大政奉還から高度経済成長まで――中田敦彦が「なぜ戦争に向かったのか」を三つの政治の流れで読み解く
中田敦彦のYouTube大学 - NAKATA UNIVERSITY中田敦彦による日本史シリーズの第4回は、大政奉還から戦後の高度経済成長までの近代史を扱う。中田は冒頭で、近現代史は捉え方や説が人によって大きく異なり、教える側に立つと難しさがよく分かると語る。そのため今回は、自分の説を「絶対にこうだ」と主張するのではなく、参考書(河合敦『早わかり日本史』)に準拠して授業をすると前置きしている。別の本に基づくテーマ史や人物史も今後扱うので、諸説があることを知ったうえで、まず知るきっかけにしてほしいというのが中田の立場である。
中心にある問いは、「近代化を目指した日本が、なぜあれほど戦争を重ねることになったのか」だ。中田はこれに答える鍵として、藩閥政治・政党政治・軍部政治という三つの流れを示し、加えて日本が常にイギリス、ロシア、中国、アメリカといった大国の思惑に巻き込まれていたという見方を繰り返し提示する。
開国前の揺れと、大政奉還の本当の狙い
中田はまず、黒船来航がペリーから始まったわけではないことを確認する。最初にロシア、続いてイギリスの船が来ており、その間に幕府の対応は二転三転した。撫恤令によって来航船をもてなしていたが、イギリス船が湾内で揉めて帰っていった事件をきっかけに、大砲で撃退する方針に変わる。しかしアヘン戦争で、蒸気船を持つイギリスが中国にどれほどの打撃を与えたかを見て、簡単に撃ち返せば大戦争になると考え、再びもてなす方針に戻った。中田はこれを「もてなす、大砲、もてなす」と表現し、幕府がぐらついていたことを強調する。
その結果として徳川慶喜が大政奉還を行うが、中田が「面白い」と感じたのは慶喜の本当の思惑である。中田によれば、大政奉還は敗北宣言ではなかった。慶喜は徳川家への反感をかわしつつ、新政府になった後も徳川家がトップに立ち続けることを狙っていた。薩長の倒幕の大義名分は「朝廷に反旗を翻すのか」という点にあったが、政権を朝廷に返してしまえば、その名分が失われる。中田はこれを、先手を打った「高度な作戦」と呼ぶ。
これに対し、新政府でも徳川の言いなりになるのは冗談ではないと考えた薩長が打ち出したのが王政復古の大号令だった。大政奉還と王政復古の大号令は教科書ではさらっと流されがちだが、中田は両者を「技と技のぶつかり合い」の大攻防戦として捉え、王政復古の大号令は徳川排斥の動きだったと説明する。
戊辰戦争――京都から五稜郭まで
大政奉還で一件落着したような印象を持たれがちだが、中田は「そんなことない」と言い切る。江戸という太平の時代が終わってから、日本はずっと揉め続けているという認識が必要だという。
戊辰戦争は複数の戦いの連なりである。まず鳥羽・伏見の戦いで新政府軍が京都を押さえ、新政府のやり方に異を唱えた彰義隊を上野で潰す。問題になったのが会津藩だった。会津藩は新政府に従うと申し出たにもかかわらず、新政府はそれを許さなかった。中田はその理由として、長州がかつて蛤御門の変で会津に打ち負かされており、強い復讐心を抱いていたことを挙げる。トップの首を差し出すまで許さないという要求に対し、東北の諸藩が「同じ東北として、それはやりすぎだ」と会津をかばったことで、東北戦争へと発展した。中田は、この時代の「首を出せ」は比喩ではなく本当に首を切ることを意味しており、まだ戦国の名残があったと述べる。
会津が潰された後、榎本武揚や土方歳三ら旧幕府軍の残存勢力は北海道まで押され、最後に立てこもった五稜郭も陥落して完全制圧に至る。中田によれば、兵の数では幕府軍の方が多かった。それでも負けたのは、薩長の背後にイギリスがつき、新式装備による近代化された軍を持っていたからであり、テクノロジーで負けていたのだという。
廃藩置県・廃刀令・徴兵令の意味
明治政府が樹立されると大改革が始まる。中田が特に重要だと強調するのは廃藩置県である。それまで各藩は自治政府のようなものだったが、中央政府がそれを作り直し、役人を送り込む体制に変えた。
中田はこれを日本史全体の流れの中に位置づける。天智天皇の公地公民制は、豪族の土地をすべて朝廷のものとした。中国でいえば、始皇帝が春秋戦国の諸国を統一して郡県制を敷いたのと同じ発想だという。しかしその「全部ひとつ」の体制は、税をうまく徴収できなくなって墾田永年私財法で崩れ始め、荘園が生まれ、荘園を束ねる貴族、それを守る武士が現れ、武士が台頭して乱世を争い、最後に徳川家康がまとめた。それでも各地の自治は続いていた。公地公民の崩壊以来ずっと侍によって分割されてきた土地を、廃藩置県で一気に一つに戻した。中田は日本史を「土地をどう使うかの争い」としてダイナミックに見ると面白いと語る。
廃刀令についても、秀吉の刀狩など前例はある。ただし中田によれば、刀狩りが農民兼兵士のような人々の反抗を防ぐためのものだったのに対し、廃刀令は侍という特権の排除だった。徴兵令と合わせ、藩に兵を出してもらうのではなく、全員を日本の兵士として中央が使えるようにする。これも中央集権であり、目的は近代化だったと中田は説明する。天智天皇の時代に中国の圧力の中で国を固めたのと同じように、欧米列強に潰されないために自分たちの国を作らなければならないというのが、薩長の新政府の大命題だった。
西南戦争――近代化の正義と侍の正義
しかし、その結果として侍の特権が失われた。中田は、近代化したいという正義と、これまでの侍をどうするのかという正義がぶつかり合ったと整理する。天智天皇の改革の後に壬申の乱があり、始皇帝も急激な変更で反発を受けたように、急激な変化は大きな反発を生む。
そこで登場するのが西郷隆盛である。刀を失い、商売もうまくいかない侍たちの不満を聞き、もともとは打開策を考えていたものの政府と決裂し、最終的には侍たちに担がれて西南戦争に至った。中田は、大政奉還がその後に戊辰戦争と西南戦争という二つの大きな戦争を生んでいる以上、決して幕末の終わりではないと強調する。
この戦いでも明治政府が圧倒的に強かった。中田は、産業革命がもたらしたテクノロジーにいち早く気づいた人々と、まだ江戸のままでいたかった人々との戦いだったと位置づけ、テクノロジーを備えた軍隊には勝てなかったと述べる。
藩閥政治――大日本帝国憲法と不平等条約改正
ここで中田は、近代の戦争を理解するための枠組みとして、藩閥政治・政党政治・軍部政治の三つを示す。戊辰・西南の両戦争で、力では政府に歯向かえないと分かったことから、中から変えていこうという流れが生まれる。
大日本帝国憲法を主導したのは長州出身で吉田松陰の弟子である伊藤博文だった。ヨーロッパで学び、フランス式やイギリス式などの案がある中で、日本に最もフィットするのはドイツやオーストリアのような君主権の強い憲法だと判断し、天皇から与える欽定憲法の形をとった。中田はこれをバランスを見た判断だろうと推測している。
中田によれば、法治国家にしたのは思いつきではなく、法治国家でなければ列強に認められないからだった。幕末に井伊直弼やハリスのもとで結ばされた日米修好通商条約などの不平等条約には、治外法権や関税自主権の欠如があった。近代的な軍備と法律を整え、列強と同じ最新の国だと示さなければ条約は改正できず、日本は虐げられ続ける。不平等条約の改正が大きな命題だった。
それでも政府の中枢は薩長出身者で占められ続けた。中田は受験期に覚えた歴代首相の語呂合わせ「いくやまいまいおおやいかさかさか」を披露し、伊藤、黒田、山県、松方といった名前が繰り返し出てくること、「さかさか」は西園寺と桂が交互に務めたことを示し、薩長ばかりだったと説明する。
政党政治の登場と「我田引鉄」
武力での変革が無理だと分かったため、選挙の仕組みを整え中から変える政党政治へと動き出す。中田は、近代国家の流れとしてはこれは正しく、一見良い流れに見えると認める。大隈重信や板垣退助のように薩長以外の人物が首相になり、政党も作られたが、揉めてなくなるなど長続きしなかった。その後、平民宰相と呼ばれた原敬も出てきて、薩長以外の首相が徐々に増えていく。
ただし中田は、政党政治には問題点があったと指摘する。それを表すのが、この時期に言われ始めた「我田引鉄」という言葉だ。薩長は戦争に勝った権力者として独占的に物事を決められたが、政党政治では有権者の支持が必要になる。当時の有権者はまだ限られた金持ちであり、地元の有力者の支持を得るために鉄道を引くことが行われた。そのため当時の鉄道はぐにゃぐにゃに曲がっている場合があるのだという。中田は、政党同士が争って内輪揉めに終始すること、人気取りの政策に偏ることという政党政治の難しさが早くも表れていたと述べ、それが未熟だったのか、今でも同じなのかという問いも投げかけている。
ロシアの南下と、日清・日露戦争を動かしたイギリス
対外関係について、中田はこの時代の日本が英・米・露・中に囲まれ、それぞれの思惑を読みながら選択を重ねていく状況にあったと説明する。江戸時代は貿易をしていても侵略はほとんどなかったが、産業革命で欧米列強がアジアに進出し、インドや中国が大変な目に遭う中で、日本も開国した。ゲームが一気に国際的になり、プレイヤーが増え、すぐに選択を迫られるようになったという。
その中でロシアが南下してくる。中田の説明では、理由は「とにかく寒い」ことに尽きる。港が凍るため不凍港を欲し、地中海に出ようとしてはイギリス、フランス、ドイツに阻まれてきた。そこで逆サイドの中国や日本の方面に目を向けた。日本にとっては、中国と朝鮮半島をロシアに押さえられるのが最もまずい。そこで朝鮮半島をめぐってまず日本と清が争ったのが日清戦争であり、中田はこれを、日本のロシア警戒と清の支配維持との戦いだと位置づける。日清と日露がなぜ立て続けに起きたのかという疑問に対しても、両者はロシアの南下警戒という一つの目的でつながっていると答える。
日本が両方に勝てた理由として、中田が強調するのはイギリスである。幕末に薩長に武器を与えたのも、インドや中東を動かしたのもイギリスであり、日清・日露もイギリスの存在が大きかった。ロシアの南下を防ぎたいイギリスが日本を支援し、日本はイギリスの了承を得て清と戦い、イギリスから得た近代軍備で勝った。その後日英同盟を固めたうえでロシアとぶつかり、ロシア国内で革命が起きるなど相手が自滅気味の中で講和に持ち込み、「ギリギリ」勝ったと中田は説明する。こう見るとずっとイギリスの思惑通りだったと思えるかもしれない、とも付け加えている。
日露戦争の後には韓国併合が行われる。中田は、ロシアに対する防備という面と、領土を広げたいという面の両方があったと考えている。この時期は非常に遺恨を残しており、反日の動きの中で初代総理大臣の伊藤博文が韓国で暗殺されたことは大きな事件だったと述べ、こうした流れを押さえておきたいとしている。
第一次世界大戦の好景気から、四連発の恐慌へ
第一次世界大戦への参戦も、中田によれば日英同盟の流れによるものだ。ヨーロッパの戦争で日本には本来関係がなかったが、イギリス側について参戦した。戦地はヨーロッパなので日本への直接の影響はなく、イギリスなどに商品を売り、さらにヨーロッパ製品が撤退したアジア市場にも売り放題となって、日本は大好景気に沸いた。
ところが中田は、これが後に大変なことになったと話す。政党政治から軍部政治への移行を理解するうえで、ここが最も重要だという。中田はこれを「四連発のパンチ」にたとえる。まず大戦が終わるとヨーロッパの商品がアジアに戻り、売れていたものが売れなくなって在庫を抱える戦後恐慌が起きる。次に関東大震災で関東一帯が壊滅状態になり、震災恐慌が起きる。関東大震災がいつだったか曖昧な人が多いが、戦後恐慌の後だと押さえておくとよいという。さらに大臣の失言や政策の失敗によって金融恐慌が起きる。ジャブ、右フック、アッパーを受けてふらふらになったところに、全世界を飲み込む世界恐慌が襲い、日本では昭和恐慌としてとどめを刺され、リングの外に吹き飛ばされた、と中田は描写する。
政党政治への失望と軍部の台頭
この時に政権を担っていたのが政党政治だった。藩閥政治は良くないと自由民権運動を経てようやく成立し、イギリスやアメリカのような二大政党になったところで、日本経済がボロボロになった。国民は「お前らのせいだろう」と政党政治を責め、国家の危機に失言の揚げ足取りや地方への鉄道誘致をしているからダメなのだという強い逆風が生まれた。
そこで軍の発言力が増していく。中で争っていても仕方がない、外をしっかり押さえるべきだという軍の主張に、今までの政党政治から変えてくれるかもしれないと国民の世論が動いた。中田は「国民が選択していった」と表現している。
内閣の支持率が低く軍の人気が高い中で、陸軍と海軍は指揮系統も異なり、上層部がばらばらになっていった。そこで関東軍が暴走して満州事変を起こす。中田の説明では、満州に国を作って領土を広げることで、ボロボロの日本を救おうとした陸軍の一派がいた。それを制御できなかった内閣が総辞職するなど、パニックの状態だったという。
その深刻さを示す例として中田は五・一五事件を挙げる。軍の将校が首相官邸を襲い、犬養毅が「話せばわかる」と言ったのに対し、若い将校が「問答無用」と撃った。中田は個人的には一度話してみてほしかったと述べ、「話せばわかる」への回答として怖すぎると感想を語っている。五・一五事件、二・二六事件と軍のクーデターが続き、鎮圧はされたものの軍の影響力の拡大は止められなかった。
日中戦争、ABCD包囲網、そして真珠湾
その中で日中戦争に進む。当時の中国は列強にずたずたに占領されていた。満州では張作霖が爆殺され、張学良が「内乱をやっている場合ではない」と呼びかけて国共合作が成立し、戦いが始まった。
中田が注目するのは、ここで初めてアメリカが本格的に登場する点である。朝鮮半島や台湾までは布石だったが、日本が満州まで食い込んだ時、アメリカは自分たちの権益も侵されるのではないかと考え、日本はやりすぎだとNOを突きつけた。石油などの対日輸出が禁止され、ABCD包囲網による経済制裁が始まる。中田は、そもそも経済的に苦しいことが大陸進出の理由の一つでもあったのに、さらに経済的に締めつけられたと説明する。日本は国際連盟などから脱退し、本当に追い詰められたのだろうと中田は推測する。輸出を止められるならもう無理だと、先手を打ってアメリカを攻撃したのが真珠湾であり、中田はこれを宣戦布告ではなくいきなり石を投げるような状態だったとし、勝てるはずのない国力差に飛び込んでいったと述べる。
一方で中田は、当時の日本が台湾、朝鮮半島、東南アジアなどを押さえ、大東亜共栄圏と呼ばれる広大な占領地を持っていたことにも触れる。世界史上の最大領土といえば大英帝国やモンゴル帝国、ロシア帝国などが挙がるが、大日本帝国も上位に入り、ベスト20ぐらいに入る広さだったという。当時の地図を見ると我々の知っている日本とは違って驚くはずだと勧めつつ、それがどういう状態だったのかは推測するしかないとも述べている。
敗戦と原爆投下をめぐる一つの説
太平洋戦争は奇襲攻撃で最初は優勢だったが、アメリカが準備を整えると負け始め、ミッドウェー、ガダルカナルを経て、沖縄がやられた時点で敗北は確定していた。中田はここで「最大のミステリー」として、なぜ負けが確定していたのに広島と長崎に原爆を落とす必要があったのかという問いを立てる。
中田は、参考にした2冊の本のどちらだったかははっきりしないと断ったうえで、書かれていた説を紹介する。戦争の後半、ソ連が日本に宣戦布告し、日本はもう無理だとポツダム宣言を受諾した。アメリカはソ連の参戦を予期しており、ソ連と一緒に日本を降伏させれば単独で占領できなくなる。そのためアメリカ単独で早めに日本にとどめを刺した、という説である。中田は、実験だったのではないかという説などいろいろあると断りつつ、この説によれば終戦前からすでに米ソ冷戦の構図が予感されていたことになると述べる。日本はイギリスに翻弄され、中国を巻き込み、ロシアに翻弄され、アメリカに翻弄され、さらに米ソ対立に巻き込まれていく、というのが中田の整理だ。
占領政策、財閥解体の中断、朝鮮特需
戦後にはマッカーサーが来る。中田によれば、その統治は日本が韓国併合で行ったやり方とは大きく異なった。大日本帝国は日本語を習わせたり宗教の自由をめぐって制約を設けたりと強い支配を行ったが、マッカーサーは日本を完全に潰すか、トップに戦争責任を取らせるかなどを含めて意見を聞き、日本を完全に潰すのは歴史上まずいと判断して、天皇制を維持した間接統治を選んだという。その代わりに財閥解体と民主化を進めた。
しかし中田は、これが中途半端に終わったと話す。財閥とはもともと政府と密接に関わる商人である政商であり、日露戦争後の重化学工業の発展の中で、政府と強く結びついた三井・三菱・住友などが大きく伸びたものだった。その解体が途中で止まった理由が朝鮮戦争である。中田は朝鮮戦争を朝鮮の内乱ではなく米ソの代理戦争と位置づけ、ソ連が北朝鮮を、アメリカが韓国を作り、その覇権争いによって北緯38度線で分断され、今も分かれたままだと説明する。アメリカは日本をアジアの基地にする必要があったため、潰すのをやめて味方にしておく方針に変えた。そして朝鮮特需によって、日本は皮肉にも高度経済成長を迎えていく。
正義はどこにあったのか
中田は最後に、潰されたかと思えばまた持ち上げられ、戦争の影響で高度経済成長を迎えるという激動を振り返り、「誰が悪いのか、何が正義なのか」はこの流れを見ると分からなくなると語る。大政奉還の後、日本は海外に負けない立派な国を作りたかった。しかし巻き込まれていった。政治は政治だけでなく、経済や国際外交と密接に関わっており、自分たちの決定だけではどうにもならない経済的・国際的な環境がそれぞれの動きを決め、時代を作っていく、というのが中田の結論である。
授業は参考書がここで終わっているため、高度経済成長で完結する。ただ中田は、現代の経済や社会、イーロン・マスクやジェフ・ベゾスといった人物を扱っているのも同じ問題意識からだと説明する。今起きているのはどことどこの覇権争いで、自分たちはどこに巻き込まれているのか。その問いを考えるベースにしてほしい、受験勉強の足しにしても、ニュースを見るときの考えの材料にしてもよい、と締めくくっている。
どうも中田敦彦です。さあ、今日はいよいよやってまいりました。近代。ありがとうございます。近代がやってまいりました。この授業は、世界史は世界史で別の本、日本史は日本史でこちらの参考書を元に授業させていただいているんですけれども、その上でなんでわざわざこの出典を出したかと言いますと、この近代ってのは、見てください。もうほぼ戦争。1日にこんな数の戦争を書きます? そんな人いないでしょ。
この辺りの近代が、言ったらいろんな考え方の人がいるわけじゃないですか。ここなんですよ。やっぱり近現代の日本史、世界史、特に日本史は、いろんな考え方とか捉え方とか、いろんな説を言う人がいるから非常に教えるのが難しいんだというところを、やる立場になって分かるわけですよね。僕は学校の教師に思ってました。もっと近現代教えろよと。何をさらっと三学期、春休みを餌にぼんやりさせとるんやと。なんであんなに縄文の土器を根深くやったんだと。もっと近現代を教えなさいよと思ったんだけども、そこは結構難しいところではあるんですよ。
なので今回まず第1に、僕がもう絶対にこの説とか、絶対にこうだっていう風な立場ということではなくて、これに準拠した授業を今回はやりますと。その上でまた違う本に準拠したテーマ史とか人物史とかもやっていきますので、諸説あるということも分かりますし、いろんなご意見があることも分かりますので、それはコメント欄で皆さんの意見を言っていただいた上で、まずは知るきっかけになることは、誰の損にもならないんじゃないかという信念のもとにやらせていただきますので、何卒、お楽しみいただければと、ご理解いただければという風に思っております。それではやってまいりましょう。近代でございます。
前回、大政奉還が終わったところまでやりましたよね。本当にいろんな黒船が来航したわけじゃないですか。まずはロシアが来たんですよね。その後イギリスの船が来て、そこから最終的にはペリーが来ると。だからペリーが最初に来たわけじゃないですよ。イギリスとかロシアが来てて、その間も二転三転するんですよ。来た船をもてなす。いやいや大砲で迎撃する。いや、やっぱもてなす。すごいですよ。
その二転三転たるや、まずは撫恤令ってもてなす側なんですよ。「どうぞどうぞ」とかやってたら、イギリス船で1回、湾の中で色々揉めてそのまま帰られたっていう事件がありまして、「いやこれはちょっと揉めるよと、もてなしてる場合ですか」ってなってから、大砲撃てっていう風になったんですよ。でもその大砲を撃つっていうことやったら、それはそれでまた事件になっちゃったり、アヘン戦争とかあったでしょ。イギリスがすごい蒸気機関の船を作れるようになって、中国にアヘン戦争を仕掛けて、とんでもないことになってるのを見て、これ大砲を簡単に撃ち返したら、とんでもない戦争になってしまうと思って、やっぱりもてなすって切り替えるんですよ。すごいんですから。もてなす、大砲、もてなすですからね。グラグラしたんですよ。
そのグラグラした上で、いよいよ徳川の威信は終わりですよと。これはもう動かせませんということで、徳川慶喜が大政奉還したということは皆さんご存知。でもこの時の徳川慶喜の本当の思惑については、分かってらっしゃる方どうでしょうか? 多いでしょうか、少ないでしょうかってこと。ここ面白いなと僕は思ったんですよ。徳川慶喜は、要するに「もう無理です。ごめんなさい。諦めます。全部お返しします」ということではなかったんですよ。
これ何をしたかと言うと、大政奉還で、つまりこの徳川家への反感は逸らしたいんだが、新政府になった後も徳川家はそこのトップではいようと思ってたんですって。ここ結構意外でしょ。「新政府になっても徳川家はそこでトップでいさせてね」というための作戦だったんですよ。倒幕の大義名分ってのは、朝廷軍との対立をするのは、「それはお前、お上への反旗だなと。こっちは天皇陛下がいるんだ。反旗を翻すのか、幕府よ」というところだったんですけど、「いえいえ、お返しします」っていうことで、薩長の倒幕の大義名分を失わせようという作戦なんですよ。
これ敗北宣言ではなくて先手を打った作戦なの。「倒幕しようとしてきてんな、薩長どもめ」と。「いや、でも俺がお返ししたら、朝廷には全然礼儀は尽くしてますよ」ってやったら、薩長どう出るよ? こうなんですよ。「でも、1番トップとして今まで頑張ってきた徳川家をトップに、みんなで頑張っていけばいいんじゃない?」という慶喜の高度な作戦なんですよ。
そこで、うわっ、やられたと思った薩長が、「これはどうする? 新政府になってもまた徳川の言いなり。そんなの冗談じゃない。これから俺たちの時代なんだぞ。俺たちが塗り換えるために、徳川は潰さなきゃいけないだろう」っていうことで、やり始めたのが王政復古の大号令。これは聞いたことあるじゃない。大政奉還と王政復古の大号令って、なんとなく聞いたことがあるんだけど、なんとなくさらっと流れてたね。違うの。こことここが大攻防戦なんですよ。大政奉還という技に対して、そう来たか、王政復古の大号令! もうすごい、技と技のぶつかり合いなんですよ。
この王政復古の大号令っていうことで、「許すまじ徳川」と。「そんな作戦ではいけませんよ」ということで、まだまだ盛り上げて行こうぜ。王政復古だよ、徳川じゃないよ。徳川排斥運動なんですよ、これは。その上で戊辰戦争になるわけですね。
これ、江戸幕府の幕末が大変、うわぁってなった後に、大政奉還で一件落着みたいな雰囲気出る時あるじゃないですか。そんなことない。これから大揉めに揉めるというか、むしろここからずっと揉めてるから。日本っていうのは、江戸という時代があって、その太平の時代が終わってからずっと揉めてますから。ここをやっぱり認識しとかないといけないということですよね。
この戊辰戦争というのはこちらですね。榎本武揚という海軍の人がいるんですね。元々海軍の人がいて、その幕府方の人が、新政府軍の過激な攻め攻めのやり方に「私は納得いかないぞ」と。「私はそれには抵抗する」といったところ、やっぱ攻められるわけですよね。これはすごい戦いですよ。この地図を是非見ていただきたいんですけども、戊辰戦争だと。この戊辰戦争もいくつかの戦争の連なりなんですけれども、まずは鳥羽・伏見です。京都、押さえられちゃうわけですよね。新政府軍がバーンと押さえる。
その後、彰義隊っていう部隊が「いやいやいや、ちょっとやりすぎじゃないか、新政府」って言ったの。それに対してぶっ潰す。上野もぶっ潰す。京都から上野へ行ってぶっ潰す。その後、会津藩ですよ。これが問題なんだ、この会津藩が。会津藩は元々、新政府のやり方に対して「分かりました。もう従います」って言ったんですよ。言ったにも関わらず、「許さん」って言ったの、新政府は。なんでか。実は長州は1度会津藩にコテンパンにやられてるんだ。蛤御門の変っていうところで、1回、倒幕の時に会津にやられてんの。むちゃくちゃそこは復讐したいっていう気持ちがあるわけ。
だから会津が「いや、すいませんでした」って言うんだけど、「いや、許さん」って言って、「そのトップの首を出すまで許さん」。そういう風にしたんですって。そしたらその東北の諸藩が、「いやいやいや、会津もあの時は色々あったけど、同じ東北としてやりすぎだと思うよ」と、守ろうとしたんですよ。だけどそれに対しても「黙れ!」って、「首出せ」って、もう首を出せなんです。首ですよ。もう本当、戦国の感じがまだ全然ありますから。この時はもう戦国みたいなもんですよ。首出せ。
その「首を切れ」とかいう、「トップの首を切れ」の意味が本当の時だからね。本当に首を切らなきゃいけないから。そういう名残りなのかもしれないですね。良かったですね、我々は。クビになっても首は切られませんからね、我々は。だけどこの時、首切らなきゃダメだって言われて、それはさすがにやりすぎだっつって東北戦争に至るんですね。会津藩も潰されて、そしてそこから榎本武揚とか土方歳三とか、そこら辺の幕府軍の名残りは、北海道まで拠点を押されていくわけですよ。それで最後に五稜郭に立てこもって、そこも潰されて完全制圧ということなんですよ。
これ、幕府軍の方が数としては多かったんですって。じゃ、なんで負けたか? そこなんですよ。薩長はバックにイギリスがついてるから。イギリスの新式装備、近代化された軍。これに対してテクノロジーで負けてるんですよ。これは辛いですよね。侍の時代に、もう鉄砲を持った軍がやってくるっていう、そういうことになってた。その上で、京都からなんと北海道まで制圧に制圧を重ねて、新政府軍はそれにて明治政府というのを樹立するわけですよね。これ大きい戦争ですよ。
そこから大改革です。もうすごいですよ。廃藩置県、廃刀令、徴兵令。ここは聞いたことあるじゃない。でもこの廃藩置県っていうのは大事なんですよ。これ大事。これどれぐらい大事かというと、それまでは要するに各藩の自治に任されてたわけですよ。自治政府みたいなもんだったわけ。それを全部こっちの中央政府が作り直して役人を送るってやったわけ。
これいつ以来よ? いつ以来よって話。これ天智天皇以来じゃない? もしかしたら。ザーって日本史やってきたけど、天智天皇の公地公民制やったじゃん。あの時、豪族がいっぱいいたのよ。それをズバーンってやって、全部朝廷のもんってやって、その上で、あと役人置くからね。これ他にやったの、中国で言うと始皇帝だよね。郡県制っていうことにして、それまで春秋戦国時代とか言って、7つの国が争ってたところ、バーン平定して全部1個ってやった。この全部1個。オールワンみたいな。
そのやり方が天智天皇の時から崩れ始めて、全部うまく税金を徴収できなくて、コントロールできなくなって、墾田永年私財法。だんだん分けるようになって、そこから荘園ができて、その荘園を束ねる貴族が現れて、そこの周りをガードする武士が現れて、その武士が台頭して、その武士が貴族を打倒して、その武士たちが乱世を争って。その武士たちが乱世を争った後に、その武士たちの親玉であるところの徳川家康が、その武士たちをうまいこと、外様だなんだやったけれども、その中でも自治はしてたんだよ。
ずっとその公地公民が崩れてから、ずっと侍たちによってその土地は分割されてたところを、一気に廃藩置県でドンともう1度やる。ダイナミックに日本史見ると面白くないですか? だから要するに、土地をどういう風に使うんですか? っていう争いなんですよ、ずっと。ずっと土地について争ってる。
その上で廃刀令。これ初めてじゃないね、これも。刀狩とかもしてきたでしょ。もう何度も何度も天下を統一したやつがやる。秀吉ですよね。秀吉が「統一! もう戦争はいらない。関白である」って。「刀を全員よこすのだ」って。それでも結局戦争起こるんだから。その上で廃刀令して徴兵令。この廃刀令、徴兵令、廃藩置県。これ1番困った人誰ですか? ここなんですよ。1番困ったのは誰ですかって話。侍ですよ。
要するに、刀を持っちゃいけないってのは、前の刀狩りの時は農民とか、そういう農民やりながら兵士やってるようなやつらが、もう反抗しないようにってことでしょ。そうじゃないです。これは特権の排除なんですよ。侍という特権を排除して徴兵に変える。これは要するに全員をこっちが軍として使えるようにするという。それも中央集権なんですね。それぞれの藩に「上杉殿、兵を出してもらえますか?」とか、そういうこと言わない。もう全部が日本の兵士っていうことにする。
このことによって何がしたかったかと言うと、近代化したかったんですよ。これも天智天皇の時とすごい似てるよね。あの時も中国の圧力があって、中国の属国にバンバンアジアがさせられてる時に、「いやいや、日本は日本ですから」って。国号を決めて、日本っていう国にして、元号を大化という風に決めて、「こっちで俺たちやってきます」っつって、自分たちのチームを作ったわけじゃないですか。こういうことを今、欧米諸国、欧米列強に対して、このままじゃ潰されるから、イギリスやアメリカやロシアや、みんな来てるから、作んなきゃっていうのが、この長州、薩摩の新政府の大命題だったんです。
ただその結果、特権が失われた、侍の。近代化したいっていう正義と、今までの侍はどうすんのっていう正義がぶつかり合うんですね。なるほど、新政府のやりたいことは分かると。ただ急激な変化はものすごい反発を生むってのを歴史で見てますよね。もちろん天智天皇の時も反発がありましたよね。壬申の乱とか言ってね。天武天皇とも色々ありましたし。始皇帝だって結局急激な変更をしたが故に、いろんな反発を食らったわけじゃないですか。もちろん反発がある。そこで出てくるのが、来ました、西郷どんなんですよ。
ここでせごどんなんですよ。「もう刀ねえな」っつって、「商売もうまくいかないしさ」みたいになった上で、そういう人たちの不満が募る。そういう不満をこの西郷どん聞くわけですよ。元々はいろんな打開策を考えてたんだって。だけどなかなかうまくいかなくて、政府と決裂して、最終的にはその侍たちに担がれるわけですよ。「西郷どん、俺たちのこの悔しさ分かるだろ。西郷どんだってやってきたじゃん、ずっとさ、西郷どん」。「そうでごわす」みたいなね。「それはそうでごわす。もう新政府の気持ちも分かるが、それもそうでごわす」ということで、西南戦争に至るわけですよ。
だから大政奉還っていうのは、その後にこの2つの大きな戦争を生んでるから、決して幕末の終わりではないんですよ。ここでもって明治政府は成り立つわけですね。ただここも、やっぱり圧倒的に明治政府は強い。やっぱりテクノロジーには勝てないんですよ。このイギリス式の圧倒的な産業革命がもたらしたもの、でかすぎるんですね。だからそこのテクノロジーに早めに気づいた人たちと、まだ江戸でいたかった人たちっていうものの大きな戦いになるわけですね。やっぱりテクノロジーを搭載したこの軍隊に勝てなかったと。
ここで大日本帝国憲法決まるんですが、この辺りから、要するに力ではもう歯向かえないかもしれないということが分かるわけですよ、普通に。その上で、中から変えていかなきゃいけないんじゃないかという風に変わっていくのが、この政治の仕組みの変化ですね。ここで時系列を変化させていきますが、ここで大きな近代のこの3つの枠組みだけ覚えとくと、何が起きたのか分かるんですよ。
要するに、あれだけ色々やったのに、なんであんなに戦争したの? ここなんですよ。1番知りたいのって、なんで戦争にしなきゃいけなかったの? ここじゃない。ここを教えて欲しいじゃない。この回答に近づくには、この3つを分かっとくことなんです。藩閥政治、政党政治、軍部政治。この3つの流れに従って戦争に巻き込まれていくことになるので、なぜこうなったかを非常に見ていただきたい。
元々は、この大日本帝国憲法を決めた辺りから、伊藤博文、これ長州藩ですよね。だから松下村塾で、高杉晋作とかと一緒にいた、あの吉田松陰の弟子ですよ、この伊藤博文。これが「ヨーロッパに勉強に行ってこい」って行ってきて、その後どういう憲法がいいかなってなった時に、いろんな案があった。フランス式とかイギリスとか。だけど日本に1番フィットするのは、ドイツ式の君主権の強い憲法だろうということで、この大日本帝国憲法はドイツとかオーストリアのような君主権の強い憲法を、天皇から付与するという欽定憲法というやり方でやった。これだからバランスを見たんでしょうね。
そこから法治国家にするっていうのをやってんのも、法治国家にしたいなって思いついたわけじゃなくて、法治国家じゃないと列強に認められないからなんです。この辺りの、幕末の辺りで不平等条約結ばされちゃってるでしょ。通商なんとか条約とかあったじゃん。修好通商条約、日米修好通商条約。噛まないで言えない。修好通商条約ってあったじゃないですか。井伊直弼とかハリスとか、あの辺りで要するに分かんなくて、もうボーンと来て、それで脅されちゃって、その上で不平等な条約だけど、もう結ばされたわけですよ。
治外法権があったりとか、関税自主権がないとか、ああいうものを取り戻さなきゃいけないのは、近代的な軍備を取り戻して、近代的な法律国家にして、新しい列強と同じですよと。すごい最新の国なんですよって。やらないと追いつけないし、今のままだとずっと虐げられるぞと。その不平等条約の改正っていうところが大きな命題だったと。列強に追いつかないと不平等条約は戻せないぞ。今までのままで日本、舐められてていいのか。ここがあったわけですよね。なのでこういう法治国家にしました。
法治国家にした上で、まだこの薩長派閥、ずっと続くわけじゃないですか。もうすごいです。もう本当に薩長なんですよ。もう伊藤、黒田、山縣、松方、伊藤、松方みたいな。受験期、覚えたんですよね。俺、「いくやまいまいおおやいかさかさか」って覚えてるんですよ。受験期に覚えたの、そのまま出てくるんだね。「いくやまいまいおおやいかさかさか」。だから伊藤、黒田、山縣みたいな。そうそう。「さかさか」ってあるでしょ。さかさかって同じやつなのよ。西園寺・桂、西園寺・桂っていう人。「いくやまいまい」とか、やたら「い」出てくるなって言ったら、全員伊藤ですからね。博文ですからね。「ま」も何回か出てくるなって言ったら松方だったりとかで、要するに薩長、薩長ばっかりじゃん。それはどうなの。
でも反抗しても、もう近代装備があるから、戦争は無理よと。もう散々やったよと。だから中から変えなきゃっていうことで、政党政治に動き出すわけ。近代国家の流れとしてはこれは正しいよね。ということで近代国家にするには法治国家にしなきゃ。法治国家にして憲法も作るんだったら、選挙の仕組みも新しくしようぜっていう、中からの変革に切り替わるわけ。それは戊辰や西南で、武力による変革はもう無理だと分かったから、中からになるわけ。ここの流れは一見いいように思えるじゃないですか、政党政治が。だからその流れは良かったんだが、だが、ここを是非注目しといて欲しい。
政党政治の流れが芽生えて、例えば大隈重信とか板垣退助ってのは、薩長じゃないところで初めてなったところだったり。でもそこは、政党がまず最初にできるの、立憲なんとか会、立憲なんとか会、できるんだけど、そこもわーって揉めちゃってなくなっちゃったり、なかなか続かない。その後、原敬っていう平民宰相っての出てくるでしょ。あれも薩長でもない人がなったよっていうところで、だんだんそういうの混ぜて増えてくるわけ。増えてくるんだけど、それはそれで問題点があったらしいんだよね。
政党政治の問題点、何だと思う? ここなんですよ。政党政治の問題点。これ、我田引水ってあるじゃないですか。自分の田んぼに水を引くっていうね。我田引鉄って言葉が、この政党政治の成熟期に言われ始めるわけ。我田引鉄。鉄、これ鉄道の鉄なのよ。要するに、それまで薩摩長州っていう、勝ったからっていう権力者が、勝ったから支持を得てて、独占しているから自分たちで決めてくんだよね。だけど今度は政党政治になったら、国民の有権者の、特にこの時の有権者ってのはまだ閉じられてる。お金持ちだから。お金持ちの支持を得ないといけない。
じゃあ地元のお金持ちの支持を得るにはどうする? 鉄道を引くっていうのがあったんですって。ですからこの頃の鉄道ってぐにゃぐにゃだったりするんだって。なんとか有権者に支持を得るために、鉄道引きますよ、引きますよってやってぐにゃぐにゃになった。だから政党政治もまだ未熟な状態ってことですよ。まだそこがうまくいってない。ただそれ、未熟なのか今でもそうなのかってところ、まだあるよね。政党政治の難しいところってのは、政党同士でやたらと争っちゃうっていう内揉めに終始するところと、人気取りのためばっかりの政策になっちゃうっていうところが、早くも出てきたっていう。
そんな中ですよ。色んなものに巻き込まれていきます。まずは対外的な、これね。まず最初に言っとくのは、この時の日本は、もうとにかく欧米と中国。英米露中、ここに囲まれて、うわあ、この中で選択肢を取っていくって作戦なんですよ。中国はこうだろ、イギリスはこうだろ、アメリカこうだろ、ロシアこうだろ、じゃあこうだっていう。もう本当にいろんな思惑の中で、次こっち、こっちって。今までは江戸で国の中にいたじゃないですか。貿易はしてたけど、あんまり侵略とかはなかったわけですよ。
ところが産業革命によって欧米列強がアジアにガンガン行ったでしょ。インドも中国も大変な目にあっていくわけじゃないですか。そんな中で日本も、もうこっちまで来てんぞーの中で、さらに開国もしてどうする? だからゲームが圧倒的にインターナショナルになってるわけ。インターナショナルのゲームでプレイヤーが圧倒的に増えて、国の選択肢が、とにかくすぐ選んでいかなきゃいけない。
そんな中でロシアが南下してくる。ここなんですよ。これは世界史でやりましたよね。ロシアはなんで南下するのって、ここなんですよ。ロシアはとにかく寒いんだ。ここだけ。ロシアはとにかく寒いの。だから港が凍ってるんですよ。だから凍らない港欲しいって、本当に欲しい欲しい欲しいって言って、ヨーロッパ、地中海に出ようとしては、イギリスやフランスやドイツに阻まれてきたわけじゃないですか。なんだよと。何度も何度も。「待てよ? 逆サイ空いてるやーん」が日本だったんですよね。中国、日本とかの方に行ったらええやんけっていうので、ザザっと行こうとするわけ。
そんな中で1番、この日本近海で日本が押さえられるとまずいところが、この中国と韓国なんですよ。朝鮮ですよね。中国と朝鮮。ここまでロシアが南下してきたらもうやばいっていうところがあるから、ロシアを抑えたいっていう気持ちがあった。その上で朝鮮半島をまずは日本と中国で争う。この日清っていうのは、朝鮮半島に対する日本のロシア警戒と、その中国の支配維持との戦いなんですよ。ここなんですね。
だからこの後、日露行くでしょ。なんで日清と日露ってそんな立て続けにしたのって思わなかった? そんな、まあ落ち着けよとか思うじゃない。まあ落ち着けよ。日清、日露、まあ落ち着けよと思うんだけど、そうじゃないんですよ。これは実は1個の目的なんですね。ロシアの南下を警戒していた日本が、朝鮮半島をなんとか押さえたいっていう気持ちと、中国の思惑とロシアの思惑。ただここ、2つとも勝つんだよね。なんでだ。ここなの。ここがしっかり分かってないと。日本がもちろん頑張ったってのはあるかもしれない。ただここなんですよ。イギリスなんです。
だから結局、幕末も動かしたのイギリスでしょ。だって薩長に武器を与えて、イギリスが長州の軍団をむちゃくちゃ強くしたわけじゃないですか。結局イギリスなんだよ。インドもイギリスだったよね。中東もインドも、もうとにかくイギリスよ。日本の開国もとにかくイギリスなんですね、そう考えたら。その後の日清、日露、これイギリスなんですよね。
日清でこれポイントだったのは、日本は、イギリスが結局ロシアの南下を防ぎたいと思ってた。うわ、逆サイ行ったなと思ったけど、いやいやそうはさせねえぞ。「おい日本、ちょっとサポートしますよ」ということで許可をして、日本はイギリスの許可を得て清を攻めてるからね。そこなんですよ。それで日本は清に対して近代軍備、これもイギリスからもらったよね、で勝つわけですよ。
その上でいよいよロシアとぶつかるんだね。いろんな動乱があるんですが、ただその中でも固めてる。日英同盟、固めてるんです。ここで固めといて、日露をギリ、ギリ勝ちます。これもうギリです。なぜならロシアがその時、結構中で革命とかも起きてたりして、色々あったでしょ、あの時のロシアね。その世界史で教えたように。だから本当に向こうがちょっと自滅気味の中で、じゃあ講和条約みたいな、ギリ勝つわけですよ。だからここもイギリスの思惑だよね。そう考えたら、ここずっとイギリスの思惑通りっていう風に思えるかもしれないね。だから利害関係があるわけですよね。
そんな中、この第一次世界大戦もここなのよ。日英同盟の中で巻き込まれていくわけ。だってヨーロッパの戦いだからね。関係ないでしょ。日本がこっち側の、いわゆる三国協商、三国同盟ってあったね。あっちのイギリス側についたのは日英同盟の流れですから。
ここ、日韓併合が起きるんだよね。だから朝鮮半島を、そのロシアからの防備っていう面もあったと思うし、その上で領土を広げたいっていう面もあったと思うんですよ。その上で韓国を併合するわけ。だからこの辺りは非常に遺恨になってるよね。この辺りの反日感情とか反日の運動で、この伊藤博文もやっぱり韓国で暗殺されるわけじゃないですか。初代総理大臣ですよ。でも韓国で暗殺されてるからね。そこは結構大きい事件なわけなんですよね。その辺りはこういう流れがあったんだよっていうところは、押さえておきたいところ。
第二次世界大戦。ただこれは、第一次世界大戦の時は日本はむちゃくちゃ好景気になります。なんでかというと、要するに戦勝国側の味方として参戦するし、そのイギリスとかのサポート行くでしょ。だけどヨーロッパが戦地だから、全然こっち影響ないわけですよ。つまり、いろんな商品を売るだけ、イギリスとかに。だからやたらと好景気なんだね。あと中国とかアジアから、イギリスとかヨーロッパの商品が撤退するから。そっちにも売り放題なんですよ。すごいでしょ。
やったーと。ヨーロッパが戦争してる間にアジアでもすごい貿易はかどるし、あっちにも商品売ったり、こっちにも商品売ったり、もうバカスカ売れますわっていう、そういう非常に儲けた時期があったんですが、これが逆にその後大変なことになるんだよ。この政党政治から軍部政治への流れっていうものが1番怖いところじゃない。なんでだろうって思うところじゃない。
ただここがものすごいの。第一次世界大戦で好景気に湧いた後、まずこれ見て。4連発のパンチ来ます。恐慌って1発で嫌じゃん。絶対に嫌じゃん。4発来るから。まず第一次世界大戦が終わった時に、ヨーロッパの商品が全部アジアに戻ってくるんですよ。なので貿易が捗らなくなるわけ。今まで売れてたものが売れないっていうことで、戦後恐慌ってのが起きるわけ。え、今までの調子で商品ガンガン作ってたのに、今まで通り売れない。これ、在庫だけ抱えるわけじゃないですか。あれ、商売のやり方変わっちゃった、でドーン。戦後恐慌、まず訪れます。
その上で来ましたよ。ここなのよ。このタイミングなの。関東大震災が起きたことは知ってるでしょ。でもいつだったっけって、なんとなくあやふやじゃない? ここなの。第一次世界大戦後の戦後恐慌の、その後に大震災が起きて、関東一帯、大壊滅状態になるのよ。それによる恐慌。その後、金融政策で財務大臣とかがちょっとやらかしてしまったらしくて、失言とか、その政策とかでやらかしてしまったらしくて、金融でも恐慌になるわけ。戦後恐慌、震災恐慌、金融恐慌と来て、もうボロボロですよ。だからもう3パンチ食らってるからね。
戦後、ボンボン。あれ、なんかすげえいいの入っちゃった。今まで攻めてたから。攻めてたからイエーイみたいな。貿易放題だぜ。第一次世界大戦で、やったぜ、イギリスの味方でよかったーってやって、ワーってニコニコでやってたら、いきなり戦後恐慌、ガーンと食らうわけ。その後に震災恐慌食らう。あれ何これ? って金融恐慌、バーンって顎が上がるでしょ。もうアッパーで。分かんない、アッパーかどうか。イメージ、アッパーボーン。ジャブで右フック食らった後に、アッパーでボーンなった後に来るのよ、世界恐慌が。
とんでもないでしょ。世界恐慌だよ。あれが来ちゃうわけ。日本にも昭和恐慌、とどめの。もうボロボロで、フラフラで、顎が上がってる状態で必殺のパンチがお見舞いされるの。全世界を飲み込む最強のパンチがそこで日本に繰り出されるわけ。それで日本はリングの外に吹っ飛ぶわけですよ。ボーン。すごいでしょ、これ。とんでもない。むちゃくちゃ、第一次世界大戦の関東大震災と恐慌のこの4連発パンチで、リングの場外に吹っ飛ぶぐらいのとんでもないことになるわけ。その時に政党政治だったわけよ。
要するに藩閥政治良くないじゃん、政党にしよう。自由民権運動だってやって、政党政治がようやく、ようやく成り立って、2大政党の、ちょうどイギリスとかアメリカみたいになったわけなのよ。2大政党でああだこうだやってた時にボコボコになるわけ。全員が「お前らのせいだろ」ってなるわけですよ。「政党政治、お前ふざけんな。何やってんだよ」ってなるわけ。「なんだ政党政治、こんな状態なのに。お前たちが日本こうしてんじゃねえのか。もっと経済よくしろよ。ボロボロじゃねえか」っつって、政党政治がボロカス言われちゃうわけですよ。
全員が「なんだよ、政党政治、もう無能じゃない?」みたいな、これなるわけ。しかも「なんかその我田引鉄みたいなことしてる? お互いの失言を取り合ってなんかやってる? お前、国家の危機に2大政党とか地方に鉄道とか、そんなことやってるからダメなんだろうが」って、うわーと。ものすごくアゲインストになるわけですよ。
そんな時に軍の力が、発言力が湧いてくるわけですよ。軍が「変えますから」と。「私たち、このボロボロの日本を変えるから」と。「やっぱり中で争ってたってしょうがない。外をばっちり押さえなきゃいけないだろう」っていう人たちに、今までの政党政治のボロボロから変えてくれるかもしれないって、国民の世論が動いたんですよ。世論が動いたの。国民が選択してったのよ、こっちを。そういうことなんですよね。
そんな中、この軍部と、内閣と軍部がだんだんパワーバランス、変わってくるんですよ。政党政治で、国民の支持を得てた政党が軍もコントロールするわけなんですが、要するに内閣の支持率が非常に低いと、軍の人気が非常に高いと。その上で海軍と陸軍でもかなり指揮系統とか違ったんですね。陸軍はこう、海軍はこう、結構もうバラバラになっちゃったの、上層部が。その上でこの軍部が暴走し始めて、満州事変が起きるわけですよね。
その関東軍っていうところが、満州に国を作るんだという風に、領土を広げることで、満州によって日本を救おうと。あれは要するにこうなってる、ボロボロの日本をなんとか変えなきゃということで、そういう行動に出た陸軍がいたわけですね。それをコントロールできなかった内閣が総辞職したりとか、本当にパニックの状態だったわけですよね。なんでそんなパニックだったのって。本当にそうだったの? 本当にそうだった。だって五・一五事件ですよ。これすごいよね。
だって時の首相でしょ、犬養毅。それが普通に暗殺されるわけだから。バーって、軍の将校がクーデターだって攻めてくるんだね。バーンって開けて、バーンって銃構えられて、犬養毅が「話せば分かる」って言った時に、その軍の若いやつが「問答無用」って言ってバーンって撃つという。「話せば分かる」「問答無用」。もうこんな時代ですよ。話してみて欲しかったけどね、個人的にはよ、本当に。気持ち分かるけど、1回話してみて欲しかったな。怖いよね。「話せば分かる」っていうものに対する回答として怖すぎるよね。
だからこれで五・一五事件、二・二六事件と、軍のクーデターによって政府の内閣が覆されちゃうようなことが起きるわけですよ。それを鎮圧はするんですけれども、結局、軍の影響力ってのが拡大してることは止められないよね。そんな中で日中戦争に行くということなんですよね。
この辺りがだから相当ハードでしょう。日中戦争。だからこの辺りの中国って、もう列強にむちゃくちゃ占領されてるんですよ。ズタズタ。ズタズタの中国。それが一気に、中国史でやったよね。もうボロボロになってんじゃないですか。この満州で張作霖とかが爆殺もされて、張学良が「おい、内乱やってる場合じゃねえだろ。俺らの中国もシマシマになってんぞと。あそこもあそこも欧米と日本にやられてんだよ。一緒になんなきゃダメなんだよ」っつって、国共合作して戦いが始まるわけですよね。
この満州と中国の一連の戦いに対して、アメリカがNOを言うわけですよ。「おい、日本、ちょっと待て」と。この辺りからピリつき出すの、アメリカと。これまで今まで出てこなかったよね、あんまりアメリカ対日本って。この満州と日本っていう、この日本大ピンチ状態からの、その、ここら辺まで布石だったわけですよ。朝鮮半島とか台湾とかそこら辺。そこから満州まで食い込んでった時に、「あれ? これ欧米の、俺たちの権利も侵害してくんじゃない? いやいや日本、お前やりすぎだろう」。ここなんですよ。
これでアメリカの対日輸出、石油の対日輸出とかを禁止されるわけ。経済制裁に入る。ABCD包囲網。聞いたことあるでしょ? ABCD包囲網。Aがアメリカ、Bがイギリスね。Cがチャイナ、Dがオランダね。だから「お前ら、そんな横暴するんだったら経済的にストップするぞ」。経済的にストップするぞって言われて、体力今ありますか? 厳しいんですよ。やばいんですよ。経済的にやばいっていう理由もあってこっちも行ってんのに、経済的に締めつけられちゃう。包囲網されちゃうわけ。その上で国際連盟とかを脱退するわけでしょ。ここなんですよね。
だから本当に追い詰められたんだろうね、この時の日本って。「こんな輸出を止められるんだったらもう無理です」と。「これやばいから、もう先手を打ってアメリカに行ってやれ」っていう。それがあの真珠湾でね。困窮して、「おい、お前」っつって。「お前そんなことやってたら、お前シメちまうぞ」って言われたから、もうダメだってなって、喧嘩、宣戦布告とかじゃなくて、いきなりガンっていう、石を投げる状態ですよね。ガーンっていって、そこからですよ。勝てるはずのないこの国力差に飛び込んでいったんですね。
もちろん、それまでの日本は台湾、朝鮮半島とか、あと東南アジアとかも結構押さえていて、大東亜共栄圏、いわゆるすごい、日本の占領地って大きいんですよ。世界史上で最大の占領面積っていうと大英帝国ですよね。そこからモンゴルの元の帝国があって、それからロシア帝国とか色々あるんだけど、結構な上位に大日本帝国入ってますから、是非見てください。その時の日本の地図見るとびっくりすると思います。我々の知ってる日本の地図と違うからね。朝鮮半島も台湾も東南アジアも入ってるっていう日本地図が出てくる。それは世界史上で見たらベスト20ぐらいに入る広大な領土だった。それがどういう状態だったのかは我々は推測するしかないんだけれども、その辺りで太平洋戦争に移行していくわけですよね。
最初良かったんですよ。最初やっぱ奇襲攻撃ですから。ただやっぱり向こうが準備を整えてやってくるでしょ。そしたらどんどん負け出すんですね。ミッドウェーだなんだかんだで、ガダルカナルだなんだかんだで負け出して、沖縄がやられた時にもう負けが確定してた。ここで最大のミステリーが来る。原爆投下だ。ここなんですよ。負けが確定してるのに、なぜ原子力爆弾を長崎、広島に落とす必要があったのか。ここ、かなり論じられるところだと思います。
その上で僕、この本とこの本、ごめんなさい、どっちだったかな? 勉強したんですけども、その上で書いてあったのは、これもトルーマンっていう人が落としたらしいんだけども、大統領がね。そのトルーマンの記述によると、この太平洋戦争の後半でソ連、その時ロシアが崩壊してソ連だったね、ソ連が日本への宣戦布告するわけですよ。日本に参戦するぞってなるわけ。それで日本は、ああもう無理だって言ってポツダム宣言を受諾したっていう風に書いてあるんだけど、このソ連が来るぞっていうのはアメリカも分かってた。
これで最後、ソ連も一緒に日本を落としたってなると、日本を単独占領できないんです。なので、アメリカが単独で日本を潰したという、早めに日本を潰すためにとどめをさしたという説があるんですよ。いろんな説があるけどね。ここには実験だったんじゃないかとか、いろんな説があるけども、その説、ここに書いてありました。これですよね。だからすでに終戦前から米ソの冷戦の構図が予感されてるわけ。そしてそれに結局翻弄されてるわけ。イギリスに翻弄されて、中国を巻き込んで、ロシアに翻弄されて、アメリカに翻弄されて、そしてまたアメリカとソ連の対立に巻き込まれていくと、そういうことになってくるわけですね。
ここで来るのがマッカーサーですよね。この日本が日韓併合したやり方とは全然違うやり方で統治するんですよね。日韓併合の頃とかは、日本語を、だから大日本帝国は日本語を全部習わせたりとか、宗教の自由を認めるとか認めないとか、そういうところでかなり強い支配の仕方をしてたんだけども、このマッカーサーも色々聞いたらしいんですよ。日本をどうやって占領するか、完全に潰すかどうか。戦争責任をトップに取らせるかどうか。そこも含めて。だけどこれは日本って国、完全に潰しちゃうと、これ多分歴史上まずいだろうというところを判断して、天皇制を維持して間接統治を
するというやり方を選ぶんですね。その代わり財閥は解体するぞ。民主化はするぞ。ここを進める。ただこれがまた中途半端に終わる。それはなぜか。前も申し上げましたけども、この財閥解体がうまくいかないんですよ。
財閥って元々何か知ってます? 財閥って元々、政商、政治の商売。政商。政府と密接に関わりのある商人団体のことですよね。商売をやってる人。それが要するに日露戦争後に、重化学工業、重工業に、非常に産業革命がもたらされるわけですよね。その発展の時に政府と強い結びつきのあった三井、三菱とか、住友とか、そういうところがドーっと伸びていったのが財閥というふうになるわけですね。それもやっぱり戦争とか政府が関わってるわけなんですけども、そこを解体するぞってやったんだけど途中でやめちゃうんだよね。いやいやいや、解体ちょっと待って。これぐらいにしといてやるわ。なんでか。朝鮮戦争が始まるんだ。
この朝鮮戦争というのは朝鮮の内乱ではない。米ソの代理戦争なんですね。北朝鮮を作ったのがソ連、韓国を作ったのがアメリカ。その米ソとの覇権争いを朝鮮半島でやったことで、北緯38度線でバツーンと分かれてしまって、それは今も分かれたままであるということなんです。
この朝鮮戦争を支援してもらうためには、日本、お前をこのアジアの基地にしなきゃいけないんだっていうことで、潰すのやめてもうちょっと味方にしとくって、こういうね、こっからのこうですよね。こういう状態にした上で、この朝鮮半島の特需によって日本は奇しくも高度経済成長を迎えていくんですよ。激動だよね。もう潰されたけども、またもう1回持ち上げられて、その上その戦争の影響で高度経済成長を迎えていく。
誰が悪いの? 何が悪なの? 何が正義なの? この流れを見せたらわかんなくなるでしょ。正義ってどこにあった? 大政奉還してどんな国を作りたかった? 海外に負けない国を作りたかった。立派な国を作りたかった。でも巻き込まれていくんですよ。
その上で理想と現実、理想と現実。この恐慌とか経済とか、要するに政治ってのはただ政治だけじゃないですね。経済とも密接に関わってるし、国際的な外交とも密接に関わってる。自分たちの決定権だけでは何ともできない経済的な環境とか国際的な環境がそれぞれの動きを決めてって、時代を作ってく。正義はどこにあったんだろう。これを考えるきっかけになるのが、そしてこの先だよね。
今日ここで僕は完結します。なぜなら、ここでこの本は終わってるからなんですよ。だけどこの後も、僕は現代の経済とか今の社会とか今の偉人伝、イーロン・マスクとかジェフ・ベゾスとかをやってるのもそういうことなんですよ。
今起きてるのって何の戦争? どことどこが覇権争ってんの? ニュース見てたらなんとなく分かるじゃないですか。今どことどこが覇権争ってて、俺たちはどこに巻き込まれてるのか。そういうことを考えるきっかけになるベースになったんじゃないかなと。
受験も勉強の足しにもしていただいても結構ですし、その上でニュースを見る時の自分の考えの足しにしていただいても結構です。僕はまだまだ皆さんと面白い授業をやっていきたいと思ってます。ではまた。
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