【読書台は絶対いる】文芸評論家・三宅香帆の「One Has To Go」/1つ消すなら?「新書・文庫本・単行本・電子書籍」/深夜の漫画は“魔の誘惑”/「壁中が本棚」“三宅流”本の整理術

YouTubeで開く ↗
概要

海外のSNSで話題となった「One Has To Go」(提示された4つの選択肢の中から、人生から1つ消すとしたらどれを選ぶかを決めるゲーム)を題材に、文芸評論家の三宅香帆と「TBS CROSS DIG with Bloomberg」チーフコンテンツオフィサーの竹下隆一郎が、読書にまつわる道具や本の形態について議論を交わした。書評番組『Page Turners』の特別編として行われたこの対談では、文房具の使い分けから自宅での本の保管・整理の実態、そして新書や単行本が持つ固有の役割に至るまで、読書家ならではの実践的な見解が明かされた。

見出し付き・読了8分

ウォーミングアップ:おやつに見る選択の基準

本題に入る前の練習として取り上げられたのは、三宅の好物として知られる「さけるチーズ」のフレーバー(プレーン、コンソメ、とうがらし、ローストガーリック)だった。この4択に対し、竹下は「プレーン」、三宅は「とうがらし」をそれぞれ消す対象として挙げた。

竹下は、とうがらしなどの味付きであっても、極限まで細く裂いて食べていくうちに感覚としてプレーンに近づいていくという持論を展開し、基本形をあえて消す選択を提示した。これに対して三宅は、プレーンこそがどのコンビニエンスストアにも置かれている最も重要な基盤であると反論した。

さらに三宅は、自身はさけるチーズを一度も裂いたことがなく、そのままかじって食べていると明かした。細かく裂きながらでは読書が進まないため、本を読みながら片手で手軽に摂取できるサイズ感や溶けにくさこそが利点であると語り、日常の些細な行動にも読書を中心とした生活様式が反映されていることが示された。


文房具の取捨選択:なぜ「本のカバー」は不要なのか

本格的な問いとして提示されたのが、読書に関連する文房具である「ふせん」「しおり」「本のカバー」「読書スタンド」の4つである。人生から永久に1つ消すとしたらどれかという問いに対し、両者は揃って「本のカバー」を選択した。

竹下はカバーを外す理由として、書籍自体の表紙やそこから感じられる質感、タイトル文字の迫力などを直に楽しみたいという嗜好を挙げた。岩波新書のような定型フォーマットであっても表紙そのものに魅力を感じるため、書店での紙カバーは辞退していると述べた。

一方の三宅は、本を1冊ずつ丁寧に保護することに執着しない自身の性格を理由に挙げた。カバーを付けずに本を日常的に扱うため、読書体験においてカバーが失われても実害が最も少ないと判断した。

他の道具について、2人は代替できない明確な理由を語り合った。

  • ふせん:三宅にとっては執筆や引用の準備に直結する道具であり、面白いと感じた箇所を軽く折る「ドッグイヤー」と、真に重要な引用箇所に貼る「ふせん」を明確に使い分けている。竹下にとってもメモを書き留めるために不可欠であり、かつては重要度や用途に応じて色分けを試みたものの、最終的には分類が複雑化しすぎたという試行錯誤を明かした。
  • しおり:読みかけの位置を確定させるために必須であり、旅先で購入したもののほか、航空券の半券やレシート、カフェの紙ナプキンをそのまま挟むなど、柔軟に利用されている。

終わらない「理想の読書スタンド」探しの旅

文房具の議論の中で両者が特に強い熱量を示したのが「読書スタンド(読書台)」の存在である。2人とも「読書スタンドを消すわけにはいかない」という点で完全に一致した。

三宅は、読書スタンドを「人生を通じて理想の1台を探し続けている途中の道具」と位置付けた。購入した当初は完成形だと思えても、使い続けるうちに細かな違和感が生じ、未だに生涯の決定版に出会えていないと語る。机に向かって本を読む時間が長いため、首や肩への負担を軽減し、目線を適切な位置に保つための角度調整が可能なスタンドを現在も探し求めている。

竹下もこの意見に同調し、パソコン作業をしながら横に本を置いて参照する場面(ダブルスクリーン環境の横に置く形)で、理想的な設置ができるスタンドが見つからない現状を吐露した。視聴者に対してもおすすめの製品の情報を募るなど、読書環境の最適化における共通の課題として読書スタンドの重要性が強調された。


本棚と部屋の境界線:2人の本の整理術

本のカバーを不要とした文脈から、話題は両者の自宅における本の保管と整理の方法へと展開した。

三宅の自宅では、壁面全体に本棚が設置されているだけでなく、部屋の間仕切りとして背板のない(両側から本を出し入れできる)本棚を室内に配置しているという。分野ごとに棚を割り振り、社会学や文庫本といったジャンル別の分類を試みているものの、購入量が棚の許容量を上回り、ジャンルから溢れ出た本が平積みになっていくことへの葛藤を明かした。所有冊数については、数えること自体に恐怖を覚えるほどの規模に達していると話す。

対する竹下の保管状況はさらに過密であり、家中のあらゆる部屋に本が置かれている。就寝するベッドの脇に新書や単行本が積まれているほか、ダイニングテーブル、ソファの座面、テレビの画面前まで本が占拠している状態である。テレビが見えなくなるほどの配置でありながら、どの本のどのタイトルがどの山の何冊目にあるかは完全に記憶しているという。かつてラベルライターを使って「次の時代を考える本」といった独自分類で棚を構築しようとしたが、過去の歴史書が混入するなどして早々に運用が破綻した経験を振り返った。

こうした増殖し続ける本の置き場問題の解決策として、有志でお金を出し合い、山奥に共同の書庫を建てて車で本を預けに行くような場所を作りたいという構想について、両者は深い共感を示した。


本の形態を巡る葛藤:文庫本か、電子書籍か

最後の問いとして提示されたのは、本の形態である「新書」「文庫本」「単行本」「電子書籍」の4択だった。

三宅は熟考の末に「文庫本」を選択した。文庫本化される作品の多くは元をたどれば単行本として刊行されたものであるため、単行本さえ残っていれば読めるテキストそのものは減らないという論理的な帰結による選択だった。

これに対し竹下は、文庫本には単行本にはない書き下ろしの「文庫版あとがき」や解説が収録されており、そこに独自の価値があると反論し、自身は当初「電子書籍」を消す対象として挙げていた。

しかし議論が進むにつれ、電子書籍の利便性についても見直された。

  • 全文検索の機能:三宅は、紙の書籍をすでに所有しているにもかかわらず、執筆時に特定の記述や引用箇所を素早く特定するために同じ本を電子書籍で再購入することがあると説明した。竹下も、読書中には読み流してしまうような有名なフレーズを後から探す際に、検索機能が極めて有用であると同意した。
  • 即時性と深夜の誘惑:出張先で勧められた本をその場で読む用途や、深夜に漫画を全巻まとめ買いする際の心理的ハードルの低さなど、電子書籍が生活に入り込んでいる実態が語られた。

一方、紙の単行本については、装幀の美しさや造本へのこだわり、本棚に並んだ際の迫力など、1つの完成されたアート作品としての側面があるため手放せないという見解で一致した。


時代の空気を切り取る「新書」というメディア

4つの形態の中で、両者が特に高い評価を与えたのが「新書」であった。

竹下は新書を「現代のYahoo!ニュースのような存在」と形容した。海外出張から帰国した官僚が短時間で書店の新書コーナーを巡り、日本の現状や空気感を把握して再び海外へ向かう姿を目撃したエピソードを引き合いに出し、新書棚を見れば今社会で何が起きているかが一目で分かると述べた。

三宅もこの見解を支持し、世間で話題のテレビドラマが始まればそれに関連した新書が刊行され、最新のニュースや人工知能(AI)などの技術動向も専門家によって迅速に新書化される点を指摘した。新書のレーベル各社が発信する刊行予定情報を追うだけでも時代の変化を定点観測できるとし、専門性と大衆性を兼ね備えたジャーナリスティックな媒体としての新書の価値を強調した。

好きな新書レーベルの話題では、竹下が「2つに割った饅頭のどちらが美味しいかを問うようなもので、岩波新書も中公新書も甲乙つけがたい」と例え、三宅は初心者にも薦めやすいレーベルとして『ちくまプリマー新書』や『岩波ジュニア新書』、学術的な広がりを持つ『ちくま学芸文庫』『ちくま新書』を挙げた。

最終的に両者は、どの選択肢もそれぞれの役割と固有の魅力を持っており、人生から完全に消滅させてよいものなど存在しないという結論に至った。


終わりに:後楽園ホールでの公開収録へ

番組の最後には、今後の展開として2026年11月12日に格闘技の聖地として知られる「後楽園ホール」にて、公開収録イベント『TOKYO BOOKFIGHT in 後楽園ホール』が開催されることが告知された。当日は公開収録に加え、本にまつわる多彩な企画が予定されており、座席整理券の配布方法など詳細情報は概要欄を通じて案内される。両者は、読書スタンドの推薦情報の募集や、今後取り上げたいテーマ(好きな書店など)への意欲を示しつつ対談を締めくくった。