弁護士の指摘から始まった研究データポリシー改定と、三部署をつなぐ「オープンサイエンスシステム」:金沢大学の取り組み

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概要

金沢大学の長井圭治氏は、研究データ管理(RDM)支援のために同大学が構築した「オープンサイエンスシステム」について報告した。講演の中心にある問いは、厳格に作り込んだ研究データポリシーを、研究者や事務に過大な負担をかけずにどう運用するかである。長井氏の答えは、ポリシーの運用をシステム化し、その裏側で研究推進・情報系部署・図書館といった各部署の本来業務とつなぐことだった。

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化学研究者からURAへ、ゼロから始めたデータ管理基盤

長井氏はURA(リサーチ・アドミニストレーター)で、URAになって5年目になる。その前は化学の研究をしていた。データ管理基盤の分野に関わり始めたのは2024年1月からで、本人は「本当に何も分かっていないところ」から始め、日々悪戦苦闘しながら築き上げてきたと振り返る。

この仕事は一人でできるものではなく、多くの人と関わりながら進めている。昨年4月には、当初は主に設備の共同利用を扱っていた研究基盤統括本部の中に、研究データマネジメント部門が設置された。メンバーには、学術メディア創成センターの笠原所長のグループのほか、情報系の事務、図書館、研究推進の各部署、総合技術部、さらに長井氏が属する機構の人員が加わっている。

長井氏によれば、取り組みの内容は同じセッションの前の講演者が紹介したものと大筋では似ている。ただ、出発点が少し違うため、その経緯を中心に話すという。

「裁判所で役に立たない」と言われた研究データポリシー

研究データポリシーは、長井氏の見立てでは現在200近い大学が策定しており、ほとんどの大学で対応が済んでいる。ところが金沢大学では、既存のポリシーについて弁護士から「意味がない」「裁判所では全く通用しない」と指摘を受けた。そこで2年前にポリシーを作り替えた。その際には、NII(国立情報学研究所)が示したひな型を非常に参考にし、漏れなく取り入れたという。

弁護士が問題視したのは、従来型のポリシーに大学の責任が書かれていない点だった。典型的な書き方は「データは研究者が管理する」というものだが、長井氏はこれが非常にまずいと言われたと説明する。何か問題が起きたときに謝罪するのは研究者ではなく、理事が記者会見に出てくる。実際の責任の所在に合わせて書かなければならない、というのが指摘の趣旨である。改定後のポリシーでは、主語をすべて「本学は」としている。

もう一つの論点は、データには所有権が成立しないことだった。そのため、データを企業など外部に渡す際にはきちんと契約を結ぶ必要がある。長井氏は、これは普段から実務として行われていることだとしつつも、ポリシーにも明記すべきだとされ、改めたと述べる。

つまり、新しいポリシーは学内向けというより対外的な文書として意識して作られている。もちろん学内向けでもあり、両方の立場から読めるように書いているが、対外的な視点を強く持ったポリシーにしたという。

「人がやると破綻する」ルールを動かすためのシステム化

ポリシーに加えて学内ルールも整備し、学内の会議体で決定した。しかし、いざ運用する段階で問題が生じた。長井氏は、人手で回すとおそらく破綻してしまうほど「ギチギチに」作ってしまったと話す。ここでシステムという考え方が出てきた。

ちょうどオープンアクセス加速化事業の公募があり、長井氏はこれを「渡りに船」と表現する。この予算で取り組まなければならないということで、システム構築が出発点となった。予算がついたことで、三つの部署が自然に連携して、とにかくやろうという形で動き出したという。作ってしまったルールを動かすこと、それがシステム化の大きな動機だったと長井氏は位置づける。

設計の考え方:研究時間の確保と大学としての説明責任

すべてのルールをメールベースで運用すると、研究者にも事務にも大きな負担がかかる。それを避けたいというのが一番の起点だった。システムの目標として長井氏が挙げたのは、研究者の研究時間を確保しつつ、ポリシーに書き込んだ大学としての責任、つまり説明責任を果たすことである。

そのための設計方針は、一度入力した情報を下流でも使い回し、出口にあたる図書館やデータ利活用時の契約といった場面へ、情報が自然に流れるようにすることだった。システム開発の詳細は講演では省かれたが、さまざまな試行を経て構築したという。

鍵となったデータマネジメントプラン

このシステムで鍵となったのがデータマネジメントプラン(DMP)である。DMPはもともと研究資金配分機関から作成を求められていたものだが、長井氏はそれにとどまらない重要な情報を含んでいると考えた。実際にデータを公開する際の扱い、企業にデータを渡す際の契約、機微情報を取り込んだときの扱いなども、ポリシーで厳格に決めてしまった。そのため、ポリシー運用の要となるのがDMPだという位置づけにしている。

DMPの情報を下流へつなぐことの重要性について、長井氏は時間差を強調する。スライドでは研究開始前・研究中・研究後と何気なく並べているが、実際にはそれぞれの間に相当の時間差があり、場合によっては年単位になる。研究者も当初の内容を覚えていたとしても、状況が変わって内容がかなり変化していることがある。何年何月の時点でどう申告していたかといった履歴までは人の記憶では追えないため、きちんと記録しておくことが重要だと述べる。長井氏は、システムがなければおそらく「むちゃくちゃになった」だろうと振り返っている。

研究者からは一つの流れ、裏側では各部署の決裁とつながる

長井氏がこのシステムの一番のポイントとして挙げるのは、バックヤードとつながっていることである。研究者にとっては一連の流れに見えるが、その裏では段階ごとに担当部署とつながっている。DMPの段階では研究推進、サーバー利用の際には学術メディア創成センター、公開の際には図書館、契約を伴う公開の場合には再び研究推進へとつながり、決裁システムのようなものとセットになっている。

各部署の担当者はそれぞれの仕事のプロである。そのため、その仕事をいかに邪魔せずにシステム化するかという考え方で作ったという。

人材育成:本来業務を軸に、必要な部分を学ぶ

人材育成についても、長井氏は同じ考え方をとる。各部署の本来業務を大事にしたうえで、そこに現在のオープンサイエンスの流れを加える。前の講演者が紹介した教材、NIIの教材、他大学のプログラムなどもあるが、その中から必要な部分を自然に取り入れて学んでもらい、各部署の仕事を進めてもらうという方針である。

とはいえ、背景の説明は必要になる。長井氏自身が各部署に入っていって調整役を担い、一緒に勉強するなどしてチームを作ったという。

長井氏が特に重視するのは、自分ごとになることである。自分の問題にならなければ学ぶきっかけにはなりにくい。システムを動かし始めると実際にメールが届き、返事をしなければならない場面が出てくる。そうした現場感を持った状態で、どう対応すべきかを学ぶのが一番役に立つのではないか、というのが長井氏の考えである。

現在も続く運用の苦闘

まとめとして長井氏は、システムの構築自体も非常に大変だったが、運営も重要であり、運営開始後の現在こそ特に苦労している段階だと述べた。各現場の担当者が自分ごととして捉えて取り組みを進め、RDM支援を出口までつないでいく。その実現に向けて、今まさに苦闘している最中だとして講演を締めくくった。