皇室典範改正で何が変わったのか:中田敦彦が解説する「女性皇族の皇籍残留」と「旧宮家からの養子」
中田敦彦のYouTube大学 - NAKATA UNIVERSITY2026年7月、皇室典範の改正法が衆参両院で可決された。ニュースでは報じられたが、何が変わり、なぜそれが大きな意味を持つのかを理解している人は少ないのではないか。中田敦彦はこの問題意識から解説を始める。中田によれば、今回の改正は皇位継承のルールを大きく変えるものだ。それにもかかわらず、選択肢をめぐる議論を飛ばし、国民が十分に理解しないまま決まってしまった。本稿はその解説の内容を整理したものである。
異例のスピードで成立した改正法
中田の説明では、改正法は2026年7月10日に衆議院で可決され、その1週間後に参議院でも可決された。さらに1週間後に公布され、10月24日に施行される予定である。自民党が圧倒的な議席を持っているため、法案は次々に通ったと中田は言う。
中田自身も7月当時は帰国の準備に追われ、授業(動画)を再開していなかった。ただ、大きな出来事のはずなのによく分からないまま決まってしまったという印象がずっと残っていたという。皇室に関することは自分で調べるのが恐れ多く、ニュースでも詳しく扱われていない気がする。だからこそここで整理したい、というのが今回の動機である。
改正の2つの柱
中田は改正の中身を大きく2つにまとめる。
1つ目は、女性皇族が結婚後も皇籍にとどまれるようになったことである。これまでの皇室典範では、女性皇族は結婚すると皇籍を離れ、一般の人になった。中田は眞子さまと小室圭さんの結婚を例に挙げる。小室さんは皇族ではないため、眞子さまは結婚によって皇籍を離れ、その後は一般国民としてプライベートの写真を撮られたりもしていた。ただし新しいルールが適用されるのはこれからの結婚であり、すでに皇籍を離れた人が戻ってくるわけではない、と中田は念を押す。
2つ目は、皇族が特定の家系から養子を取れるようになったことである。中田はこちらの方が重要だと強調する。裏を返せば、これまで皇族は養子を取れなかった。改正されたということは、それができないことで大きな問題が起きていた、ということになる。皇室典範が改正されたというニュースの雰囲気だけはなんとなく知っていても、養子が取れるようになったことまで理解していた人は実は少ないのではないか、と中田は指摘する。
16人まで減った皇族と、3人しかいない男性の継承資格者
改正の背景としていちばん単純な理由は、皇族の減少だと中田は言う。中田によれば、皇族は現在16人である。
天皇陛下のご一家は「内廷」と呼ばれ、上皇陛下と美智子さま、天皇陛下と雅子さま、そして愛子さまの5人がいる。秋篠宮家は文仁さまと紀子さま、佳子さま、悠仁さまの4人である。佳子さまの姉の眞子さまは、結婚で皇籍を離れたため数に入らない。常陸宮家は正仁さまと華子さまの夫妻で、正仁さまは90歳。昭和天皇の第2皇子で、上皇陛下の弟にあたる。高円宮家は、高円宮さまが亡くなっており、久子さまと承子さまがいる。三笠宮家には彬子さま、瑤子さまと、母の信子さまがいる。寛仁親王がすでに亡くなっているため「三笠宮寛仁親王妃家」と「三笠宮家」に分かれて登録されている。中田はこれを経済の主体として分けられるためだと説明しつつ、視聴者向けには「三笠宮家」と理解すればよいとする。つまり内廷と、秋篠宮家・常陸宮家・高円宮家・三笠宮家の4家があることになる。
中田が注目を促すのは皇位継承権である。現在のルールでは男性でなければ天皇になれない。継承権を持つ男性は3人しかいない。第1位は天皇陛下の弟の文仁さまで、皇位継承順位第1位の人は「皇嗣」と呼ばれる。第2位は文仁さまの子の悠仁さま、第3位は上皇陛下の弟の正仁さまである。上皇陛下と天皇陛下を除けば、ほかは全員女性だ。
さらに中田は世代の問題を指摘する。天皇陛下と文仁さまは兄弟で、中田は年齢を「66、60」と述べ、同世代だとする。正仁さまはそれより年上である。したがって次の世代の天皇候補は悠仁さま1人しかいない。これで安定的な皇位継承ができるのか、という危惧は長く続いてきた。今回の改正はそこに1つの手を打ったものだ、と中田は位置づける。そのうえで問うのは、手の打ち方が本当にこれだけだったのか、という点である。
皇族が減る3つの理由
中田は、皇族が減った理由ははっきり3つあると整理する。
- 女性皇族が結婚すると皇籍を離れる
- 皇族は養子を取れない
- 皇位継承は男系男子に限られる
女性は結婚とともに出ていき、養子という形で外から入ってくることもない。中田はこれを「嫁いだら出ていく村」にたとえる。過疎化する村は、たいてい嫁いだ人が町へ出ていってしまう。そのうえ継承資格は男系男子だけという厳しいハードルがある。今回の改正は、この3つのうち上の2つに対応した。残る3つ目については一切議論されなかった、と中田は言う。
「男系」と「女系」とは何か
中田はここで、何度聞いても混乱しがちな「男系男子」を説明する。組み合わせは男系男子、男系女子、女系男子、女系女子の4種類ある。男子・女子は文字どおりの意味なので、男系と女系さえ分かればよい。
中田の説明では、男系とは父親が皇族である人、女系とは母親が皇族である人を指す。皇族同士の結婚は血が近すぎると問題があるため、皇族は一般の人と結婚する。眞子さまは小室圭さんと結婚し、美智子さまや雅子さまも一般の家庭から嫁いだ。皇族と一般の人の結婚で、父親が皇族なら男系、母親が皇族なら女系になる。佳子さまは父の文仁さまが皇族で、母の紀子さまは一般の家庭出身なので男系女子である。逆に眞子さまと小室圭さんに子どもが生まれれば、皇族なのは母親の眞子さまなので、その子は女系男子か女系女子になる。
皇位継承が男系男子に限られるようになったのは明治以降で、それ以前には推古天皇や持統天皇のような女性天皇もいた、と中田は言う。ただし中田によれば、明治以前の女性天皇はすべて男系で、その子どもが天皇を継いだことはなかった。女性天皇はあくまで「ピンチヒッター」として認められ、その子が天皇になることは認められてこなかった、という説明である。
その理由として中田が挙げるのは、母方ではなく父方の血を血筋とみなす考え方だ。母方も父方も同じ血ではないかと思うかもしれない。しかし中田は世界の王族の歴史を引き合いに出す。女王の力が強く女系でもよいとされた国で、よその貴族が嫁いできて、外から来たのにその血筋が正統であるかのように振る舞い、乗っ取られてしまった例もある。何が乗っ取りで何がそうでないかは認識の問題で非常に難しい、と中田は断りを入れる。そのうえで、外から来た血筋に乗っ取られるのではないかという恐怖感から、父親の血、つまり男系の血を大事にする人たちがいる。その人たちが強くこだわっているのがこの点だ、と説明する。
3つの理由は同じ重さではない
中田は、3つの理由は「フラットな問題ではない」と強調する。
1つ目の女性皇族の皇籍残留は、皇位継承にはあまり直接関わらない。中田の説明では、結婚相手の一般男性は皇族にならず、2人の間に生まれた子どもも皇族ではない。皇族として残るのは女性本人だけである。
では何のためか。中田は公務の担い手の確保だと読む。皇族は外交や各種行事、式典への出席など、皇族ならではの公務を数多く担っている。年齢とともにそれは負担になり、若く体力のある皇族が担うことになる。しかし人数が少なければ1人あたりの負荷が高くなる。だから公務の担い手として皇族の数は多い方がよく、そのために1つ目の穴は塞いでおくべきだった、という整理である。
一方、2つ目の養子と3つ目の男系男子限定は、どちらも継承権に直結する。中田は2と3の方がはるかに重要だとする。今回の改正では、このうち2つ目の養子のルートが当然のように選ばれた。しかし歴史を振り返れば、それは当然ではなかったと中田は言う。
2005年、小泉政権では女性・女系天皇が議論されていた
中田によれば、2005年の小泉政権のときも自民党は非常に強く、皇室典範を改正しようという機運が高まった。当時は悠仁さまがまだ生まれていなかった。次の世代を担える若い皇族は、愛子さまと、まだ結婚していなかった眞子さま、佳子さまだけで、「三分の三」が女性という状態だった。このままでは世代交代ができないと考えた小泉政権は、改正できるのは自民党が強い今だとして、専門家を呼んで議論した。
そこで問題になったのが、養子を取ることに国民の理解が得られるのか、という点だったと中田は説明する。特定の家系から養子を取るといっても、その家系はかつて皇室と縁があったとはいえ、本流と比べればかなり遠い親戚にあたる。それは理解されにくいのではないか。むしろ、すでに国民に認知され、愛されている愛子さまや眞子さま、佳子さまの方がスムーズではないか。こうして当時は、女性天皇や女系天皇を認める方向で議論が進んでいた、と中田は言う。
中田は2つの考え方の違いも説明する。女性天皇論は、推古天皇や持統天皇のような「ピンポイント」の起用である。女性皇族が即位し、在位中にほかの候補が生まれることを期待する。女系天皇論は、女性天皇から生まれた子どもにも継承権をつないでいくことで、継承を安定させる考え方である。
ところが2006年に悠仁さまが生まれ、次の世代に男系男子の継承資格者が誕生した。当面は大丈夫だろうということで、議論はいったん白紙になったと中田は振り返る。
2017年の生前退位と議論の再燃
その後、政治は民主党政権の誕生などで大きく揺れた。中田によれば、論争が再び盛り上がったのは2017年である。きっかけは、現在の上皇陛下が生前に退位したいという意向を示したことだった。
天皇は崩御によって代替わりするルールになっている。中田は、崩御と代替わりは社会に大きな衝撃を与えるものだと説明する。今では信じがたいかもしれないが、明治の時代には、天皇の崩御を悲しむあまり自ら命を絶つ「殉死」をする人がいた。軍人や天皇の側近など、天皇に近かった人たちで、夏目漱石の作品にも出てくると中田は言う。こうした大きな衝撃を避けたいこと、年齢的に公務の負担があることなど、さまざまな事情から生前退位が望まれた。2017年には退位特例法という形でルールが変えられ、生前退位が実現した。
このとき、悠仁さまの誕生で問題はいったん保留になったが、全体としては何も解決していない、という認識が改めて広がったと中田は言う。ただ、皇室典範の改正は大きな議論を呼ぶため、おいそれとはできなかった。
2026年、議論を飛ばした改正
中田によれば、2026年に自民党が選挙で圧勝し、その勢いのなかで「今しかない」と改正が行われた。今回のスピードは、女性・女系天皇か養子かという議論を、ある意味で「すっ飛ばした」スピードだったと中田は評する。
なぜ養子の方を選んだのか。なぜ女性・女系ではだめなのか。もっと議論を深めて、少なくとも国民に理解させてほしい。中田はそう疑問を投げかける。ところが現実には、国民は養子が取れるようになったことすら分かっていない。法改正は「光の速さ」で進んだ。中田は皮肉を込めて、物価高対策を「いの一番」と言いながら一向に行われない一方で、別の法律が光の速さで改正されている、とも述べている。
養子の条件:旧11宮家の15歳以上の男系男子
中田は、どのような養子が認められたのかを掘り下げることで、この方向に舵を切った理由を理解しようとする。
養子を取れる「特定の家系」は、旧11宮家と決まっている。宮家とは、現在の秋篠宮家、常陸宮家、高円宮家、三笠宮家のような家族単位のことだ。現在は4つ、三笠宮寛仁親王妃家を数えれば5つになる。中田によれば、戦前まではさらに11の宮家が存在していた。
この11宮家は、1947年、敗戦後にまとめて皇籍を離脱した。中田は理由を2つ挙げる。1つは皇室の財政である。皇室は労働して対価を得るわけではなく、基本的には国民が支える。戦後の経済立て直しが厳しいなかで11宮家を支える負担は大きく、宮家の財産は国有化された。もう1つは血縁の遠さである。中田の説明では、これらの家系が現在の皇室と共通の祖先にたどりつくのは15世紀の室町時代、伏見宮家のあたりまでさかのぼる。そこから分かれた、もう1つの皇統の候補とされてきたのがこのグループだという。
中田は具体例として、戦後すぐに総理大臣を務めた東久邇宮稔彦王を挙げる。日本史の授業で「久邇」の字が難しいと思った人もいるだろう、と語りかけ、久邇宮家と東久邇宮家はどちらも旧11宮家に含まれると説明する。また竹田宮家もその1つで、テレビ番組によく出ている竹田恒泰さんは、戦後に皇籍を離脱して一般人となった竹田宮家の血筋だという。
養子の条件は、旧11宮家の15歳以上の男系男子である。つまり父方をたどってずっとその血筋にあり、現在15歳以上の男性なら、養子として迎えられる。結婚ではなく、現在の皇族が自分の子として皇族に迎え入れる形である。女性・女系で継ぐなら今の皇族の中でなんとかすることになるが、今回の改正は外から人を迎え入れる方法だ、と中田は対比する。
養子本人ではなく、その子に継承権が生じる
では養子に入った人が天皇になるのか。中田によれば、そうではない。養子本人には皇位継承権はない。その人が一般の女性と結婚して生まれた子どもに、皇位継承権が生じる。
中田はさらに、誰が養子を取れるのかを説明する。民法では、養子は養親より年上であってはならないと定められている。中田自身も知らなかったと話す。したがって、15歳以上で自分より年下の人を養子に取ることになる。今回の改正では、上皇ご夫妻、天皇ご夫妻、皇嗣である文仁さまご夫妻の6人は養子を取れない。残る10人が養子を取ることができる。
ここから中田が引き出すのは、次のような可能性である。すでに子どもを産む年齢ではない女性皇族や、女の子だけが生まれた人、子どもを産まなかった人も、養子を取れば、その養子の息子が天皇になったとき「天皇の祖母」になる可能性が生まれる。悠仁さまも制度上は養子を取れる。しかし中田によれば悠仁さまはまだ19歳で、15歳以上の候補者を迎えても養子というより弟のようになるため、先の話になりそうだという。高齢の方が15歳以上の養子を迎えても長く育てられるとは限らない。そう考えると、実際に養子を迎えるのは「程よい年齢」の方々に限られてくるのではないか、と中田は読む。
現在、皇位継承権を持つのは3人だが、次の世代は悠仁さま1人で、ほかの候補はまだいない。そこに、旧11宮家から養子として皇室に入った人の息子が新たな継承資格者になるというルールが、国民にまったく理解されないまま今年決まった。中田はこれを「とてつもなく大きな変化」だと強調する。
麻生太郎氏への批判と藤原道長のたとえ
中田は、この改正が大きな批判を呼んでいる理由として、強く推進したのが自民党副総裁の麻生太郎氏であることを挙げる。中田によれば、三笠宮寛仁親王妃家の信子さまは麻生氏の妹で、彬子さまと瑤子さまは麻生氏の姪にあたる。つまり養子を取れる10人のなかに、麻生氏の親族が含まれている。
中田はここで平安時代の藤原道長を思い出すと言う。道長は皇室に親族を次々と嫁がせて外戚となり、天皇の祖父や曾祖父にあたる立場になることで圧倒的な権力を握った。もちろん平安と令和は違う。だから麻生氏が藤原道長になろうとしてこうしたとは言わない、と中田は断る。それでも、そう疑われてもおかしくないほど渦中の人物だというのが中田の指摘である。中田は、麻生氏が副総裁を務め、義弟の鈴木氏が幹事長を務め、麻生氏の影響が非常に強いとされる高市政権のもとで、自らの親族が今後天皇の祖母や親戚になりうるルールがスピーディに決められた、とまとめる。
結論はまだ分からない。問われるのは決め方と国民の理解
中田は、この結論そのものが悪かったとはまだ言えないと留保をつける。女性・女系の道もあったのではないか、養子でよかったのか。そうした議論は飛ばされたが、結果が良いか悪いかはこれから次第だという。ただし、これほど大きな変化をこれほどのスピードで進めてよかったのかという点は、国民が理解しておかなければならないと中田は言う。
今後注目すべきなのは、10月24日の施行後に養子縁組が可能になったとき、旧11宮家の誰が、どの皇族の養子になるのかである。それがどのような未来につながり、政治にどのような影響を及ぼすのか。中田は、このニュースを見逃してはいけないと呼びかける。
最後に中田は、皇室典範の位置づけの変化を説明する。皇室典範は戦前にもあったが、当時は大日本帝国憲法とは別のものだった。改正できるのは皇室だけで、国会の議決を必要としない「天皇大権」だったという。戦後、皇室典範は憲法の下に置かれ、国会が定める運用ルールになった。憲法で天皇のあり方を規定し、その運用を皇室典範で定める。そしてそれは、国民の代表である国会議員が国民の総意をもって変えていくべきものとされた。皇室のあり方を国民が決めるという、国民主権の日本国憲法に基づく設計だと中田は説明する。
ところが今回、国民が「ポカーン」としたまま皇室典範が改正された。中田は、大事なのは何がどう改正されたか以上に、どのように改正されたか、そして私たちがそれを理解しているかどうかだ、と締めくくっている。
どうも中田敦彦です。今日も早速参りましょう。エクストリーム現代社会、皇室典範改正とは何だったのか編。すごいことが起きてる。やってまいりました。すごいことが起きてるよということで、驚きまして、私も勉強しましてね。ありましたよね、皇室典範改正。実は7月の辺りで大騒ぎになったんですけれども、私その時、まだ帰国しての準備で、色々あーだこーだやってまして、授業再開してなかったんですよね。ですが、ずっと心に残ってまして、皇室典範改正って結構大きいことのようなんだけど、なんだかよく分かんないまま決まっちゃったな、そういう印象ですよね。皆さんも、あれが何だったのか、すっきり分かるとしたら、これ聞きたくないですか。聞きたいんですよね。そうなんですよ。やっぱり皇室に関することって、自分で調べるの、なんかちょっと恐れ多いし、あんまりニュースでもちゃんと詳しくやってないような気がするから、ここで聞いときたい。この私の授業、是非最後まで聞いていただきたいなと思ってるわけですね。すごいこと起きてます。すごいこと起きてますよ。
いいですか。2026年、今年、7月10日に衆議院で可決されました。そしてその7日、1週間後に参院で可決されました。楽勝ですね。自民党が圧倒的な議席なので、もう何やっても通るということなので、ポンポーンと通りまして、その1週間後に皇室典範の改正法が公布されまして、10月の24日に施行されるということになっているんですけども、スピーディーにポンポンポーンと決まっている。けれども何が変わったんだろうということがよく分からない。一応、内容、ニュースで言ってたよなみたいなことの内容で言うと、大きく2つあるんですよ。それが非常にどういう意味か分かりづらいので、まずその2つ、1回押さえ直しますね。
1個、大きく改正されたのが、女性皇族が結婚後も皇籍残留できるようになりました。逆に言えば、今までは女性皇族は結婚後、皇籍を離れる、一般の人になるよっていうのが、今までの皇室典範のルールだったんですよ。だから覚えてます? 眞子さま、小室圭さんと結婚する、しないみたいなのありましたね。小室圭さんっていうのは皇族じゃないので、その方と結婚した女性皇族は結婚後、皇籍を離れるということで、眞子さまが一般の国民として、その後、普通にプライベートを写真撮られたりしてましたよね。あれは皇籍を離れたっていうことなんですよ。それがこれからのルールだと変わるってこと。じゃあ眞子さまは戻ってくるんですかって考えますけど、それ違うんですよ。これからのってことなんで、今までの女性皇族、結婚で皇籍を離れました、離脱しましたって人は戻ってきません。これからは残留しますっていうことなの。それってなんか大きい問題ですか、なんでですか。これ分かんないよね。これが分かるようになりますからね。
それともう1つ、こっちが結構重要なんですけど、皇族が実は特定の家系から養子を取れるようになりましたっていう話なの。これ分かってました? これ分かって、ニュースでなんとなく皇室典範が改正されたっていうことと、このなんかここら辺の雰囲気だけさらってたけど、まさかこの皇族が特定の家系から養子を取れるようになったっていうことを、しっかりと理解してたって人、実は少ないんじゃないですか。少ないですよね。養子取れるんだと。逆に言うと、今までは皇族ってのは養子取れなかったんですよ。だから何が起きてたのか。それが今回の改正のスタートなんですけど、これを改正したってことは、これができなかったことで大きな問題が起きてたんですね。この改正に至った背景というのがあるんですよ。
それ、一番シンプルな理由が皇族の減少なんです。減っていたんですよ。そうなのと。実際問題、皇族、皇室、これ何人いるって正確に把握してる方どれくらいいるかっていうと、うーんってなりますよね。とにかくあまりにも恐れ多い気がするから、入念に調べるっていうことがないわけじゃないですか。だからなんとなくニュースで、皇室の方なんだな、なんとか家のなんとか、そうなんですねっていうことで終わってたと思うの。しっかり整理すると、なんとこれ16方、16名の方に今、減少してきていると。
しっかりと押さえ直していきますと、まず現在の天皇陛下のお家のことを内廷と言うらしいんですけども、生前退位なされた上皇陛下と美智子さまご夫妻がいまして、現在の天皇陛下と雅子さまご夫妻がいまして、これは皆さん色々と見てますから、そうでしたねという感じですよね。その上で天皇陛下と雅子さまには愛子さまというお子さまいらっしゃると。ここも分かりましたね。ここで現在5名でございますね。これ内廷5名という。
その上で秋篠宮家、これもよく聞きますよね。秋篠宮さまと言われてるのが文仁さまと紀子さまのご夫妻がいらっしゃいまして、そのお子さまに佳子さまと悠仁さまがいらっしゃると。これ実は佳子さまの上に眞子さまがいらっしゃったんですけども、まさにこの結婚したことで皇籍を離脱したということなので、現在皇室ということで言うと、在籍していないということになりますので、秋篠宮家はこの4名になると。
その上で常陸宮家というのがありまして、これ正仁さまと華子さまご夫妻がいらっしゃるんですけど、この正仁さまは御年90歳ということで、実はこの上皇陛下の弟君なんですね。つまりこの上皇陛下というのは昭和天皇の第1皇子なので、昭和天皇の第2皇子がこの正仁さまということになります。そしてもう1つが高円宮家。こちらも高円宮さまは他界なさってるということで、久子さまとそのお子さまの承子さまがいらっしゃるということになります。
そしてもう1つ、三笠宮家というのがありまして、そこに彬子さま、瑤子さまがいらっしゃいまして、そのお母さまに信子さまがいるんですけども、三笠宮寛仁親王は既に他界されておりますので、その上でこの三笠宮寛仁親王妃家というものと三笠宮家に分かれてるのは、そういうふうに登録してると言いますか、経済の主体として、なんか分かれることもできるようなので、現在こうなってるんですが、言ってみれば我々のシンプルな理解で言うと、三笠宮家と思っていただければいいと思います。なので内廷と4家あると。秋篠宮家、常陸宮家、高円宮家、三笠宮家というのがあり、そして16名いらっしゃるわけですよね。
よく注目していただきたいのが、この継承権についてなわけですよ。男系男子とか、なんか色々言いますけど、それ後で説明しますね。シンプルに言うと、男性じゃないと天皇にはなれないというのが現在のルールなんですね。で言うと、男性で継承権がある方というのは現在3名いらっしゃるんですよ。これ印つけさせていただきます。現在の皇位継承権の順番がありまして、第1位と言われてるのが秋篠宮家の文仁さま。つまり現在の天皇陛下の弟君なわけですよ。が第1位。皇位継承権第1位の人のことを皇嗣っていう呼び方するんですけど、皇嗣でいらっしゃるのがこの文仁さまであると。そして第2位でいらっしゃるのが、その文仁さまのお子さまである悠仁さまであると。そして第3位に上皇陛下の弟君である正仁さまというのがいらっしゃって、これがいわゆる男子で継承権のある人、全てです。
他は上皇陛下、天皇陛下以外を言うと、お妃さまがいらっしゃって、女性、女性、女性、女性、女性、女性、女性というふうになっておりますので、シンプルに男性で、まだこの皇位になったことのない方っていうのが3名いらっしゃると。逆に言うと3名しかいない。その上でこの天皇陛下とこの文仁さまというのはご兄弟ですので、同世代ですよね。66、60ということで、ということは次世代の天皇陛下の候補というふうに考えると、この正仁さま、むしろ年上になりますので、この悠仁さまお1人というのが現在の日本の皇室の現状なんですよ。これで日本の皇室の安定的継承ができるのかという問題で言うと、非常に危ぶまれてる時間が長いわけです。なので今回はそこに1つの手を打ったっていう話なんですね。ですが、その手の打ち方というものはこれだけだったのか。ここが非常に大きいポイントなんですよ。
なぜなら、まず減少した理由ですね。この減少理由というのは明確に3つあるわけなんです。そしてその3つのうち2つに対して、今回は対応したということなんですよ。ですが残る1つに関しては、今回一切議論がなされなかった。その1つとは一体何なのか。これ、よく見てみましょう。減少した理由の1つは、先ほど言った女性皇族が結婚すると皇籍を離脱する、そういうことでしたね。つまりどんどんこのグループから女性が結婚とともに皇室を離脱していきますので、皇室の人数は減る一方。これは分かりますよね。その上で皇族は養子を取れない仕組みになっておりますので、外からも入ってこないんだということになりますね。つまりこの村は嫁いだら出ていく村。ありますよね、過疎化の村って大体嫁いで出てっちゃうんですよね、町にね。その上、皇位継承が男系男子のみである。これが非常に厳しいハードルだというのが、この継承権の問題。
ここで皆さん絶対に聞きたいのが、男系男子とは何ですか。これなんですね。ものすごい、何回聞いてもパニックになってしまうということでおなじみの男系男子について、ついに今日理解することができます。ご安心ください。これ男系男子のみと言われた時に、他が何があるんですか。これ重要です。4種類あります。男系男子、男系女子、女系男子、女系女子とあるんですけれども、この男子女子に関しては皆さん分かります。皆さんが認識してる通りです。男子は男子、女子は女子。その上でこの男系と女系が分かんないですね。この男系と女系さえ理解できれば、男系男子、男系女子、女系男子、女系女子が分かるようになる。
男系というのはお父さんが皇族の人。女系というのはお母さんが皇族の人。皇族というのは血筋ですから、皇族同士で結婚するっていうのが近すぎると色々問題があるわけですよね。つまり皇族の方は一般の方と結婚するわけですね。眞子さまも小室圭さんと結婚してますし、この陛下も、美智子さまや雅子さまというのは一般の方から嫁がれた方ですよね。つまり皇族と一般の方の結婚。この中で皇族がお父さまですよという時が男系でございます。皇族がお母さまですよという時が女系でございます。つまりこちら、佳子さまはお父さまが文仁さまで皇族であり、紀子さまが一般の方からいらっしゃってるので、これ男系女子ですよね。逆に言うと、眞子さまと小室圭さんがお子さん産んだら、皇族は眞子さまの方で、小室圭さんが一般なので、これは女系の男子か女子っていうことになります。分かりましたね。すごく分かりましたね。
ここで問題なのが、皇位継承が男系男子のみになっているのは、実は今、この明治以降であって、明治以前は女性天皇ってのもいたんですよ。いましたよね。習いましたよね、推古天皇とか持統天皇は女性だったみたいなことあるわけです。じゃああれはどうなのなんて言うと、あれは男系女子なんですよ。推古天皇のお父さまは皇族だったと。逆に言うと、推古天皇のお子さんも天皇になっていれば、それは女系が続いてきた、女系もあったじゃないかってことなんですけど、それまでの明治以前の歴史における天皇、女性天皇は全て男系であり、かつそのお子さんが天皇を継ぐことはなかった。つまりあくまでピンチヒッター的に女性天皇は容認されたけれども、その子どもが天皇になるということは認められてこなかったんです。
これなんでかっていうことなんですよ。これ血筋の考え方なんですけど、母方の血ではなく父方の血を血筋と考えるっていう考え方があるんですよ。我々からすると、それ認識の問題じゃないと、母方も父方も血じゃないかって思うかもしれませんけれども、この血、血族、王、王族、こういったものに関して言うと、世界でもいろんな歴史がありまして、女王というものが強い時に、その女系でいいじゃないかってなった時に、よその貴族がそこに嫁いできて、あたかもそのよそから来たくせに、その血筋が一番いいんだと言わんばかりに、乗っ取られてしまったみたいな国も、認識の問題ですけどね。何が乗っ取り、乗っ取りじゃないかっていうのは非常に難しいんですけども、そのよそから来た血筋に乗っ取られちゃうんじゃないかっていう恐怖感。これ難しいですよね。なんでそれが乗っ取るになるの。別に混ざってんだからいいじゃないっていう考え方もあると思うんですよ。でもこの血統を大事にするということの中で、父親の血、男系の血を大事にするっていうふうに考える人がいると捉えてください。その人たちが非常にこだわってるのがここなわけです。
今回この3つの問題点が皇族を減少させ、継承の安定を危ぶませていたわけですよね。それに対してこの2つの上の方を塞いだというふうに捉えることできるわけですよ。ただこの女性皇族が結婚で皇籍離脱するかしないかというのは、直接皇位継承にはあんまり関わりがないんですよ。どっちかと言うと、言ったら結婚してるわけですからね。その上で出ないって言うんですよ。その上でこれポイントなのが、結婚した夫及びそこの一般の方、男性と結婚して生まれた子どもに関しては、皇位継承権はないんです。皇族にもなってないんです。分かります? だから皇族の女性が一般の男性と結婚しました。じゃあ一般の男性が皇籍に入るのかというと、入らないんですよ。その上でその一般の男性と産んだお子さんに関しても、皇族ではないっていう認識なんです。あくまで皇族として女性だけが残るっていう形なんです。
これどういうことがやりたいんだと思います? これは皇族っていうのは公務をやるんですよ。確かにやってますよね。外交とか、いろんなイベントに参加したり、式典に参加したりっていう皇族ならではの公務っていうのがたくさんあるわけです。ところがご覧ください。なかなかその公務も年齢とともに大変になってきますよね。となると必然、若くて体力のある皇族の方がその仕事を担ってくることになると思うんですが、その数が少ないと非常に負荷が高いわけですよね。ですから公務の担い手として、単純に皇族の数というのは多く欲しい。その場合この1番は塞いでおくべき。この1が効いてくるのは、公務の担い手を確保するという意味です。ですが2番は違います。2番はこの継承権に関わってくる話。そして3番もそうです。つまりこの3つの減少理由のうち1、2、3はフラットな問題ではないんですよ。むしろ2と3が非常に重要な問題であるということなんです。
そして今回、こちら2の方のルートを切ったというところが、すごく特筆すべき問題なんです。当たり前のように2を選択しました。でもこれは当たり前ではないということが、歴史を見ると分かるんですよ。論争史があります。実は2005年の小泉政権の時も自民党、非常に強かったですよね。あの時も皇室典範を改正しようという機運が高まりました。なぜか。まだその当時、悠仁さまがお生まれになってなかったからなんですよ。つまりその当時の状況というのは、次世代に継承できる若い人というのが愛子さまか、その当時まだ結婚していない眞子さまか佳子さましかいない。3分の3が女性という状態だったんです。世代交代ができない。このままだと危ないと考えた小泉政権は、皇室典範の改正をしなければならない。改正ができるのは今、自民党が強い時だということで、専門家を呼んで議論したんですね。
その時どういうふうに考えたか。養子を取るというのは、国民の理解を得られるのだろうかということだったんです。特定の家系から養子を取る。それはかつて皇室と縁があったとはいえど、この本流の血の濃さと比べると、だいぶと遠い親戚になるんですね。だいぶと遠いご縁になる。そのだいぶと遠いご縁から養子を取る、なかなか大変なことになるぞと。これは理解してもらいづらい。むしろ現在、すでに国民の理解と認知と、そして愛を受けている愛子さまや眞子さまや佳子さまの方が、スムーズに行くんじゃないかということで、当時なんと小泉政権の時には、皇室典範改正に関しての議論は女性天皇や女系天皇。
女性天皇を認めるという場合、ピンポイントでの起用になりますよね。つまり眞子さまや愛子さまや佳子さまが天皇陛下になったとしても、その時の間に、在位中に他の候補の方がお生まれになることを期待しつつという、それまでの推古天皇や持統天皇のような起用の仕方が女性天皇論ですね。女系天皇になると、その女性天皇からお生まれになったお子さんも皇位継承権を繋いでいけば安定するよねという考え方。なので女性天皇、もしくは女系天皇も含めて、これは容認するというふうに改正するのはどうだという議論が進んでたんですよ。この当時は養子を取るより、女性の方が理解してもらいやすいんじゃないか。そういうので進んでいた。
ところが一気に変わる。それが2006年に悠仁親王殿下が誕生するんですね。このことによって男系男子の継承権のある方が次世代で生まれた。これは当面の間、もう大丈夫だろうということですね。一旦議論が白紙になったわけです。その後、政治は二転三転、大きく揉めましたよね。だって民主党政権になったりしてましたからね。日本を取り戻すとか色々やってましたから。その上で再びこの論争が盛り上がったのが2017年なんですよ。それが現在の上皇陛下が、生前退位をしたいという意向を示されたことですよね。
言ってみれば、天皇陛下というのはお亡くなりになるというのを崩御って言うんですけども、崩御して代が変わるというルールになっているんですけれども、生前に退位する方を私は選びたいということを、自ら主張していったわけですよね。これなんでなのかと言うと、崩御と代替わりというものは普通、大きいインパクトがあるので、今となってはなかなか信じ難いかもしれませんけれども、天皇陛下の崩御を悲しむあまりに、例えば自らの命を断つっていう殉死っていうことをされる人とか、明治の時代とかいたんですよ。夏目漱石とかの本に出てきます。軍にいた人とか、天皇陛下と非常に近かった人で側近だった人とかで、天皇陛下の崩御、あまりに悲しいということで殉死しようと、そういう動きがあったこともあるんですね。なのでそういった大きいインパクトを与えすぎてしまうということもあるし、公務も年齢的にも色々あるし、いろんな事情をもって生前退位したいということで、2017年には退位特例法という形でルールを変えて、この生前退位というのを成立させたという背景があるわけです。
その中で、そういえばこの問題は悠仁さまがお生まれになったことで一旦の保留は見たが、全体の問題の解決は一切できていないよねということで、なんとか解決しないとというのが再燃したのが2017年。ところがこの皇室典範の改正ってのは非常に議論を生みますからね。おいそれとはできなさそうだ。いつやるんだ。2026年、自民党が圧勝するわけですよね。その圧勝の勢いの時に、皇室典範改正、今しかないということでやったわけです。つまりこのスピーディーにやったのは一体なぜなのかと言うと、この女性・女系なのか、養子なのかという議論を、ある意味すっ飛ばしたスピード感だったと言えるわけですよね。
養子の方にした。なんでそんなに養子の方にしたいんですか。なんでそんな女性・女系がダメなんですか。皆さん思いますよね。どっちでもいいんじゃない、もうちょっと議論すれば、深めてよ。少なくとも国民に理解はさせてよ。そうですよね。なんでかって言うと、国民はもう養子を取れるようになったことすら分かってないんです。光の速さで法が改正されたんですよね。物価高がいの一番って言って、いの一番がいつやってくるのかというね。全然物価高対策が行われないんですね。その間に光の速さで違う法律が改正されてる。じゃあ、その養子、こちらの方向に舵を切った理由というものを、どういう養子が取れるのか深掘りしていくことで理解していきたいと思います。
どういう形の養子を取れるのか。特定の家系からって私言いましたよね。特定の家系ってどこなんだと。先ほどちょっとほんのりヒント出しましたよね。それはうっすらと皇室とも血筋の関係があるけど、これ決まってるんですよ。それが旧11宮家。11も宮家があった。この宮家というのは、秋篠宮家、常陸宮家、高円宮家、三笠宮家という形で現在も4つ、ないしはこの親王妃家ということで1個分かれてますから5とも言える宮家というのがあるわけなんですよ。これは別の家族グループということになってるわけですけど、これ11も宮家があったわけなんですね。
これ旧っていうのはどういうことか。これは戦前までは存在してたってことなんです。戦前までこの旧11宮家というのが存在していたんですが、1947年、日本が敗戦した時に、この11の宮家はまとめて皇籍を離脱したんです。ごっそりと。なんでか。それは皇室の財政問題。そうですよね。言ってみれば、皇室ってのは別に労働して対価を得るとかそういうことじゃないですから、基本的に国民が担っていくわけです。ですがその財政において、11の宮家というものを担えるかというと、戦後の日本の経済の立て直し、なかなか厳しいですから、ここの負担大きいよねということで、この11宮家の皇室としての財産は国有化されていったわけなんですね。
その上でもう1個の理由としては、血縁がこの宮家と比べて少し薄いんじゃないかと、遠いんじゃないかと言われた。どこまで遡ると一緒になるかというと、なんと15世紀、室町時代です。室町時代の伏見宮家の辺りから分かれた、もう1つの皇統の血統候補だったというふうに言われるのが、このグループらしいんですね。このグループ、いろんな家があるんですよ。東久邇宮稔彦王さんっていう方が戦後すぐの総理大臣だって、日本史でやりませんでした? 東久邇宮ってなんだとかね、久邇の「邇」がすごい難しいよ、バツが4つもなんか雨みたいなとこにあるよとかってやりましたよね。あれも1つのこの宮家ですよね。久邇宮家っていうのと東久邇宮っていうのが、両方ともこれ11の宮家に含まれておりまして、そういったなんとかの宮家っていっぱいあるんです。竹田宮家ってあるんですね。よく番組とかで出てる竹田さんいるでしょ、竹田恒泰さん。あの方もその竹田宮家で、戦後皇籍を離脱して一般人になった血筋なんです。いっぱいいるんだと。
その11宮家から取る条件は、15歳以上の男系男子。つまりその11の宮家の中でも、お父さんがずっとこの血筋だった、現在男の人で15歳以上だったら養子に迎えていい。養子ですからね。これは結婚するってことじゃないんですよ。この今の皇族の方が、自分の子どもとして皇族に入れるってことです。なんと、この女性・女系が継いでいくっていうのは、この中でなんとかしていく、そういう話ですよね。ですがこの中でなんとかするんじゃなくて、外から持ってくる、引っ張ってくる。11宮家の中で男系男子の15歳以上を持ってきて、私たちの子どもですというふうにします。じゃあその人が天皇陛下になるってこと? 思いますよね。違うんです。その人に皇位継承権はないんですが、その人が一般の女性と結婚して生まれた子どもには、皇位継承権が発生するということなんです。
どういうことですかと。もうついてこれませんか? 目を覚ませ、国民。もう分からないか。分かんないんですよね。もう複雑なんですよね。今、初見なんですよ。こんだけの皇族の方がいて、養子取れなかったんだとか。っていうか、そもそも養子を取る、取らないっていう経験もされてる方も少ないと思うんですよ。養子はどう取るんだっけとか、色々あるんです。条件はね、民法でも養子は規定がありまして、養子は養親という親、養子取りますっていう、養子の育ての親になりますっていう人より年上ではならないってルールあるんですね。私も知りませんでしたけども。となると、15歳以上で自分より年下の人を養子に取りますと。
その上でこの16名の皇族の方の中で、養子を取っていい方と取っていけない方っていうのは決まってるんです。この皇室典範改正によって養子を取っていい方、取っていけない方というのは、この上皇夫妻、天皇夫妻、そして皇嗣である文仁さま夫妻、この6名は養子を取ることができないとされてるんです。つまり16名のうち10名が養子を取るということができます。そして取った養子は皇位継承権を持つことはできませんが、その取った養子が一般女性と結婚して男の子が生まれたら、その子は天皇になる可能性を含んでいますということです。
分かりますか? すでに自分が男の子を産む年齢ではない女性もたくさんいますよね。その方々も養子を取れば、天皇の祖母になる可能性が生まれます。分かりますか? 子どもは産んだ、でも女の子しか生まれませんでしたっていう人もいれば、子どもを産まなかったって人もいます。そして子どもを産む年齢よりも大きくなった、大きくなったって言い方はあれですけどね、後でも、これから天皇の祖母になるという可能性がこの10名の中に出てくる。祖母だけじゃないですよ。実は悠仁さまも取れるんで。ですが悠仁さま、まだ19で、15歳以上の候補者となると、養子っていうか弟みたいになっちゃうので、先の話になりそうですね。となると養子をこれから探していく、取っていくという方は、だいぶと限られてくるということです。
その10名のうち10名が養子を迎えて育てる、長いこと育てられるかと言うと、そうじゃないかもしれない。養子をこれから取りました。15歳以上です。じゃあ育てますって言う時に、長い時間育てられるかというと、もうなかなかご年配の方もいますよね。そうなってくると、やはり現在、程よい年齢の方々になってくるのではないか。そう読めますね。そんな中、この皇位継承権に関する問題をここまでスピーディーに決め、かつ言ってみれば、これからここの中から天皇陛下が出てくるという、とてつもなく大きな変化が生まれたっていうことをご理解いただけましたか。
現在皇位継承権がある方はお三方います。ですが次世代のとなると、それは悠仁さまお1人です。それ以外の候補は現在はまだいない。その中で、これから11宮家から養子として皇室に入った方の息子が、新たな皇位継承権を持った人になっていくというルールに、今年決まったんです。国民に全く理解されないまま。
そしてこれが大きな批判を生んでいるのは、それを強く推進した方が、何を隠そうみんな大好き麻生太郎さんだからですよね。この麻生太郎さんって方、もうやんごとなきお方ですからね。どんなお方かというと、自民党副総裁であるだけではないですよ。なんとこの三笠宮寛仁親王妃家の信子さまは、この麻生太郎さんの妹君なんですよ。そしてその三笠宮家の彬子さま、瑤子さまというのは姪に当たりますね。姪に当たる。こんなことがかつてあったのかという。思い出すわ、平安時代。藤原道長と言われてるんですよね。藤原道長という貴族が、その皇室にどんどんと親戚を嫁がせることによって外戚になると。つまり皇室にとっては、おじいちゃん、いやひいおじいちゃん、そういう存在になることで圧倒的な権力を持っていく。
もちろん平安と令和では違いますよ。だから藤原道長になろうとしてこうやったんだとは言いませんが、そういうふうに疑われてもおかしくないぐらい渦中の方だったっていうことです。その方が現在自民党副総裁であり、その上で義弟である鈴木さんが幹事長であり、その麻生さんの影響が非常に強いと言われてる高市政権下において、スピーディーに決めたのが、自らの親族が今後天皇の祖母ないし親戚になるというルールを作ったんだということでございます。皆さん、ご理解いただけましたでしょうか。
ここで女系・女性の方もあったんじゃないかとか、養子で良かったのかとか、そういう議論が今すっ飛ばされて決まったと。つまりこの結論が悪かったというふうには、まだ分からないわけです。良かったか悪かったか、これから次第ですよ。だけど、ここまでの大きな変化をこれだけのスピードでやってよかったのかっていうところは、国民の皆さん理解しておかなきゃいけないですよね。
その上でこれからのニュース、何を注目するんですか。そうですよね。10月24日からこれ施行されますから、それ以降養子を取ることができます。一体この11宮家の中からどのような人が、誰の、どなたの養子になるのか。そしてそれは一体どういう未来に繋がっていくのか。このニュースを見逃してはいけないって、そういう話ですよね。そしてそれがこの政治にどういった影響力をもたらしていくのか。これは国民はしっかりと見ていかなければならない。なぜなら、この国のあり方、皇室のあり方というのは、皇室典範及び国会によって決めていく、憲法の中で決められるんです。
これね、皇室典範ってのは戦前もあったんですよ。ですが皇室典範は戦前と戦後では大きく違います。何が違うかというと、大日本帝国憲法と皇室典範というのは別のものだったんです。そしてこの皇室典範を改正できるのは皇室だけ。つまり国会の議決を必要としない天皇大権だったんです。天皇の大きな権力、それが皇室典範の改正。それが戦後、国会によって決められる、憲法の下にある運用法則、運用ルールとして、この下に回ったのは皇室典範。なので憲法でまず天皇のあり方というのを規定して、その天皇、皇室の運用の仕方を皇室典範で記載していく。これは言ってみれば国家の、国民の代表たる国会議員が、国会によって国民の総意をもってして変えていくべきだというデザインになってるわけです。
どのようにして我々は、この国の政治や皇室のあり方をあるべきなのかっていうのを、国民が決めるというデザインになってるんですよ。国民主権の日本国憲法です。それが皇室のあり方を決めようっていうふうなデザインになってる。ところが今、国民の皆さんはポカーンとしたまま皇室典範が改正された。大事なのは皇室典範がどう改正されたか以上に、どのように改正されたか。そして我々はそれを理解しているのかどうかだと思います。これからも変化があれば随時、私、解説していきたいと思いますので、今回の動画、面白かったと思った方、是非チャンネル登録していただければと思います。メンバーシップもやっておりますので、興味ある方はご覧ください。ではまた。
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