中田敦彦が読む『7つの習慣』:短期の成功法則ではなく、人格から長く続く成功をつくる

YouTubeで開く ↗
概要

中田敦彦がスティーブン・R・コヴィーの『完訳 7つの習慣 人格主義の回復』を約1時間半かけて解説した回である。中田によれば、この本は「習慣を7つ作ろう」という軽い自己啓発書ではない。幸福論や哲学に近い内容でありながら、具体的な方法まで示している点で他に類がないという。中田自身も「成功とは何か」を考えていた時期にこの本を読み、人生観が変わったと語る。本稿では、中田が本のどこに注目し、どう受け止めたかを順に追う。

26分で読めます

古い本がなぜ今も書店に並ぶのか

中田はまず本の来歴を紹介する。原書は1989年に海外で発売され、日本版は1996年、完訳版は2013年に出た。古い本だが今も書店で大きな棚を占めており、中田は世界で3000万部、日本でも200万部売れていると紹介する。「キングオブ自己啓発本」とも呼ばれるという。

中田は、自己啓発と聞くだけで身構える人や、「7つも習慣を作らなければいけないのか」と考える人がいるだろうと前置きする。朝の歯磨きや筋トレのような習慣を7つ並べる本だと思っていると、内容の違いに驚くはずだという。漫画版もあるが、中田は分厚い原書のほうが面白く、読み始めると止まらなかったと話す。ダイジェストの本や動画をいくつか見てから原書を読むのもよく、自分の動画もその一つとして使ってほしいと述べている。

3:43

第一次世界大戦の前と後で、成功本の中身が変わった

中田が「面白い入り」と呼ぶのが、本の出発点である。コヴィーはアメリカ建国以来に出版された成功法則の本をほとんど調べたという。中田が強調するのは、最近の本だけでなく非常に古い時代の本まで調べた点だ。中田は「江戸のも見た、室町のも読んだ」と言うようなものだと冗談を交えて、その調査の徹底ぶりを表現する。

その結果コヴィーが気づいたのは、第一次世界大戦の前と後で成功本の傾向が大きく違うことだった。最近の本は、モチベーションを上げよう、コミュニケーションスキルを磨こう、それで成功しようと説く。コヴィーはこれらに効果がないとは言わないが、即効性があるように見えて短期的な成功しかもたらさないと見る。一方、第一次世界大戦より前の本は、謙虚でいなさい、良い人でいなさいといった、根本的な人格を育てることを説いていた。コヴィーは、長期的で持続的な成功をもたらすのはこちらだと主張する。本のサブタイトル「人格主義の回復」は、個別のテクニックに頼る「個性主義」から「人格主義」に立ち返るという意味だと中田は説明する。

中田は、「秒速で億を稼ぎたい」「来年にはバイアウトしたい」という人にとって、人格形成は悠長に聞こえるだろうと言う。それでもコヴィーは人格形成こそが答えだと言い切る。中田はそこに著者の深さと厳しさを見ている。読みやすく元気が出るビジネス書とは違い、この本は刺激的なことを言わず、核心を突いてくるという。

「虚しい成功者」にも売れた本

中田は、この本が売れた理由として、これから成功したい人だけでなく、すでに成功した人にも響いた点を挙げる。本には、会社をいくつも立ち上げ、高い収入を得て家も建てたが、家族とは他人同然の冷えた関係になってしまい、自分の人生は何だったのかと悩む人の声が載っている。コヴィーは、そうなるのは短期的な成功法則だけでやってきたからだと指摘する。モチベーションやコミュニケーションスキルを駆使すれば事業が当たることはある。しかし本当の成功はお金を稼ぐことや大きな家に住むことなのか、とコヴィーは問いかける。

中田はここで、以前に動画で取り上げた渋沢栄一の『論語と算盤』に触れる。経済と道徳の両方が必要だという主張を徹底的に分析したのがこの本であり、中田はコヴィーを「スーパー渋沢栄一」と呼ぶ。

中田は序文「はじめに」の最後の一節も読み上げる。死の床で人生を振り返ったとき、もっとオフィスで過ごせばよかった、もっとテレビを見ればよかったと悔やむ人はいない。死の床で思うのは家族や愛する人のことだ。心理学者のアブラハム・マズローも人生の最後には、自分の自己実現よりも子孫の幸福や貢献を願い、それを「自己超越」と呼んだ。中田はこの序文に強く打たれたという。中田はこれまでも哲学や幸福論、偉人の死に際を授業で扱いながら、自分はこの先どう生きるのかを考えてきた。この本はその問いに大きな答えをくれそうだと感じたと話す。

11:30

7つの習慣の全体像:私的成功、公的成功、そして繰り返し

中田によれば、コヴィーは7つの習慣の全体像を最初に示している。出発点は「依存」の状態である。業界に元気がない、社長が悪い、上司が悪い、部下が悪いと、うまくいかない理由を人のせいにしている状態だ。第1から第3の習慣で「私的成功」を収め、自立した自分になる。

ただしコヴィーはそこで満足するなと言う。中田はコヴィーを「鬼軍曹」と呼び、一人で成功するのは当たり前だという厳しさを強調する。第4から第6の習慣で「公的成功」、つまり周りの人を巻き込み、周りも成功させられるリーダーになることを目指す。

さらに第7の習慣がある。中田はこれを、周りを巻き込んだ成功を1回で終わらせず、何度も繰り返すことだと説明する。それが長期的で持続的な成功であり、一発当てた後にボロボロになっていく成功者が多いのはこの部分が欠けているからだ、というのが中田の読みである。

17:21

第1の習慣「主体的である」:反応ではなく、反応を選ぶ

第1の習慣は「主体的である」こと。中田は、人のせいにしないと日頃思っていても、「あいつはなぜいつもああなのか」「あの業界はもう」と、自分以外の何かに不満を言う瞬間は誰にでもあると言う。コヴィーは、その瞬間は主体的ではなく、ただ反応しているだけだと指摘する。

コヴィーは「責任(responsibility)」という言葉を「反応(response)」と「能力(ability)」に分け、反応を選択する能力のことだと説明する。中田の例では、「顔がパンパンだけど寝てないの?」と言われて腹を立てるのは反応である。自分の中に軸があれば、傷つかないこともできる。傷つくのは自分が傷つくことを選んでいるからだ、というのがコヴィーの考え方である。

ここでコヴィーは、関心の輪と影響の輪の図を示す。アフリカのダイヤモンドの採掘量や、インドのボリウッドスターの離婚に関心を持つ人は少ない。関心のあることはもともと限られており、その中で自分が影響を及ぼせる範囲はさらに小さい。何を食べるかは自分で決められるが、総理が何を発言するかには関心があってもほとんどの人は影響できない。コヴィーは、影響できないことばかりに目を向けると反応的な人間になると言う。業界の景気が悪いなら、景気を嘆くより、その中で自社の業績を上げる工夫をするか、景気のよい業界に転職するか、自分にできることに集中すればよい。

中田は、変な顔だと言われたときの対応にもこの考え方を当てはめる。関心のない相手なら無視すればよい。大事な人に言われたなら、自分が相手を怒らせたのかもしれないので行動を変えてみる。単に機嫌が悪く当たってきただけなら、関心の外に置けばよい。

コヴィーは逆のケースにも注意を促す。経済力がつくと影響の輪は大きくなる。それなのに関心が自分のことだけに向き、従業員の暮らしに無関心な経営者は無責任だという。関心は常に大きく持ちつつ、その中で影響できることに集中するのがよい、と中田はまとめる。中田によれば、第1から第3の習慣は「スタートの体勢をとる」「ゴールを設定する」「走り方を知る」というシンプルな構成になっている。

24:00

第2の習慣「終わりを思い描く」:自分の葬儀で読まれる弔辞

中田が最も感動したと語るのが第2の習慣である。コヴィーは読者に、静かな場所で頭に映像を思い浮かべながら読むよう求める。晴れた日に葬儀が開かれ、多くの人が参列している。奥の立派な棺の顔の部分を開けると、そこにいるのはあなた自身だ。その日は必ず来るゴールなのだから、真剣に思い浮かべよ、という。

中田は、「ゴールを思い描け」と言われると、事業の成功や結婚、大会の優勝を想像するのが普通だろうと言う。しかしコヴィーは「人は死ぬのだから、死ぬところを思い描け」と求める。参列者の顔を思い浮かべ、家族、上司、仕事仲間、友人が順に弔辞を読む場面を想像する。そのとき、何と言われたら嬉しいか。

中田は例を挙げる。「あなたは本当にかっこいい車に乗っていましたね、立派なスーツを着ていましたね」と言われても嬉しくない。それよりも、「いつも職場に笑顔をもたらしてくれた」「あのとき言われた言葉を今も大事にしている」「あなたがいたから今も頑張れている」と言われたい。コヴィーは、その弔辞こそがあなたの本当の成功であり、一番たどり着きたい場所だと述べる。

個人の憲法を数か月かけて作る

しみじみしたところで、コヴィーは再び厳しくなる。思い描いた内容をもとに「個人の憲法」、本の中でいう「ミッション・ステートメント」を文章にせよと求める。中田は国の憲法にたとえて説明する。基本的人権の尊重という大元の原則があるから、悪事を働いた者に四六時中ビンタするといった刑罰は認められない。大元のルールがあれば、個々の出来事に対してやるかやらないかを判断できる。中田は、そうしたルールを作りたくても作り方が分からない人に、弔辞を思い浮かべるという具体的な方法を示している点を評価する。

コヴィーによれば、弔辞の内容は人によって少しずつ違っても、根本の原則は共通している。人を裏切り続けて恨まれたい人や、盗みを働いて追われたい人はほとんどいない。人にどう思われたいか、何を善と考えるかは大きく変わらない。それを自分なりの言葉にして持っておけ、というのがコヴィーの主張である。

この憲法は夫婦や家族、会社で作ってもよい。ただし当事者が真剣に考えて作らなければ守られない。コヴィーは一晩では無理で、数か月かけて練り上げよと書いているという。中田は「明日から2億円稼げる本ではない。2つ目の習慣だけで数か月かかる」と、その厳しさを強調する。中田自身もこの章をきっかけに考え、動画を見た人に「面白かった」「勉強になった」「自分も勉強しようと思った」と言ってもらえることのほうが大事だという方向性が、ぼんやりと見えてきたと語っている。

32:17

自分の「中心」に何を置いているか

コヴィーは、原則を中心に置けていない人が多いと指摘する。人は誰でも何かを中心に置いているが、それを自覚していないだけだという。コヴィーが挙げる例は、配偶者中心、家族中心、仕事中心、お金中心、所有物中心、敵中心、娯楽中心である。

中田の説明では、お金中心の人は、稼げているときは頑張れるが、稼げなくなると不安になる。配偶者中心や家族中心は一見よさそうに見えるが、夫に嫌われたら、夫がいなくなったらと揺れてしまう。家族の形は変わり、子どもも自立する。子どもが犯罪を犯したときに家族がすべてだったら、判断がぶれる。原則を中心にしていれば、大好きな夫にも「それは私の正義と違う」と注意でき、子どもにも嫌われるのを覚悟で止められる。ギャラのよい仕事でも、原則に反するなら断れる。

仕事中心の人は、仕事を失ったり、仕事ができない体になったりしたら揺らぐ。所有物中心のコレクターは、物がなくなること、価値が下がることを恐れる。敵中心の人は、復讐が生きる軸になってしまう。娯楽中心の人は、楽しければいいとなる。コヴィーの答えは、常に弔辞に立ち返り、その原則に照らして、お金がどれだけ必要か、仕事をどれだけするか、家族や配偶者とどんな距離感で向き合うかを決めよ、というものだ。中田はこれを「ゴールから考えると今が見えてくる」と表現している。

36:08

第3の習慣「大切なことを優先する」:時間管理の4つの段階

第3の習慣は「走り方」にあたる。中田は、タイトルだけ見れば当然のことに思えるが、やり方が違うと言う。人は死ぬまでの時間の中でゴールに向かうのだから、時間の使い方がすべてだという。

コヴィーは時間管理を4つの段階に分ける。第1段階は、やるべきことをチェックリストに書き、順に消していく。第2段階は、カレンダーに予定を書き込む。第3段階は、カレンダーの中で優先順位をつけ、3日後にこれがあるから今のうちに準備しておこう、と動ける。しかしコヴィーは、ここで合格だと思うなと言う。優先順位をつけても、ほとんどの人はパンパンのスケジュールを一生懸命こなしているだけで、それではゴールにたどり着けない。だから、何が本当に大切なのかを考え直せと求める。

そのためにコヴィーが示すのが、重要度と緊急度で分けた4つの領域である。中田は例を交えて説明する。第1領域は重要かつ緊急なことで、家が燃えている、明日が締め切りの原稿を落とすと損害賠償になる、といったものだ。第3領域は重要ではないが緊急なことで、保険の勧誘電話や、急ぎのようで実は大事でないメールの返信などである。第2領域は重要だが緊急ではないことで、留学や語学、資格の勉強、普段会わない人に会う、読みたかった本を読むといった自己投資がここに入る。中田は「それ5年前から言ってるな」というように、重要だと分かっていても後回しにされるものだと言う。第4領域は重要でも緊急でもないことで、スマホで延々とブロックを落とすゲームのようなものである。テトリスのことで誰かに責められることもなければ、それで昇進した人もいない。

コヴィーによれば、優先順位をつけて一生懸命働く人の時間はほとんどが第1領域で埋まり、ストレスがたまってたまに第4領域に逃げる。中田は「9割が1、1割が4」という生活になっていないかと問う。コヴィーは、本当に大切なのは第2領域だと言う。第3・第4領域を大胆に削るために、原則を何度も見返せと勧める。コヴィー自身は家族で大事にしたい原則を紙に書いて家に貼り、毎日目を通しているという。原則がはっきりしていれば、「この仕事は自分のゴールに関係ないからやらない」と判断でき、第2領域のための時間を作れる。

43:34

役割ごとに週単位で計画し、全面的に任せる

コヴィーは予定の立て方まで具体的に示す。降ってきた予定をそのままスケジュール帳に書き込むなと言う。まず、自分が持っている役割を書き出す。中田は、葬儀の参列者との関係を思い出すと分かりやすいと言う。個人としての自分、誰かの夫、誰かの父、会社を経営していれば社長、趣味の釣りグループを作っていればその会長といった役割がある。

次に、役割ごとの目標を1週間単位で書く。中田は、7年後や10年後の目標は分からないから週単位なのだと説明する。たとえば個人としては個人憲法について考える、夫としては最近話せていなかった妻とゆっくり話す、父としては息子に釣りを教える。こうした第2領域の予定を先に1週間に割り振り、その隙間に第1領域が入ってくるようにする。

第1領域の仕事についても、なるべく人に任せるようコヴィーは説く。その際の任せ方として「使い走りの委任」はダメで「全面的な委任」がよい、と中田は紹介する。中田が挙げるのは、カメラにこだわりのあるコヴィーが、ボートの上で妻にカメラを渡した話である。夕日の角度を細かく指定し、自分が「撮って」と言ったら撮らせ、写真を見ては撮り直させる。これでは一つ一つ指示しているだけで、時間はまったく生まれない。コヴィーは、効率ではなく効果を考えよと言う。自分でやったほうが早いからと指示ばかりする人は多いが、どんな写真を撮りたいのかというゴールを共有し、やってほしいこととやらないほうがいいことを伝えたうえで少しずつ育てれば、全面的に任せられるようになる。そうすれば第1領域を自分から切り離し、第2領域に時間を使えるというのがコヴィーの考え方だ。

中田はここまでの3つを振り返り、シンプルだが、言われるまで気づかなかったことばかりだと述べている。

50:09

第4の習慣「Win-Winを考える」:人は勝ち負けの間を行き来している

第4の習慣から、テーマは自分の内面から他者との関係に移る。中田は、Win-Winという言葉はよく聞くが、コヴィーはWin-Winでない状態を細かく分けている点が面白いと言う。Win-Winは、商品を売る側が利益を得て、買う側もサービス向上やコスト削減ができるような関係である。それ以外に、自分が勝ち相手が負けるWin-Lose、自分が負け相手が勝つLose-Win、両方が負けるLose-Loseがある。

Lose-Loseなど誰が選ぶのかと思うかもしれないが、コヴィーは復讐や泥沼の離婚裁判がそうだと言う。「あいつさえ傷つけば自分はどうなってもいい」という復讐は誰の得にもならない。離婚裁判で相手の財産を減らそうと罵り合い、二人で建てた家や高く買った車を二束三文で売ってしまう。人は往々にしてLose-Loseさえ選んでしまう、とコヴィーは注意を促す。

ただし、コヴィーが言うには、大半の人はWin-Winを望み、Lose-Loseを愚かだと言いながら、実際にはWin-LoseとLose-Winの間を行ったり来たりしている。Win-Loseはスポーツや将棋の世界観で、両者が同時に竜王になることはない。Lose-Winは、たとえば子育てで、お菓子ばかり食べてテレビを見続ける子どもを叱るべきなのに、泣かれるくらいなら与えたほうが楽だと我慢してしまう状態である。勝って相手を黙らせるか、諦めて投げやりになるか。その繰り返しで人間関係を続けていないか、とコヴィーは問う。

Win-Winを目指すのが難しいのは、相手の多くがWin-Loseの姿勢で向かってくるからだという。こちらがWin-Winを望んでも、相手が勝とうとしてくれば交渉は難航する。自分が出世するわけでもないのに同僚の悪口を言ってしまう人もいる。そういう相手と向き合うには内面が安定していなければならない。中田は、第1から第3の習慣がなければ第4から第6に立ち向かえないとはこういう意味だと説明する。

56:11

誠実さ、成熟、豊かさマインド、そして「Win-Win or No Deal」

コヴィーはWin-Winに必要なものとして3つを挙げる。1つ目は誠実さで、Win-Winを約束したらそれを守ること。2つ目は成熟で、思いやりと勇気のバランスのことだ。思いやりがあっても勇気がなければLose-Winになり、勇気があって自分の意見をはっきり言えても思いやりがなければWin-Loseになる。3つ目は豊かさマインドで、資源は互いに分け合えるほどあるという世界観である。椅子が1つしかない椅子取りゲームだと思えば奪い合いになるが、椅子が2つあると考えられれば、それぞれが座ればよい。成功は誰かの犠牲の上に成り立つものではない、という世界観を持てとコヴィーは言う。

中田が面白いと感じたのは、どうしてもWin-Winになれないときの考え方である。Win-Lose、Lose-Win、Lose-Loseになるくらいなら、「Win-Win or No Deal」、つまり取引しないという選択をしてよい。中田は恋愛を例に挙げる。どちらかが貢ぎ続ける関係、どちらかが裏切り続けてもう一方が我慢する関係、互いに裏切り合う関係を続けるより、別れたほうがすっきりする。No Dealという逃げ道があれば息苦しくならない、と中田は評価する。実行段階では、望む成果を共有し、ガイドラインを決め、報告の義務や評価の方法を具体的に決めておけばよいとコヴィーは述べている。

59:40

第5の習慣「まず理解に徹し、そして理解される」:やってはいけない4つの反応

Win-Winを実現するには、相手にとって何がWinなのかを知らなければならない。そこで第5の習慣は「聴く」ことになる。中田によれば、コミュニケーションというと自己表現や語彙の不足に目が向きがちだが、まず大事なのは理解することだという。

中田は、この章を読んで強く反省したと語る。お笑い芸人として、話を聞きながら相づちを打ち、冗談を挟んで場を盛り上げることを経験の中でやってきた。しかしコヴィーはまず「テクニックではない」と言う。聞くスキルの本だけで取り繕ってもばれる。好かれたいからではなく、本当にこの人を理解したいと思え、とコヴィーは求める。

そのうえでコヴィーは、やってはいけないこととして「自叙伝的反応」を挙げる。聞かれてもいないのに「俺の時はな」と自分の話をしてしまう反応である。その典型が「探る」「解釈する」「評価する」「助言する」の4つで、中田は親子の会話を例に説明していく。

「探る」は、父親が「学校はどうだ」「勉強はどうだ」と聞くこと。息子は「普通だよ」としか答えない。これは相手を理解するためではなく、自分が知りたい情報を引き出すための聞き方だからだ。本当は父親に相談したいことがあっても、この聞き方では切り出せない。

「解釈する」は、話を最後まで聞かずに決めつけること。友人が「会社やめようかな」と言っただけで「だよね、あんな会社」と自分の話を始められたら、理由を聞けと思うだろう。息子が「学校の授業がつまらない」と言ったとき、「お前の努力不足だ」「勉強とはそういうものだ」「ついていけていないのか、先生と合わないのか」と勝手に解釈すると、息子は理解してもらえていないと感じる。

「評価する」は、すぐにイエスかノーかを言うこと。「微分積分なんて社会で何の役に立つの」と言われて「役に立つかではない、勉強は忍耐だ」と返すのがこれにあたる。コヴィーは医者のたとえを使う。胸がムカムカして頭が痛いと言っただけで、ほとんど診ずに「この薬を飲んでください」と言う医者の薬は飲みたくない。

「助言する」は、すぐに処方箋を出すこと。「最近楽しくない」と言う人に「朝大きな声を出すに限る」と言うようなものだ。親子の例では、息子が「親友のジョージみたいに自動車整備士になりたい」と打ち明けたのに対し、父親が「退学したジョージか。学校は出ておけ、ジョージみたいに生きたら苦労するぞ」と助言してしまう。実際にはジョージは新しい修理のやり方で自分のサイトを開いて成功しており、息子は「何も分かってない、もう親父と話したくない」となってしまう。

1:06:05

信頼口座:信頼は少しずつ貯め、減っても貯め直せる

この流れの中で中田は、公的成功の鍵は「信頼」にあると紹介し、コヴィーの「信頼口座」という考え方を説明する。信頼は口座のようなもので、行動によって少しずつ貯めなければ貯まらない。会ったばかりの人に「毎月10万円振り込めば3か月で10倍になる」と言われて信じるのは、信じてはいけないパターンである。一方、あのときこうしてくれた、こう言ってくれたという積み重ねがあれば、あいつは信じるに足ると思える。

中田は、自信がないという人について、自分を信じることも人を信じることと同じだと考えてきたという。「今年こそ英語をマスターする」と言って1か月でやめる、「明日はジョギングする」と言って寒いからやめる。そうした自分への裏切りが続けば、自分への信頼口座は減っていく。しかしコヴィーは、減っても絶望するな、また貯められると言う。中田も、残高がゼロになったからといって口座を解約する人はいない、今日から貯めればいいのだと述べている。

1:11:23

共感とは、言葉の奥にある気持ちを言葉にすること

では、何をすればよいのか。コヴィーは、ひたすら共感せよと言う。ビジネス書でよく紹介される「相手の言葉を繰り返す」技術について、中田は、2、3回繰り返した後に結局「でもな」と評価や助言に戻ってしまうと指摘する。根本の精神として理解しようとしておらず、スキルとして繰り返しているだけだからだという。繰り返しはダメで、相手の言葉を自分の言葉に言い換えるのも「△」だとコヴィーは言う。相手が何を言ったかではなく、どんな気持ちで言っているのかを理解し、その気持ちを言葉にすること。それを共感と呼ぶ。

中田は先ほどの親子の会話を共感の形で演じてみせる。「授業がつまらない」と言う息子に、父親は「学校に失望しているんだな」と返す。息子は「本当に教えてほしいことを教えてくれない」と続け、父親は「教えてほしいことがあるんだな」と受ける。すると息子は、まだ言っていなかった自動車整備士の夢を話し始める。父親が「やりたいことを見つけたんだな」「憧れの友達がいるんだな」と気持ちを受け止めるうちに、息子は「どうしたらいい」と相談してくる。そこで初めて、学びたいことを学べる学校に変わるかといった話ができる。言葉そのものはゴールではないことが多い、とコヴィーは見抜いていると中田は言う。

中田は「腹減った」の例も挙げる。休憩なしで働いた後の「腹減った」なら「忙しかったな」と返せるし、試合に勝った後なら「勝って嬉しかったな」と返せる。言葉そのものではなく、なぜそう言ったのかという気持ちに反応せよということだ。

中田は自分の失敗も明かす。ゲストとの対話で、すぐに相づちを打ったり「つまりこういうことですか」とまとめたりして、相手の話を止めてしまったことが何度もあったという。この章を読んだ直後にもスタッフに「最近どうだ」と探り、一言聞いただけで「もっとこうしたほうがいい」と助言してしまったと語る。4つのルールを書き留めてから人と話してみてほしい、本当に難しいし、気持ちを読み違えることもある、と中田は視聴者に勧めている。

1:17:15

第6の習慣「シナジーを創り出す」:妥協ではなく第3の案

中田は、第5の習慣ができるようになると次に進めると説明する。第6の習慣はシナジー、つまり相乗効果である。1+1が2で終わらず、3にも4にもなるのが人と人が本当に協力したときの関係で、それを一度でも味わった人はその輝きを忘れない、とコヴィーは言う。簡単には実現しないので、まずWin-Winが前提になり、そのうえでコミュニケーションが取れていなければならない。一方だけが貢がされている関係に相乗効果はない。

中田は会社の例で説明する。この会社は自分を理解してくれる、給料だけでなく経験やネットワーク、スキルアップも得られる、と感じた社員が頑張れば、会社の成績も上がる。モチベーションの高いチームや会社が生まれるかどうかは、シナジーを作れるかどうかにかかっている。コヴィーによれば、そのためには両者の違いを理解したうえで、妥協ではなく、つまり1+1が1.5になるのではなく、第3の案を創造的に生み出すことが必要だという。中田は、何が第3の案になるかはケースバイケースで、すぐには思いつかないだろうと留保をつける。そのうえで、自分のチームのリーダーや会社がそうあってほしいと思うなら、自分が自立して、自分のチームをそうしていけばよいというコヴィーの言葉を紹介している。

1:19:47

第7の習慣「刃を研ぐ」:肉体・精神・知性・社会性

第7の習慣について、コヴィーは木を切る男のたとえを出す。男は何日もノコギリで大木を切り続けているが、ほとんど進んでいない。ノコギリを研いだらどうかと言うと、「研ぐ時間があるように見えるか」と返される。コヴィーは、これが多くの人の姿だと言う。いったん立ち止まって刃を研げば、切りやすくなって時間も生まれる。

磨くべきものは肉体、精神、知性、社会性の4つで、そのすべてを習慣として磨かなければならない、とコヴィーは言う。中田は、肉体についての指示が具体的な点に驚く。週3時間は運動する。体に悪いものを食べすぎない、飲みすぎない、吸いすぎない。みんなのためになる生き方をしたい、長く愛されたいと個人憲法に書いたのなら、なぜ訳のわからないものを食べているのか、とコヴィーは問いかける。

精神については、コヴィーは1日や1週間のうちに瞑想や祈りの時間を取っているという。イスラム教やキリスト教の祈り、禅の坐禅のように、多くの宗教にそうした時間がある。宗教的な習慣がない人でも、自然の中を散歩し、静かな場所で心を落ち着ける時間は大事だという。

知性については、インターネットやスマホが普及する前に書かれた本だと断ったうえで、中田はコヴィーがテレビを1日1時間までと決め、家族にもそう言っていると紹介する。テレビは素晴らしいが依存してはいけない。中田は、スマホも同じで、自分も子どもにタブレットで長時間動画を見せていたと反省する。読書はまず月1冊から始め、週1冊を目指す。日記を書くこともコヴィーは勧めている。

社会性については、大切な人の名前を書き出してみよ、とコヴィーは言う。親、子ども、恋人、友人、仕事仲間、上司。LINEを既読スルーしたまま、「いつか行こうね」と言ってから2年経っている、頼まれごとを放置している、といった心当たりがあるはずだ。そういう人とコミュニケーションの時間を取りなさい、という。

中田は自分を採点する。肉体は「△」、精神は自然の中で心を落ち着ける時間を取っていなかったので「×」、知性は週に3、4冊読み、勉強しながら書いてもいるので「◎」だという。

1:27:05

応急処置に頼らず、習慣の力を信じる

終盤、中田は本の結びにあたるメッセージを紹介する。この習慣を実践できていると思える人、話を理解して聞いてくれる人を手本として探し、その人から学ぶこと。応急処置に頼らず、習慣の力を信じること。一つのテクニックや一言で人生が劇的に変わるという世界は捨てよ。世界は厳しいが正直だ、とコヴィーは言う。

中田は、毎週2時間走っていたらジョギングが楽になってきたこと、本をたくさん読み動画をたくさん上げてきたことで、話の聞き方を反省させられたと語る。さらに、お笑いの世界でとにかくブレイクすればいい、人気になればいい、稼げばいいと考えていた時期があり、それだけだったから色々失敗したのだと思い至らされた、とも振り返る。

コヴィーは「諦めるな」とも書いている。親もそうではなかった、周りにもそんな人はいない、自分もこれまでそうではなかったと思うかもしれない。しかし流れは変えられる。今、自分から変えれば、後の世代によいものを伝えていける。一朝一夕にはできないが、習慣の力でできる。中田はこれを「非常に厳しいが、とても優しい」と評する。一瞬で世界が変わる、これさえやれば大丈夫というテクニックの本は、優しく見えて実は残酷であり、それはイージーな優しさにすぎないというのが中田の見方である。コヴィーは、この先必ず大きな困難や悲しみと戦うことになるが、その戦いは今から始まっている、人は習慣によってしか強くなれないのだから、と書いているという。

最後に中田は、コヴィー自身も「あなたは全部できているのか」とよく聞かれ、毎日格闘していると書いていたことを紹介する。今でもできない習慣があり、特に難しいのは第5の習慣だという。第2の習慣に立ち返ってどう死にたかったかを考え、人のせいや時間のせいにしたくなる自分を戒めながら、頑張っている。中田はそう伝えたうえで、コヴィーが2012年7月に79年の生涯を閉じたことに触れ、「流れは変えることができる」という教えに感謝を述べて動画を締めくくった。