win-Win or No Deal」
コヴィーはWin-Winに必要なものとして3つを挙げる。1つ目は誠実さで、Win-Winを約束したらそれを守ること。2つ目は成熟で、思いやりと勇気のバランスのことだ。思いやりがあっても勇気がなければLose-Winになり、勇気があって自分の意見をはっきり言えても思いやりがなければWin-Loseになる。3つ目は豊かさマインドで、資源は互いに分け合えるほどあるという世界観である。椅子が1つしかない椅子取りゲームだと思えば奪い合いになるが、椅子が2つあると考えられれば、それぞれが座ればよい。成功は誰かの犠牲の上に成り立つものではない、という世界観を持てとコヴィーは言う。
中田が面白いと感じたのは、どうしてもWin-Winになれないときの考え方である。Win-Lose、Lose-Win、Lose-Loseになるくらいなら、「Win-Win or No Deal」、つまり取引しないという選択をしてよい。中田は恋愛を例に挙げる。どちらかが貢ぎ続ける関係、どちらかが裏切り続けてもう一方が我慢する関係、互いに裏切り合う関係を続けるより、別れたほうがすっきりする。No Dealという逃げ道があれば息苦しくならない、と中田は評価する。実行段階では、望む成果を共有し、ガイドラインを決め、報告の義務や評価の方法を具体的に決めておけばよいとコヴィーは述べている。
第5の習慣「まず理解に徹し、そして理解される」:やってはいけない4つの反応
Win-Winを実現するには、相手にとって何がWinなのかを知らなければならない。そこで第5の習慣は「聴く」ことになる。中田によれば、コミュニケーションというと自己表現や語彙の不足に目が向きがちだが、まず大事なのは理解することだという。
中田は、この章を読んで強く反省したと語る。お笑い芸人として、話を聞きながら相づちを打ち、冗談を挟んで場を盛り上げることを経験の中でやってきた。しかしコヴィーはまず「テクニックではない」と言う。聞くスキルの本だけで取り繕ってもばれる。好かれたいからではなく、本当にこの人を理解したいと思え、とコヴィーは求める。
そのうえでコヴィーは、やってはいけないこととして「自叙伝的反応」を挙げる。聞かれてもいないのに「俺の時はな」と自分の話をしてしまう反応である。その典型が「探る」「解釈する」「評価する」「助言する」の4つで、中田は親子の会話を例に説明していく。
「探る」は、父親が「学校はどうだ」「勉強はどうだ」と聞くこと。息子は「普通だよ」としか答えない。これは相手を理解するためではなく、自分が知りたい情報を引き出すための聞き方だからだ。本当は父親に相談したいことがあっても、この聞き方では切り出せない。
「解釈する」は、話を最後まで聞かずに決めつけること。友人が「会社やめようかな」と言っただけで「だよね、あんな会社」と自分の話を始められたら、理由を聞けと思うだろう。息子が「学校の授業がつまらない」と言ったとき、「お前の努力不足だ」「勉強とはそういうものだ」「ついていけていないのか、先生と合わないのか」と勝手に解釈すると、息子は理解してもらえていないと感じる。
「評価する」は、すぐにイエスかノーかを言うこと。「微分積分なんて社会で何の役に立つの」と言われて「役に立つかではない、勉強は忍耐だ」と返すのがこれにあたる。コヴィーは医者のたとえを使う。胸がムカムカして頭が痛いと言っただけで、ほとんど診ずに「この薬を飲んでください」と言う医者の薬は飲みたくない。
「助言する」は、すぐに処方箋を出すこと。「最近楽しくない」と言う人に「朝大きな声を出すに限る」と言うようなものだ。親子の例では、息子が「親友のジョージみたいに自動車整備士になりたい」と打ち明けたのに対し、父親が「退学したジョージか。学校は出ておけ、ジョージみたいに生きたら苦労するぞ」と助言してしまう。実際にはジョージは新しい修理のやり方で自分のサイトを開いて成功しており、息子は「何も分かってない、もう親父と話したくない」となってしまう。
信頼口座:信頼は少しずつ貯め、減っても貯め直せる
この流れの中で中田は、公的成功の鍵は「信頼」にあると紹介し、コヴィーの「信頼口座」という考え方を説明する。信頼は口座のようなもので、行動によって少しずつ貯めなければ貯まらない。会ったばかりの人に「毎月10万円振り込めば3か月で10倍になる」と言われて信じるのは、信じてはいけないパターンである。一方、あのときこうしてくれた、こう言ってくれたという積み重ねがあれば、あいつは信じるに足ると思える。
中田は、自信がないという人について、自分を信じることも人を信じることと同じだと考えてきたという。「今年こそ英語をマスターする」と言って1か月でやめる、「明日はジョギングする」と言って寒いからやめる。そうした自分への裏切りが続けば、自分への信頼口座は減っていく。しかしコヴィーは、減っても絶望するな、また貯められると言う。中田も、残高がゼロになったからといって口座を解約する人はいない、今日から貯めればいいのだと述べている。
共感とは、言葉の奥にある気持ちを言葉にすること
では、何をすればよいのか。コヴィーは、ひたすら共感せよと言う。ビジネス書でよく紹介される「相手の言葉を繰り返す」技術について、中田は、2、3回繰り返した後に結局「でもな」と評価や助言に戻ってしまうと指摘する。根本の精神として理解しようとしておらず、スキルとして繰り返しているだけだからだという。繰り返しはダメで、相手の言葉を自分の言葉に言い換えるのも「△」だとコヴィーは言う。相手が何を言ったかではなく、どんな気持ちで言っているのかを理解し、その気持ちを言葉にすること。それを共感と呼ぶ。
中田は先ほどの親子の会話を共感の形で演じてみせる。「授業がつまらない」と言う息子に、父親は「学校に失望しているんだな」と返す。息子は「本当に教えてほしいことを教えてくれない」と続け、父親は「教えてほしいことがあるんだな」と受ける。すると息子は、まだ言っていなかった自動車整備士の夢を話し始める。父親が「やりたいことを見つけたんだな」「憧れの友達がいるんだな」と気持ちを受け止めるうちに、息子は「どうしたらいい」と相談してくる。そこで初めて、学びたいことを学べる学校に変わるかといった話ができる。言葉そのものはゴールではないことが多い、とコヴィーは見抜いていると中田は言う。
中田は「腹減った」の例も挙げる。休憩なしで働いた後の「腹減った」なら「忙しかったな」と返せるし、試合に勝った後なら「勝って嬉しかったな」と返せる。言葉そのものではなく、なぜそう言ったのかという気持ちに反応せよということだ。
中田は自分の失敗も明かす。ゲストとの対話で、すぐに相づちを打ったり「つまりこういうことですか」とまとめたりして、相手の話を止めてしまったことが何度もあったという。この章を読んだ直後にもスタッフに「最近どうだ」と探り、一言聞いただけで「もっとこうしたほうがいい」と助言してしまったと語る。4つのルールを書き留めてから人と話してみてほしい、本当に難しいし、気持ちを読み違えることもある、と中田は視聴者に勧めている。
第6の習慣「シナジーを創り出す」:妥協ではなく第3の案
中田は、第5の習慣ができるようになると次に進めると説明する。第6の習慣はシナジー、つまり相乗効果である。1+1が2で終わらず、3にも4にもなるのが人と人が本当に協力したときの関係で、それを一度でも味わった人はその輝きを忘れない、とコヴィーは言う。簡単には実現しないので、まずWin-Winが前提になり、そのうえでコミュニケーションが取れていなければならない。一方だけが貢がされている関係に相乗効果はない。
中田は会社の例で説明する。この会社は自分を理解してくれる、給料だけでなく経験やネットワーク、スキルアップも得られる、と感じた社員が頑張れば、会社の成績も上がる。モチベーションの高いチームや会社が生まれるかどうかは、シナジーを作れるかどうかにかかっている。コヴィーによれば、そのためには両者の違いを理解したうえで、妥協ではなく、つまり1+1が1.5になるのではなく、第3の案を創造的に生み出すことが必要だという。中田は、何が第3の案になるかはケースバイケースで、すぐには思いつかないだろうと留保をつける。そのうえで、自分のチームのリーダーや会社がそうあってほしいと思うなら、自分が自立して、自分のチームをそうしていけばよいというコヴィーの言葉を紹介している。
第7の習慣「刃を研ぐ」:肉体・精神・知性・社会性
第7の習慣について、コヴィーは木を切る男のたとえを出す。男は何日もノコギリで大木を切り続けているが、ほとんど進んでいない。ノコギリを研いだらどうかと言うと、「研ぐ時間があるように見えるか」と返される。コヴィーは、これが多くの人の姿だと言う。いったん立ち止まって刃を研げば、切りやすくなって時間も生まれる。
磨くべきものは肉体、精神、知性、社会性の4つで、そのすべてを習慣として磨かなければならない、とコヴィーは言う。中田は、肉体についての指示が具体的な点に驚く。週3時間は運動する。体に悪いものを食べすぎない、飲みすぎない、吸いすぎない。みんなのためになる生き方をしたい、長く愛されたいと個人憲法に書いたのなら、なぜ訳のわからないものを食べているのか、とコヴィーは問いかける。
精神については、コヴィーは1日や1週間のうちに瞑想や祈りの時間を取っているという。イスラム教やキリスト教の祈り、禅の坐禅のように、多くの宗教にそうした時間がある。宗教的な習慣がない人でも、自然の中を散歩し、静かな場所で心を落ち着ける時間は大事だという。
知性については、インターネットやスマホが普及する前に書かれた本だと断ったうえで、中田はコヴィーがテレビを1日1時間までと決め、家族にもそう言っていると紹介する。テレビは素晴らしいが依存してはいけない。中田は、スマホも同じで、自分も子どもにタブレットで長時間動画を見せていたと反省する。読書はまず月1冊から始め、週1冊を目指す。日記を書くこともコヴィーは勧めている。
社会性については、大切な人の名前を書き出してみよ、とコヴィーは言う。親、子ども、恋人、友人、仕事仲間、上司。LINEを既読スルーしたまま、「いつか行こうね」と言ってから2年経っている、頼まれごとを放置している、といった心当たりがあるはずだ。そういう人とコミュニケーションの時間を取りなさい、という。
中田は自分を採点する。肉体は「△」、精神は自然の中で心を落ち着ける時間を取っていなかったので「×」、知性は週に3、4冊読み、勉強しながら書いてもいるので「◎」だという。
応急処置に頼らず、習慣の力を信じる
終盤、中田は本の結びにあたるメッセージを紹介する。この習慣を実践できていると思える人、話を理解して聞いてくれる人を手本として探し、その人から学ぶこと。応急処置に頼らず、習慣の力を信じること。一つのテクニックや一言で人生が劇的に変わるという世界は捨てよ。世界は厳しいが正直だ、とコヴィーは言う。
中田は、毎週2時間走っていたらジョギングが楽になってきたこと、本をたくさん読み動画をたくさん上げてきたことで、話の聞き方を反省させられたと語る。さらに、お笑いの世界でとにかくブレイクすればいい、人気になればいい、稼げばいいと考えていた時期があり、それだけだったから色々失敗したのだと思い至らされた、とも振り返る。
コヴィーは「諦めるな」とも書いている。親もそうではなかった、周りにもそんな人はいない、自分もこれまでそうではなかったと思うかもしれない。しかし流れは変えられる。今、自分から変えれば、後の世代によいものを伝えていける。一朝一夕にはできないが、習慣の力でできる。中田はこれを「非常に厳しいが、とても優しい」と評する。一瞬で世界が変わる、これさえやれば大丈夫というテクニックの本は、優しく見えて実は残酷であり、それはイージーな優しさにすぎないというのが中田の見方である。コヴィーは、この先必ず大きな困難や悲しみと戦うことになるが、その戦いは今から始まっている、人は習慣によってしか強くなれないのだから、と書いているという。
最後に中田は、コヴィー自身も「あなたは全部できているのか」とよく聞かれ、毎日格闘していると書いていたことを紹介する。今でもできない習慣があり、特に難しいのは第5の習慣だという。第2の習慣に立ち返ってどう死にたかったかを考え、人のせいや時間のせいにしたくなる自分を戒めながら、頑張っている。中田はそう伝えたうえで、コヴィーが2012年7月に79年の生涯を閉じたことに触れ、「流れは変えることができる」という教えに感謝を述べて動画を締めくくった。
どうも、中田敦彦です。今日も早速参りましょう。エクストリーム現代社会、7つの習慣編。超大事。ありがとうございます。
やってまいりました。『7つの習慣』という本を皆さんご存知でしょうか。これはすごい本なんですよ。実は歴史が長くて、1989年に最初に海外で発売されて、日本版は1996年に発売されたらしいんですね。完訳版というこれが2013年にまた発売されたりして、長いなと。
だいぶ古い本出してきたね、中田って思うかもしれないんですけど、今でも書店に行ったら結構な幅を取って置いてあるんですよ。それぐらい不滅のバイブルとして置いてあるわけですね。めちゃくちゃ売れてるんですよ。世界で3000万部ですよ。3000万部ってありえないですよね。日本書籍で3000万部売れた本、ないと思います。日本でも200万部売れてると。
自己啓発本とかビジネス本みたいな、そういうところによく置いてあるわけなんですけども、言ってみればキングオブ自己啓発本とも言われてるわけですよ。ただ、自己啓発って聞くだけで、うーん、みたいな。「そんなに内面を変えなくても、まだそこそこ幸せですし」みたいな人もいると思うし、『7つの習慣』って言われたら、「いやいや、7つも。習慣を7つも作らなきゃいけないんですか」と。
習慣って色々あるわけじゃないですか。朝起きて歯を磨くとか、筋トレするとか、なんとかジュースを飲むみたいな、そういうの7つですか。違うんですよ。これ、ビジネス本、自己啓発本、習慣を作ろう本みたいな感じで思ってると、ちょっとびっくりするぐらい違う本なんですね。
これはどちらかと言うと、幸福論とかに近いかもしれない。哲学に近いかもしれない。でも、幸福論とか哲学って言うと、かなり広くて具体性なさそうでしょう。違うんですよ。めちゃくちゃ具体性あるんですね。だから、他に類を見ない本だから、こんだけ売れてるんだなと。
これ、僕読んだんですけど、正直これの漫画版とかもあるんだよ。だけど今回はこっちの方が面白いんだよ。これ、原書が面白いのよ。分厚いでしょう。でも止まんないんですよ。正直じっくり読んでいただきたいなと思うんですが、抵抗感あると思うから、まずは中田の動画を見ていただきたいと思います。
これ、結構いろんな言葉が豊富に、いろんな具体例が豊富にあるから、これをダイジェストにした本とか動画とかをいくつ見てもいいと思うし、その中の1つとして使っていただければいいと思うんですよ、僕の動画も。それでも結構新しい発見あると思う。他の動画とかまとめサイトとかではなく、中田はそこに注目したのかなというところが分かると思いますので、ぜひ一助にしていただきたい。
しかし、僕にとってもちょっと人生観が変わるというか、ちょうど問題意識にしてたところがあったんですよ。なんで中田こんなに騒いでんのか、なんでこれが売れたのかと、多分それ直結してるんですよね。ちょっとそこ説明していきますね。
実はこれ、すごい面白い入りから入るんですね。1つの自己啓発本なのね、じゃなくて、実はキングオブ自己啓発本と言われる所以と言いますか。このコヴィー先生は、アメリカの人なんですけど、アメリカが建国以来、この1989年までの今まで出された自己啓発本、ほとんどを調査したんですって。
成功法則についての本、ビジネス本っていっぱいあるでしょう。こうやって成功するとか、爆速でぶち上げるみたいな、いろんなのあるわけじゃないですか。そういう本ってたくさんあるんだけど、古今東西のをうわーっと見てみた。今書店に売ってるのを買い漁ってるって人はいっぱいいると思うんだけど、この人の最大のポイントが、アメリカ建国以来っていう非常に古い時代の成功本もチェックしたことなんですよ。
それでバーっと統計というか調査してみたら、ある大きな出来事に、大きな真実に気づくんですって。それ何か。実は、第一次世界大戦前と第一次世界大戦後で、成功法則の本の傾向がだいぶ違ってきてるって言うんですよ。だから、最近の自己啓発本と昔では、全然言ってることが違う。
ここ面白いよね。自己啓発って時代をまたいで見てみようって思ったことない。本屋の中で買い漁ってる人、意識高いって思うけど、「昔のまで見たぜ。俺、江戸の見たぜ」ってやつ、もう変態でしょう、そいつ。意識高い系じゃなくて変態でしょう。「結構ビジネス書とかスキルアップ系買ってる?」「買ってる、買ってる」「俺、江戸のも見た」「俺、室町のも読んでる」「お前はもう」みたいな。そういう人なんですよ、コヴィーさんって。
成功って本当に何なのって調べた結果、実は最近のビジネス書はこういうことが主に言われてる。モチベーションをアップしましょう。それよく見るよね。モチベーションアップしましょう、コミュニケーションスキルをアップしましょう。それによって成功しましょうって本。でもそれは最近の傾向なんだ。
これはもちろん効果がないとは言えない。でも、即効性が高いような雰囲気を出し、短期的な成功しかもたらさないだろう。そういうふうに言ってるんですよ。じゃあ何がいいんだ。実は最も大事なことを教えていたのは、その第一次世界大戦より前にあるんだと。
その前にあった本はどういうことを書いてたか。実は、謙虚でいなさいとか、こういうふうに良い人でいなさいみたいな、根本的な人格を育成しようという本だったんですって。人格形成ね。人格を育成する。
それって根本的すぎて、逆に言うと、ビジネス書ですかって感じしません? 心を育てるみたいな、相当余裕ある人が買えば、みたいな感じ。それよりも秒速でぶち上げて億稼ぎたいのよ、こっちとら。そうでしょう。明日から本当に2階級ぐらい、3階級ぐらい昇進したり、2、3社スタートアップしちゃいたいわけ。来年にはもうそれバイアウトして何十億か手に入れたいわけ、みたいな。
そういう人にとって、人格形成とか心を育てようみたいな、いやいや悠長な、悠長な、みたいなね。そういうふうに思うんですけど、こっちなんだって言うんですよ。ここがすごくコヴィー先生の深くてスパルタなところなんですよ。
ビジネス書ってすごい読みやすいでしょう。元気出るんですよ。だけど、分厚いし、全然刺激的なこと言ってくんないですよ。すごい本当に芯を食ったこと言うんですね。これが長期的で持続的な成功をもたらすんだと。なるほどなと。耳が痛いです、コヴィー先生。
でも思うんですけど、この本が売れたのって、今成功したいっていう人にもものすごく大事なんだけど、もう成功したっていう人にもきっとこれ売れたんですよ。なんでか。「皆さん、こんな悩みありませんか」っていう中に、虚しい成功者たちの悩みをいっぱい入れてるんですよ。
全部叶えた。会社も何個か立ち上げて、こんだけの給料を得てる。こんだけの家も建てた。でも家族とはもう他人同然の冷えた関係です。僕の人生、一体何だったんでしょうか。そんな悩みも載ってるんですよ。講演会であんまないよね。なんとかして自分の能力を得て、いい会社に入りたいとか、いい会社作りたいとか、私の才能を生かしてビジネスにしたいっていう人いるよ。でもそれを全部やりました、でもなんだか虚しいですって人の悩みも載ってんだよ。
それはなんでか。こっちでやってきたからだろって言ってるんですよ。短期、即効、短期でやることはできるよ。もちろんモチベーションアップ、コミュニケーションスキル、大事ですよ。それを駆使したらビジネスってバンバンバンって当たることもあるよ。でも、本当の成功はお金稼ぐことですか? 大きい家に住むこと? ここなんですよ。
これを7つの習慣の1つ目を言う前に、めちゃめちゃ長めに語ります。「全然1つ目言うてくれませんやん」の時間が長いんですよ。「いいか、この本をしっかり読めよ。なんでかって言うと、あらゆるビジネス本が全然役に立たねえからだ」って言うんですよ。「でも役に立つか立たねえかで言うと、立ってるんだろ? 立ちたいんだろ。でもそうやって成功した奴らの悩み、それの本質を俺は知ってるぜ。これができてねえんだよ」。
成功してる、爆速でぶち上げてる経営者たちが、危なそうって思う時ない? この人、本当にちゃんとした人かな。なんか20〜30億持ってるんだろうし、ドバイにも別荘があるんだろうけど、この人は本当にちゃんとした人かなっていう成功者たち、いっぱい知ってるでしょう。そういう人たちって、きっとまた落とし穴に落ちるんじゃないって思うことあるでしょう。そういう人たちに対して、やっぱりこれはないんじゃないかって思うわけなんですよ。
僕がすごい感動した渋沢栄一さんの『論語と算盤』、あれも経済と道徳、両方ないといけませんよって話でしたよね。それを徹底的に科学したのがこの本だと思うんですよ。スーパー渋沢栄一と言っても過言じゃない。しかも超スパルタですからね。「そっちの方がいいよ」みたいな感じで、渋沢さんは結構それが新しかったんですよ。でもこれをめちゃくちゃ分析的に考えてますね。
じゃあ7つの習慣、なんで7つなのかをお教えしようという、全体的なマップを教えてくれます。この人格形成して長期持続の成功を得るには、7つ必要なんだね。まずは依存状態にある。誰かのせいにして、人のせいにして成功しない。そういう人、多いですね。
「いや、だってよ、もうこの業界ダメだろう。元気ねえもん」っていう人ね。「ダメだ、うちの会社。あんなアホみたいな経営者、あの社長の下でこの会社うまくいくと思うか? ダメだよ。あの上司がダメなんだよ」「いやいや、あの部下がダメなの」。依存状態にある非成功者の状態から、1、2、3の法則を使うことによって私的成功を収めることができます。自立した自分になれます。
よし、成功した。これが第1状態です。ただ、コヴィー先生、そこだけで満足してはいけないって言うんですよ。「お前が1人で成功するのは当たり前だろ。そんなもので満足させないぞ、私は」。コヴィーは鬼軍曹ですよ。「成功者か、お前」「はい、成功しました」「くだらん」って言うんですよ。「お前1人での成功などくだらん」って言うんですね。
4、5、6の習慣を持って公的成功に至れ。つまり、多くの人を巻き込んで成功できるような、要するにリーダーですよ。そういう人になれよと。成功者、1人で成功しました、じゃないんだよ。お前の周りの人も全員ハッピーか、全員成功してるのか。そうなるとなかなか難しいですよね。
1人ですごいいい車乗り回してるやついますけれども、その周りの人たちもすごい生き生きと、成功者を次から次に育てて、あいつも成功してる、こいつも成功してる。成功者に聞いたら全員が、「それは中田さんのおかげなんですよ」と言うような成功者になってますかってことなんですよね。「あなたが成功したのはなぜですか」「中田さんがいたからです」「あなたが?」「中田さんがいたからです」。だから僕が、「中田さん、そう言われてますけど」「みんながいたからです」。
合格だってコヴィー先生はそこでも言わないんですよ。それでもダメなんです。皆さん、ここ6の法則でしょう。7が残ってるんですよ。「みんなを巻き込んで成功しました、コヴィー先生」「甘えるな」って言われますからね。めちゃくちゃ厳しいんですよ。「1回だろ」って言ってくるんですよ。「それを何回もやれ」って言うんですよ。
何度も何度も周りを巻き込んで成功する。それが長期持続成功だと。それこそが7つの習慣の達成者である。免許皆伝をその人間のみにやる。めっちゃ厳しいです。めっちゃ厳しいけど、これが確かに根本的なことなんですよね。確かになと。持続的にそうしたいもんですよね。
一発だけバーン成功して、わあ、やったーって言って、その後ボロボロになっていく成功者って嫌でしょう。でも、なんで成功者が往々にして大きな落とし穴に陥るかっていうのは、ここがないからなんだぞということを言うんですね。
人格を根本的に変えるなんてことはできるんでしょうか。ここなんです。でも、それは元々あった古くからの教えであり、それを私は分析し、これから教えるね。これのサブタイトルが『人格主義の回復』って言ってるんですよ。人格主義っていうのは、こういったモチベーションアップやコミュニケーションスキルといった個別の成功理由、個性主義と言ってるんですけど、この先生は個性主義から人格主義に回帰するんだ、回復するんだということを言ってます。
なるほどと。でも、びっくりしますよ。成功って何ですかっていうことなんですよね。最初の最初の方で、僕、これ面白いなって思った文章があるんで、ちょっと読んでいいですかね。「はじめに」っていう文章の最後なんですよ。
「最後に、私がいつもセミナーなどで尋ねる質問をここでも投げかけてみたい。死の床で自分の人生を振り返った時、もっと多くの時間をオフィスで過ごせばよかった、あるいはテレビをもっと見ればよかったと悔やむ人は、果たしてどれくらいいるのだろうか。答えは簡単だ。一人としているわけがない。死の床にあって思うのは、家族や愛する者のことである。人は誰かのために生き、最後はその人たちのことを思うのだ。偉大な心理学者のアブラハム・マズローも、人生を終えるとき、自分自身の自己実現欲求よりも子孫の幸福、達成、貢献を願ったという。彼はそれを自己超越と呼んでいた」。
そういう文章が序盤にあるんですよ。僕はグッと打たれました。成功って何なんだろうなっていうことを、ずっと考え始めたんですね。この授業でよく哲学の授業とか幸福の授業とか、そういうことをやったり、いろんな偉人伝とかやって、その人の死に際とか見たりして、どうすれば良かったんだろう、あの偉人は、とか色々考えてるのも、僕自身、この後どうしていくんだろうっていう問題意識だったんですよね。
その上で、この本がかなり大きな答えを見つけさせてくれそうだなと僕は思ったんですね、その序文を読んだ時に。そうか、確かに。じゃあ行きますよ。まずは第1の習慣、「主体的であること」と言うんですね。先ほど言ったように、誰かのせいにしてませんかっていうことなんですよ、まずは。
でも、「いやいや、俺は誰かのせいにはしたくないと常日頃思ってるよ」って言ってても、そういえば最近も言ったな、みたいな時あるじゃないですか。「いや、だってさ」「あいつってなんでいつもああなんだろうな」とか、「あの業界ってもうさ」とか、何か自分以外の何かに対して不満を持ったり、不満を言ったりする瞬間。その瞬間に、それは主体的ではないと、このコヴィー先生は言うわけなんですよ。
「あなた、ずっと反応ばっかりしてませんか」って言うんですよ。何かが起きる、それに対して反応する。「あなたってユニークな顔してますね」って言われたとして、ふざけんなって思うじゃないですか。なんだ、その嫌味、みたいなね。「あれ、寝てないの? 顔パンパンだけど」とか言われた時に、なんでそんなこと言われなきゃいけないんだとか、いろんなこと思うと思う。でも、それって反応じゃないですか。
でも、責任っていうのは、反応から責任に行こうと。反応というのはレスポンスなんですよ。責任っていうのはレスポンシビリティって言うんですね。レスポンシビリティ、これはレスポンスとアビリティの組み合わせだ。反応することを選択することができるという、そういう言葉だとコヴィー先生は言うわけなんですよ。
なので、何を言われようが、何があろうが、それについて傷つくのは自分が傷つくという選択をしてるからだ。だから、「お前って変な顔してんな」と言われてても、自分の中に軸があれば、「いやいや、別に」っていうふうに傷つかないこともできるわけですよ。その上で、自分ができることにフォーカスしたらいいんじゃないって言うんですね。
これを見てくださいって言うんですよね。関心があることっていうのが、このグラフで、この円の中にあるとして、皆さんも関心のあることってありますよね。皆さんの関心の中に、アフリカのダイヤモンドの採掘量ってあんまないでしょう。いきなりダイヤモンドどれぐらい取れるかなとか考えてる人、あんまいないと思うんですよね。
とか、どっかの国の、インドのボリウッドスター、映画スターが最近離婚したことについてとかって、あんま考えないでしょう。だから、関心があることって結構限られてるんですよ、自分の中で。その関心のあることの中で、自分の影響が及ぶことってなると、この中に収まりませんか。
例えば、何食べようかなっていうのは影響できることでしょう。だけど、総理は何を発言するだろうかっていうのに関心があったとしても、それは自分の影響外だよね。分かんないです。見てる人の中で、「いや、私の言うことを総理は聞く」っていう人もいるかもしれないけど、大概の人が総理の発言を左右できない立場にあるじゃないですか。
だから、関心があることと影響できることっていうのは別だとして、関心のあることの方に目を向けずに、影響できることに目を向けるのが正解です。コヴィー先生が言うんですよね。関心があって影響できないことばっかりに目を向けると、反応人間になると。
業界の景気、悪いなっていうのは、影響できないわけじゃないですか。あなたが業界の景気をクイッて上げれたら、すごいいいよ。だけど上げれないんでしょうと。だったらそれについて、ああだこうだ考えるのって無駄じゃないって。関心がある中で影響できることをやればいいんじゃないって。
もしその業界が不景気なんだったら、その業界の中で自分の会社が業績アップできるように自分で考えてみるのがいいのか、もっと好景気な業界に転職するのがいいのか。自分ができることにフォーカスしたら、文句言わないで済むじゃない。そういうことですよね。
「お前って変な顔してるな」って言われたとして、それに対して反応するんじゃなくて、この人に関心がないんだったら別に無視すればいいし、すごく大事な人にそんなことを言われたってことは、すごく何かむかつかせたのかもしれないよね。じゃあ自分の行動を変えたら、この人は発言を変えるのか、機嫌を直してくれるのかもしれないし、自分が何かをしてそれが直らない、単純に虫の居所が悪くて僕にも当たってきたって言うんだったら、それは関心の外に置いてしまえばいい。
そういうふうにすると反応を選ぶことができる。これは自分事だと思うことによって、自分が変えれるんだって思うことによって、それが変わるというふうに言ってるわけなんですよ。なるほどなと。
この1、2、3ってどういうふうに進むかと言うと、全体的に言うと、スタート体勢を取る、ゴール設定をする、走り方を知るっていう、非常にシンプルな構成なんですよ。なので、まず主体的であることは、スタート体勢を取ることなんですね。その次にゴール、走り方。スタート体勢を取れるようになるにはそうしましょうよと。
でも逆に、こういう人もダメですよって言って、影響できることが大きいのに関心が小さい人ね。例えば経済力がアップしたり、自分のやれることが増えてくると、影響力って大きくなるじゃないですか。にもかかわらず、関心がこれだけ。例えばものすごいお金があって、でも自分のここにしかお金使わない。
いやいや、他の人を貧しくしてる。従業員の給料を全然アップするっていうことに関心を持たないで、自分だけとか、関心ここだけ。従業員がどんな貧しい暮らししてるか知らない。それは無責任だよね。自分にはいろんな人を救う力があるにもかかわらず、全く興味ない。ゲームしてる。いやいや、もっと関心持ってくれよ。それもやってると。
だから、常に関心は大きくあるべきだけれども、そこの中の影響にフォーカスをするといいよと。なるほどなと、整理できましたね。
その上で、このゴール設定なんですよ。コヴィー先生の中で、俺ここだなと思ったの。正直、主体的であるんだ、なるほど、そこまで分かった。僕自身も確かに人のせいにしがちと思うけど、「いや、それ大体俺のせいだから」って言おうと思ったね。だけど、根本的に僕が何か虚しさを覚えてたのって、ここだったんですよ。中田が最も感動した章、第2の習慣。ここなんです。「終わりを思い描きましょう」っていうやつなんですね。
この本が言うんですよ。「皆さん、ここからの文は少し静かなところで、真剣に頭に映像を思い浮かべながら読んでください」。コヴィー先生、言うんですよ。今までも静かなところで読んでましたけど、さらに、みたいな。分かりました、コヴィー先生、読みます。
ある晴れた日に、お葬式が行われています。その斎場にはいろんな人が参列しています。そしてその奥に立派な棺があります。その棺をパッと開けて、顔のところパカッと開きますね。開けて見てみてください。そこにいるのがあなたです。そういうストーリーなんですよ。そこにいるのがあなたです。しっかりと思い浮かべてください。これを真剣に思い浮かべてください。その日は必ず来ますから。必ず来るゴールです。
ここポイントなんですよ。ゴール思い描けよって言われた時に、ビジネスやる時だったら、その会社が成功するところを思い浮かべるんだとか、誰かと付き合ったらその人と結婚するところを思い浮かべようとか、スポーツやってるんだったら大会で優勝するところを思い浮かべるって、そういうことかなって思うじゃないですか。違うんですよ。「死ぬでしょう」って言うんですよ。「死ぬところ思い浮かべてください。みんな死ぬから。思い浮かべて」。本気で言うんですよ。
そして、そこの参列者の顔を思い浮かべてくださいって言うんですよね。そっか、俺の葬式参列するやついるんだ、そうだよなって。やっぱそれ思い浮かべましょうよ、みんなで。「あの人とあの人来るな」「あの人来たら嫌だな」。あるよね。「なんであいつ来たんだよ」とか。思い浮かべてます、今思い浮かべてます。そして順々に弔辞が読まれていきます。そこも想像してくださいって言うんですよね。
あなたの家族。奥さんがいるのか、旦那さんがいるのか、お子さんがいるのか、もしくは親戚なのか、まだお父さん、お母さん生きてる場合なのか分かりませんけども、家族がいて、また上司がいたりして、仕事付き合いの関係の人がいて、友達がいて、そういう人たちが次々に弔辞を読み上げていきます。その弔辞の内容は何ですかって言うんですよ。なんて言われたら嬉しいんですかっていうことなんですよ。嬉しい弔辞って何ですか、あなたにとって。
これが面白いんですよ。コヴィー先生、確かに。「中田、あなたは本当にかっこいい車に乗っていましたね」。嫌でしょう。なんか嫌じゃない? 何その弔辞、お前ってならない? 例で、「あなたは本当にかっこいい車に乗っていましたね。すっごくスピードも速い。そしてすごく立派なスーツを着ていましたね」。あんまり嬉しくないでしょう。
嬉しいことって何だろうっていう時に、例えば仕事仲間からこんなふうに言われたかったね。「あなたはいつも仕事場に笑顔をもたらしてくれましたね。あなたがいるだけですごく勇気づけられました。あなたに言われたあの時の言葉、今でも大事に思ってます。あなたのことを尊敬しています。あなたがいたから私、今でも頑張れてます」。そういうこと言われたくない? そういうこと言われたいですよね。
そこなんですよ。「あなたがいたから私はこんなに嬉しかったよ」とか「楽しかったよ」って言われたいなって僕は思ったんですよね。だとしたら、それがあなたの本当の成功だって言うんですよ。弔辞を想像した時に、あなたが一番たどり着きたいのがそこなんだよ。思い浮かべて、なるほど、しみじみしたところで、コヴィー先生は「思い浮かべたのならば」、鬼軍曹に戻ります。「それを元に個人の憲法を作りなさい」って言うんですよ。厳しい。
文にしろって言うんですよ。個人の憲法ね。この本の中でミッション・ステートメントって言ってるんですけど、あるじゃない、国にも憲法が。基本的人権を尊重するとか。この憲法に基づいて法律って個別に作るわけですよね。
だから、「こんな法律を」とか言って、「悪いことしたやつは裁判をそこそこに牢屋にぶち込んで、とにかく四六時中ビンタするっていうのはどうでしょう」みたいな。それは基本的人権に基づかない刑罰なのでやめましょう、みたいな。大元になるルールを決めていたら、その他のいろんな出来事に対して、それをやる、やらないっていうことを決めれるわけなんですよ。
大元のルール決めませんか。確かに、そういうの作ろうって思ったりしたけど、どうやって作っていいか分かんないっていう人いるじゃないですか。その時に、これを思い浮かべれば作れるよねっていう、この具体的な方法論を示すのがコヴィー先生なんですよ。これが7つの習慣。
この弔辞って、僕はさっき言いましたけど、みんな違うと思うんですよ。それぞれちょっとずつ違う。でも本当の原則的なところは一緒でしょうって言ってるんですよ。それはすごく共通するものですって言うんですよ。個別じゃない。ワールドカップ優勝とか、一部上場とか色々あるけど、本当の本当の弔辞で言われたいことは、そんな変わんないんじゃないっても言ってくるんですね。
だって、人を裏切り続けて恨まれてえって人、あんまいないよね。お金とか盗みてえ、盗んだ上で追われてえ、みたいな人ってあんまいないじゃないですか。基本的に人って、人間にどう思われたいかとか、何を善と思ってるかっていうのは、そんなに変わらないでしょう。それが浮き彫りになるでしょう。それを個別にしたものを憲法として持っときなさいって言うんですよ。
それは家族や会社としても作っていいって言うんですね。夫婦の間で、「私たち夫婦って何を大事にしていく?」っていうことを話し合って、それを決めていく。「うちの会社って何を大事にしていく?」、そう話し合って決めていく。それは真剣に考えた上で、当事者として実際に作らないと守らないっていう。パッと作られて、「はい、これ」って言われても守らない。本気で考えて、本気で悩んで、本気で練り上げる。
だから、これを作るのに一晩では無理ですよっていうのがコヴィー先生。「数ヶ月練りに練ってください」って書いてあるんですよ。スパルタだよね。明日から2億円稼げるみたいな、そういう本じゃないんですよ。数ヶ月ルール作り。2個目の習慣で数ヶ月かかるんですよ。めっちゃ時間かかるの。でも、あなたがしたいのは長期的、持続的成功でしょうっていうところに関しては、これなんだなと思うんですね。
僕も思いましたね。僕もこれで色々考えまして、そうだよなと。僕、もっとこういうふうに思われたいよな、こうしたいよな。そういうのがだんだん、おぼろげながらできてきました。この動画を見ていろんな人たちが良かったよって、面白いよとか、勉強になったとか、私も勉強しようと思ったとか。そうやって言われて、いろんな人に、中田さんがやってることを見て感動したとか、面白かった、笑ったって言ってくれる方が大事じゃないですか。
原則が大事。そして、それを中心に置いてくださいって言うんですよ。でも、原則を中心にするっていうことができてない人、多いよって言うんですよ。人って実はもうみんな中心があるんだって。でも、その中心が何かを自覚してないだけって。大体これだよって言ってコヴィー先生が出してくるのが、配偶者中心、家庭中心、仕事中心、金中心、所有物中心、敵中心、娯楽中心なんだって。
どういうこと? 分かりやすいのが金中心だよね。要するに、お金を中心原理として置いてるんだったら、お金が稼げるように頑張るし、お金が稼げなくなったら不安だし、お金を稼ぐためにはどうしたらいいだろうって考えるし、お金を稼ぐための知恵をつけるよね。それがお金中心主義なんですよ。
じゃあ配偶者中心主義とか家庭中心主義っていいじゃないって思うかもしれないけど、これも危険だよって。要するに旦那が中心になってたら、旦那に嫌われたらどうしよう、旦那がいなくなったらどうしようというふうにもなるわけですね。家族だって形変わるよね。子供だって自立するよ。でも家族が一番なんだ、家族のことが大事だ、家族のためにって考えすぎちゃうと、その家族のすったもんだでものすごい揺れるよ。
どうする、子供が犯罪行為を犯したら。あなたにとって家族が全てだったら、家族を中心に置いてたら、それはまたぶれるね。その時も、例えば原則を中心としてたら、ただただ旦那に気に入られたいっていうふうな行動はしない。大好きな旦那だけど、こういうことは私の正義とは違うから、それはダメだよ。注意できるようになる。
子供にも本当は気に入られたいよ。だけど、大事なことっていうのはこういうことだから、それはやめようっていうふうに止めることもできるわけじゃないですか。「お金あげるよ」「このギャラいいよ」なんて言っても、その仕事のやり方はこの基本概念に反するから断ります。それもできるわけですよね。
仕事中心主義。仕事をやってる間はいいね。でも、仕事がなくなったらどうしよう、この仕事ができない体になったらどうしよう、いろんなことを思うかもしれない。でもそうじゃないでしょうって。一部でしょう、全部一部でしょう。
所有物中心主義の人もいますよね。いろんなものを集めちゃうコレクターがいて、これがなくなったらどうしよう、これの価値が下がったらどうしよう、これもっと増やしたい、もっと増やしたい、減ったらどうしよう。そういう人もいる。でもそれって全部じゃないんだ。中心じゃないんだね。
敵主義って何だ? 敵中心主義。あいつをなんとか貶めてやりたいって、復讐者いるじゃないですか。「あいつだけは許せない。あいつが地獄に落ちるためなら、俺なんだってやる」。そういう人も、それを中心にしちゃってる。もしくは娯楽中心ね。「今楽しいんだ。楽しければいいんだ。これをやるんだ。これが楽しいからいい」。それだけでも違うでしょう。
大事なのはここでしょう。常に弔辞に帰れよ、弔辞だ。それを原則に置いた上で、その娯楽をするのか、その敵を憎み続けるのか、その所有物を置いておくべきなのか、いらないのか、お金はどれぐらい必要なのか、仕事はどれぐらいやるべきなのか、家庭とはどれぐらいの距離感で、配偶者とはどれぐらいの距離感で挑むべきなのかを決めなさいと。そうやって決めるものですと。
要するに、ゴールからやると今が見えてくるわけですよ。面白いなと。これが原則のキーなんだと。スタートができて、ゴールができた。さあ、方法だ。ここかなり具体的ですよ。3番目の方法、「大切なことを優先する」。なるほどな、それは分かりますわ。でも、このコヴィー先生のポイントは、大体のタイトルが、そりゃそうだって思うんだけど、やり方ちょっと違うんですよね。
スケジュール、結局のところ時間管理っていうのが、時間との向き合い方が全てでしょう。だって死ぬから、死ぬまでの時間の使い方の中でゴールに向かうわけでしょう。じゃあ時間どう使うの。時間の使い方には4段階ある。考えたこともない。時間の使い方に4段階ある。さあ、どうですか。分かりません。1段階目が分かりませんね。
1段階目は、チェックリストを持っているものだって言うんですよ。要するに、やんなきゃいけないことっていうのがバラバラに。「おつかい行ってね」。おつかい行くでしょう。「その後DVDを買いに行ってください。その後公園に行って何々をしてください。その後何々をしてください」。いろんなチェックリストあるよね。それをシャッシャッってチェックしていくみたいなね。
そういうことっていうのは、言ったら今やんなきゃいけないことがガシャッと溜まってて、それをポイポイポイポイやっていくっていう作業じゃないですかね。それが1段階目。でもそれっていうのは、非常にここしか見てないよと。
次はカレンダーを持ってる人。要するに長期的な、何月何日に何をやって、何月何日に何をやるっていうのは書いてある人ね。なるほど、大体の人がそうじゃない。チェックリストだけの人っていうのもいるよ。手帳も持ってなくて、カレンダーにスケジュールも書かないけど、やれって言われたことだけメモって、それやったらチェック外すみたいな、そういうタイプの人もいるじゃないですか。
でも、カレンダーに一個一個書いて、こういうのあるのねと言われたらカレンダーに書き込む、そういうタイプの人もいる。ちょっと長期。でも、その人まだ甘い。第3段階、そのカレンダーの中で優先順位をつけている人。「これは大事。これは大事だから先にやろう」「3日後に何々があるからこれをやろう。これの準備をしとこう」。そういうことができるのは第3段階の人。
しかし、コヴィー先生は非常にスパルタです。コヴィー塾に来たからには、「優先順位をつけてます。カレンダーでチェックリストをつけてます」、それだけで合格できると思うなよ。ここなんですね。優先事項が何なのかをもう1度考えなさいって言うんですよ。
じゃないと、スケジュールのカレンダー見て、パンパンな時ない? もう優先事項あるよ。「今日あれやんなきゃ、あれやんなきゃ。明日はあれやんなきゃいけないし、明後日はあれやんなきゃいけない。分かった、じゃあこれ先からやって、これやって」。ほとんどの人がそうやってパンパンのスケジュールを一生懸命こなしてないですかって、そういうこと言ってるんですよ。それであなたのゴールにはたどり着けないよってこと言ってるんですね。
確かにと。もうちょっと細かく見ようぜって。考えるんだ、考えろって言うんですね。大事なことって何なんだ。その時に、このチャートを見ろって言うんですよ。私が作ったコヴィー流だ。重要度と緊急度で4つの象限に分けるね。
重要で緊急なことってあるよね。トラブルが起きた時とか。「おい、お前ん家燃えてるぞ」「うわあ」。重要で緊急、みたいなね。絶対そうだよね。「それがどうした」っていうやついないよね。家燃えてるんだぜって。それ緊急だよね。トラブルとか、あと締め切りがあるとか。仕事で「明日までですよ。これ落としたら原稿落ちますから。そしたらもう損害賠償ですよ」みたいなね。締め切り。そういうのはもう1だよね。
じゃあ、重要じゃないけど緊急性があるっていうのは、謎の電話とか。今出なきゃいけないわけじゃないですか。プルルルル、「はい」「保険サービスのご案内なんですけど」「いいです、いいです。今いいです」みたいなね。とか、メール返信しなきゃいけないけど、別に重要じゃなかったな、みたいな。「明日までに」みたいな、いやでもそうでもないだろ、これ、とかっていうやつ。緊急性があるんだけど、そうでもないっていうものがある。
重要なんだけど緊急性はないっていうものは、自己投資だよね。「時間あったら何したい? 何やったらためになると思う?」「やっぱり1回留学してみたいな。語学しっかりやりたいですね」とか、「不動産関係の資格とかも一発取っときたいですね」「それお前、5年前から言ってんな」みたいな。そういうのってあるじゃないですか。
重要だっていうのは分かってるんだよ。この仕事でこの資格取ったら、もっと上行けるんだぜ、もっと視野広がるんだぜ。だから、普段会ったことない人に会ってみるとか、自分の読みたかった本読んでみるとか、そういうのって後回しになるでしょう。これでしょう。
4が重要じゃなくて緊急でもないってやつ。雑用とか娯楽ね。スマホでこうやって、ピロンピロンって。なんで俺、落ちてくるブロックをここにやってるのか。これは誰にとっても重要じゃないよね。しかも緊急でもないよね。「おい、お前んところのテトリス! おい、どうなってるか分かってるのか? これが消えないぞ!」みたいな、言われることないでしょう。「すいません」みたいなの、言ったことないんですよね。重要でもないから、緊急でもないんですよね。逆にそれで昇進したやつもいないし、重要じゃないんですよ。緊急でもない。
でも、これどうなるかって言うと、大概の人が1で終わってる。毎日1、ほぼ1ね。こういう3番目の優先順位までつけて、カレンダーをちゃんときっちりやってる、一生懸命働いてる人たちっていうのは、ほとんどが1で埋まってるって言うんですよ。1、1、1、1、1の連続。だからストレスが溜まっちゃって、たまに4やるっていうんですよ。9割1で、1割4。そんな生活送ってませんか。
確かに、みたいな。「これやんなきゃいけないから」「いや、これやんなきゃいけないから」「これやんなきゃいけないから。はあ、疲れた。アプリやろう」。なるわけじゃないですか。これでしょう、あなた方はってね。大体がそういうふうに使ってる。でも、最も大事なことっていうのは、これ言うんですよ。2でしかない。2でしかないって言うんですよね。
だから、3、4をまずカットするの。大胆にカットするね。3、4は大胆にカットする。そのためにも原則を何度も何度も反芻する。紙に書いて貼っときなさいって言うんですよ。このコヴィー先生は、この家族の中で一番大事にしたい原則を紙に書いて貼ってるんです、家に。
それ、自分にとっての原則を毎日毎日目を通すね。「私にとって重要なのは、何々を通して喜びを与えること。何々をしたら何々をすること。何々を分かち合うこと」。そういうことを毎回やるわけですよ。だとしたら、この仕事はやらない、この仕事もやらない。これは別に私のゴールとは関係ないからやらない。その雑務もやらない。やらない、やらない。そうやって時間を作るんですよって。
強烈に原則が分かってたら、2が何かが分かるでしょう。そうやって3と4を減らすんです。その上で予定を立てるんです。予定の立て方をきっちりとお教えします。予定の立て方まで、とね。降ってきたものを可憐にスケジュール帳に書き込んでたらダメなんですか。書き込むなと。降ってきたものをスケジュールにそのまま入れ込むなと。バカ野郎と言うわけですね、コヴィー先生は。
まず、あなたが何の役割を持ってるのかというのを、まず書いてください。スケジュールなのに役割ね。皆さん、この弔辞を読んだ時に参列者来たでしょう。その参列者との関係ですよね。ある時は、個人はありますよね。自分個人という役割がある。その上で、誰かの夫であるよと。そして誰かの父であるよという役割がありますよね。なるほど。例えば会社を経営してるんだったら、社長という役割もあるかも。
しれないし、趣味のグループを持ってるんだったら、そこの会長なのかもしれない。釣り協会の釣りグループのね、「俺たちツリーズ」みたいなの作ってて、そのツリーズ会長ですみたいな。そしたらツリーズの仲間も来るわけでしょうね。そのツリーズとか、いろんな役割を書いた上で、その役割別に目標を書きましょう。何したいの。その時に大事なのが、1週間単位ぐらいでやる目標を書いてくださいと。だってさ、7年後とか10年後の目標なんてわかんないじゃないですか。1週間後、1週間以内に。
個人としては、読みましたから、この個人憲法について考えたいなと思ってますよと。それ仕事じゃないけど、これ2ですよね。夫としては、妻と2人でそろそろコミュニケーションしとかないといけないよね。最近ちょっと仕事遅くて喋れてなかったもんねみたいな。父としては、そろそろ息子に釣りを教えたいと思ってるんだよなというのがあるとしますよ、今週。そしたらそれを1週間単位で割り振って、入れ込んでってくださいと。だから2を優先的にそれぞれの役割で作って、それを入れ込むと。そしてその間に1が入ってくるようにするんだと言うんですよ。
そうしていきなさい。そして1に関しても、なるべく自分じゃなくて委任することも覚えてくださいというわけなんですよ。例えば家のこととかで、部屋を片付けるとか、庭を芝刈りするとか。そういうのも子供に任せられる、うまく任せられる親ってのは素晴らしいよね。仕事でもオフィスでも、自分の部下にうまく仕事振れるやつと、そうじゃないやつっているじゃないですか。経営者でもそうですよ。自分でやっちゃう人と、うまく社員を使えたりバイトを使えたりする人、違う。この時の委任の仕方もポイントありますよ。使い走り委任×、全面委任○、書いてます。
使い走り委任っていうのは、1個1個指示しなきゃいけないんですね。「じゃあちょっとカメラ撮ってな」って言って、ボートに乗って、カメラを撮ってくれ。でもこのコヴィーさん、1回カメラを渡したんですって、奥さんに。でもすごいカメラにこだわりあるんですよ、コヴィーさん。その上で、「夕日の具合が何十度ぐらいになった時のこの感じで撮ってほしいんだけど、大丈夫?」みたいな。「いや、私わかんない」みたいな。「わかんないか。じゃあちょっと俺がオッケーって言ったら撮って」みたいなね。「もうちょっとこう上げて、こう上げて。よし、その上で俺が撮ってって言ったら撮ってね。撮って、カシャ。撮って、カシャ。よし、ちょっと1回見せて。違うな、ちょっともう1回」。これは委任してることにならないでしょうって言うんですよ。1個1個のことを全部指示して、何の時間も作れてないわけじゃないですか。でも「あなたに任せますよ」、その任せ方がうまかったら、写真を撮ってる間、違うことができるかもしれないですよね。
そこをうまくやるにはスピードよりも効果だと。効率じゃなくて効果をちゃんと考えなさいと。「こうした方が早い」って言うから、自分でやっちゃうね。教えるの時間かかるでしょう。だから「もう俺の言う通りやれ」という風になっちゃうんですよ。そういう人いますよね。そういう自分にも出会ったことあると思うんですよ。「お前わかんないか。じゃあいいや、俺の言う通りやってみて。こうやって、ああやって、こうやって。そう。あと見せて。違うな。ここはもうこうやって打って、こうやって、こうやって」。やっちゃうんですよ。だけど大事なことは、もっとその人と向き合って、最終的に委任できるような人物になるようにすることの方が効果が高いわけでしょう。
だったらまずゴールはどこなんだ。「これはね、夕日がすごく穏やかに見えるような、こういう写真を撮りたいわけ。雑誌で言うとこういう写真」みたいな。「なるほど、なるほど」。そういうの共有して、その上で「こういうところまでやってくれればいいから」とか「こうしない方がいいよ」とかいう前提を与えた上で、少しずつ少しずつ育てていくことによって全面委任にはなるよと。一発で教えて、使い走りにするのはやめてねと。そういうことをやっていけたら、割り振れると。この1を回避できるということを言うんです。2が大事だよと。だとしたら、やるべきスケジューリングってのは見えてくるだろうっていうことなんですよ。
面白いですよね。皆さん、7つの習慣のうちの3つ見ていただきました。非常にシンプルだったと思います、今では。でも、そのシンプルな考え方に気づかなかったっていう自分もいたんじゃないでしょうかね。「そういえばそんなことしてた。そこ気づかなかった。そんなことやってたな」。こういうシンプルだけれどもすごく根本的なことを、このコヴィー先生は言ってくれる。この後4、5、6と7、どうなるのか楽しみじゃないですか。ここまででも十分成功できそうだよね。でもまだだ、まだ3つ目だね。コヴィー先生笑ってますけどもね。奇しくも僕と同じようなスーツなんですけれども、似た感じのいでたちなんですけどもね。非常に目の奥は鋭いでございます。4、5、6も面白いんですよ、これが。「そうか」という目から鱗のことを教えていただきます。行きましょう。
4に至るため、これは公的成功ですから、ここからは他者との関係ですよね。自分の中での面持ちではなくて、他者との関係になります。Win-Winを考えろ。なるほど、確かにWin-Winって聞いたことありますよね。「それってお互いにWin-Winの状態かな」っていう、そういうこと言う。でもWin-Winをしっかり考えてるんですよ。Win-Winって言うけど、Win-Winじゃない状態ってどれぐらいあると思うってことなんです。それを4分割してるんですよ。面白いですね。
Win-Winっていうのは、私もWin、あなたもWin。要するに勝つって意味だよね、勝利するって意味だよね。だからお互いに、両者とも得ですかっていうことですよね。それはWin-Winな状況って言うと、例えば取引で言うと、「この商品を御社に売ると、我が社はものすごい利益が出ます。その商品を使っていただくと、御社はものすごいサービスを向上することができて、コストカットができます」みたいな。それだったらWin-Winですよね。確かにそうだ、確かにそうだね。物を売りたい人と物を買いたい人、それがWin-Winの関係でお金を交換するのが商売なわけですよね。そういう関係が常にビジネスや人間関係でできるのかということなんですが、Win-Winを知るために、Win-Winじゃない状況を細かく分割すると、Win-Lose。俺は勝ったがお前は負けたね。Lose-Win。俺は負けたがあなたは勝ったね。そしてLose-Lose。俺も負けてるし、あんたも負けてるね。そういう状況があるんですって。
ちょっと待ってよ、Lose-Loseって何だよって。何、そいつバカじゃんって思うかもしれないですけど、あるんですよ。例えばLose-Loseの状況って、復讐とか泥沼離婚裁判とかってLose-Loseじゃないですかって言うんですよ。本当は復讐なんてしない方がいいわけじゃないですか。「復讐なんて何の得にもならないぞ」「うるせえ。あいつさえ、あいつさえ傷つきゃいいんだよ。俺がどうなったって」っていうのはLose-Loseじゃないですか。これは最悪の状態って言われてるわけですね。離婚裁判だって、もう本当に関係こじれてるから、相手の財産減らしてやりたいとか、相手に恥をかかせてやりたいがために罵る、罵り合う。そしてお互いの財産を削り合う。一生懸命2人で建てた家を二束三文で売却する。高い値段で買った自動車を二束三文で売却して、何の得があるんですかということをやるわけじゃないですか。人間は往々にしてLose-Loseすら選んでしまうんだぞ。ここを念頭に置いてくれ。そういうこと言ってるわけですね。
なるほど、Win-Winを学ぶには、まずLose-Loseの不毛さを知る。Lose-Loseは不毛ですけど、おいそれとはやんない気がします。なるほどね、分かる分かる。ただ、人間がどこを行ったり来たりしてるか教えてやろう。こういうことコヴィー先生言うわけですね。人間はほとんどがWin-Winになりたいと願いながら、Lose-Loseはアホらしいと言いながら、Win-LoseとLose-Winの間を行ったり来たりするのが大半の人間だというわけですよ。
Win-Loseってのは、言ったらスポーツはほとんどそうだよね。どっちか勝ったらどっちか負けるね。将棋とかだってそうじゃないですか。こっちが勝ったらこっちは「参りました」っていうわけですよね。どっちも竜王とかってないわけですよ。永世名人ダブルでみたいなね。羽生さんと誰かが「イエーイ」みたいなって、あんまないわけですよ。「両方が竜王になりました。晴れやかな瞬間です」。あんまないわけですからね。どっちか泣くわけですよ。これが勝負の世界ってやつですね。こういう世界観がかなり皆さんの頭に浸透してませんかね。
じゃあLose-Winってのは何かね。「俺はいい、もういいよ。お前に全部やる」。そういう状態。でも子育てとかでそういうことのタイミングってあるよね。もう好きな放題お菓子ばっかり食べてる。全然片付けもしなければ、ずっとテレビ見てるみたいな子供に対して、「ママ、もっとお菓子ちょうだいよ」なんつって。「いや、もうこれ以上お菓子食べるなよ。そして片付けろ。いつまでテレビ見てんだ」。そういうことを子供にビシッと言えないと、しつけってなかなかできない。しかし泣くわけですよ。「いやだ、いやだ、絶対やだ」。大騒ぎするぐらいだったらテレビ見せといた方が楽だ、お菓子あげちゃった方が楽だ、おもちゃ買っちゃった方が楽だ。そういう風に思って我慢しちゃう。いい人だと思われたいから甘やかしちゃうっていう状態をLose-Win。
だから勝って相手を黙らせるか、自分が諦めて投げやりになるか。そういう連続で人間関係ってやってません。同じ人が同じ人を相手にしても、こういう時ってあるじゃないですか。「ここは俺がWinで行かせてもらうよ。でもここはもういいよ、負けるよ」。そうやって勝った負けたの世界観でずっと生きちゃってないですかということなんです。そんな中でWin-Winをお互いに目指しましょうっていうのは、非常に大変なんですって。なんでかって言うと、大半の人がWin-Loseで立ち向かってくるかららしいんですよ。そうですよね。「Win-Winで行こうよ」ってこっちは言ってるけど、向こうがWin-Loseで来たら交渉って難航するでしょう。でも大半の人がWin-Loseにいるってことは、そういうスタートから始めなきゃいけないんです。
非常に具体的だよね。そっか、Win-WinってみんなWin-Winって意識をしてたらいいけど、もうなんとかしてお前に勝ってやるぞってやつがいるわけですよね。会社でもそうですよね。あいつが別に出世しなくたって俺が出世するわけじゃないのに、あいつの悪口言っちゃったりね。そういう人にWin-Winで行こうって難しい。それはWin-Loseのやつと対決する時に、内面が安定してないといけないんだよと。だから1、2、3がないと4、5、6に立ち向かえないって、そういう意味だってよく分かりましたかってことなんですよ。なるほど、すごく高尚なことをやろうとする時に、めっちゃ自分が安定してないと、もうぐらつきますね。「ふざけんな」ってなりますからね。そこで個人憲法。「個人憲法が俺にはある」。守るんですね。
だからまず誠実さ、成熟さ、豊かさマインド、これ必要ですね。誠実であることね。Win-Winであるっていうことを約束したら、それを守るぞっていう誠実さ。そして成熟さっていうのは、この思いやりと勇気のバランスのマップが描けてるかってことですね。これ、さっきの4つどういう風に分けたかと言いますと、思いやりがあるっていうのはLose-WinとWin-Winね。相手を優先しようという考えがあるわけじゃないですか。しかしLose-Winの場合は、それ勇気がないんだというわけなんですね。勇気のある人ってのは自分の意見をしっかり言えるね。自分の考えもちゃんと述べられる。だから勝てるわけですよ。だけど自分の考えしかなくて思いやりがなかったら、相手を配慮できなかったら、Win-Winには至れずWin-Loseになっちゃうよと。ここが大事と。
その上で豊かさマインドって何かと言うと、資源はお互いに分けられるほどあるよっていう世界観を描くことらしいんですよ。だから椅子が1個しかない椅子取りゲームだっていう世界観だったら、「俺の」ってしちゃうわけでしょう。だけど椅子は世界に2個あるという風な考え方ができれば、それをお互いに座ればいいじゃないと。それぞれの椅子に座ればいいじゃないと思える。だから成功っていうものは誰かの犠牲をもとに成り立ってるわけじゃないよっていう世界観を、まず描いてください。その上で思いやりを持つことと勇気を持つことは両方大事だと知ってください。そしてWin-Winに至る、そういう誠実な気持ちを持ってくださいという風に言ってるんですね。
作者が面白いのが、Win-Winに至れない時。「Win-Winになれなさそう」っていう時もあるわけじゃないですかね。絶対にWin-Winになれないと感じたら、それはここのWin-Lose、Lose-Win、Lose-Loseになるぐらいなら、Win-Win or No Dealで行きましょうって言うんですよ。No Dealっていうのは取引をしないね。取引をしなくていいんですよ。だからもうWin-Winに至るんだったら取引しましょうね。だけど一方的に、絶対にこっちの意見を優先しなきゃいけないっていうことになっちゃうんだったら、今回取引やめましょうっていうことですよね。
だって恋愛でもそうじゃないですか。お互いに得をする関係の恋愛じゃないんだったら、お付き合いしない方がいいわけですよ。どっちかが貢ぎ続けているという関係で「今回はお願いします」というのは、やっぱり辛いわけですよね。どっちか貢ぎ続けてるとか、どっちかがものすごい裏切り行為をしてるけど、どっちかが我慢しなきゃいけない。もしくはどっちもが裏切り続けてるという関係で「続けませんか」というよりは、「お別れしましょうよ」という方がクリアになると。なるほどなと。このWin-Win or No Dealという考え方は非常にいいなと僕は思うんですよね。そしたら息苦しくないね。Win-Win探ろう。「そっかそっか、そんなにそこが大事なんだ。俺はそこはちょっと譲れない。だったらNo Dealで」っていうことができれば、逃げ場がありますからね。
そういうことを実行する時には、望む成果を共有したり、ガイドラインを決めたり、報告義務とか評価はこうだとかって具体的に決めると実行できますよって、このWin-Winについて考えてます。なるほど、いきなり4番目からハードル高いですよね。でもこのWin-Winに至るためのコツ、ポイントを5で言ってくれるんですよ。なるほど、相手とWin-Winになるって具体的に言うと、相手の何がWinかを知らなきゃいけないでしょうね。でも聞く準備がここでできたわけですよ。Win-Winが大事だなとね。この人のWin、まず知らないと。その時にコミュニケーションです。これ、まず理解し、そして理解される。聴く力が大事ですよということなんですね。
コミュニケーションという時に、伝えるっていう方ばっかり皆さんフォーカスしちゃうと思うんですよ。「私、自己表現苦手だから」とか「私ちょっと口下手で」とか「緊張しいで」とか「言葉足らずで」とか「語彙が不足してて」。いろんな人がいると思う。大丈夫、まず大事なのは理解することだからということなんですよ。なるほど、聞く力ってベストセラーになった本のタイトルでもありますけども、これ、すっごい勉強になったんですよ。人の話聞くのって難しいんですよ。相槌って多分むちゃくちゃ難しいんですよね。普通に聞いてるつもりなんですけど、会を盛り上げなきゃと言って、次何言うかって考えたりもしなきゃいけないでしょう。お笑い芸人なんだから盛り上げなきゃって思うから、話聞いて、相槌を打った上で理解して、その上で冗談も言って盛り上げてとかって、そういうこと考えるんですけども。どうやればいいんだろうな、経験の中でやってきました。でもすごい反省した、これ。僕でもすごい反省しました。
これね、テクニックじゃねえってまず言うんですよ。もうこの人、とにかく人格だ、テクニックじゃねえぞということを徹底的に言うんですけど、聞くスキルみたいな本だけでやろうとしてもバレるよ。誠心誠意理解したいって思えって。この人を理解したい、誠心誠意思えと。もうちょっとやそっとの理解するポーズで気に入られたいとかじゃねえんだよ。お前の中の心にあるのはなんだ。好かれたいのか。そうじゃないだろう。理解したいと本当に思えよと。その上で、やってはいけないこと言いますって言うんですよ。それが自叙伝的反応って言ってんですね。
自叙伝的反応って何なのか。反応する、言われたことに反応する。リアクションですよね。それを自叙伝で反応しちゃう。よくあるでしょう。「俺の時はな」っていう上司ね。「分かるよ、その気持ち。俺もそういうことあったんだけどさ。俺の時はな、俺の時代はな、俺はな」っていう言われ方すると、ちょっとってね。それってもちろん「俺の時はな」っていうのが、この人の話聞きたいっていうパターンもあるじゃないですか。でも往々にして、聞いてもいないのにそう言ってくるっていうパターンあるわけですよね。聞いてもいないのに、こいつ自分のことばっか喋ってくるんだ。これよくやっちゃうのが親子の会話だねって言われるわけですよ。会話が盛り上がんないとね、こればっかやってるからだと。それの典型的なのは、探る、解釈する、評価する、助言する。これやるなって言うんですよ。
そうなのね。親子の会話。親父が息子に話しかける時に、まず探るんですよ。「おい、学校はどうなんだ」。これ1番聞くよね。1番聞くよね。「おい、学校どうなんだ」みたいな。「え?」みたいな。「なんだ、親父、急に」みたいな。「普通だよ」「普通ってことないだろう」。親子でコミュニケーション取ろうとしてるのに、普通ってことない。寂しいお父さん。「おい、学校どうなんだ」「いや、だから普通だよ」「勉強どうなんだ」「普通だよ」ね。「勉強どうなんだ、学校どうなんだ」。これはどういうことかと言うと、相手を理解したいのではなく、自分が知りたい情報を引き出したいっていう聞き方だから。相手が話したいことかどうかっていうのを慮ってないよね。なんでお前が聞きたいことを優先してんだと。もしかしたら息子は本当は親父に相談したいことがあるのかもしれないよ。でも「勉強どうなんだ、学校どうなんだ」っていう聞かれ方で、果たして聞けるだろうか。ここなんですよ。面白いですよね。
そして次にやっちゃいけないのが、解釈すること。解釈が早いって時、多くないですか。話聞いてて、「私、会社やめよっかな」「だよね」って言われると、聞けよ理由を、聞けよ理由をって思うじゃないですか。「だよね、私もそう思う。だってこんな会社さ、こうでこうでこうだし、マジ意味ないと思うんだよね。私もそう思う」みたいに言われてもさ、いやそうじゃねえと。私一言しか喋ってない。お前なんで10個も20個も喋って。私の話が聞きたいんだって、そう思っちゃうわけですよ。解釈してはいけない。
親子の会話で言うならば、「学校の授業さ、つまんねえんだよ」、息子が言ってきたとするよ。それに対して、「勉強がつまんねえのか。学校の授業がつまんねえって、そりゃお前の努力不足だろう」っていうの、これ解釈してる、勝手にね。「学校の勉強ってのはつまんねえもんなんだよ」。これも解釈だよね。なんでつまんないのかっていうのをもっと聞けるはずだよね。にもかかわらず「学校の勉強つまんねえんだよ」っていう、ちょっとネガティブな情報に反応しちゃうんですよ。「学校の勉強楽しいよ、父さん。すごく友達も増えたし、彼女だっている。部活では最高の成績を叩き出して県大会に行くし、成績はナンバーワンだ。将来は俺、総理大臣になる」ってなったら、それはもうすごいけど、そんな息子いないじゃん。「学校の勉強つまんねえんだよ」って言われてきたら、もうショックだから反応しちゃうんですよね。
勝手に解釈しちゃうの。「つまんねえの?ついていけてないのかな、もしかしたら。勉強についていけてないからあれなの?それとも教師が悪いんじゃないかな。反りが合わないんじゃない?学校のレベルと合ってないんじゃない?」。勝手に解釈して「なのか」って聞いちゃう。「いや、そうじゃねえんだけど。なんで勝手に解釈すんだよ」「いや、そうだろう、きっと」。これはすごいディスコミュニケーション。こいつ俺のこと理解してくれようとしてない。これが信頼を下げるんです。
ここでポイント。公的成功への全ての鍵は、この信頼という言葉にあるらしいんですね。相手を信頼する、信じる。素晴らしいことですよね。じゃあこの口座ってどういうことか。信じる、信じないって口座みたいなもんなんだよ。ちょっとずつ行動で貯めていかないと貯まんないぜっていうのが、このコヴィー先生の言い方なんですよ。「俺はあいつを信じる」って言ったって、何の根拠もないのに信じてたら騙されそうですよね。「俺は人を信じて生きていきたい。この前会った人が億万長者になれるって言っていた。あの人にお金を毎月10万円振り込むだけで、3か月後には10倍になって返ってくるらしい。俺は人を信じる」。いや、信じるなと。お前なんで信じるんだと。急に会ったやつに「10倍にするぞ」と言われて、なんで信じてるんだと。これは信じちゃいけないパターンですよね。でも「あいつはあんな時こんなことしてくれたんだ。あんな時こういう風に言ってくれたんだ」。そういうのが積み上がって積み上がって、「だからあいつは信じるに足る人間だと俺は思うんだ」っていうのは分かるよね。
これ、自信がないんですっていう人もいるじゃないですかね。自信がないっていう時に、僕もよく思ってたのが、自分を信じるってことだよなって思うわけですよ。自分を信じるって、人を信じるのと一緒なんですよ。自分を信じるって、やっぱり積み重ね。あん時も俺ダメだった、こん時も裏切った。要するに「私、絶対に今年こそ英語マスターする」、そう言って1か月でやめましたとかね。みんなそうじゃない。「明日はこれをやるぞ。ジョギングするぞ」って。「うわ、寒い。今日やめよう」とかね。そういうこと連続していくと、やっぱり信じられなくなってく。それは口座が減ってくんだって。だけど、それはまた貯めることもできるよって。絶望だけはしないで。だからあいつとの信頼口座、今減ってる。でも絶望しないで、また貯められるよ。自分への信頼口座減ってる。でも絶望しないで、また貯められるから。今日から口座貯めてこうって。
実際に貯金だってそうでしょう。「だってもう0円になっちゃってますもん、うちの口座。もうダメですわ、解約」。意味わかんないじゃないですか。いや、貯めろと。今からでいい、貯めろっていうことなんですね。それを貯めないといけない。そのためにということですね。ここね、解釈しちゃいけないよ、評価すんなよ。評価すんのもダメなんですよね。それに対してイエスとかノーとかをいきなり言うのもダメなんですってね。
だから「俺さ、学校つまんねえんだよ」「つまんないとか言っちゃダメだろ」でもダメなんですよね。「いや、だって授業つまんねえんだよ」「なんでつまんないんだ」「いや、だってよ、微分積分なんて何の役に立つの?社会に出て微分積分なんてやる?」って言われた時に、「役に立つか立たないかじゃないんだよ。勉強ってのはそういうものをさ、忍耐だよ。忍耐でやる。勉強つまんないとか言ったらダメ」。このイエス、ノーで評価しちゃうっていうのはダメなんですね。早いんですよ。往々にして人はリアクション早すぎるらしいんです。そういう人を人は信用しない。
コヴィー先生は例えの中でお医者さんに例えてるね。「先生、胸がムカムカして、頭がちょっと痛いんです」「分かりました。じゃあこの薬を飲んでください」。早っ!怖っ!この薬飲みたくない。先生、ほぼ見てないじゃないですか。「いや、今日ちょっと時間がないんでね、とりあえずこの薬飲んどいてくださいよ。私、時間がないんでね。頭痛いんでしょう、胸焼けがするんでしょう。多分これです」。怖い。この薬だけは飲みたくない。そうなるわけですよね。「奥歯が痛いんですけど」「手術しましょう」。したくない、手術はしたくない。急にね、そうなるわけです。
そして助言もしてはいけないわけですね。これが処方箋ですよね。「こうしたらいいんじゃない、こうしたらいいんじゃない」。すぐ助言しちゃうよね。すぐ助言しちゃうよね、悩んでる人の悩み聞いた時に。「最近楽しくないんだ」「それはもう朝、大きい声出すに限ります」とか言われたら、マジかよってなるんですよ、言われたらね。でも言っちゃうの、往々にしてね。
親子の例で言うと、「だって微分積分なんて関係ないだろう」って言って、その上で「俺はさ、自動車整備工になりたいんだよ。ジョージみたいに、ジョージみたいに」「あの退学したジョージか」「退学したジョージって言わないでくれよ。あいつ今でも立派に自動車修理工で頑張ってんだぜ。俺もジョージも自動車好きでさ、すげえ親友なんだよ」「お前な、学校は出ろな。学校は出なさい。これはお父さんからの助言です。学校は出といた方がいいんだよ。ジョージみたいに生きたら大変だぞ。苦労するんだよ、その後。お父さん分かってんだ」「お父さん何も分かってないよ。ジョージはな、今すごいビジネスで成功してんだぜ。新しいイノベーションだった自動車の修理のやり方で、自分でサイト開いて成功してんだよ。そんなことも分からずにジョージのこと否定すんじゃねえ。もう親父と話したくない」。こうなるわけですよ。
1番大事なのは、これをせずにひたすら共感しろって言うんですよ。なるほど、聞くってのはまず共感すること。そう言ってくるんですね。共感する時によく言われるビジネス書でのテクニックは、繰り返すことだね。だけども2、3個繰り返した上で、すぐにこれをやっちゃう。それは根本になる精神で理解しようがないからだと。「親父、授業つまんねえんだよ、学校の」「授業がつまんないのか」「授業はつまんねえんだよ。微分積分なんて役に立たないだろ」「微分積分は役に立たないな、微分積分役に立たないか」「立たないよ。だって俺、自動車整備工になりたいんだよ」「自動車整備工になりたいんだ。自動車整備工になりたいのか。でもな」とかになっちゃうわけですよ。「でもな」って言いたくなっちゃう。でもそれは理解しようとせずに、単純にコミュニケーションスキルとして繰り返そうとしてるからじゃないですかっていうわけ。
まずダメな技術は繰り返すだけの技術。それをちゃんと咀嚼して、自分の言葉で置き換えればいいんじゃないですか?いや、それも△だってコヴィー先生は言うんですね。厳しいですよ。相手が何を言ったかじゃなくて、相手がどういう気持ちでそれを言ってるのかをしっかり理解して、その相手の気持ちを言葉にしてください。それを共感と呼びますって言うらしいんですよ。どういうことだろうね。
先ほどの息子ね、言いましたね。何か言いたそうにしててね。「どうした」「いや、学校の授業つまんないんだよ」「そうか、学校に対してちょっと失望してるんだな」って言うわけですね。学校に対して失望してるわけですね。学校がつまんないって言ってるのは、学校がつまんないっていう事象を言ってるけど、学校に対してネガティブな気持ちを言ってるわけですよね。「学校に対してがっかりしてんだな」「そうだよ。だって本当に教えてほしいこと教えてくんないだろう」「教えてほしいことがあるんだな」「そうだよ。俺が教えてほしいのは微分積分じゃなくてさ。もっとさ、俺、言ってなかったけど、自動車整備工になりたいんだよ」「そうか、やりたいことを見つけてるんだ」「やりたいこと見つけてんだよ、そうだよ。ジョージいるだろ。あのジョージさ、学校やめて、自動車整備工として今成功してんだぜ」「憧れの友達がいるのか」「そうだよ。そのジョージがかっこいいんだよ。俺、学校やめるってさ、友達みんなにさ、そんなのうまくいかないって言われたけど、あいつ今1人で頑張っててさ。俺、すげえかっこいいと思ってるし、そいつみたいになりたいんだよ」「憧れてるんだな」「そう」「夢見てるんだな」「そうだよ。だから学校に不満があるんだ。どうしたらいい、親父」「そうか。じゃあもっと学びたいことが学べるように学校変えるか」とか、そういう話ができるわけじゃないですか。
そのあなたがどういう気持ちなのかっていうことに寄り添う。言ってることは決して議論したいことじゃなかったり、ゴールじゃなかったりするっていうのを見破ってるんです。常に相手の言葉の奥にある気持ちを撫でるんですね。気持ちに触れる。そのことで言いたくなるわけですよ。「分かってんじゃん、親父」。
「腹減った」。でもいろんな腹減ったあるでしょう。全然休憩時間もらえないぐらい働いた後の「腹減った」はさ、「忙しかったな」って言えるし、何か終えた後、試合で勝った後の「腹減ったな」っていうのは、「嬉しかったな、勝って」って言えるわけじゃないですか。「そうそう!」っていう。「だからいいもん食いに行かない?」っていうこともできるし、「忙しかったの?」「そうだよ、もうボロボロだよ。だからいち早く何か食わない?」っていうことも言えるわけですよね。要するに腹減ったに対して食いつくんじゃなくて、なんでっていう気持ちに食いつけ。これすごく大事なことですよね。
私、結構ゲストに招いて、すぐ相槌打っちゃうんですけども、止めちゃってたなっていう時いっぱいあります。もう反省ですよ、反省。「へえ、めちゃくちゃ嬉しかったんですね」。これで良かったんだね。「それって何々ってことですか?つまりこうですか?」って言っちゃダメなんだ。探るな、まず。解釈すんな、評価すんな、助言するな。私これ読みましたよ、本当に。俺、これやろうって思うんです。これ超むずいよ。実際皆さん、これ考えてやってみてください。「今評価した。また助言してる」っていっぱいあるから。
俺ね、これ読んで勉強してるんですけど、その後スタッフと話すわけですよ。パタンって。「最近どうだ」。探ってる。「最近どうだ」言うてる。「仕事の方はどうだ」、今言っちゃったね。「結構順調に何々やってます。先月は何々がこうでしたし」「なるほどな。じゃあもっとこうした方がいいんじゃないか」。助言してる!すぐ助言した。一言しか聞いてない。俺なんですぐ助言したの?気持ち悪、とかって。これね、皆さん、超厳しい4つのルールですから、実際に4つ書き留めて人と喋り始めてください。めっちゃ厳しいです。めっちゃ難しいです。その上で相手への気持ちを考えるの、すっごい大変だから、外したりする可能性もありますから。これ本当に頑張りましょう。これ僕も本当に思いました。
でもこれができるようになると、次行けるって言うんですよ。それがシナジーをつくる。シナジー、ちょっと難しい言葉ですよね。簡単に言うと相乗効果をつくることができるんだよ。要するに公的成功ってのは、それなしには行われないね。1+1は2。これでは足りないよ。もっと3にも4にも、もっともっともっと膨らむのが、人間と人間が協力した時の関係なんだよとね。そういう本当に協力関係を1度でも味わった人間というのは、その輝きを忘れないというわけですよね。それは決して簡単には行われないからだと。
それは4から5を経て、つまりWin-Winをまずこいつと考えないとね、相乗効果出ないよね。1人がものすごい貢がされてるのに相乗効果だって、意味が分からないでしょう。何が相乗効果なの、この関係みたいな。Win-Winにまずなんなきゃいけない。それを前提にスタート切らなきゃいけないし、その上でコミュニケーションが取れてないといけない。コミュニケーションが取れた上で、この人、私のこと理解してくれてる。俺のこと理解してくれてる会社だ。その上で、この会社で働くとこんなにプラスがあるんだよ。単純に給料がもらえるだけじゃなくて、経験も学べるし、ネットワークだって広げられるんだよ。いろんな経験だってさせてもらえるんだよ。スキルアップできるんだよ。「よし、ここで頑張ろう」って思う社員がいたら、その企業もすごい頑張るわけじゃないですか。すごい成績上がるわけじゃないですか。こんなにモチベーションの高いグループ、モチベーション高いスポーツチーム、会社すごいってなるようになるのは、このシナジーができるかどうかね。
そこには両者の違いをしっかりここで理解した上で、ゴールであるところ、それは妥協ではない。1+1が1.5ではなく、第3の案を創造的に出すことなんだっていうんですね。これに関してはケースバイケースになってくると思うんですよね。何が第3の案になるかってのは、なかなかぱっとは思いつかないと思うんですけども、こことここをやると、ここが初めてできるようになるんだよと。それができる人っていうのが公的成功者なんだと。うちのチームのリーダーにそうあってほしいなって皆さん、きっと思うと思います。うちのチームとか、うちの会社が、うちの学校が、そういう企業であったらなって思うのであれば、あなたが自立して、あなたが作るチームをそうしてあげてくださいという風なことを言うわけですね。なるほどと。それは家族だってそうなわけですからね。自分の所属してるチームっていうのは必ず皆さんいると思いますので、これができればいいんだなと思ってくださいと。
じゃあそれを磨いていきましょうという7に入るわけですよね。刃を磨け、刃を研げ。7で言うわけですよね。刃を研ぐのは大事だぞ。往々にして刃を研ぐ時にみんな時間がないって言うよなっていうところが始まるわけですよね。でもこんなシーンを思い出してくれよって。あるところに大木を切ってる男がいるんだ。ノコギリで大木を切ってんだ。ガーッって大木を切ってたんだぜ。そりゃ大変そうだ。この日も次の日もその次の日も切ってんだ。「うわあ」ってね。「すごいですね。大変じゃないですか」「忙しいよ、そりゃ。忙しいよ、大木切ってんだからよ」「でも昨日とあんまり変わんないですけど。あんまり切れてないですけど、ノコギリ研いだ方がいいんじゃないですか?」「ノコギリ研ぐ時間があるように思えるか」。これが皆さんじゃないですか?っていうこと言われてるんですよ。
刃を研いだらね、ちゃんと研いだら切りやすくなるから、いろんなことが進みやすくなるので時間も生まれるよと。だから1回立ち止まって、大事なのは刃を研いで、そこからもう1回行く。それが大事だよと。だから1回ストップだ。自己研鑽。これね、厳しいですよ。武士道の世界です。本当に。侍とはとか、騎士道とか武士道の世界でね、本当に生きるとはね。磨くのは4つあるぞって言うんですね。肉体、精神、知性、社会性。その全てが磨かれてなければ達成することはできない。厳しい、厳しい。「全部ですか?」「当たり前だ」。コヴィー先生言うんですね。この笑顔から想像もできない厳しさです。「ふざけるな」ってね。コヴィーズブートキャンプです。本当に厳しいです。「一つたりとていらないものなどないんだぞ」と言うんですね。それは肉体である、それは精神である、それは知性である、それは社会性である。その全てをブラッシュアップするんだ。それを習慣づけないことには何も磨けないね。
肉体、本当に具体的に言ってます。週3時間は運動してください。すげえちゃんと言ってくる。すげえちゃんと言ってくるわね。週3時間だぞ、動かせ体をね、言われる。確かにそうですよね。体に悪いようなものを食べるな。体に悪いものを飲みすぎるな、吸いすぎるな。そうだろ、それが大事なんだ。それなくしちゃいけない。それが自分の中で揺らいじゃうんだったら、個人憲法がまずできていないね。みんなのためになる生き方で生きたいんだろ。長くみんなに愛されたいんだろ。だとしたらなんでお前はそんなわけのわからないものをバクバク食ってるんだ。個人憲法はどうなってるんだ。「はい、個人憲法揺らいでました!」。ここですね。
精神を磨け。これはコヴィー先生は、1日にとか週に何時間か瞑想の時間をちゃんと取ってる。祈りの時間を取ってるね。いろんな宗教の方がいますよね。イスラムの方もキリストの方もお祈りしてますよね。そういう時間ってすごく大事なんだと言ってます。禅の人も坐禅を組むことから離れないね。そういうこと言ってる。もちろん宗教的にそういう習慣がないっていう人にとっても、その時間は大事だぞ。例えば自然の中に行って散歩してみる。ちょっと思いを馳せる。少し心をリラックスさせる時間。別に神を信じてようが信じてなかろうが、いろんな文化があるかもしれない。でも自然の中に行って心をすっと落ち着ける、静かな場所に行って心をすっと落ち着ける時間っていうものは、いろんな宗教で共通してあるわけでしょう。いろんな大人たちがやってるわけでしょう。そういうものをやりなさいって言うんですよ。
なるほどと。精神を研ぐっていうのはそれなんですね、みたいな。確かにやってない。コヴィー先生、これに関しては私、何にもやってませんでした。精神をすっとさせる時間を、あえて自然の中で取る。やってなかった。私、肉体が△で精神が×です。正直に言いますね。
知性で言うとどうだね。コヴィー先生言いますね。この時、まだインターネットがない時代にこれ書かれてますから、スマホとか普及してない時代ですから。テレビは1日1時間まで、そう決めているコヴィー先生言うんですよ。それ家族にもそう言っているね。テレビは素晴らしいものだ。しかし依存してはいけない。それスマホもそうでしょう。そうなんですよね。タブレットで子供に結構長時間動画見せてました。すいません。動画だけじゃダメだぞ。週1冊は読書するんだ、言ってます。本を読むっていかに知を育てるかね。これをちゃんとやりましょう。まずは月1冊でもいい。そこから週に1冊に至りなさいね。コヴィー先生、これに
至っては私、週3、4冊読んでます。これ◎ですね。先生、日記、あと書くのもいいぞ。日記もちゃんと書きなさい。確かに僕、文字も勉強しながら書いてます。ここ◎です。△、×、◎です。
社会性だ。コミュニケーションを取りなさいって言うんですね。あなたにとって今、信頼口座が減っているかもしれない、そう思う、でも大事な人の名前を何人か書いてみなさい。思い当たる人いるでしょう。親はどうだ、子供はどうだ、恋人はどうだ、友達はどうだ、仕事仲間はどうだ、上司はどうだ。
信頼口座、若干最近減ってるかも。この前来たLINE、ちょっとスルーしたまんまだし、いつかはどこどこ行こうねって言って、完全に2年経ってるもんな。あん時、お願い事されたけどシカトしてるし、お願い事してるしとかね。思い当たる節あると思うんですよ。その人たちとコミュニケーションの時間取りなさい。
なるほど、厳しいっすね。週3時間走りますよ。筋肉だってトレーニングして、散歩するんですよ。祈るんです。風が綺麗だな。そしてそれから本を読むんですね。そして久しぶりだね、会ってお茶するんですよ。探らない。「へえ、辛かったんだね」って言うわけですね。素晴らしい毎日です。それを毎日毎日きっちりやる者、そいつだけが公的成功に至る。
この本を読んで、確かに昔読んだけど今やれてないな。習慣です。口座が貯まってない。でもちょっとずつまた貯めよう。この動画見たんだよ。昔ちょっと読んでさ、気になって少し読んで、なるほどねって思った。でも何にも生活変わらないまま。でも中田の動画でパッとサムネ見て、ああそうかと言って、もう1回調べるかって見た人もいるかもしれないし、今日初めて知った人もいるかもしれない。でも今日からだ。毎日だ。それが大事なんだというわけなんですよね。
ポイント言おう。これをやれてるだろうという、これのポイントが高い人たち。これを磨けてるなと思う。しかも理解してくれる、そういう話の聞き方をできてるなという人、手本となる人を探そう。手本となる人がね、コミュニケーションができない人ばっかりと付き合ってたら、それはなかなか難しいよね。手本となる、あの人みたいになりたいっていう人探してください。その人から色々学んでください。
応急処置に頼らないでください。習慣の力を信じてください。こういうテクニックでパーンと成功するとか、たった1日の、たった1つの言葉だけで何か人生が劇的に変わるっていう世界、それを捨ててください。世界はものすごく厳しいですが、ものすごく正直です。一生懸命頑張ったら本当に世界が変わります。
運動だってそうでしょう。毎週2時間走ってたら、僕も楽になってきたんですよ、ジョギングが。確かに本をいっぱい読んで動画をいっぱいアップロードしたら、すごい色々考えることがありました。話の聞き方とか反省させられたり、このままのやり方で良かったかなって思いました。僕も本当にお笑い業界で、とにかくブレイクすればいいんだとか、とにかく人気になればいいんだっていうこと、とにかく稼ごうとか、そういうこと考えてた。でもそれだけだったから色々失敗したんだよなっていうことも、すごい思いを馳せさせられるわけですよ。それは厳しいが強いもんだと、習慣なんだということを言ってます。
そして諦めるな、これ言ってるわけですよね。こんな人間になれない。だって親父もお袋もそうじゃなかったし、そんな人周りにいないしって言うかもしれない。今までの自分もそうじゃなかったって思うかもしれない。でも流れは変えることができる。それを呪縛だって思いすぎないで。あなたから変えるの。あなたから変える。今から変える。そういうことをしていって、あなたは後世にいいものを伝えていくことができるんだ。それは一朝一夕ではできないけれども、習慣の力でできるから。必ず変われるから。だから信じて、自分を信じて、誰かを信じて口座を貯めて、いいものを受け継いでってください。そういう風に書いてるんですね。
非常に厳しいが、むちゃくちゃ優しいんですよ、ある意味。非常にテクニックの人達っていうのは優しいけど、本当は残酷だよね。一瞬で世界が変わるとか、これさえやれば大丈夫っていうのって優しいように見えるけど、それはイージーな優しさであるけれども、本当の優しさではないよね。それはちょっと冷たい言い方。本当に厳しいけれども本当に優しい、そういう本なんですよ。だから繰り返し読んでくださいという風に書いてるんですね。
コヴィー先生言ってます。あなたはこれからとんでもない困難に立ち向かうことになるだろう。そしてとてつもない悲しみに打ちひしがれることになるだろう。この先の将来、必ずそういうものと戦うことになるだろう。その時どう戦うかではなく、その戦いは今ここから始まっている。なぜなら人は習慣によってしか強くなれないからだ。この先の習慣、この先の戦い、それを戦い抜くために今から始めよう。1時間増やして私は散歩し、そして焦るな。これは7だ。そうだそうだ。焦るなよ、大丈夫だ。
コヴィー先生自体も、「これ、あなたは全部できてますか」って質問がよくあるんだって。「私も毎日格闘してる」ってここで書いてるんですよね。今だってこの何個目かの習慣ができない時がある。特に難しいのは5だって言ってるんですよ。5がとにかくムズイ。常に5がムズイ。そして2に立ち戻る。俺はどんな死に方がしたかったって。そして誰かのせいにしちゃいたくなる。でもそれは違うんだって思い、時間のせいにするから、優先事項をちゃんと持つ。またできてないぞ、コヴィー、頑張るんだ。そう思いながら頑張ってる。
そう言って、2012年7月、79年の生涯を閉じたということなんですね。もうお亡くなりになってる方なんですが、素晴らしいですね。流れは変えることができるし、その力は強い。不滅の教えをありがとうございました。ではまた。
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