難関校と最難関校を分ける「壁」は何か 中学受験塾の講師たちが語る学び方と家庭の役割
テレ東BIZ ダイジェスト中学受験で難関校には届くのに、開成や桜蔭、渋渋(渋谷教育学園渋谷)といった最難関校にはなかなか届かない。その差はどこにあるのか。番組では、算数を中心に理数教育に力を入れる「エルカミノ」の古庄歩氏、志望校別特訓を用意する「ジーニアス」の溝口恭司氏、集団塾との併用を前提にした個別指導塾「SS-1」の田畠靖大氏、個別指導塾Growyを運営するユウシン氏が、それぞれの考える「壁」をフリップに書いて説明した。4人の答えは異なる言葉を使いながらも、難問を楽しむ姿勢、自分で試行錯誤する意欲、そしてそれを支える家庭の環境という点で重なっていた。
「楽しむ」こと 難問に粘り強く向き合える子かどうか
最初に答えたユウシン氏がフリップに書いたのは「楽しむ」だった。ユウシン氏によれば、最難関校の問題は粘り強く考えることを求めるものが多く、いわば体力のいる試験である。それに対応するには、塾の授業や日頃の難問演習で粘り強く考える訓練を重ねる必要がある。
そのためには問題を楽しめなければならない、とユウシン氏は言う。「これは難しい」と感じながらも考え抜き、解き終えたときの爽快感を楽しめる子でなければ、偏差値でいえば60から70の間にある壁を越えるのは難しいのではないか、というのがユウシン氏の見立てだ。実際、最難関校に受かる子の多くは授業を楽しんでおり、難しい問題が出ても何とか食らいつこうとする意思を持っているのではないかと話した。
これを受けて司会の伊沢拓司氏は、自身の塾時代を振り返り、上のクラスの方がうるさかったと語った。ユウシン氏も、塾の一番上のクラスは賑やかで、みんな楽しんで来ているところがあったかもしれないと応じた。
「1発でインプットできるかどうか」 演習量を左右する理解の速さ
SS-1の田畠氏が挙げたのは「1発でインプットすることができるかどうか」である。田畠氏の説明では、難関校の問題は集団塾のテキストをしっかりこなせばかなり対応できるものが多い。一方、最難関校になると、作問者の意図まで読み込まなければならない問題や、かなり特殊な問題が増えていく。
そのため6年生後半の過去問演習では、1回か2回しか出てこないような問題でも「なるほど、そういうことか」と理解できれば、何度もやり直す必要はない。逆に、1つのことを身につけるのに必要なインプットの回数が多くなるほど、こなせる演習の量が減ってしまい、結果として最難関まで届かない、と田畠氏は説明する。
では理解のスピードは鍛えて上げられるのか。この問いに田畠氏は「できます」と答えた。SS-1では集団塾の授業の受け方やノートの取り方まで指導することが多く、その中で自分がどうやってインプットしているのかを言語化させ、まず自分の口で言わせることを行っているという。そうした学び方を5年生のうちに身につけておこう、という話を保護者にすることが多いと田畠氏は語った。
「教わっていなくてもやってみよう」という精神
ジーニアスの溝口氏は「教わっていなくてもやってみようという精神」を挙げた。理由は2つある。1つは、教材やパターンをとにかく大量に覚えてこなすだけでは、思考力が求められる最難関校の問題に対して限界がある点だ。もう1つは、「習っていないからできない」という言葉そのものが壁を作っていると、日々感じている点である。伊沢氏もこの言葉について、ありがちだと反応した。
溝口氏はさらに、最難関校では知識系の問題がただの知識を問うものではなく、教養に絡むような形で出題されることがあると指摘する。塾ではおそらく扱っていないが、身近なニュースなどで触れているかもしれない内容であり、そうしたものにアンテナが立っていないと、最難関校では跳ね返されてしまうのではないかという。
こうした姿勢はどうすれば育つのかと問われると、溝口氏は塾以外の場を大切にすることだと答えた。小学校生活や他の習い事にしっかり取り組んでいること、好きなものをきちんと持っていること、あるいは受験と両立しているものがあることが1つの鍵になるという。塾の中でも、習っていないものが出てきたから「できない、教えて」となるのではなく、間違えてもいいから、途中まででもいいからやってみる、できるところだけでもトライしてみるというチャレンジ精神が大切だと述べた。
家庭の会話と、親が夢中になる姿
議論は保護者の関わり方に広がった。出演者からは、最難関校に子どもを進ませるような家庭は会話のレベルが高く、子どもが疑問に思ったことを放置せず一緒に調べるなど、家庭の会話を学びにつなげているという指摘があった。
溝口氏はこれに加えて、親が子どもと一緒に何かをしなくてもよいと話した。親が何かに夢中になっている姿を見せる、それは勉強でも別のことでもよい。親は親で自分の好きなことをし、子どもも自分が夢中になれることをする。そうした場や時間の共有だけでもだいぶ変わるのではないか、というのが溝口氏の考えである。
「ボスキャラにはとりあえず魔法を打ってみる」 試行錯誤を促す声かけ
最後に答えたエルカミノの古庄氏は、すでに全部言われてしまった気がすると前置きしつつ、ユウシン氏と同じく「楽しめる子」であることを挙げた。最難関校の入試では、見たことのない問題が一定数出てくる。そこで「これは習ったことがない」と手を止めるのではなく、前にやったあの問題に似ている、あれとは少し違うかもしれない、と言いながら試行錯誤してほしいという。どのやり方が正しいのか、最終的にゴールにたどり着けるのかも分からないまま挑戦できる子は、どんどん伸びていくと古庄氏は話す。
古庄氏が子どもたちによく使うのはロールプレイングゲームのたとえだ。ボスキャラが出てきたとき、どの魔法が効くか分からないから、とりあえずひと通り打ってみてデータを取る。最初は全滅しても、もう一度挑戦すれば最後にはクリアできる。そう話すと、分かってくれる子は「なるほど」と納得してくれるが、分からない子は分からない、と古庄氏は率直に付け加えた。
古庄氏もまた、ジーニアスの溝口氏と同様に親の姿勢の重要性を強調した。子どもは本当に親を見ており、父親や母親が何かに熱中し一生懸命取り組んでいると、子どもも別のことであっても熱中し始めるという。そのうえで古庄氏が家庭に求めるのは親子の会話だ。家族全員でとはなかなかいかなくても、可能な限り一緒に食事をし、食後にニュースを見て社会問題について話したり、天気予報も降水確率だけで終わらせず少し会話を広げたりしてほしいという。そうすることで新しいことを取り入れる力、つまり田畠氏の話にあったインプットの力が磨かれていくと古庄氏は述べ、家庭での立ち位置がとても大切だと結んだ。
伊沢氏の見方 「攻略本を見たいか、書きたいか」
意見を求められた伊沢氏は、ここまでの話に通じるものとして「攻略本を見たいか、攻略本を書きたいか」の違いを挙げた。最難関校に受かった生徒を数多く見てきたが、自分で攻略本を書きたいタイプが多いという。攻略法を見て「これをやれば解けるのか、壁を越えられた、ラッキー」と考えるのではなく、どうすればこの壁を越えられるのかをまず自分で試したい。そうしたマインドを育てていくことが大事であり、子どもが新しいことに挑戦しているときは口を出さずに見守ることも重要になると、その後の生徒たちの姿を見ても思うと伊沢氏は語った。
最難関校人気の背景 「偏差値順」が崩れ、横並びに
話題は最難関校の受験人気の背景に移った。出演者の一人は、少子化で子どもの数は減っているものの受験熱は高まっており、最難関校を受けたいという生徒は増えていると説明した。大学合格実績なども踏まえ、こうした学校で我が子を学ばせたいという保護者の意向が強く働き、それが志望の多様化につながっているのではないかという見方である。
これまではトップ層の男子といえば開成や筑駒(筑波大学附属駒場)と言っていたが、渋渋に行くという子も少しずつ出てきているという。難しい学校だから最難関校だ、という序列ではなくなり、学校同士が横並びになりつつある。その状況を、この出演者は「カオスになりつつある」というイメージで語った。司会側が、ある種の偏差値絶対主義が崩れてきたという見方かと問いかけると、出演者はそれを肯定した。
続いては最難関校の合格を目指す上で気になるところを伺っていきます。難関校には手が届くのに最難関校にはなかなか手が届かない。じゃあそこの違い、壁は何なのかということを皆さんにフリップに書いていただきました。まずはユウシンさんから伺っていきます。
楽しむですね。本当に最難関の問題って非常に粘り強く考えることを求められる、そういう体力のいる試験が多いんですよね。それを日頃からトレーニングするためには、とにかく塾の授業だったりとか、その難問に対して粘り強く考えるってことが必要になってくると。そのためには、やっぱり楽しまなきゃダメなんですよね。
問題を解く時も、これ難しいんだけどなって言って、考えて考えて考えて、解き遂げた時の爽快感、そういったものを楽しめるっていうお子さんじゃないと。偏差値とかで言うと60から70、ここの壁を超えるためには、そういう子じゃないとなかなか難しいんじゃないかなと思ってます。
メンタリティなんですね。
そうですね。ほとんどやっぱり最難関に受かる子たちって、そういう授業を楽しんでますし、難しい問題があったとしても、なんとか食らいつこうっていう意思があるんじゃないかなって。逆に伊沢さんとかもそうだったんじゃないですか。
そう。上のクラスの方がうるさかったんですよ。
そうですよね。塾って盛り上がってますよね。
一番上のクラスはちょっと賑やかなんですよね。みんな楽しくて来てるってところはあったかもしれないですね。じゃあ、続いて田畠さん。
こちらです。一発でインプットすることができるかどうかを挙げさせていただきました。
大変な。
難関校と最難関校の差って何だろうって考えた時に、難関校は割と集団塾のテキストをしっかりこなすことで、かなり対応できる問題になっていることが多いです。
なるほど。数こなせばいいと。
そうなんです。一方で最難関校になると、例えば作問者の意図まで読み込まないといけないものだったりとか、かなり特殊な問題も増えてくる。
いくんですね。
力だ。
なので、過去問演習を、例えば6年生後半でやりながら、それこそ1回、2回しか出てきてないものでも、なるほど、そういうことかと理解してくれれば、何度も何度もやり直す必要はないんですが、やはり最難関を目指す上で、そのインプットの回数が多くなればなるほど、できる演習が少なくなってしまいますので、勉強が量的に最難関まで届かないと。なので、大体5年生のうちに学び方をしっかり身につけていきましょうというようなお話をすることが多いかなと。
理解のスピード感みたいなのは、鍛えることで上げていくことはできるんですかね?
できます。結構、集団塾の授業の受け方とか、ノートの取り方みたいなところまで指導することが多くて、その中でどうやって自分がインプットしているのかっていうところは言語化させて、自分の口でまず言わせるっていうようなことをこなして、5年生のうちにまず身につけさせるっていうようなことをやってますね。
なるほど。ありがとうございます。では溝口さん、お願いします。
教わっていなくてもやってみようっていう精神だと思います。
なるほど。
全ての教材とか何かパターンとかを、とにかく大量に覚えてこなしていってっていうだけだと、まず、先ほどから思考力が求められるという話が出てますけども、やはり限界値があるっていうのが1点目。あとは、習ってないからできないっていうのは、結構壁を作る一つの言葉なのかなというふうに日々感じてます。
めっちゃ言いがち、それ。
そうですね。しかも最難関校になってくると、その知識系というものがただの知識ではなくて、ちょっと教養に絡むような問題とかが出てきたりするんですよね。そうすると、塾ではおそらくやっていない、でも身近なところで触れているかもしれないような、身の回りのニュースであったりとか、そういうものに対してのアンテナが立っていないと、最難関というところになると跳ね返されてしまうのかな。そういう意味で、知的好奇心という部分もそうだと思いますけれども。
これ、どうやって育つものなんですか? この言い訳しなさというか。
塾とは絡まないところかもしれませんけれども、やっぱり塾以外の場を大切にすることだと思います。小学校であったりとか、他の習い事をしっかりやっていたりとか、あとは好きなものをきちんと持ってるとか、ないしは両立してるものがあるっていうところっていうのは、一つキーになってくるかなと思いますし。
家庭、大事ですね。
はい。ですし、塾の中でもやっぱり習ってないものが出てきたから、もうできない、教えて、ではなくて、とりあえず間違えてもいいから、途中まででもいいからやってみようとか、できるところだけはなんとかトライしてみようっていうようなチャレンジ精神というのは大切かなと思います。
保護者の関わり方、めちゃくちゃ大事なんです。
そうですよね。
会話が本当にレベル高くて、最難関に行かせるようなご家庭っていうのは。だから子供が疑問に思ったことをそのまま放置しないで、しっかりと一緒に調べてみるとか、そういうふうに学びにつなげていくっていうようなのも、家庭の会話っていうので実現できるんで、そこもやっぱりありますよね。
そうですね。親が一緒にやらなくても、親が何か夢中になってるとか、そういうものを見せる。勉強してるでもいいですけども、別のことをやっててもいいと思うんですよね。親は親で自分の好きなことをやってて、それに対して子供も自分が夢中になれるものをやってる。そういう場の共有、時間の共有でもだいぶ変わるのかなと思います。
なるほど。ありがとうございます。では古庄さん、お願いします。
全部言われてしまったような気がするんですけど。
共通してるんですね。
本当に最初のユウシンさんと同じで、本当に楽しめる子で。やはり最難関校の受験というと、見たことがないような問題というのが一定出てくる。そこで、これ習ったことないやって言って手が止まってしまわない。とりあえず、なんか前やったこの問題に似てるなとか、それとちょっと違うかなとかって言いながら、試行錯誤はやっぱりしてほしいわけですよね。どのやり方かわかんないけど、最終的にゴールに到達できるかどうかもわかんないけど、やっぱりチャレンジしてくれる子っていうのは、どんどん伸びていきますよね。
ロールプレイングゲームでよく話すんですけど、ボスキャラが出た時にどの魔法が通じるかわかんないでしょ。とりあえず一通り打ってみてデータ取るじゃん。それやればいいんだよっていう。それを最初は全滅しても、もう1回チャレンジすれば最後クリアするわけじゃんっていう。それをすると子供たちは、なるほどなというふうに分かってくれる子は分かってくれるし、分かんない子は分かんないんですけども。
あとは、ジーニアスさんからもありましたけども、親の動きというのは本当に大切で、子供って本当に親を見てるんですよね。お父さんがこうだった、お母さんがこうだった。本当になんか熱中してるとか、一生懸命やってるっていうのがあると、子供も一緒になって、別のことだけどやっぱり熱中し始める。
あとは、やはり親子の会話。できるだけ、家族全員っていうのはなかなか難しいんですけども、可能な限り食事をして、食事の後に例えばちょっとニュースを見て、社会問題、ニュースになってるものを見たり、天気で降水確率だけじゃなくて、ちょっと会話をしてみるとか、そういうようなことを親子の間でやってほしいですね。することによって、ものを覚えていく、新しいものを入れていくっていう、今のインプットって話につながってくると思うんですけども、どんどん磨かれていくと思うんですよね。家庭での立ち位置というのがとても大切なんじゃないかなと思っております。
伊沢君はどうですか? どんな壁があると思いますか?
今のお話に通じるなと思うのが、攻略本を見たいか、攻略本を書きたいかの違いだなと思うんですよね。最難関校にいる生徒たち、僕は受かった子たちをいっぱい見てきましたけど、自分で攻略本を書きたいやつが多いんですよ。見て、これをやれば解けるんだ、課題を超えられた、ラッキーじゃなくて、どうやったらこの壁を超えられるのかをまず自分で試したいやつが多い。
全然違うね、それ。
そうなんですよ。そこを、とりあえず自分でやってみたいんだよなっていうマインドを育てていくことはすごく大事だなと思うので。やっぱり新しいことに挑戦してるので放置するとか、そういったことは結構大事になるかなというのは、その後を見ても思いますね。
なるほど。
破綻みたいなものがしづらくなっていく。
5年生のうちに学び方をしっかり身につけていきましょう。親が何か夢中になってるとか、そういうものを見せる。それに対して子供も自分が夢中になれるものをやってる。そういう場の共有、時間の共有でもだいぶ変わるのかな。
そんな中で、その最難関校の受験人気の背景、どういったところになるんでしょうか?
子供が少子化で減ってはいるものの、受験熱がやっぱり高まっていて、最難関校の方にどんどん受けたいという生徒は増えている。大学の合格実績なども踏まえて、こういうところで我が子を学ばせたいっていう、そういうような意向が強く働いて、それが多様性につながってるんじゃないかなっていうふうに私は思っていて。
今まではトップの男の子は開成とか筑駒って言ってたのが、いや、渋渋行きますっていう子が、やはり若干出てきている。難しいところに行くから最難関校なんだっていうところでなくなって、本当に横並びになりつつあり、カオスになりつつあるのかなって、そんなふうなイメージになりますね。
ある種、偏差値主義、偏差値絶対主義みたいなのが崩れてきたみたいな見方。
そうですね。
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