夏目漱石『こころ』はなぜ読み継がれるのか 中田敦彦が読む「明治の精神」と理解できなさの意味
中田敦彦のYouTube大学 - NAKATA UNIVERSITY名作文学には、誰もが読んでいる前提で語られるのに、実際には読んでいない、あるいは昔読んだきり内容を覚えていない作品が多い。中田敦彦はその代表として夏目漱石『こころ』を取り上げ、あらすじを紹介したうえで「なぜこの話がそこまで評価され、売れているのか」を説明する。中田の立場ははっきりしている。『こころ』は三角関係の恋愛小説に見えるが、実際には明治から大正への道徳の移り変わりを描いた作品であり、現代の読者が先生の死を理解できないこと自体に最も面白さがある、というものだ。
「日本で最も売れた小説」の一つとしての『こころ』
中田によれば、『こころ』は新潮文庫の中で、日本の小説としてはおそらく最も売れている作品だという。何を小説に含めるか、どの版を数えるかで順位は変わるとしつつ、ベスト5には確実に入り、ほぼ1位と言ってよいと述べる。これと競っているのが太宰治『人間失格』で、中田は「夏目対太宰」の争いが何十年も続いてきたと表現する。教科書にも載っている有名作でありながら、題名だけでは何の話か掴みにくい。その点を解きほぐすのが今回の狙いだと中田は語る。
作品は「上 先生と私」「中 両親と私」「下 先生と遺書」の3部構成である。上と中は語り手の「私」から見た先生の話で、下は先生が書いた遺書がまるごと収められている。中田は、作品の3分の1以上が遺書で占められている点を強調し、『こころ』を「遺書小説」と呼ぶ。また、時代設定が明治時代の末であることを「実はすごく大事」として、最初に頭に入れておくよう促している。
上「先生と私」:鎌倉での出会いと先生の影
主人公の「私」は学生である。授業がつまらない、この学校に来たのは間違いだったかもしれないと、自分の将来や学ぶことにもやもやを抱えている。中田はこれを、今の大学生にも共感しやすい主人公だと説明する。
その私が夏に鎌倉へ海水浴に行くと、西洋人と一緒にいる目立つ男がいた。当時は西洋人が珍しく、気になった私はその男と親しくなる。それが先生である。博識で話が面白い大人の男性で、私は「先生と呼んでいいですか」と頼み、東京に戻ってからも家を訪ねるようになる。冒頭の「私はその人を常に先生と呼んでいた」という一節は非常に有名だと中田は紹介する。
東京で先生の家を訪ねると、1回目は留守、2回目は美しい奥さんが出てきて、先生は雑司ヶ谷へ友人の墓参りに行っていると告げる。中田はここを「ポイント」とする。私は雑司ヶ谷の墓の近くで待ち、偶然先生に会うが、先生はひどく動揺し、なぜ墓参りをしているのかと聞いても「なんでもない」と答えるだけだった。
中田は上巻を「先生の思わせぶりブロック」と呼ぶ。先生は折に触れて意味深な言葉を口にし、理由を問われると「なんでもない」とはぐらかす。私がカップルを見て気に食わないと話すと、先生は「恋は罪悪だよ」と言う。私の父が田舎で病気がちだと話すと、遺産相続をきちんとしておくよう勧め、「金は人を変える」と語る。さらに「人は信用できない」とも言い、それは人が悪いのではなく自分のせいだと付け加える。中田は、夏のきらきらした鎌倉の海で先生が目を引いたのは、その風景にそぐわない悲しい雰囲気をまとっていたからかもしれない、と読む。
やがて私は奥さんに、先生に何があったのかを尋ねる。奥さんは事情を詳しくは知らないが、先生は昔は明るく頼れる人だった、ある時から変わったと答える。お金、墓、命、恋愛をめぐって何か大きな傷を負い、それが先生を人間不信と絶望をまとった人間に変えてしまった、ということが上巻で示される、と中田は整理する。
中「両親と私」:明治天皇の崩御と分厚い手紙
中盤で状況が動く。私は父の具合が悪いと呼び戻され、田舎に帰る。父は思ったより元気だったが、明治天皇崩御の知らせを見てから急に気力を失い、体調も悪化していく。中田の語りでは、父は自分の生きた時代が終わるのかと弱気になり、精神的にも衰弱していく。
父が危篤に近づくなか、母は私に、ふらふらしていないで父を安心させろと言い、「先生」に就職の斡旋を頼む手紙を書くよう勧める。私は、先生はそういう種類の先生ではない、人生を学べそうだから一緒にいるのだと思いながらも、仕方なく手紙を送る。しばらく返事は来なかったが、父の容体がいよいよ危ないという時に先生から手紙が届く。
その手紙は異様に分厚かった。私がちらりと後半を見ると、「この手紙があなたの手に落ちる頃には、私はもうこの世にはいないでしょう」という趣旨の一文があった。就職の返事ではなく遺書だったのである。父も危ない状況で、私はその手紙を読み始める。中田は、上と中はここに至るための前振りであり、『こころ』のすべてはこの遺書にあると述べる。
下「先生と遺書」:叔父の裏切りと下宿での出会い
遺書によって先生の過去が明かされる。先生は両親を病気で一度に亡くしていた(中田は腸チフスだったかと記憶をたどりながら話している)。家は裕福で遺産も多かったが、先生は忙しかったため管理を叔父に任せていた。ところが叔父はその遺産を独り占めしていた。信頼していた親族に裏切られ、親族の中から追い出されるようにして先生は家を出る。「金は人を変える」「人は信用できない」という先生の言葉の出どころはこの事件だった、と中田は説明する。
逃げるように家を出た先生は下宿を探す。そこはお嬢さんとその母が切り盛りする下宿で、お嬢さんの名前は静という。最初は傷ついて誰も信用できなかった先生だが、和やかな会話を重ねるうちに少しずつ心を開いていく。
親友Kの登場と三角関係
そこにもう一人の人物が現れる。先生の幼馴染みのKである。Kは医者になるよう言われていたが家業を継ぎたくないと別の道を選び、勘当されて費用も得られず困窮していた。先生は幼い頃からKを尊敬しており、自分も心を開ける場所を見つけたのだから、ここならKも受け入れてもらえるだろうと考え、同じ下宿に誘う。
Kも最初は心を閉ざしていたが、次第に打ち解けていく。先生はそれを良かったと思う一方で、Kと静が二人で話しているのを見るとざわつく。何を話していたのか聞いても「別に」とかわされ、二人が連れ立って町から帰ってくることもある。静に「どこへ行っていたか当ててみて」と言われ、自分は道化なのかと感じる。中田は、後から来たKが調子に乗っているのではないかという先生の苛立ちが、じわじわと積み重なっていく様子をくだけた口調で再現している。
決定的な日が来る。Kが「話を聞いてほしい」と切り出し、静を好きになったと打ち明けるのである。中田によれば、先生自身、静をそこまで好きだったのかは自分でもわからなかった。しかしKに好きだと言われた瞬間、渡したくないと思った。先生はKの相談を受け流しながら、その数日後に静の母のもとへ行き、「娘さんを僕にください」と先に申し込んでしまう。母は突然のことに驚くが、付き合いも長いのだからと承諾し、静本人の了承も得て、話はとんとん拍子に進む。
Kの死と先生の罪の意識
しかし先生は、そのことをKに言えなかった。好きだと打ち明けられたうえで先を越したのだから、言えるはずがない。ある日、静の母から、Kには結婚のことを話したのかと聞かれる。まだだと答えると、母はすでにKに伝えてしまっていた。Kは「おめでとうございます」と言って出て行ったという。先生は、Kに話して謝らなければならないと思う。その2日後、Kは自殺する。
Kの遺書には、先生への恨みも静への思いも書かれていなかった。自分が未熟だった、この先が見えない、という内容だった。静も母も事情を知らず、先生を責めるどころか「あなたのせいではない」と慰める。Kの気持ちを知っているのは先生だけで、その事実を抱えて悩み続けてきたことが、先生の影の正体だったと遺書は明かす。
中田はここで、上巻の謎めいた言葉がすべてつながると説明する。「恋は罪悪」とは、恋という罪を犯して親友を死なせたという意味だった。「人は信用できない」とは、叔父の裏切りを恨み罵っていた自分自身が、同じように親友を裏切ったという自己嫌悪だった。先生は罪の意識から毎月一人で雑司ヶ谷の墓へ参っていたのである。そして先生は、この苦しみを背負ったまま生きながらえることはできないとして自ら命を絶つことを決め、このことは妻の静にも言わず、私だけの秘密にしてほしいと書き残す。小説はそこで終わる。
恋愛小説として読むと残る「わからなさ」
中田は、学校では『こころ』が三角関係のラブストーリーとして教えられることが多いと指摘する。親友に恋の相談をされたのに先に告白してしまい、親友が傷つく、というのは学校生活でもありそうな話なので、そこに焦点を当てて教える人も多いだろう、という見立てである。
一方で、よくわからないという読者も多いと中田は言う。718万部読まれていながら、レビューには「この男は自分勝手すぎる」「なぜ奥さんを残して死ぬのか」「親友にもいろいろあったにせよ、死ぬことはないのではないか」といった声が多い。親友の死は自分の責任だから死ぬ、という先生の結論は、せいぜい「それほど苦しんでいたのか」という程度にしか受け取られない。中田は、ここからもう一歩踏み込んで読むと、漱石が何を書きたかったのかが浮かび上がると述べる。
鍵としての明治天皇の崩御と乃木希典の殉死
中田が挙げる大きなポイントは二つある。一つは、私の父が明治天皇崩御の知らせを境に衰弱していったこと。もう一つは、先生の遺書の中で、明治天皇の崩御と乃木希典の殉死に触れられていることである。
中田の説明によれば、明治天皇の死後、陸軍大将の乃木希典が夫婦で後を追って自殺し、大事件となった。その最期について中田は、当日の朝に妻と写真を撮り、これから後を追わせていただくとしたうえで、腹を十字に切り、軍服のボタンを留めてから喉を突いて亡くなった、それが正式な切腹の作法だったと紹介する。そして、それを見届けた妻も自らの胸を刃物で突いて亡くなったという。中田自身は、自分なら一太刀目の後に縦に切ることもボタンを留めることもできない、と率直な感想を挟んでいる。
この殉死への評価は分かれたと中田は語る。新渡戸稲造や森鴎外は見事な死にざまだと絶賛し、志賀直哉や芥川龍之介は時代遅れで意味がないと批判した。社会は忠義の鑑だと見る見方と、そんな死に方に何の意味があるのかという見方の間で揺れていた、というのが中田の説明である。
先生が乃木に重ねたもの
先生の遺書には、この事件の記事を詳しく読んだことが書かれている。中田によれば、乃木は西南戦争で旗を奪われるという失敗を犯し、それ以来、自分だけが生きていてよいのかと思い続け、いつ死のうかと考えながら今に至った、今がその時だと書き残していた。中田は西南戦争について、明治政府が徳川を倒した後、新しい体制をめぐって武士同士が争った戦いだと補足し、そこから明治の終わりまで35年間、乃木は罪の意識を抱えて死に場所を探していたのだと説明する。
先生はこの記事に自分を重ねた。自分だけが生きていてよいのかという罪の意識に苛まれてきた先生は、死ぬことを決心する。そして遺書の中で、私にはこれが理解できないだろうとも書く。理解できないとすれば、それは時代の移り変わりのせいであり、自分は明治の精神とともに殉死するのだ、と。中田はこれを「複雑だよね」と受け止める。
封建的道徳から個人主義へ
殉死という考え方を理解するために、中田は道徳観の変化を説明する。徳川時代には、赤穂浪士のように主君が殺されたら命がけで仇を討つという価値観があり、儒教の流れをくむ封建的な道徳が強く根づいていた。明治以前は、国のため、家のために生きることが正しいという教えがまだ強固だった。
それが明治から大正にかけて大きく変わったと中田は言う。大正デモクラシーの時代に西洋の考え方が本格的に入り、個人主義、つまり自分の考えや自由で新しい考えに従うべきだという価値観が広まった。今の私たちが侍の切腹にぴんとこないのは、この変化を経ているからだ、という説明である。乃木の殉死をめぐって、年長の作家は称賛し、若い作家は批判したという分かれ方も、この変化を考えれば納得できると中田は述べる。
そのうえで中田は、漱石は「明治時代にけりをつけること」自体をテーマに『こころ』を書いたのだと解釈する。これは先生の恋愛物語ではなく、先生の恋愛物語に明治から大正への移り変わりを落とし込んだ作品だ、というのが中田の読みである。
「理解できない」という現象こそが面白い
中田は、『こころ』の最も面白い点は、現代の人が読んで理解できないという現象そのものにあると主張する。かつて侍がなぜ切腹していたのか、今の日本人はもう理解できない。天皇の後を追って夫婦で写真を撮ってから割腹し、それが正式な作法だと言われても、どういうことかわからない。このわからなさが、時が流れたこととこの国の歴史を強く示している。そういう本が日本で最も売れてきたということ自体が面白い、と中田は語る。
中田はさらに、これが実際の出来事であることを示すために乃木坂の話をする。乃木神社に祀られているのは乃木希典であり、その上にある乃木邸が殉死の場所である。乃木坂という地名も、事件の前は別の名前だったという。乃木邸は今も夕方まで開放されており、乃木神社にも参拝できると紹介する。実際にあった出来事が、もはや何のことかわからないと感じられるほど時代が流れた、ということである。
中田は『こころ』を、国の考え方がこれほど変わるのか、その時々の人間の悩みや正義や道徳とは何なのかを突きつけてくる「タイムカプセル」のような作品だと表現する。ありふれた恋愛の話に見せかけて、読者に高度な問いを投げかけている作品であり、それが漱石の美しい文章で描かれている、と評価する。
令和の価値観もいずれ理解されなくなるのか
最後に中田は、問いを現代に向ける。崩御とともに殉死するという考え方は今ではなくなっているが、令和に入って考え方はどう変わっていくのか。平成の人々はこんなことを良いと思っていたのか、と令和の後の時代に言われているかもしれない。20年後、30年後にYouTubeが残っていたとして、この動画で自分が説明していることさえ何を言っているのかわからない時代が来るかもしれない、と中田は語る。時代も道徳も正義も人間の美徳も移り変わる。そのことをたった1作で突きつけるのが『こころ』という名作ではないか、という問いかけで動画は締めくくられる。
どうも中田敦彦です。さあ、今日も新しいジャンルに挑戦していきますよ。エクストリーム文学、夏目漱石『こころ』編。「先生!」ありがとうございます。さあ来ました。夏目漱石の『こころ』やろう。
名作文学って、皆さん読んでますよねーみたいな空気出された時に、背筋が凍りついた時ありませんか? やっぱ名作文学ってたくさんあるわけですよ。世界名作文学もあれば、日本の名作文学もあるわけですよね。その上で、なんとなくふわっと何度も何度も聞いてんのよ。なんかこんな設定、ふわっとみたいなね。だけどしっかり読むかっていうと、ちょっと抵抗感ある。忙しくてねって感じで抵抗感あるって人と、昔1回読んだけど、それっきりだから何だっけっていう人もいっぱいいると思うの。
だから私がギュッとして、こんな話っていうのと、なんでこの話がそんなに評価されてんの? ここも大事だと思うんですよ。あらすじだけじゃなくて、なんでこの話そんな売れてんの? ここ知りたくないですか? ここだと思うので、そこも含めてご説明します。夏目漱石『こころ』すごいんすよ。
なんとね、新潮文庫だけでかな。日本の小説の中で多分1番売れてんですよ。何を小説に含めるかとか、何とか版も出てるとか、色々あるんですけど、絶対的にもうベスト5に入るんですね。ほぼ1位と言っていいですよね。これと競ってんのは、文豪で言うと『人間失格』。太宰治の『人間失格』対夏目漱石の『こころ』で、ずーっともう何十年も争ってます。夏目対太宰の戦いが日本文学なんですよね。
この両巨頭のうちの1つ。もうナンバーワンと言ってもいい部数を誇るこの『こころ』。これ一体何なのか? 教科書にも載ってるんですよ。結構いろんなね、だけどもなんだっけ?っていうね。『こころ』っていう、このなんだか非常に、なんだろう?っていう、それだけでは何とも掴みづらい、このお話について私は説明したいなと思います。
まずこの本の構成は上中下に分かれるんですね。「先生と私」「両親と私」「先生と遺書」という風に3部構成になってます。そして上中は私から見た先生とかのお話が書かれていて、下はその先生が書いた遺書がまるまる書かれてます。だから下はもう全部遺書なんですよ。『こころ』の3分の1以上が遺書なんです。分かりますね? この構成。
じゃあどんなストーリーなのか。登場人物シンプルにしました。私、先生、その妻という感じですね。私と先生は、ある夏に、時代設定でいうと明治時代の末。ここ実はすごい大事。明治時代の末だよーっていうことを頭にちょっとだけ入れといてください。明治時代の末に、私、鎌倉行くんですね。私は学生です。学生なんですね。そしたら先生と出会うわけなんですね。「私は常にその人を先生と呼んでいた」という一節から始まるのは、非常に有名だと思うんですけども。
学校で私も授業受けてんだけど、なんかあんまりうまくいかないな、面白くないな、俺の将来どうなるのかな。そういう風に思ってる大学生とかっていっぱいいると思うんですけども、そういう学生ですわな。「教授の話つまんねーなー。この学校来たの間違ってたかなー」なんて言って、ちょっと自分の将来とか、自分が学ぶこととかに対して、モヤモヤしたものがある主人公。非常に世の大学生に共感できるタイプの主人公だと言っていいでしょう。
そんな男が、鎌倉にある夏、海水浴に遊びに行ったらしいんですよ。そしたらその海水浴で目立つ人がいたんですって。なんで目立ってたかというと、西洋人と一緒にいたんだと。非常にラフな格好をした西洋人。珍しかったですね、その当時ですからね。西洋人と一緒になんか喋ってるやつがいるなと思ったのが、その男、先生だったと。その次の日もいたと。でもその次の日以降は西洋人とはいなかったんですけど、なんか気になるなあと思って、そこから仲良くなった。
どうもこの人は妙な雰囲気があったんですね。この私という平凡な学生が、なんか惹かれてしまう雰囲気があったと。「先生って呼んでいいですか」と。話面白いっすねと、博識だったんですよ。非常に知識があって話が面白い大人の男性だということで、「先生って呼んでいいすか?」。こういうのってあるじゃないですか、大学生で。「めっちゃ面白いです。何でも知ってますね」みたいな。「先生って呼んでいいすか」みたいな。「まあいいけど」みたいな。
「どこ住んでんすか」みたいな。鎌倉にみんな旅行に来てるっていうか、海水浴、遊びに来てるから。「鎌倉っすか?」「いやいや東京なんだよ」って言って。「じゃあ東京、僕も戻るんで、東京戻った時遊び行っていいすか」みたいな。「ああ、まあいいけど」みたいな。そういう感じですね。その海での、鎌倉での夏の出会いを経て、東京に戻って、主人公が会いに行くんですね。
先生の家に、わあつって行って「先生」つって、1回目留守。2回目「先生」つって、2回目は奥さんがいるんですね。奥さん綺麗なんですよ。綺麗な奥さんだなと。「主人がお世話になってます」みたいなね。なるほどなるほどと。「主人は墓参りに行ってます」と言われるんです。ここがポイントなんですよ。「ああ、そうなんですか。墓参り。分かりました」。どこに行ってるか? 雑司ヶ谷というところですね。東京にありますよね。そこに「友人のお墓参りに行ってるんです」って言われるわけですよ。「あ、そうなんすね」みたいなね。
この先生に惹かれた理由っていうのが、なんか妙に先生には影があるという雰囲気があったわけですよ。なんかどうもアンニュイなんですね。この学生でさ、なんか楽しいことないですか、サークルで、みたいなね。そういうやつから見て、なんでこんな影あるんだろう。なんか憂いを帯びてるな。実はこの上巻というか、その前編は、とにかく先生の思わせぶりブロックです。この、え? え? えっ?っていうね。「先生、それどういう意味?」っていうやつが多いです。ほとんどがそれです。
「墓参りか」みたいなね。その墓参り、じゃあ雑司ヶ谷行ってみようかな。会えるかもしんないから、先生に、とか言って。お墓の近くの喫茶店で待ってたら、偶然会っちゃうんですね、先生とね。そしたらもう先生が動揺するんですよ。「うわっ、君じゃないか」みたいなね。鎌倉で会った君じゃないか、なんだ、みたいな。「いや、奥さんに聞いて、墓参りしてるって聞いて、なんで墓参りしてんすか?」みたいに聞いたら、「いや、なんでもない」。「先生?」。これなんですよ。これの連続です、上巻は。
とにかく「先生? え? なんか聞いちゃいけないことだったのかな」みたいなね。どっかとあるシーンとかで、「いや、なんかカップルとか気に食わないっすねー」とかっていう話をした時とかも、「君は寂しいね」みたいな。「君は恋をどう思ってんだ」みたいな。「恋?」みたいな。「恋は罪悪だよ」。「先生? どういう意味ですか?」「なんでもない」。これなんですよ。とにかく「何なんすか? 何なんすか先生! 何かあったんすか」みたいな。言えない。でもなんか先生あるブロックなんですよね、ずーっと。
この私にはお父さんが田舎にいるんですけど、お父さんの健康状況とかそういうことも心配だったりするらしいんですよ。「いやあ、もう親父もね、なんか病気になったりならなかったりでね」みたいな話をした時に、先生が「遺産相続とかちゃんとしてる?」って。「いや、考えたことないすね」みたいな。「ちゃんとしといた方がいいよ」「え、どうしてですか?」「お金で人は変わるからね」。「先生? なんかあったんすか?」「なんでもない」。これなんですよ。
この3つの「なんでもない」はですね、恋は罪悪、人は信用できない、あと金は人を変えるとか、全部すごく悲しいこと言うんですよ、事あるごとにね。人は信用できないって言うわけですよ。「え、どうして?」「それはもう俺のせいだ」と。「僕のせいで人を信用できないだけだから」と。「人が悪いわけじゃないから」。もうすんごい悲しいの。なんだよ、あの夏の海でさ、鎌倉のさ、キラキラした海岸線で、なんか目を引くなと思うのは、その夏のキラキラした風景にそぐわない、何か悲しい雰囲気を帯びてたからかもしれない。その悲しい雰囲気の正体が何なのか、ヒントのキーワードは出てくるけど分からない。
そしてついに私は、奥さんに聞いてみることにしたんですね。「奥さん、ちょっといいっすか」って。「何、どうしたの?」みたいなね。「先生ってなんかあったんすか?」つって。「うーん」みたいな。「分からない」みたいなね。分かんねえのか、もう全然進まねえな、みたいな。「奥さん、先生って昔からああなんすか?」。聞いたら、「昔は明るかったのよねー」って言うわけ。「え?」って。「本当に明るくて頼れる人だったのよ。あの日までは」。「奥さん? なんかあったんすか?」「詳しくは私も知らない」。こっちでも?っていうね。もう何回もとにかく思わせぶりです。
要するにお金に関して、あとお墓に関してね、命に関して、恋愛に関して、何か大きな傷を受けて、その大きな傷が先生をがらりと変えてしまった。そしてその人間不信やその影、絶望感、そういうものをまとうようになってしまったということが上巻で明らかにされます。
そして中盤、ここで少し状況が動きます。私が、その父に呼び戻されるんですね。その父の健康状態が悪いから見においでと言われて、親父大丈夫かなって田舎に帰るわけですよ。そしたら意外と大丈夫だったんですけど、でもそこから、この明治時代の末ですから、明治天皇の崩御、お亡くなりになるというニュースを見てから、どんどん元気がなくなっちゃって、体調がどんどん悪くなっちゃうんですね。
「おい、親父!」。「私の生きた時代は終わるのかな?」なんて言いながら、「おい、親父、弱気になんなよ。まだまだ続くだろ、親父の人生はよ!」とか言ってやるんだけど、親父がどんどんもうだめになって、だんだん悪化して、精神的に衰弱して弱ってってしまうんですね。
もう危篤だーってなってる時に、お母さんが「あんた、もうお父さんね、もうそろそろ危ないんだから、お父さん安心させなさいよ。何フラフラしてんの? なんかさっきからずっと話上がってるあの先生って誰? 何の先生なの?」「先生は先生だよ。何を教えてもらってるか分かんないけど先生なんだよ」つってね。「すげえ俺の好きな人なんだよ」つって。「分かったけど、あなた就職しなきゃいけないから、先生にお手紙とかでさ、なんか就職先斡旋してくださいとか、これからの将来お願いしますとか、そういう風に書いたらどうなのよ、あなた」と言われて。
いや、でもそういうタイプの先生ではないんだよな。就職斡旋とかじゃないんだけどな。なんか人生が学べそうだから一緒にいるんであって。いやー、でも書かなきゃいけないか。「先生、僕の就職とかもちょっと色々考えてもらっていいですか?」。こんな感じで送るわつって、パッて送って。でも返事来ねえな、みたいになったんです。
お父さんの容体がいよいよやばいなっていう時に、「あなた、あなた」って、私にママが言うわけですね。「手紙届いたわよ、先生から」つって。「先生から!?」つって、マジでつって。「就職のやつかしらね」みたいな。バッて手紙届いて、バッて見たら、その手紙がむちゃくちゃ分厚いんですよ。すっごい分厚いねーつって、ちらって見たら後半が少し見えたんですって。その後半の部分です。衝撃の文章が書かれてる。それが「この手紙を読む頃に、私はもうこの世にはいないでしょう」。
就職じゃない!ってなって。「これ就職じゃない。ママ、これ就職のやつじゃない。これ」って。「あとすごい長い」つって。それでどうしよう。親父も危ないし、帰らなきゃ。とりあえず読まなきゃ。こっから3部ですね。あのアンニュイな、アンニュイな先生。「恋は罪悪だよ。金はね、人を変えるよ。人は信用できないよ」。「先生?」からの、「先生、就職の返事来た!」じゃない。死んじゃう。これ遺書だ!ってなって読む。
実はこの『こころ』は、この遺書がむちゃくちゃ長いんですよ。その遺書の中で全ての真相が明らかになるんですね。つまりここは前振りなんですよ。この『こころ』の全ては、この遺書にあるんですね。『こころ』というのは遺書小説なんですよ。さあ、そこで明らかになる。先生はどういう人だったのか。
先生は実は両親がいたんですが、その両親を、腸チフスだったかな、病気で亡くしてしまうんですね、一気に。そしてその遺産が結構あったんです。お金持ちだったんで結構あったんですが、自分も忙しかったので、それを叔父に管理を任せてたらしいんです。ところがこの叔父が非常に悪いやつで、その遺産を全部独り占めにしてしまってたということが明らかになるんですね。
すごいショックを受けるんですね、先生はね。なんでなんだよと。ここで明らかになるわけですね。金は人を変える。人は信用できない。ここを強烈に思ったのが、その事件だったのかと。非常に信頼していた親族に裏切られた。全て嘘をつかれて、その親族中から追放されるような形で、もう逃げるようにその家を出た。このトラウマが先生をひどく傷つけているというのが、まず明らかになります。
その上で、逃げた先で下宿を探すんですね。下宿を探した先で出会ったのがこの人。このお嬢さんに会うわけですね。そのお嬢さんのお母さんと2人で切り盛りしてる下宿がありましてね。そこに入って、そのお嬢さんとだんだんと心開いてくんですね。
最初はもう傷ついて、人なんか信用できねえ。入れるならどこだっていいつって下宿探して、「ここに住まわせてくれ」つって。「いいわよ」なんて言われてね。入って、「うちの娘です」みたいなね。静って名前ですけどね。しずですね。「しずです」とか言ってね。「しず」とか言いながらね、全然もうそれは荒んでるから。でもそっからまあまあ、みたいな感じで、どんどん和気藹々と会話してって、どんどん心を開いていくわけですよ、この人にね。
ああーってなった辺りで、もう1人友人が現れます。その友人っていうのも困ってたんです。幼馴染みなんですね。この先生の幼馴染みの友人が、実は医者になれって言われてたんだけど、医者になりたくない。親の家業を継ぎたくないっていうことで、違うことをやってたら勘当されてしまって、それで費用とかお金をもらえずに、もうボロボロになってる友人Kというのがいたんですね。このKという友人を見かねて、「お前もこの下宿に来ないか」と、この先生は言うわけですよ。「お前も来ないかと。お前ボロボロだろ」と。「俺も行けるならどこだっていい」。
この幼馴染みのKというのは、幼い頃から結構尊敬してたわけですよ。こいつはいいやつだと。じゃないと助けないじゃないですか。こいつはすごいやつだなって思う友人いますよね。あの時の親友、あいつはリスペクトしてるっていう友達がきっといると思うんですよ。そいつがピンチに至ってる。俺も心開く場所が見つかったし、きっとここならあいつも受け入れてもらえるよと言って、受け入れるわけですよ。
入る。そいつね、Kも最初心開かないんですね。だけどじわじわ心が打ち解けて、あ、良かったなって思う自分がいるのと同時に、時々このKと静さんが2人で話してるのを見た時に、ざわってするんですね。「あれ? 何話してたの、K」とか言って。「何話してたの」「いや、別に何の話でもないよ」みたいな。「あ、そう」みたいな。「そう……」。なんかそういう感じの状態ね。なんか2人で喋って盛り上がってるな、みたいな。なんか気になる、みたいなのあるじゃないですか。そういうのね。
それがじわじわ続いて、時々2人で帰ってきたりするんですよ、町から。「あれ?」みたいな。「K、静さん、何? 2人で何、どっか行ってたの?」みたいな。「いや」みたいな。「静さん、どこ行ったの?」「どこ行ってたか当ててみて」みたいなね。何これ?みたいな。俺ピエロ?みたいな。何、俺ピエロ? ピエロですか、俺、みたいなね。後から来たくせにK、なんかちょっと調子こいてんじゃない? じわじわなってくる。
その上で、ある日決定的な日が訪れるんですね。それがKから「話聞いてもらっていいか?」。これですよ。「お、なんだよ」ってなって、Kが「俺、好きな人できた」「誰?」「静さん」。やっぱりー、やっぱりーってなったわけですよ。こうなった時になぜか、本当にこの先生がこの静さんのことすごい好きだったかって言うと、自分でも分からないんだ。だけど、欲しいんだ、好きなんだって言われた瞬間に、渡したくないって思ったらしいんですね。渡したくない。いやいや、ありえない、ありえないってなって。
どうなったかと言うと、この静さんのお母さんの方に、もういても立ってもいられず、突撃して「娘さん僕にください」。先に言っちゃったんですよ。親友からの相談を受けながら「ああ、そう」とか言いながら、もう数日後に「娘さん僕にください」。「急に!?」って言われたそうです、お母さんからも。「急に」って。でも「いや、そうなんすよ。言えてなかったんですけど、そうなんすよ」って言って。「でも関係としては長いから、じゃあいいんじゃない」って言って。「じゃあ娘にも確認しとくから」つって。娘に確認して、「いいらしいよ」。トントン拍子でうまくいった。
ただ言えないんすよ、Kに。Kに俺、言えないよね。だって「俺好きなんだよ」って言われて、「おー」ってなった上でのGOだからね。そんなやついる?っていう。それやっちゃってるから言えなかったの。ある日女将さんからね、「あなた、静と結婚するってK君には言ったの?」「ああ、いや、まだ言えてないんすよ」「ダメじゃない、あなた。もう、だからか。K君すごいびっくりしてたよ」「え、お母さん言っちゃったんすか?」。
「いや、お母さん言っちゃったんすか?」「いや、言っちゃったんすかって、言ってると思うじゃない。あなたとK君、親友なんだから。だからね、静とあなたが結婚するよなんてことを話して、よかったななんていう話をしたら」「Kはどんな顔してたんですか?」「いや、なんかおめでとうございますって言って出てったよ」「あ、そうすか」。いかん、いかん、いかん。これはもうKに言わなきゃいけない。これはもう謝んなきゃ、謝んなきゃーと思った2日後です。Kが自殺をしている。こういうお話なんですね。
ところが、その遺書を見ても、自分への恨みとか静さんへの気持ちとか、そういうこと書いてない。自分が未熟だった。この先が見えない。そうなって死んでる。だから「Kが死んだの、俺のせいなんすよ」「いや、そんな自分を責めないで」。静さんもお母さんも分かってないから、「責めないで」つってね。「あなたのせいなんかじゃないわよ、もちろん」つって。知らないわけなんです。Kの気持ちを誰も知らない。自分だけが知ってる。というのを悩んでいたから、私はずっと影があったんだと。
これが全部分かるわけですね。恋は罪悪だよ。私は恋という罪悪を犯して親友を殺してしまったんだ。人を信用できない。そう、私は叔父を信用できずに、罵倒して罵倒して恨んでいた。が、どうだ? 人を裏切るやつは許せないと言った俺が、裏切ってるじゃないか。なんと人は信用できないんだ。俺はなんというひどい男なんだ。それを悩んでるからの、ずっとアンニュイ。そしてその罪の意識だから、毎月雑司ヶ谷に1人でお参りに行ってたということが明らかになるんですね。
そしてこのことは誰にも言わないでくれと。妻の静にも言わないでくれと。言わずに俺は命を絶つことにした。これ自殺ですから。もうこの苦しみを背負って生きながらえているわけにはいかないので、私は死にます。これは妻には言わないでください。あなただけの秘密にしておいてください。それで小説が終わるんです。
さあ、どう読む? これなんですね。『こころ』という話は、教科書とか学校でいうと、要するに非常に三角関係のラブストーリー的な感じを教えられることが多いわけなんですよね。奥さんがね、好きな人がいる。学校とかでも恋愛的によくあるじゃないですか。親友に相談されたけど、告っちゃったみたいなね。親友がもう悲しんじゃって、もう学校来なくなっちゃったみたいなね。そういうことってあるわけだから、そういうストーリーとして、そこにフォーカスして教える人も多いと思います。
よく分かんないねっていう読者もいっぱいいます。718万部読まれていながら、レビューの中には「何こいつ」っていう人がいるんですよ。「この男、自分勝手すぎない? だって奥さん残してなんで死ぬの」とか。「親友も親友で色々あったと思うけど、別に死ぬことはないじゃない」。ここなんです。これがよく理解できないから、『こころ』ってよく分かんないよねっていうレビュー、むちゃくちゃ多いんですよ。
皆さんはどう思いますかって話。「私は死ぬ。親友の死、俺の責任だと思うから死ぬ」っていうので、どう思ったか。「それぐらい苦しんでたか」ぐらいの感じだと思うんですよ。だけどね、これもう1個踏み込んで読むことで、夏目漱石が何を書きたかったのかが浮き彫りになるということなんですね。
ここで非常に大きなポイントっていうのが、この私の父が衰弱した理由。なぜ衰弱したか? 明治天皇の崩御ニュースを読んでから、一気に父は容体を悪くしていったのだった。そしてもう1つ。この先生の遺書の中に、この事件について触れられてる。それが明治天皇の崩御と、乃木希典の殉死についてです。これね、明治天皇が亡くなった後に、その後を追って陸軍大将の乃木希典というのが、自分で切腹して、後を追って自殺したんです。夫婦で。
これが大事件だったわけです。これは後を追って自殺したということで、非常に「なんと忠義の者なんだ」という見方と、「そんな風にして死んでどうするんだ」という見方が2つ重なってたんですよ。ただこの乃木希典というのはすごくて、自殺の仕方も切腹でね。どう死んだかと言うと、朝ですよ。妻と自殺する日に写真撮ってるんですよ。写真撮って、「これから後を追わせてもらいます」と言って、腹を十字に切った後に、軍服のボタンをぱっちり閉めて、喉を突き貫いて死んだそうなんですよ。この死に方というのが、なんと正式な切腹の作法だそうです。
絶対無理じゃない? いや、シンプルな意見言うよ。「いやいや、明日、明日にする」。俺だったらね、それをグッといって、その後に縦いける? いけないね。縦いった後にボタン閉めれる? 閉めれないね。閉めた後いける? いけないね。でもこれが正式な作法って。でもこれをやった上で、それを見届けた奥さんも、自分の胸をナイフで突いて死ぬという。
これはある人は絶賛しました。新渡戸稲造や森鴎外。かつて5000円札にいた新渡戸稲造と、『舞姫』なんかで有名な文豪、森鴎外。「なんと見事な死にざまよ」という風に絶賛したのがこの辺り。批判した人がいました。志賀直哉、芥川龍之介。「なんと時代遅れなことをやってるんだ。そんなことをやっても何の意味もないぞ」。ここで揺れてたんです。
この乃木希典の事件のことが、この遺書にもちゃんと書かれてるんです。「私はずっと悩んでいた。だが乃木希典の事件を見て、私はその記事を詳細に読んだ」。乃木は西南戦争の時に、自分のミスを1個したらしいんですね。旗を奪われた。それ以降、ずっと俺だけが生きていていいのかと、ずっと思っていたと。いつ死のうと思いながら今に至ったと。今がその時だという風に書いてるんです。
西南戦争っていうのは、明治政府が徳川を打倒した時に、その後に武士同士の、新しいシステムで行くの、行かないので、武士同士で揉めたという事件。これ日本史の動画でもやりました。その戦いの時からここまで、明治が終わるまで、なんと35年間、彼はずーっと死に場所を探してた。自分の犯してしまった罪、自分のことを責めながら35年間死に場所を探していたという記事を見て、彼は自分と一緒だという風に重ねたらしいんですね。
あ、私ももう、私だけ生きてていいのか。罪の意識に苛まれながら、行こうという風に決心した。これを手紙に書きながら、「君は理解できないだろうな」という風にも書いてるんです。「君が理解できないのだとしたら、それは時代の移り変わりである。私はこの明治時代の精神と共に殉死するのである」って書いてあんの。複雑だよね。
これはその殉死っていうものが、まず何なのかっていうことなんですけど、徳川時代の道徳の考え方って、例えば赤穂浪士のように、主君が殺されたら敵討ちに命懸けて行けとか、刀を持ってね、そういう時代でもあったし、要するに儒教とかの流れを汲んだ、非常に濃い封建的な道徳の考えがあったんですよ。なので切腹って、かつて日本人がやってた、侍がやってたって言われても、今はピンとこないでしょ。
ピンと来ないのは、道徳の考え方が明治から大正に至る中で、ガラリと変わったんです。大正といえば大正デモクラシー、いわゆる民主主義の時代が入ってくるわけですね。西洋の考え方が本格的に入ってくる。だから西洋的な個人主義、自分の考えとか自由な考えとか、新しい考えっていうものに準じるべきだという考えが大正から始まる。それが明治以前は、国のためにとか家族のために生きるというのが正しいんだという教えが、強固にまだあった時代。だからその頃のベテラン作家はこちら側、若手作家はこちら側で意見が分かれたというのも、納得のいく話なんです。
そんな中で夏目漱石は、1つ明治時代のケリをつけるということ自体をテーマにした小説を書いたんです。つまりこれは先生のラブストーリーではなくて、先生のラブストーリーに明治時代と大正時代の移り変わりを落とし込んでる作品なんです。だからこの『こころ』の最も面白いところというのは、現代の人が読んで理解できないという現象が1番面白いんです。
かつて侍が切腹していたのは何でか?というのを、すでにもう我々日本人は誰も理解ができない。キョトンとしている。乃木希典の殉死、衝撃的でしょ。私たちから聞いたら信じられないでしょ。なぜ陛下の後を追って割腹自殺をして、それを夫婦で写真を撮ってやるのか。それが正式な作法? どういうこと? これが分からないということが、時が流れたことと、この国の歴史を強烈に示してるんですね。それが日本で1番売れてきた本だということ自体が、すごく面白いんだと僕は思います。
乃木坂にある乃木神社。あそこに祀られてるのは誰か? 見てください。乃木希典です。そして乃木神社の上にあるの、乃木邸というんです。そう、そこで彼は殉死したんです。乃木坂は彼の名前がつく前までは、違う名前だったんですよ。彼がそういう事件を起こしてからそうなった。今でも行けますから。乃木邸は今も開放されてるんですよ、夕方まで。乃木神社にもお参りできます。
これは実際にあった出来事なんです。そしてその実際にあった出来事は、もうすでに何のこっちゃ分からないっていうぐらい時代が流れている。我々は『こころ』を通して、これぐらい国の考え方が変わるのかということや、その時その時の人間の悩みとか、正義とか道徳っていうものは一体何なのかっていうことを突きつけられる、タイムカプセルのようになってるんですね。
面白いと思いませんか? ただのありふれた恋愛あるあるに見せかけた、非常に高度なテーゼなんですよ。皆さんへの疑問を提示しているという作品なんです。それが美しい美しい夏目漱石の文章で、キラキラと描かれている。なんと多角的な作品か。そして僕たちは思う。そう、崩御と共に殉死するという考え方がなくなっているが、令和に至って考え方はどう変わってくのか。
「平成の頃の人ってそんなことをいいと思ってたんですね」。そんなことを令和に言われてるかもしれない。つまりこの動画を見て20年後、30年後、もしYouTubeが残っていて、この動画で僕が説明していること自体が、何を言ってるのか分からないというような時代が来るかもしれない。時代も道徳も正義も、そして人間の美徳も移り変わるということを、たった1作で突きつける名作なのではないでしょうか。ではまた。
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