【ヒトとAI。究極の違いは?】AIは過去に学んだことを失いやすい/人間は抽象化が上手い/言語の凄さ/自由と責任を担えるのは人間だけ?/実行は分散し、判断は集約される/AIと組織/人に残る役割

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概要

急速に発展を続けるAIは、これまで人間固有のものと考えられていた創造性や専門的な思考領域にまで踏み込みつつある。AIと人間の究極的な違いはどこにあるのか、そして知能の大部分が機械によって代替可能になった世界で、人間に残る本質的な役割とは何か。株式会社Preferred Networks(PFN)の共同創業者であり代表取締役社長を務める岡野原大輔氏が、近著『ヒトとAI』の知見をもとに、AIの技術的特性、組織や社会の構造変化、そして人間にしか担えない「自由と責任」について語った。

見出し付き・読了9分

物理的存在としての人間と、複製可能な知能としてのAI

AIと人間の究極的な違いについて、岡野原氏は「未だに明確な答えが出ていない問題である」と前置きしつつ、物理的な条件の差異を指摘する。

人間は肉体と不可分に結びついており、不可逆な時間の流れの中で始まりと終わり(死)を持つ。さらに、個体をそのままコピーすることはできない。一方、現在のAIはそのような制約から完全に切り離されている。いくらでも複製が可能であり、物理的な意味での「死」も存在しない。それにもかかわらず、人間と同等かそれ以上の知能を持ち、判断や処理を実行できる存在として立ち現れている。岡野原氏は、人間側から見れば、AIは「宇宙人のような存在」になりつつあると表現する。

また、感情の有無についても、人間と全く同じ生体メカニズムで実現されるかどうかは別として、他者の感情を推定したり、感情的な反応をシミュレーションしたりする能力については、AIはすでに高い精度で実行可能であるとの見方を示した。

継続学習の壁と「経験の厚み」:抽象化能力の差

技術的な観点において、現在のAIが抱える本質的な課題の一つとして「継続学習(破滅的忘却)」が挙げられる。人間であれば、算数を学んだ後に自転車の乗り方を覚えたとしても、算数の解き方を完全に忘れてしまうことはない。しかし現在のニューラルネットワークでは、内部の結合パラメータ全体が密接に影響し合っているため、新しい知識や技能を追加で最適化しようとすると、過去に学習した調整が壊れてしまう現象が起こりやすい。

岡野原氏はこの問題について、人間が実現できている以上、技術的・工学的な工夫によっていずれ克服される可能性が高いとみる。現在でも、コンテキスト(文脈情報)をプロンプト等として入力することでその場の挙動を適応させる手法が進展しており、この制約自体が恒久的な弱みであり続けるとは限らない。

一方で、人間とAIでは「学習における経験の質」に大きな隔たりがある。人間が何か一つの事象を経験する際、そこには過去の全人生の履歴という時間的な厚みがある。さらに、言語情報だけでなく空間の知覚、身体感覚、内発的な情動など、多様な情報が同時に統合されて記憶や知識が更新される。対して現在のAIの学習は、いわば断片的な「ショート動画」を大量に集積したような状態に近い。

人間は、ごくわずか1、2例の経験から因果関係を見出し、「こういうことではないか」と見通しを立てる抽象化能力が突出して高い。AIは膨大なデータ量と具体的な事例を与えられて初めて汎化できるケースが多いが、人間は限られた初見の状況からでも概念を抽象化し、未知の事態に対応できる。

ただし、この差も絶対的な境界とは言えないと岡野原氏は指摘する。たとえば自動運転技術において、個々のドライバーが一生のうちに重大事故を経験することは稀だが、世界中を走る無数の車両から事故データを集約すれば、個人の経験を超えた知見を蓄積できる。人間が行っている抽象化のプロセスも物理法則や情報処理の範疇にある以上、長期的な時間軸で見ればAIが追いつく可能性は否定できないという。

言語の獲得と「自由・責任」の所在

人間にとって、思考を深め、まとめ、他者へ伝達する上で「言語」は決定的な役割を果たしてきた。初期のAIは限定的な領域でしか機能しなかったが、大規模言語モデルの登場により、自然言語を精緻に読み解き、活用できるようになったことで急速に汎用性を獲得した。数百ページから千ページに及ぶテキストを瞬時に読み込み、要約して論点を提示する処理能力においては、すでに人間を凌駕している。文章生成における不自然さや紋切り型の表現についても、人間のフィードバックを受けて改善されていくため、解消されるのは時間の問題であると岡野原氏はみている。

では、言語能力や高度な推論がAIに実装された後、人間側に最後に残る決定的な要素は何なのか。岡野原氏はそれを「自由と責任」に見出している。

岡野原氏は、本書の中で自由と責任について次のように定義を試みている。

  • 自由:不可逆性を伴った選択を引き受け続けること
  • 責任:その選択によって生じた結果を、その後も自身の判断として引き受け続けること

単に選択肢の中からどれかを出力するだけであれば、乱数を発生させることやアルゴリズムによる最適化でも可能である。しかし、それは「自由意志」とは呼ばない。複数の可能性の中からあえて一つを選び取り、その結果に対して継続的に向き合い続けることこそが自由であり、そのプロセスと不可分なものが責任である。

AIはアルゴリズムとして推薦や判断の出力を提示できるが、その結果に対して責任を負うことは原理的にできない。たとえば、AIの出力に従って採用や企業経営の意思決定を行い、それが破滅的な結果を招いたとしても、AI自身が法的・倫理的な責任を引き受けることはない。人間の社会においては、行為の結果が特定の個人や法人に「コミット(刻印)」され、その主体が将来にわたって賠償を行ったり、対策を講じたり、あるいは記憶を背負い続けたりすることで秩序が維持されている。

高度なAI社会になっても、誰かが決定の不可逆な結果を引き受けなければ社会は成り立たない。自動運転における事故責任を事業者が負い保険制度で補償するような枠組みも含め、最終的に結果を自らのものとして背負う「人」または「法人」の存在が、社会システムの不可欠な結節点であり続ける。

専門知識と「自分自身の評価軸」を保つ重要性

AIがあらゆる領域で高度な専門知識を持ち、最適な提案をしてくれるようになると、人間の側が自律的な判断力を失ってしまうのではないかという懸念が生じる。これに対し岡野原氏は、専門家と接する際の態度を例に挙げて説明する。

医療や金融の分野で専門家に相談する際、相手が優れた知識を持っていても、誤謬や悪意によって騙されるリスクは常に存在する。そのため、受ける側には専門家の発言を検証し、疑いを持った上で判断するリテラシーが求められる。AIに対しても同様の姿勢が必要となる。

さらに重要なのは、何を良しとし、何を望むのかという「価値観」や「評価軸」そのものをAIに委ねてしまわないことである。評価軸まで外部化してしまうと、人間はAIのアルゴリズムに振り回されるだけの存在になってしまう。AIと建設的に協働するためには、判断の妥当性を検証できるだけの専門知識を人間側も保持しつつ、哲学や倫理に根ざした自前の軸を持ち続けることが不可欠となる。

組織の変容:実行の分散と判断の集約

AIエージェントの普及は、実務の進め方や組織構造にも大きな変化をもたらしている。ソフトウェア開発の現場ではすでに、人間が自らコードを書く時間は減少し、複数のコーディングエージェントに対して「この機能を実装してほしい」「調整してほしい」と指示を出す形態へ移行しつつある。

ここでは「実行は分散し、判断は集約される」という現象が起きている。無数のエージェントが並行して作業を実行(分散)する一方で、生成された成果物を統合し、本番環境に反映させるかどうかの最終判断(集約)は人間が引き受けなければならない。

この変化は、企業組織のガバナンスにも影響を与える。従来、経営者が担ってきた統合機能がどのように変わるかについて、岡野原氏は「二極化が進む」と分析する。

AIエージェントを動かすための計算資源や資金力を持つ主体には、従来であれば大規模な組織を動員しなければなし得なかった研究開発や事業展開を、ごく少数の人員で統括できる権力集中が起きる可能性がある。他方で、AIを活用すれば組織内の全メンバーがどのような判断を下したかをリアルタイムに把握できるようになるため、現場への大幅な権限委譲(分散型決定)を進めつつ、全体の一貫性を保つという新たな経営手法も成立し得る。

経営者一人に見えている世界や価値観には限界があるため、多様な視点を持った個人がエージェントを駆使して自律的に判断し、組織として連携していく重要性は今後も変わらない。

単一の最適化を超えて:人間に残る仕事の領域

「人間は単純作業から解放され、より創造的な活動に専念できるようになる」という言説について、岡野原氏は「楽観視しすぎている」と警鐘を鳴らす。AIは創造的な作業が苦手なわけではない。むしろ、過去の常識や業界の固定観念にとらわれないという点において、人間には思いつかないような創薬の分子構造を設計したり、定石を覆すような着想を提示したりすることが極めて得意である。人間が恐怖やためらいを覚えるような未知の領域に踏み込める創造性を、AIはすでに示し始めている。

また、肉体を使うブルーカラーの仕事が安全であるという見方に対しても、ロボティクスとAIを融合させた「フィジカルAI」の進展があるため、一概に安泰とは言えない。

不確実性が極めて高い未来において、最後まで人間に残り続ける役割として岡野原氏が挙げるのは、以下の領域である。

  1. 何を優先するかという価値判断
  2. 不可逆な決定の引き受け
  3. 長期的な関係の設計

単一の評価関数(たとえば資本効率や利益の最大化など)が定まっている問題であれば、AIが最適な解を導き出すことができる。しかし、実際の人間社会や企業経営においては、目的関数そのものが多岐にわたり、トレードオフや制約条件も人や環境によって異なる。何を目指し、何を優先するのかという前提条件(ポリシー)を定める作業は、正解が存在しないためアルゴリズムでは完結しない。

人間関係の構築や長期的な関係の設計も同様である。どの企業で働くか、誰と協働するか、どのような社会関係を結ぶかといった選択には唯一の正解がなく、ダイナミックに変化し続ける。AIは自己理解や他者理解を深め、自身にかかっているバイアスに気づかせるツールとしては極めて有用だが、その関係性の中で何を選択し、どう生きていくかという「意味の探求」は、人間に固有の営みとして残り続ける。

今後10年のスパンで見れば、現時点では誰も想像していないような新しい職種が生まれ、労働人口の3割から5割がそうした仕事に就いている可能性は十分にある。AI時代において人間が価値を発揮し続けるためには、知識の獲得を放棄するのではなく、AIの出力を批判的に吟味できる知見を備え、他者と複雑でやっかいな議論を重ねながら合意を形成していく能力が、これまで以上に強く求められている。