「現場で答え合わせができる」 GENSEN HD橋本啓太副社長が語る、チェーンストア理論と宿ごとの裁量の間
テレ東BIZ ダイジェスト湯快リゾートと大江戸温泉物語を傘下に持つGENSEN HDの副社長、橋本啓太氏へのインタビューである。話題の中心は、橋本氏が大江戸温泉物語の現場で何を経験し、それが現在の経営観にどうつながっているかだ。橋本氏は、数字で判断する仕組みと、現場で客の反応を見ながら時間をかけて宿を形づくる経験の両方が必要だと考えている。インタビューの冒頭で橋本氏は、どちらか一方だけでは本当の意味で旅館業を担うのは難しいと述べた。そのうえで「その時一瞬収益を上げる」だけなら誰にでもできるが、長く続けることは誰にでもできるわけではない、とも語っている。
家業の宿で育った長野時代
橋本氏は長野県出身で、25歳ごろまで長野で暮らした。実家は両親が宿泊業を営んでおり、子どもの頃は家の手伝いをしていた記憶が多いという。ただ本人は、規模が小さかったので「経営」と呼べるものではなく、普通に手伝っていただけだと話す。
実家があったのは観光地の白馬村である。雪国なので冬はスキー、短い夏は野球をして、家の中より外で遊ぶことが多かった。周りの地元の子どもたちもみな同じだったという。観光客が日常的に訪れる土地で育ったため、「こういう人がお客さんなんだ」という感覚は肌で知っていた。家で働くことは当たり前だったので、特に何かを意識することもなく25歳まで過ごした。
ユニクロを目指してカナダへ、そして大江戸温泉物語に入社
25歳で進路を考えたとき、橋本氏が目指したのは宿泊業ではなかった。当時ユニクロがイギリスやロシアに出店しており、最初はうまくいかなかったものの、グローバルに展開する日本企業があることに惹かれたという。ユニクロの服が好きだったこと、柳井社長の「一勝九敗」のような考え方に触れて、商売をここまで考え抜いている経営者がいるのかと感じたことも理由に挙げている。
海外で働くなら英語が必要だと考え、英語を話せなかった橋本氏はカナダに渡った。語学学校に通い、半年ほどで帰国するつもりだったが、結局カナダのカフェチェーンで3年間働いた。
帰国後、テレビ東京の特別番組で、星野リゾートと大江戸温泉物語が旅館の再生事業に取り組む様子を見て、面白い会社があると思った。両社の面接を受け、当時の大江戸温泉物語の社長が豪快で面白い人物で、一緒に働くと面白そうだと感じて入社を決めたという。旅館業を目指していたわけではなかった、と本人は話している。
現場からマーケティング、そして副社長へ
入社後は現場のオペレーションから始めた。レストランのマネージャー、宿の支配人、エリア内の宿を束ねる統括部長を務めた。その後、旅館業にもマーケティングの考え方が入ってきた。レベニューマネジメント、広告宣伝、商品開発など、いわゆる4Pの要素を取り入れようという流れの中で、社内にマーケティング部署ができた。橋本氏は宿の運営から各宿のマーケティングを担う部署に移り、マーケティング本部長を務めた。現在は副社長として、会社の成長を担う新店開発や既存施設のリニューアルを手がけている。
「365日同一料金」の後に来たチェーンストア理論
橋本氏の入社は2007年ごろだという。大江戸温泉物語が旅館事業に着手してから2年ほど後の時期にあたる。
橋本氏によると、事業の初期にはまだチェーンストアの仕組みはなかった。売却された旅館物件をオーナーが買い取り、それを365日同一料金で安く販売していた。もともと1泊2食2万5000円ほどだった旅館を1人6800円で売る形はすでに始まっていた。しかしオペレーションが整っておらず効率的でないため、収益は出なかったという。
そこで当時の社長が、旅館をチェーンストア理論で効率的に運営する方針を打ち出した。橋本氏は、チェーンストア理論にもとづくオペレーションは「思いつき」でやってはいけないものだと説明する。まず客が何を求めているか、何が必要で何が不要かを切り分ける。そのうえで、必要な業務をどんな作業手順、どんな人員配置、どんな道具(橋本氏は「ジグ」と呼ぶ)で行えば効率的に回せるかを突き詰めていく。社長がその方針のもとでマニュアルを作り、マニュアル通りに運営して本当に効率的なのかを検証し始めた時期に、橋本氏は入社した。
橋本氏はこの環境を「ちょうどいい」ものだったと振り返る。目標も目的もなくがむしゃらに働くのではなく、チェーンストア理論で旅館を運営するという明確な目的の中でがむしゃらに働けたからだ。また、出来上がった仕組みに入るのではなく、仕組みを自分たちで作っていく立場だったため、「本当にこれでいいのか」「もっと効率化できないか」を常に考えたという。
同社が大切にしている「リーズナブル」という言葉について、橋本氏は「理由があってこうしている」という意味だと説明する。従業員に対しても、客に対しても、資本を出している資本家に対しても、こういう理由があるからこうしていると説明できること。それを考えながら働けたことが良い経験だったと話している。料金が先に決まり、それでは収益が出ないためにチェーンストア理論のオペレーションが入り、収益が出るようになっていく。その段階に立ち会えたので仕事を楽しめた、というのが本人の振り返りである。
現場が好きな理由は「毎日の答え合わせ」
現場が好きだと聞いている、という問いに、橋本氏は「現場は1番いい」と即答した。理由は客の反応が見られるからだという。この商売は客のためにあり、自分が作った宿という空間を客が喜んでくれるか、楽しんでくれるかを毎日「答え合わせ」できる。これほどやりがいのあることはない、と橋本氏は語る。自分がやった仕事を、楽しんでもらうべき人に楽しんでもらえることが一番だという。
1月の平日を満室にした「レオマの森」での経験
これまでで最も心を動かされた仕事として、橋本氏は四国にある遊園地付属のホテル「レオマの森」での経験を挙げた。1月は客が来ない月で、特に平日は客が入らない。その1月の平日が連日満室になっていくのを体験したという。
満室は簡単に実現したわけではない。カニ食べ放題を企画し、関西や広島、岡山から直行バスを出して遠方から客を呼んだ。カニ食べ放題もバスも無料にした。こうして大勢来てくれた客をスタッフ全員で出迎え、満足して帰ってもらう。それを連日やりきったことに大きな達成感があり、この仕事をやってよかったと思ったという。営業が終わると涙が出る日が続いた、と橋本氏は話している。
宿ごとの独自路線から本社への集約へ
当時は、こうした施策を支配人が自分で考えて実行していた。現在は本社がマーケティング機能を持っているが、当時は各宿の支配人が「一国一城の主」として商売のすべてを担っていた。商品開発、価格と販売方法、広告宣伝、実際のオペレーションをすべて店舗で決めていたので、当時の社員にはやりがいがあっただろう、と橋本氏は言う。
チェーンストアなのに宿ごとに独自にやっていたのか、という問いに対し、橋本氏は段階を分けて説明した。オペレーションはチェーンストア化されていたが、マーケティングはまだ店舗にあった。そもそも当時の社内には「マーケティング」という言葉すらなく、客が喜ぶからこういう商品がいい、と普通に商売をしていた。後からマーケティングという概念が入ってきて、自分たちがやっていたことをそう呼ぶのだと知った、という。その後、本社にマーケティング部署ができ、多数の宿を本社が統制してチェーンとして扱う段階に移った。
整理すると、まず料金が決まり、収益を出すためにチェーンストア理論のオペレーションが入り、さらに各宿が担っていた商品開発や価格設定を本社のマーケティングに集約した、という流れである。橋本氏は、支配人時代に施策を打って結果を出した経験が、後のマーケティング本部長の仕事につながったと認める。何が客に支持され、何が支持されないかを肌で分かることが自分の経験値だという。
集約が必要になった理由:宿同士の客の奪い合い
なぜ中央集約に移ったのかについて、橋本氏はうまくいかない面があったからだと説明する。各宿がそれぞれマーケティングをすると、同じ1人の客を宿同士で引っ張り合うことになる。例えば、あちらがカニ食べ放題をやるならこちらは別の食べ放題で対抗する。しかし客はどちらか一方にしか行かない。その結果、客1人あたりの変動コストが上がっていく。客が来ないなら値引きしようと1000円下げ、相手も1000円下げる。売上は下がりコストは上がるのに、客の数は変わらない。
それぞれは良かれと思って一生懸命やっているが、同じ会社として商売をするうえでは不合理が生じる。そこで本社が、この宿はこの商品をこのコストでこの価格で販売する、と整理する機能が必然的に必要になった、と橋本氏は語る。インタビュアーの「施設数が増えるにつれて全体を俯瞰して最適化する必要が出てきた」というまとめにも同意している。
順序が逆なら感動は生まれたか
一方で橋本氏は、最初から集約していたら商売はうまくいかなかったと思う、とも述べる。まず、各宿の人が「自分の宿はこういう宿で、こう作ったので楽しんでほしい」と思える状態があったことが重要だったという見方だ。
順序が逆の場合、つまり宿の作り方、運営方法、価格をすべて本社から与えられ、その中で支配人や社員、パートが運営したとき、本当に客が感動する宿になるのか。橋本氏はそこに疑問が残ると話す。自分が支配人として心の底から毎日涙が出るような感動を覚えたが、すべてを与えられた人が同じような宿を作れるかというと「ちょっと違うんじゃないか」というのが橋本氏の考えだ。ただし本人は、順序が逆だった場合どうなるかは分からない、とも断っている。
今後の課題:集約と現場の裁量のバランス
では、もっと良いやり方はあるのか。橋本氏は、本社で中央集権的に決めていることを、支配人や宿の運営に携わる人たちが自分で作り、マーケティングしていくことが必要だと考えている。ただし全部を現場に戻すわけではない。ちょうどいいバランスがあるはずで、それを今後模索していくことが重要だと語る。
同社の方針は「リーズナブルなプライス」と「ローカライズ」だという。ローカライズされた商品をリーズナブルな価格で販売する。ここでの「リーズナブル」は、安ければいいという意味ではない。客の満足を損なわず、ちゃんと理由があって安いということだ。そしてローカライズを実現するには、橋本氏自身が経験してきたように、宿の商品やサービスを現場が自分で考えて作っていく要素が必要だ。インタビューは、本社による統制と現場の裁量の最適な配分はまだ模索中だ、という橋本氏の認識で締めくくられている。
数字で判断される世界と、お客様の意見とか、本当の真実っていうところを自分の中で時間をかけて醸成をして、肉付けをしてくる。この2つ、両極端いると思うんですよね。両方がないと本当の旅館業の担い手になっていくっていうのは難しいんじゃないかなっていうか、私はそういう経験してきたので、両方あった方がいいんじゃないかなとは思ってます。
その時一瞬収益を上げる、もうあとは知らない。これはね、誰でもできると思うんですよね。長くやるっていうのが誰もができないことだと思います。
まずご出身どちらに?
出身は長野県です。
長野の方に。
はい。
長野では、どのくらいまでいらっしゃるんですか?
長野は25かな、だと思います。25かな、ぐらいだと思います。ちょっと定かじゃないです。
どんなお子さんだったというか、どんな少年時代過ごされた?
少年時代、どんなん。そうですね。家業で宿泊業やってたので、家の手伝いをしてたっていう記憶が多いですね。
家業として。
そうです。家が、両親が会社の保養所やってたので、それで宿泊業をやってました。
そうなんですね。
その手伝いを小さい頃からやってたっていう。
なるほど。じゃあ、小さい頃から旅館経営みたいなのはすごい身近にあったと。
はい。そうですね。旅館経営というか、民宿、宿泊業をやってたっていう。経営なんてそんなちっちゃいんでね、経営をしてるなんては思わないけども、普通にお手伝いをしていたっていう記憶ですね。
あとは長野県の雪国だったんで、雪と、例えば冬はスキーとか。短い夏の期間は野球をやったりとか、自然の中で、家の中で遊ぶっていうよりも外で遊ぶっていうような。みんな周りにいる、その地元に住んでいる子供たちはみんなそうなので、外で遊んでた記憶がありますかね。
自然に囲まれて、じゃあ家も旅館だし、スキーとかそういう観光的な部分にも結構近い部分。
そうですね。長野県の白馬村っていう観光地だったので、観光に来るお客様は、こういう人がお客さんなんだなっていうのは肌身で感じることはありますよね。だから、ちょっと一種違う若者が、私が小さい頃は来てましたよね。
もう家で働くのは当たり前だったんで、特に何も思わずに25まで来て。で、何をしようかなって思った時に、そん時は宿泊業じゃなかったですね。
当時はユニクロがちょうどイギリスとかロシアに出店して、最初はうまくいかなかったんですけども、出店して、こういうグローバルな企業があるんだなっていう風に思ったし、ユニクロの洋服いいなとか、あと柳井社長の『一勝九敗』みたいな本を見て、こんな素晴らしい経営者がいるのかみたいな。その時はそんな言葉も知らないので、こういうすごい商売をこうやって考えてやってる人がいるんだなっていう風に思ってですね。
ユニクロ入ろうかなという風に思って、そっからはもう、ユニクロ行った時にですね、これから海外で仕事するんだったら英語が必要だからっていう話で、英語を喋れなかったんでカナダに行ったんですけどね。カナダで語学学校行って、英語身につけて、半年ぐらいで帰ってこようって思ったんですけど、カナダで3年間働いて、カフェチェーンで働いてたんですけども、カフェチェーンで働いて、ちょうど帰ってきたと。
日本帰ってきたら、ちょうど大江戸温泉物語、日曜かな。ちょうど御社のテレ東の、日曜スペシャルってありましたかね。星野リゾートと大江戸温泉物語で旅館を再生する、再生旅館業みたいなのやっててですね。これは面白い会社があるなと思って、両方面接していただいてですね。
大江戸ね、当時、ひやっていう、素晴らしい面白い豪腕の社長が、この人と一緒に働くと面白そうだなと思って、入ったっていう形です。だから、旅館業を目指してましたみたいなのはないんです。
なるほど。実際その大江戸の方に入られたわけです。大江戸温泉では、今までもどういった仕事されてきたとか。
大江戸温泉ですか。普通に現場のオペレーション、レストランでマネージャーをやったりとか、その宿の支配人をやったりとか、あとはエリアの各宿を統括してまとめるような統括の部長をやったりとか。
あとその後はですね、旅館業界、旅館という商売にマーケティングが登場してきてですね。レベニューマネジメントとか、広告宣伝とか、あとはプロダクト開発みたいな、マーケティングでよく言う4Pの要素みたいなところを取り入れましょうみたいなところがあってですね。なのでマーケティング部署っていうのができたんですよね。
できて、マーケティングの部署に、旅館を運営するっていうところから、各宿のマーケティングをするっていう部署に異動して、マーケティング本部長をやってました。その後は今の業務ですね。副社長として会社の成長を担っていく新店開発とか、既存のリニューアルっていうのをやってるっていう、そういう流れですね。
やっぱり最初は現場でとことん経験を積まれてっていう期間があるってことです。
そうですね。やっぱりチェーンストア理論。当時の社長が旅館業をチェーンストア理論で効率的に運営をしていくという仕組みを取り入れてですね。そのチェーンストア理論でオペレーションやるっていうのは、思いつきじゃだめなんですよね。
業務の、しっかりお客様が何を求めていて、何が必要で何が不要なのかみたいな、こういう切り分けをして。必要なことをどういう風な作業手順、どういうような人の配置で、どういうような治具って言いますけど、物ですね、ツールがあれば効率的に運営ができるのかみたいなところを突き詰めて、当時考えましょうというところで社長がそういう方針出してマニュアルを策定して。そのマニュアルの通りオペレーションやると本当に効率的なのかっていうところが、ちょうど検証が始まった時に入社したので。
ただ、目標とか目的がなくがむしゃらに働くっていう形ではなくて、そのチェーンストア理論で旅館をやっていくっていうような、ある意味目的がしっかりした中でがむしゃらに働いて、そういうのがちょうどいい環境だったかなっていう風に思いますね。
その作っていくっていうところが。作られたものじゃなくて、作られた中に入るんじゃなくて、作っていくっていうところは常にやっぱり考えますよね。これって本当これでいいんだろうかみたいな。もっと効率化できないかとかっていうのはやっぱり考えますよね。それは本当、商売をやる上で非常に重要ですよね。
よく言うリーズナブル、我々が言ってるリーズナブル、理由があってこうしてるっていう。それは対従業員とか、対お客様とか、我々に資本をいただいてる対資本家に対して、こういう理由があるからこうしてるんですっていうようなところが、やっぱり当時考えながらがむしゃらに働けたっていうのは、とてもいい環境だったかなと思います。
ちなみに何年になる?
入社ですか?
はい。
2007年じゃないかな。ちょっと、2007年、ちょっと待って。
ちょうどじゃあ大江戸が旅館に着手し始めたぐらいの時期です。
そうですね。着手して2年後ぐらいじゃないですかね。最初はだって、そのチェーンストアはないですからね。民間に売却した物件をオーナーが買って、それを365日同一料金で安く販売するみたいなところはやってて。オペレーション整ってないから、やっぱり儲かんないですよね。収益が出ない。効率的じゃないから。っていうのが最初ですかね。
ちょうど私はそれがスタートして2年後で、こっからはしっかりと、その時社長でいられた、その根布谷さんっていう、根布谷社長っていう方の、そのチェーンストア理論っていうのが始まってですね。元々もう1泊2万5000円とかの1泊2食の旅館っていうのは、その時すでに365日同一料金、1人6800円だっていう話はもうスタートしてたんですよね。でもそれだけだと収益が出ないので、そこがチェーンストア理論が入ってきて収益が出るようになっていくっていうところの段階に入れたので、仕事も楽しめたなと思います。
やっぱり現場はお好きだという風に聞いてる。
そうですね。現場は一番いいですよね。
それはどういった理由があって、現場が好きなんでしょう?
それはお客様の反応が見れるからですね。我々のこの商売っていうのはお客様のためにありますけども、お客様が喜ぶかどうか、自分が作ったこの宿っていう空間をお客様に喜んでもらえるか、楽しんでもらえるかっていうのが、毎日答え合わせができますから、これほどやりがいのあることはないですよね。
なるほど。やっぱりその、直に見られるのは現場の特権というか。
それはそうですね。やっぱり自分がやった仕事を、楽しんでもらうべき人に楽しんでもらうっていうのが一番いいですよね。
この仕事が今まで一番楽しかったとか、そういう仕事ってありますか?
楽しいというか、一番本当に涙が出るぐらい喜びを感じたのはですね、レオマの森っていう四国にあるホテルがあるんですけども、遊園地が付属してるホテルなんですけども。そこで1月、1月ってお客さん来ない月なんですよね。1月に平日ってお客さん来ないんですけど、1月の平日が連日満室になっていくっていうのを体験したんですよね。これはものすごい、やっぱり喜びにめちゃ溢れますよね。
それは簡単になったわけじゃなくて、カニ食べ放題をやったりとか、あと直行バスを関西とか、広島とか岡山から出して、お客様に遠方から来ていただいたりとか。それを無料でやってですね、カニ食べ放題もバスも無料でやってお客様来ていただいて。その多く来ていただいたお客様をスタッフみんなでお出迎えして、満足して帰っていただくっていうところを、やっぱり連日やりきれたっていうのはすごい達成感があって、この仕事やってよかったなっていう風に思いましたかね。その時は普通に営業が終わって涙が出る感じですかね、連日。
まさにそういうカニ食べ放題とか、いろんな施策を打ってっていうのを、ご自身で発信とか考えてやられた。
当時はそうですね。ちょっと今はだいぶ違うんですけどね。本社でマーケティング機能持ってますけれども、当時は各宿の支配人が一国一城の主として、商売の全て。だから商品のプロダクト開発もするし、それをいくらで、どういう風に売るのか、それをどういう風な広告宣伝でお客さんに知ってもらうのか、実際どういう風にオペレーションするのかっていうのは全部店舗で決めてたので、そこは当時の社員はみんなやりがいがあったと思いますね。
だから、チェーンストア的に展開していたとはいえ、結構それぞれが独自にいろいろやってたっていう。
そうです。オペレーションはチェーンストアですね、そん時は。ただ、マーケティングはまだ店舗にあったんですよ。先ほどその本社で、その時マーケティングなんていう言葉もないです、当社には。普通にお客さん、これが喜ぶからこういう商品がいいよなみたいなね、普通にやってて。それを後でマーケティングというものがもたらされて、これをマーケティングって呼ぶんだみたいになって、一生懸命商売やってたってそういうことですよね。
だからそれが後で本社でマーケティング部署っていうのができて、マーケティングとはこういうもので、これは今後本社でやっていくっていう風になってですね。それがまたチェーンストアですよね。たくさんある宿を、ここはこういう風な商品でっていうので、本社で統制をかけていくっていうような、チェーンとして扱っていくっていう風になったのがまたそれ以降ですね。段階がありますね。
料金が先に決まって、それじゃ収益出ないからチェーンストア理論のオペレーションが入ってきて。その後、商品開発とか販売価格の設定とか各宿がやってたけれども、それよりももっと本社でマーケティングやった方がいいから、本社でマーケティングやってっていう、段階的にこういう風に進んでいったって感じですか。
だんだん、だからここが中央に集約されて。実際そこの間で橋本さんがいろいろ打って結果出したっていうのは、後のマーケティング本部長っていう仕事に繋がってきてる。
繋がりますね。やっぱり肌で分かりますよね。何がお客様に支持されて、何が支持されないのかっていうのは分かるんで。そこの経験値があるっていうところだと思います。
館ごとにいろいろやっていくっていうのも、すごくその館の個性とかは出ると思うんですけども、そこから中央に集約されるやり方にシフトしていったのは、すいません、どういう理由なのかってちょっと。
そうですね。やっぱりうまくいかないところもあるんですよね。みんながそれぞれ自分たちでマーケティング活動してると、やっぱり1人のお客様を各宿で引っ張り合うんだけれども、例えばコストをかけすぎ。例えば食事の、あっちがカニ食べ放題やるなら、こっちは松茸食べ放題だと。でも結局お客様はどっちかにしか行かないと。やっぱりお客様1人当たりの変動コストがどんどん上がっていっちゃうとかですね。
じゃあお客様は来ないから値段を引こうと。じゃあ1000円値引きしよう、こっちも1000円値引きしてやろうみたいな。するとまた売上が下がってコストが上がる。売上が下がる。でもお客様の数は変わらないっていう、やっぱり負が生じてくるんですよね。それはお互いよかれと思って一生懸命やってるんだけれども、同じ会社で商売をやる上では、それではうまくいかないことがやっぱり出てくるので。
じゃあこれを解決するには、本社で統制をかけて、この宿はこの商品で、このコストで、この価格で販売してくださいっていう風に、整理をしていくという機能が必然と必要に、って感じですね。ただ最初からそれだと商売うまくいかないと思いますよ。みんなが本当に、自分の宿はこういう宿で、こういう宿を作ったのでお客さんに楽しんでほしいという風な状態があって、そういう状態だと思うんですよね。
そうですよ。だから館数が増えていくにつれて、やっぱりその全体を俯瞰して最適化するのが必要になってた。
そうです。その順序が逆だとどうなのかは分からないです。例えば何もなくて、この宿はこうしてくださいねっていうような、もう全ての、こういう風な宿を作って、こういう風にオペレーションして、この価格で売ってくださいねって与えられたものがあってですね。与えられたものの中で、そこに支配人だったりとかマネージャーとか、社員さんとかパートさんがいて、その宿っていうのを運営していった時に、それが本当にお客様に感動していただけるものになるのかっていうのは、ちょっと疑問は残りますけどね。
本当に、私が支配人やってて、心の底から毎日涙が出てくるような、そういう感動を覚えられる宿、やってる人がそういう宿を作れるのかっていうと、ちょっと違うんじゃないかなっていうのは思ってますけどね。
なるほど。そこにはもうちょっといいやり方あるんじゃないかなっていうのは。
あります。やっぱり本社で全部中央集約化して、本社で決めている物事を、現場の支配人、それに携わってる、その宿の運営を形作ってる人たちが自分たちで作っていく、マーケティングしていくっていうのは必要だと思うんですよね。全部が全部じゃないです。やっぱりちょうどいいバランスっていうのはあると思うので、それを今後模索していくのが重要かなと思います。
なので当社の方針は、基本的にはリーズナブルなプライスとローカライズっていう風に言ってるんで、やっぱりローカライズされた商品をリーズナブルなプライスで販売していく。リーズナブルっていうか理由が必要なので、ちゃんと理由があって安いってことなので、お客様の満足を阻害して、安ければいいってわけじゃないので。リーズナブルプライスって、この2つが必要だと思うんですよね。
ローカライズするためには、やはり私が経験してきたように、その宿の商品だったりサービスを自分で考えて作っていくっていう要素は必要だとは思ってます。
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