夏目漱石『こころ』はなぜ読み継がれるのか 中田敦彦が読む「明治の精神」と理解できなさの意味

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概要

名作文学には、誰もが読んでいる前提で語られるのに、実際には読んでいない、あるいは昔読んだきり内容を覚えていない作品が多い。中田敦彦はその代表として夏目漱石『こころ』を取り上げ、あらすじを紹介したうえで「なぜこの話がそこまで評価され、売れているのか」を説明する。中田の立場ははっきりしている。『こころ』は三角関係の恋愛小説に見えるが、実際には明治から大正への道徳の移り変わりを描いた作品であり、現代の読者が先生の死を理解できないこと自体に最も面白さがある、というものだ。

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「日本で最も売れた小説」の一つとしての『こころ』

中田によれば、『こころ』は新潮文庫の中で、日本の小説としてはおそらく最も売れている作品だという。何を小説に含めるか、どの版を数えるかで順位は変わるとしつつ、ベスト5には確実に入り、ほぼ1位と言ってよいと述べる。これと競っているのが太宰治『人間失格』で、中田は「夏目対太宰」の争いが何十年も続いてきたと表現する。教科書にも載っている有名作でありながら、題名だけでは何の話か掴みにくい。その点を解きほぐすのが今回の狙いだと中田は語る。

作品は「上 先生と私」「中 両親と私」「下 先生と遺書」の3部構成である。上と中は語り手の「私」から見た先生の話で、下は先生が書いた遺書がまるごと収められている。中田は、作品の3分の1以上が遺書で占められている点を強調し、『こころ』を「遺書小説」と呼ぶ。また、時代設定が明治時代の末であることを「実はすごく大事」として、最初に頭に入れておくよう促している。

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上「先生と私」:鎌倉での出会いと先生の影

主人公の「私」は学生である。授業がつまらない、この学校に来たのは間違いだったかもしれないと、自分の将来や学ぶことにもやもやを抱えている。中田はこれを、今の大学生にも共感しやすい主人公だと説明する。

その私が夏に鎌倉へ海水浴に行くと、西洋人と一緒にいる目立つ男がいた。当時は西洋人が珍しく、気になった私はその男と親しくなる。それが先生である。博識で話が面白い大人の男性で、私は「先生と呼んでいいですか」と頼み、東京に戻ってからも家を訪ねるようになる。冒頭の「私はその人を常に先生と呼んでいた」という一節は非常に有名だと中田は紹介する。

東京で先生の家を訪ねると、1回目は留守、2回目は美しい奥さんが出てきて、先生は雑司ヶ谷へ友人の墓参りに行っていると告げる。中田はここを「ポイント」とする。私は雑司ヶ谷の墓の近くで待ち、偶然先生に会うが、先生はひどく動揺し、なぜ墓参りをしているのかと聞いても「なんでもない」と答えるだけだった。

中田は上巻を「先生の思わせぶりブロック」と呼ぶ。先生は折に触れて意味深な言葉を口にし、理由を問われると「なんでもない」とはぐらかす。私がカップルを見て気に食わないと話すと、先生は「恋は罪悪だよ」と言う。私の父が田舎で病気がちだと話すと、遺産相続をきちんとしておくよう勧め、「金は人を変える」と語る。さらに「人は信用できない」とも言い、それは人が悪いのではなく自分のせいだと付け加える。中田は、夏のきらきらした鎌倉の海で先生が目を引いたのは、その風景にそぐわない悲しい雰囲気をまとっていたからかもしれない、と読む。

やがて私は奥さんに、先生に何があったのかを尋ねる。奥さんは事情を詳しくは知らないが、先生は昔は明るく頼れる人だった、ある時から変わったと答える。お金、墓、命、恋愛をめぐって何か大きな傷を負い、それが先生を人間不信と絶望をまとった人間に変えてしまった、ということが上巻で示される、と中田は整理する。

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中「両親と私」:明治天皇の崩御と分厚い手紙

中盤で状況が動く。私は父の具合が悪いと呼び戻され、田舎に帰る。父は思ったより元気だったが、明治天皇崩御の知らせを見てから急に気力を失い、体調も悪化していく。中田の語りでは、父は自分の生きた時代が終わるのかと弱気になり、精神的にも衰弱していく。

父が危篤に近づくなか、母は私に、ふらふらしていないで父を安心させろと言い、「先生」に就職の斡旋を頼む手紙を書くよう勧める。私は、先生はそういう種類の先生ではない、人生を学べそうだから一緒にいるのだと思いながらも、仕方なく手紙を送る。しばらく返事は来なかったが、父の容体がいよいよ危ないという時に先生から手紙が届く。

その手紙は異様に分厚かった。私がちらりと後半を見ると、「この手紙があなたの手に落ちる頃には、私はもうこの世にはいないでしょう」という趣旨の一文があった。就職の返事ではなく遺書だったのである。父も危ない状況で、私はその手紙を読み始める。中田は、上と中はここに至るための前振りであり、『こころ』のすべてはこの遺書にあると述べる。

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下「先生と遺書」:叔父の裏切りと下宿での出会い

遺書によって先生の過去が明かされる。先生は両親を病気で一度に亡くしていた(中田は腸チフスだったかと記憶をたどりながら話している)。家は裕福で遺産も多かったが、先生は忙しかったため管理を叔父に任せていた。ところが叔父はその遺産を独り占めしていた。信頼していた親族に裏切られ、親族の中から追い出されるようにして先生は家を出る。「金は人を変える」「人は信用できない」という先生の言葉の出どころはこの事件だった、と中田は説明する。

逃げるように家を出た先生は下宿を探す。そこはお嬢さんとその母が切り盛りする下宿で、お嬢さんの名前は静という。最初は傷ついて誰も信用できなかった先生だが、和やかな会話を重ねるうちに少しずつ心を開いていく。

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親友Kの登場と三角関係

そこにもう一人の人物が現れる。先生の幼馴染みのKである。Kは医者になるよう言われていたが家業を継ぎたくないと別の道を選び、勘当されて費用も得られず困窮していた。先生は幼い頃からKを尊敬しており、自分も心を開ける場所を見つけたのだから、ここならKも受け入れてもらえるだろうと考え、同じ下宿に誘う。

Kも最初は心を閉ざしていたが、次第に打ち解けていく。先生はそれを良かったと思う一方で、Kと静が二人で話しているのを見るとざわつく。何を話していたのか聞いても「別に」とかわされ、二人が連れ立って町から帰ってくることもある。静に「どこへ行っていたか当ててみて」と言われ、自分は道化なのかと感じる。中田は、後から来たKが調子に乗っているのではないかという先生の苛立ちが、じわじわと積み重なっていく様子をくだけた口調で再現している。

決定的な日が来る。Kが「話を聞いてほしい」と切り出し、静を好きになったと打ち明けるのである。中田によれば、先生自身、静をそこまで好きだったのかは自分でもわからなかった。しかしKに好きだと言われた瞬間、渡したくないと思った。先生はKの相談を受け流しながら、その数日後に静の母のもとへ行き、「娘さんを僕にください」と先に申し込んでしまう。母は突然のことに驚くが、付き合いも長いのだからと承諾し、静本人の了承も得て、話はとんとん拍子に進む。

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Kの死と先生の罪の意識

しかし先生は、そのことをKに言えなかった。好きだと打ち明けられたうえで先を越したのだから、言えるはずがない。ある日、静の母から、Kには結婚のことを話したのかと聞かれる。まだだと答えると、母はすでにKに伝えてしまっていた。Kは「おめでとうございます」と言って出て行ったという。先生は、Kに話して謝らなければならないと思う。その2日後、Kは自殺する。

Kの遺書には、先生への恨みも静への思いも書かれていなかった。自分が未熟だった、この先が見えない、という内容だった。静も母も事情を知らず、先生を責めるどころか「あなたのせいではない」と慰める。Kの気持ちを知っているのは先生だけで、その事実を抱えて悩み続けてきたことが、先生の影の正体だったと遺書は明かす。

中田はここで、上巻の謎めいた言葉がすべてつながると説明する。「恋は罪悪」とは、恋という罪を犯して親友を死なせたという意味だった。「人は信用できない」とは、叔父の裏切りを恨み罵っていた自分自身が、同じように親友を裏切ったという自己嫌悪だった。先生は罪の意識から毎月一人で雑司ヶ谷の墓へ参っていたのである。そして先生は、この苦しみを背負ったまま生きながらえることはできないとして自ら命を絶つことを決め、このことは妻の静にも言わず、私だけの秘密にしてほしいと書き残す。小説はそこで終わる。

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恋愛小説として読むと残る「わからなさ」

中田は、学校では『こころ』が三角関係のラブストーリーとして教えられることが多いと指摘する。親友に恋の相談をされたのに先に告白してしまい、親友が傷つく、というのは学校生活でもありそうな話なので、そこに焦点を当てて教える人も多いだろう、という見立てである。

一方で、よくわからないという読者も多いと中田は言う。718万部読まれていながら、レビューには「この男は自分勝手すぎる」「なぜ奥さんを残して死ぬのか」「親友にもいろいろあったにせよ、死ぬことはないのではないか」といった声が多い。親友の死は自分の責任だから死ぬ、という先生の結論は、せいぜい「それほど苦しんでいたのか」という程度にしか受け取られない。中田は、ここからもう一歩踏み込んで読むと、漱石が何を書きたかったのかが浮かび上がると述べる。

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鍵としての明治天皇の崩御と乃木希典の殉死

中田が挙げる大きなポイントは二つある。一つは、私の父が明治天皇崩御の知らせを境に衰弱していったこと。もう一つは、先生の遺書の中で、明治天皇の崩御と乃木希典の殉死に触れられていることである。

中田の説明によれば、明治天皇の死後、陸軍大将の乃木希典が夫婦で後を追って自殺し、大事件となった。その最期について中田は、当日の朝に妻と写真を撮り、これから後を追わせていただくとしたうえで、腹を十字に切り、軍服のボタンを留めてから喉を突いて亡くなった、それが正式な切腹の作法だったと紹介する。そして、それを見届けた妻も自らの胸を刃物で突いて亡くなったという。中田自身は、自分なら一太刀目の後に縦に切ることもボタンを留めることもできない、と率直な感想を挟んでいる。

この殉死への評価は分かれたと中田は語る。新渡戸稲造や森鴎外は見事な死にざまだと絶賛し、志賀直哉や芥川龍之介は時代遅れで意味がないと批判した。社会は忠義の鑑だと見る見方と、そんな死に方に何の意味があるのかという見方の間で揺れていた、というのが中田の説明である。

25:37

先生が乃木に重ねたもの

先生の遺書には、この事件の記事を詳しく読んだことが書かれている。中田によれば、乃木は西南戦争で旗を奪われるという失敗を犯し、それ以来、自分だけが生きていてよいのかと思い続け、いつ死のうかと考えながら今に至った、今がその時だと書き残していた。中田は西南戦争について、明治政府が徳川を倒した後、新しい体制をめぐって武士同士が争った戦いだと補足し、そこから明治の終わりまで35年間、乃木は罪の意識を抱えて死に場所を探していたのだと説明する。

先生はこの記事に自分を重ねた。自分だけが生きていてよいのかという罪の意識に苛まれてきた先生は、死ぬことを決心する。そして遺書の中で、私にはこれが理解できないだろうとも書く。理解できないとすれば、それは時代の移り変わりのせいであり、自分は明治の精神とともに殉死するのだ、と。中田はこれを「複雑だよね」と受け止める。

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封建的道徳から個人主義へ

殉死という考え方を理解するために、中田は道徳観の変化を説明する。徳川時代には、赤穂浪士のように主君が殺されたら命がけで仇を討つという価値観があり、儒教の流れをくむ封建的な道徳が強く根づいていた。明治以前は、国のため、家のために生きることが正しいという教えがまだ強固だった。

それが明治から大正にかけて大きく変わったと中田は言う。大正デモクラシーの時代に西洋の考え方が本格的に入り、個人主義、つまり自分の考えや自由で新しい考えに従うべきだという価値観が広まった。今の私たちが侍の切腹にぴんとこないのは、この変化を経ているからだ、という説明である。乃木の殉死をめぐって、年長の作家は称賛し、若い作家は批判したという分かれ方も、この変化を考えれば納得できると中田は述べる。

そのうえで中田は、漱石は「明治時代にけりをつけること」自体をテーマに『こころ』を書いたのだと解釈する。これは先生の恋愛物語ではなく、先生の恋愛物語に明治から大正への移り変わりを落とし込んだ作品だ、というのが中田の読みである。

28:53

「理解できない」という現象こそが面白い

中田は、『こころ』の最も面白い点は、現代の人が読んで理解できないという現象そのものにあると主張する。かつて侍がなぜ切腹していたのか、今の日本人はもう理解できない。天皇の後を追って夫婦で写真を撮ってから割腹し、それが正式な作法だと言われても、どういうことかわからない。このわからなさが、時が流れたこととこの国の歴史を強く示している。そういう本が日本で最も売れてきたということ自体が面白い、と中田は語る。

中田はさらに、これが実際の出来事であることを示すために乃木坂の話をする。乃木神社に祀られているのは乃木希典であり、その上にある乃木邸が殉死の場所である。乃木坂という地名も、事件の前は別の名前だったという。乃木邸は今も夕方まで開放されており、乃木神社にも参拝できると紹介する。実際にあった出来事が、もはや何のことかわからないと感じられるほど時代が流れた、ということである。

中田は『こころ』を、国の考え方がこれほど変わるのか、その時々の人間の悩みや正義や道徳とは何なのかを突きつけてくる「タイムカプセル」のような作品だと表現する。ありふれた恋愛の話に見せかけて、読者に高度な問いを投げかけている作品であり、それが漱石の美しい文章で描かれている、と評価する。

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令和の価値観もいずれ理解されなくなるのか

最後に中田は、問いを現代に向ける。崩御とともに殉死するという考え方は今ではなくなっているが、令和に入って考え方はどう変わっていくのか。平成の人々はこんなことを良いと思っていたのか、と令和の後の時代に言われているかもしれない。20年後、30年後にYouTubeが残っていたとして、この動画で自分が説明していることさえ何を言っているのかわからない時代が来るかもしれない、と中田は語る。時代も道徳も正義も人間の美徳も移り変わる。そのことをたった1作で突きつけるのが『こころ』という名作ではないか、という問いかけで動画は締めくくられる。