アメリカは何と戦ってきたのか——中田敦彦が9つの「対決」でたどる250年
中田敦彦のYouTube大学 - NAKATA UNIVERSITY中田敦彦の「エクストリーム世界史」で、初めてアメリカ史を単独で扱った回である。中田はアメリカの歴史を「アメリカは一体何と戦ってきたのか」という切り口で整理した。宗教的弾圧、イギリス、メキシコ、南部、スペイン、ドイツ・日本、共産主義、中東、中国という9つの対決を順に追い、新興国が最強国へ上り詰める過程を約1時間で語っている。参考文献は関眞興『一冊でわかるアメリカ史』(河出書房新社)で、動画中の多くの逸話はこの本によるものとして紹介されている。
なぜアメリカ史は捉えにくいのか
中田によれば、アメリカ史をまとまった形で理解しにくいのは、世界史に登場する時期が遅いからだ。中国は何千年、ギリシャは紀元前から哲学を論じていたのに対し、アメリカには約250年の歴史しかない。世界史の授業でアメリカが出てくる頃にはすでに近現代に入っていて、それまでの国々の話を覚えるだけで精一杯になる。そのため、アメリカだけを取り出して学ぶ機会がほとんどない。中田は、アメリカが最強国へ駆け上がった勢いこそ見る価値があり、テンポよく語る「エクストリーム」な形式に合う題材だと考えた。
導入では、コロンブスとアメリゴ・ヴェスプッチに触れている。スペインの支援を受けたコロンブスは、先住民をインド人だと思い込んだまま帰国した。日本では「発見者」として好意的に語られがちだが、参考書籍によると、近年のアメリカでは現地の人々を虐殺した人物というイメージが強いという。中田は、こうした「知らなかった」話が今回はたくさん出てくると予告した。その後、イタリアの冒険家アメリゴ・ヴェスプッチが南米まで到達し、そこがインドではなく新大陸だと判明した。アメリカという名前はこの人物に由来する。
vs宗教的弾圧:ピューリタンとボストン
最初の対決相手として中田が挙げるのはカトリック、つまり宗教的な弾圧である。ヨーロッパではキリスト教が大きな力を持ち、なかでもカトリックは厳格な階級制度と豪華な教会を備えるようになった。これに異を唱えたのが宗教改革で、免罪符を買えば天国に行け、金がなければ行けないのはおかしいと抗議した人々がプロテスタント(「抗議する者」)である。中田の説明では、イギリスでもカルヴァン派のプロテスタントが迫害を受けていた。彼らは信仰の自由を求めて新大陸へ渡り、植民地を築いた。これがピューリタン(清教徒)であり、アメリカの始まりだという。
ここから中田は、アメリカが基本的にプロテスタントの国であることを強調する。カトリックの大統領はきわめて珍しく、初めてのカトリック大統領はずっと後のケネディだった。また当時の中心都市はニューヨークやロサンゼルスではなく、のちにボストン茶会事件の舞台となるマサチューセッツ州のボストンだった。ハーバード大学がこの時期にすでに設立されており、当初の目的はピューリタンの指導者を育てることだったという。マサチューセッツにMITなど有力大学が集まっている理由も、中田はボストンがピューリタン時代の主要都市だったことで説明する。ニューヨークはもっと後の都市で、もとはオランダの入植地ニューアムステルダムだった。イギリス以外の国々も入植していたのである。
vsイギリス:重税、独立戦争、ミニットマン
13の植民地ができ、信仰の自由は手に入れた。しかしイギリスの植民地という立場からは逃れられなかった。中田は当時のイギリスを、全国に一気にチェーン店を広げた会社にたとえる。東京から鹿児島に出店すれば輸送も管理もコストがかさむように、産業革命の力で世界中に植民地を持った大英帝国も無理をしていた。その費用を新大陸に重税として課したため、宗教のために逃げてきたのに重税まで課されるのかという反発が起き、ボストンで輸入茶を海に投げ捨てる事件に至った。中田はこの章に「新しい国家を作れ編」という副題をつけている。信教の自由を守るだけでは足りず、国家を作らなければ独立できないという段階に入ったという意味だ。
独立戦争とはいえ、イギリスの国力は桁違いで、まともに戦える相手ではなかった。中田はアメリカが勝てた裏事情を二つ挙げる。一つはフランスの支援である。イギリスと覇権を争っていたフランスは、イギリスを内輪もめさせる狙いで植民地側についた。もう一つは「ミニットマン」の存在だ。開拓民は普段から猟銃で動物を狩っていたため、召集がかかると1分で駆けつけられた。それがこの呼び名の由来だという。彼らは森の地形を熟知していて、どこに沼や茂みがあるかを知っていた。長い船旅で到着したイギリス軍を森に誘い込んで打ち負かした。中田は、フランスの支援を受けたミニットマンの存在が、最強国イギリスが独立戦争に敗れた理由だったと説明している。
独立宣言の矛盾と「国家2.0」
独立宣言について、中田は冒頭に矛盾があると指摘する。「人間はすべて平等である」と書くとき、起草者たちは迷ったという。アフリカから黒人を奴隷として連れてきて働かせていたからだ。この矛盾がのちにアメリカを苦しめることになる。
独立戦争に勝利した後の国家建設の順序も紹介している。最初に作ったのは憲法だった。今では当たり前に思えるが、当時は新しい試みだったと中田は言う。最初の憲法的なものとされるイギリスのマグナ・カルタは寄せ集めであり、人権意識に基づいて一から憲法を作り、それに従って運営される国家はまだ存在しなかった。中田はこれを、最強国イギリスからベンチャーとして独立した「国家2.0」と表現している。
次は通貨である。ドルの語源は、ヨーロッパで使われていたターレル銀貨のスペインでの呼び名「ドレラ」の英語形だという。中田はここに、大航海時代以来のスペイン経済圏の影響の大きさを見ている。
首都についての豆知識も語られた。13の州が連邦を組む国なので、首都が特定の州に属すると揉める。そのため特別な場所に首都を置くことにした。中田の説明では、首都用に最初に建設されたのはフィラデルフィアで、2代目大統領はフィラデルフィアで就任の挨拶をし、3代目大統領が初めてワシントンD.C.で挨拶した。D.C.はディストリクト・オブ・コロンビア(コロンビア特別区)の略で、どの州にも属さないことを示している。
憲法の制定過程では内部対立もあった。州が独立しているのに連邦を作るという仕組みは日本人にはわかりにくいが、当時の人々にとってもわかりにくかったと中田は言う。州の権限を守るため連邦政府は小さく弱くてよいとするリパブリカン(共和派)と、強い連邦がしっかり統治すべきだとするフェデラリスト(連邦派)が争い、それでもなんとか憲法でまとめた。
vsメキシコ(前編):ナポレオンからの買収とホワイトハウスの由来
独立当初の国土は、ミシシッピ川より東の13州だけだった。中田はアメリカの地図を「ハンバーグ」の形に描き、その東側3分の1にすぎなかったと説明する。ここからが「大陸全土を手に入れろ編」で、最終的な対決相手がメキシコになる。
ミシシッピ以西の中央部はフランスが持っていた。転機はナポレオンの登場だ。中田はナポレオンを、勝てる戦いを見極める天才軍略家で「西洋版の孫子」と呼ばれる人物と紹介する。ナポレオンが試算すると、北のカナダはイギリスががっちり押さえていて、イギリスの後押しでカナダから南下されれば中央部は守り切れない。守れない土地を持ち続けるより売却した方がよいという判断は、ライバル会社に潰されそうな事業を早めに売って利益を確定する企業家の発想に近いと中田は言う。売却の話が出た瞬間にアメリカが飛びつき、国土は一気に倍になった。
勢いづいたアメリカはカナダを奪おうとして米英戦争を起こすが、大敗した。イギリス軍は首都ワシントンまで攻め込み、大統領官邸を焼いた。当時は「ホワイトハウス」という名前ではなかったが、焦げ跡を隠すために白く塗り、それ以来ホワイトハウスと呼ばれるようになったという。中田はホワイトハウスを、カナダを手に入れられなかったことの象徴と位置づけている。北をあきらめたアメリカは、次にスペインからフロリダを買収した。
vsメキシコ(後編):ゴールドラッシュ、リーバイス、ジョン万次郎
残る南西部は、独立したメキシコの領土だった。アメリカはメキシコと戦い、テキサスとカリフォルニアを獲得する。中田がこの地域を「大ラッキーゾーン」と呼ぶのは、奪った直後に金鉱が見つかったからだ。各地から移民や労働者が押し寄せ、ゴールドラッシュが起きた。体がボロボロになるまで働く労働者向けに、ドイツ移民のリーバイ・ストラウスが丈夫なジーンズを作って売り、デニム王になった。中田は、金を掘る人々の服を作るという発想を高く評価している。
ここで日本史との接点として、ジョン万次郎の話が挟まれる。コロンブスの頃に日本は関ヶ原の時代で、この間の日本はずっと江戸時代だと中田は時代感覚を整理する。漁師の少年だった万次郎は嵐で遭難し、アメリカ船に救助された。ハワイで仲間の多くは船を降りたが、万次郎だけはアメリカを見てみたいと乗り続け、たどり着いたのが西海岸だった。そこでゴールドラッシュに参加して金を貯めて帰国し、幕府に取り立てられた。中田は「リーバイスを履いていたかもしれない」と冗談を交えつつ、ゴールドラッシュ、リーバイス、ジョン万次郎をセットで覚えるよう勧める。今のカリフォルニアやロサンゼルスはメキシコから奪った土地だ、という点も改めて強調した。こうして東半分はイギリスと戦って、中央はフランスから買って、西半分はメキシコから奪って、「ハンバーグ」全体が手に入った。
vs南部:綿花と奴隷州・自由州
国土がひとつになったからこそ南北戦争が起きた、と中田は指摘する。当時のアメリカは今のIT大国、工業大国というイメージとは違い、農業大国だった。とりわけ綿花がよく採れ、摘み取りの手間を省く機械も登場した。それでも大規模農家の多い南部では大量の労働力が必要で、奴隷が酷使されていた。
国がひとつにまとまろうとする時期に、独立宣言の理想とこの現実がぶつかる。平等の国として憲法を作りながら目をつぶってきた奴隷制を続けてよいのか、と北部は問題にした。中田によれば、北部は南部ほど農業に恵まれず工業に力を入れ始めていたので、奴隷をあまり必要とせず、そう主張しやすかった。州の権限が強い国なので、奴隷を認める奴隷州と認めない自由州が分かれ、北部に自由州、南部に奴隷州が多くなった。新たに州が加わるたびに、住民投票で決めるのか、連邦政府の立場はどうなのかと揉めた。ミズーリ協定で境界線の北にできる州は自由州、南は奴隷州とする案も作られたが、不満は収まらなかった。北部は工業が栄えているから言えるのだという反論と、人道的には北部が正しいという主張が衝突した。
リンカーンは解放者か、戦略家か
そこに登場するのがリンカーンである。「人民の人民による人民のための」という言葉と髭のイメージから、奴隷解放と人権の象徴と見られがちだ。しかし中田は、調べてみると実際は勝つために動く非常に優れた戦略家で、雄弁な人物だったと語る。
その例として挙げるのが、イリノイ州でのダグラスとの論戦である。ダグラスは、自由州が増えると奴隷州が追いやられると危機感を持つ奴隷制支持派のベテラン政治家だった。新人のリンカーンは対抗馬として、公衆の面前で奴隷制への立場をはっきりさせるよう迫った。中田の説明はこうだ。イリノイ州には奴隷制に反対する人が多く、反対を表明すれば州内では人気が出る。ところがダグラスは大統領の座を狙っていて、全国的な支持を得るには南部を失うわけにいかないため、立場をぼかしたかった。それを見抜いて公開の場で追い詰めたリンカーンを、中田は「なかなかに狡猾」と評する。奴隷問題を政治戦略の要にしていたのであって、個人としてどちらの主張だったかはあまり関係がないと言われている、とも述べた。人道的には解放した方がいいと言いながら、この州は別にいいのではないかとバランスを取る面もあったという。
奴隷解放宣言についても同じ見方をとる。中田によれば、リンカーンは中盤まで、南部の奴隷は解放するが北部の奴隷は解放しなくてよいという戦略をとった。南部の奴隷が反乱を起こせば北部の味方になる一方、北部の資本家を敵に回したくなかったからだ。北部の勝利が見えてきた段階で、これは国内の政治抗争ではなく世界の自由をかけた人権問題だと国際的に宣言し、自分をヒーローとして印象づけて国際世論を味方につけた。それでも結果的に奴隷解放は前に進んだので、後世の評価は高い。
南北戦争の決着から数日後、リンカーンは劇場で暗殺される。南部出身とされる犯人は「暴君はいつもこうやって死ぬ」と言ったという。中田は、リンカーンが自由と奴隷解放の象徴だったのか、権力に取りつかれた暴君だったのかという問いを視聴者に投げかけている。黒人や奴隷をめぐる問題はその後も続くが、ここで一つの決着を見た。
大陸横断鉄道、金ぴか時代、フロンティアの消滅
中田によれば、米英戦争の傷跡がここでプラスに働いた。イギリスとの貿易が疎遠になったことで、国内産業を育てなければという危機意識が高まり、大陸横断鉄道の建設に乗り出したのだ。リンカーンが10年かけて作ると言ったとされるが、本人は完成前に亡くなった。同じ頃にベルが電話を発明するなど発明が相次ぎ、貨物は蒸気機関車、人は電車という時代へ移っていく。1800年代後半は「金ぴか時代」と呼ばれた。
ただし中田は、その繁栄は永遠ではなかったと続ける。国土が広がり続けた時代と違い、鉄道は広がった国土の中で輸送を速くしただけで、作れば売れる状態はやがて止まる。西へ西へと進んだ開拓の時代は終わり、アメリカの土地にもうフロンティアはないという「フロンティア消滅宣言」が出された。鉄道建設では中国からの移民に大きく頼ったが、完成して経済の伸びが鈍ると、今度は中国人排斥法を作って受け入れを止めた。中田は、ゴールドラッシュ、南北統一、鉄道、電話と興奮が続いた国民が、ここで止まることに強い寂しさを覚えたと表現する。そして国民は「海外に取りに行こう」という方向へ向かった。
vsスペイン:モンロー宣言から米西戦争へ
アメリカは、植民地を拡大するイギリスに反発し、平等を掲げて建国した国だった。その前段として中田はモンロー宣言を紹介する。アメリカが国土全体を押さえた頃、イギリスは南米について共同でやらないかと持ちかけてきた。アメリカは、イギリスほどの力があれば南米は自力で進められるはずなのに、なぜ声をかけてくるのかと考えた。そして、自分たちが南米に手を出すのを恐れて、まだコントロールしようとしているのだと受け取った。そこでモンロー大統領は、アメリカ大陸とヨーロッパは互いに干渉しないという宣言を出した。
ところが国内の成長が停滞すると、アメリカは国外へ出ていく。それが米西戦争である。フィリピンやグアムがアメリカのものになったのはスペインから奪ったからで、ハワイも併合した。なぜあそこがアメリカなのかという疑問の答えは「vsスペイン戦」だと中田は言う。産業革命の力を得た「イギリス2.0」が、大航海時代のかつての覇者スペインから宝石を奪っていった構図だという。
中田はこれが正しかったのかと問う。初代ワシントンは、アメリカを戦争に巻き込まれない国にしよう、拡大主義はよくないと言っていたとされる。しかし負けを知らない上り調子の熱狂のなかで、取れるものは取ろうとなった。時代は帝国主義で、イギリスもフランスも植民地を取っているのに自分たちがやって何が悪い、という先進国のおごりが世界大戦につながった、と中田は語る。
vsドイツ・日本:二つの世界大戦と世界恐慌
第一次世界大戦はヨーロッパで始まった。中田によれば、アメリカは巻き込まれたくなかったが、イギリスとの関係を断ち切れなかった。喧嘩や決別を繰り返しても、イギリスの流れをくむ国なので貿易はすぐ回復し、結局は主要な取引先だった。拡大した経済を回すには貿易を止められず、傍観は良くないと求められて後半から参戦した。アメリカの参戦が後半だったのは、嫌がっていたからだと中田は説明する。
戦後、ドイツへの巨額の賠償について、アメリカは取りすぎはよくないと言っていたという。それでもイギリスとフランスが譲らなかったのは、戦費をアメリカから借りていて、返すためにドイツから取り立てる必要があったからだ。英仏がアメリカに返済し、アメリカがドイツの復興を支えるという、いびつだがぎりぎりの関係が成り立っていた。
それを壊したのが世界恐慌である。中田は、金持ちの娯楽だった自動車をベルトコンベアで大量生産し民衆に届けたフォードの時代を例に挙げる。作って売る拡大が行き渡ると停滞が来て、ある日「暗黒の木曜日」で株価が暴落した。アメリカはニューディール政策で国家が経済をしっかりコントロールする道を選んだ。中田はこれを、自由主義の連邦国家としては屈辱的な転換だったと見る。イギリスやフランスは植民地とだけ取引するブロック経済に向かった。子分もおらず、立て直し策もとれず、大借金を抱えて孤立したのがドイツとイタリアで、民衆の不安と怒りのなかでヒトラーとムッソリーニが現れた。中田は、ヒトラーが逮捕後の裁判で「祖国を愛しているのはどっちだ」と演説して喝采を浴び、裁判官まで心を動かされ、拘留中には大量のファンレターが届いたという逸話を紹介する。それほどドイツは追い込まれ、独裁者を求めるようになったという。
日本については、欧米列強に並ぶことを悲願として明治維新を経て近代化し、日清・日露戦争に勝ったと振り返る。日露戦争まではアメリカとの関係は良好だった。その後、列強が奪い合った中国にはもう手を出さないでおこうという時期に日本が満州へ進出した。ここは諸説あると断ったうえで、参考書籍によれば日本が植民地を欲しがっていたことは間違いないとし、その意図に危機感を抱いたのがアメリカだったと説明する。満州を「生命線」とする日本は日中戦争に進み、ABCD包囲網(アメリカ、ブリテン、チャイナ、ダッチ)の経済制裁で石油を断たれた。東南アジアの石油を求めて南進すればハワイからアメリカが来ると考え、先に真珠湾を攻撃した。最終的に広島・長崎に原爆が落とされ、ドイツではノルマンディー上陸作戦でパリが解放されヒトラーが自殺し、大戦は終わった。
中田はこの大戦で、アメリカが名実ともに世界一になったとまとめる。第一次大戦でイギリスは疲弊し、第二次大戦で決定的に弱った。その表れが通貨で、ポンドに代わってドルが基軸通貨になった。国際連合もアメリカ主導で始まった。
vs共産主義:核の恐怖と代理戦争、そしてベトナム
戦争が終わったと思った矢先に現れたのが、それまで注目されていなかったソ連と共産主義というイデオロギーだった。中田はマルクスの思想を「金持ちへの恨み節」と表現し、資本主義の終わりは説いても共産主義をどう作るかは書いていない、と独自の言い方で紹介する。マンハッタン計画で生まれた核をソ連も持ったことで、撃ち合えば世界が終わるという状況になり、代理戦争の時代に入った。
朝鮮半島では、アメリカが韓国を、中国とソ連が北朝鮮を支援した。中田は、ソ連軍の大尉だった朝鮮人を金日成として神格化し北朝鮮が作られたと語る。日本は朝鮮戦争の特需で経済的に上向く一方、GHQに解体された軍隊の代わりとして警察予備隊を作った。
米ソの緊張が最高潮に達したのがケネディの時代である。ケネディ家は金ぴか時代に成り上がった財閥の一つで、若いジョン・F・ケネディは見た目の良さを生かしてテレビ時代の選挙を勝ち抜いた。キューバにソ連が核ミサイル基地を作るのではないかというキューバ危機で、本当に世界が滅ぶかもしれないところまで行き、ソ連が妥協した。中田はこれを冷戦の熱が頂点に達して下がり始めた転換点と位置づける。その後ソ連はチェルノブイリや体制崩壊で自滅していき、マルタ会談で冷戦終結が宣言された。
ベトナム戦争について、中田は皮肉な構図を強調する。ホー・チ・ミンは共産主義勢力の後ろ盾を得てベトナム独立を目指し、まずフランスと戦った。フランスが撤退した後、共産主義を恐れたアメリカが自ら乗り込み北爆を行った。ところが、これが最強国となったアメリカが初めて負けた戦争になった。かつてアメリカは、遠くから来た最強国イギリスを、地の利を生かしたミニットマンのゲリラ戦で退けた。ベトナムでは遠くへ攻め込んだアメリカがその逆の立場に立たされた。中田は「人間ってのは面白い」と語る。ベトナム戦争はテレビで初めて放映された戦争でもあった。日本の中国侵略やドイツの虐殺を止めた正義の味方だと信じていた国民が、映像を見て「俺たちは正義の国だよね?」と疑い始めたという。
vs中東:世界の警察とテロリズム
ソ連が崩れて一強になったものの、くたびれたアメリカに降りかかったのが中東との対決だった。中田はこれを「世界の警察とテロリズム」と表現する。中東は第二次大戦までは産油国と見なされていなかったが、その後石油が出て「オイルラッシュ」になり、それがトラブルの種になった。ゴールドラッシュのときと同じく、いいことがあると必ずトラブルが来ることの繰り返しだと中田は言う。
イラクのクウェート侵攻に始まる湾岸戦争を父ブッシュがなんとか収めたが、その後9.11テロが起きた。息子のブッシュはイラクに大量破壊兵器があるとして攻め込んだが、見つからなかった。アメリカは世界の警察ぶっているだけではないかという批判を浴びた。
そこにリーマン・ショックが重なる。中田の説明では、あまり裕福でない人にも分割払いで家を買わせるサブプライムローンが流行し、それを株券のように売ったが、誰もがマイホームを買えるというのは幻想だった。景気が悪くなるとその仕組みが壊れ、大手証券会社リーマン・ブラザーズが破綻し、取引先にも影響が広がって不況が世界に波及した。その回復を大きな課題として登場したのが、初の黒人大統領オバマだった。人気は高かったが、経済を大回復させたとは言えず、中東の争いも続いた。
世界の警察はもう無理ではないか、という空気のなかで現れたのがドナルド・トランプである。中田はトランプを「逆オバマ」と呼ぶ。期待されたほど経済が好転しなかった失望に入り込み、メキシコからの移民が仕事を奪っている、世界の警察はもうやらない、アメリカをもう一度強くすると訴えたという見立てだ。
vs中国:縮小するアメリカと拡大する中国
最後の対決相手が中国である。中田は、かつて共産主義で経済が傾いていた中国が、鄧小平のもとで資本主義を導入したと語る。共産党一党独裁でありながら「ゴリゴリの資本主義国家」となり、国策で企業を強化してハイテク分野で急成長した。そこに習近平が登場する。世界の警察をやらないというトランプに対し、中国は一帯一路構想を掲げてヨーロッパまで経済圏を広げる拡大路線をとっている。縮小路線のアメリカと拡大路線の中国がどうなるのか、アメリカの戦いは終わらない、と中田は本編を締めくくった。
動画の末尾には収録後の追記がある。パンデミックとインフレによる世界経済の混乱、生成AIの登場でアメリカのハイテク産業が再び大きな存在感を示していること、そして中国経済の減速と不動産不況に触れている。歴史はいつも予想を裏切りながら進み、アメリカの戦いは形を変えながら今も続いている、という言葉で動画は終わる。
どうも中田敦彦です。さあ、今日も早速参りましょう。エクストリーム世界史『アメリカ史』編。最強。ありがとうございます。さあ、やってまいりました。アメリカ史、やってなかったっけ?っていう方、多いと思うんですけれども、実はアメリカ史としてやるのは初なんですよね。もちろん、アメリカ大統領選挙って何?とか、現代史とかで色々とアメリカ、何度も触れてきてるわけなんですが、アメリカ史だけやってなかったわけですよね。
でも、やってみて思ったんですよ。アメリカって、なんでがっちり捉えるのむずいのかなと思ったら、実は世界史で出てくるの、だいぶ後なんですよ。たった250年しか歴史のない国なんですよ。中国何千年、ギリシャ紀元前とかいってさ、そのスケールで哲学とかやってたら、紀元前からもうこんなこと発明してたんですねとかやってたら、これ250年しかないんですよ。最近。世界史で出てくる頃にはもうだいぶ近現代に来てるから、それまでの国の話を覚えるので精一杯で、アメリカだけをピックアップしてやるっていうことがなかなかないわけですよ。
いかにして最強国になったか、その歴史、駆け上がり方がすごいですから、それを是非見ていただきたいなと。エクストリームにやる意味あり、そういう風に私、思いました。ちょっと思い入れが強すぎてメモが多いんですけども、なるべくスピーディに行きたいなと。ダイナミックにこの駆け上がりを見ていただきたいんですよね。是非見ていただければと思います。
まず、コロンブス発見した。これもう何度も聞いてるよね。コロンブス、スペインの人です。大航海時代ですよ。うわぁってね、インド行くつってね、いわゆるネイティブアメリカンの人をインド人だと思ったまま、コロンブスは帰ってったという、そういう話ですよね。だから、いいイメージ、発見者ってイメージなんだけど、最近は結構、コロンブスは行ったけれども、そこで現地の人たちを虐殺してたっていうことで、虐殺者のイメージが強いらしいんですよね。
今回参考にさせていただいたのは、この本『一冊でわかるアメリカ史』。これ面白かったです。非常に分かりやすくて読みやすいというか、ストーリーで知れる感じで良かったんでね。これイギリス史編とかもあるんで、そっちも読んでみようとは思うんですけども、これ面白かったです。この本によりますと、コロンブスは最近は虐殺者のイメージだよ、なんてこと書いてあって、そうなんだと。そういう、アメリカで「そうなんだ、それ知らなかった」が結構いっぱい出てきますから、今日はそこら辺を楽しみにしてください。
その後、アメリゴ・ヴェスプッチという人、イタリアの冒険家なんですけども、これインドじゃなくない?もうだって南米のほうまで行ったあたりで、これ完全に新大陸だってなった後で、アメリゴ・ヴェスプッチって人がいて、そのアメリゴ・ヴェスプッチという人の名前からアメリカという風な名前になったということなんですよね。
そして、そこから。ただ、アメリゴ・ヴェスプッチが作った国なわけじゃないわけですよね。どういう風にできてきたか?まずはイギリスなんですよね。イギリスが最強国のときにね。実は、これアメリカ史、今回、僕なりの切り口で「何と戦ってきたか」シリーズでまとめました、ブロックを。アメリカは一体何と戦ってきたのか。戦いと激闘のグレート250年という、これを見ていただきたいんですね。
まずは実はカトリックと戦ってたっていうこと、ご存知でしょうか?実はイギリスでは、カトリック、キリスト教がもう最強のヨーロッパの時代、何度も世界史編でご説明しましたけども、キリスト教がものすごい勢い誇ってたわけですよ。中でもカトリックっていうのは、非常に厳格な階級が色々あって、豪華絢爛な教会があってと。だんだんと最初の清く貧しくみたいなキリスト教から、そういうふうにどんどん人数が拡大して、ローマ帝国、国教化したり、ああしたりわあして、拡大してったわけなんですけども。
そのカトリックと違う流派、何度も出てきますよね。カトリックvsプロテスタントだ。抗議する者という意味ですよね。宗教改革があったわけですよね。こんな腐敗したキリスト教でいいのかと。教会が権威付けしてるだけじゃないかって。金儲け主義に走ってないか?なんで免罪符を買ったら天国に行けて、金がない奴は天国に行けないんだ?そういうことですね。この宗教改革ってのを行ったわけですね。抗議する者ですよ。信仰だけありゃいい、教会には意味がない、そういうことを言ったわけですね。
そんな中でも、イギリスのイギリス国教会の中で、カルヴァンという宗教改革者の中の1人ですね、カルヴァン派のプロテスタントっていう人が本国で迫害を受けてたわけですよ。「何がプロテスタントじゃい。カトリックの言うこと聞かんかい」と言われてたわけですよ。それで「いや、私たちの信仰の自由がある」ということで、信仰の自由を求めてきたピューリタン。このピューリタンっていうのがカルヴァン派プロテスタントの呼び名で、清教徒、ピュアな人たち。ピュア、ピュア、ピューリタンということですね。
ピューリタンたちがアメリカ大陸に植民地を作るということで入ってきたところから始まってるんですよ。まずは、なんじゃいカトリックということで、迫害されてここへ来てるということなんですね。だから基本的にアメリカっていうのはプロテスタントが主流です。プロテスタントの国です。まずそこ。だからカトリックで大統領になるって、すごい珍しいんですよ。カトリックで初めて大統領になったっていうのは誰か?ケネディなんですよ。だいぶあと。カトリックの人が大統領になったんだねぇ、なんていう、初のカトリック大統領っていうことでケネディというね。だからそれまでずっとプロテスタントね。
アメリカの町って言えばどこ?って言ったら、ニューヨークとかロサンゼルスとか、皆さん言うと思います。だけどこの頃の主役の街ってのはボストンなんですよ。ボストン。ボストン茶会事件が後に行われるボストンなんですけども、ボストンはマサチューセッツ州にあるんですよね。このボストンこそが、プロテスタントたちの主要な場になってたわけですよ。
ハーバード大学って早いんですよ。ハーバード、もうこんな時に作られてるんですよ。すごくない?何のための学校だったか。最初はこのピューリタンの指導者を作るための学校だったんだって。だから、入ってきた人たちの元祖の教育機関、ハーバードね。有名ですよ、ハーバードね。それがマサチューセッツ州にある。マサチューセッツにも今、MIT、マサチューセッツ工科大学ありますけれども、やっぱ優秀な大学っていうのはここにある。ボストンっていうのは、なんでそんなに優秀な大学固まってるかというと、そのピューリタン時代の主要な町だったわけですよ。ニューヨークってのは、そのもっと後だからね。
ニューヨークってのは元々名前が違ったっての、知ってますか?あれは、アメリカを、このピューリタン以外の、イギリス以外の国も、いろんなところが入植してきてたんですよ。その中、オランダが入ってきてて、ニューアムステルダムって名前だった。そこが後にこっちのものになって、ニューヨークになったとね。だから最初の頃は、色々と違いがあるわけですよね。
まず13の植民地ができたと、あるわけなんですけども、この植民地はそれぞれ独立してるわけですよね。俺たちはもう自由のため、自由のため言いながら、ただ本国イギリスの植民地であるっていうことから逃れられてないわけですよね。信教の自由はあるけれども、「おい、イギリスの植民地だろう?」ということで、色々と言われるわけです。
これ何を言われたか。まず、イギリスはいろんな、世界中植民地作ってたでしょう。大変なんですよね。コストがかかるんですよ。全国にチェーン店をいきなり広げると、本当大変そうでしょう?すごいですね、一気にチェーン店増えてってなりますけど、もうだって東京からさ、わかんない、九州の鹿児島とかにチェーン店出したら、コントロール大変ですよ。コスト大変ですよ。かかりますよ。輸送とか色々ありますからね。コストかかってたんですよね。イギリス無理してたんですよ。
もう俺たちナンバーワン、イギリス、大英帝国だ。全国に、地球上に行けるようになったんだよ。なぜなら産業革命だぞ。ものすごい力持ってんだって、行くわけですよね。お金かかる。ちょっとお金無いな。それをここに課してきたんですね。「税金くれよと、新大陸だろ」。それで色々と重税をかけられて、宗教を認められないからこっち逃げてきたのに、重税かけられて、俺たちはいつまでも子分じゃねえんだよっていうことで、ボストンで、そのイギリスから輸入したお茶をぶん投げて捨てるという奇行に出て、それで、ふざけんなで戦いが始まると。
つまり最初はvsカトリックだったんですが、それの大元イギリスとついに戦うことになると。このvsカトリック編は「新大陸で信仰の自由を」というね。これ私がサブタイトルつけてるんですけどね。vsイギリスは「新しい国家を作れ」編なんですよ。ふざけんなよ、信教の自由は守るだけじゃないんだ。国家を作んないと俺たちは独立できねえんだから、の独立戦争なんですね。
これ独立戦争とはいえですよ、イギリスの力って半端じゃないですから、普通には戦えないわけですよ。そんな中でイギリスと覇権を争って、大陸もイギリスも入ってきたんですけど、フランスとかも入ってきてるわけですよ。オランダとか、いろんなね。フランスが、イギリスをちょっと仲間割れさせとこうということで、本国と植民地の戦いに植民地側につくということで、フランスが支援し出すわけですね。なので戦えるようになるわけですよ。
プラス、実はそこでアメリカの現地の人たちは何て呼ばれたかと言うと、ミニットマンって言われたらしいんですよ。これ面白いですよね。ミニットマンって何か?1分、1分の男ね。どういうことかと言うと、召集された。「おい、イギリスが船で攻めてきたぞ」って言って、召集だって言ったら、1分でもう来るっていう意味らしいんですよ。
どういうことかと言うと、その時アメリカを開拓してたでしょう。開拓する時に猟銃を使って、いろんな開拓してたんだって。動物を狩ったりとかさ。だから森の中で動物狩ったりしてて、銃を元々こうやって使ってるから、イギリスだって言ったらそのまま行ったっていう。そういう早いねっていうことで、ミニットマンって言われたらしいんですね。
このミニットマンが森で活躍するんですって。イギリスから長旅で船で来るでしょう。船で来るでしょう。わあっつって森に誘い込まれるんです。そしたら森で、ミニットマンたち普段狩猟してるから、どういう地形になってるか分かるわけですよ。この後沼があるぞとか、この後茂みがあるぞとか、この後はスペースで空いてるぞとか分かってるから、そこでミニットマンたちにうまくやられてた。そしてそのミニットマンはフランスの支援を受けていたということで、かなりイギリスが。最強国になんでこんな独立戦争で勝てるんだよ。こういう裏事情があったということらしいんですね。
それで、あの有名な独立宣言ってやるわけですね。すごいスピードで私喋ってますけども、これをもう1時間ぐらいで喋りきろうというね。アメリカ250年をギュッとして1時間にするというね。私が本当のワンアワーマンであるという、そういうことですよね。やっていきましょう。
独立宣言やるわけですけどもね、矛盾が1個あるって知ってます?独立宣言。実は始まりの部分に矛盾があるって言われてるんですね。「人間は全て平等である」。人間は平等であるって書く時、迷ったらしいんですよ。このニューアメリカ人たちは、なんでか?もう奴隷たちも連れてきていたから。奴隷たちも働かせたんですよ。黒人たちを奴隷として連れてきた、アフリカからね。この矛盾に後にアメリカが苦しめられることになるらしいんですよ。ですが、こう宣言しまして、独立戦争を戦い切ると。
やった、勝ったぞ。そうなって、そこからどういう風に国家を作るか。国家っていうのは、どういう順番でパンパンパンって作るのかなというね。これ見たら、まず憲法、これなんですよ。国家を作る時にまず憲法っていうね。なるほどねって今我々は思う。でもこの頃は新しかったんですよ。憲法的なものの初と言われたのが、イギリスのマグナ・カルタ、大憲章みたいに言われてるんですけど、あれは寄せ集めたもんなんですよ。人権的な意識のものを、一から憲法を作って、その憲法を守って作られて運営されてるっていう国家は、まだなかったんですよ。
だからすごく新しい概念だった。それを、憲法を作る。だからすごい新しい国だからこそ、国家2.0的な立ち位置からスタートできてるわけですよ。最強の国イギリスからベンチャーとして独立した国家2.0。そういう感じですよ。かっこいいでしょう?強そうでしょう?だからルール作ろうぜ、なんていう新しいことやって、憲法を作るわけですね。
その上で通貨を作るんですよ。通貨と言えばドルですよね。よし通貨作ろうといって、ドルと名付けたのもこの頃なんですね。なんでドルになったのか?これ知ってる方少ないと思うんですけど、実はヨーロッパで使われてたターレルっていう銀貨があるんですって。それのスペインでの呼び方がドレラって言うんですって。そのドレラの英語版がドルなんですって。だから、いかにこのスペイン的な流れ、スペインのこの経済圏が大きかったかっていう、影響を受けてるかっていうことが分かりますよね。だからイギリスとかスペインとか、大航海時代、あの流れでここにいるということなんですね。
ドル作りました。初代大統領はワシントンですが、その時、首都はワシントンDCじゃないんですよ。最初の首都って、ワシントンが作ろうぜって言って、首都機能はどっかの州に所属しててはいけない。なんでか?日本は東京が首都みたいな、今やってますけれども、なんでかっていうと、これ独立した13の連邦国家だからでしょう。だからどっかの国に所属して首都がある、揉めるじゃないですか。だから特別な場所に首都を作ろうって言ってやったの。
最初に作った首都はワシントンDCではないんです。ワシントンが作るぞって言って、首都用に最初建設されてたのはフィラデルフィアなんですって。2代目の大統領はフィラデルフィアで挨拶してるんですよ。首都できました言って。それでそれを移転して、ワシントンDCってものを作って、それ以降首都がワシントンDC。だから最初の首都はフィラデルフィア。3代目大統領が初めてワシントンDC、そこで挨拶したって、これちょっとした豆知識ですよね。ちなみにワシントンDCのDCは何か。これ、ディストリクト・オブ・コロンビアで、コロンビア特別区ということなんですね。つまりどこの州にも属してないぞということですよね。
さあ、この憲法も、この時は国家を一つにするんだ、新しい国を作るんだってことで、結構揉めたらしいですね。何で中で揉めてたかっていうと、州が独立しているにも関わらず連邦を作るっていう仕組み、難しいでしょう。日本人が理解するのが難しいの、そこなんですよ。それは作った当初、みんなも理解するの難しかったんですよね。だから州の権限を守るために連邦政府は小さくしろ、連邦政府は弱くていい、州が強いほうがいいっていうリパブリカンっていう派の人たちと、いやいや、連邦っていう強いものがガチッと治めたほうがいいだろうっていうフェデラリスト。簡単にいうと共和派と連邦派ですね。そういうので結構争ったりしてたらしいんですよね。そんな中で、なんとか1つに憲法でまとめていきました。
じゃあ次、何と戦ったか?ようやく独立できたぞ。憲法も通貨も首都もできたんだ。よしよしよし。ただ、国土で言うと、今これ、はい、これ書きました。これアメリカだとしてください。ハンバーグ的な感じで、もうこれでアメリカ地図はおしまいです。これ、この右のここをミシシッピー川って流れてるんですよ。アメリカを1/3に縦に割った、その右1/3のこの端っこにミシシッピー川って長い川が流れてるんですよ。ミシシッピーより東だけが、この13州のものなわけですよね。
その中で、さあ来ました。アメリカ独立したぞ。もうイギリスの言うこと聞かないぞ。税金も納めないぞ。その上で憲法できました。通貨できました、ドルだ。そしてワシントンDCと首都ができたんだ。ここからvsメキシコ編始まります。なんでか?これは「大陸全土を手に入れろ」編なんですよ。1/3だけで終わってたまるかいと、ずっと考えてたわけですね。そんな中、色々紆余曲折を経てメキシコと争うことになるんですけども。
まずは、このミシシッピーより西ですよね。誰が持ってたのかというんですけど、この真ん中の部分を、なんとフランスが持ってたんですね。フランス持ってんなーという感じだったんですが、ついにチャンスが訪れます。それが、ナポレオン、革命が起きまして、ナポレオンがフランスのトップになった時に、「ここいらない」ってナポレオンが言い出すんですよ。
ナポレオンってのは戦術の天才でして、勝てるか勝てないかっていうのを、もうビシビシ分かって、あ、ここ勝てるっていうとこ勝っていくんですね。西洋版の孫子と言われる、そういう天才軍略家なんですけど、ナポレオンはシミュレーションしたらしいんですよ。アメリカ大陸の上にカナダでしょう。カナダはがっちりイギリスのものだったんですよ。イギリスとフランスはバチバチのライバルでしょう。これ、ここを守れるかどうかって、ナポレオン考えたらしいんですね。チチチって考えて、カナダがイギリスのバックアップで南下してきたら、この真ん中の部分は守りきれないってなったんですって。
これ守りきれないものをずっと保有しておくよりは、どこかに売却した方がいいと。だから、その企業家的な考えでもありますよね。この会社はちょっとそのライバル会社に潰されやすそうだから、むしろ運営コストを削って、早いうちにバイアウトして利益を確定しちゃった方がいいよね、みたいなことをナポレオンが言って、「誰か、売却したいんですけど」って言った瞬間に、アメリカが飛びつくわけですよ。くれくれくれって、くれよそれって言うわけですよ。真ん中、一番欲しいのここですからって言って買うんですね。
なので、いきなりナポレオンに売ってもらって国土が倍になるっていう。すごいでしょう。あ、ここでナポレオンなんだと。ここで一気に倍になるんだ。すごいゲームだなと思いまして。その上でアメリカ、どうしたと思う?ここで面白いのは、カナダを争いに行くというね。米英戦争ですよ。独立戦争で勝ったんじゃい。フランスからもお金で買った。よし、倍になった、上攻めろって言うんですって。
米英戦争といって、カナダ潰してやります、イギリスもう怖くないからね、とかって上行くんですけど、それはめっちゃ負けるんですよ。イギリス1回、そのワシントンDC、首都の方まで来て、官邸、ホワイトハウス、燃やしてますからね、1回。その頃ホワイトハウスって名前じゃなかったんですって。大統領官邸だったんですよ。ところがイギリスに燃やされたでしょう。わあって、カナダ取ろうとしたら燃やされたって、焦げたんですって。それを隠すために白く塗ったんですって。焦げたのを隠せって、塗れ塗れって真っ白に塗ってから、それ以降ホワイトハウスと呼ばれるようになったんですって。
カナダを手に入れられなかったという、あれは象徴なんですよ。あれが白いのはイギリスに燃やされたという、そのリメンバーカナダという状態がホワイトハウスらしいんですよ。北は無理ですかと。ナポレオンも言ってたもんなと。いや、北無理よ、カナダ無理無理ってナポレオンも言ってたけど、俺は行けると思うって、負けたのよ。ホワイトハウスってなって。
よし西だといって、もっと違うところを手に入れるぞって言って、その後、買収の方法もあるよなって、スペインからフロリダを買収しまして。その後、この西側が残るわけですよ。この西、上の方はちょっと違うんですけどもね、南と西、南西部が、がっつりメキシコが独立して、メキシコのものになってたんですね。メキシコと戦うわけなんですよ。vsメキシコ。全土を手に入れるラスト、ラストステージがメキシコ戦だった。フランスから買って、イギリスに負けて、カナダ諦めて、メキシコを叩くという。
メキシコを叩いて手に入れたのが、テキサスとカリフォルニアなんですよ。後にこの西海岸はものすごい発展する。なぜか?メキシコから奪い取った後に、そこで金鉱が見つかるんだ。金が見つかる。うわあ、金出てきたぞ、メキシコからもらった後によ。だからここ、大ラッキーゾーンなんですよ。ナポレオンから買いました。イギリスとカナダ争いましたけど、ギリ助かりました。からの、メキシコから取った土地がもうお宝だったわけですよ。金出てきたぞ。ここでゴールドラッシュ。アメリカといえば、この開拓時代のゴールドラッシュとかよく言いますけど、それがここなんですよ。
メキシコから奪い取った所に金が出た。それでいろんな移民たちが、「うわ、金が取れるらしいぜ。儲かるぜ」。うわあ、来るわけでしょう。それで労働者たちが、とにかくボロボロになってでも金取るぞって働くから、丈夫な服を作れって発展したのがリーバイスなんですよ。リーバイ・ストラウスというドイツから来た移民が、「よし、丈夫な服作ったる」ってジーパンを作って、デニムをバンバン売るわけですよ。それでデニム王になるというね。ゴールドラッシュをしてるやつの服を作るっていう、めっちゃ頭いいですよね。ものすごいここで栄えたよ。
あとここで、日本史で言うとジョン万次郎が出てくるのを覚えてます?私、動画で1回説明したことあるんですけど、ジョン万次郎って、これ基本的にここずっと日本、江戸です。これずっと江戸です。コロンブスとかアメリゴ・ヴェスプッチの辺りで関ヶ原とかやってますからね。ああとかやって、ここ基本江戸です。ずっと江戸。
その江戸の漁師だったジョン万次郎がね、漁師だったんですよ。子供だったんですよね。父ちゃん手伝うからとか言って、釣り手伝うからとか言って、わーって、ちょっと沖まで出てったら嵐に飲み込まれるんですね。わあって難破して、そしたらアメリカの船に助けられるんですよね。助けられてハワイ1回寄って、ハワイでほとんどのやつが、1回ハワイで降りろと言って、「はい、どうなるか分かりませんけど、ハワイでとりあえず暮らします」って、ざーって救出された日本の漁師たちがハワイで降りたんだけど、ジョン万次郎だけは「いや、俺まだ乗ってます」って言うんだよね。
「お前まだ乗ってんのか」「はい、ちょっと何があるのか見てみたいんで、アメリカに」って、アメリカにたどり着くわけですよ。すごい勇気だよね。アメリカにたどり着いて、ここがアメリカかとか言って、すげえとか言って、そしたらそれが西海岸なんですよね。カリフォルニアでゴールドラッシュが始まって、ジョン万次郎はゴールドラッシュに参加してますけどね。もしかしたらリーバイス履いてるかもしれないですからね。それで金貯めて帰ってきて、江戸の幕府の偉いやつに取り立てられるっていう、とんでもない人生ですからね。
全然、今アメリカ史とはあんまり脇ですけども、ゴールドラッシュ、リーバイス、ジョン万次郎、これ1個セットで覚えといてくださいね。でもそれはメキシコからもらったもんなんだぞっていうね。ロサンゼルスとかカリフォルニアとか、今いけてる感じの海岸、全部あれメキシコからぶんどってますからね。そういうことです。
そんな中、さあ、ついにこのハンバーグ丸ごと手に入れましたよね。右半分、イギリスと戦って、真ん中はフランスから買いました。左半分はメキシコからぶんどりましたよ。イギリス、フランス、メキシコ。はい、ハンバーグ手に入りましたよ。こういう状態なわけですよ。そんな中で、さあ1個のものになったけれども、これからどうする。ここでvs南部ですよ。ここからなんですよ。
南北戦争ってのが、みんな結構断片的に入ってたよね。でもあれ、南北で戦争するってことは、アメリカ1個の形になってからなんですよね。移民がうわあ入ってきてるでしょう。奴隷もいっぱいいるんですよ。そんな中で、このハンバーグの上半分と下半分で、だいぶ個性が違ったんですね。この頃、アメリカってのはどういう国かというと、農業大国なんですよね。アメリカって今はIT大国みたいな、工業大国みたいな、そういうイメージがあるかもしれないですけど、初期はもう農業大国ですから。
いろんな移民の方々が色々と持ち寄って、そういう農業をやってる中で、綿花、コットンですよ。コットンがすごい取れたんですよ。しかもコットンを取るのはすごい時間かかるんですよ。むしってね、こうやってむしるのに時間かかるんですけど、そのコットンをむしる機械ができたんですね。コットンむしれるってね。うわぁすごいって、働け働け、そういう状態だったんですね。農業大国。でもその分、奴隷をものすごく酷使してたんですよ。特に南部でコットンがいっぱい取れたりする、大規模農家があるところは、やっぱり労働者がものすごい必要なので、奴隷をものすごい使ってたんですね。
ところが、この辺りになってアメリカが1つになる頃、やはり独立宣言の頃のあの理想がぶつかってくるんですよね。奴隷をいつまでも使ってていいんだろうか。人道的によくないんじゃないの。平等の国だって憲法を作って、ずっと目をつぶってたけど、色々あって今1つになろうかという時に、ずっと奴隷を使ってていいのかな。そういう北部があったんです。北部はむしろ、そういうこと結構言えた。なんでかと言うと、北部は南部ほど農業的には恵まれてなかったので、どっちかっていうと工業を頑張り始めてたんですね。なのであんまり奴隷を使わなくても良かったんですよ。
どうする?でもこれ各州に委ねられてる。なんでかというと、州が強い1個の国だから。奴隷を認める州と認めない州ってのができ始めたんですよ。意識の違い。「いや、うちは絶対産業で奴隷使わなきゃ無理だから、奴隷はオッケーにします」。奴隷州っていうのと、奴隷をもうやめようっていう自由州ってのがきたんですよ。それがちょうど北部に自由州が多くて、南部に奴隷州が多かったんですね。
その上で、後からここのエリアも州にしましょうとかっていう時に、こっちは奴隷州にするか自由州にするかっての、後で決めるっていうやり方が始まったんですよ。それで大揉めするんですね。わかんないから、もうその州の住民投票で決める?いやいや待ってよ、連邦政府はどういう意見なんだ?揉めまして、どうするどうするってなってた。なんとなくミズーリ協定って言って、真ん中半分でも分けて、上で後でできた州はもう自由州、南で後でできた州はもう奴隷州、そういう感じにしませんかってのもできたんだけど、それでも不満はいっぱいあったわけですよ。
どうすんだ?どうすんだ?アメリカってどういう国にすんの?このまま奴隷をこき使っていいの?いやいや、そんなの北部で工業が栄えてるから言うてることじゃないか。いやいや、でも人道的にはそちらが正しいやろ。いや、人道どうのこうのちゃうねんと。うわあーなるわけですね。そうなった時に現れたのが、リンカーンという男だったんだ。
リンカーンという男を、人民の人民による人民のためのというね、こういう髭の、そういうイメージがやっぱ強い。ところが、このリンカーンっていう男は、しっかり調べてみると、もう奴隷解放が素晴らしい、人権を守れ、そういう男ではないんですよ、実は。実はとてつもない戦略家で雄弁な男だった。勝つために、という男でもあるわけですよ。
このリンカーンという男は、イリノイ州っていうところにいたんですね。イリノイ州には、ダグラスという、自由州が増えることによって奴隷州がどんどん追いやられるんじゃないかということで、危機感を持った奴隷支持派の政治家がいたんですね。そのダグラスを倒したいって思ってたんですよ。そこでダグラスに対抗馬としてデビューした上で、この古参のダグラスに論戦をふっかけるわけですね。公衆の面前で、「ダグラスさん、あなたはどうお考えですか?」「何の話ですか?」「奴隷についてです」。ドキンみたいなね。あ、それはちょっとナイーブな話題だ、イリノイ州では特に。ダグラスはちょっと思ってたわけですよ。
「皆さん、ダグラスさんがどういうお考えか、聞きたいとは思いませんか?このイリノイ州、奴隷を認めるか認めないか、そういうことをはっきりと言う政治家の方が、やっぱり必要だと思うんですよ。そこを濁してるトップの方がいるイリノイ州では良くない。イリノイ州の未来は奴隷を使うのか、そうじゃないのか。奴隷州で行くのか、自由州になるべきなのか。そこはっきり言うトップに出て欲しいもんですよね。どうですか皆さん」とか言って、わあーとかなってるわけですよ。
ここポイントなのは、ダグラスはもっと上を狙ってる男なんですね。古参ですから、ベテランですから。そんな中でイリノイ州は自由主義者が多いんですよ。ノット奴隷ね。だから奴隷を解放した方がいいと思う、そういう風に言った方がイリノイ州では人気になる。だけど実は、大統領になろうと思ったら全国的に支持を得なきゃいけないから、ここではっきりと立場を明らかにすると、南部をごっそり失うことになるでしょう?だからなるべくぼかしながら選挙を戦いたいっていうのが、古参ダグラスの考え方だったんですよ。それを見抜いて、はっきりとそこの場で詰めていく若手政治家リンカーンっていうのは、なかなかに狡猾な戦い方だった。
つまり、この奴隷によって奴隷州なのか自由州なのかというトピックを、政治戦略の要にしていた男でもあるわけですよ。だから個人の主張としては、どちらだったかというのはあまり関係がないと言われてる。人道的にはもちろん奴隷は解放した方がいいとは思うけれども、とか言いながら、この州は別にいいんじゃないかなとかっていうのもやっている男なんですね。元々はバランスを見てるんですよ。
そんな中、奴隷解放宣言。これは、中盤までは北部にいる奴隷は解放しなくていい、南部の奴隷は解放しろっていうことを戦略でやってた。なんでかって言うと、南部の奴隷たちが反乱を起こしたら、こっちの味方になるでしょう。だけど北部の奴隷たちは逃したくないから、北部の資本家たちを敵に回したくないから、北部にはいい顔して南部にもいい顔してっていうやり方してたの。
その上で、だいぶ北部が勝てるなってなった段階で、自分にヒーローのイメージをつけて国際的な味方もつけようということで、国際的に奴隷解放宣言を言うことで、「これは内部の政治抗争ではない。アメリカの南北の政治抗争ではありません。世界の自由を占う戦いなのです。人権問題です」ということで、世界的世論を身につけるという、非常にギリギリのバランスを見ながら、奴隷解放宣言をやったんですね。でも奴隷解放に向かっては前に向かったでしょう。だから後世のイメージがいいわけですよ。さあ、皆さん、そのリンカーンという男の評価をどう捉えるか。
この南北戦争、決着ついたでしょう。決着ついたー、リンカーンの勝利だってなってから、数日後にリンカーンは暗殺されるんですよ。バーン、劇場でドーン。そしてその男が言うらしいんですね。そいつはその南部にいた男だったらしいんですよね。「暴君はいつもこうやって死ぬぜ」って言って、ボーンって撃たれるんですって。自由の、奴隷解放の象徴なのか、それとも権力に取り憑かれた暴君だったのか。リンカーンという男はどういう男だったのかというお話、ここであるわけですね。面白いですね。
そんな中ですよ。さあ南北が1つになりました。黒人とか奴隷の問題、結構色々ナイーブで、この後もずっと揉め続けるんですが、1つの決着を見たね。そんな中、どうなったか。米英戦争のあの傷跡が、逆にプラスに働いてくるんです。この頃、米英戦争でイギリスとの貿易がちょっと疎遠になってたんですね。そんな中で国内の産業をもっと育てなきゃっていう危機意識が高まって、大陸横断鉄道、ここに乗り出すわけですよ。
国土を手に入れました。南北の思想も統一しました。その上で、よし国土を横断するんだ、今度は。ダイナミックですよ。すごいスピードでどんどんノリに乗ってます。大陸横断鉄道作るぞと。10年かかって、リンカーンが作るって言ったらしいですよ。その途中でリンカーンが死んじゃうんですよね。バーンってね。
もうイケイケですから、発明とかもこの頃なんですよ。ベルとかが電話を発明したりとか、電車とか。この鉄道は蒸気機関ですよ。でもこの大体の時期に、蒸気機関から電車まで行きますからね。だからその貨物は蒸気機関でバーッと横断させて、人たちは電車に乗るような時代になってくるんですよ。これ、金ぴか時代って言われたんです。1800年代後半のことを金ぴか時代。ものすごいゴールドラッシュの後、金ぴか時代ですよ。すごいですよね。もうイケイケなわけですよね。
アメリカの1つの考え方として、国土がでかいわけでしょう。この国土の中でやっていけばいいっていう考え方もあるわけですよ。でも、この大陸横断鉄道が通過して、貫通して、ものすごい栄えたんですよ。ものすごい仕事増えたし、もう大騒ぎになった。ただそれって永遠ではないんですよ。横断するようになって大量に物を作って、作れば作るほど売れた。あっちも行った、こっちも行った。でも、よくよく考えたら、国土はどんどん大きくなってた、豊かになってた時代とは違うんですよ。大きくなった国土の中で輸送が早くなったっていうことで、産業は1回ストップするんです、この後。
実は、フロンティア消滅宣言っていうのをすることになるんですよ。この辺りで西へ西へ西へって言ったでしょう。大陸横断鉄道も通したでしょう。うわ、あれ永遠に続くと思ってたフロンティアの時代が終わった。「フロンティアはもうアメリカの土地にはありません」っていうフロンティア消滅宣言ってあるんですよ。鉄道を通した後は逆に、あれ?移民多いなって言い出すんですね。
鉄道を通す時は、中国からの移民をむちゃくちゃ頼ったんですよ。「おい、鉄道通すのに人員が足りねえぞ」と言ったら、「わあ、俺たち助けるよ」とか言って、働き口は探してたんだよと、中国の移民がわあ入ってきた。ところが、鉄道が完成しきれて、経済もある程度回り出して、あれちょっと伸び率下がったかな?ってなると、中国からの移民多いねって、中国人排斥法っていうのを作って、中国人の移民はもう受け入れないでおこうよとか、そういうことになってくる。
そうなると、フロンティアでイケイケだったでしょう。え、ここで止まんのやだ。ゴールドラッシュだとか、うわ南北が統一して、その後大陸横断鉄道だ。ちょっとワクワクしたわけじゃないですか。ベルが電話を、とかね。ちょっとちょっと、もうこれでって言った時、寂しい。すごい寂しくなった国民が、どうしたか?海外に取りに行こう。こういう風になるわけですよ。
元々、この植民地を拡大するイギリスのやり方に反発しながら、独立だ、俺たちは平等だ、そうやって作ってきたわけじゃないですか。その上で、イギリスが、この国土を全部アメリカが牛耳っていたあたりで、南米まで行くのかどうかっていうのを気にした。イギリスがアメリカに、「南米については俺たちで共同でやらないか」っていうことを言ってくるんですって。
それに対して、アメリカは、イギリスほどの力があれば南米なんて自分たちで勝手に進められるだろうと。なんで俺たちに声かけてきたんだろう?そうか、俺たちが南米に手を出すかどうかが怖いんだなって思ったらしいんですね。それで、イギリスは俺たちに対してまだまだコントロールしようとしているらしいということで、アメリカのモンローっていう大統領がモンロー宣言ってのを出して、「アメリカ大陸はアメリカ大陸、ヨーロッパはヨーロッパ。新大陸と旧大陸はお互いに干渉し合わないで行きましょうや」っていうことを、モンロー宣言で出してたんですよ。
ところがそうはなってこないんですね。あれ停滞したなぁと思ったら、国外出るぞ、こうなるわけですよ。それで、ここのvsスペイン戦に行くわけですね。米西戦争ね。フィリピン、グアム。グアムってアメリカのものじゃないですか?それなんでか?あれ、スペインからぶん取ったんですよ。スペインって、大航海時代のパイオニアですよね。スペイン、ポルトガルがバーっと行ったわけですよ。それでわーっといろんなところの諸島を取ったわけですよね。フィリピン、東南アジアのフィリピン取ってたわけですよ。
それをもらうぞね。米西戦争でそこら辺も、フィリピンもらって、グアムもらって、ハワイも併合する。あの辺りを、そういえばなんであそこアメリカなんだろう?って思った人いるでしょう。あれはvsスペイン戦だったんですよ。つまりこれって、大航海時代のナンバーワンを追い越したぞっていう、そういう話なんですよ。産業革命の力を得たイギリスの2.0である我々が、かつての覇権を握ってたスペインから、その宝石をぶんどっていくという、そういうお話なのでございます。
それが果たして正しかったのかどうなのか、ここですよ。初代ワシントンっていうのは、アメリカは戦争に巻き込まれない国にしようって言ってたらしいんですよ。拡大主義は良くない。戦争に巻き込まれないようにしようね、そういうことを言って、この国土を守るんだって言ってた。しかし、あまりの熱狂。ゴールドラッシュ、金ぴか時代だ、大陸横断鉄道。負けたことがないわけですよ。もう上り調子なわけですよ。取れるもん取っちゃおうぜっていったわけですね。
奇しくも時代は帝国主義の時代ですよ。イギリスもフランスも植民地取ってんだから、俺たちもそうして何が悪いんだ。そうした先進国の驕りが、ついに世界大戦を。そういうことですよね。世界中で領土を取り合った結果、その先進国同士の争いになり、それはもはや普通の大戦、普通の戦争ではなく、世界大戦になったということなんですね。
これヨーロッパで始まるわけですよ。主にドイツを主軸としてね。ドイツを牽制するフランスやイギリスがいたわけですよね。その上で、ヨーロッパだから巻き込まれたく
ない、思ってたらしいわけですよ。思ってたんですって、アメリカも。ところが、イギリスとの関係がまだ強かったんですよ。ここでイギリスって思ったんですけど、実はイギリスとは1回喧嘩したり別れたりしながら、それでも結局、イギリスの流れを汲んでるから貿易はすぐ回復するんですよ。喧嘩したり何したりするんですよ。だけど結局、主要な取引先はイギリスなんですよ。
イギリスが「いやいや、そこで傍観者を決め込むの良くないんじゃない?」なんて、第一次世界大戦も「ちょっと助けてくれよ」となるわけです。それを断りきれない。貿易をだいぶしてるから、もうこれはちょっとやりきれない。拡大してるわけですよ、国家を拡大してるから、経済を拡大してるからね。イギリスの言うことちょっとあれしたら、ヨーロッパ、フランスもあれしたら、ちょっと貿易が。こんなにでかくした国ですよ。こんなにでかくした国をもう経済で回すには、貿易をストップさせるわけにいかないんですよ。「じゃあ助けるか」って助けに出るわけですね。
第一次大戦、アメリカが後半から出てくるでしょう。なんで後半からだったんだろう? 嫌がってたんですよ。嫌だった、巻き込まれたくなかった。だから最終的にイギリスとの関係の中、引っ張られて出たわけなんですよ。助けましたよね。その上でイギリス、フランス、勝ちましたよね。ドイツ、負けましたよね。
でもこれ、ドイツにとてつもない賠償金を請求するっていうのは、教科書見てても皆さん思いましたよね。こんなに追い詰めたら、我々は次これ知ってるからね、こんなに追い詰めたらこんなことになるよ。ヴェルサイユ条約とかやめとけよとね。金もそんなにって言うって、アメリカも言ってたんですって、実は。「あんまり賠償金そんなにやると良くないよ」とか。だけどイギリス、フランスが許さない。「いやいやいや」って。なんでか? 実は第一次世界大戦の時にアメリカに借金してるんだよね、戦費をだいぶ。
第一次世界大戦、ばっこばっこやってるから、ヨーロッパで。「ふざけんな」とか「うわあ」ってやってたから、「ちょっと金貸してくれ、アメリカ」って、金を借りてたわけよ。「いや、これ返さなあかんから、ドイツから取らんとこれ返せないから、取るよ、そりゃ。いやいや、賠償金取りすぎって言うんだったら、それ、お前に金返さなきゃいけないんだから、ここ取るよ、こいつから」って、ガッと取っちゃうわけですよね。それでアメリカがイギリス、フランスから金を返されて、そのアメリカがドイツの経済復興を少しサポートする。それがギリギリの関係だったんですよね。歪だけども。
それがぶっ壊れたのが世界恐慌ですよね。なぜ世界恐慌になったかっていうと、やはり大量生産によって、作って作って作って、売って売って。この時もそうだったでしょう。やっぱり作って売ってを拡大しすぎると、ある時停滞するわけですよ。「あれ、ちょっと物売れなくなってきたな」みたいな。この大量生産で言うと、フォードとかこの頃ですからね。元々車が金持ちの娯楽だったのを、もうベルトコンベアに乗せ、大量生産だと言って、初めて民衆に届けたのがフォードで、大量生産の時代。その大量生産が行き渡りきって、「あれ? ちょっと伸び悪くなってきたかな」とか言ってた時に、アメリカがパーンって景気が落ち込むんです。
ある日、暗黒の木曜日が来るんですね。「なんなんだ? この証券、嘘ですか?」みたいになって、暴落した時に「どうなるの?」。それによってアメリカは何をしたかというと、ニューディール政策ってやつですよ。心機巻き返し。これどういうことかというと、自由主義でやってきたでしょう。これがついに国家によって、もう経済政策を国ががっちりコントロールしてやらなきゃっていう、そういう時代になったわけ。だから自由主義の国アメリカ、この連邦国家アメリカとしては屈辱的だけども、コントロールしてなんとか生産性を上げて借金返してとか、色々やるわけですよ。
他のイギリスとかフランス、どうするかって言ったら、もうこれは植民地と俺らだけのブロック経済ね。子分だけ集めてここでなんとかしようと、ブロック経済をやるわけですよ。それによって憂き目を見たのがドイツなわけですよね。「あかんて、もう子分もいない、心機巻き返しもできない大借金状態」。孤立無援の大貧乏ってやつですね。それによってドイツとイタリアは、どんどんと民衆の不安と怒りが増していくわけですよね。
そんな中で独裁者が現れる。それがヒトラーとムッソリーニだった。「大借金に喘ぐ国民を俺たちがなんとかする。強いドイツを取り戻す」って言って、わーっと言ってくるわけですよ。「あいつなら、あいつなら行けるかもしれない」。すごいですよ、ヒトラー。過激なデモ活動とかやって、1回裁判になるんですよ、逮捕されて。そこの裁判での演説で喝采を浴びるっていう、とんでもない手法を持ってたやつだったんですよ。「国民を、このドイツを、祖国を愛してるのはどっちだ」とか言って、最終的に裁判官もうるっとくるっていうね。そういうやつなんですよ。
それで逮捕されてる間、ファンレターがすごいっていうね。「ヒトラー、出てきてくれ」みたいな。「ドイツにはお前が必要だ」みたいな。それでどんどん押し上がってく、そういうやつ。それぐらいドイツはものすごい追い込まれてた。独裁者を求めるようになってしまったんですね。
そんな中、ここですよ、日本もですよ。実は日本っていうのは何を悲願にしてたか。江戸だったでしょう? 江戸から開国したでしょう? 明治維新になって、いろんな人がいましたよね。渋沢栄一、やりましたもんね。何をしたか。「我々も欧米列強に並びたい、強い国になりたい」、そう言ってたわけですよね。日清戦争、日露戦争を勝ったわけなんですよ。諸外国の近代化をいち早くアジアでやり、そして武器を整え、日清、日露に勝った。その後ですね。そこまでは、日露戦争までは実はアメリカとの関係って良好だったんですって。
ところが日露戦争の後、満州に行くわけですね。中国に対してみんなが奪い合ってた時代がありまして、領土のここはフランス、ここはイギリスなんて言って、中国がもう荒れに荒れていた。それが色々とあったわけで、ちょっと中国にはもう手を出さないでおこうと言ったタイミングで、日本が行くわけですね。日本も植民地欲しかったんですよ。これ、諸説ありますからね。ここはちょっと色々な意見があるところですけども、この本によると、植民地が欲しかったことは間違いない。その日本の中国への進出の意図に対して、危機感を抱いたのがアメリカだったということなんですよ。
このボロボロになって、ニューディールだ、ブロックだってやりましたよね。その上で「あれ、ドイツ、イタリア、ちょっとやばいことになってる」。日本がどうしてたかっていうと、日本は日本で恐慌だったんですよ。やばいぞ。それがあって、「満州は日本の生命線」、中国進出を画策する。ところがそれはアメリカ、イギリス、フランスは受け入れられないわけですよ。「ちょっと待って、日本。そこ行くな、中国行くな」と。日本としては「いやいや、欧米列強に並んだ、うちだって先進国になるんだ。植民地欲しいよ」、そういうことです。
満州での利権を巡って日中戦争に行くわけですね。その日中戦争の中、ブロックされちゃう。ABCD包囲網。アメリカ、ブリテン(イギリス)、チャイナ、ダッチ(オランダ)が完全に経済制裁を日本に加え、それで石油がなくなるんですよね。この話はしましたね。石油欲しいということで東南アジアに行くわけですよ。東南アジアの石油が欲しいって言って行く。東南アジアに行こうとしたら、必ずハワイからアメリカが来るだろうということで、先にハワイのパールハーバーを叩いた。それが真珠湾攻撃だった。
世界大戦が始まり、最終的には原爆が広島、長崎に落とされて、ドイツもノルマンディー上陸作戦でパリを解放されて、ヒトラーが自殺し、ものすごい惨劇を生んだ後で終わるわけですね。第二次世界大戦が終わって、どう世界が変わったか? 実はもう完全にナンバーワンの国がアメリカになったってことなんですよ。
どういうことか。ここで第一次、第二次の前って、スペインとの入れ替えでしたよね、順位の。でもイギリスってのはやっぱり依然として強かったわけですよ。ところが第一次でまず疲弊します、イギリスが。だって金借りてたでしょう? それが第二次で決定的になるんですよ。なぜか? 第二次も戦いきってイギリスはもうガリガリになっちゃって、何が弱くなったか? 通貨なんですよ。ここでポンドが基軸通貨じゃなくなるんです。ついにドルが世界の基軸通貨になるんですよ。基軸通貨ってのは、そのドルってのは一番安定してて信用があるから、それとの交換比率でいろんな国の通貨の強さを測るっていうことですよ。国際連合もアメリカを主導として始まるわけですよ。
これでナンバーワンになった。何もかもが終わったんだ、もう戦争終わった。ここから来た、対共産主義。ここなんですよね、対共産主義。今までノーマークだったソ連が、とんでもないイデオロギーですよね、今度は。考え方ですよ。資本主義っていうものに対して、国家が全部コントロールするっていう、マルクスという人間が残した金持ちへの恨み節。あれを「これこそが」と言って。あれも、共産主義はどう作るかまでは書いてないですよ。だから「金持ちは拡大して拡大して、もう地獄見るぞ。もう終わりの鐘が鳴る」って、それで終わってるんですよ。だからそこから共産主義が出てきた。すごいですよね。
だからこのライバルと核の恐怖時代。これ、代理戦争の時代ですね。第一次、第二次でもう核できちゃってますから、マンハッタン計画で。それで核作れとなって、核を落としたらもうとんでもないことになって、広島と長崎に落として、これはあかんというものすごいものを人類が作ってしまった。それをソ連も作った。ソ連もアメリカも持ってるもんだから、これはもうお互いに撃ち合ったら世界終わるってなったから、代理戦争。
朝鮮半島ですね。アメリカが韓国を支援、中国、ソ連が北朝鮮を支援した。ソ連軍の大尉だった朝鮮人を、その金日成として神格化して、北朝鮮を作り、そして韓国をアメリカがバックアップして、押し合いへし合いして南北の線を引いて、という時に日本がなんと特需。物資をやるという特需で経済的には上がるけれども、GHQによってもうなくされてた軍隊、軍隊の代わりを作らなきゃということで警察予備隊を作ったんですよね。
そこまで来て、米ソの緊張関係がマックスになったのが、あのケネディの時よ。出ました、ケネディね。ケネディ家ってのは金持ちなんですよ。この金ぴか時代にボーンと成り上がったアメリカのいろんな財閥の中の1人なんですよ。ケネディ家ってのがいましてね。そのケネディ家の若いジョン・F・ケネディはイケメンだったんですよね。テレビ時代のテレビの選挙で勝ち抜いて、それでここですよ。核の恐怖、キューバ危機ってのが訪れるんですね。
キューバにソ連が核ミサイルの発射基地を作るんじゃないか、なんていうところの緊張感のところなんですよ。それでいよいよマジで世界が滅ぶかもってなって、ソ連が妥協して「やめよう」ってなって、冷戦が一番温度が加熱化して、スーッと下がってくるのが、このキューバ危機の辺りなんですね。この後でソ連はチェルノブイリとかソ連の崩壊とかいうことで自滅していくんですね。マルタ会談で冷戦の終結を言うということなんですけれども。
こんな中で、やっぱり対共産主義は朝鮮戦争だけじゃない。ベトナム戦争もそうですね。ベトナム戦争はホー・チ・ミンっていうね、共産主義、共産党のバックアップを受けてベトナム独立を図った。それがフランスと戦ったんですよ、最初はね、ベトナムが。だけどフランスが撤退した後に、アメリカはもう共産主義怖すぎて、「フランスはいなくなったけど俺が行く」って言って、無理やり行って、「北爆だ」って言って、北をもう爆撃したんですね。ところがこれが最強になったアメリカが初めて負けた戦争だったわけですよ。
難しいんだね、遠くの土地で戦争するっていうのは。だってさ、アメリカだって元々はイギリスと戦争する時にゲリラ戦で戦ってたんだよ。ミニットマンでしょう。遠くから来た最強国だけど、うちは地の利があるからって言って、もう猟銃を構えたアメリカ人たちがゲリラ戦で戦って、その国土を守った。真逆のことやられたんだね。ゲリラ部隊がやってくるわけだよ、今度は。遠くに攻めに行ったらさ、あの頃と逆なんだよ。これ面白いよ、人間ってのはね。
ベトナム戦争で、それがテレビで初めて放映された戦争だったんね。メディアで、アメリカは正義のために戦ってるって信じてた。ずっと国際連合を作ったり、この時だってさ、日本の中国侵略とかドイツの虐殺とか、そういう侵略とかを止めに入ったんだろ。正義の味方だった、正義の味方だった。「正義の味方なのかな?」ってここでなったわけですよ。テレビで放映されて、「あれ? ちょっと待って、俺たちって正義の国だよね? どうなってんの?」。これで終わらせた、初の敗北だった。
これでソ連は崩壊し、アメリカはベトナム戦争によって疲弊し、どうなる? ナンバーワンではあるけれども、少しくたびれたアメリカっていうものに、対中東が降りかかるわけなんですよ。これは世界の警察とテロリズムっていう状態ですよね。「世界の警察は俺がやる」って言って、ソ連が崩れてアメリカ一強となった上で、湾岸戦争、イラク戦争ってね。その核っていうものを保有しようと、いろんな国がやってくる。
その上で湾岸戦争は石油の戦いになるわけですね。イラクがクウェートに侵攻するわけですよ。ここまでは中東って、第二次世界大戦まで石油産油国だと思われてなかった。それが第二次世界大戦以降、石油が出てきた。ゴールドラッシュになったらそこでまたトラブルが来るでしょう。こっちもものすごいオイルラッシュになって、そこがトラブルになっていく。何かいいことがあると、何かトラブルがやってくるの連続ですよね。
そんな中で湾岸戦争は親父のブッシュがなんとか止めた。ところがその後、テロが起こるわけですよ。9.11ね。それによって息子のブッシュが、イラクに核兵器、大量兵器があるんじゃないかということで攻めた。攻めたけれどもなかった。どうなるんだ? この辺りで色々批判されます。アメリカは世界の警察ぶってるだけじゃないかなという批判をたくさん浴びる。
そんな中起きたのがリーマンショック。リーマン・ブラザーズという証券会社が潰れるんですよ。「家を買いましょう」。サブプライムローンって言って、あまり金持ちじゃない人に家を分割のお支払いで買わせるというのが流行りまして、それを株券のように売る。ところがそれが限度が来ちゃったんですね。誰もがマイホームを買えるわけじゃない。それは幻想だった。景気がパッと悪くなると、その幻想のシステムがパキンと壊れて、証券会社リーマン・ブラザーズ、大きな会社だったけども潰れた。大きい会社が潰れるってことは、それと取引してる会社にも大きな影響があるということで、一気に不況が世界へ。
また不況。リーマンショックによってボロボロになったものをなんとかしてくれ。現れたのが初の黒人大統領、オバマだったわけですよ。オバマはリーマンショックからの回復ってのが大命題だった。もちろんすごく人気もあったわけですよ。ところが経済を大回復させたかというと、そうでもなかったわけですよ。どうなる?
「もういい、中東から手を引け」と言いながらも、中東の争いはまだ続いております。「中東、もういいんじゃない? 世界の警察、もう無理なんじゃない? だってもうリーマンショックもやってるし、経済的にもかなり結構来てるぞ。あんだけ稼いでた時代から結構きつくなってんだよ」というところの揉め事の中で現れたのが、ドナルド・トランプなわけですよ。「アメリカをもう1度強くする」って、こういうふうな人間が現れたわけですよね。
「もうアメリカは世界の警察はやらない」。だから逆オバマですよ。オバマがものすごい期待されて、アメリカの再生を期待されてたけども、期待したほどに経済ってのはなかなかすぐ好転しないわけですよ。そこの失望に自分を差し込んでいくわけですよね。「メキシコからの移民が仕事を取ってるんだ。世界の戦争をやるから、世界の警察をやるから。もうやらないぞ」。
そんな中で新たなるライバル、対中国編ってのが始まるんですよね。トランプってのが出てきて大丈夫か? とか言ってる間に習近平が来るわけですよ。ものすごいハイテクで登ってきたのが中国だった。まさかあの時全然だった中国が、共産主義でボロボロに経済傾いた中国が、鄧小平で資本主義を導入して、もう共産主義じゃないんですよ。共産党一党独裁のゴリゴリの資本主義国家となって、ものすごいハイテク一本槍で、ものすごい国策で企業を強くして、爆上がりしてきたんですね。
世界の警察をやらないっていうトランプに対して、中国は一帯一路構想って言って、ヨーロッパのほうまでぶち抜いて自分たちの経済圏を広げるっていうことを言ってる。拡大路線を取っている。縮小路線のアメリカ対拡大路線の中国は、一体どうなるのか。アメリカの戦いは終わらない。ではまた。
この収録の後、世界はさらに激しく動きました。パンデミックとインフレによる世界経済の混乱。生成AIの登場によって、アメリカのハイテク産業は再び大きな存在感を見せています。そして中国経済の減速と不動産不況。歴史はいつも私たちの予想を裏切りながら進んでいきます。形を変えながら、アメリカの戦いは今も続いているのです。
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