【大改革の先に見据える未来】ENEOSホールディングスが仕掛ける世界市場への挑戦/アジア地域のシェブロン事業買収/ガソリンスタンドの会社という印象を覆す/筋肉質な経営への転換/低炭素/AI活用戦略

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概要

国内のガソリンスタンド(SS)ネットワークで広く知られるENEOSホールディングス。しかし、人口減少や脱炭素化の流れを受け、国内の燃料需要は年々縮小傾向にある。こうした環境下で2024年に就任した宮田知秀社長は、同社を従来の安定供給を基盤としながらも、世界市場で戦える「筋肉質」な企業へと変革しようとしている。外資系との統合で培った自身の経験、アジア太平洋地域における米石油大手シェブロンの事業買収、AIを活用したオペレーション最適化、そして事業拡大を支える人材戦略まで、同社が描く変革の現在地と展望を語った。

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合併の激変と外資系カルチャーから学んだ「自ら動く」姿勢

宮田氏は1990年に東燃(現ENEOS)へ入社した。当時はまだ国によって石油業界が保護されていた時代だったが、2000年前後から国内外で大規模な再編が始まった。象徴的だったのが、米エクソンとモービルの合併に伴い、日本国内でも東燃やゼネラル石油などが統合されていったプロセスである。

2000年以降、社内の上司が突然変わり、それまで日本語で行われていたメールや社内コミュニケーションが急速に英語へと移行した。宮田氏はこの時期を「一番大変だった」と振り返る。年功序列は撤廃され、「自分が何をやりたいのか」を自発的に提示して海外を含めたチャンスを掴みに行くカルチャーへと一変したという。

一方で、宮田氏はこの激変期にグローバルなビジネス手法やベストプラクティスを学んだだけでなく、日本独自の強みも再認識したと語る。海外流のルール重視に対して、日本の現場が持つ「ワークフォース・エンゲージメント(従業員の自律的な当事者意識)」の重要性を海外側に伝えた経験があり、双方が融合することで組織が強化される手応えを得たという。この外資系カルチャーとの向き合いが、現在の同社経営の土台となっている。


安定供給という「無自覚な強み」と輸出モデルへの転換

エネルギーのサプライチェーンにおいて、原油を輸入し、国内の製油所で精製して製品化し、顧客へ届けるという一連の流れは古くから変わらない。宮田氏によれば、国内の製油・供給現場にはトラブルが発生しても自然体でリカバリーし、安定供給を維持する強固なオペレーション能力が定着している。従業員自身が「当たり前」と捉えて見落としがちなこの現場力こそが、同社の最大の強みであると宮田氏は強調する。

かつては内需を満たすことが主目的だった石油産業だが、転機となったのは2005年の米国の大型ハリケーン「カトリーナ」の発生だった。この際、日本から軽油やガソリンが一時的に輸出されたことをきっかけに、原油を精製して国内消費に回すだけでなく、石油製品を海外へ輸出するモデルが萌芽した。現在では原油や製品のトレーディングを組み合わせ、安定供給と収益性の両立を図る事業展開へと関心が広がっている。


国内需要の縮小とAI活用による「筋肉質な経営」への転換

安定供給を確実にやり遂げる習慣がある反面、同社はこれまで激しいグローバル競争に直面する機会が限られており、組織としてまだ余裕や重複を抱えている部分があったと宮田氏は指摘する。人口減少、省エネルギーの進展、電気自動車(EV)の普及などにより、国内の燃料油需要は今後も年々縮小していくことが避けられない。国内市場だけに依存していては立ち行かなくなるため、会社全体を筋肉質な体質へ改め、海外へ打って出る体制を整える必要があるという。

その効率化の重要な手段として位置づけているのが、AIの現場導入である。

  • 船舶やローリーなどの輸送手段の手配を含む国内サプライチェーンの全体最適化
  • 製油所の各種製造装置の運転制御におけるさらなる高度化

宮田氏によると、人間が製油所の運転や配送を判断すると、安全面を考慮して保守的な中間値を狙いがちになる。しかしAIを導入すれば、安全基準を満たしつつ最も効率的な「最適限界値」を正確に狙い続けることができる。原油受入から製品出荷までをデジタルで連動させ、コスト削減と意思決定の迅速化を進めることで、生産性の底上げを図る方針だ。


燃料油依存からの脱却と「低炭素・ガス」ポートフォリオの全容

現在のENEOSの収益基盤は依然としてガソリン、軽油、灯油、重油、LPGなどの燃料油が中心である。しかし、同社は川下領域で多角的な展開を進めている。

石油製品からつながる化学品(ケミカル)分野では、エチレンやアロマティクスといった基礎化学品にとどまらず、エラストマーなどの高機能材料へと展開を広げている。また、電力事業においても自由化以降一定の地位を築いてきた。ただし、再生可能エネルギー発電については、世界的な共通課題として政府の補助金なしにはアフォーダブル(購入しやすい)な価格設定が難しい現状があり、今後の事業性を見極めながら挑戦を続けている段階だという。

脱炭素・低炭素化の過渡期において、宮田氏が特に注力しているのが「ガス」事業である。低炭素ソリューション(ローカーボンソリューション)の柱として、バイオ燃料やSAF(持続可能な航空燃料)と並び、LNG(液化天然ガス)が重要な役割を担う。ENEOSは、ガスの「上流開発」「中流(輸送・受入)」「下流(導管供給など)」「ガス火力発電」という4つのセグメントを垂直統合的に手掛けており、燃料油というコア事業の横で、低炭素を支える大きな柱としてガスチェーンの強化を急いでいる。


シェブロンのアジア太平洋事業買収に見る「勝ち筋」

グローバル展開を加速させる一手として、同社は2024年5月に米シェブロンが保有するアジア太平洋地域の下流(ダウンストリーム)事業資産の買収を発表した。現在、事業引き継ぎの移行作業(PMI)を進めており、2025年度からの本格運用を目指している。

買収対象には以下のアセットが含まれる。

  • シンガポールの中規模製油所
  • シンガポール、マレーシア、フィリピン、オーストラリアなどにまたがる約11カ所の油槽所(ターミナル)
  • 各国の給油所(サービスステーション)ネットワーク

日本の製油所が持つ巨大な精製キャパシティに対し、これまでは海外の受け皿となる拠点が乏しかった。アジア太平洋に自前の製油所やターミナルを持つことで、日本と現地の拠点間でスペックの異なる原油や製品を最適に融通し、サプライチェーンを回しながらトレーディング収益を拡大できる。

さらに、同社はハワイのバイオ燃料製造会社にも出資しており、現地で製造されたSAFやバイオディーゼルは米西海岸などに供給されている。宮田氏は、アジア太平洋地域と北米西海岸を取り囲むネットワークを形成し、当面の石油製品の流通から、将来的なバイオ燃料やSAFのトレーディング、さらには脱炭素ソリューションへと段階的につなげていく絵を描いている。


巨大買収の実行と「組織のグローバル化」という課題

シェブロンからの資産買収の決定には約1年を要した。巨額投資の経済性評価に加え、実物資産を持たずにトレーディングで高収益を上げる大手資源商社(トラフィギュラなど)の存在や、発足時からグローバル展開を進めて変革を遂げたJERAの事例などを参考にしながら、どのようなアセット・バックト・トレーディング(実物資産に裏打ちされた取引)を構築すべきかが議論された。

宮田氏は、社内に旧エクソンモービル出身者がまだ在籍している今のうちに、海外へ打って出る体制を作らなければ国内市場に閉じ込められてしまうという危機感があったと明かす。

買収に伴う最大の課題は、受け皿となるENEOS側の組織改革である。日本の本社組織をグローバル基準に適合させなければ、買収した海外組織との間でシナジーを生み出すことはできない。また、国内では原料調達が限られるバイオ燃料を、東南アジアや南北アメリカから集約・流通させるサプライチェーンの構築も不可欠となる。単なる資産の取得にとどまらず、多様な国籍の人材や商習慣(グローバルプラクティス)を受け入れ、自社のカルチャーを進化させられるかが成否の分かれ目となる。


人材に「レバレッジ」をかける――AI時代だからこそ問われる人間の役割

事業拡大にあたり、宮田氏が繰り返し強調するのが「人にレバレッジをかける」という思想である。資本を活用して投資を拡大(レバレッジ)することは、社員一人ひとりに挑戦の機会を与え、能力を引き出すことと同義であるという。

これまで同社は比較的安定した環境にあったため、社員や事業へのリスクの取り方において十分にレバレッジが効いていなかったと宮田氏はみる。今後は国内・海外を問わず、新規開発プロジェクトやM&Aを積極的に仕掛けることで、20代から40代の社員が多様な文化圏でプロジェクトを率いる機会を創出していく方針だ。社内人材だけでなく、買収先の人材や中途採用の人材が切磋琢磨することで、組織全体の地力を高めることを目指している。

AIなどのテクノロジーがどれほど進化しても、物理的なM&Aの現場に赴き、相手と交渉し、買収後の組織を統合してガバナンスを効かせる作業は、最後は人間のコミュニケーションでしか担えない。テクノロジーで現場の効率化を極限まで進める一方で、人間はより高度な交渉や事業開発に注力すべきだという持論を示した。


今後の展望と未完のゴール

足元での布石として、ENEOSはシェブロン事業の買収に続き、2024年には米国の化学品製造会社TPCホールディングスの買収を発表するなど、ポートフォリオの再編を連続して実行に移している。

自社の目指す到達点について、宮田氏はロンドンを訪れた際に現地の投資家から「どこを目指しているのか」と直接問われたエピソードを紹介した。現時点では、自社の実力や世界のエネルギーメジャーが向かう方向性を完全に見極め切れているわけではなく、目指すべき輪郭にはまだ曖昧な部分が残っていると率直に認める。同社は次期中期経営計画の策定に向けて、自らの立ち位置とゴールの解像度を上げていく議論を進めている。

少なくとも確実な方針として、宮田氏は「燃料油」「ケミカル」「LNG」の3大領域でグローバル市場への進出を加速させ、単純な規模拡大だけでなく、難易度の高い権益取得や新規開拓に再び踏み込んでいく意向を示した。巨大なオイルメジャーと全面的に競合するのではなく、特定のアジア地域や下流・低炭素分野で独自の存在感を確立できるかが、同社の変革の成否を握っている。