プーチンは錯乱したのか、計画どおりなのか――2012年を境に「前期・後期」で読み解く
中田敦彦のYouTube大学 - NAKATA UNIVERSITYウクライナ全土への侵攻を受けて、「プーチンは錯乱した」「体調不良で暴走している」という見方が広がった。中田敦彦はこの講義で、そうした見方に対し、プーチンのこれまでの発言と行動を時系列の線で追えば、何を考え、何を成し遂げようとしているのかを冷静に判断できるのではないかと問いかける。参考文献は『まんがでわかるウラジーミル・ウラジーミロヴィチ・プーチン』(トーエ・シンメ漫画、名越健郎監修)である。同書はプーチンが大統領になるまでと、クリミア併合あたりまでの歩みを議論しながら追い、「プーチンは2012年を機に大きく変わった」という見解を示している。中田はこれを軸に、大統領第1期・第2期と首相期を「前期」、2012年からの大統領復帰後を「後期」として、その人生を3つのブロックに分けて振り返る。
KGBへの道に見える国家意識と実行力
プーチンは1952年に旧ソ連で生まれ、喧嘩に明け暮れた少年時代を経て柔道に打ち込んだ。中田がまず取り上げるのは、KGBへの入り方である。プーチンは少年時代、スパイ映画に憧れてKGBに出向き、入りたいと申し出た。KGB側は「入りたいと言ってくる人間は採らない」と答えたが、プーチンはさらに「どうすればなれるのか」と尋ねた。返ってきた助言は、勉強していい大学に入ること、学部は法学部がよいこと、スポーツもやってフィジカルを鍛えることだった。文武両道で優秀なら、こちらから声をかける、というわけである。
この訪問によって、プーチンはKGBのリクルートリストに載ったのではないかと言われている、と中田は紹介する。その場では採用しないが、入りたいと言ってきた人間を情報機関としてリストに残しておくのは「うまい手立て」だという。プーチンは実際に優秀な成績で法学部に進み、柔道もできる人材としてリクルートされた。
中田はこのエピソードから二つの資質を読み取る。一つは、幼少期から国家の仕事をしたいと考えていたほど国家への意識が強いこと。もう一つは、長期目標に向けて必要なことを一つずつ詰めていく実現力と実行力である。
東ドイツでNATOを見ていた16年
KGBでの主な任務は東ドイツへの派遣と情報収集だった。中田はここを重要なポイントとして挙げる。当時のドイツはベルリンの壁で東西に分断されており、プーチンは東ドイツでNATOの情報を集めていた。中田の見方では、プーチンとNATOの戦いはこの時点ですでに始まっていた。
NATOの性格を説明するため、中田はある議長が残したとされる言葉を引く。「アメリカを引き込み、ロシアを除け者にし、ドイツを抑え込む」。中田の解説によれば、アメリカを引き込むとはヨーロッパの同盟を欧米の連合にすることであり、ロシアを除け者にするとは国土の大きなロシアがヨーロッパに干渉してくるのを防ぐこと、ドイツを抑え込むとはナチスのような暴走を二度と生まないことを意味する。
プーチンはKGBで16年間働き、NATOと東ドイツに関わる仕事を続けた。その間にベルリンの壁が崩壊し、東ドイツという国家は消滅する。時代の大きな流れによって国家がなくなる体験を、プーチンはここで一度経験したことになる。
エリツィンの信頼を勝ち取った「情報戦」
KGBを辞めたプーチンは、エリツィン政権に加わる。ゴルバチョフ時代に情報公開(グラスノスチ)などの改革が進められたが、共産圏としての統制と民主化の矛盾が噴き出し、ソ連は連合を維持できなくなった。その後に生まれたロシアの初代大統領がエリツィンである。プーチンは名称の変わった新しい秘密警察の長官を任される。元KGBなら使えるだろうと見出されたのだと中田は説明する。
中田が「すごい」と強調するのは、エリツィンの信頼を勝ち取った方法である。エリツィンには新興財閥との癒着や不透明な資金の流れがあり、検事総長がマネーロンダリング疑惑の捜査を進めていた。プーチンはこの捜査を止めたと言われている。その手段は、検事総長の女性スキャンダルを暴いて失脚させることだった。敵の一番痛いところを情報で突いて落とすやり方を、中田は「KGBならでは」の情報戦と評する。さらに、この動きの裏で糸を引いていたのが当時の首相だったとされ、エリツィンはその首相を退けた。反旗を翻しそうな首相を何度も交代させてきたエリツィンは、空いたポストに「自分を守った」プーチンを指名した。
チェチェン紛争と大統領就任
首相となったプーチンの前には、エリツィン政権が抱える大きな課題があった。ソ連からロシアになった後の経済は不安定で、新興財閥オリガルヒの意見を取り入れながら立て直そうとするうちに、逆に財閥の介入が強まり、エリツィン自身もロシアを制御しかねる状態になっていた。
そこで起きたのがチェチェン紛争である。ソ連崩壊後、各地で独立の機運が高まっており、チェチェンもその流れの中にあった。プーチンは独立運動を「テロ」へとイメージをすり替えた、と中田は語る。ある場所でテロが起きると、チェチェン独立運動の一味の仕業だとして「テロとの対決」を前面に出し、メディアで「テロリストはどこまでも追い詰める」と激しく糾弾した。中田はここで、そのテロ自体がロシア側の仕掛けで、攻撃の口実づくりだったのではないかという説があることにも触れるが、「あくまで説」と念を押している。
いずれにせよ、無名のKGB出身者だったプーチンは紛争を収めたことで知名度と人気を上げ、ロシア第2代大統領に就任した。中田は、エリツィンの信頼とチェチェンでの指導力に加え、オリガルヒの後ろ盾もあったと説明する。オリガルヒにとっては、言うことを聞かなくなったエリツィンを、より従順そうなプーチンに挿げ替えればよいという計算があった。
第1期・第2期:中央集権、財閥、メディア、資源
ところが大統領になったプーチンは剛腕を発揮する。中田は、大統領第1期・第2期をプーチンにとって「かなりパーフェクトな目標を達成した時期」と位置づける。
まず中央集権体制を固めた。それまでは地方が中央と矛盾する法律を作るなど統制が取れていなかったため、地方の権力を弱め、大統領の権力を高めた。次に、傀儡として操れると期待していたオリガルヒを逆に抑え込んだ。脱税や違法行為を糾弾して経営者を逮捕・追放し、自分の息のかかった人物を企業トップに据えたり、企業を国有化したりした。中田はこれを財閥の力の「乗っ取り」と表現する。オリガルヒ側は、プーチンがここまでやる人間だとは想定していなかった。
国有化した企業の財力でテレビ局も買収し、政権批判的な放送を抑え込み、プーチン大統領の素晴らしさを伝えるプロパガンダを流せる体制を作った。そこへ追い風が吹く。2000年の大統領就任と時を同じくして中国とインドが急成長し、石油やガスの需要が急増した。中田によれば、価格はそれまでの5倍になり、ロシアは豊富な資源を高値で売って経済成長を遂げた。
地方、財閥、メディアを統制し、経済でも成功したことで、プーチンは圧倒的な国民人気を得た。2002年にはG8にも参加し、「ロシアが国際社会に帰ってきた」と受け止められた。ゴルバチョフ、エリツィンの時代には「ロシアはもう終わった」と言われていたのである。財閥の企業を乗っ取ったという見方がある一方、乗っ取らなければアメリカに売られていたかもしれないという話もある、と中田は付け加える。
中田はここまでを第1ブロック「プーチンの能力と原体験」としてまとめる。能力とは、長期的な展望を見通し、何が邪魔で何が必要かを考え抜き、それを徹底的に実行する力である。原体験とは、東ドイツとソ連という二度の国家崩壊を目にしたこと、そしてその背後にNATOがいたことだ。中田はこれを「ちょっとしたトラウマのようなもの」とも表現している。
2008年、アメリカという壁
第2ブロックは、ロシアを手中に収めたプーチンがぶつかった壁、つまりアメリカの話である。アメリカが「世界の警察」としてあらゆる紛争や政治に介入するパックス・アメリカーナの体制が最も顕著だったのが2008年だと中田は言う。当時のロシア大統領の任期は4年で、連続2期までだった。2008年は、2000年に就任したプーチンがちょうど退任する年にあたる。
ここでプーチンが取ったのがタンデム(二人乗り)政権である。元法律顧問のメドベージェフを後継者として大統領に就け、自らは首相に戻った。連続2期でなければよいので、1期メドベージェフに任せれば再び大統領を2期務められる、という「裏技」である。中田は、自分を後継に選んだエリツィンと同じ構図だが、プーチンは退くのではなく首相として下から動かす道を選んだと対比する。もっとも、再び選挙に勝つ必要があり、この計画がうまくいくかは当時まだ分からなかった。
この2008年に、アメリカはいくつもの動きを見せた。一つはコソボの独立承認である。セルビアの一地域だったコソボの独立を、国連ではなくアメリカやイギリス、フランスなどが主導して承認した。セルビアにはNATOによる爆撃もあった。日本も承認したが、承認していない国も多い「非常にグレーな案件」だと中田は言う。ここでプーチンにとって明らかになったのは、世界を動かしているのはアメリカであり、アメリカが承認すれば国際法上グレーでも国家になってしまう、ということだった。中田によれば、この件は後に何度もプーチンに持ち出されることになる。ロシアがドネツクやルガンスクを国家承認し、クリミアを併合して国際法違反だと批判されるたびに、プーチンは「ではコソボは何だったのか。アメリカがやるのはよくて、なぜロシアはだめなのか」と反論するのである。
さらにアメリカは、ポーランドとチェコに防衛ミサイルを配備しようとした。名目はイラクや北朝鮮への備えだったが、ロシアから見れば「本当はロシア対策ではないのか」と映った。ロシアは政治を立て直し、経済を回復させ、G8に入り、ヨーロッパの一員として受け入れられると思っていた。そこへこうした動きが重なり、プーチンの絶望が色濃くなっていったと中田は語る。
「ロシアもNATOに入ればいいのでは」への答え
中田のこれまでの動画には、「ロシアはNATOに入れないのか」という意見が多く寄せられていたという。中田はこれに対し、NATOが何のために作られたかを理解していない問いだと答える。NATOは「アメリカを引き込み、ロシアを除け者にし、ドイツを抑え込む」組織であり、対ソ連・対ロシアのグループである。だからプーチンにとっては、冷戦が終わってもNATOがなくならないこと自体が脅威なのだ。
そのNATOには1999年から2004年にかけて東欧の10カ国以上が加盟し、アメリカはポーランドやチェコにミサイルを置こうとしている。そこへ追い打ちをかけるように、ブッシュ政権がウクライナとジョージアについて、将来のNATO加盟もありうると積極的な発言をした。
中田は二つの見方があることも示す。欧米から見れば、東欧諸国はロシアの仲間でいたくない、EUやNATOに入って豊かになりたいから自ら移ってきているだけだ。一方ロシアから見れば、ロシアを目の敵にして作られた組織がどんどん広がり、包囲されているように見える。とりわけウクライナは旧ソ連で人口2番目の国であり、中田の比喩では「社長のロシアに対する副社長クラス」の国で、ロシアとヨーロッパの間にある要衝でもある。旧ソ連そのものだったウクライナやジョージアがNATOに入れば、ポーランドやチェコのように何らかの理由でミサイルを置かれるかもしれない。プーチンはそれを安全保障上受け入れられないと考えた。
ここで中田は、ドイツとフランスがウクライナ・ジョージアの加盟にはロシアを刺激しすぎるとして消極的だった点を挙げる。NATO拡大に最も意欲的だったのはアメリカであり、だからこそプーチンの不信と怒りは、ヨーロッパよりもアメリカに向かっていったという。
ジョージア紛争:NATOは守らないと見せつける
2008年、ロシアはジョージア(ロシア側の呼称はグルジアで、ジョージアの人々はこの呼び方を嫌うことが多いと中田は補足する)の南オセチア自治州をめぐる争いに軍事介入した。中田は、いまウクライナで起きていることは実は2008年に一度ジョージアで行われている、と指摘する。
ウクライナ侵攻について「NATOがウクライナを守らないのは加盟国ではないから当然だ」というコメントが多く寄せられたと中田は言う。ルール上はその通りだが、大事なのはそこではないと中田は語る。NATO加盟を望む国と、加盟してもよいと言うアメリカがいる状況で攻撃が起きたとき、アメリカがどう動くか。プーチンはそれを東欧諸国に見せつけている、というのが中田の解釈である。「NATOに入りたいんでしょう。でもNATOは守ってくれましたか。アメリカは何もしてくれないでしょう。こちらにいたほうがいいのに」という作戦だ。
中田は、2008年のジョージア、2014年のクリミア、2022年のウクライナ全土侵攻はすべて一本の線でつながっていると強調する。2022年のニュースだけを見ていると、プーチンの世界観が分からず「錯乱した」という話になる。だが物語は2008年から続いており、さらに遡れば、NATO対ワルシャワ条約機構の時代にKGBとして働いていた頃から、プーチンの世界観は変わっていないと中田は述べる。
ユーラシア連合構想
ジョージア紛争でアメリカもNATOも動かないことが明らかになり、プーチンは野心を大きくした。大統領復帰の1年前にあたる2011年、プーチンはユーラシア経済同盟、あるいはユーラシア連合という構想を打ち出す。
「ソ連を再建したいのではないか」という見方について、中田は2000年から2005年までプーチンの側近だった人物のインタビューを調べたという。その人物によれば、プーチンは共産圏としてのソ連を再び作ろうとまでは考えていない。ただし、冷戦後のアメリカ一強の世界に修正を加えたいと考えていることは間違いない。アメリカがすべてのルールを決めていること、NATOがロシアを脅かし除け者にしていることが許せないのだ。そこで旧ソ連の国々と経済的な連携を強め、EUのようなものを作る。中田はこれを「一人でいじめられてたまるか、こっちもグループを作って押し返す」という発想だと説明し、首相期に感じた絶望と恐怖が色濃く反映された次のビジョンだと位置づける。
中田はここで中国の一帯一路と似ている点にも注意を促す。習近平の国家主席就任は2013年なので、ロシアはその2年前にユーラシア連合構想を打ち出していたことになる。
2012年の反プーチンデモという挫折
しかし大統領復帰を目指すプーチンの前に、2012年、大きなつまずきが現れる。タンデム政権の要である大統領返り咲きの選挙をめぐり、大規模な反プーチンデモが起きたのだ。中田によれば、これはプーチンにとって非常に大きなショックだったと言われている。
それまでプーチンは、チェチェン紛争を抑え、資源価格の追い風のおかげとはいえ経済を豊かにし、GDPも給料も上がったというイメージで支持されてきた。だが大統領を2期8年務め、側近に4年任せて首相を務め、また戻ってくるとなれば、これは延々と続けられてしまう。ロシアがプーチンの国になるかどうかの分かれ目として、国民は恐怖を感じた。
ここでメディア環境の変化が効いてくる。それまでは国有化した企業が買収したテレビ局でプロパガンダを流すことができた。中田が例に挙げるのが、プーチンが国民の悩みを解決する対話特番である。給料未払いの工場労働者の訴えを聞くと、側近が番組中に工場に働きかけてすぐ給料を払わせる。水道が壊れているという農村の老婦人の訴えを聞くと、すぐに水道が通る。こうした番組を「大真面目に」作ってきたのだという。ところが2010年前後からスマートフォンやTwitterなどのSNSが普及し、テレビ離れが進んだ。「それはおかしくないか」という反プーチンの意見に受け皿ができ、人々が連帯してデモにつながった。
中田は、ここでプーチンの心がくじけたと言われていると語る。国家のために危険なスパイの仕事を選び、激動の時代を生き、ソ連崩壊後のロシアを救ったという自負があった。執務室にはピョートル大帝、つまり皇帝の絵を飾っている。強いロシアを取り戻そうとアメリカに対抗している自分を、なぜ国民は受け入れないのか。この衝撃以降、アメリカへの攻撃的な発言と言論統制が厳しくなっていったと言われる。揺らいだ国民人気を取り戻すことが、プーチンの大きな命題になった。こうしてプーチンには、アメリカに対してロシアの影響圏を押し戻すことと、自分の人気を再び不動のものにすることという、二つの目標ができた。
クリミア併合:二つの目標を一本の線でつなぐ
この二つの目標をつないだのが、2014年のクリミア併合だと中田は言う。ウクライナとジョージアのNATO加盟は、ジョージアで紛争が起きたことで立ち消えになった。中田によれば、NATOには紛争中の地域の加盟は見送るという原則的な考え方がある。そのため、加盟しそうな国で紛争を起こせば事実上加盟させずに済み、同時にNATOは守らないと示すこともできる。中田はこれをロシアにとって「ウィンウィン」だと表現する。
ウクライナはNATOには入らなかったものの、EU加盟を望むようになった。先にEUに入ったポーランドなどの東欧諸国が、もとは同程度の経済水準だったのに数年で大きく豊かになったのを見ていたからだ。ところが親ロシア派の大統領が、ロシアの圧力に屈して最後の最後でEU加盟を撤回した。これに反発する大規模なデモが起き、多くの死傷者を出し、鎮圧しきれなくなった大統領は国外へ逃亡して親ロシア政権が倒れた。
そこでロシアは電撃的にクリミアへ介入した。正規軍ではないと装うため覆面で所属を隠した、明らかにロシア軍の精鋭とみられる部隊が入り込み、一気にクリミアを奪取した。中田はこれをハイブリッド戦争と呼ぶ。
ひどいと思うかもしれないが、これはプーチンにとってうまくいった、と中田は言う。クリミアにはロシア系住民が多く、文化的にもロシアと地続きだった。ウクライナ国内でも、ロシアに共感する人が多い地域と、ウクライナはウクライナのものだと考える地域は「まだら」になっており、クリミアは特にロシアに近い意識を持っていた。ロシア国民にもクリミアは自分たちのものだという意識があり、「取り戻した」と受け止めて人気が上がった。中田は、領土問題は繊細だと断ったうえで、北方領土を例に挙げる。日本人が自分たちの土地だと思っている場所を取り戻したリーダーがいれば人気は上がるだろう。それを侵略と見るか奪還と見るかは、文化的・歴史的な文脈によって変わる。もちろんウクライナの大多数にとってはとんでもない行為だが、ロシア国内で人気が上がったのは事実だ、と中田は述べる。
こうしてプーチンは、NATOの好きにはさせないという対米目標と、国民人気の回復を同時に達成できることを示した。ネット社会で揺らぐ人気を取り戻すには、ロシアがもともと持っていたものを取り戻すと言って有言実行すればよい。それが一本の線になったのである。ただし、これによってロシアはG8から外された。
中国との接近とネット検閲
2010年代に入ると、中国は習近平政権のもとでIT大国として大きく伸びた。中田は、日本がスマートフォンを世界に売れなかった時期に、ファーウェイなどが安価なスマートフォンを作る技術を手に入れたと述べる。2017年、ロシアと中国は手を組み、ロシアは中国の協力を得てネット検閲の仕組みを作り始めた。中田は、ここでもプーチンの考えはぶれておらず、長期計画のもとで動いていると見る。
ここまでを整理すると、人気の揺らぎにショックを受けたプーチンは、NATOが手を出さない地域があることを東欧に示し、さらに奪還すれば国民人気が上がる場所を見つけた。そこへ中国という大きな味方が現れ、一方のアメリカは中国の伸長に焦り、TikTokの規制が議論されるなど、テクノロジー面で迫られていると感じ始めた。
動き出す皇帝たち:任期撤廃と独裁への追い風
最終ブロックに中田がつけたタイトルは「動き出す皇帝たち」である。2020年代は、独裁体制と民主体制のどちらが有利なのか、どちらが良いのかを人類に「ナイフのように」突きつけている、というのが中田の問題提起だ。
ロシアではメドベージェフ政権下で法改正が行われ、大統領任期が4年連続2期から6年連続2期に延びていた。2012年に復帰したプーチンは2024年まで務められることになる。中田は、多くの民主主義国が10年以内で指導者を交代させるよう任期に上限を設けてきたことを対比する。アメリカでは初代大統領がそうした慣例を作り、日本やアメリカはこれを基本的に守ってきた。中国も、習近平が就任した当時は最長10年だった。だが2018年、党内の権力を握り、経済的な躍進を背景にした習近平は任期を撤廃した。
2019年、任期が大幅に延びたプーチンと任期の上限がなくなった習近平は、一帯一路とユーラシア連合を互いに認め合う形で手を組んだ。ともにユーラシア大陸で経済圏と影響力を広げたいと考え、ライバルはアメリカだという一点で一致したのである。中田は、これでプーチンは東欧を取り戻し、国民人気を取り戻し、中国とともにアメリカを押し戻せるという確信を深めたと見る。
そこへ新型コロナウイルスが来た。中田によれば、これは独裁政権にとって追い風になった。独裁国家はルールをすぐに決め、守らない者がどうなるか分からないという形で従わせることができる。一方、民主主義国家は民主的であるがゆえにルール作りに苦労した。日本でも、まん延防止なのかロックダウンなのか、外出してよいのかがあやふやで、実名や企業名を公表するなどの工夫で対応した。独裁国家はロックダウンで感染を抑え込んだことを見せつけた。民主主義国家で教育を受けた私たちは、選挙のある国が素晴らしく、独裁は暴走するものであり、選挙のない国に選挙を教えるのがよいと教わってきた。しかし2020年に人類が直面したのは、経済成長でも感染症対策でも独裁国家のほうがスピーディでパワフルに見える、という状況だったと中田は語る。
パックス・アメリカーナの終わりと千載一遇の機会
同じ時期、アメリカは民主主義こそ最善だとして世界に介入する姿勢を改めていった。中田は、オバマのリバランス政策、トランプのアメリカファーストと名前は変わっても、アメリカ型の民主主義を世界に広める活動の予算がなくなり縮小する流れだったと説明する。それを実行したのがバイデン政権のアフガニスタン撤退であり、アメリカはタリバン政権について特に口を出さなくなった。中田はこれを、アメリカがすべてのルールを決めてきたパックス・アメリカーナの終わりと、独裁国家の躍進として描く。
プーチンにとっては千載一遇のチャンスだった。アメリカがアフガニスタンから撤退したのだから、ウクライナをフルコントロールしてユーラシア連合に入れられるだろうと駒を進めた、と中田は解釈する。中国もこれをじっくり見ている。台湾や香港と中国の関係は、東欧とロシアの関係にかなり似ているからだ。中国とロシアはアメリカの動きを注視し、アメリカとヨーロッパには当面対抗する術がないと見ている、と中田は述べる。
なぜウクライナはクリミアのようにいかなかったのか
しかし、数日で陥落すると言われたウクライナはなかなか落ちていない。中田は、調べた結果として、クリミアのようにはいかなかったことが大きいと見る。
クリミアではロシア寄りの住民が多数派で、ロシア国民も共感でき、クリミアの人々にも喜ばれたと見せることができた。正規軍を大量投入するのではなく、裏で根回しして瞬間的に制圧するハイブリッド戦争で取った。もちろん波風は立ち、G8からは外されたが、国民の支持を取り付けつつアメリカを押し返すという二つの目標は、クリミアでは達成できた。
ウクライナ全土ではそうはならなかった。とくに首都キエフ(キーウ)はキエフ・ルーシに始まる古い都で、モスクワより古いとも言われる。そこには親ロシア派とはまったく違う、ウクライナこそ自分たちの国だと考える人が多い。その抵抗があるため戦争は長引く。アメリカもNATOも直接は手を出さないが、武器は大量に送り込む。長期化するなかでロシアは世界から経済制裁を受け、国民は生活への不安を覚え始める。
中田が強調するのは、自分たちの領土だと思える場所を「取り戻す」ことと、領土を「侵略して拡大する」ことは、国民の受け止め方がまったく違うという点だ。もともと日本の領土だと皆が思っている場所を取り戻せば国民は納得するかもしれないが、そこまでが自国だと思っていない人が多ければ話は変わる。プーチンが「ウクライナとロシアはもともと一つの国だった」としきりに喧伝するのはそのためで、これは奪還作戦なのだと国民に納得してもらう必要があるからだ、と中田は言う。しかしそれはあくまでプーチンの願望であり物語である。国民がこの野心に共感できなければ、二つの目標のうち「国民の支持を取り戻す」ことにはつながらない。世界の目が冷たくなり、孤立し、制裁が加わるなかで、ロシア国民が「これは正しい戦いではないのでは、取り戻す戦いではないのでは」と気づき始めている、と中田は見る。
二つの物語と、どちらが共感を得るか
中田は、プーチンの生命線は「ロシアを取り戻す」物語と「NATOが攻めてくる」物語だと言う。「NATOの東方拡大」という言葉自体がプーチンの言い方であり、NATO側から見れば、ロシアの仲間でいては貧しいままだからEUやNATOに入りたいと逃げてきた人々を受け入れ、豊かにしているだけだ。プーチンはこの世界観を許せない。NATOが東へ拡大してミサイルを置く、だから国民を守る、というプーチンの物語が共感されるのか。それとも、貧しい人々を豊かにし、独裁を民主政治に変えようとしてきたという欧米の物語が正しいのか。
中田はこれをフラットに考えるべきだと言う。アフガニスタン、イラク、コソボなどをめぐって、アメリカとヨーロッパが常に正しいことをしてきたのかは改めて考えるべきであり、「欧米こそ世界をぐちゃぐちゃにしてきたのではないか」というロシアの言い分にも一理はある。しかし、東方拡大から国を守る、もとはロシアだったものを取り戻すというのも、ロシアとプーチンが語る物語にすぎない。どちらに共感するかは人それぞれだが、両方のプレイヤーが自国民に自分たちの物語を信じさせ、こちらが正義だと示そうとし続けていることは間違いない、と中田は述べる。
だから焦点は、キエフが陥落するか、ウクライナ全土が取られるかだけではない。仮にロシアが全土を取っても、国民と世界の納得が得られなければ、その後ロシアは苦しくなる。逆に、アメリカとヨーロッパ中心の世界を押し戻すという一帯一路とユーラシア連合の主張が理解され、支持する人が増えれば、どのような条件であれプーチンが一歩前に進んだことになるのかもしれない。中田はこの戦いを、ロシア国民と世界の共感をどちらが得るかの戦いではないかと捉える。
締めくくりに中田は、それぞれに物語と傷があり、それぞれに落ち度とミスがあることが、プーチンの人生を紐解くだけでも見えてきたと語る。そして視聴者に、補足や訂正、自分の考えをコメント欄に寄せてほしいと呼びかける。理由は「これは僕の物語だから」だという。誰もが自分の物語の中で情報を伝えており、それが戦争がなくならない一番の理由であり、そのことを知るのが一番大事なのではないか――中田はそう述べて講義を終えている。
どうも中田敦彦です。本日もウクライナ・ロシア関連情報ということで、いつものご挨拶を割愛させていただきまして、早速本題に入りたいと思うんですけれども、前回の動画を受けまして、コメント欄で今こそプーチンについて徹底的にやってほしいということで、プーチンとは一体何者だったのか、そして今何を考えてるのか、ここを深掘りする動画を今回お届けしたいと思っております。
プーチン大統領は一体何を考えてるの? 錯乱しちゃったんじゃないの? いやいや、これは計画的なんだよ。そんなことをお伝えしたと思うんですけれども、結構、プーチンはもう暴走しちゃって何考えてるかわかんないよねとか、そういう方もいるかもしれないんですけれども、これまでのプーチンの発言とか行動っていうものを線で追いかけていく。昔からヒストリーで追いかけることによって、プーチンが一体何を考えて、何を成し遂げようとしてるのか、ここを冷静に判断することができるのではないかという授業になっております。
今回の参考文献はこちら。この本、面白くて、プーチンというものが一体どのように大統領になったか、そして大統領として何をやってきたか、それをクリミア併合の辺りまでかなり議論しながら追いかけるという内容の本になってるんですけれども、その上でプーチンは2012年を機に大きく変わってしまったのだという、そういう意見も持っております、この本が。それが一体なぜなのか、これをお届けしようというのが今回僕の計画でございます。
つまり、プーチンは2012年、その第3期の大統領をやり始めることになるわけですよね。第1期、第2期で8年間、そこから4年間の首相の期を経て、2012年に第3期が始まるわけなんですよ。その第3期の2012年からどうも大きくプーチンの様子が変わっているということを軸に、じゃあ前半何があったのか、そして後半何があるのかという、プーチン前期、プーチン後期ということで人生を総ざらいしていきたいなというふうに思っています。
ただ、この後期さえ見ればいいわけではなくて、前期を受けて大きな変化が後期に訪れるというストーリーになっておりますので、この動画を見れば、プーチンが一体どんな悩み、怒り、悲しみ、そして野望を持ってるのかというのがつぶさに明らかになりますので、ぜひご覧いただければと思います。
まずは1952年に旧ソ連で生まれるんですね。そのプーチンは、そこから喧嘩とか、フィジカルが強いという、喧嘩に明け暮れるんですけど、そこから柔道をやりまして、KGBに入ると。ここまでもうかなり足早に行きたいと思います。KGBというソ連の秘密警察に入るわけですよね。その入り方も独特だったんですよね。
元々KGBに入りたいっていう、KGBまで行って言うんですけれども、いや、KGBは入りたい人は取らないと。じゃあ、どうやったらなれるんですかって、これ少年の時に言いに行くんですよ。つまり若い頃からもう国家の仕事がしたかったんですよ。非常に国家に対する意識が強い人間であるということが幼少期から明らかになります。それはスパイ映画とかを見て憧れて、国家の仕事がしたいということでやるわけですよね。
それで、KGBに入るんだったら、むしろ勉強とかをしていい大学に入った方がいいよ。それ、何学部がいいんですか? 法学部がいいだろうと。その上でフィジカルも強いといいだろうと。スポーツもやるといいだろうと。つまり文武両道で、成績優秀、スポーツ万能であればこっちから声かけに行くよ、なんて言うわけですね。
この挨拶に行ったことによって、むしろこれKGBに入りたいんだな、もし優秀だったら入るぞというリクルートリストに入ったんじゃないかというふうに言われてます。これも非常にうまい手立てですよね。その場では取らないけど、その後しっかりと、KGBですから情報を取って、あいつは優秀そうだなっていうのの中に、もう入りたいっていう人間は必ずリストに入れとくわけですから、その時点でもう可能性としてはかなり高かったわけです。
そして優秀な大学にプーチン入りまして、柔道もできるし、武道もできるし、優秀な成績で法学部に入ったということで、見事リクルートされるわけですよね。KGBに入らないか、君ということですね。それでKGBに入ったわけです。
秘密警察としての活動、一体何をしてたか? これが東ドイツへの派遣だったんですよ。東ドイツで情報収集をするんです。この東ドイツっていうことがポイントですよね。まだ東西ドイツに分かれてた。自由主義圏と共産主義圏でドイツが二分されてたわけですよね。ベルリンの壁でね。その東ドイツで何をしてたか? NATOの情報を集めてたんですよ。ここからNATOとの戦い、実は始まってたんです。
NATOというのは、まさにこのソ連というものをヨーロッパで包囲するために作られた軍事同盟なわけですよね。NATOの言葉では、とある議長がこういう言葉を残してるらしいんですね。「アメリカを引き込み、ロシアを除け者にし、ドイツを抑え込む。それがNATOの目的だ」。これどういう意味かわかりますか?
NATOっていうのはヨーロッパの連合にアメリカを引き込む。つまり欧米の連合であるっていうふうにするため、まず1個。それプラス、ロシアを除け者にする。つまりロシアっていうものがヨーロッパに干渉してくるのを、そうじゃなくて、ロシアって大きいですから、国土とかね。ですからそこを除け者にすることによってコントロールし、ドイツを抑え込む。これどういう意味か。つまりもう二度とナチスのようなものを生まない。ドイツの暴走を生まないっていうことですね。アメリカを引き込み、ロシアを除け者にし、ドイツを抑え込む。そういう目的っていうものがあるんだというのがNATOなわけですよね。そのNATOの情報、それを集めていたわけですね。
ところがそんな中で、これ16年間、KGBとして働いてるわけです。つまりNATOとか東ドイツとか、そういうものが基本的な仕事内容だったわけですよね。そんな中で東ドイツが解体するわけです。ベルリンの壁崩壊によって東ドイツっていうものが存在しなくなるわけです。ここでまず1個、その時代の大きな流れによって、東ドイツ国家がなくなってしまうということを経験するわけですよね。
そんな中、16年の時を経て、そのKGBを辞めて政治活動に入っていきます。それがエリツィンの下に入るわけですね。エリツィンというのは、旧ソ連が崩壊して、ゴルバチョフの時に崩壊して、冷戦が終わると同時に、もうこれは情報開示しようとか、今まで抑え込んでたものを情報開示とか、グラスノスチとか、巻き返しをやるとか、色々やってたんですけれども、ソ連を維持することができなくなったわけですよね。
共産圏としてコントロールしてたものと、ここから民主的にしようみたいな、そういう共産主義やめる、ソ連をどうする? 維持できなくなった。矛盾がもう溢れ出して、ソ連っていう連合を維持できなくなる。それでロシアになった。そのロシアの初代大統領、トップがエリツィンなわけですよ。そのエリツィン政権下に入るんです。
どういうところを任されたかというと、元KGBからまた名前が変わりまして、新しい秘密警察、スパイ組織の長官になるんですよ、今度は。だからKGBを辞めるんですけども、今度は政治家としての一味として、その秘密警察、スパイの上に立つわけです。それは元KGBかと、使えるやつじゃないかということで、使えるやつとしてまずは見出されるわけなんですね。
ところが、このエリツィンの信頼をどのように勝ち取ったか、ここがすごいんですよ。大統領になるまでに、プーチンの能力とか、国家観、主義思想っていうものはかなり現れてると見ていいと思うんですよね。まず幼少の頃からスパイになりたいっていう強烈な目的意識があった。国家に対する意識が非常に強い人間だったっていうことと、じゃあKGBに入るにはどうすればいいですかと言って、それを成し遂げるだけの、長期目標に対してきっちりと詰めていくっていう実現力、実行力があるっていうことなんですよ。
そして今度は政治の道に踏み入れるわけですよね。エリツィンの下で、エリツィンの信頼を得るために何をやったか。これも非常に面白いんですよね。それが何かと言いますと、エリツィンも色々と新興財閥とかとの癒着もあって、色々と裏でお金の流れが怪しかったんですね。それを暴こうとした人がいるんですね。それが検事総長。検察のトップが、エリツィン大統領のマネーロンダリング疑惑に関して捜査を進めてた。
これをプーチンが止めたと言われてるんです。どうやって止めたか。今度はその検事総長の女性スキャンダルを暴いて失脚させるっていう。それによってエリツィンを守ったらしいんですよ。KGBならではだと思いませんか? 情報戦なんですよ。情報によってその敵の一番痛いところを突いて落とす。それによってエリツィンの信頼を勝ち取った。
そしてその全てを計画してたのが大統領の1個下の首相だったらしいんですよ。つまりエリツィンを追い落とすために、エリツィンのナンバー2の首相がそういう動きをしてたということで、エリツィンが首相をどかすわけですね。エリツィンは首相を何人も、こいつ反旗を翻しそうだなってやつを何人も交代してたんですけども、そこでまた空位ができたことによって、よし、お前は俺を守ったなということでプーチンが指名されるわけです。
そしてプーチンが首相になりまして、そこからどうなるか。エリツィンは1つ大きな、非常に悩みがあったんですね。それが新興財閥グループ、オリガルヒ、オリガルフとも言われるんですけども、そこをコントロールしつつ経済をうまく立て直すっていうことをやらなきゃいけなかった。でも、ロシア経済は非常にぐらついたわけですね。旧ソ連からロシアになりました。それでうまく経済が運びますかって、そんなことないわけですよ。経済がグラグラしてるんです。
しかもそのオリガルヒ、新興財閥の意見も取り入れながらやるんですけども、逆に新興財閥の意見が強くなりすぎて、かなり介入されるようになってくるわけですね。そうやってエリツィン自身もこのロシアをコントロールしかねる状態になってきた中で、ナンバー2にプーチンが指名されてます。
その上で、プーチンにもうこれは大統領をやらせようという時に起きるのが、チェチェンでの紛争なんですね。それを華々しく止めることによって、プーチンというのはそれまで謎の無名のKGB上がりだったところから、次期大統領候補としての、言ったら知名度アップをこのチェチェン紛争でやることになるわけですよ。
このチェチェン紛争の時に、チェチェンとの対抗の中で、チェチェンは独立の機運が非常に高まりました。その時はソ連が崩壊した後ですから、色んな国で独立の雰囲気っていうのは、フォローの追い風が吹いてたわけなんですよ。ところがこの独立っていう運動を、プーチンはテロとイメージをすり替えるんですね。ある場所でテロが起きたと。それはチェチェンの独立運動の流れ、一味がやったんだろうということで、テロとの対決っていうイメージの変更に打って出ます。
そして、それをメディアでものすごい激しく糾弾するんですね。テロリストはどこまで行っても追い詰めるぞ。首相が言うわけですよ。なんだ、この首相はと。エリツィンは知ってるけど、プーチンって最近なった首相だよなと。そのプーチンっていう首相が、なんかすごい激しいことを言うわけですね。テロによって脅かされてる。テロが起きたわけですよ。
これ一説によると、そのテロももしかしたらこちら側で仕掛けて、テロだってさせた上で、それをチェチェンの紛争と結びつけて断定して、攻める口実を作ったんじゃないかって、これあくまで説です。説もあるんですけれども、それを激しくメディアで言うわけですよね。おい、テロリストども、お前たちはどこへ行っても追い詰めるぞ、とすごい激しく言います。
でも、見事そこからチェチェン紛争を治めることによって、テロっていうもののイメージを入り口に紛争を治めたっていうことで人気を上げるんです。そして見事、次期大統領に就任するわけなんです。第2代ロシアの大統領に。エリツィンの信頼を得たっていうことと、チェチェンの紛争をものすごいリーダーシップで止めたという、この2点の業績で一気に大統領になったというところまでが、大統領になるまでということなんですよ。
16年間のKGB。それもKGBもかなり狙いすまして行った。その上でエリツィンの信頼を得るために検事総長を失脚させ、その上でエリツィンの後釜として、これどこの後ろ盾を得たか。オリガルヒの後ろ盾も得てたんですね。要するにオリガルヒは、自分の言うことをより聞く大統領が次に首をすげ替えればいいわけですから、じゃあエリツィンの代わりに、エリツィンじゃもうダメだからプーチンを立てて、俺たちの思う通りの政治をさせようと思ってたんです。その後ろ盾とチェチェンとで、大統領までなったというふうに言われております。
ですが、その後このプーチンがものすごい剛腕を発揮するわけですね。2つやったことがあるわけです。大統領就任して、この第1期、第2期はプーチンにとってかなりパーフェクトな目標を達成した時期と言ってもいいんじゃないでしょうか。
この第1期は、まず何だったかと言いますと、中央集権体制をグッと整えたってことですね。つまり大統領の言うことを聞けよというのをがっちりやった。それまで地方とかの法律とかも、中央とちょっと矛盾する法律を作っちゃってたりして、うまくコントロールできてなかったんです。なので地方の権力を弱めて、中央、大統領の権力をまず高めます。
それだけじゃないです。財閥です。オリガルヒの傀儡としてやってくれるだろうなって期待してた、この新興財閥をも抑え込みます。それがどういうことかというと、その新興財閥の脱税であるとか違法行為であるとかっていうものを糾弾して、その権力者たちを逆に逮捕したりして追放していくんですよ。そして自分の息のかかった人間をその企業のトップに据えたりですとか、その企業を国有化したりすることによって自分のものにするっていう。乗っ取ってしまうんですね、このオリガルヒの新興財閥の力というものを。
ここまでやる人間だっていうことを、やっぱり想定してなかったわけですよ。プーチンってのはKGB上がりだというところはわかっていたけれども、エリツィンの後釜で俺たちの言うことを聞くだろうっていうことの意に反して、全部をコントロールしていった。
そしてその国有化した企業の財力でもって、今度はテレビ局も買収するんです。そのテレビ局も買収することで、そこからは政権に批判的な放送であるとか、そういうところも抑え込みます。そこからはプーチン大統領っていうのはいかに素晴らしいかっていうプロパガンダを放送していけるようになるわけです。
その財力、システムを作った上で、さらに追い風が来たのが原油とガスの価格高騰なんですよね。つまりロシアってのは資源国家であると。他に色々なものがないかもしれないけども、資源がものすごいあるんだぞと。それをうまく売れたらいいなっていうことは、以前からプーチンは考えてたらしいんですよ。
ところがこの2000年に大統領に就任するわけなんですけど、まさにミレニアムの年ですね。2000年に大統領に就任すると時を同じくして、中国とインドが著しく経済成長するっていう時代だったんですよね。ありましたね、そういう時代が。その中国とインドがうわーって経済成長して、開発をどんどんすることによって、石油とかガスっていった資源がものすごく必要になるんですよ。
巨大な国ですよね。巨大な国、中国、インド、人口も多いです。そこがどんどん開発するから、どんどんガソリンくれよってなった時に、ガソリンの値段がなんとそれまでの5倍になったんですね。5倍の相場でロシアにある大量の原油やガスというものが売れていく。それによって経済成長も行うことができたんです。
プーチンはそのKGB上がりの情報操作術で、地方、財閥、そしてメディアをコントロールし、さらに経済的に成功することによって圧倒的国民人気を得ることになるんです。そしてG8の一員にも参加することになります。2002年にG8にも参加することで、国際社会にロシアが帰ってきたぞということですよね。
ソ連はもう崩壊した。ロシアはもう終わった。そう思われてたわけです。ゴルバチョフ、エリツィンの時には、ロシアはもう終わったんだろうというふうに言われてます。そしてさらにオリガルヒも、新興財閥の企業とかも乗っ取ったという見方もあるけれども、乗っ取ってなかったらアメリカに売られてたかもしれないとか、色んな話がある。なので、もうロシアは風前の灯だって言われてたわけですね。ところがそれを圧倒的コントロールと経済的な追い風、資源をうまく売ることによって圧倒的人気になった。
ここまでがいわゆる第1ブロックだと考えていただきたいですね。プーチンの人生を3ブロックに分けて、まず1ブロック目はプーチンの能力と原体験というお話をさせていただきました。つまり圧倒的に長期的な展望を見通して、そのために何が邪魔で何が必要なのかっていうことを考える、非常にクレバーな人間であり、それを徹底的に実行していくっていう行動力があるということがおわかりいただけたと思います。
そして原体験としては、2度にわたる国家の崩壊を見ている。それが東ドイツの崩壊とソ連の崩壊ですよね。そしてその裏にはNATOがいた。これが強烈な原体験としてあるという人間であるということは、ご理解いただけましたでしょうか? これがプーチンの能力と原体験。いわばちょっとしたトラウマのようなものでもあると言っても過言ではないと思います。
そして第2ブロック目に行きます。この第2ブロック目というのは、つまりもうロシアというものを手中に収めたプーチンがぶち当たった壁そのものなんですね。その壁の名がアメリカなんですよね。アメリカというもの、それが言ったら一強によって、パックス・アメリカーナ、つまりアメリカによる平和なんていう言葉があるぐらい、アメリカが世界の警察として、全ての紛争であるとか政治に関して介入していくぞという、そういう体制を見せていた時期なんですね。
それが最も顕著だったというふうに言われてるのが2008年。この2008年というのは、まさに2000年にプーチンが大統領になってから8年後なんですね。つまりこれ、ロシアのその時の大統領の任期っていうのは4年なんですね。4年、連続2期までって言われたんですね。なので4年2期やった。つまりプーチンが大統領をちょうど辞める時期のお話でございますね。
ですが、プーチンはただ辞めたんじゃないんですよね。有名なお話、タンデム政権。これ、タンデムってのは2人乗りって意味ですよね。つまり政権に2人乗りすれば、交代交代でずっと1個のバイクを運転できるんじゃない? ってことなんですよ。自分の元々は法律顧問、顧問弁護士だったメドベージェフという男を操り人形として大統領に就任させるんです。非常に人気がありますから、私の後継者に次の大統領をということで引き継がせるわけですよ。
それ、エリツィンの時と一緒ですよね。エリツィンも、こいつプーチンに任せよう、オリガルヒの言うことを聞くだろうと、プーチンに任せようってあったわけですよね。だけどそのプーチンも、メドベージェフに任せれば大丈夫って言って、メドベージェフに任せるわけではなく、メドベージェフを置いた上で辞めるのかな? 辞めません。1個下の首相に戻るんですよ。
元エリツィン大統領の首相だった男が大統領になりました。ところが今度はメドベージェフを大統領にして、自分が首相に戻ります。それがどういう意味なのか? 連続2期じゃなければ大丈夫。つまり1期、メドベージェフにやらせたら、また2期できるという、そんな裏技みたいなやり方ですよね。果たしてそれうまくいくのか。それはその時はまだわかりませんね。やっぱりもう1度選挙で勝たなきゃいけないですからね。でもその計画通りに首相になったわけです。
その首相になった2008年、首相期が始まるわけですよね。言ったら下から動かすという、そういうトリッキーなやり方を始めた年に、2008年にアメリカが色んな動きを見せるわけですね。その1つがコソボの独立承認。コソボっていうのはセルビアの一地域だったわけなんですけれども、そこの独立を、国連とかそういうことではなくて、アメリカやヨーロッパ、イギリスとかフランスとかが主導して、もう承認ってやっちゃう。
このコソボの承認、何度も何度も後にプーチンから糾弾されることになります。つまりこの時に明らかになったのは、世界を動かしてるのはアメリカだっていう、そういうことなんですよ。アメリカが承認すれば、国際法上グレーでも国家として承認しちゃえるの? これがプーチンにとって非常にショックだったということなんですね。
そのセルビアに対してかなりNATOで爆撃したりですとか、色んなことがありまして、コソボを承認するってアメリカとかイギリスが言えば承認なのかと。このコソボの承認に関しては、日本もやっぱりアメリカの陣営なので、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、日本とか、そういうところが承認してるんですけど、それ以外の国で承認してないって国も多いっていう、非常にグレーな案件なわけですよ。
ですから、ドネツクとかルガンスクとかを国家として承認するなんてやりましたよね。それに対して、そんなのは国際法上認められないぞっていうことを言うわけですよ、みんなが。それに対してプーチンは言うんです。じゃあコソボは何だったんだと。つまりアメリカがやるのは良くて、なぜロシアはダメなんだと。クリミアとかもそうですよね。クリミア、ドネツク、ルガンスク、その辺りに関して批判された時に、必ずロシアが持ち出す、プーチンが持ち出すのがこのコソボの一件なんですね。
つまり、このアメリカというのがいかに介入してくるのか。それはコソボだけではなくて、もう東ヨーロッパ全体に介入しているぞということを非常に脅威に思ったんです、プーチンはね。その時、ポーランドとチェコに対してアメリカがミサイルを配備する、防衛ミサイルを配備すると。その時のイラクであるとか北朝鮮というものから守るよっていう意味で置くっていうふうに言うわけですけども、ロシアからすると嫌なんですね。ポーランドとかチェコにアメリカからミサイルが置かれるというのは、もうそれは本当にイラクとか北朝鮮対策かと。ロシア対策なんじゃないのか? っていうことをプーチンは思うわけですよ。
ここでプーチンの絶望というのがどんどん色濃くなるんですね。つまりロシアというのはもう終わったんじゃないか、ソ連というものはもう終わったんだという中から、ちゃんと政治をコントロールして経済を立て直して、G8に入ったんですよ。そのことによって、自分はヨーロッパの一員として振る舞えるんじゃないか、受け入れられるんじゃないかっていうふうに思っていたわけなんですよ。
僕の動画を何個か見てますと、ロシアはNATOに入れないんですかっていうご意見がかなり多かったです。確かにパッと思ったらそうですよね。NATOに入っちゃえばいいのにみたいな、思うかもしれないんですよ。だけどこれはまず、先ほども言ったように、NATOというのはなぜ作られたのか、ここなんですよ。NATOというのはアメリカを引き込み、ロシアを除け者にして、ドイツを抑え込むっていうグループなんです。
プーチンからすると、なぜNATOがまだなくならないんだ? これが嫌なんですよ。NATOというのは対ソ連のグループですよね。対ソ連を目標にして、ロシアっていうものを抑え込むぞ、そしてドイツに好き勝手させないぞ。そういう、ドイツは内側から、ロシアは外側からという、そういうグループなんですよ。なので、NATOにロシアは入らないんですかに関しては、基本的にNATOの根本的なことがわかってないということなんですよ。このNATOというのがそういう性質である以上、NATOが存在し続けてることそのものがロシアにとっては脅威なんです。つまりNATOというのは対ロシアグループだからです。
そうですよね。その対ロシアグループに2004年、10カ国、もうその時には99年から2004年にかけて、もう10カ国以上、東欧の国が入っていくわけですよ。さらにアメリカがポーランドやチェコにミサイルを置く。NATOはなぜかなくならない。これがロシアの絶望の1つなわけですね。そしてさらに追い打ちをかけるかのように、アメリカのブッシュ政権がウクライナとジョージア、この2つの国に対して、将来的にNATOの加盟もありうるだろうという積極的な発言をするわけです。
もちろん、NATOがどんどん拡大してるって見方と、いやそうじゃなくて、ロシアから離れたくて、EUとかNATOに入った方が豊かになれるからっていうことで東欧が離脱してるっていう、両方の見方があるわけですよ。アメリカ、ヨーロッパからすればですよ、ロシアの仲間でいたくないからこっち来てるだけだろうと、そういうふうにも見れます。でもロシアからすると、どんどんNATOが吸収してるだろう。NATOっている? そもそも。そもそもいる? これですね。NATOがロシアを目の敵にして作られたグループなのにもかかわらず、それをずっと広げてるのはどういう意味なんだと。包囲してるんじゃないのか。怖くてしょうがないわけですよ。
しかもこのウクライナとジョージアっていうものが将来加盟するっていうのが、どれだけ恐ろしいことかっていうのは私、何度か言ってるんですけども、ウクライナってのは旧ソ連の中でも人口が2番目に大きいと言われる、本当に社長のロシアに対して副社長クラスの国なわけですよ、ウクライナというのは。もう真隣で、しかもロシアとヨーロッパのど真ん中、間にあるという要衝の地なわけですね。
このウクライナとジョージアに関して、東欧の中でも旧ソ連の国とそうじゃない国もあるわけですね。旧ソ連がっつりのウクライナ、ジョージアが将来NATOに入るってなった場合、どうなるか。チェコやポーランドのように何か理由をつけてミサイルを置かれるかもしれないと、そう思ったわけなんですよね。これは安全保障上受け入れられないということで、実はこの2008年、ジョージア、その時にロシア側はグルジアって呼ぶわけですね。
このグルジアって呼び方をジョージアの人はすごい嫌います。なんでかっていうと、それはロシアからの呼び方なので、ジョージアと呼んでほしいっていう人たちも多いです。でもこのジョージア、グルジア、同じ国を指しております。このジョージアの南オセチアという、いわゆる自治州と言われてるところ、そことの争いの中で軍事介入していくと。だからウクライナでやってるようなことって、実は2008年に一度やってるんですよ、ジョージアで。
このウクライナ、ジョージアをNATOに将来的に加盟するぞ、してもいいぞっていうふうにアメリカが言ったんです。これに対してドイツ、フランスはどう言ったかというと、そこまでやるとロシアがちょっと刺激されすぎるかもしれないから、というふうな形でちょっと消極的だったんですね。だからNATOに関して最も意欲的なのはアメリカなわけですよ。だからこそ、むしろヨーロッパというよりはアメリカに対しての不信感や怒りっていうものが、ここでかなり高まるわけです。
ロシアをここまで復活させた。ロシアを強く戻したにもかかわらず、これアメリカというものがどうもこのロシアに対してかなり敵対的な行動をしてるんだという世界観になっていくわけです。元々の原体験がNATOから始まってますから、NATOをつぶさに見てきた16年間、そのスパイの中でNATOがいかに恐ろしかったか。つまりそれは東ドイツがなくなり、旧ソ連が崩壊するという、その主力の相手側でありますから。
そのNATOがまだなくならずに、自分が大統領になってもまだ拡大してる。そして自分たちの一番の懐刀、側近であったところのウクライナやジョージア、それも将来入れる。これは許しがたいということで、ジョージアの地域に侵攻していくわけですよね。軍事介入していくわけですよね。ここで見てたわけなんですよ。アメリカが動くのか、NATOが動くのか。
NATOは加盟国以外に対しては守るって義務がないし、守れないんですよ。だけどここで、守れないよね、皆さん理解が止まってる方もいるかもしれません。それは、私がウクライナの状況で、ウクライナをなぜNATOが守らないかっていうところに、コメント欄に、それはNATOにまだ同盟として入ってないからだろう、当たり前じゃんっていうコメントがたくさんあったんですよ。でもそういうことではないんですよ。もちろんルール上はそうですよ。
でも大事なのは、NATOに将来加盟したいって言ってる国と、加盟してもいいよねって言っているアメリカとの間で、攻撃が行われた時にアメリカがどう動くのかっていうことを、これはプーチンは東欧諸国に見せつけてるんですよ。NATOに入りたいんでしょ。入ってもいいって言ってんでしょ。じゃあ今から見せるけど、NATOは守ってくれるかな? これを見せつけて、NATO動かなかったでしょ? アメリカ何もしてくれないでしょ。ほら、こっちにいた方がいいのにっていう作戦なんですよ。これをジョージアの時から、2008年からやってるんです。
なので2008年のジョージア、2014年のクリミア、クリミアってのはウクライナの一部だったわけですよね。2014年、クリミア。そして2022年のウクライナの全土侵攻。これは全部線でつながってる出来事なんですよ。なので、この2022年のウクライナだけのニュースを見て理解しようとしても、これプーチンの考えとか世界観っていうのがわからないがゆえに、プーチンは錯乱したとか、よくわかってない、体調不良で暴走してんだとか、そういう話になるんですけど、もう2008年からストーリーは続いてるってことなんですよ。
そしてそれは、続いてる度合いで言えば、もっと前の90年代のNATO対ソ連、ワルシャワ条約機構というところから、そこでKGBとして活躍をしてた時から、プーチンは世界観が変わってないわけですよね。そういう中でジョージア紛争というので、アメリカ、NATOが動かなかったというところが明らかになりました。そしてそこでプーチンは野心を大きくしたわけですね。このまま東方拡大を黙って見ていてたまるか。
2011年、つまりプーチンが大統領に復帰する1年前にぶち上げた構想というのが、ユーラシア経済同盟、もしくはユーラシア連合という構想です。ユーラシア連合という構想は、つまりソ連をもう1度作りたいんじゃないかって、皆さん、そういうことをプーチンが考えてんじゃないかっていう話も聞いたことあると思うんですけども、元プーチンの側近、2000年から2005年までだった人のインタビューとかも調べてみると、プーチンはソ連をもう1度作ろうなどということまでは思ってないんだと。
ただ影響圏を、つまりそのソ連をもう一度作るってことは共産圏を作るってことですからね。そうじゃないよと。だけどその冷戦崩壊後のアメリカ一強のこの世界に対しては、修正を加えたいと思っていることは間違いないと。つまりアメリカが全部の世界のルールを決めてるっていうのが許せないんですよ。NATOがロシアをずっと脅かしてる、恐れさせてる、除け者にしてるっていうことが許せないんですよ。
だからこそユーラシア連合というのを作りたい。それはかつてのソ連にいた国々と経済的連携を強めて、EUのようなものを作る。つまり除け者にするっていう、NATOがロシアを除け者にするグループだとしたら、それを押し返して、こっちはこっちでEUと同じぐらい友好国を作ろうということなんですよ。1人でいじめられてたまるかと。何人かでグループ作って、こっちだってグループだ、そっちもグループだっていうことまでしてやるぞっていう、押し返そうっていう、このユーラシア連合っていう構想を2011年にぶち上げます。
これは2008年から2012年の首相期に感じた絶望感であるとか恐怖感、そういうものが色濃く反映されたプーチンの次のビジョンだということですね。このユーラシア連合っていうビジョン、これがものすごくキーワードになってきます。これ何かと似てません?
中国は何て言ってるんですか、最近。一帯一路って言ってるんですよね。中国もこのユーラシア大陸に対して自分の仲間を作って、経済圏を大きくしていきたいっていう野望があるわけです。ロシアの時をほぼ同じくしてというより少し前に、習近平政権ができるのは、習近平が国家主席につくのが2013年ですので、それより前です。2年前にロシアはユーラシア連合の構想をぶち上げた。それはアメリカ一強の世界観に対して押し戻す、修正するという強い意識を持っていたからなんです。
ですが、この意識を実現するために返り咲こうとするプーチンに立ちはだかるものが、2012年に現れるんですね。自分のビジョンはきっとロシアの国民は受け入れるだろう。ロシアの国民に非常に人気のプーチン。自分自身が、ロシアが今までアメリカから受けてきた屈辱を少しでも押し返すという、この大きな計画に向かって、東欧諸国やロシアの国民というのは受け入れてくれるだろうという、その目論見が大きくつまずく事件が起きる。
それが2012年の選挙なわけです。つまりタンデム政権の肝である、1回首相になって、その後大統領に返り咲く、ここですよね。これができるのかってことなんですよ。この時に大規模な反プーチンデモが起きるんです。これがものすごくプーチンはショックだったというふうに言われてるんですね。
なぜか。プーチンは元々大統領に就任した時もチェチェンの紛争を抑え込み、大統領になった後もものすごい経済的に豊かにしたというイメージね。もちろん原油とかのおかげなんですよ。資源の、時勢の妙のおかげなんですけれども、そのイメージで、GDPもすごい上がってるし、給料も上がってるし、いいじゃないかということがあったわけですよね。
ところがこのやり方は、さすがにちょっと恐怖を感じるわけですよね。タンデム政権あり得るのかと。4年2期、8年やった後で、4年自分の懐刀に大統領をやらせておいて首相になって、また戻ってくるってなったら、これずっとそんなことができるわけですよ。これはロシアがプーチンの国になるかならないかっていう、そういうタイミングなわけですよ。
さらに、そこまではテレビというメディアしかなかったので、国営として、国有として買収した企業がテレビ局を買収したことによって、プロパガンダ放送をたくさんやってたわけですよ。例えば、プーチンと国民との対話番組っていうスペシャル番組を打ったりするわけですね。それで演出上、色々やっていくわけなんですけれども、プーチンの元に色んな人が悩みを相談しにくるわけですよ。プーチンが国民の悩みを解決しますっていう特番があるんですよ。すごい特番なんです、これ。
これどういうことをやるかというと、例えば、工場に長らく勤務してるんですけれども、給料が未払いのままなんです。給料未払いの工場労働者からの話を聞いて、これどうなってんだと言って、側近が「すいません、今すぐ手を打ちます」と言って、その番組をやってる間にロシアの工場に訴えかけて、すぐに給料を払わせろって言って解決するんですよ。
そうかと思えば、とある農村のおばあさんがやってきて、うちの村ではまだ水道が整ってませんと、水道が壊れてるんですってね。どうなってるんだ、側近に言って、今すぐ変えろと言うと、村に水道が通るっていう、そういう番組をやったりするんですよ。そのことに、やっぱりプーチンすごいよねと。こういうプロパガンダ放送を、もう大真面目にやってきたんですよ。
ところがこれ、2012年、どうなってるか? スマートフォンの登場です。インターネットの登場によってテレビ離れが進んだんですよ。テレビだけを見てたっていう人たちがネットとか
SNSによってTwitterとかスマホが普及するのって2010年とかそれぐらいですよね。iPhoneとかが売れ始めるわけですよね。それで、「それおかしくない?」ということで、反プーチンっていう意見の受け皿が出来上がるわけなんですよ。それによって連帯した反プーチンの人たちがたくさんのデモを行ったということで、ものすごく心がくじけるんです。ここでプーチンはくじけたと言われてますね。
つまり、国家のために働くんだ。だからスパイになったんですよ。スパイなんて危ない仕事ですよね。国家の秘密警察になったんだ。それで激動の時代を生きて、ソ連の崩壊からロシアを救ったんだっていう自分の意識があるわけですよ。それまで、その共産圏の時代、ソ連の時代は、後ろにどの写真を執務室に飾るかとか決まってたんですね。その後もエリツィンのを飾るとか色々あったんですけども、プーチンが権力を握ってから自分の執務室の後ろに飾ってるのはピョートル大帝。これ皇帝ですよ。皇帝の絵を飾ってるんです。
強いロシアを取り戻して、みんな、国家があの頃に戻るのを見たくないのかと、そういう気持ちなわけですよ。なぜ自分がアメリカと対抗しようとこんなに奮闘してるのを受け入れられないんだ。なぜ受け入れない、国民。ものすごいショックを受けたんですね。ここから対アメリカへの攻撃的な発言、さらには言論統制、この辺りが厳しくなっていったと言われます。そして揺らいだ国民人気を絶対に取り戻す。これがプーチンの1個の大きな命題になったわけです。
元々は国家のためだったわけです。そしてそれを国民は受け入れてたんです。ですが、そうではなくなり始めていた。プーチンの独裁国家になってしまうということに対して、確実に恐れを示す国民が現れてきた。そしてそれがインターネットで拡散しつつあった。それが2つ目の目標になるわけです。アメリカに対してロシアの影響圏を押し戻すっていうこと。これが1個の目標ですね。もう1つが、自分の人気を不動のものにする。もう1度不動のものにする。これだったわけです。そしてその2つを繋いだのがクリミア併合なんですよ。
先ほどジョージアとウクライナに関してって言いましたよね。このプーチンが3度目の任期、首相明けの第2タームですね。大きく見ると第2タームの大統領になった頃ですね。クリミア、そこから2014年、大きい変化を迎えますね。ウクライナとジョージアはNATOに入れてもいいってアメリカは言ったけど、ドイツとかフランスは消極的だったんですよね。あれはどうなったかというと、ジョージアで紛争が起きたことによって流れたわけです。やっぱやめとこう。
これなんでか? 紛争がある地域をNATOに入れるとリスクが上がるから、紛争中の地域に関しては加盟を見送るっていうのもあるんですよ。NATOの原則的なルールとして。なので入りそうになったら紛争を起こしてしまえば入れないだろうという目論見もあるわけですよ。なのでNATOに入りたいって言ってるところに紛争を起こすことによって、NATOに事実上入らせなくするし、NATOは守らないぞっていうことを見せることもできるわけなんですよ。なのでそういう意味で言うとウィンウィンなんですね。
さらにこのクリミアというものは何が起きたかと言いますと、NATOには入らないけどウクライナはEUには入りたいってなったわけですよ。EUには入りたい。要するに豊かになりたいんですよ。EUに先んじて入ってった東ヨーロッパが豊かになってくのをウクライナは見てたんですね。ポーランドとかですね。ずっと同じぐらいのレベルの経済圏だったのが、EUに入って数年したら大きな差がついてるんです。豊かになってる。悔しい。入ろう。EUに入るっていう機運が高まりました。
ですが、その時のウクライナの大統領はロシアと親しかったんです。親ロ的だったんです。なので、EUに入るぞって国民のムードが盛り上がった最終の最終で、「いや、EUには入りません」。ロシアの圧力に屈して、大統領が最終的なところで前言を撤回したんですよ。EUに入るってなったけど、やっぱりやめようってなったんです。そこでデモが起きたんです。そのデモがものすごい大規模だったんですね。
このままロシアの子分としてやっていくのかと。お前はロシアの子分かもしれないけども、傀儡なのかもしれないけど、やってられるかと。国民を豊かにするためにEUに入らせろということで大規模なデモが起こって、それが原因で多くの死傷者が出るんですね。そのデモによって鎮圧しきれないぐらい過熱して、それによって大統領が海外に逃亡するんです。そしてその親ロシア的な政権が打倒されてしまう。そこで電撃的にクリミアに介入してった。
クリミアに、ハイブリッド戦争。ロシアの正規軍ではないというために、覆面をかぶって、どこの国か分からない状態にしてある。しかし明らかにロシアの軍の精鋭であろうという人間がクリミアにどどっと入り込んで、親ロシア的な政権が打倒された報復とでも言わんばかりですね。クリミアを一気に奪取してしまうんです。それってちょっとひどくない?って皆さん思うかもしれませんけど、これはうまくいったんですよ。
これなんでかと言うと、クリミアというエリアは非常にロシア系の人が多く住んでいて、かなりロシアと文化的に地続きだったんですね。なのでこれに関してはロシアの国民は受け入れたんですよ。むしろよくやった、人気が上がったんです。これ我々の土地勘だと理解できないかもしれないんですけども、ウクライナの中でも、ロシアにかなりシンパシーを感じる、共感を感じるっていうロシア的な人たちが多く住んでるところと、いや、それは許しがたいって言ってウクライナはウクライナのものだって思ってるエリアは、まだらになってるんですよ。その中でもこのクリミアというところは、ロシアに対してかなり近い意識を持っていたっていうことなんですね。
そのエリアを電撃的に奪い取ったことによって、ロシア国内での人気も上がったわけなんですよ。俺たちのもんだっていう意識があったんです。元々ロシア国民には、ウクライナのクリミアは自分たちのもんだっていうのがあったから、取り戻したと。領土問題、ナーバスなところなので例えて言うのもおかしいんですけども、日本とロシアでも北方領土はどっちなんだっていうお話がありますよね。自分たちの土地だって思ってるところを取り戻したっていう、その国のトップに関しては人気が上がると思いませんか? ここなんですよ。
その国民が侵略だって思うか、それとも取り戻したって思うかは、文化的、歴史的なコンセンサス、文脈によるわけですよ。日本人が、あそこは日本のだよねってみんなが思ってるところを取り戻してくれたのであれば国民人気が上がるわけですよ。もちろんウクライナの大多数からは、何てことしてるんだってことになるわけですよ。だけどそれをやり遂げたっていうことに関して、ロシアでは国民人気が上がった。これは事実なわけですよ。
ここでプーチンは2つの目標、アメリカに対してNATOの好きにはさせない、押し戻すぞ。これを成し遂げるとともに、国民人気を回復する、上げるっていう、この両方ができるんだということを、このプーチンは示したわけなんですよ。このネット社会でものすごい揺らいでる自分の人気というものを取り戻すには、強いロシアを取り戻す、ロシアが元々持ってたものを取り戻すっていうことを有言実行していくっていうことが1個の線になるってことなんですね。なのでクリミアってのはそういう風に押さえられたわけです。
さらに2010年代に入ってますから、中国は習近平政権になってるわけですよね。そしてこの10年代に中国はIT大国として大躍進を遂げるんですね。まさに日本がスマホを世界に売ることができなかった時に、中国はファーウェイですとか、そういうところはものすごい安価なスマホを作る、作れる技術を手に入れるということができるようになりました。そして2017年、ロシアと中国が手を組むわけなんですね。2017年です。中国の協力で、ロシアはネットの検閲に関しても仕組みを作り始めます。
ここでもプーチンの考えってのはぶれてないんですよ。完全に長期計画のもとにやってる。しかもそこに中国っていうものが大きな仲間として出てきた。ここからが後半ですよ。つまり自分の人気っていうものに対して揺らぎを感じてショックを受けた。しかしそれを押し戻すっていう活動。これをNATOに対してやっても、NATOは手を出さないっていうエリアがある。それを東欧に指し示した上で、さらにそのエリアは場所によっては奪還すれば国民人気が上がるっていう、そういう場所を見つけたわけです。さらに10年代半ばから後半にかけて、中国という大きな味方が出てくるわけです。
そして時を同じくして、アメリカは中国の躍進に焦りを感じ始める。アメリカ一強だった、そんな世界だったわけですよね。ですが、アメリカがTikTokとかを規制しなきゃいけないんじゃないかとか、中国の伸びに対して脅威を感じ始めるわけですね。テクノロジーに対して、これもうかなり迫られてるぞというところを感じるわけです。
ここから後半の最終ブロックに入りたいと思います。プーチンの狙い。それを実現することによって揺らぎ始めた自分の人気を取り戻す。そのこととアメリカを押し戻すということが1個の線になった。しかしロシアはまだまだ小さい、弱かったわけです。ですがそこに強力なパートナー、中国というものと、アメリカがさらにトランプ政権、バイデン政権とかなり揺れる。経済的にも少し陰りが見えるという、さらに追い風がやってきての2020年代に入っていくということでございます。
どうなっていくのか。「動き出す皇帝たち」というタイトルをつけさせていただきました。なぜ皇帝なのか。これは、この2020年代が明らかに人類に対して、独裁体制と民主体制、どちらが有利なのか、どちらが良いのかというものをナイフのように突きつけてると言っても過言じゃないからなんですね。2018年、もう2020年の本当手前ですね。2018年に習近平国家主席が任期を撤廃したんですね。
つまりロシアで任期を長くしましたよね、メドベージェフによって。タンデム政権で任期が長くなっただけじゃないんですよ。実はロシアではメドベージェフの時に法律を改正していて、4年連続2期というものを6年連続2期にしたんです。つまり最大8年っていうのを最大12年にしてプーチンが復帰したので、プーチンは復帰してから6年、6年行けるっていうことなんですね。2012年に復帰してるので、6×2=12なんで、2024年までいけるよという風になってる。
つまり独裁というのは、その長期で政権を維持できる。それはいろんな民主主義の国が、本当10年、10年以内に任期は交代させようねってしてきたわけですよ。アメリカもそうですよね。初代大統領がそういう風にしたことによって、入れ替えるためにもずっと任期ってのは一定であるべきだと、限度を決めるべきだとやってきたわけです。それを日本であるとかアメリカであるとか、そういうところは基本的に遵守してるわけですよ。
中国も元々は10年が最大の任期だったんですよ。習近平国家主席がなった時は10年だったんですよ。ですがこの10年というのを撤廃したんです。それができたのは、この習近平国家主席がものすごい内部、共産党内部の権力を牛耳ったことと、とてつもない躍進をしたからですよね、中国が経済的に。この勢いでもってそのままロングスパンで行こうって、こうなったわけですよ。なので習近平国家主席の任期が現状10年から無限になったわけです。
そして2019年、この任期が劇的に長いプーチンと、任期がこれから無限である習近平国家主席。その2人が共通のビジョンを持ってるというところで手を組むんです。それが一帯一路構想と先ほど申し上げたユーラシア連合構想ですね。共にユーラシア、このでかい大陸の中で自分の経済圏、影響力を広げたい。これですね。そしてそのライバルはアメリカである。この1点において2019年、一帯一路構想とユーラシア連合を認め合うということで手を取ってるんです、ロシアと中国で。
これ、強力な強力なパートナーがプーチンにできたわけですね。これによってより確信が深まるわけですよ。行けるぞと。取り戻せる。東欧を取り戻し、国民人気を取り戻し、アメリカを押し戻す、中国と共に。これがロシアのプーチンの計画、ロングビジョンになってくわけですね。そしてその時にコロナウイルスがやってきた。これなんですよ。コロナウイルスがやってきたことによって一体何が起きたか。独裁政権にさらに追い風が吹いたんですよ。
独裁国家はルールを決めるのも早いですね。ルールをバチーンと守らせる。守らないやつはもうどんな目に遭うか分からないぞっていうルールもすぐ作れるわけです。逆に民主主義国家は、民主的であるがゆえにコロナを抑え込むためのルール作りもかなり苦労しましたよね。例えばロックダウンっていうものができる、できないとかでも、日本人もかなりあやふやだったところがあると思います。それ、まん延防止なの? 一体何なの? ロックダウンなの? 出ていいの? 外出ちゃダメなの? どうするの?
そういう中で、実名を発表するよとか、企業名を発表するとか、いろんな工夫をしながら、できてないルールに対して対応してったわけですよ、民主主義国家は。ですから独裁国家はバチンとロックダウンして、抑え込みにも成功をしたっていうところを見せつけるわけですよね。
この経済成長も、この伝染病の抑え込みに関しても、独裁っていう政治システムっていうのが、我々、民主主義国家の中で教育を受けてきたわけですから、基本的に選挙がある国が素晴らしくて、独裁っていうのは暴走する国なんだという風に教わってきたわけですよね。だから選挙がない国っていうものに選挙を教えるっていうのがいいだろうと。独裁国家っていうのはちょっとかわいそうであるという風な価値観っていうのがあると思うんですよ。
ですが、この2020年に人類がぶち当たったのが、独裁国家の方が経済的成長と伝染病の対策がスピーディであると。このスピーディでパワフルという一点をもってすれば、独裁国家っていうものが追い風になってるっていう、そういう風なようにも見えるという風に言われてるわけですね。その民主主義×資本主義であったアメリカっていうものが、民主的でみんながいいって思う理想の国家運営を、今まで介入してやってきたわけじゃないですか、いろんなところに。でももうそれをやめると。
この民主的な政治をやれって言って、アフガンとかイラクとかに色々介入してったわけですよね。それから撤退したのも、まさに2020年代、バイデン政権。バイデン政権によって、オバマ、トランプと、どんどんとリバランス政策、そしてアメリカファーストっていうことで、要するに名前は変わってるけども、アメリカ軍がアメリカ的政治制度、民主主義国家が1番いいよねっていうものを世界に布教する活動の予算がなくなってきたので縮小しますっていう、そういうタイミングなわけですよ。そしてそれをまさにバイデンが行ったわけですよね。
アフガニスタンからの撤退。それによってタリバン政権になるけども、それに対してアメリカはもう特に口を出さなくなったわけですよね。そうなった。つまりアメリカが一気に方針を転換した。世界の警察。アメリカ一強で全てのルールを決めてきたのがアメリカ。このパックス・アメリカーナの終わり。そして独裁国家というものの躍進。アメリカは、その民主主義が素晴らしいものだということで介入していくってことはできなくなったということなんですよね。
そんな中で、もう千載一遇のチャンスが訪れてるわけですよね。ロシアにとっては。そしてプーチンにとっては。まさにこのプーチンにとってはっていうところがすごく大きいことだと思うんですよね。プーチンは、もうアメリカがアフガンを撤退したのだから、よりやれるだろうと。よりこのウクライナに関してはフルコントロールで自分のエリア、ユーラシア連合入りさせられるだろうっていうことを、しっかりと駒を進めようとしたわけです。ここまで皆さん頭に入っていただけましたでしょうか?
中国というものも、それをじっくり見てるわけです。なぜか。台湾も同じ立場だからですよね。中国は常に台湾であるとか、それ以外の国に関しても影響力を及ぼしたい。特に台湾に関しては色々歴史上思うところがあるわけです。香港に関してもそうです。香港や台湾っていうものと、ロシアにとっての東欧っていうのはかなり類似した関係にありますから、ロシアの動きをサポートするぞということで見守ってるわけです。この中国とロシアはアメリカの動きをつぶさに見てるわけです。そしてアメリカ、ヨーロッパはそれに対して対抗する術を今なかなか持たないだろうとなってる。
しかし数日で陥落すると言われたこのウクライナが、なかなか落ちてないのも事実なんですよね。これをどう見ればいいのか。ここです。今回の大きな肝が、ロシアがウクライナに全土侵攻した中でかなり時間がかかっていることに対して、どのように受け止めればいいのか。ここなんですよ。ここは色々と調べた結果、クリミアのようには行かなかった。これがかなり大きいところなんですよね。
つまりクリミアというのは先ほど申し上げた通り、ロシア的な、ロシア寄りの考えの人がかなり多数派だったわけなんですね。なのでそこを取るっていうことに対してはロシアの国民も共感できたし、クリミアの人たちに対しても喜ばれたっていう風に見せられたわけですよ。それをハイブリッド戦争と言われる、正規軍をガンガン投入してやる戦争ではなくて、裏から根回しをして、瞬間的に制圧するというやり方で、なんとか荒立てずに取ったということが、もちろん荒立ったんですよ。それによってG8から外されたんですよ、ロシアは。でもその国民感情が、ここ大事なわけですよ。国民の人気をもう1度取り付けた上でアメリカを押し返すっていう、その2つの目標がクリミアではオッケーだったんです。
ところがそうはならなかった。それがウクライナ全土だったわけですよ。特にウクライナの首都キエフっていうのは歴史が古いんですよね。元々キエフ・ルーシっていう国から始まっていくみたいな形で、キエフはモスクワよりも古い都だと言われてて、そこには親ロシア派の人たちと全く違う、ウクライナこそが私たちの国だっていう人たちが多いわけですよ。そこの抵抗っていうものがあるがゆえに長引くわけですよね。
アメリカは手を出さない。NATOも手を出さないけど、武器はガンガン投入するわけですよね。その上で必死の抵抗を見せて長引いてしまうことによって、ロシア国民はものすごい大量に今、世界から経済制裁を受けている。それプラスですよ。だから生活に不安をもう覚え始める。つまり自分たちの領土が増える、プーチン最高だ。そういう考えだけじゃなくて、これ大丈夫かな、経済的にっていうのと、さらにはロシアの中でも、自分たちの領土だって思えるところを取り戻すことと、領土を侵略して拡大するっていうことは受け止め方が全然違うんです。
ここはポイントですよね。ここは日本、元々日本の領土だっていうのが取り戻せたら、日本からはなるほどねって国民が思うかもしれませんけど、ここまでが日本の領土だっていう風に思ってない人が多かったとしたら。ここなんですよ。プーチンがしきりに、ウクライナとロシアは元々1つの国だったっていうことを喧伝してます。これなんでか分かりますか? ここがポイントなんですよ。それを国民に納得してもらうことが大切なんですよ。
ロシアとウクライナは1個の国だから取り戻すんだよ。これは奪還作戦なんだよ、というあくまでもこのプーチンの願望であり物語なんですよ。このプーチンが強いロシアを取り戻したいっていうのはプーチンの野心。このプーチンの野心を国民が共感できない場合、プーチンの2つの目的の1つ、それがアメリカを押し戻すだけじゃなくて国民の支持を取り戻す、これに繋がらない可能性があるわけですよ。
つまりロシアがこのウクライナをものすごい時間をかけて攻撃することによって、世界の目がどんどんどんどん冷たくなっている。孤立していく。経済的に制裁を加えられる。そのことがロシア国民を、「あれ? これ正しい戦いじゃないんじゃない? これ取り戻す戦いじゃないんじゃない?」って気づかせ始めてるわけですよね。プーチンの生命線は、そのロシアを取り戻すという物語です。NATOが攻めてくるという物語なんですよ。NATOの東方拡大というのはプーチンの言い方なんですよ。
NATOは受け入れてるんです。NATO側の視点で言うと、ロシアの仲間でいたら貧しいままだからEUに入りたい、NATOに入りたいっていう、逃げ出した人たちを受け入れてるんでしょって。豊かにしてるんですよって。こういう世界観ですけど、こういう世界観は許せないです、プーチンは。NATOが東方に拡大してきて、拡大するや否やミサイルを置く。だからNATOの東方拡大からロシアの国民を守ります。このプーチンの物語が共感されるのか。
それともアメリカとヨーロッパの、いやいや貧しい人たちを豊かにしてるんです。独裁政治をなんとか民主政治にしようとしてたんです。こういう物語が正しいのか。これはフラットに考えなきゃいけないことなんですよ。アメリカとヨーロッパが常に正しいことをやってきたのかということで言うと、例えばアフガンとかイラクに関して、いろんなコソボとかに関して、本当にそれが正しかったのかというのは、もう1度しっかり考えなきゃいけないことであると思います。
ロシアはロシアの言い分がありますから。いや、アメリカやヨーロッパが世界をぐちゃぐちゃにしてきたんじゃないのかと。この意見も一理はあるわけですよ。でもそのロシアが言ってる物語も、あくまでロシアが言ってる、プーチンが言ってる物語に過ぎないわけですね。東方に拡大しようとしてるものから守るぞと。ロシア、元々ロシアだったものを取り戻そうとしてる。これも物語なわけですよ。
このどちらの物語もあるっていうことを我々は知った上で、お互いが何を考えてるのかを見るって、これが大事なことです。どちらに賛成するか、共感するっていうのは人次第だと思うんですね。でも2つとものプレイヤーが2つともの物語を自分たちの国民に信じさせることで、こっちが正義なんだよっていう風にしようとし続けてることは間違いないわけですよね。
つまり陥落するかどうか、キエフが、ウクライナが全面的に取られるかどうか。それだけがポイントではないってことです。仮にロシアがそれを全面的に取ったとしても、国民の納得や世界の納得が得られなかった場合、その後ロシアは大変なことになっていく。ですが逆に、ロシアがNATOに対して示したいっていう正義っていうものを理解する人が増えたら、もちろん中国ってのはそれを支持してるわけですからね。支持してる国もあるわけですよね。
こういう一帯一路、ユーラシア連合っていうものが、アメリカっていうものがずっと、アメリカ、ヨーロッパ中心の世界を押し戻すんだ、取り戻すんだっていうことが納得されるかどうか。そういうことが伝わるのであれば、もしかしたらそれがどれぐらいの条件だったとしても、プーチンが一歩前に進んだっていうことなのかもしれないですね。なのでこれは、どっちが一体ロシア国民の、そして世界の共感を得るのか、そういう戦いなのではないかという風に思いました。
それぞれの物語とそれぞれの傷があり、それぞれに落ち度とそれぞれにミスがあるのではないか。それがプーチンの人生を紐解いていくだけでも明らかになってきた。そういった授業だったと思います。皆さんぜひコメント欄で、次はこんな授業をやってほしいとか、今これが知りたいんだとか、今回の授業を受けてもっとこういう風なことも言えるんじゃないかとか、いろんなご意見をお待ちしておりますね。
コメント欄があるっていうところが、このYouTubeのいいところですから、僕が全部を言えたわけではないですので、補足していただいたりですとか、訂正していただいたりですとか、自分の考えを発表していただいたりっていうのもありなんですよ。ありなんです。なぜか? これは僕の物語だから。そういうことなんです。全員が自分の物語の中で情報を伝えている。それが戦争がなくならない1番の理由。そういうことを知ることが1番大事なのかなと僕は思っている。ではまた。
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