孫子の兵法は「勝つ技術」ではなく「負けない技術」である:中田敦彦が読む13篇と、その復権の理由
中田敦彦のYouTube大学 - NAKATA UNIVERSITY中田敦彦は「エクストリーム世界史 孫子編」で、春秋時代の兵法書『孫子』を取り上げた。中田は、これは世界史というより現代社会の話であり、ビジネス書と言ってもいい内容だと位置づける。動画の前半では13篇の要点を順に紹介し、後半では、一度は「古い」と見なされた『孫子』がなぜ再び読まれているのかを説明する。中田の立場は一貫している。『孫子』は戦い方の具体的な戦術書ではなく、いかに戦わずに済ませるか、戦うならどう収めるかを説いた人間関係の本だ、というものである。
2700年、「スーパースター」に読まれ続けた本
孫子は孔子や孟子と同じく諸子百家に数えられる中国の思想家で、主に戦いに勝つための兵法を説いた人物である。中田は、その古さを中国史の流れの中で示す。殷・周・春秋・戦国と続く中国史の初期、三国志よりもずっと前の春秋時代の人物だという。
中田の説明では、この兵法書は戦国時代にはすでに天下に名を知られていた。その後、三国時代の曹操が「すごすぎる」と評価して注釈を加えて読んだ。中田は曹操を、人徳の劉備と対比される「戦略の天才」と紹介し、スーパースターが読んだスーパースターの本だと表現する。曹操の注釈本は唐の時代に遣唐使などを通じて日本に入り、宋の時代には「武経七書」の筆頭として残り続けた。
日本では、武田信玄の「風林火山」が『孫子』の言葉である。徳川家康は江戸幕府の頃にさまざまな武将へ『孫子』を配ったらしい、と中田は紹介する。現代では孫正義やビル・ゲイツの愛読書とされている。中田はこれを「孫から孫へ」と表現する。ただし、この流れは途中で一度途切れかけており、なぜ途切れ、なぜ復活したのかを動画の最後で説明すると予告している。
13篇・約6000字の「勝利への攻略本」
『孫子』は全13篇で、漢文にして約6000字しかない。中田は原稿用紙15枚ほどの分量だと説明する。聖書のような物語形式ではなく、「こういう時はこうすべし」「これはするべきではない」という指示が端的に書かれている。中田はこれを、勝利への攻略本がぎっしり詰まった本だと言う。そのうえで、うまく使えるかどうかは読み手の解釈にかかっており、頭が良く、実際に勝負をしている人ほど深く響く内容だとしている。
第1篇の「計篇」は、戦いは開始前が大切だと説く。中田によれば、この篇を読むだけで『孫子』全体の性格がほぼ分かる。中田は計篇の言葉として「兵は詭道なり」を挙げる。「詭」は詭弁の「詭」で、戦いとは欺くことだという意味になる。騎士道的な正義の話ではない。ただし中田は、これを卑怯やズルの勧めとは読まない。頭を使わなければ勝てない、戦う前に頭を使え、という知性の話だと解釈する。戦争に限らず、ビジネスのライバルとの競争や学校の勉強も含め、あらゆる「戦い」に応用できるから読まれている、というのが中田の見方である。
「百戦殆うからず」は「勝てる」とは言っていない
最も有名な一節「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」は、第3篇「謀攻」にある。中田は篇の流れを、第1篇が開始前の大切さ、第2篇「作戦」がお金の使い方、第3篇が戦うよりも策略、と整理している。
中田が強調するのは、この一節が「勝てる」ではなく「殆うからず」、つまり「負けない」と言っている点である。『孫子』は全編を通じて、負けないことの大切さと、勝ちを急ぐことの危うさを説いている、と中田は言う。
この一節に続く部分を、中田は3つの段階で説明する。相手も自分も知っていれば、どちらが強いか、どうすれば勝てるかを考えられるので負けにくい。自分のことしか知らない場合は五分五分になる。自分に自信があるから喧嘩を売るのだが、相手が自分より強いか弱いかは分からないからである。自分の強さも相手のことも分からないまま戦えば、ほぼ負ける。中田はこれを、初めて遊ぶゲームでいきなりネット対戦に挑むようなものだとたとえる。自分は初心者で何も分かっていないのに挑戦者を迎え撃てば、たいてい負ける。
強い相手とは戦わない、勝てそうでもまだ戦わない
中田が「兵法と言いながら、いかに戦わないかが書いてある」と驚く点もここにある。「小敵の堅は大敵の擒」という言葉は、弱い者が意地になって戦いを挑めば必ず強い敵に負ける、という意味である。中田はこれを、相手が少しでも強ければ引け、相手が非常に強ければ絶対に関わるな、と読む。ハートがあれば勝てる、魂で攻めろといった少年漫画的な精神論は一切なく、非常に冷静な本だと中田は評する。
では、調べた結果、勝てる可能性があると分かったらどうするか。中田によれば、それでも『孫子』はまだ戦わせない。「戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり」とあり、最善は喧嘩をしないことだとされる。相手が持っているものが欲しいなら、奪うのではなく、相手が譲るように仕向ける。中田は、調査から調略へ進む発想だと説明する。
第4篇「形」では、いざ戦う場合でも、守りを固めて待てと説かれる。中田は「勝つべきは敵にあり」という趣旨を、勝てるかどうかは自分次第ではない、と紹介する。自分は攻められても脅かされない状態をつくり、相手が崩れるのを待つ、という考え方である。中田はこれを格闘ゲームにたとえて笑いを交える。対戦の前にランキングを全部調べ、強い相手が来たら抜け、戦いが始まりそうなら「譲っていただけませんか」と交渉し、それでも始まったら守って相手の崩れを待つ。これではいつまでも対戦が始まらない、というわけである。
中田は、子どもの頃に孫子の話を聞いたときはぴんと来なかったと振り返る。勝ち気で行きたかったし、自分が強くなれば勝てると考えていたからだ。しかし大人になり、下手に戦って負けた経験や、目の上のこぶだった相手が勝手に失脚した経験を重ねるにつれて、強い説得力を感じるようになったと語る。
漫画から原典へ、そして「人間関係の本」という読み
中田は自身の読書の経緯も紹介する。最初は『マンガ 最高の戦略教科書 孫子』を読んだ。全篇を扱うのではなく、トピックを選んで現実に当てはめるとどうなるかを示す構成で、さっと読めて分かりやすかったという。その後、硬い訳本の『孫子』に進んだ。硬い本だったが、非常に面白かったと中田は言う。
面白かった理由について、中田は、人は自分に関係のない話はなかなか頭に入らないが、『孫子』は読むほど自分に関係があると感じられるからだと説明する。仕事、勉強、人間関係に悩む人すべてに役立つのは、これが人間関係の本だからだという。人は木や石とは戦わず、必ず人と戦う。だから人を熟知しているかどうかで勝負が決まる。味方がいて、その味方に裏切られることもあり、似た能力のライバルがいて、挫折もある。そうした人間関係の構図は2700年変わっていないので現代にも通じる、と中田は考えている。
謀を伐ち、交わりを伐つ
第5篇「勢」について、中田は、個人よりチームの勢いが大事だと説く篇だとし、これも少年漫画とは逆の発想だと述べる。たった一人が強ければいいのではなく、チームで一気に戦う必要がある、という考えである。
さらに中田は、敵をどう操るかの例として謀攻篇の「上兵は謀を伐つ。其の次は交わりを伐つ。其の次は兵を伐つ。其の下は城を攻む」を取り上げる。多くの人は、戦いといえば相手の兵士と戦うことだと考える。しかし『孫子』によれば、まず伐つべきは「謀」、つまり相手が何をしたいかである。
中田は身近な例で説明する。誰かが自分に攻撃的なとき、その人は自分に会社を辞めてほしいのか、それとも金が欲しいのかを考える。それが分かれば、その狙いに対処すればよく、相手を叩きのめすこととはまったく意味が違う。消しゴムのカスを投げてくる相手にいきなり殴りかかるのではなく、まず相手の狙いを見極める、という話である。
次の段階が「交わりを伐つ」、つまり相手の味方を減らすことだ。自分の側の味方は保ちながら、相手の味方が離れていくように仕向ければ、その後は有利に進められる。それでも駄目なら兵と戦う。最悪なのは城を攻めること、つまり相手が有利な陣形を整えた場所で喧嘩をすることだと中田は説明する。端的な書き方なのに具体的だ、というのが中田の感想である。
兵は水のように、実を避けて虚を撃つ
第6篇「虚実」の「虚実」は、弱いところと強いところを指すという。中田は「兵の形は水に象る」を取り上げ、ここでの水は変化を意味し、ワンパターンで攻めず、さまざまな手を使えという教えだと説明する。
続く「実を避けて虚を撃つ」について、中田は、水が低いところに流れるのはだらしなさの比喩ではないと言う。塞がれた場所に何度もぶつかる水はなく、水は通れるところへ流れていく。つまり、行けるところを攻めよ、弱点を突け、という意味だと読む。
中田の例えはこうだ。恋のライバルがサッカー部のレギュラーなら、帰宅部の自分がサッカーで勝負を挑んでも恥をかくだけである。相手がサッカーで忙しく勉強が手薄なら、勉強の場、たとえば漢文の授業で良いところを見せればいい。中田はここから、この兵法は力が強い人や才能のある人だけのものではなく、戦略でどう勝つかを示すものだと強調する。
戦うなら速攻で、そしてすぐ切り上げる
第7篇「軍争」で、ようやく実際に戦う話になる。中田は、13篇のうち6篇ほどは戦わせてくれず、準備しろ、なるべく戦うな、守りを固めろ、仲間を増やせ、相手を操れ、と言い続けると整理する。そして7篇目から、それでも戦うなら、という話が始まる。そこで出てくるのが風林火山である。
中田によれば、風林火山は集中と速攻を説いたものだ。「疾きこと風の如く、徐かなること林の如く、侵掠すること火の如く、動かざること山の如し」には続きがあり、「知り難きこと陰の如く、動くこと雷霆の如し」と、陰と雷が加わる。静かなときは林や山のように静かで、知られたくないときは陰に潜み、動くときは風・火・雷のように一気に動く。中田はこれを「蝶のように舞い、蜂のように刺す」になぞらえ、「サイレント&スピード」とまとめる。
速攻の重要性は第2篇「作戦」でも説かれている、と中田は付け加える。戦いが長引けば金がなくなり、兵士は疲れ、長い戦いには何の利点もない。
勝負が決まったらすぐ切り上げることも、繰り返し書かれているという。「窮寇には迫ること勿かれ」は、追い詰められた敵に迫るな、という意味である。追い詰められた者は大きな力を発揮するので、勝利が決まった後にとどめを刺し続けたりいたぶったりすれば、激しい怒りで反撃される。中田は「窮鼠猫を噛む」の裏返し、つまり窮鼠には手を出すな噛まれるから、という話だと説明する。
力を見せず、とどめを刺さない
自分の強さは誇示すべきか、という問いに対しても、『孫子』は否と答える。中田は「能なるもこれに不能を示し、用いてこれに用いざるを示す」を引き、力があっても決して知られるな、策を思いついても教えるな、という意味だと説明する。相手のことは徹底的に調べるが、自分のことは知らせない。中田はこれを、非常に用心深いと評する。
その背景として中田が挙げるのは時代状況である。春秋時代は多くの国が乱立し、敵だらけで、一度負ければ終わり、捕まれば殺される時代だった。中田は、人類史ではそういう荒れた時代のほうが多いと言う。さらに、現代もSNSで一度炎上すればずっと叩かれ続け、ミスが許されないのに常に見られているストレスの多い時代であり、だからこそ『孫子』が役立つと結びつける。
勝ち方にも作法がある。「敵を殺す者は怒なり、敵の貨を取る者は利なり」について、中田は、敵にとどめを刺す者は怒りで我を忘れており、倒した敵はうまく利用すべきだ、と読む。敵の持っているものを奪うか、使うか、仲間にしてもいい。中田はやりすぎて人心を失った例として、チンギス・ハンにまつわる話を挙げる。ただし記憶はあいまいな様子で、敵を残虐に徹底的に殺したことで周囲が引いてしまい、良い王になれなかった、という話もある、という程度の言い方にとどめている。そのうえで、やりすぎたせいで人心を失った王は多い、とまとめる。
呉越同舟:敵同士を同じ舟に乗せる
では、敵だった者をどう味方にするか。中田はここで「呉越同舟」を取り上げる。一般には、敵同士が同じ環境にいるという意味で理解されがちだが、『孫子』の文脈では違う。中田によれば、仇敵どうしの呉と越の人でも、同じ舟に乗せれば手を取り合う、という意味である。仲の悪い者どうしを同じプロジェクトや同じチームに入れる、という発想になる。
中田は歴史上の例として二つを挙げる。第二次世界大戦期の中国で、国民党と共産党が対立しながらも日本に対抗するために手を組んだ国共合作と、仲の悪かった薩摩と長州が江戸幕府に対抗するために結んだ薩長同盟である。敵どうしに別の敵を見つけさせ、共通の目標に取り組ませれば仲良くなる。だからライバルを殺す必要はなく、自分のチームに入れて利用すればいい、と中田は説明する。
用間と火攻、最後に戻ってくる「怒りで戦うな」
中田は情報収集の話に戻り、第13篇「用間」を紹介する。スパイを使えという篇で、スパイには5種類あるなど、苛烈な内容だという。相手のトップから幹部、途中の人物まで名前を調べ上げ、どういう人物かを徹底的に探らせる。戦う前にここまでやる、ということが書かれている。
そして第12篇「火攻」は火で攻めよという篇だが、その最後に「怒りを以て師を興すべからず」と改めて書かれている、と中田は強調する。スパイや火攻めのような苛烈な手を使える者であっても、あいつが憎い、腹が立つという感情で戦いを始めてはならない。どうしても戦わなければならない理由があるときに、冷静に判断して始めよ、という意味である。
中田はここから、『孫子』は最初から最後まで、どうすれば戦わずに済むか、どうすれば戦いをうまく収められるかを書いた本だと結論づける。陣の取り方や攻め方を記した具体的な戦術書だと思っていた人には意外だろうと言い、人間関係のトラブルを収める本だと表現する。書店に並ぶ「仲良くしよう」という人間関係の本とは違い、やるときは徹底的にやれ、それでも逃げ道は残しておけ、と説く。嘘がなく、シビアだが響く、と中田は評価する。
なぜ一度は読まれなくなったのか
後半で中田は、『孫子』が一時期読まれなくなった理由を説明する。中田の見立てでは、『孫子』はあまりにも優れていたために、ずっとアップデートされなかった。
中田はこれをアリストテレスにたとえる。万学の祖と呼ばれたアリストテレスは天才視されすぎたため、一つ間違ったことを言っていても「アリストテレスが言うのだから正しい」とされ、科学が何百年も進歩しなかった。同じ大きさの金の玉と木の玉を落とせば重いほうが先に着く、という説を覆したのは、何百年も後にピサの斜塔で実証したガリレオ・ガリレイだった、と中田は語る。中国も日本も、『孫子』について同じ状態が続いた。
そこに西洋でガリレオ的な天才として現れたのがナポレオンだ、と中田は言う。中田によれば、西洋には戦いを体系化した戦術書がなく、戦の歴史は細切れに残されていただけだった。その理由について中田は、中国は広大な地域で一つにまとまっては分裂する争いを繰り返してきたのに対し、西洋は分裂して戦い続けながら一つにまとまったことがほとんどなく、それが体系化を遅らせたのではないか、と推測を述べている。
ナポレオンの戦術は天才的だったが、それをまとめたのはナポレオン本人ではない。中田の説明では、ナポレオンに敗れて捕虜になったプロイセンの軍人が、悔しさからいつか倒してやろうとナポレオンを研究し続け、ナポレオンの死後に『戦争論』を書いた。それが西洋の一大戦術書になった。
この流れを取り入れたのが明治政府だ、と中田は続ける。徳川家康の時代までは日本も『孫子』でやってきたが、日清戦争で日本が中国に勝った。中田はさまざまな背景があったと断ったうえで、日本が西洋式の武器と、ナポレオン由来の西洋式戦術を輸入して近代化していたのは事実だとする。そこで「孫子は古い。こちらのほうが新しいし、産業革命を経て武器も違う」という空気になった、と中田は説明する。
世界大戦の後、なぜ復権したのか
中田によれば、ナポレオンは勝つためにあらゆる相手を潰し、戦争をし続けた人物だった。貧しい境遇から10年で皇帝にのし上がり、ナポレオン法典を作り、学者を連れてエジプトに遠征して学術も発展させた。しかし皇帝になってから慢心し、権力をさらに追い求め、イギリスとの通商を断つためにイギリスへ物を売り続けるロシアを攻めて失脚した。中田は、それが「潰しまくる」戦術の行き着く先だったと語る。
世界大戦では、勝った国も負けた国も大きく疲弊した。戦後の冷戦期にアメリカとソ連の時代が来たのは、アメリカが戦地にならなかったからだ、と中田は言う。攻めに攻めたイギリスはぼろぼろになり、アメリカはイギリスを倒すことなく追い抜いた。中田はこれを『孫子』の記述と重ねる。勝つべきは敵にあり。戦を長引かせれば金がなくなる。敵は勝手に潰れることがあるので、必ずしも潰す必要はない。追い詰めすぎると大変なことになる。それらは「全部書いてあった」と中田は言う。
日本についても中田は、『孫子』ではなく『戦争論』式の、全員で一丸となって攻めるやり方で無理な戦いをしたのではないか、と問いかける。相手の力の調査を怠らず、少しでも強ければ引け、という『孫子』の教えを守らなかった国々が世界大戦でぼろぼろになった。だから『孫子』は再び価値を持ったのだ、というのが中田の解釈である。
中田は、第二次世界大戦後の冷戦や現代の外交にも「戦わずして勝つ」「自らの手を汚さずに勝つ」という発想を見る。アメリカにとってのベトナム戦争は、長引き、速攻で決められず、追い詰められた敵に迫り、怒りで攻めた戦いであり、そうするとしっぺ返しを食らうと分かった、と中田は語る。こうして『孫子』は現代でも有効だと見直され、孫正義やビル・ゲイツが愛読する本になった、と中田は説明する。
締めくくりに中田は、孫正義やビル・ゲイツがいなくなった後もこれからの時代を生きていく自分たちこそ読むべきだと勧める。そして、この動画は本当はアップロードしたくない、できれば隠して「用いてこれに用いざるを示し」たいくらいだ、と冗談を言い、それほど面白い本だと述べて話を終えている。
どうも、中田敦彦です。今日も早速参りましょう。エクストリーム世界史、孫子編。役に立つ。ありがとうございます。きました、孫子ですね。今、世界史と言いましたけれども、正直、世界史というか現代社会と言ってもいいぐらい、ビジネス書と言ってもいいぐらいの内容なんですよ。
そうなのと。まず孫子って何だっけと。孟子とか孔子とかいろいろある、諸子百家と言われる中国の思想家の1人なんですが、主には戦いに勝つという戦法を説いてる人なんですよね。むちゃくちゃ古い人なんですよ。春秋時代。殷、周、春秋、戦国っていう中国の歴史の最初の方よ。三国時代ってのもだいぶ前なんだけども、その三国志よりも前、その春秋時代なんですよ。
その兵法書がすごすぎるって、その春秋戦国の戦国時代にはもうスーパースターになったんですよ。「すげえ、この本」って、天下に名を轟かせた。その上で、その後、前漢、後漢があって三国時代になるわけじゃないですか。その三国時代のスーパースター、曹操。劉備玄徳、孫権がいて曹操がいる。その曹操っていう、悪のヒーローみたいな、すごい強いっていうね。劉備が人徳の人みたいな、「関羽、張飛、頼みますよ」みたいな状態ですね。「諸葛亮は戦略お願いします。あとは僕、人徳」みたいな、そういう劉備と、曹操ってとにかく強いんですよ。その曹操っていう戦略の天才が、「これはすごすぎる」って言って孫子に注釈を加えて読んでいたという。だからスーパースターが読んでいるスーパースターの本なんですよ。
その注釈を与えた本が、その後に隋、唐、五代の唐、唐の時代ね。ものすごい栄えた唐の時代に、遣唐使とかで日本に来るわけですよ。ようやくここで来るわけですよ。だいぶ後に日本に来るわけですね。その後も宋の時代とかも、まだその本はずっと残っていて、武経七書と言われるね。他にもすごい本、新しい本いっぱい出てくるんですよ。でもそのスーパー7の中のナンバーワンとして、まだ残ってる。ずっと残ってる。
そしてなんと、明の時代ね。日本で言うと戦国時代なんですよ。ようやく日本の戦国時代、ここら辺に来るわけですね。武田信玄といえば、風林火山ね。有名じゃないですか。信玄好きな人も多いと思いますね。風林火山、あれが孫子に書いてあることなんですよ。風林火山って孫子なんすよ。スーパースターが使ってきたんですよ。徳川家康は、孫子を江戸幕府の頃にいろんな武将に配ったらしいんですよ。「これ読め、読め、読め」って。ずっとスーパースターに読まれてる。
その後、最近で言うと孫正義、ビル・ゲイツ、愛読書らしいっす。孫から孫へという、とんでもない、2700年を経てまた孫にというね。とんでもないスーパー孫を作り続けてきてるという、このお話なんですね。
じゃあまずどういうお話か言った後に、なんでまた読まれてるのか。ここら辺を私、今省いたんですけれども、一時期、読まれなくなる時期ってあるんですよ。でもまた時を経て、リバイバルで今こういう現代の人たちに読まれてる。それがなぜなのかっていうのを、説明した後にご紹介したいと思います。一時期は滅びかけたという。「孫子の兵法なんてもういらない、古いよ」って言われてたのに、また読まれてる。そしてまたスーパースターを作ってる。それは一体なぜなのか。孫子の兵法というのがどういうものか、ざっくり分かるお話させていただきたいと思います。
実は非常に短いんですよ。13章しかないんですよ。13章で漢文にして約6000字。6000字といったら原稿用紙15枚ぐらいですよ。でも漢文だから、ちょっと意味的には長くなる。日本語にするともうちょいボリュームあるだろうけど、原稿用紙15枚ぐらいの漢文で書かれたもの。非常にコンパクトなんですよ。これは他の聖書とか、いろんな昔ながらの本にあるようなストーリー調のものじゃないんですよ。とにかく、こういう時にはこうすべし、こういうことはするべきではないと。「やれ、やるな」っていうのを端的に書いてある。それをいかに解釈して、自分の中で「それはその通りだ」って思えるかどうかがポイントなんですね。
本当に攻略本、勝利への攻略本がぎっちり詰まった本なんですけど、それをうまく使えるやつってのは、やっぱ頭のいいやつなんすよ。頭が良くて実際に勝負をしているやつには、むちゃくちゃ響く。そういう内容になっております。これ、13章が無駄がないんですよ。ざっくり言いますと、何とか編、何とか編ってあるんですけど、計篇ってあるんですよね。これも「戦いは開始前が大切だよ」っていうことを言ってるんですね。でもこの計篇で言ってることで、もうほぼ全てのイメージと言いますか、どういう書なのかってのが分かります。
開始前が大事です。戦う前だと。「兵は詭道なり」。詭道っていうのは、詭弁とかの詭なんですよ。戦うっていうのは、「騎士道とは正義です」みたいな、そういうことじゃないです。「兵は詭道なり」、欺くことだって言ってるんですよ。「何、卑怯を教えられるの? ズルのやつ?」。違うんですよ。ズルというよりは、非常にインテリジェンスなんです。頭を使わなきゃ勝てないぞ。戦う前に頭を使えよ。だから戦争する人だけじゃなくて、ビジネスマンにもむちゃくちゃ応用が利いてる。だから読まれてるんですよ。
戦う、それは戦争の時もあるだろうし、ビジネスでのライバルいますよね。学校での勉強もあるかもしれない。その全て、戦いですよ。そんな中で、戦いには頭を使わなきゃいけないんだ。しかも事前の準備が大事だ。そういうわけですね。1番有名なセリフから説明しましょうか。1番有名なセリフって、「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」。これですよね。これだけは聞いたことあるって人、多いと思う。これ、原典読んでみると、「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」っていうふうに書いてあるんですよ。なるほど。これはどこに書いてあるかと言うと、3番目のこの謀攻。謀攻という章に書いてあるんですね。
まず「開始前大切だよ」ってのがあって、2番目は作戦って言って、「お金の使い方大事だよ」って、ここに書いてあって、3番目に「戦うよりも作戦なんだよ」って書いてあるんですね。そこの中の1つに書いてある。どういう意味かと言いますと、敵がどういう状況かをしっかり知って、自分のことを知ると、戦いは勝てるようになる。でもここが面白いのが、ざっくり理解してる人多いんですけど、「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」って言ってんですよ。勝てるとは言ってないですよ。ここがポイントなの。殆うからず、負けないよ。実はこの孫子ってのは、負けないことがいかに大事で、勝つことを急いだらいかに危ないかっていうことを、ずっと説いてるんですよ。
負けないとは一体どういうことなのか。「彼を知り己を知る」。相手を知ってて自分を知ってる人は、「どっちが強いかな、どうやれば勝てるかな」って考えられるから、負けづらい。でも自分のことしか知らない人の方が多いでしょう。向こうのことよく知らないにもかかわらず喧嘩を売ったら、それは五分五分だと。だって自分が強いって自信持ってるから喧嘩売るわけでしょう。「俺はいけるよ」。でも相手がどれぐらい強いか分かんない時は、自分より強いかもしんないし、弱いかもしんないから、五分五分でしょう。
自分の強さも全く分からない状態で、わけの分からない相手と「とりあえず戦ってみようか」みたいなね。要するに、初めてやるゲームでネット対戦するようなもん。このゲーム、どれぐらい自分が向いてるか、強いかも分かんないけど、「とりあえずやってみっか」とか言って、相手が「チャレンジャー、come」みたいになったら、それじゃもう大概が負けますよというふうに言われてるわけですよ。大概、そういうネットチャレンジャーみたいなの強いわけじゃないですか。自分は初心者だから分かってないけど、分かってなくてやるとほぼ負けます。自分だけ分かってると五分五分です。両方分かってたら負けづらい。そういうふうに言ってんですね。負けづらい、なるほどな。
その上で、これ孫子の兵法と言いながら、へえって思うのが、いかに戦わないかを書いてあるんですよ。いかに戦わないか。「小敵の堅は大敵の擒」っていう言葉があるんですけど、弱いやつが意固地になって戦いを挑んだら、必ず強い敵には負けます。なので、なるべく強い相手だなと思ったら、絶対戦わないでください。こういうことが書いてあるんだよ。「強い相手でもハートがあれば必ず勝てる」「魂で攻めろ」みたいな、そういうことじゃない。少年漫画的な熱血の精神論は一切ない。むっちゃ冷静。向こうの方がちょっとでも強かったら引けっていうね。向こうが超強いんだったら絶対引け、関わるなってことが書いてあるわけなんですよね。
その上で、じゃあどのようにして戦うか。勝てそうだな、調べました、自分のことも分かりました。「ライバルはこういうところが強いんだ。俺はこういうところが強みだな。でも今、状況的に俺もちょっと勝てる可能性あるな」と思ったら、どう戦うか。これ3番目ね。どう戦うか、まだ戦わせてくんないの。「戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり」って言うんですよ。「まだ戦うな!」って言うんですよ。勝てそうでも、戦わずして向こうに勝てばいいんだよっていうふうに言うんですね。ものすごい調略。調査からの調略ね。最善の手は喧嘩しないこと。向こうが例えば何かを持ってて、それが欲しいんだったら、喧嘩して取るんじゃなくて、何とかして向こうがこっちにそれを譲るように持っていくとか、そういうことが書いてあるわけですよ。
しかも、この形っていうね。形、フォームですよ。どういうフォームかって、相手を潰すじゃないです。「守りを固めて待つ」って言うんですよ。いざ戦うにしても守りを固めて待つ。どういうことか。「勝つべきは敵にあり」。勝てるかどうかは自分次第ではないって言うんですって。面白いですよ。自分を知り敵を知るでしょう。その上で、やる前に「やらなくて勝てないかな」をやるわけでしょう。全然ストリートファイター始まりませんよ。リサーチが始まるからね、ネット対戦の前に。「この人強い」。ランキング全部見て、「この人が来たら、はい、外れまーす」みたいなね。ネット対戦全然始まんないの。ずっとランキング見て、「来た、強い。じゃあやめまーす」。
戦い始まるってなったら、戦わずしてハローね。「ハロー」って言って、「この戦い、ちょっと譲っていただいて」みたいな感じをやった上で、さらに戦いが始まる時も、「勝つべきは敵にあり」。だから自分は攻められても脅かされない状況を作る。その上で、相手が崩れるのを待ちましょうって言うんですよ。
これって大人になると、結構説得力帯びてきません? 僕、子供の頃、孫子って聞いた時に「そうなんだ」とは思ったけど、やっぱり勝ち気で行きたいじゃないですか。「鍛えろ。お前が強くなれば必ず勝てる」みたいなね。「うわあ、もう行ってやれ」みたいな、そういうこと考えたんですけど、大人になればなるほど、めちゃくちゃ説得力があるんですよ。そうだと。下手に戦って負けたことがあったりとか、よくよく「あいつが目の上のたんこぶだ」ってやつが勝手に失脚したりとか。そういう経験を大人になってしてくるにつれて、「あれ、これむちゃくちゃ現実味あるな。これがむちゃくちゃ今、俺に役立ちそうだ」っていうことを、大人に教えてくれるんですね。面白いんですよね。
私、最初、漫画で読もうと思って、こういう漫画読みました。『マンガ 最高の戦略教科書 孫子』っていうね。これ、読みやすそうでしょう。読みやすいんですよ。でもこれは全部を書いてるわけじゃない。その中からトピックを選んで、その上で「現実で言うとこうだよ」みたいな、非常にサクッと読めたんですね。分かりやすい。じゃあ硬いのも読めるかなと思って、がっつり硬いのに行きました。『孫子』。硬いんすよ、これ。すごいんすよ。ただ、これ読んだけど、めっちゃおもろかった。面白いんすよ。なんでかって言うと、人って自分に関係ない話ってあんまり入ってこないけど、読めば読むほど、「これむちゃくちゃ関係あるわ」って思ってきちゃうんですよ。
いろんな仕事とか勉強とか、いろいろ悩んでる人います。人間関係悩んでる人います。これ、実はビジネスとか勉強とか全部いいって言ったのはなんでかというと、これ人間関係の本だからなんですよ。人は木とか石とかと戦いませんね。人は必ず人と戦うんです。なので、人を熟知してるかどうかで勝負が決まるんです。なので現代にも通じるんですよ。2700年、全員が人間関係って大体一緒じゃないですか。自分の味方がいて、でも味方に裏切られたり、似たような能力のライバルがいたり、そういうことが常に続く。挫折があって、うまく目標を達成できない時があって、そういう時に悩む。それは人の研究なんですよ。人間を知り尽くしてる。こう思うわけですね。ものすごい面白いですね。
その上で、他に言うと、勢。「個人よりチームだよ。勢いが大事だよ」。これも少年漫画と逆なんですよね。「たった1人すごい強ければいい」じゃないです。チームで一気に戦わなきゃいけないよ。その上で敵を操るんだ。どういうふうに操って戦うか。この途中のところ行きましょう。「勝つべきは敵にあり」って言いましたよね。待機する。その上で、どういうふうに作戦を取って敵を操るか。
「上兵は謀を伐つ。次は交わりを伐つ。その次は兵を伐つ。その下は城を攻む」。どういう意味でしょうか。戦いというと、相手の兵士と戦うっていうのがみんなの考えじゃないですか。1対1、「ライバルはあいつだ。あいつを倒せ」。そうなるんです。違うんですよ。まず伐つべきは謀。つまり、相手が何をしたいかを潰すことだって言うんですよね。なるほど。向こうが例えば僕に対してものすごい攻撃的だと。何だろうと。「あの人は僕に会社を辞めてほしいのかな。それともお金が欲しいのかな」。それが分かれば、その謀さえ伐てばいいわけですよ。そこに対して対処すれば良くて、相手をボコボコにするのは意味が全く違いますよね。
意地悪してくるやつがいる。「おーい、中田」と石投げてくる、消しゴムのカス投げてくる。分かんない、投げてくるだけですけども、投げてくる。「何なんだ、この野郎、ボーン」って行くよりも、相手が何をしたいのかな。そういうふうに、まず謀、相手が何を考えてるのかを見つけて、それに対処する。その次は交わりを伐つって言うんですよ。向こうの考えが分かったと。その上で、どうやら戦いになる。そうなった時ですよ。分かったと。「交わりを伐つ」って言うんですね。
あいつの味方をなくしてくんですよ。「あいつ、どうも性格が悪いらしい」とか、「あいつにこんなことをされた」とか。そうやって、何となくそいつの味方がどんどんいなくなるように仕向けてった後だったら、こっちの味方増やしとくわけですね。こっちの交わりは保ちつつ。そしたらもうお手のもんじゃないですか。こっちのもんでしょう。交わりを伐つんだと。その次は兵を伐つんだと。「この野郎」とするしかない。最悪なのは城に攻めに行くことだって言うんですよね。つまり、向こうに有利な陣形を取られてる上で喧嘩をするっての、1番悪いよね。これなんですよ。だからまずは自分が何をすべきか。こういう戦い、頭良くない? めっちゃ面白いですよね。すごい具体的なんですよ。端的に言ってるんですけど具体的。
その上で敵を操る。虚実ね。弱いところと強いところって意味らしいですね。「兵の形は水に象る」。兵は水です。どういう意味でしょうね。人は水のように低きに流れるとかって、水でそういうふうに使われる時もありますけど、この時の水っていうのは、変化するってことらしいんですよ。ワンパターンで攻めてはいけないね。水のように変化しなさいよと。いろんな手を使いなさいよと。その上で、「実を避けて虚を撃て」。
水のようにすーっと低いところに流れる。この低いところに流れるってのは、だらしなくなるって意味じゃないらしいんですよ。要するに、行けるところを攻める。塞がれてるところを何度も何度も攻める水ってないでしょう。大体行けるところに流れていくでしょう。行けるところ行け。つまり弱点を突けって言ってんの。だから向こうの恋のライバルがいて、そいつがサッカー部だったとして、サッカー部のレギュラーだったとして、「サッカーで勝負だ!」って言わないよね。恥かくしかないもん。だってこっちは帰宅部なんだからね。
そういう時にどうしようかな。違うところで勝負するわけですよ。彼はサッカーで忙しくて勉強があんま出来てないんだったら、そこで勝負するとかね。だから漢文がすごい得意な時に、漢文の授業の時にいいところを見せて、「何とか君はできますか?」とか言ってみたりしてね。「え?」なんてね。弱いところを突くんだと。弱点を突けよと。いろんな戦略で弱点を突いていくんだ。だから水のように象れよと。自由に弱いところを突いていく。だからこの作戦というのは、必ずしも力が強いとか才能があるとかっていう人だけのためじゃないんですよ。いかにして戦略で勝つか。ここが面白いところなんですよね。
その上でやってきました、軍争の章があるんですけど、ここは「やるとなったら素早く仕留めろ」っていう章なんですよ。だってここまで全然戦ってなくない? 13章のうち6章ぐらいまで全然戦わせてくれないんですよ。準備しろってね。準備をするんだ。なるべく戦うな。戦う前に考えろ。守りを固めろ。仲間を増やせ。相手を操れ。でもやるんだったら、っていうのが7章から始まるわけですよ。それでもやんなきゃいけないんだったら、風林火山だっていうわけなんですよ。ここで武田信玄ですね。
風林火山、あれどういう意味でしたっけ。もう忘れてる人多いと思います。「風林火山、何でしたっけね」みたいなね。これ実は、やる時、実際にもう兵を伐たなきゃいけない時は、要するに集中速攻ってのを言ってるわけですね。「疾きこと風の如く、徐かなること林の如し」。ビューン行って、シュッ、「徐かなること林の如し」。そして「侵掠すること火の如し」。攻めるわけです。「動かざること山の如し」。
その上で、この続きあるって知ってました? 風林火山に。風林火山、実は陰雷ってのが続くんですね。これ陰と雷、いかずちなんですよね。「知りがたきこと陰の如し」。潜め、潜め。その上で「動くこと雷霆の如し」というね。これ要するに、蝶のように舞い、蜂のように刺すみたいな、そういうお話ですよね。静かな時は静かだよね。林と山、全然静かじゃん。でも動いたとなったら、風と火、雷なんですよ。これを交互に繰り返してるでしょう。速いのは風。静かなのは林。侵略は火で、動かない時は山。知られたくない時は陰。動く時は雷。サイレント&スピードなんです。
やる時はもう一瞬で決めろね。喧嘩になったってなったら、バーンって行かないと、じわじわやってたらダメだぞって言うんですよ。これはこの2番の作戦の時も出てくるんですよ。「もうこれだ」ってなったらスピーディーに決めろ。長くやってると持たない。まずお金がなくなるでしょう。経済的にも厳しくなるし、兵士がどんどん疲れてくるし、長い戦いには何のメリットもないぞっていうわけですよ。戦はなるべくするな。考えろ。仲間増やせ。作戦立てろ。でもやるとなったら速攻だ。速攻で決めろ。そしてすぐ切り上げろ。
切り上げろっていうのも、すごい書いてあるんですよね。「窮寇には迫ることなかれ」。これどういうことか。窮って、もう追い詰められている。寇、敵ですよ。追い詰められた敵に迫ることはするなと。追い詰められたやつはすごい力を発揮する。だからバーンと速攻で決めて、勝利だって決まったら、とどめをずっと刺したり、いじめたりするのはやめろと。もうそこでやめる。パーンってスパッてやめる。それが大事なんだ。そこからじわじわやってると、ものすごい怒りで反逆されるぞ。窮鼠猫を噛むって言葉があるじゃないですか。それの逆なんですよ。窮鼠には手を出すな、噛まれるからって、ここで書いてある。
いろんなことわざが混じってきてますよね。だってこれ、「兵は詭道なり」っていう時に、なるべく戦うなよ、相手が強かったら引けって言ったけど、逆に自分の強さってどれぐらい分からせた方がいいんだろう。誇示した方がいいのかな。違うんです。「能なるもこれに不能を示し、用いてこれに用いざるを示せ」って言うんですよ。これどういうことかというと、力があった、こっち側に力があったとしても、決して知られるな。作戦を考えついたとしても、決して教えるな。こういうことなんですよ。つまり相手のことはむちゃくちゃ調べるけど、自分のことは絶対に知らせない。すごい用心深いですよね。
この孫子の時代ってのは、もう1度負けたらおしまいだ。そして敵はたくさんいるぞって時代だった。だって春秋時代って、いろんな国がいっぱいあったんですよ。春秋戦国ね。その時代、キングダムの時代って、もうライバルだらけ。1回捕まったら、この荒れてる時代だから必ず殺される。そういう時代なんです。でもそういう時代の方が多いんですよ、人類史上。戦国時代もそうでしょう。要するに荒れてる時代ですよ。あいつも敵かもしれない、あいつも敵かもしんない。そして1度失敗したら、もう成功はできないかもしれない。1度失脚したら、1度吊し上げられたら、大変な時代じゃないですか、今。
SNSとかで、1回炎上して、1回何かをやってしまった。それずっと叩かれたり、大変でしょう。ミスができないけど、ものすごいみんなに見られてる。そういうストレスフルな時代にこそ役立つんですよ。だから隠れろって。「知りがたきこと陰の如し」。いざやるとなったら一瞬だぜ。それまでは蓄えろ。相手が強いうちは黙っとけ。「窮寇には迫ることなかれ」。行ったらバーン、勝負決めろ。一瞬で決めたら、もうすぐ撤退して、迫るなよと。
しかも、とどめ刺すなって言うんですよ。面白いよね。一瞬で決めて、一瞬で殺せじゃないんですよ。「敵を殺す者は怒なり、敵の貨を取る者は利なり」。つまり敵を殺しちゃう、とどめ刺しちゃうっていうやつは、怒りで我を忘れてる。敵をもし倒したのなら、その敵をうまく利用しろ。敵の持ってるものを奪うのか、敵の持ってるものを使うのか。仲間にするもいい。敵の貨を取るのだ。それが利なんだ。これもかなり現実的ですよね。
こういう、やりすぎちゃって人心を失ってしまったっていうのは、チンギス・ハンの時、思い出しません? チンギス・ハンってのはものすごいヒーローだった。でもそれを「ああ、悔しい」と思ってたライバルが、その敵を殺せ、チンギス・ハンの部下だったかな、殺しちゃう。その殺し方が残虐すぎて、徹底的にやったもんだから、一気にみんな引いちゃう。「この人危なーい」って。それで結局、いい王になれなかった。そういう話もあるわけですよ。やりすぎたがために人心を失った王っての、いっぱいいる。勝ち方にもルールがあるんだよってわけ。でも利用すりゃいいじゃん。仲間にしちゃうんだよ。そいつのいいもの使うんだと。
じゃあどうやればいい。敵だったやつをどう味方にすればいい。そこも書いてある。そこで出てくるのが呉越同舟って言葉なんですよ。これも四字熟語で聞いたことありますよね。風林火山とか呉越同舟なんての、ことわざと慣用句、四字熟語に載ってますよ。呉と越という国は敵の国なんですよね。その敵同士の国民が2人、同じ船に乗っちゃってる。敵なのに同じ環境にいるっていうところだけで理解してる人いるかもしれませんが、この孫子の文脈における呉越同舟っていうのは、そうじゃないんですよ。
どういう意味かと言うと、呉と越の、要するに敵同士でも同じ舟に乗せたら手を取り合うって言うんですよ。これ面白いんですね。つまり、あいつとこいつは仲悪いなと思ったら、実は同じプロジェクトをさせる、同じチームに入れる。面白いやり方ですよ。これって俺、世界史で言うと、中国が第二次世界大戦の時に国民党と共産党で割れてたの、中で。でも日本とかに対抗するために、国共合作って言って一時手を取ったでしょ。そういうのっていっぱいあるんですよ。
薩長同盟だってそうじゃないですか。薩摩、長州、仲悪かったでしょう。でも江戸幕府に対抗するためだったらって言って、薩長同盟作ったから、大きいことを成した。国共合作も薩長同盟も、これ呉越同舟、孫子に載ってたって言うんですよ。面白いですよね。敵同士は違う敵を見つけ、同じプロジェクトを進めさせることで仲良くさせるのだ。だからライバルだったやつも殺す必要はない。我がチームに入れて利用しろ。そういうことまで書いてあるわけですね。
その上で、情報収集のところに戻るんですけど、用間の章ってのがありました。スパイを使えっていう章があるんですよ。これが結構苛烈で、スパイにも5種類あるとか言って、いろんなスパイのやり方がいっぱい書いてますね。もう戦うとなって、敵もいるわけじゃないですか。どいつがどうなのかということは、事前に調べると言ったが、どう調べるか。スパイを使うんだ。「姓名を知り、我が間をして必ず索めて之を知らしむ」。どういうやつがいるんだろう。向こうの1番トップから、幹部から、途中のやつから何から、すごい調べ上げて、名前を調べて、「どういうやつですか、どういうやつですか」と、むちゃくちゃ調査して、とにかく戦う前にここまでやるぞっていうことが書いてある。スパイも使えるぞ。
そして最後、火攻ね。火攻の章があるんですね。火攻の章は火で攻めろと書いてあるんだけど、その最後の最後に、ここまでしなきゃいけないのが戦いなのだが。だから結構苛烈なやり方だよね、スパイ使えとか火使えっての。その最後に書いてるのが、「怒りをもって師を興すべからず」って、もう1回書いてあるんですよ。決して感情で戦ってはならない。これがきっちり書いてあるんですよ。ここまでの作戦が使えるやつだとしても、あいつが憎いとか、あいつに腹が立つっていうことで、これを始めてはならない。どうしても戦わなきゃいけない理由がある時に、冷静に判断して戦いを始めてくださいというふうに書いてあるんですって。
だから最初から最後まで、どうやったら戦わないで済むかを書いてあるんです。そしてどうやって戦いをうまくまとめるか。これってすごく意外じゃなかったですか。孫子って、いろんな陣の取り方とか、こっちから攻めろとか、あっちから攻めろっていう具体的な戦術本だと思ってた。でもそうじゃないんですよ。すごく人間関係のトラブルを治めるっていう本なんですよ。面白いですね。でも現実的だよね。
いわゆる人間関係の本って、本屋さんに行きますと「仲良くしよう」みたいな、いろんな本あると思いますよ。だけど、やる時はもう徹底的にやれとか、それでも逃げ道は作っとけとか、嘘がないんですよ。ものすごいシビアなんだけど、すごく響くものがある。じゃあこれがなんで今読まれてるのか。ここなんですね。
実はこの孫子の兵法ってのは、すごすぎて、すごすぎるがゆえに、ずっとアップデートされなかったんですよ。もう足すところないみたいな。だから言ったら哲学とかで言うと、科学で言うと、アリストテレスみたいなもんだね。いたじゃないですか、アリストテレスっていうすごいやつがいて、万学の祖って言われるんですよね。哲学の動画見ていただきたいんですけど、アリストテレス、あまりにも哲学的にもすごいこと言ったし、科学のいろんな法則発見したもんだから、天才ってなりすぎて、1個間違ったこと言ってたんだけど、それも「いや、アリストテレスが言ってんだから間違いない」。そういうふうな感じで、そこから科学が何百年も進歩しなかった。
金の玉と木の玉が同じ大きさであったとして、重さが違う。重い方が先に、地面に落としたら着く。そういうふうにアリストテレスは言ってたけど、そうじゃないって言ったのは、何百年も後にガリレオ・ガリレイがピサの斜塔でそれを証明した時だった。それぐらいアップデートされないすごい人ってのはいるんですよ。「こいつは天才だから、絶対間違いない」。それがずっと続いたのが中国。日本だってそうだった。ところが、それを超えるガリレオ・ガリレイ的な天才が西洋に現れた。それがナポレオンだったの。
実は西洋でのこういう戦術書っていうのは、まとまったものがなかったんですって。戦のヒストリーってのは小分けにされてたわけですよ。戦を体系立てて、これが戦術だってした本がなかった。中国と大きな違いっていうのは、多分すごく大きいエリアの中でものすごい争ってきた1つの国ですよね。だからその分、ギュッとまとまって分裂してっていうのをやってきた。でも西洋ってのは分裂して戦い続けてるけど、1個にギュッとなった時はないでしょう、なかなか。それがなかなか遅らせたんじゃないかなと。それが、ナポレオンが生んだんですって。
ナポレオンの戦術ってのはあまりにも天才的だった。でもナポレオンが書いたんじゃないんですよ。これ面白いのよ。ナポレオンが書いたんじゃないのよ、このナポレオンの戦術書。実はナポレオンに負けて捕虜にされてたプロイセンの兵士が、悔しすぎて、ナポレオンにだけはずっとやられてきて悔しいから、「どうにかしてナポレオン、いつか負かしてやる」と思ってたんだって。そいつがナポレオンをずっと研究してた。どうやって負けた、どうやって戦ってた、なんですごかったかまとめて、ナポレオンが死んでから書いたんですよ。『戦争論』っていうの。それが西洋の一大戦術書になった。面白いですよね。
そしてそれを取り入れたのが明治政府なんすよ、日本の。つまりここまで、徳川家康のところまでは、この孫子の兵法で来てた。ところが日清戦争で日本が中国に勝つでしょう。もちろんいろんな状況があったわけですよ。バックボーンがついてたとかね。ただ、日本が近代化してたっていうのは事実なんですよ。何を近代化してたって言うと、戦術。そして武器、アップデートされてた。西洋式の武器と西洋式の戦術、それはナポレオンの戦術だった。これを輸入して勝ったという。
とんでもないよね。今度はこっちから来るわけですよ。「いやあ、これもう孫子古くない?」ってなっちゃったわけですよ。「ずっと2000年前だもんね」なんて言って。「千何百年前だもん、こっちのが新しいよ。しかも武器が違うもん、産業革命だぞ。こっちはね、やってやれ」。そうなるわけですよ。そこで来た世界大戦。じゃあなんでこれ復権したのか。ここが面白いんですよ。
とにかく潰しまくるでしょう。ナポレオンって全部潰す。必ず勝つ。勝つためなら戦争しまくってきた男ですよ。そしてイギリスの通商をシャットアウトして、「イギリス、お前ふざけんな。イギリスに物を売り続けてるロシアから潰したら」って言って失脚した男。ナポレオンってすごかったんですよ。貧しいところから皇帝に10年でのし上がり、そこからナポレオン法典を作り、学者たちを連れてエジプトに遠征してる。ものすごい学術的にも発展させた。でも皇帝になってから慢心してしまったんです。自分の権力をさらに、さらに、さらにと追い求めた結果、潰れてった。そういう戦術なんですよ。
世界大戦ってどうでした? 勝った国も負けた国もむちゃくちゃ疲弊したんですよ。実は第二次世界大戦の後、冷戦時代になりますよね。アメリカとソ連の時代来るんですよね。なんでかと言うと、戦地になってないから。アメリカは戦地になってないから、イギリスより強くなっちゃったんですよ。逆にイギリスは攻めに攻めに攻めた結果、ボロボロになってた。「あれ、これって何か書いてない?」。そうなんすよ。「勝つべきは敵にあり」。アメリカはイギリスを倒すことなく、イギリスを抜いてますよね。
その上で「窮寇には迫ることなかれ」って言ってるんですよ。お金の使い方で、戦を長引かせたらおしまいだぞ、金がなくなるからね。敵は必ず潰す必要はない。なぜなら相手は勝手に潰れる時があるからだ。追い詰めて、追い詰めて、追い詰めると大変なことになるぞ。全部書いてあった。そう、イギリスはそこでものすごい疲弊したわけですよね。
その上で日本もどうでした? 日本もこの孫子の兵法ではなく、この『戦争論』式のやり方、全員で攻めろ、一丸になれ。無理な戦いしてませんでした? そうですよね。この孫子の兵法って、無理するなって戦いでしょう。絶対に。「小敵の堅は大敵の擒である」。「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」。決して向こうの力のリサーチを怠るな。そして向こうが少しでも自分より強ければ、すぐに引け。それをしなかった国々がボロボロになったんですよ、世界大戦で。
そして「これはやっぱり大事だったのかもしれない」ということで、孫子がまた価値を持って輝き出すんですよ。第二次世界大戦以降、戦わずして勝つのか。冷戦だってそうでしょう。いろんな今、外交でなるべく戦わずして勝とう、自ら手を汚さずして勝とうという大国の方が増えてるわけですよ。アメリカも1回大変な目に遭いましたからね。ベトナム戦争ですよ。ベトナム戦争ってのはまさに長引いた戦いでしたね。速攻で決めなかった。窮寇に迫ってしまった。怒りを持って攻めてしまった。そういうことをやってしまうと、「そうか、しっぺ返しを食らうんだ。現代でもこれ有効なんだ」ということで、孫、ビル・ゲイツということになったということなんですね。
だとしたら我々ですよ。これからの時代、まだまだ生きていかなきゃいけない。孫正義、ビル・ゲイツがいなくなった後も我々は生きるんですよ。そうなったらこれ読まなきゃいけないですよね。むちゃくちゃ面白いです。むちゃくちゃ面白いんですよ。僕はこれ動画作りましたけど、正直アップロードしたくないぐらいですもんね。隠したい、できればね。「用いてこれに用いざる」にしたいですね。非公開にしちゃいたいぐらい、それぐらい面白い孫子。ぜひ読んでみてください。ではまた。
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