経営学者が上場企業の社長をやってみたら:岩尾俊兵が語る「理と情」、論語、豆腐、そしてデフレ

YouTubeで開く ↗
概要

経営学は実際の経営に役立つのか。慶應義塾大学商学部准教授で、トライアイズのCEOを務める岩尾俊兵氏が、PIVOTの佐々木氏の問いに答えた。岩尾氏は学者として理論を研究しながら、上場企業の社長として経営の現場に立っている。氏の立場は、経営学の知識は高い目標に到達するために欠かせないが、それだけでは足りず、人を動かす思想や生き方の軸が要る、というものだ。話は論語を取り入れた組織運営から、「豆腐」を手本にした生き方、日本の経営力が弱まった原因としてのデフレにまで及んだ。

21分で読めます
2:25

「リアルVIVANT」のような経歴

冒頭で岩尾氏は、ドラマ『VIVANT』の主人公・乃木憂助は自分をモデルにしたのではないかと冗談めかして語った。経歴の重なりを一つずつ挙げていく。岩尾氏は15歳まで有田焼の名門の家に育ち、乃木は刀鍛冶の名家の出という設定である。岩尾氏の家は、父親が一族の会社のライバル会社を作って倒産し、氏は「お坊っちゃん」から一転して貧乏になった。そして15歳で陸上自衛隊少年工科学校に入った。乃木も15歳でアメリカの軍隊学校に入っており、どちらも15歳で軍人になったことになる。

その後、乃木はコロンビア大学へ進み、岩尾氏はコロンビア大学の協定校である慶應義塾大学に進んだ。乃木は東大の経済学研究科を経て丸菱商事に入るという設定だが、岩尾氏も東大の修士課程にいた時期に三菱商事の内定を得ていた。ただ、博士課程への進学を優先し、東大から月20万円の給与を得られるなら博士に進むと決めていたところ、それが得られたので研究者の道を選んだという。佐々木氏が「三菱商事の社員になっていた可能性もあったのか」と尋ねると、岩尾氏はあったと思うと答えている。

社内で難しい案件に向き合うとき顔が険しくなり、そのとき乃木のもう一つの人格に似ていると言われる、という話もあった。トライアイズには過去の経営陣が残した裁判などの問題があり、それを一つずつ片付けているところだという。

5:23

学者と経営者を「100%ずつ」同時に走らせる

トライアイズは岩尾氏にとって、上場企業の代表取締役社長として2社目になる。未上場の段階から役員・株主として関わり、上場に至った会社もあるという。学者と経営者の比率を尋ねられると、時間で言えばほとんどが経営者の仕事だと認めつつ、気持ちとしては両方をフルタイムでやっていると答えた。経営に全力を注ぐ一方、自分の中にもう一人の自分がいて、学者として醒めた目でそれを観察している。それが大学の講義や論文の土台になる。岩尾氏はこれを「100%が2個走る」と表現した。

博士号を持ち、大学の正式な教授会メンバーでありながら上場企業の社長を、しかも2社で務めた経営学者は、岩尾氏が調べた限り世界にもおそらくいない。制度上ほぼ不可能だからだ。アメリカでは兼業規定に加え、論文を書かなければ出ていくことになる「アップ・オア・アウト」「パブリッシュ・オア・ペリッシュ」の世界なので無理だろう、と氏は見ている。

岩尾氏はこの兼業を「社会実証実験型の研究」と位置づけた。文部科学省の科研費の審査を通し、慶應でも教授会を経て塾長の許可まで取ったという。社外取締役を務める学者や未上場企業の社長をする学者は多いが、上場企業の社長は前例がなく、そこまでしなければ認められなかったからだ。一方で、税金で私企業を助けたと言われないよう、費用は自腹にしたと説明している。

8:24

経営学は役に立つのか――「理」と「情」

本題の問いに対し、岩尾氏はまず、世の中が理論どおりに動けば経営学は役に立つと答えた。氏は、理屈どおり正しいことを正しくやれば、どんなことでもうまくいくと考えている。うまくいかないなら、どこかがおかしい。原因を分析し、誰よりも早く、誰よりも多く次の手を打ち続ける。どんなマイナスもプラスに捉え直す。これを続ければうまくいくはずだという。

しかし、ここに二つの壁がある。一つは「情」である。理屈の「理」に対し、「この人はかわいそうだ」「長年自分を支えてくれた友人を厳しく処分できるのか」といった感情が邪魔をする。理と情をきれいに住み分けることが、人間にはなかなか難しい。もう一つは、膨大なエネルギーが必要になることだ。新著『武器としての経営思考』のテーマとして氏が挙げたのは、経営とは日常にも人生にもあり、すべての選択に関わるものであり、経営思考はその選択の土台となる哲学だということだった。ただ、その哲学を自分の中で動かし続けるには、大きな生命力が要る。

11:03

タフネスではなく「達人」の道

佐々木氏が「結局、精神的なタフネスがある人にしかできないのか」と問うと、岩尾氏は否定した。生まれつきの精神力や体力というより、二者択一や「奪うか奪われるか」という考え方そのものが間違っている、という信念があれば、タフネスに頼らなくてもできるという。

氏は武道にたとえて説明した。無尽蔵の体力で打ち込んでいく人は確かに強い。だが達人は、力任せに来る相手を力を抜いてひょいとかわし、一本を取る。同じように、みんなが幸せになれる道はあるという信念と本質の理解があれば、力まずに新しい選択肢を見つけられる人もいる。新著はタフな人を励ますだけでなく、もう疲れ切ってタフネスがないという人に向けて、力を抜いて本質に気づき「達人になってしまえばいい」と伝える本でもある、と氏は語った。

12:40

経営学は「地形図」である

理を学ぶ手段として経営学は役立つ、と岩尾氏は認める。ただし、その理を組織に浸透させたり、顧客を引きつけたりするには、情との付き合い方や生命力、あるいは信念に支えられた「肩の力の抜けた」強さが要る。

氏が普段使うたとえは登山の地形図だ。地形図を知らなければ、とても高い山には登れない。迷ってしまうし、どこからどう登ればいいかもわからない。登った道筋を他の人が真似することもできない。逆に、地形図だけ知っていても、実際に歩かず体力もなければ山頂の景色は見られない。どちらが大事かといえば、実際に足を動かすほうであり、経営でもまず実践が大事だと氏は言う。そのうえで、理論や知識がなければ「ものすごく高い山」、つまり高い目標には届かない。佐々木氏の「実践しながら時々地形図を見て振り返る往復運動をすれば、エベレストまで行けるかもしれない」というまとめに、岩尾氏は同意した。

経営学は世の中に「埋め込まれている」

経営学を学んでいないが会社経営はできている、という経営者は非常に多い。これに対し岩尾氏は、経営学の知識はすでに世の中に埋め込まれていると反論する。会社を始めれば、詳しそうな人に右腕になってもらい、税理士を雇い、銀行口座を作る。もっと大きくなれば証券会社が上場を勧めに来る。証券会社、監査法人、税理士、日々使うグループウェアなどのシステムには、経営学の考え方が組み込まれている。

会計に沿って事業を行っている時点で会計学を使っているし、税理士の助言の背景には経営学の勉強がある。上場準備で「エクイティストーリーを作りましょう」と言われたら、そこには戦略論が入っている。本人が気づいていないだけで、実は使っているのだ、と岩尾氏は言う。

16:30

生き方としての経営学、論語とそろばん

新著で「経営学とは生き方である」と書いた点について、岩尾氏は、理と情を統合したものが生き方だと説明した。これまでの経営学は、ドラッカーやミンツバーグなどごく一部の例外を除けば知識に偏っており、魂を燃やすことや生き方を決めることには踏み込んでこなかった。しかし経営学は実践の学であり、誰かの心に火をつけて「やるぞ」と思わせなければ意味がない。何をやるのかといえば、相手を幸せにしながら自分も幸せにすることであり、それが経営のあるべき姿だと氏は言う。それを人生でも職場でも会社でも実践してもらうには、思想や生き方を語る本が必要だという。

佐々木氏が渋沢栄一の『論語と算盤』を引くと、岩尾氏はまさにそれだと応じた。論語が魂、そろばんが技術、つまり理にあたる。氏は普段から、経営で大事なことはすべて論語に書いてあるから、論語さえ読めばいいと言っているという。

実際、トライアイズのビジョンを全面的に変えた際、行動指針はすべて論語の言葉にした。例えば「巧言令色鮮し仁」である。論語のままでは意味が伝わらない人もいるため、会社なりの解釈を日本語で添えている。この言葉には「すべての行動に、ごまかし、その場しのぎ、卑怯があってはならない」という解釈をつけ、全員で唱和しているという。氏は「昭和型の経営」と冗談めかした。「公明正大」という言葉も大切にしている。それで会社は変わるのかと問われると、最初は「こんなことをやるのか」という反応で変わらないが、やり方を工夫するうちに徐々に変わってくると答えた。

19:06

唱和と挨拶練習――毛づくろいの効率化

岩尾氏は、こうした取り組みの裏には科学もあると言う。ダンバー数で知られるロビン・ダンバーの宗教の起源に関する本を読み、人間の宗教や歌は、猿が行う毛づくろいを大幅に効率化したものだと気づいたという。毛づくろいでは仲間意識に関わる物質が出るが、1対1でしかできない。みんなで歌えば全員で同時にそれが起きる。唱和もその一つだと氏は説明する。セロトニンやドーパミンといった物質名を挙げつつ、細部は「なんか」と曖昧に語っていた。

さらに毛づくろいの要素も取り入れたという。昼に「チャレンジミーティング」という朝礼・夕礼のような場を設け、食事の前に2人組を作って挨拶練習をする。「ありがとうございます」「いらっしゃいませ」などを繰り返し、最後に日替わりのお題を出す。例えば「目の前の人の仕事ぶりを褒めてください」。すると皆照れながらも「いつも丁寧に仕事をしてくれてありがとうございます」などと言い合う。

ミーティングはこれで「サンドイッチ」にする。最初に挨拶練習で仲間意識を作り、次に「この順番で手を打てば必ずここまで行ける。今は5手目まで来ている。20手打てば誰も見たことのない会社になれる」と方針を共有する。それを各自の日常業務に落とし込み、最後にまた唱和で締める。岩尾氏は、経営学だけでなく人類学や生物学などの知見も取り入れていると述べた。

21:38

「七転び八起きの四角形」と塞翁が馬

実際に経営してみての発見を問われると、岩尾氏は新著にある「価値創造の丸三角四角」のうち、「七転び八起きの四角形」が非常に使えると答えた。前著から唱えてきた考え方を今回大きく進化させたものだという。

どんな出来事にもプラスとマイナスがある。自分にとってマイナスだと思ったことでも、まずプラスを見つける。それでもマイナスは残るので、それを打ち消す次の一手を考える。これを繰り返せば、どんなことも良かったと思える。良かったと思ったことが後で悪い結果になったり、貧乏くじだと思ったことが後で良かったりする。その繰り返しだという意味で、氏は「人間万事塞翁が馬」にも触れた。実際の経営で最も大事なのはこれかもしれない、と語っている。

佐々木氏が「今となっては自衛隊も良かったのでは」と向けると、岩尾氏はまさにその例だと認めた。当時は「なぜ自分だけこんな思いをするのか」と思っていたが、今では話のネタになり、「中卒から東大初の経営学博士」と書かれ続けている。ただ、それで本を買う人がいるのかは分からない、とも笑っていた。

23:55

中途半端な個人主義と冷笑主義

かつての『論語と算盤』のような生き方の軸が日本人から失われつつあるのではないか。そう問われた岩尾氏は、軸を持つのは難しいと認めたうえで、だからこそ経営教育や経営思考を広げるしかないと答えた。仕事や人生に役立つ知識としての経営学を熱心に学ぶ人は多い。だが、その道具としての知識を使う土台となる精神力や哲学がなくなってきている。これは野中郁次郎氏が最後まで問題にしていたことでもあり、新著には野中氏の生前最後の対談が収録されているという。

岩尾氏の見立てでは、日本人の精神性の土台は論語と仏教だった。それが失われたところに中途半端な個人主義が入ってきた。アメリカの個人主義は、大統領が今も聖書に手を置いて宣誓するように、ある程度キリスト教に支えられている。日本はそれがないまま教養などで宗教性を補ってきたが、その教養までも否定して個人主義に走った結果、冷笑主義が広がった、と氏は言う。15万部ほど売れた前著『世界は経営でできている』で2024年当時の風潮を「冷笑」という言葉で表現したところ話題になり、その後この言葉が広く使われるようになったと氏は語っている。

中途半端な個人主義と冷笑だけになると、年収やステータスの比較か、熱くなっても仕方がないという話ばかりになる。だが会社は、冷笑して「こいつは切ってしまおう」とやっていたらうまくいかない、と岩尾氏は言う。完璧な人間はおらず、誰もがある面では「ポンコツ」であり、自分もそうだ。それを分かったうえで互いの強みを生かし合い、集まることでこの場所が価値あるものになると信じなければ、会社をやる意味がない。AIの登場で「全部1人でいい」となりがちな今は、なおさらだという。経営は人間を磨く修行になるかという問いには、「それしかない」と答えた。

27:16

豆腐のように生きる

岩尾氏は、人生の目的は一つだと言う。生まれたときより、自分なりの定義でよい人間、よい魂になって死ぬことだ。周りから善人とも悪人とも言われたかもしれないが、少なくとも自分は善人として生きようと努力し、そう生きたと思って死ねれば満足だ、と語った。

生き方で最も影響を受けた存在を問われると、氏は「豆腐」と答えた。最近思いついたという。良い豆腐は角がぴしっと揃っていて、硬すぎても柔らかすぎてもいけない。箸でつまめる程度の硬さがあり、どこを切っても真っ白だ。人間もそういう豆腐にならなければならない、というのである。

豆腐の話の背景には、今の日本ではすべての人が犯罪者になり得るという認識があると氏は言う。私道と知らずに入れば住居侵入、自分宛てだと思って他人の手紙を開ければ信書開封罪になりうる。テーブルに置き忘れた自分の財布を持ち去った人から奪い返すと、いったん他人の占有になったものを取り返したことになり、窃盗罪になるらしい、とも話した。もちろんそれで捕まることはないが、法律でがんじがらめになっていて、警察や検察の「お目こぼし」で生きているような状態だと氏は見ている。そうした世界では、犯罪者にならないように生きるのではなく、善人として生きるしかない。善人として生きて仲間を増やしておけば、突然おかしな目に遭ったときに仲間と一緒に戦える。自分の生き方を見ている人がいるからだ。だから豆腐になるしかない、と氏は結論づけた。

経営学者でありながら経営者にまでなったのは、自ら動かなければならないほどの危機感があるからだ、とも付け加えている。

30:38

日本に足りないのは「経営する力」

日本の経営の最大の問題を問われ、岩尾氏は「経営する力」が足りないことだと答えた。新著は当初「経営する力」というタイトルで構想されていたが、出版社の意見を受けて『武器としての経営思考』になったという。この力が最も足りないのは経営者や集団の長である政治家だが、国民全体もうっすら欠いている、と氏は言う。

ここでいう経営する力とは、お金を稼ぐ力ではない。そう勘違いされること自体が、経営する力が失われている証拠だと氏は言う。経営の本来の意味は「みんなで幸せになる」ことだ。論語の手本になった古典にある言葉として、氏は語源を説明した。「経」はみんなに道を示すこと、「営」はその道を実現する手順を明らかにすることである。みんなで幸せになるために実際に頭を動かすこと、みんなで幸せになれる道はあるはずだという心を持つこと。これが失われているのが今の日本の最大の問題だという。

経営教育を熱く訴えても「興味がない」と言われるので、流行に合わせて冷笑的でふざけた調子の本を書いたら15万部売れた。次こそはと真面目に熱く書いたら全然売れなかった、と氏は自嘲気味に振り返った。

経営者としての実績にも触れている。経営の師と仰ぐ百戦錬磨の人物から「今の自分でさえできないほど難しい案件だが、本当にできるのか」と言われたが、前の会社は途中いろいろあったものの、在任中は業績が上向いたという。トライアイズでは不動産部門の売上が一気に2倍になり、2億円ほどの黒字が出たと前日に発表したばかりで、それを半年ほどで実現したと岩尾氏は述べた。難しい案件でも経営思考があれば個人も組織も社会も幸せになれることを示すしかない。そう考えてかなりのリスクを取っている、と語った。

34:04

経営力を奪った原因としてのデフレ

なぜ日本人は経営する力を失ったのか。岩尾氏は、理由はいろいろあり究極的には難しいとしつつ、大きな要因はデフレだと考えている。デフレではお金の価値が上がり続ける。昭和から平成のデフレが最も進んだ時期までで、ドルと比べた1円の価値は3倍、4倍、5倍と上がったと氏は言う。人間の価値創造力、つまり生産性が同じ期間に4倍、5倍になることはない。そうなれば「人より金のほうが大事」「何を言っても金だ」となる。子どもを産めば所得が削られる、結婚すれば自由に使えなくなる、と個人主義が進み、組織でみんなで稼ぐより自分だけ金が欲しいとなる。人間は幸せになるため、繁殖するためにお金を生み出したはずなのに、その結果としてこうなってしまう、と氏は不思議がる。

お金の価値が大きく上下する状況には三つの条件が要る、と岩尾氏は説明する。何でもお金で買える資本主義、資本が国境を越えるグローバル化、お金に裏付けのない不換紙幣制度だ。ニクソン・ショック、変動相場制への移行、冷戦終結と共産圏の縮小を経てこれらが揃ったのは、せいぜいこの30〜40年だという。人類の歴史に比べればごく短く、人間はまったく慣れていない。

そのうえで氏は、この40年間で先進国のうちお金の価値が上がり続けたのは日本だけであり、日本は半分以上の期間がデフレだったはずだと述べた。正確にはもう一度調べたほうがよいと断りつつ、アメリカやイギリスはデフレの年が1〜2年程度だとも言う。佐々木氏は、デフレの時代をほぼずっと生きてきた自分たちの世代には、お金に余裕があれば心にも余裕が持てるという体感があると応じた。お金を持っていれば何もしなくても価値が上がるため、シニア世代の力が強まった面もある、という点で二人の意見は一致した。

38:16

インフレは転換点――金の使い方から人の使い方へ

では、インフレは経営力を高めるチャンスなのか。岩尾氏はそう考えている。ただし切り替えの時期は難しい。これまでうまくいった経営者は、お金の使い方がうまい人だった。これからは人の使い方がうまい人、人が集まってきて「この人のためなら一肌脱ごう」と思ってもらえる人が経営の正解になる、と氏は見る。いつまでもお金の力に頼っていてはうまくいかない。ここで求められる経営力はファイナンス力ではなく、人間力を磨いて人を集め、みんなで幸せになるという本来の経営力だという。

この変化を歓迎しない人もいる、と岩尾氏は指摘する。もともとお金を持っている人は良いことだと思わず、そこに理屈をつける。氏は「アンチができてしまう」と前置きしたうえで、大学教員を例に挙げた。法律家、公認会計士、エンジニア、医者といった、世界中で既得権となっている職を生み出しているのが大学であり、大学は職としてなくなるのが最後になる場所だ、と氏は見る。AIで大学教育が揺らいでいるとはいえ、なお固定的で、まずまずの給料と安定があり、ローンも組みやすい。デフレ下ではお金の価値が上がるので、その立場はますます強くなり、学会で海外へ行くのも安く済んだ。だからインフレは困る。実際、インフレだ経営力だという話を「下賤」だとする声もぽつぽつ出ている、と氏は言う。ただ慶應は経営を教えようという学校なので、学内で責められてはいないとも付け加えた。

本当に良質な起業家の価値は上がるのかという問いには、上がると答えた。社会起業のような活動をする人は増えており、その価値も上がっていくだろう、と見ている。

42:05

日常を修行の場に、そしてAIの位置づけ

これから人に貢献し、良い魂を持った経営者になりたい人はどう生きればよいか。岩尾氏は、修行の場は日常にあると答えた。配偶者や子ども、親友との喧嘩など、日々の悩みを二者択一で考えず、別の道を探して「みんなハッピーになったね」という状態を作る。氏はこれを価値創造と呼ぶ。それでも「その案には乗らない」「気に食わない」と言われることがある。そのときは、なぜだめだったのか、自分の何が悪かったのかを考え、変えてみる。これを繰り返すのは辛い道だが、同じことが会社経営にも国家経営にも使える、と氏は語る。佐々木氏は、論語などの古典がそのときの参照軸になると補った。会話の最後に岩尾氏がまた新著の宣伝につなげると、佐々木氏は「さすが経営者、すべてを営業に変えていく」と笑った。

AIは生きる力を磨くのに役立つのか、それとも人間を空っぽにするのか。岩尾氏は難しいと言う。考えなくてよくなるという懸念がある。一方で、目の前の相手と一緒に問題を解決できるはずだという哲学を持っているなら、AIはとても良いとも言う。自分の解決策をそのまま伝えると相手がむっとすることがあるが、「一緒にAIに聞いてみよう」と言うと聞き入れてくれる人がいる。お前の言うことは聞きたくないがAIの言うことなら聞く、という人もいるので、AIを媒介にするのは意外とありだと最近は思っているという。ただ、それではコミュニケーション能力が落ちる気もするとして、答えは出ていないと述べた。

稲盛和夫と父親の影響

稲盛和夫氏はモデルになるかと問われ、岩尾氏は非常に尊敬しており、豆腐に次いで2番目に影響を受けた存在かもしれないと答えた。稲盛氏が最も大事にしていた『経営12カ条』の文庫版では、岩尾氏が解説を書いている。父親も稲盛氏の盛和塾に入っており、九州は稲盛氏の出身地で県民性も合う、と氏は話す。岩尾氏自身も九州の出身で、ルーツは鹿児島だという。盛和塾は解散したが、九州では今も熱心な勉強会があり、ときどき顔を出して経営について教わっている。

3番目の影響として挙げたのは父親だった。父親は理想の経営をしようともがいたがうまくいかず、無念のまま亡くなったという。田舎で大人から子どもまでが通う論語塾を開いていた。半分宗教のような雰囲気だったと岩尾氏は振り返る。父親のリベンジという面もあるかと問われ、それもあると認めた。

東京とお金、横浜の公園という「庭」

佐々木氏が、東京にいると生きる力や精神性より合理性に傾くのではないかと問うと、岩尾氏は同意した。新宿に住む氏から見ても、東京はくだらないマウントの取り合いで、すべてがお金になっている。人間は一度に1か所でしか寝られず、食事は1日3食で十分、「起きて半畳寝て一畳」だ。開放感が欲しいなら公園に行けばいいのに、自分のものが欲しいとなってしまう。ドラマ『地面師たち』に出てきた、人間だけが地面に線を引いて自分のものだと言う、という台詞が気に入っていて、ときどき使うという。

大学院時代、貧乏だった岩尾氏は「日本でいちばん広い庭を持っている」と言って、横浜の海辺の公園でよくビールを飲んでいた。昼間から一人で飲んでいるので警備員に声をかけられたが、毎回「お疲れさまです」と挨拶してコーヒーを差し入れた。そのうち、あまりに堂々と座っているので、警備員から「今日もお疲れさまです、先生」と呼ばれるようになった。先生だと名乗ったことはなかったという。これこそ自分の庭のようなものだ、と氏は語る。そうしたおおらかさのほうが本当は幸せなのに、東京では年収を比べたり、寿司屋で隣の客が金箔入りの日本酒を頼めば自分も頼んだりして、生きづらくなっている。

東京は金融の中心地なので、お金のことを考えざるを得ない面もある。岩尾氏自身、上場企業の経営者として誰よりもお金のことを考えており、ファイナンスにも精通していると自負する。現在、イリノイ大学とケース・ウェスタン・リザーブ大学の研究者と共著で、ファイナンスとオペレーションを掛け合わせた論文を『Production and Operations Management』誌に投稿中だという。氏は掲載されるだろうと見ており、オペレーション系の世界最高峰の雑誌にこの種の論文が載れば日本人初だろうと話した。内容は時価総額を上げるための最適化モデリングで、ロバスト最適化などの高等数学を駆使したものだという。それでも人生の目的はお金だけではなく、今日一日が楽しいと思えることのはずだ、と氏は言う。佐々木氏の「公園でビールを飲むくらいがいい」という言葉に、岩尾氏は同意した。

51:48

目標は「岩尾がいらない日本」

最後に今後の目標を問われ、岩尾氏は一貫して「日本をもう一度豊かにする」と言い続けてきたと答えた。そのために、この世から不合理と不条理をなくす。それをひたすらやりたいという。自己実現や自分がこうなりたいという思いは昔からない。むしろ、こんな人がたくさんいるなら政治も経済も大丈夫だ、日本は世界一いい国になっている、と思えて、自分が力を入れなくてもよくなる状態が目標だという。そうなれば、あとはずっと本を読んで生きていきたい、と語った。

佐々木氏が、今『VIVANT』で乃木が人気なのは時代を反映しているのではないかと振ると、岩尾氏は、乃木は問題解決よりも排除や闘争、逃走が多いと笑い、誤送金された10億円が戻ってきたのかが今も気になっていると冗談で締めた。