「トラウマなんてない」から始まるアドラー心理学:中田敦彦が読み解く『嫌われる勇気』

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概要

中田敦彦は、ベストセラー『嫌われる勇気』を解説している。タイトルから「炎上しても前向きに頑張れ」という類の本だろうと想像していたが、読んでみると非常に面白く、売れている理由がわかったという。中田によれば、この本が伝えたいことは「人は変われる」「世界はシンプル」「誰もが幸福になれる」の3つだけだ。動画では、この3つの主張がどのような理屈で支えられているのかを、中田自身の体験も交えながら順にたどっていく。

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日本人が書き、世界で読まれた本

中田がまず挙げるのは、イメージと違った事実である。この本は日本で200万部、世界で443万部売れていると紹介され、中田は海外の本だと思っていた。また「アドラーの教え」とあるので、アドラー本人の著書だとも思っていた。実際には日本人カウンセラーが書いた本であり、日本人の書いた本がここまで世界で受け入れられていることに中田は驚いている。

アドラーについて中田は、心理学の「3大巨頭」の3人目だと説明する。フロイトとユングは名前を聞いたことがあっても、アドラーは知らない人が多い。本書は、そのアドラーこそがフロイトやユングよりも現代人を幸福にする心理学を持っていたと、カウンセラーならではの語り口で伝えている。中田によれば、著者はもともと哲学、特にギリシャ哲学を専門としていた人で、ギリシャ哲学とアドラー心理学を組み合わせて伝えている。アドラー本人の著書よりも大きく広まったのは、この噛み砕いた書き方が良かったからだと言われている、と中田は紹介する。

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哲人と青年の対話形式

中田が「面白い」と強調するのが、本の形式である。専門用語が並ぶ本を想像していたが、実際は「哲人」と悩める「青年」の対話で進む。哲人とは、いわば哲学的な考えを持った先生のことだ。

この形式の利点について、中田は次のように説明する。読者は心理学や哲学の主張を聞くと「そんなにうまくいくわけがない」と言いたくなる。その反論を、青年が全部代わりに言ってくれる。青年はときに「お前は悪魔だ」といった暴言まで吐くが、先生はなだめながら語り続ける。読み始めは青年に共感して「先生、そんなの都合が良すぎる」と思うが、後半になって理解が進むと、だんだん先生側の気持ちになっていく。中田はこの読みやすさの工夫を、本が広く受け入れられた要因として挙げている。

3つの主張への反発が浮き彫りにするもの

「人は変われる」「世界はシンプル」「誰もが幸福になれる」と聞くと、中田自身も最初は「都合が良すぎる」「糖分マシマシの生クリームのような甘さは信じられない」と感じたという。誰もが幸福になれると言う人は、まず疑いたくなる。

しかし中田は、これを逆にしてみたと話す。「人は変われない」「世界は複雑だ」「誰も幸福になれない」。つまり「どうせ私はこんな世界で幸せになれない」という考えだ。中田は、多くの人が心のどこかでこう思っているのではないかと言う。天才でもスーパースターでもなく、恵まれた容姿や富裕層に生まれたわけでもないのに、厳しい競争社会や資本主義の世界で幸せになるのは難しい、と。3つの主張をはっきり言われて反発を感じたとき、自分がそういう考えを持っていることが浮き彫りになる。そこで「本当にそうなのか」と読みたくなる構造になっている、と中田は説明する。

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「トラウマなんてない」――原因論への批判

「人は変われる」の根拠として、本はいきなり「トラウマなんてない」と言う。親や担任の先生、クラスメート、職場の先輩に言われたことがショックで、今も苦しんでいる。誰もが持っていそうなこうした経験を、アドラーは否定する。

中田の説明では、「トラウマがあるから人は変われない」という考え方こそがフロイトの理論であり、本書はこれを「原因論」と呼んでいる。過去が原因で今がある、たとえば親との確執があったから心を開けない自分ができあがった、という理屈だ。わかりやすいが、アドラーはこれを否定する。

中田はここで風邪のたとえを使う。熱や咳や鼻水で病院に行ったら、医師が「あなたのせいではない。3日前に風邪のウイルスが入ったからです。ではお帰りください」と言う。原因を説明しているだけで、何の解決にもならない。しかも「ウイルスが入ったのだから仕方ない」という気持ちにさせて帰すだけだ。原因論の心理学は何の意味があるのか、というのがアドラーの問いだと中田は伝える。

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「今のままが楽だから過去のせいにしている」

では、アドラーはどう考えるのか。中田によれば、アドラーは「トラウマなんてなくて、あなたがトラウマを利用している」と言う。今のままが楽だから、過去のせいにしているだけだ、と。

例として紹介されるのが、赤面症の女の子の話である。緊張すると顔が真っ赤になるので治してほしいと言う彼女に、「治ったらどうしたいですか」と尋ねると、好きな人に告白したいと答える。アドラーはここで、赤面症を理由にして「告白できない状態」をキープしているのはあなた自身だと伝える。赤面症でなければ告白できるが、告白すれば振られるかもしれない。その大きなリスクと恐怖から自分を守るためではないか、という見方だ。

中田はもう一つ、身近な例を挙げる。父親に反対されたからお笑い芸人にならず、好きでもない会社で働いている、と言う人がいる。しかし、芸人になっていたとしても売れなかったかもしれない。それが怖くて挑戦せず、父親のせいにしているのではないか。中田はこのくだりに「ドキッとした」と話している。

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怒りも劣等感も「道具」である

本書はトラウマだけでなく、怒りや劣等感も人が道具として使っているものだと主張する、と中田は説明する。

例として、母親と娘の喧嘩が挙げられる。言い争って娘が家を出た直後、母親のスマホに電話がかかってくる。忘れ物の件で娘がかけてきたのだと思い、名前も見ずに怒った声で「何?」と出る。ところが相手が学校の担任だとわかった瞬間、「すみません」と態度が変わる。怒りはコントロールできないものだと思われているが、相手が違うとわかればすぐに抑えられる。中田は、車の運転で怒鳴りかけた相手が先輩だったときの例も重ねている。だから怒りは原因ではなく道具だ、というのが本の主張だ。

これに青年は反発する。「それは俺が弱いと言っているのか。夢も希望もない」と。哲人は「そうではない」と答える。だからこそ変われるのであり、変わる勇気を持つことが大切だ。アドラー心理学は「お前はもう変われない」と慰める心理学ではなく、「あなたは変われる」と背中を押す心理学だ、と中田は紹介する。

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「みんな」「いつも」という言い訳――中田自身の振り返り

本書は、人が「いつも」「みんな」と言いたくなる傾向にも触れていると中田は言う。中田はここで自分の経験を振り返っている。

オリエンタルラジオの「武勇伝」のころ、「漫才じゃなければ芸じゃない」とみんなに否定された、と中田は思っていた。しかしよく思い出すと、漫才師の先輩の中にも「めっちゃ面白い」と言ってくれた人はたくさんいた。YouTubeを始めたときも、芸人はみんな「何がYouTubeだ、テレビを頑張ろう」と言っていたと思っていた。だが実際には「最近YouTube見てるよ、面白いね」と言ってくれた先輩も大勢いた。

中田は、自分を演出し、言い訳をきれいに磨くために、「みんな」「いつも」や怒り、劣等感、トラウマを自分で用意していたのかもしれない、と気づいたという。この時点で「いい本だ」と思い、続きを聞きたくなったと話している。

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「全ての悩みは対人関係」

2つ目の主張「世界はシンプル」の根拠は、「大体があなたの課題ではない」ということだと中田は説明する。ここで本書の核になるフレーズとして紹介されるのが、「全ての悩みは対人関係」である。

悩みにはいろいろなジャンルがあるはずだと思うが、アドラーは全部が対人関係だと言う。だからそこさえ何とかすれば何とかなる。青年が「ではお金は?」と尋ねると、お金があるかないかも人との関係の中の話だという答えが返ってくる。もっと稼ぎたいというのは誰と比べてなのか、もっとスムーズにもらいたいというのは誰からなのか。そもそもお金は紙であり、人が価値を認めなければ通用しない。そして人生の3つのタスクである仕事・交友・愛(ワーク、フレンズ、ラブ)も、全て対人関係だという。

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課題の分離

対人関係をクリアにするスタート地点は「課題の分離」だ、と中田は紹介する。自分のことと他人のことを分ける。判断の基準は、その選択がもたらす結末が誰に影響するかである。

例として、子どもに「もっと勉強しなさい」と言う親が挙げられる。本書は、そう言う必要はないとする。勉強しなくて損をするのは子どもだからだ。他人の課題に土足で踏み込まず、自分のことだけをすればいい。青年は「それは寂しくないですか」と返し、親に夢を反対されたから今の仕事をしていると訴える。それに対して哲人は、それも親の課題と自分の課題を分離できておらず、褒められようとしすぎたからだと指摘する。

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承認欲求の否定と賞罰教育

ここで「アドラーの禁止事項」が出てくる。一つ目は「褒められようとすること」、つまり承認欲求の否定である。中田は、ここがタイトルから想像した通りの章だと言う。

できたら「すごいね」と褒め、ダメなら罰としてお菓子をあげない。こうした教育は昔から行われており、本書はこれを「賞罰教育」と呼ぶ。中田の説明では、賞罰教育は「褒められないと何もしない」という精神を生む。

例として、近所の掃除や雪かきを2年間続けているのに、誰からも褒められない場合が挙げられる。青年は「それならやめます」と言う。すると哲人は、あなたの行動は他人が決めているのか、と問う。褒められるからやる、褒められないならやらない。親がノーと言ったから夢を諦めた。全部他人が決めていて、それは自由ではない、というのが哲人の指摘だ。

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褒めるのではなく感謝する

さらに本書は、他人を褒めることもダメだと言う。中田によれば、褒めるのは能力が上の人間が下の人間に対して行うことだからだ。中田は、自分が大先輩の漫才を見て「面白いね」とは言わないと例を挙げる。言えば「なぜお前に評価されなきゃいけないんだ」となる。上から下へであっても、後輩や部下を褒めてはいけない。褒めることで能力を評価すると、相手に「自分はこの人より下だ」と潜在的にすり込むことになるからだ。

本書はこれを「縦の関係」と呼び、「横の関係」で考えようと提案する。相手のしてくれたことや存在に対しては、褒めるのではなく「ありがとう」と感謝する。そうすれば、褒められるからやる、やってくれたら褒めるという縦の関係による不自由から解き放たれ、嫌われる勇気を持てる、と中田は説明する。

嫌われるのは嫌だが、自分の行動で相手が嫌うかどうかは自分で決められない。中田は食べ放題の例を挙げる。一生懸命食べていると「がっついている」と嫌われることもあれば、「食べっぷりがよくて可愛い」と思われることもある。それはあなたの課題ではない。だから課題を分離し、嫌われる勇気を持って自由に動き、褒めも褒められもせず感謝だけしていればいい。それがスタート地点だ、と中田はまとめる。

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ゴールとしての共同体感覚と、競争の禁止

スタートの先にあるゴールについて、本書は「共同体感覚」だと言う。これが最終章の「幸福とは」につながる。幸福とは共同体感覚を持つこと、つまり「仲間に貢献できている」という感覚であり、それだけが幸福だと本書は言う、と中田は紹介する。

ここで新たな禁止事項として「競争すること」が出てくる。競争しすぎると、相手が仲間ではなくなってしまう。競って勝たないと自分には価値がないとどこかで思っていないか、と哲人は問う。勝ち負けで自分の価値を決めなくていい、というのが本書の立場だと中田は伝える。

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自己受容:行為レベルと存在レベル

中田によれば、共同体感覚に至るには3段階あり、その一つ目が「自己受容」である。これは最近よく言われる「自己肯定」とは違う。自己肯定は、60点の自分を無理やり100点だと言うことであり、「私は素晴らしく綺麗」「俺はかっこいい」と言わなくていい。自己受容は「俺は60点だ。でもこれから頑張っていこう」と受け入れることだ。

さらに「行為レベル」と「存在レベル」という区別があると中田は説明する。何かをしなければ自分に価値がないと考える、行為レベルでしか自分の価値を持てない人はワーカホリックになる。仕事をしてお金を稼ぐことでしか家族に貢献できていないと思うと、ずっとお金のために働くことになる。一方、家に自分がいるだけで家族は嬉しい、仲間の中に今日自分が来ているだけで嬉しいと思ってくれているだろう、という感覚があれば、自己受容は大きく高まる。だから行為や競争の勝ち負けで自分の価値を規定するのではなく、存在レベルでまず自分を受け入れることが大事だという。

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信用ではなく信頼

二つ目の段階が「他者信頼」である。本書は「信用」と「信頼」を区別していると中田は紹介する。信用はクレジットのことで、銀行でお金を借りるときのように、持ち家や給与といった条件を並べて成り立つ。条件付きで信じるのが信用、無条件に信じるのが信頼であり、本書は他者を無条件に信じろと言う。

青年は当然「裏切られたらどうするんですか」と反発する。哲人は、裏切られるかどうかはあなたの課題ではないと答える。そして、相手はあなたが信頼しているかどうかを察知する。裏切られるかどうかがわからないのなら、まず信頼することが大事だ、という説明である。

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他者貢献と「大きな夢」

自己受容と他者信頼を経て、ようやく「他者貢献」を考えられるようになる。そして幸せとはそれだけだ、と本書は言う。

ここで青年は再び反発する。ビジネスで社長になってフォーブスの表紙を飾りたい、ロックミュージシャンとしてさいたまスーパーアリーナを埋めたい、海外進出したい。そういう特別な地位を得たいのであって、他者貢献だけなのか、と。哲人は、それらも他者貢献の一つにすぎないと答える。大富豪になった人がそれでもまだ仕事を続けるのはなぜか。中田の説明では、それは貢献したいから、自分の居場所である共同体の中で、みんなに喜んでもらえていると感じたいからだという。

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人生を「線」ではなく「点」で考える

最後に中田が紹介するのは、人生を線のように考えるなという話である。人生を線で考えるから、ゴールにたどり着けていない、自分を受け入れられない、幸福ではないと思ってしまう。何歳で終わるかはわからないが、その時々で仲間に貢献できていると思えていれば、それでもうゴールしている。人生は常に完結しており、アドラー心理学を聞いたその日から幸せなのだ、と本書は言う。中田も「都合が良すぎないか」と思ったが、哲人は「そんなものなのだ」と答えるという。

ここで旅のたとえが出てくる。エジプトのピラミッドを見に行く旅は、早く着けばいいのか。ヘリコプターで飛んでいき、見てすぐ帰ってきて「意外と1日で帰ってこれた」という旅は楽しいだろうか。1か月かけて砂漠を歩き、トラブルにも遭う、その瞬間瞬間が楽しいのが旅であり、人生もそうだ、と中田は説明する。人生は点の連続であり、今に集中するだけでいい。

青年が「それって普通の人生じゃないですか」と言うと、哲人は「そうだ、これは普通である勇気でもある」と答える。普通の人生でも、みんなに貢献できていれば最高に幸せで、それでいいではないか。中田は、これが『嫌われる勇気』が教えてくれたことだと締めくくっている。