【高橋弘樹vs経済学者】仕事は体に悪い?科学が示す残酷な現実とは?【ReHacQvs佐藤豪竜】
ReHacQ−リハック−【公式】長時間労働は美徳なのか、それとも健康を害するだけの行為なのか。慶應義塾大学専任講師の佐藤豪竜は、労働時間、出世、職場のストレス構造、リモートワークが心身や生産性に与える影響について、実証データに基づいた知見を提示する。やりがいや個人のモチベーションといった主観的な感覚の裏で、身体やメンタルには客観的な負荷が蓄積しているという研究結果をもとに、働き方の選択におけるトレードオフを検証する。
労働と健康のトレードオフ:週48時間の境界線
佐藤は、労働時間の増加が健康リスクを直接的に高める実態を指摘する。残業時間が1時間増えるごとに脳卒中などの疾患リスクは上昇し、メンタルヘルスのスコアも労働時間に比例して悪化していく。本人が「やりがいがある」「仕事が好きだ」と感じて働いている場合であっても、疲労や身体へのダメージは例外なく蓄積されることが日本のホワイトカラーを対象とした調査などで示されている。
その中で、健康と生産性、そしてキャリア形成の観点からひとつの基準となるのが「週48時間」という労働時間である。 イギリスの砲弾工場を対象としたクラシカルな研究では、週48時間を超えると生産量が頭打ちになり、それ以上働いても全体の生産数は上がらないことが示された。また、早稲田大学の大森秀子らによる日本のホワイトカラーを対象とした研究でも、リーマンショックによる需要減で残業時間が半減した際に生産性が向上したというデータがあり、デスクワークにおいても労働時間の抑制が生産性向上につながる傾向が確認されている。さらに、労働時間が週48時間を超えて睡眠時間が7時間を切る生活が常態化すると、心疾患や脳血管疾患のリスク、さらには死亡リスクそのものが有意に高まる。
一方で、キャリア形成の観点では相反する現象が存在する。アメリカのMBA取得者などエリート層を対象とした調査(ノースカロライナ大学のドラギチェバら)によると、週48時間までは労働時間を増やしても昇格ペースや昇給率に大きな差は見られない。しかし、週48時間を超える領域に達すると昇進確率が一気に跳ね上がり、週あたり追加で5時間働くごとに時給の伸びが年1%加速するという結果が出ている。健康面と生産性の観点からは週48時間を上限とすることが推奨される反面、組織内での出世競争を勝ち抜く上では、週48時間を超えて働けるかどうかが分岐点になるという構造的なジレンマが存在している。
金銭的な損得勘定の観点からも、長時間労働のベネフィットとコストの比較がなされている。長時間労働によって得られる増収分と、健康悪化によって生じる経済的コストを平均値で比較した場合、コストは得られる収入の約4分の1程度にとどまり、金銭面だけで見れば約4分の3の利益が手元に残る計算になる。ただし、佐藤はこの平均値の罠に警鐘を鳴らす。脳卒中などの重篤な健康被害は特定の人間に突発的に降りかかるものであり、ひとたび罹患すれば推計で約8,700万円にものぼる生涯的な負債を個人が抱えることになる。損害が現実化した際のリスクの大きさと、失われた健康は金銭では買い戻せないという不可逆性をどのように評価するかが問われている。
生存者バイアスと高齢者の就労:35カ国年金データの分析
テレビなどのメディアでは「100歳を超えても元気に働く高齢者」が取り上げられ、働くことこそが健康や長寿の秘訣であるかのように語られることが多い。しかし、佐藤自身が参加した実証研究は、この通説に「生存者バイアス」が潜んでいることを明らかにしている。元々体が丈夫で健康な人だけが働き続けることができ、持病を抱えたり体調を崩したりした人は早期に退職して統計やメディアの視界から外れているにすぎない、という構図である。
このバイアスを取り除くため、佐藤らの研究グループは世界35カ国のデータを収集し、国ごとの「公的年金の受給開始年齢の違い」を操作変数として用いた分析を行った。健康状態そのものは個人差があるが、制度として定められた年金受給開始年齢(例えばA国は70歳、B国は65歳)は本人の元々の健康状態とは無関係に決まる外生的な要因である。制度上の受給開始年齢に引きずられて就労期間が変わる点に着目し、健康状態による選抜効果を統計的に除去した。
生存者バイアスを考慮しない単純な比較では、引退した人よりも働き続けている高齢者の方が心疾患リスクが低く、認知機能も高いという結果が出る。しかし、バイアスを取り除いた分析を行うと結論は完全に逆転した。早期に引退して労働から解放された人の方が心疾患リスクは低く、認知機能の維持率も高かったのである。日本を含む各国のデータにおいてこの傾向は共通して観察されており、「引退すると急速に老け込む」という一般的な言説は、因果関係を取り違えた観察結果である可能性が高いと佐藤は説明する。
職場のストレスを決める2軸:カラセックの要求度・コントロールモデル
どのような職種が健康を害しやすいのかを整理する理論的枠組みとして、コペンハーゲン大学のロバート・カラセックが提唱した「仕事の要求度-コントロールモデル」がある。このモデルは、仕事における「要求度(プレッシャーや業務量の多さ)」と「コントロール(裁量権や決定権の大きさ)」の2軸によって、仕事を以下の4つのタイプに分類する。
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アクティブ群(高要求度 × 高コントロール)
経営者、医師、先端的なエンジニアなどが該当する。極めて多忙で業務上のプレッシャーは大きいものの、仕事の進め方や時間配分を自分で決定できる裁量権を持っている。裁量がある分、心理的なストレスは極限まで高まりにくいが、仕事にのめり込んで自身の健康管理を後回しにしてしまうリスクを抱える。 -
低ストレス群(低要求度 × 高コントロール)
大学の研究者や作家、芸術家などが典型例として挙げられる。ノルマや上司からの指示といった外部からの要求度が比較的低く、自分の関心に基づき裁量を持って進められるため、心理的ストレスが最も低い。 -
パッシブ群(低要求度 × 低コントロール)
会社の受付や警備員、建物の管理人などが挙げられる。業務の進め方における裁量は小さいものの、過度なノルマや高い目標を課されることが少ないため、受け身でこなすことができる。 -
高ストレス群(高要求度 × 低コントロール)
電話のオペレーター(テレアポ)や工場の流れ作業(ライン工)、そして佐藤自身の前職である国家公務員(官僚)などが該当する。厳しいノルマや時間的制約、外部からの強いプレッシャーに晒されながらも、業務の進め方や分量を自分でコントロールする余地がほとんどない。
実証研究によれば、心疾患などの健康リスクが最も高まるのは「高ストレス群」に属する労働者である。佐藤は自身の経験をもとに、国家公務員の職場環境の変化を語る。かつては裁量を持って政策立案を主導できた(アクティブ群に近かった)官僚組織が、内閣人事局の設置などを契機に官邸主導へとシフトした結果、各省庁の裁量が縮小し、国会待機や外部からの要求に応じるだけの「やらされ仕事」の比率が増大した。その結果、高要求度でありながら低裁量という高ストレス群の典型へと変質し、若手・中堅の離職増加につながっていると分析する。
日本の働き方改革が招いた歪み:中間管理職の負担と健康被害
出世して管理職になれば、業務上の裁量権(コントロール)が増し、健康リスクが低減するはずだという仮説がある。実際、イギリスの公務員を対象とした有名な研究(ホワイトホール研究)では、階級が高い管理職ほど心疾患などによる死亡率が低いことが確認されている。
しかし、日本の現状はこれと対極にある。国立健康危機管理研究機構の和田らによる30〜59歳の日本人男性を対象とした調査によると、1995年時点では日本でも管理職の死亡率が最も低かった。ところが2000年代以降、バブル崩壊後のリストラや人件費削減が進むにつれて管理職の死亡率は急激に上昇し、現在では専門職や一般職を抜いて最も高くなっている。その死亡率上昇の主たる要因は、自殺率の増加である。
佐藤はこの背景に、日本における「働き方改革」の歪んだ運用形態があると指摘する。パーソル総合研究所などの調査でも示されている通り、一般社員の残業時間を削減して「ホワイト化」をアピールする企業ほど、管理職の労働時間が増加し、メンタルヘルスを悪化させている実態がある。部下の定時退勤によって生じた業務のしわ寄せを、残業代の支給対象外とされる中間管理職が1人で抱え込んでカバーせざるを得ない構造になっている。名ばかりの管理職として裁量権が十分に与えられないまま、過密な業務量と板挟みの責任だけを押し付けられることで、心身を消耗させている。
また、出世そのものがもたらす幸福感の持続性についても疑問が投げかけられている。昇進した直後の1年間程度は仕事の満足度や主観的幸福度が上昇するものの、その後は急速に元の水準、あるいはそれ以下へと低下していくことが追跡調査で示されている。出世によって得られる心理的報酬は一時的なものにとどまり、過大な業務負荷が健康を不可逆的に損なうリスクが存在する。
リモートワークの生産性と課題:強制か自己選択か
感染症の流行以降に普及したリモートワーク(在宅勤務)の是非についても、議論が二極化している。一部の企業経営者からは「在宅勤務者はタイピング速度やログが低下しており、明らかにサボっているため出社を原則とする」といった主張がなされる一方、実証研究のアプローチは異なる結果を示している。
佐藤は、単に出社者と在宅勤務者のログを比較する手法には「選択バイアス」が生じていると指摘する。出社を好む意欲の高い層と、在宅を好む層の間にもともとモチベーションの差がある場合、その測定結果は在宅勤務という制度自体の効果を表しているとは言えない。 このバイアスを排除した実験として、スタンフォード大学のニコラス・ブルーム教授らが行った研究が挙げられる。中国の旅行予約会社において、従業員を誕生日が偶数か奇数かで無作為に「在宅勤務群」と「出社群」に分け、生産性を比較した。その結果、在宅勤務を行った群の方が生産性が高く、離職率も大幅に低下するという明確なメリットが確認された。
ただし、ブルームらの研究には重要な続きがある。一律に在宅勤務を強制するのではなく、「在宅勤務を続けるか、出社に戻るかを個人の選択に委ねた」場合に、組織全体の生産性が最も高くなった。在宅勤務には、通勤時間の削減や集中環境の確保といったメリットがある反面、孤立によるメンタルヘルスの悪化や、対面でのアピール機会の減少による昇進率の低下といったデメリットも存在する。どちらの環境が適しているかは個人の気質や業務内容によって異なるため、会社が一律に出社や在宅を強制するのではなく、裁量を持たせて選ばせることが生産性と健康の両立において鍵となる。
収入と幸福度の相関:1%未満の影響力と個人差
長時間労働を選択する最大の動機は収入の獲得であるが、佐藤は「収入が個人の主観的幸福度に与える影響は、世間で考えられているほど大きくない」と解説する。 かつてノーベル経済学賞受賞者のダニエル・カーネマンらが提唱した「年収7万5,000ドル(約800万円)で幸福度は頭打ちになる」という説は広く知られているが、最新の計量経済学や幸福度研究ではさらに詳細な分析が進んでいる。
最新の研究知見によると、年収が増加するにつれて平均値としての幸福度は緩やかに上昇し続けるものの、高所得者層になるほど幸福度の「個人差(分散)」が極めて大きくなる。十分な富を得て充実した人生を送る富裕層がいる一方で、どれだけ稼いでも目標を見失い強い虚無感を抱える富裕層も存在する。
何より特筆すべき点として、個人の幸福度の違い(ばらつき)のうち、収入の多寡によって説明できる割合は「1%未満」にすぎないというデータが示されている。幸福度を左右する要素の大半は、人間関係の質、自律性の有無、心身の健康状態といった非金銭的な要因で占められており、健康を犠牲にしてまで追加的な収入を求めて長時間労働に身を投じる行為は、幸福追求の観点からは極めて非効率な選択になり得る。
労働時間と健康、昇進とメンタル負荷、出社と在宅の選択など、あらゆる働き方の背後には明確なトレードオフが存在する。佐藤は、提示された科学的エビデンスを画一的な正解として押し付けるのではなく、各人が自らの健康リスク、キャリア志向、幸福の基準を天秤にかけ、自身の働き方を主体的に選択するための判断材料として捉えるべきだと論じている。
