経営学者が上場企業の社長をやってみたら:岩尾俊兵が語る「理と情」、論語、豆腐、そしてデフレ
PIVOT 公式チャンネル経営学は実際の経営に役立つのか。慶應義塾大学商学部准教授で、トライアイズのCEOを務める岩尾俊兵氏が、PIVOTの佐々木氏の問いに答えた。岩尾氏は学者として理論を研究しながら、上場企業の社長として経営の現場に立っている。氏の立場は、経営学の知識は高い目標に到達するために欠かせないが、それだけでは足りず、人を動かす思想や生き方の軸が要る、というものだ。話は論語を取り入れた組織運営から、「豆腐」を手本にした生き方、日本の経営力が弱まった原因としてのデフレにまで及んだ。
「リアルVIVANT」のような経歴
冒頭で岩尾氏は、ドラマ『VIVANT』の主人公・乃木憂助は自分をモデルにしたのではないかと冗談めかして語った。経歴の重なりを一つずつ挙げていく。岩尾氏は15歳まで有田焼の名門の家に育ち、乃木は刀鍛冶の名家の出という設定である。岩尾氏の家は、父親が一族の会社のライバル会社を作って倒産し、氏は「お坊っちゃん」から一転して貧乏になった。そして15歳で陸上自衛隊少年工科学校に入った。乃木も15歳でアメリカの軍隊学校に入っており、どちらも15歳で軍人になったことになる。
その後、乃木はコロンビア大学へ進み、岩尾氏はコロンビア大学の協定校である慶應義塾大学に進んだ。乃木は東大の経済学研究科を経て丸菱商事に入るという設定だが、岩尾氏も東大の修士課程にいた時期に三菱商事の内定を得ていた。ただ、博士課程への進学を優先し、東大から月20万円の給与を得られるなら博士に進むと決めていたところ、それが得られたので研究者の道を選んだという。佐々木氏が「三菱商事の社員になっていた可能性もあったのか」と尋ねると、岩尾氏はあったと思うと答えている。
社内で難しい案件に向き合うとき顔が険しくなり、そのとき乃木のもう一つの人格に似ていると言われる、という話もあった。トライアイズには過去の経営陣が残した裁判などの問題があり、それを一つずつ片付けているところだという。
学者と経営者を「100%ずつ」同時に走らせる
トライアイズは岩尾氏にとって、上場企業の代表取締役社長として2社目になる。未上場の段階から役員・株主として関わり、上場に至った会社もあるという。学者と経営者の比率を尋ねられると、時間で言えばほとんどが経営者の仕事だと認めつつ、気持ちとしては両方をフルタイムでやっていると答えた。経営に全力を注ぐ一方、自分の中にもう一人の自分がいて、学者として醒めた目でそれを観察している。それが大学の講義や論文の土台になる。岩尾氏はこれを「100%が2個走る」と表現した。
博士号を持ち、大学の正式な教授会メンバーでありながら上場企業の社長を、しかも2社で務めた経営学者は、岩尾氏が調べた限り世界にもおそらくいない。制度上ほぼ不可能だからだ。アメリカでは兼業規定に加え、論文を書かなければ出ていくことになる「アップ・オア・アウト」「パブリッシュ・オア・ペリッシュ」の世界なので無理だろう、と氏は見ている。
岩尾氏はこの兼業を「社会実証実験型の研究」と位置づけた。文部科学省の科研費の審査を通し、慶應でも教授会を経て塾長の許可まで取ったという。社外取締役を務める学者や未上場企業の社長をする学者は多いが、上場企業の社長は前例がなく、そこまでしなければ認められなかったからだ。一方で、税金で私企業を助けたと言われないよう、費用は自腹にしたと説明している。
経営学は役に立つのか――「理」と「情」
本題の問いに対し、岩尾氏はまず、世の中が理論どおりに動けば経営学は役に立つと答えた。氏は、理屈どおり正しいことを正しくやれば、どんなことでもうまくいくと考えている。うまくいかないなら、どこかがおかしい。原因を分析し、誰よりも早く、誰よりも多く次の手を打ち続ける。どんなマイナスもプラスに捉え直す。これを続ければうまくいくはずだという。
しかし、ここに二つの壁がある。一つは「情」である。理屈の「理」に対し、「この人はかわいそうだ」「長年自分を支えてくれた友人を厳しく処分できるのか」といった感情が邪魔をする。理と情をきれいに住み分けることが、人間にはなかなか難しい。もう一つは、膨大なエネルギーが必要になることだ。新著『武器としての経営思考』のテーマとして氏が挙げたのは、経営とは日常にも人生にもあり、すべての選択に関わるものであり、経営思考はその選択の土台となる哲学だということだった。ただ、その哲学を自分の中で動かし続けるには、大きな生命力が要る。
タフネスではなく「達人」の道
佐々木氏が「結局、精神的なタフネスがある人にしかできないのか」と問うと、岩尾氏は否定した。生まれつきの精神力や体力というより、二者択一や「奪うか奪われるか」という考え方そのものが間違っている、という信念があれば、タフネスに頼らなくてもできるという。
氏は武道にたとえて説明した。無尽蔵の体力で打ち込んでいく人は確かに強い。だが達人は、力任せに来る相手を力を抜いてひょいとかわし、一本を取る。同じように、みんなが幸せになれる道はあるという信念と本質の理解があれば、力まずに新しい選択肢を見つけられる人もいる。新著はタフな人を励ますだけでなく、もう疲れ切ってタフネスがないという人に向けて、力を抜いて本質に気づき「達人になってしまえばいい」と伝える本でもある、と氏は語った。
経営学は「地形図」である
理を学ぶ手段として経営学は役立つ、と岩尾氏は認める。ただし、その理を組織に浸透させたり、顧客を引きつけたりするには、情との付き合い方や生命力、あるいは信念に支えられた「肩の力の抜けた」強さが要る。
氏が普段使うたとえは登山の地形図だ。地形図を知らなければ、とても高い山には登れない。迷ってしまうし、どこからどう登ればいいかもわからない。登った道筋を他の人が真似することもできない。逆に、地形図だけ知っていても、実際に歩かず体力もなければ山頂の景色は見られない。どちらが大事かといえば、実際に足を動かすほうであり、経営でもまず実践が大事だと氏は言う。そのうえで、理論や知識がなければ「ものすごく高い山」、つまり高い目標には届かない。佐々木氏の「実践しながら時々地形図を見て振り返る往復運動をすれば、エベレストまで行けるかもしれない」というまとめに、岩尾氏は同意した。
経営学は世の中に「埋め込まれている」
経営学を学んでいないが会社経営はできている、という経営者は非常に多い。これに対し岩尾氏は、経営学の知識はすでに世の中に埋め込まれていると反論する。会社を始めれば、詳しそうな人に右腕になってもらい、税理士を雇い、銀行口座を作る。もっと大きくなれば証券会社が上場を勧めに来る。証券会社、監査法人、税理士、日々使うグループウェアなどのシステムには、経営学の考え方が組み込まれている。
会計に沿って事業を行っている時点で会計学を使っているし、税理士の助言の背景には経営学の勉強がある。上場準備で「エクイティストーリーを作りましょう」と言われたら、そこには戦略論が入っている。本人が気づいていないだけで、実は使っているのだ、と岩尾氏は言う。
生き方としての経営学、論語とそろばん
新著で「経営学とは生き方である」と書いた点について、岩尾氏は、理と情を統合したものが生き方だと説明した。これまでの経営学は、ドラッカーやミンツバーグなどごく一部の例外を除けば知識に偏っており、魂を燃やすことや生き方を決めることには踏み込んでこなかった。しかし経営学は実践の学であり、誰かの心に火をつけて「やるぞ」と思わせなければ意味がない。何をやるのかといえば、相手を幸せにしながら自分も幸せにすることであり、それが経営のあるべき姿だと氏は言う。それを人生でも職場でも会社でも実践してもらうには、思想や生き方を語る本が必要だという。
佐々木氏が渋沢栄一の『論語と算盤』を引くと、岩尾氏はまさにそれだと応じた。論語が魂、そろばんが技術、つまり理にあたる。氏は普段から、経営で大事なことはすべて論語に書いてあるから、論語さえ読めばいいと言っているという。
実際、トライアイズのビジョンを全面的に変えた際、行動指針はすべて論語の言葉にした。例えば「巧言令色鮮し仁」である。論語のままでは意味が伝わらない人もいるため、会社なりの解釈を日本語で添えている。この言葉には「すべての行動に、ごまかし、その場しのぎ、卑怯があってはならない」という解釈をつけ、全員で唱和しているという。氏は「昭和型の経営」と冗談めかした。「公明正大」という言葉も大切にしている。それで会社は変わるのかと問われると、最初は「こんなことをやるのか」という反応で変わらないが、やり方を工夫するうちに徐々に変わってくると答えた。
唱和と挨拶練習――毛づくろいの効率化
岩尾氏は、こうした取り組みの裏には科学もあると言う。ダンバー数で知られるロビン・ダンバーの宗教の起源に関する本を読み、人間の宗教や歌は、猿が行う毛づくろいを大幅に効率化したものだと気づいたという。毛づくろいでは仲間意識に関わる物質が出るが、1対1でしかできない。みんなで歌えば全員で同時にそれが起きる。唱和もその一つだと氏は説明する。セロトニンやドーパミンといった物質名を挙げつつ、細部は「なんか」と曖昧に語っていた。
さらに毛づくろいの要素も取り入れたという。昼に「チャレンジミーティング」という朝礼・夕礼のような場を設け、食事の前に2人組を作って挨拶練習をする。「ありがとうございます」「いらっしゃいませ」などを繰り返し、最後に日替わりのお題を出す。例えば「目の前の人の仕事ぶりを褒めてください」。すると皆照れながらも「いつも丁寧に仕事をしてくれてありがとうございます」などと言い合う。
ミーティングはこれで「サンドイッチ」にする。最初に挨拶練習で仲間意識を作り、次に「この順番で手を打てば必ずここまで行ける。今は5手目まで来ている。20手打てば誰も見たことのない会社になれる」と方針を共有する。それを各自の日常業務に落とし込み、最後にまた唱和で締める。岩尾氏は、経営学だけでなく人類学や生物学などの知見も取り入れていると述べた。
「七転び八起きの四角形」と塞翁が馬
実際に経営してみての発見を問われると、岩尾氏は新著にある「価値創造の丸三角四角」のうち、「七転び八起きの四角形」が非常に使えると答えた。前著から唱えてきた考え方を今回大きく進化させたものだという。
どんな出来事にもプラスとマイナスがある。自分にとってマイナスだと思ったことでも、まずプラスを見つける。それでもマイナスは残るので、それを打ち消す次の一手を考える。これを繰り返せば、どんなことも良かったと思える。良かったと思ったことが後で悪い結果になったり、貧乏くじだと思ったことが後で良かったりする。その繰り返しだという意味で、氏は「人間万事塞翁が馬」にも触れた。実際の経営で最も大事なのはこれかもしれない、と語っている。
佐々木氏が「今となっては自衛隊も良かったのでは」と向けると、岩尾氏はまさにその例だと認めた。当時は「なぜ自分だけこんな思いをするのか」と思っていたが、今では話のネタになり、「中卒から東大初の経営学博士」と書かれ続けている。ただ、それで本を買う人がいるのかは分からない、とも笑っていた。
中途半端な個人主義と冷笑主義
かつての『論語と算盤』のような生き方の軸が日本人から失われつつあるのではないか。そう問われた岩尾氏は、軸を持つのは難しいと認めたうえで、だからこそ経営教育や経営思考を広げるしかないと答えた。仕事や人生に役立つ知識としての経営学を熱心に学ぶ人は多い。だが、その道具としての知識を使う土台となる精神力や哲学がなくなってきている。これは野中郁次郎氏が最後まで問題にしていたことでもあり、新著には野中氏の生前最後の対談が収録されているという。
岩尾氏の見立てでは、日本人の精神性の土台は論語と仏教だった。それが失われたところに中途半端な個人主義が入ってきた。アメリカの個人主義は、大統領が今も聖書に手を置いて宣誓するように、ある程度キリスト教に支えられている。日本はそれがないまま教養などで宗教性を補ってきたが、その教養までも否定して個人主義に走った結果、冷笑主義が広がった、と氏は言う。15万部ほど売れた前著『世界は経営でできている』で2024年当時の風潮を「冷笑」という言葉で表現したところ話題になり、その後この言葉が広く使われるようになったと氏は語っている。
中途半端な個人主義と冷笑だけになると、年収やステータスの比較か、熱くなっても仕方がないという話ばかりになる。だが会社は、冷笑して「こいつは切ってしまおう」とやっていたらうまくいかない、と岩尾氏は言う。完璧な人間はおらず、誰もがある面では「ポンコツ」であり、自分もそうだ。それを分かったうえで互いの強みを生かし合い、集まることでこの場所が価値あるものになると信じなければ、会社をやる意味がない。AIの登場で「全部1人でいい」となりがちな今は、なおさらだという。経営は人間を磨く修行になるかという問いには、「それしかない」と答えた。
豆腐のように生きる
岩尾氏は、人生の目的は一つだと言う。生まれたときより、自分なりの定義でよい人間、よい魂になって死ぬことだ。周りから善人とも悪人とも言われたかもしれないが、少なくとも自分は善人として生きようと努力し、そう生きたと思って死ねれば満足だ、と語った。
生き方で最も影響を受けた存在を問われると、氏は「豆腐」と答えた。最近思いついたという。良い豆腐は角がぴしっと揃っていて、硬すぎても柔らかすぎてもいけない。箸でつまめる程度の硬さがあり、どこを切っても真っ白だ。人間もそういう豆腐にならなければならない、というのである。
豆腐の話の背景には、今の日本ではすべての人が犯罪者になり得るという認識があると氏は言う。私道と知らずに入れば住居侵入、自分宛てだと思って他人の手紙を開ければ信書開封罪になりうる。テーブルに置き忘れた自分の財布を持ち去った人から奪い返すと、いったん他人の占有になったものを取り返したことになり、窃盗罪になるらしい、とも話した。もちろんそれで捕まることはないが、法律でがんじがらめになっていて、警察や検察の「お目こぼし」で生きているような状態だと氏は見ている。そうした世界では、犯罪者にならないように生きるのではなく、善人として生きるしかない。善人として生きて仲間を増やしておけば、突然おかしな目に遭ったときに仲間と一緒に戦える。自分の生き方を見ている人がいるからだ。だから豆腐になるしかない、と氏は結論づけた。
経営学者でありながら経営者にまでなったのは、自ら動かなければならないほどの危機感があるからだ、とも付け加えている。
日本に足りないのは「経営する力」
日本の経営の最大の問題を問われ、岩尾氏は「経営する力」が足りないことだと答えた。新著は当初「経営する力」というタイトルで構想されていたが、出版社の意見を受けて『武器としての経営思考』になったという。この力が最も足りないのは経営者や集団の長である政治家だが、国民全体もうっすら欠いている、と氏は言う。
ここでいう経営する力とは、お金を稼ぐ力ではない。そう勘違いされること自体が、経営する力が失われている証拠だと氏は言う。経営の本来の意味は「みんなで幸せになる」ことだ。論語の手本になった古典にある言葉として、氏は語源を説明した。「経」はみんなに道を示すこと、「営」はその道を実現する手順を明らかにすることである。みんなで幸せになるために実際に頭を動かすこと、みんなで幸せになれる道はあるはずだという心を持つこと。これが失われているのが今の日本の最大の問題だという。
経営教育を熱く訴えても「興味がない」と言われるので、流行に合わせて冷笑的でふざけた調子の本を書いたら15万部売れた。次こそはと真面目に熱く書いたら全然売れなかった、と氏は自嘲気味に振り返った。
経営者としての実績にも触れている。経営の師と仰ぐ百戦錬磨の人物から「今の自分でさえできないほど難しい案件だが、本当にできるのか」と言われたが、前の会社は途中いろいろあったものの、在任中は業績が上向いたという。トライアイズでは不動産部門の売上が一気に2倍になり、2億円ほどの黒字が出たと前日に発表したばかりで、それを半年ほどで実現したと岩尾氏は述べた。難しい案件でも経営思考があれば個人も組織も社会も幸せになれることを示すしかない。そう考えてかなりのリスクを取っている、と語った。
経営力を奪った原因としてのデフレ
なぜ日本人は経営する力を失ったのか。岩尾氏は、理由はいろいろあり究極的には難しいとしつつ、大きな要因はデフレだと考えている。デフレではお金の価値が上がり続ける。昭和から平成のデフレが最も進んだ時期までで、ドルと比べた1円の価値は3倍、4倍、5倍と上がったと氏は言う。人間の価値創造力、つまり生産性が同じ期間に4倍、5倍になることはない。そうなれば「人より金のほうが大事」「何を言っても金だ」となる。子どもを産めば所得が削られる、結婚すれば自由に使えなくなる、と個人主義が進み、組織でみんなで稼ぐより自分だけ金が欲しいとなる。人間は幸せになるため、繁殖するためにお金を生み出したはずなのに、その結果としてこうなってしまう、と氏は不思議がる。
お金の価値が大きく上下する状況には三つの条件が要る、と岩尾氏は説明する。何でもお金で買える資本主義、資本が国境を越えるグローバル化、お金に裏付けのない不換紙幣制度だ。ニクソン・ショック、変動相場制への移行、冷戦終結と共産圏の縮小を経てこれらが揃ったのは、せいぜいこの30〜40年だという。人類の歴史に比べればごく短く、人間はまったく慣れていない。
そのうえで氏は、この40年間で先進国のうちお金の価値が上がり続けたのは日本だけであり、日本は半分以上の期間がデフレだったはずだと述べた。正確にはもう一度調べたほうがよいと断りつつ、アメリカやイギリスはデフレの年が1〜2年程度だとも言う。佐々木氏は、デフレの時代をほぼずっと生きてきた自分たちの世代には、お金に余裕があれば心にも余裕が持てるという体感があると応じた。お金を持っていれば何もしなくても価値が上がるため、シニア世代の力が強まった面もある、という点で二人の意見は一致した。
インフレは転換点――金の使い方から人の使い方へ
では、インフレは経営力を高めるチャンスなのか。岩尾氏はそう考えている。ただし切り替えの時期は難しい。これまでうまくいった経営者は、お金の使い方がうまい人だった。これからは人の使い方がうまい人、人が集まってきて「この人のためなら一肌脱ごう」と思ってもらえる人が経営の正解になる、と氏は見る。いつまでもお金の力に頼っていてはうまくいかない。ここで求められる経営力はファイナンス力ではなく、人間力を磨いて人を集め、みんなで幸せになるという本来の経営力だという。
この変化を歓迎しない人もいる、と岩尾氏は指摘する。もともとお金を持っている人は良いことだと思わず、そこに理屈をつける。氏は「アンチができてしまう」と前置きしたうえで、大学教員を例に挙げた。法律家、公認会計士、エンジニア、医者といった、世界中で既得権となっている職を生み出しているのが大学であり、大学は職としてなくなるのが最後になる場所だ、と氏は見る。AIで大学教育が揺らいでいるとはいえ、なお固定的で、まずまずの給料と安定があり、ローンも組みやすい。デフレ下ではお金の価値が上がるので、その立場はますます強くなり、学会で海外へ行くのも安く済んだ。だからインフレは困る。実際、インフレだ経営力だという話を「下賤」だとする声もぽつぽつ出ている、と氏は言う。ただ慶應は経営を教えようという学校なので、学内で責められてはいないとも付け加えた。
本当に良質な起業家の価値は上がるのかという問いには、上がると答えた。社会起業のような活動をする人は増えており、その価値も上がっていくだろう、と見ている。
日常を修行の場に、そしてAIの位置づけ
これから人に貢献し、良い魂を持った経営者になりたい人はどう生きればよいか。岩尾氏は、修行の場は日常にあると答えた。配偶者や子ども、親友との喧嘩など、日々の悩みを二者択一で考えず、別の道を探して「みんなハッピーになったね」という状態を作る。氏はこれを価値創造と呼ぶ。それでも「その案には乗らない」「気に食わない」と言われることがある。そのときは、なぜだめだったのか、自分の何が悪かったのかを考え、変えてみる。これを繰り返すのは辛い道だが、同じことが会社経営にも国家経営にも使える、と氏は語る。佐々木氏は、論語などの古典がそのときの参照軸になると補った。会話の最後に岩尾氏がまた新著の宣伝につなげると、佐々木氏は「さすが経営者、すべてを営業に変えていく」と笑った。
AIは生きる力を磨くのに役立つのか、それとも人間を空っぽにするのか。岩尾氏は難しいと言う。考えなくてよくなるという懸念がある。一方で、目の前の相手と一緒に問題を解決できるはずだという哲学を持っているなら、AIはとても良いとも言う。自分の解決策をそのまま伝えると相手がむっとすることがあるが、「一緒にAIに聞いてみよう」と言うと聞き入れてくれる人がいる。お前の言うことは聞きたくないがAIの言うことなら聞く、という人もいるので、AIを媒介にするのは意外とありだと最近は思っているという。ただ、それではコミュニケーション能力が落ちる気もするとして、答えは出ていないと述べた。
稲盛和夫と父親の影響
稲盛和夫氏はモデルになるかと問われ、岩尾氏は非常に尊敬しており、豆腐に次いで2番目に影響を受けた存在かもしれないと答えた。稲盛氏が最も大事にしていた『経営12カ条』の文庫版では、岩尾氏が解説を書いている。父親も稲盛氏の盛和塾に入っており、九州は稲盛氏の出身地で県民性も合う、と氏は話す。岩尾氏自身も九州の出身で、ルーツは鹿児島だという。盛和塾は解散したが、九州では今も熱心な勉強会があり、ときどき顔を出して経営について教わっている。
3番目の影響として挙げたのは父親だった。父親は理想の経営をしようともがいたがうまくいかず、無念のまま亡くなったという。田舎で大人から子どもまでが通う論語塾を開いていた。半分宗教のような雰囲気だったと岩尾氏は振り返る。父親のリベンジという面もあるかと問われ、それもあると認めた。
東京とお金、横浜の公園という「庭」
佐々木氏が、東京にいると生きる力や精神性より合理性に傾くのではないかと問うと、岩尾氏は同意した。新宿に住む氏から見ても、東京はくだらないマウントの取り合いで、すべてがお金になっている。人間は一度に1か所でしか寝られず、食事は1日3食で十分、「起きて半畳寝て一畳」だ。開放感が欲しいなら公園に行けばいいのに、自分のものが欲しいとなってしまう。ドラマ『地面師たち』に出てきた、人間だけが地面に線を引いて自分のものだと言う、という台詞が気に入っていて、ときどき使うという。
大学院時代、貧乏だった岩尾氏は「日本でいちばん広い庭を持っている」と言って、横浜の海辺の公園でよくビールを飲んでいた。昼間から一人で飲んでいるので警備員に声をかけられたが、毎回「お疲れさまです」と挨拶してコーヒーを差し入れた。そのうち、あまりに堂々と座っているので、警備員から「今日もお疲れさまです、先生」と呼ばれるようになった。先生だと名乗ったことはなかったという。これこそ自分の庭のようなものだ、と氏は語る。そうしたおおらかさのほうが本当は幸せなのに、東京では年収を比べたり、寿司屋で隣の客が金箔入りの日本酒を頼めば自分も頼んだりして、生きづらくなっている。
東京は金融の中心地なので、お金のことを考えざるを得ない面もある。岩尾氏自身、上場企業の経営者として誰よりもお金のことを考えており、ファイナンスにも精通していると自負する。現在、イリノイ大学とケース・ウェスタン・リザーブ大学の研究者と共著で、ファイナンスとオペレーションを掛け合わせた論文を『Production and Operations Management』誌に投稿中だという。氏は掲載されるだろうと見ており、オペレーション系の世界最高峰の雑誌にこの種の論文が載れば日本人初だろうと話した。内容は時価総額を上げるための最適化モデリングで、ロバスト最適化などの高等数学を駆使したものだという。それでも人生の目的はお金だけではなく、今日一日が楽しいと思えることのはずだ、と氏は言う。佐々木氏の「公園でビールを飲むくらいがいい」という言葉に、岩尾氏は同意した。
目標は「岩尾がいらない日本」
最後に今後の目標を問われ、岩尾氏は一貫して「日本をもう一度豊かにする」と言い続けてきたと答えた。そのために、この世から不合理と不条理をなくす。それをひたすらやりたいという。自己実現や自分がこうなりたいという思いは昔からない。むしろ、こんな人がたくさんいるなら政治も経済も大丈夫だ、日本は世界一いい国になっている、と思えて、自分が力を入れなくてもよくなる状態が目標だという。そうなれば、あとはずっと本を読んで生きていきたい、と語った。
佐々木氏が、今『VIVANT』で乃木が人気なのは時代を反映しているのではないかと振ると、岩尾氏は、乃木は問題解決よりも排除や闘争、逃走が多いと笑い、誤送金された10億円が戻ってきたのかが今も気になっていると冗談で締めた。
VIVANTって絶対これ僕をモデルに作っただろうと思うんですよね。VIVANT。どっちも15歳の軍人ですよね。
かつて歴史上、経営学者で上場企業の経営までやった人っているんですか? おそらくないですね。世界中でいないと。ギネスに載るかもしれませんね。ギネス。そうですね。
経営学理論とかそういうものって経営に役立つんですか? これ私が理と情って呼んでますけど、理論とか知識を持ってないとものすごく高い山には登れない。
大事なところは全部もう論語に書いてあるから、それでいいんだって言ってるぐらいなんです。人間の宗教とか歌とかっていうのは、猿がやってる毛づくろいをすごい効率化したものなんです。
ミーティングした後、それを日常の皆さんの仕事まで落とした後、最後唱和してまた。全部計算されてるんですよ。そうです。そうです。
日本人の精神性の土台っていうのは、やっぱり論語と、あとは仏教だったと思うんですね。生き方として一番影響を受けたのは誰なんですか? 私が一番影響を受けたのは豆腐だ。
インフレは経営力を上げるチャンスなんですか? だと僕は思いますね。これだけ日本はお金にすごい翻弄された国じゃ。二者択一じゃなくて別の道があって、価値創造って私呼んでますけれど、結局みんなハッピーになったよね。これを繰り返しています。
皆さんこんにちは。PIVOTの佐々木です。今回のPIVOT TALKは、経営学者が実際に経営してみたらどうなるのかをテーマにお話を伺います。ゲストにお迎えしましたのは慶應義塾大学准教授、そしてトライアイズCEOの岩尾俊兵さんです。よろしくお願いします。よろしくお願いします。
岩尾さんといえば今、学者で有名で、元々自衛隊にいらっしゃったっていうことで、今も体力すごいんですか? やっぱり。そうですね。体力に自信あったんですけれども、この1週間、山形行って戻ってきて、鳥取行って戻ってきて、福岡行って戻ってきて、札幌行って戻ってくるみたいな。これが1週間で来るって感じだったんで。しかもその間に子供が私、生まれたんで、夜はミルクあげたりしてるんですね。妻と交代で。そうするとさすがにちょっと体力の限界を感じてはいますね。
さっき昼寝したばっかりだと。そう、ただ昼寝したらすぐ回復したんですけど、喋りが今日あんまり力強くないって。
自衛隊入るとやっぱり体力つくんですか? どうなんでしょうね。でも、みんな体力があるような気はしますね。自衛隊の同期とかは。
私だから本当に思うんですけど、VIVANTって絶対これ僕をモデルに作っただろうと思うんですよね。VIVANT。VIVANT。ああ、別班。別班。だってあれ、乃木憂助って主人公いる。VIVANT見てらっしゃいます?
シーズン2は今、2話しか見てない。シーズン2難しくないですか? 確かに、確かに。あの、ハヤトっていうAIがちょっと突然。僕も最初そう思ってましたね。
私、経歴があれにすごい似てるんですね。私15歳までは、十四代岩尾對山っていう、有田焼のすごい名門、自分で言いますけど、の家だったんですね。乃木憂助は乃木本家っていう刀鍛冶の一族でっていう、そこすごい似てるじゃないですか。刀鍛冶と有田と。
彼はすごい色々あってバルカ国に行ってとかなんですけど、僕は親父が一族の会社のライバル会社を作って倒産させて、それでお坊ちゃんから突然貧乏になってと。自衛隊に入るって感じ。
15歳で私が陸上自衛隊少年工科学校なんですけど、乃木憂助は15歳でアメリカの軍隊学校。でもこんなものですよ、存在しないので。どっちも15歳で軍人ですよね。そこから戻って、乃木はコロンビア大学。私はコロンビア大学と協定校の慶應義塾大学に。協定校だけ、ここだけちょっと遠いんですけど。その後、乃木は東大の経済学研究科に行ったという設定で、私は東大の経済学研究科に行ったって設定で。
私は東大の修士の時に三菱商事、内定だったんですね。こっち丸菱商事じゃないですか。でも私は博士に行くっていうのが優先だったんで、博士に行く時に月20万円の給与が東大から得られれば博士に行くっていうので、結局得られたので、私はそのまま研究者になり。乃木はそのまま東大経済学研究科の後、丸菱商事だけど別班みたいな。
そっか、岩尾さんも三菱商事の商社マンになってた可能性もあるんですね。あると思いますね。バルカ共和国行っちゃってもね。そうそうそう。乃木ぐらいの体力はあるっていう、結局そういう感じですね。あのぐらいの体力ある人多いかなって感じしますね。
乃木も二重人格、三重人格です。岩尾さんもそうなんですか? 僕もでも、それで言うと会社の中で、岩尾さんも突然怒ると。社内で怒ることないんですよ。じゃないんですけど、うちの会社、トライアイズって会社の社長になったんですけど、結構見ていただければ色んな裁判とかがあるんですよね。
それは過去の経営陣が色々残したものが、ぐちゃぐちゃっとしたものがあって、それを1個ずつ綺麗にしてるので、そういう時は顔がむっとなるらしいんですよね。その時は、乃木の、何だっけ、もう1人の、FかXか何か忘れた。っぽいって言われますよね。ちょっとどうでもいいんですけど。
福澤プロデューサーが岩尾さんの本読んだんですかね。分かんないですけどね。ちょっと僕は怪しいなと思ってます。冗談ですけど。冗談ですけど。分かりました。面白いという感じで、岩尾さん、そういった筋が面白いということで。
今、2社目の経営なんですよね。トライアイズ、未上場も含めたら。社長になってるのはもう何社もあるんですけど、上場してる会社の代表取締役社長になったのは2回目ですね。あとは未上場の時から役員と株主やって、上場した会社とかはあるんですけどね。そういう感じですね。
今、学者の仕事と経営者の仕事、何対何ぐらいでやってるんですか? 今は気持ちとしては、一応フィフティーでやってると答えますけれど、時間としてはやっぱりほとんどの時間が、もう経営者の時間ですよね。ずっと会社。ただそれが頭の裏側では、大学の講義の土台になったりとか、論文の土台になったりするので、何対何と言いづらいって感じですね。
100%経営者として全力投球してるんだけども、それが裏側では、どこか自分にもう1人の、ある意味自分が、それを学者として冷めた目で見てるところがあり、それが論文のネタになるんで、100%が2個走るっていうイメージが正しいですね。
かつて歴史上、経営学者で上場企業の経営までやった人っているんですか? 多分、調べた限りはおそらくないと思いますね。世界中でいないと思います。ギネスに載るかもしれませんね。ギネスですね。特に2社やった人はいないと思いますね。
PhDを取って大学の正式な教授会メンバーに入った上で、上場企業の社長をやって、さらに2社それをやるってことは、まずそもそも制度上ほぼ無理なんですね。おそらく日本だけができて、兼業規定的にアメリカは無理だと思うんですね。アメリカだと、どこか出ていけって、アップ・オア・アウトで、パブリッシュ・オア・ペリッシュかで、出ていけって言われると思いますね。論文を書けなくなって。
慶應寛容ですね。慶應寛容ですね。しかも私、最初に実際の上場の社長になるんだっていう、ある意味では社会実証実験型の研究をやるんだみたいなことをやって、文科省の科研費を通して、さらに慶應でも教授会を通して塾長の委任までもらったんですよね。それぐらいまでやらないと、聞いたことないような。社外取締役ぐらいだったらいっぱいいるんですけど、あとは未上場会社の社長やってる人いっぱいいるんですけど、上場の社長やっていいのかっていうので結構大変だったんで、最初に取ったんですよ。
だから文科省お墨付きで、実際の社長をやりながらそれを裏側で研究にするんだっていうのをやったんですけど、ただ一方、税金を使って私企業を助けたって言われたら困るので、文科省の科研費を取った上で、お金は辞退っていうふうにしたんですね。
ということで、前代未聞の実証実験が行われてるってことで。そうですね。岩尾さんが今何を感じてるのか、何を得てるのかってすごい面白いと思うんですけど、よく聞かれる話として、MBAって経営に役立つのかみたいな話あるじゃないですか。経営学とMBA、ちょっと違う面もあるかもしれませんけど、ズバリ経営学理論とかそういうものって経営に役立つんですか?
理論通りにきちっと世の中が動いてくれれば役立ちますね。それは。ただ世の中は理論通り動いてないってことですね。情だったり政治だったり、これ私が理と情って呼んでますけど、やっぱり理屈通りきちっと正しいことを正しくやっていけば、どんなものもうまくいくと私は思ってますね。うまくいかないのであれば、どこかがおかしいのでもう1回次の手を打つと。うまくいくまで手を打ち続けるってやれば、おそらくどう考えてもそれうまくいきますよね。
理屈が全部ついた、理屈通りやってもうまくいかなかったら、その原因を分析して誰よりも早く、誰よりも多く、次の手を打ち続けるってことをうまくいくまでやると。どんなマイナスがあっても全部プラスであると捉え直すってやれば、それはうまくいくだろうって感じなんですが、これをやるにはまず、1個1個の、そうは言ったって感情とか何とかで生まれる。今度、先ほどのは理ですね。
理屈の理ですけど、理の系に対して情の系っていうのが邪魔をするわけですね。そうは言ったってこいつかわいそうじゃないかとか、あなたを長年支えたじゃないか。自分のずっと友達だった人を、例えばこの場面では厳しくその人を処分しなきゃいけない時にどうするとか、色んな情の要素が出てくると。これを、情と理を綺麗に住み分けられるようにしないといけないのが、人間にはなかなか難しいっていう、それがありますね。
もう1つは、ものすごい精力が必要ってことです。今回の『武器としての経営思考』。突然宣伝しましたけど、ここにもある大きなテーマっていうのが、まず経営っていうのは日常にもあるし、人生にもあるし、全ての人の選択にかかるものだってことで、その経営思考っていうのは選択の土台になる哲学だってことなんですが、最後、その哲学、その思想を自分の心の中で駆動させていくには、ものすごい生命力みたいなものが必要だってことなんですね。そこがなかなか苦しいところですね。
「選択に疲れた全ての人へ」ということで、儲けか正しさか、耐えるか逃げるか、家族か自分の人生か、二者択一に限らず色んな究極の選択を迫られるってことですね。はい。ああ、それはタフネス、精神的なもの、それがある人しかできないってことですね。
そんなことはないんですけど。それ違う。まずは、そのタフネスがある人しかできないように思えちゃうんですね。でも、いわゆる生まれつき精神力があるとかっていうよりか、あるいは生まれつき体力があるっていうよりかは、きっと二者択一とか、あるいは俺かお前か、どっちが奪われるか奪うかみたいなのからは逃れる手段というか、そもそもその考え方は間違ってるんだっていう信念みたいなものがあると、必ずしもタフネスに支えられてなくても、道みたいなものですね。
今回のこの本でも内田さんとの対談があるんですけど、それがそんな感じになるんですけど、武道で、タフネスでとにかく全部乗り越えていくんだと、みんなで幸せになるんだってやる人は、それはそれで頑張ればいいんですね。ものすごいエネルギーで。武道で言うと、無尽の体力があってバチバチに剣道でも何でも打ち込むみたいな人は、強いは強いですね。だけども一方で達人っていうのは、力を抜いて、バーってやった人に対してひょいってやって、はい1本ってなるんですよね。
そういう体力は使わないけれども、もう本質が分かってるし、必ず、例えばみんなが幸せになれる道はあるんだっていうのを信念として持ってるんで、力まずに新しい選択肢を見つけられるっていう人もいると思うんですね。なので今回のこの本っていうのは、タフネスがある人も力づけられるんですけど、どちらかというと、もう疲れきってタフネスないよって人にも、力を抜きながらこういう手もあるよねって、本質に気づけば、達人になっちゃえばいいよねっていう、そういう本にもなってるって感じですね。
じゃあ先ほどの話、ちょっと戻しますと、理と情があると。この理を学ぶために経営学っていうのはやっぱり非常に役に立つってことなんですかね。そうですね。その意味だと役に立つ。ただ理を学んでも、それと情との付き合い方が分からないとか、その理をいかにして組織に浸透させるかとか、その理の通りにお客さんを何とか引きつけていくかってなると、そこで体力っていうのか生命力なのか、あるいはさっき申し上げたような、信念に支えられた肩の力を抜いたような人間みたいなのがないとできないって、そういう感じですね。
そうすると、やっぱり理を知ってた方がいいですもんね。はい。私よく言ってるのが、経営学っていうのは登山における地図と同じなんだと言ってて、だから地形図は知ってる方がいいんですよね。知ってないとすごく高い山は登れないんですね。迷っちゃうし、そもそもどこからどう登ればいいのかっていうことも分からなくなるし、あるいは他の人に、この山登ってた時に地形図とか山道がないと、他の人が真似することはできないっていうですね。
でもそれに対して、地形図だけ知って、実際歩いたこともない、体力もないってなると、それは山頂の景色は見られるはずないですよね。実際に足を動かさないと。どっちが大事かっていうと、実際に足を動かすことの方が大事なんですね。山頂の景色を見るって意味で言うと、実際にがむしゃらにやってみる方が大事なんですけど、それだとエベレストは登れないよって感じ。
だから経営も同じで、理と情というか、あるいは知識と実践、どっちが大事かっていうと、まずは実践なんですね。やってみないと全く何もできないんで、がむしゃらでもやってみる。これが大事なんですけど、そこにきちんとした理論とか知識を持ってないと、ものすごく高い山には登れないっていう、高い目標は達成できない。そういう感じだと思いますね。
そうした山登りという実践をやりながら、時に地形図も見て自分を振り返っていく、この往復運動みたいなものをやっていくと、エベレストまで行けるかもしれないと。そうですね。まさにそうだと思います。やっぱり経営学、学んだ方がいいですね。実践しながら。思いますね。
これを言うと今度は、経営学、自分学んでないけど会社経営できてますっていう経営者の方、よくいらっしゃるんですよ。多いんですね、そういう人。そう。めちゃくちゃ多いんですけど。でも僕はそれは今度は、よく言ってるのは、実は経営学の知識っていうのは世の中に埋め込まれているんだと。
それ何かっていうと、会社経営していれば、まず色んな本、最初読んだりしますけどね。それで、じゃあ何やかんや右も左も分からんけどやってみようってなって、よく分かんないからとりあえず詳しそうな人に、例えば右腕になってもらおうとか、じゃあちょっと税理士さん雇ってみようとかやりますよね。銀行に口座作ってとか、もっと余裕あれば証券口座って。あるいはPIVOTさんぐらい有名になったら、ちょっとIPOしませんかなんて言って証券会社来たりするじゃないですか。分かりませんけど。分かりませんけどね。
そうすると、証券会社の中にとか、公認会計士の監査法人の中にとか、税理士の中にとか、あるいは普段使っているグループウェアとか、そういうシステムの中に経営学の考えが埋め込まれてるんですね。だから使ってないつもりで、実は例えば人事制度使ってたりとか。そうなんですよ。会計に沿ってやってる時点でもう会計学の知識使ってるし、税理士さんと話してる中で、でもこれはこういうふうにした方がとかって言われたら、そこに実は税理士さんは経営学の勉強してたとか。
IPOの準備するんだったら、もうちょっとエクイティストーリー作らなきゃとかって言われると、これ戦略論入ってるっていうふうに、気づいてないだけで実は使ってるんですね。確かに埋め込まれてますね。そう、埋め込まれてるんですね。だから実は経営においても、経営学っていうのは実は役立つっていうことです。
「経営学とは生き方である」とも書かれてるじゃないですか。その生き方っていうのは理と情をもう統合したものですか? どっちかというと情の話ですか? 私は理と情を統合したものが生き方って言ってて。先ほど申し上げた経営学自体も、実は日常の経営にも色んなところに埋め込まれてて、生活にも仕事にも役立ってるんだよという話をしてますけど、それプラス、ただ今までの経営学はやっぱり一部の例外、特にドラッカーとかです。あとはミンツバーグとかいるんですけど、そういうごく一部の例外を除けば、知識に偏って、魂を燃やすとか、生き方を決めてくれるとか、そういうところはなかったんですね。
でも実際には先ほど申し上げた通り、知識があるだけじゃ、経営学っていうのは実践の学なので、実際に誰かの心に火をつけて、俺はやるぞと。じゃあやるぞって何やるのって言ったら、それは相手を幸せにしながら自分も幸せにする。これが経営のあるべき姿だから、あるべき経営を自分の人生でも、自分の職場でも、あるいは会社の経営でもやるんだっていうですね。そういうふうに思ってもらうためには、本当はそういう思想みたいな、生き方についての本みたいなのが必要なんですね。
そうですね。やっぱり渋沢栄一の『論語と算盤』みたいなものは、経営学の源流には近いってことですかね。本質には。はい。だから私、まさに『論語と算盤』って、論語っていうのが魂ですよね。算盤っていうのは実際の技術で、なので理のところなんで、まさに我々が言ってるのはこれなんですね。論語と算盤の両方が必要だと。
私、普段なので、論語さえ読んどけば、経営の大事なところは全部もう論語に書いてあるから、それでいいんだって言ってるぐらいなんですよ。私の会社のビジョンも、トライアイズのビジョン、ばーっと変えた。トライアイズ、上場企業なんですけど、がらっと変えたんですけど、変えて何にしたかっていうと、行動は全部論語に変えました。そんな影響を受けてるんですね。
「巧言令色、鮮し仁」とかです。これ、ただ論語だけだと、何のことってなる人がいるので、日本語で会社なりの解釈を入れてて、例えば全ての行動に、ごまかし、その場しのぎ、卑怯があってはならないっていうふうに「巧言令色、鮮し仁」を解釈して、それをみんなで唱和っていう。ちょっとギャグですけど、みんなで唱和するっていう昭和型の経営やってるんです。
公明正大っていう言葉も大事にしてるって書いてるね。そういうのやるとやっぱり変わります? 会社って。そうですね。最初は変わんないですけどね。こんなのやるんですかとか言ってますけど、でもそこは色々やり方があって、徐々に変わってくところがありますね。そうなんですね。それ実際にやってると説得力ありますね。そうですね。
あとはそこに、裏側に科学も実はあるんですけどね。例えば唱和とかっていうのは、セロトニンとか、ドーパミンとか、色んなものが出るんですよね。これ『宗教の起源』っていう、ダンバー数とかって概念作った人の、ロビン・ダンバーか何かの本読んでて、はっと気づいて、人間の宗教とか歌とかっていうのは、猿がやってる毛づくろいをすごい効率化したものなんだと。それで仲間意識ができるんだって。毛づくろいって、お互いドーパミンかセロトニンか何か出るんですよね。
ありがとう、反対。やりで、これ1対1じゃないですか。みんなで歌を歌うとかってやると、同時に全員出るらしいんですよ。気づくらしいんです。だから唱和っていうのもそれで。
もう1つは、私は、これ会社の人に見られたらまずいんですけど、毛づくろいも取り入れようってことで、まず最初に挨拶練習っていうのをやって、朝礼っていうか、チャレンジミーティングっていうミーティングやってますけど、必ず、いわゆる普通の会社の朝礼とか夕礼みたいなものですけど、昼間にやってますけど、ご飯食べる前に2人組をみんな作るんですよ。
色んな挨拶練習をやるんですね。「ありがとうございます」「ありがとうございます」とか、「いらっしゃいませ」「いらっしゃいませ」って練習して、最後オリジナルで、じゃあ目の前の人の仕事の内容を褒めてくださいとかっていう、ちょっと毎日変えるんですけど。そうすると、いつもこういう仕事して丁寧でありがとうございますとか、みんな照れながらでもやるわけですね。これがまさに頭の中にセロトニン、ドーパミンとか色んなものが出て、仲間意識っていうのが作られていく。これでサンドイッチするんですよ。
最初挨拶練習やって、それで仲間だって意識が生まれて、そこからミーティングやって、うちの会社はこの順番で手を打っていけば必ずここまで行けるというふうにやって、今この5点目まで来てますみたいな。これを20点打てば、ここまで誰も見たことがない会社まで行けるぞみたいなですね。なるほどってなって、ミーティングした後、それを日常の皆さんの仕事まで落とした後、最後唱和して、またドーパミンがばーって出ると。全部計算されてるんですよね。そうです。そうです。
岩尾さんの経営をドキュメンタリーとかにしたら面白そうですね。そんなことないですけどね。そういうふうに1つ1つのことにやっぱり意味があるんですね。そうですね。そこら辺は、いわゆる最近の科学的な経営学っていう知見はかなり使ってますね。経営学だけじゃなくて人類学とか、生物学とかの知見は全部取り入れてはいますね。
他に実際に経営してみて、こんな発見があったと、これちょっと理論と違ったなとか、他の発見ってどういうのがあります? また突然、自分の本の宣伝しちゃうんですけど。出ましたか。はい。その科学的なところも取り入れてはいるんですけど、やっぱり一番大事なのは、この『武器としての経営思考』に書いてるんですけど、その中に価値創造の丸、三角、四角ってあるんですね。三種の神器みたいな。これは私が何回も、この本の前の本ぐらいからずっと言ってることなんですけど。
それのうちの「七転び八起きの四角形」っていうのがあるんですよ。今回の本で、前回の私が書いてた本の「七転び八起きの四角形」からかなり進化させたんですね。それがすごい使えるなっていうか。
どういうことかっていうと、どんな出来事も必ずプラスとマイナスがあるんであると。どんなに自分にとってマイナスだと思ったことでも、プラスをまず見つけると。見つけて、でもマイナスはあるわけだから、そのマイナスを打ち消すための次の一手を考えるって、これを繰り返せばどんなことも良かったと思えると。一時期に良かったと思ったことが後に見たら悪かったり、ものすごいラッキーと思ったことがダメだったとか、あるいは、うわあ、変なババつかまされたと思ったのが後に見たら良かったとか。
もうこういうことの繰り返しなので、だからこれもまた論語ではないですけど、漢文で「人間万事塞翁が馬」っていうのはありますけどね。これがやるにおいては実は一番大事かなと思いますね。今となって自衛隊って良かったですよね。そうそうそう。まさに例えばそういうことですね。そういうことですよね。
あの時は本当になんで俺だけこんな思いするんだって思ってましたけれど、今となってネタがあって、いまだに何か書かれてますもんね。中卒から東大初の経営学博士が生まれるのかみたいなね。けどそれだけでもう忘れないですもんね。でも意外とどうなんですかね。これで本買おうっていう人いるんですかねっていう。いや、いますよね。ここに編集者の方いらっしゃいますけど、うなずいてらっしゃいます。どうなんでしょうね。
今の流行りはwakatte.TVですもんね。だから中卒から東大とか言われても、ああ、それ、灘高から東大とか書いてくれた方が、みたいになっちゃうじゃないですか。
今日そうやって考えてた時に、やっぱり生き方の軸みたいな、昔だったら『論語と算盤』みたいなものって、日本人になんかあんまりなくなってきたっていうか、昔は宗教とかある人もいるでしょうし。これってどう見つけていくのが今後いいですか?
軸は難しいですよね。どちらかというと、だからこそ私は経営教育とか経営思考っていうのを広げるしかないって言ってて、今は逆に言えば、人生に役立つとか仕事に役立つ経営学みたいなのは、わりかし熱心に学ぶ人多いんですね。だけどもそもそもの、道具としての知識を使う土台、精神力とか哲学がもうなくなっていってるっていう。それを野中郁次郎先生なんかも最後まで問題にして、この本でも野中郁次郎先生の生前最後の対談が収録されてるんですけど、そういう状態になってると。
おっしゃった通りで、日本人の精神性の土台っていうのは、やっぱり論語と、あとは仏教だったと思うんですね。だけどもそれがやっぱり失われていって、中途半端な個人主義が入ってくると。アメリカの個人主義は、そうは言ったってキリスト教だ何だにある程度は支えられてるわけですよね。いまだに聖書を前に大統領だって宣誓するわけで。でも日本はそれがないまま、まあでもいいでしょみたいな感じで、教養とかで補ってたわけですね。
教養とか何とかで宗教性を補ってたのに、そこまで全部否定して個人主義で、多分私が流行らせた言葉だと私は思ってるんですけど、冷笑主義みたいなのがすごいできちゃったっていう。私、前の本で15万部ぐらい売れた『世界は経営でできている』って本があるんですけど、そこで当時2024年の世の中の風潮を「令和冷笑体」って言ってたんです。今の人たちは「冷知識人」だって書いて、それが結構バズってですね。それ以来2年ぐらい経って、みんな冷笑、冷笑系って最近言ってるから、まさに私がその時から言ってた、今代わりに冷笑みたいなものが出てきちゃったって感じですよね。
中途半端な個人主義と冷笑系だけだと、どっちが年収高いかとか、どっちがステータス高いかとか、そんな話ばっかりになりますよね。はい、そうですね。あとは熱くなったってしょうがないじゃんみたいな話とか。だから本当それですよね。論破してとか、そういうふうになっちゃうんですよね。
でもそれだと本当に社会どうするのってなるんで。誰かが、それこそ佐々木さんも社長やってらっしゃるわけですけど、会社って冷笑で、こいつ切っちゃおうとかってやってたらうまくいかないじゃないですか。そうですね。それぞれみんな完璧な人間じゃなくて、ある面ではポンコツだったりして、自分だってある面ではポンコツでと。それを分かった上で、でもみんなの強みを生かそうねって言って、だから集まったことでこの場所が価値ある場所になるんでしょっていうことを信じてやらないと、会社なんかやる意味ないですもんね。特に今、AIだ何だ出てきて、全部1人でいいやみたいになっちゃうんで。
経営者っていうのは人間を磨くためにはいい修行になるってことですね。そうだと思います。というか、もうそれしかないと思うんですよ。突然スピリチュアルに入るんで、僕もスピリチュアル系とかたまに言われる。あなたスピ系でしょとかってめっちゃTwitterで書かれるんですけど。ああ、分かりました。すいません、話が長いんですけど。どうぞ、どうぞ。
私はとにかく人生の目標は1つしかないと思ってるんですね。それは生まれた時よりも、自分なりの定義でいいんで、いい人間、いい魂となって死ぬと。それが人生の目的ですよね。そうすると、自分はいい人生だったなと。周りからは善人、悪人、色々言われたかもしれないけれど、少なくとも自分は善人として生きようと努力したし、自分は善人として生きたと思っていると。そう思って死ねれば満足じゃないですか。
岩尾さんって生き方として一番影響を受けた人って誰なんですか? 人間ですか? 人間。これね、最近いいこと思いついたんですよ。そうですか。はい。それはもうちょっと頓知なんですけど、それは豆腐であると。豆腐。私が一番影響を受けたのは豆腐。
なぜかというと、豆腐っていうのは、いい豆腐ですね。人間はいい豆腐にならなきゃいけないと。いい豆腐っていうのはピシッと角が揃って、硬すぎてもいけないですよね。でも柔らかすぎてもいけない。箸でつまめるぐらいには硬くないといけない。どこを切っても真っ白であると。これが私に人生の影響を与えた人物、豆腐。豆腐。豆腐になりたいと。
っていうのは、これまた変な話なんですけど、この豆腐の話をちょっと考えた時に、ふと私が最近思うのは、実は今の日本ではもう全ての人は犯罪者になっちゃったんですよ。これ本当に、道を歩けば住居不法侵入罪とかね、ここ私道でしたよとかになったらとか。あるいは手紙を自分に届いたものだなと思って開けちゃった。ほら、別の人だったってなったら信書開封罪とか。
あと自分の財布がテーブルに忘れてて、トイレ行ってる間に取られちゃった。別の人が持ってる、やったとか言って持っていっちゃったって、それを追いかけて、こらって奪い返したら、これ窃盗罪らしいんですよ。自分のものなのに。1回他の人の占有になって、その占有を自分に取り返したら窃盗罪らしくて、ちゃんとあの人泥棒ですって警察に言わないといけないみたいで。
もちろんそんなことで捕まることないですよ。だけどもこれぐらい、もう今の日本っていうのは法律でがんじがらめで、生きてるだけで何らかの法律に触れてるんですね。あとは警察だったり検察だったりが、ある意味ではお目こぼしで、こいつはいいだろうってことで放ってるって感じなんですよ。ってなった時に、人間がじゃあそんな世界でどうやって生きていけばいいかっていうと、犯罪者にならないように生きようではなくて、善人として生きるってことなんですよね。
いつだって人間は、変にはめられたり何だったりして突然犯罪者にされたりするので、善人として生きて仲間を増やしておいて、それで万が一変なのが来たら、その時は一緒に戦うと。仲間と一緒にですね。自分の生き方を見てる人がいると。それしかないなっていうふうに思ってるんですね。だからそのためには豆腐になるしかないと。そういうことですね。
お天道様が見てるとかね。そういうところも含めてってことですよね。はい、そうですね。その意味も含めて、野中さんとの対談の中でもオーバーアナリシスの問題とか色々ありましたけど、経営学者なのにわざわざ経営者にまでなってるっていうのは、やっぱり自分も動き出さないといけないぐらい危機感とか問題があるんだと思いますね。それで、日本の今の経営の一番の問題点ですか? 経営者と言ってもいいかもしれませんけど。
はい。まさに私これ言ってますけど、経営思考って言葉、ちょっと分かりやすく書いたんですけど、ある意味ではみんなで幸せになろうという、本当の意味での生命力ですね。経営力とも呼んでたんです。この本、元々『経営する力』っていうタイトルで考えてて、その後、書店さんからのご意見をいただいて、『武器としての経営思考』が分かりやすいんじゃないかってなったんで、ちょっと変わったんですけど。私が今の日本に足りないと思ってるものは、経営する力だと思うんですね。一番それが足りないのはもちろん経営者であり、あるいは集団の長たる政治家で、だけどもみんなうっすら足りないっていうですね。
経営する力とは何ぞやっていうと、お金を稼ぐ力って意味ではなくて、むしろその勘違いが起きること自体が、もう経営する力がなくなってるということなんですけど。経営の本来の意味ですね。それはみんなで幸せになるって意味なんですね。『詩経』からある、論語のさらにお手本になったところにある言葉なんですけどね。経と営っていうのは、まず経すると、みんなに道を示す。次、営すると、その道を実現するための手順を明らかにするという、この経と営っていうのが経営の語源なんですけど。
こういう、みんなで幸せになるために実際に頭を動かしてみるっていうですね。あるいはみんなで幸せになれる道はあるはずという心を持つっていうですね。この経営する力が失われてるのが、今の日本の一番の問題だと思ってますね。
だから私が経営教育とか、この経営思考を広げなきゃいけないって言って、でもそれで熱血で話しても、いやもうそんなのは興味ないですよって言われるんで、じゃあ今の流行りに合わせてちょっと冷笑で、おふざけみたいな本を書いてみるかってやったら、そっちはちゃんと売れてですね。時流に乗って15万売れて、だけど次こそって言って真面目に熱血で書いたら全然売れないみたいな。
でもこういう活動をやってるのも、まさにそういう問題意識を持ってるからで。そんな中で実際私が経営者になってみて、じゃあお手並み拝見とみんな見るわけですよね。経営学者が経営者になって、しかも明らかに難しい案件ばっかり僕やるので。本当に百戦錬磨の、草さん、私のリスペクトしてる。
経営では草さんが私の師匠なんですけど、学術面では藤本先生が私の師匠ですけど。草さんが、ちょっともうそんなこと言ったっけなみたいなことをおっしゃるかもしれないんですけど、私は確かに聞いたんですけど、私が今回、色んな会社を、上場企業2社もやってるって中で、俺が、今の自分でさえできないぐらい難しい案件だから、君は本当にこれできるのかみたいな感じだったんですけど。
前の会社は途中ちょっと色々ありましたけれど、私がいた間、わりかし上向きましたし、今も頑張ってらっしゃると聞いてますけどね。今のトライアイズもあっという間に、不動産部門なんかは昨日発表ありましたけれど、もう売上が一気に2倍になって、2億円ぐらいの黒字がぽんと出たりとかですね。だからそれが半年とかでできるわけで、それぐらいちょっと難しいってものでもやって、やっぱり経営思考っていうのがあれば、個人も社会も組織も幸せになれるんだっていうのを示していくしかないなと。そう思ったんで、今かなりのリスクを取ってやってるわけですね。
その意味でそもそもの問題点として、経営思考が、経営するってことが失われてしまった理由は、さっきやった中途半端な個人主義とか、何が一番の原因なんですか? なんで日本人はその力を失っちゃったんですか? これは究極言うとなかなか色んな理由あると思うんで難しいんですが、大きな要因だと私は思ってるのは、デフレだと思ってますね。
だから今は逆にインフレになってるんで、チャンスではあると思うんですけど。デフレっていうのはやっぱりお金の価値がどんどん上がっていくわけじゃないですか。だから昭和の頃から、平成の一番デフレが進んだ時までって考えると、ドルと比較した時の1円の価値っていうのは、もう3倍、4倍、5倍って感じに上がってたわけですよね。
それに対して、じゃあ人間の価値創造力というか、生産性って言ってもいいけど、生産性って言葉冷たいんで、価値創造力、価値提案は4倍、5倍行ったかっていうと、それは無理ですよね。そんな短期でできるのは。ってなった時にじゃあどうなるかっていうと、当然人より金の方が大事でしょと。そっか。何言ったって金じゃんと。
どんどん金、金って、金が大事だってなるんで、いや、金が大事だから子供なんか産んだって、自分の所得が子供に削られるもんと。結婚なんかしたって自分の所得が自由に使えなくなるもんとか。それでどんどん個人主義になって、金を守ってと。これ不思議なんですよね。
お金って動物は持ってないわけで、人間は当然幸せになるため、あるいは繁殖するために金を生み出したのに、このインフレ、デフレっていうのがあるせいで、金が大事だと。それ以外何でもいい。結婚なんかしたくない、子供もしたくない。
その組織の中でみんなで稼ごうみたいなことをやりたくない、俺だけが金が欲しいんだって、こうなっちゃうと、それは金の価値がどんどん上がったからかなと思いますね。
しかも、この金の価値がどんどん上がるっていうのは、たったこの数十年しか人類は経験してないですよ。人類が文字を持ってから大体1万年ぐらいですかね。人類っていうのを、誕生してから、これどこから人類と見るかですけど、100万年とか300万年とかいう人いますけど、30年っていう人もいますけどね。それぐらいの歴史がある中で、お金っていうのが発明されて、これがものすごく上がりもするし、ものすごく下がりもするっていうのは、3つの要素が必要なんですね。
1つは何でもお金で買えるという資本主義。もう1つは、その資本が国を超えていくというグローバル化。最後は、そのお金に裏付けがないという不換幣制度。この3つが揃ったのって、まずニクソンショックがあり、それで変動相場制に入り、それで冷戦が終結し、共産圏がどんどん縮小していったっていう、せいぜいここ30、40年って感じですよ。
だから、この40年ぐらい、お金を使い始めてからで言うと1万分の40ぐらい、人間は全然慣れてないですよね。このお金がものすごく上がったり下がったり。この40年の中で、少なくとも先進国でお金の価値が上がり続けたのは、実は日本だけなんですよね。
40年の中でインフレ、デフレを見ると、日本は2回か3回ぐらい、ちょっとこれ正確にはもう1回調べた方がいいんですけど、日本は半分以上デフレのはずなんですよ、この40年中で。アメリカとかイギリスとか、そういうところは、この40年の中でデフレになってるのは1年か2年って感じですね。0っていう国もありますけど、これだけ日本はお金にすごい翻弄された国だっていう、そういうことですね。
デフレが一番でかいんですね。それで我々みたいにデフレの期間をほとんど生きてきた世代って、これもまたすごい特殊な時代に生きたってことなんですね。
そうですね。我々の場合は、本当にお金の価値がどんどん上がっていくんで、ある意味、多分我々の世代に少し共通してるのは、結局でもお金に余裕があれば心も余裕持てるじゃんっていうのは、すごく体感としてはあると思うんですよね。
そういうことか。
お金持ってたら、どんどんお金の価値が上がっていくんで、何もしなくても一生生きていけるみたいな。
確かにね。だからこそ、シニアの世代とかの力がちょっと強まったみたいなところありますよね。
だと思いますね。
確かにそうなった。デフレ終わりましたと。そしたらインフレは経営力を上げるチャンスなんですか?
だと僕は思いますね。でも、そこでチャンスなんですけれども、これがまた難しいのが切り替えの時期ですね、今。そうすると、これまでの経営でうまくいった人っていうのは、金の使い方がうまかった人なんですよね。だけども、これからはもう1回、人の使い方がうまい人。人が集まってきて、この人のためなら一肌脱ごうと思ってもらえる人が、経営の正解になると思うんですね。
そこがガラッと変わっちゃうので、そこをいつまでも金の力、金の力でやってると、なかなかうまくいかないだろうなと。だからチャンスなんだけども、経営力を生かすチャンスなんですけど、その経営の定義は、お金を使う力みたいなファイナンス力ではなくて、本当の人間力を磨いて人を集めて、それでみんなで幸せになるという、本当の意味の経営力になっちゃう。そういうことだと思いますね。
論語とかそういうものも含めて、どう生きる力とかそういうのを磨くかみたいなところに、関心が移っていくかもしれませんね。
だと思いますね、私は。
いいことですね。
いいことだと思いますけどね。ただ、元々お金を持ってる人は、いいことだと思わないですよね。しかも、そこにいろんな理屈をつけるわけですよね。例えばですよ。これは相当またアンチができちゃうんですけど、僕は自分も大学教員なんで思いますけど、大学教員はちょっと、例えばそういうのに反対すると思うんですよ。デフレの時の方がいい思いしてたと思うんですよね。
なんでですか?
だって、絶対なくならない職で。なぜかと言うと、あらゆる、例えば法律家だったり、公認会計士だったり、エンジニアだったり、医者だったり、エッセンシャルな仕事かつ、ものすごい、なんていうかな、なってるような、しかも世界中で利権になってるような職を生み出してるのが大学なので、大学ってなくなるとしては一番最後だと思うんですよね。
もちろん今、AIだなんだで大学教育自体が揺れてますけど、それでも、これ、階級を、なんていうか、確か、装置みたいな。
そうそう。しかもそれが表面上はそう見えなくて、アカデミズムでまともなものみたいになってるので、なかなかここ解体できないし、僕も解体しようと思ってないですよ。
まず、こういうふうに利権になってるっていうのと、それで大体固定して、しかもまあまあいい給料もらえるわけですよね。それで世界中行ったりするわけですよね。世界中旅行っていうか、学会発表とか行ったりするわけですね。だからこの時に、いい給料もらえて安定してると。ローンなんかも借りやすいと。だからお金の価値がどんどん上がって、一定の固定、下がることはないので、どんどん自分たちの力が強まるっていうんですね。
海外旅行に行くにしても安く行けるし、みたいなのがあって、これがインフレになると困るわけですけど、アカデミアはやっぱりみんな頭がいい人も多いんで。いい人が多いというか、基本的にみんな頭いいんですね。そうすると、このインフレ、経営力だなんだっていうのは下賤なんだみたいなのは、もう早速ぽつぽつ言ってる人はいますよね。
責められてますか?
割とそうですね。大学、慶應の中では責められてないですけどね。割とちゃんとそういう経営とか教えようっていう学校なんで、そこはいいですけどね。
ここは難しいところですね。本来、人間を磨いて、みんなで幸せにっていう時代が来たと僕は思ってますけど、やっぱり大きく変わるので、そこでは歪みが生まれますよね。
そういう意味では、起業家とかそういう人たち、本当に良質な意味での起業家みたいな人は価値が上がるんですかね、社会にとっての。
だと思いますね。だから、社会起業みたいなことしてる人は増えましたよね。そういう人は増えていくし、そういう人たちの価値は上がるんじゃないですかね。
これからの時代に、ちゃんと人に貢献できて、いい魂を持てて、いい経営者になりたいって人は、どういう生き方すべきですか?
難しいですね。まず僕が思うのは、日常に修行の場はあるので、毎日いろんな問題あると思うんですよ。奥さんと喧嘩する、子供と喧嘩するとか、親友と喧嘩するとか、その悩みを、二者択一のものを、いや、二者択一じゃなくて別の道があって、価値創造と私呼んでますけれど、結局みんなハッピーになったよね、これを繰り返していくと。
みんなハッピーになったよねを言っても、いや、俺はそれは乗らないって言われたりするんですよ。なんか気に食わないとか。じゃあなんでダメだったんだろうと、自分の何がダメなんだろうって言って、もう1回、自分がなんか悪いはずって言って、それを変えてみる。これを繰り返す。結構つらい道なんですけど、日常で毎日これをやっていれば、全く同じことが会社経営でも国家の経営でも使えると思うので、やっぱり日常を修行の場と捉え直すっていうのが1つかなと思いますね。
そういう時に参照できるような軸が、論語とかそういった古典とかにもあるので、そこを参照しながら自分を振り返っていくみたいなことを繰り返していけばいいってことですね。
そうですね。
それに使えるのが、この『武器としての経営思考』だってことで、もう1回宣伝。
そうですね。こういう強引な力も必要になるということですね。強引に最後、製品の宣伝に持っていくという。
さすが経営者ですね。全てを営業に変えていくってことですよね。
いい話かなと思ったら、これを買いなさいって話だったという。
その生きる力を磨くのに、AIって役に立つんですか? 逆に人間を空っぽにしていくんですか?
難しいですね。これ難しいところですよね。どうなんでしょうかね。こう考えなくていいやってなっちゃうので、AIどうかなと思う一方で、ただ、人間がちゃんと目の前の相手と一緒に問題解決できるはずっていう気持ちを持っておけば、その哲学なり生き方の軸があるなら、AIはすごくいいと思うんですね。
なぜかと言うと、例えば、こういうふうにすれば問題解決できるじゃんみたいなことを考えた時に、それをそのまま言うと相手がムッと言ったりする。怒ったりするんですけど、一緒にAIに聞いてみないって言ってやると、今の人ってAIのこと聞いてくれたりするんで、お前の言うことは聞きたくないけど、AIの言うことは聞いてあげるみたいな人がいるので、この媒介にするっていうのは意外とありなのかなとは最近は思いますけど。でもそれはそれで、コミュニケーション能力がどんどん落ちる気もするんで、なかなか答え出ないですね。
稲盛和夫さんみたいな、ちょっと宗教とかああいうのにも関係深くて、彼みたいな人はやっぱり1つのモデルになるんですか?
はい、そうですね。私は稲盛さんも非常にリスペクトして、影響を受けてる1人ですね。一番影響受けてるのは豆腐なんですけど、2番目は稲盛さんかもしれないです。
3番目は?
3番目誰なんだろう。私の父親にも影響受けてますけどね。父親は理想の経営をやろうとしてもがいたけれどうまくいかず、無念のまま死んだって感じなので。
それも似てるんですよ。
そっか。
はい。だって私の父親、田舎で論語塾、漢文塾やってたんで。
その影響は絶対ありますよね。
論語塾。はい。だからそれで、岩塾って大人から子供までの塾だとか言って、塾熟とか言って、もう半分宗教みたいな感じで、んべきみたいな格好してたんで。顔だけは金正日に似てたんですけどね。
乃木はお父さん殺しちゃいましたよね。
そうそう。僕は殺してないですけど。
お父さんのリベンジみたいなところもあるんですか?
そうですね。それもあると思います。
ちなみに、稲盛和夫さんの『経営12カ条』っていう、稲盛和夫さんが一番大事にしてた本ですね。文庫版になる時には、僕が解説を書くってことになりまして、それで文庫本の後半、私が書いてるんですよね。
だからそれぐらい、すごい年も離れてますけれど、いろんな繋がりがあってですね。私の実家も、私の父親も、盛和塾っていう稲盛さんの塾に入ってたんで。今も盛和塾の方々、もう今は解散してますけど、九州なんかはやっぱり稲盛さんの出身ですし。
鹿児島ですもんね。
はい。県民性的にも多分合うと思うんですね、九州の人たち。
そうか。九州男児ですよね。私も九州男児ですよ。
そうですよ。
そうなんです。元々は鹿児島ですけどね。
じゃあ稲盛さんですね。
そうですね。
確かに顔つきが稲盛さんっぽい。ゆけが怖いかもしれません。
やっぱり九州、そういう風があるんですかね?
あるんですよ。だから今も九州塾って熱心にやられてて、私もたまに行きますけどね。結構いろいろ経営については教えていただいてますけどね。
そういう意味では、東京でずっと暮らしてると、生きる力とかそういう話とか、精神性とかよりも、やっぱり合理性に傾く、ちょっと風土がないですか?
あるかもしれないですね。
仕組みというか。
本来の生命力みたいなことを忘れると思うんですよね。本来の生命力って、冷静に考えたら、これもそれこそ、なんだっけ、地面。
地面師、はい。
『地面師たち』だっけ、のあれですね。突然いいこと言うなっていうのが、人間だけが地面に線を引いて、自分のもんだなんだって言うんだとか言って。あれだけがすごい、いい言葉と思って、あれたまに使ってるんですけど。あれまさに同じで、人間ってやっぱり生命力を失ってると思うんですよね。
特に東京はそうで、私も東京住んでますけども、新宿に住んでますけど、世の中見てると、すごいくだらないマウント取り合いじゃないですか。全部がお金なんですよね。
ですね。
はっきり言って、人間っていうのは、1日に1箇所以上で寝ることはできないし、飯だって1日3食食えばお腹いっぱいだし、むしろ3食食ったら太るぐらいですしね。それで座って半畳、寝て1畳ぐらいしかない。これが人間で。
じゃあ例えば広い、みたいな、なんだって、それは開放感あるとかってありますよね。でもだったら公園に行けばいいでしょと。それで広い庭の雰囲気を味わえばいいじゃんって思っても、そうは言っても俺は自分のものが欲しいんだって、こうなっちゃうんですよね。
だから僕がいつも言うのが、私、大学院の時とか貧乏だったんですけど、それでも僕は日本で一番広い庭を持ってるんだとか言って。横浜に住んでたんで、横浜の行パーク、公園があるんですよ。そこでいつも、横浜オッケーなんで、オッケーか、別に日本だと思うんですけど、ビール飲んだりしてたんです、1人で。
そしたら警備員さんとかが、昼なんですけどね、「大丈夫ですか?」みたいな感じで来るんですよ。そしたら僕が毎回、警備員さんに「こんにちは。お疲れ様です」とか言って、コーヒーとかあげてたんですよ。
そしたらいつの間にか、僕があまりにも堂々と、そこに今日も俺の1日であるみたいな感じで座ってるんで、そのうち警備員さんが「今日もお疲れ様です、先生」とか言い出して。先生、なんで先生。いつか僕のこと先生、別に言ってなかったんですけどね。とか言ってたんで、これまさに自分の庭みたいなもんじゃないですかって、その時思ったんですよね。
だからそれぐらい、おおらかな気持ちを持った方が本当は幸せなのに、東京にいるとどうしても、目の前の人とどっちが年収上だとか、隣のお寿司屋さんで、隣の席が金箔の入ったすごいいい日本酒飲み始めたから自分もとか。そういうので息苦しくなってますよね。
そっか。一番経営が必要とされる、ビジネスの、もちろん中心地なのに、生きる力とか幸せにする力は、ちょっと磨きにくさもあるってことですよね。だから心がけてないと資本主義に飲み込まれていくってことですよね。
それはやっぱり金融のハブだからだと思うんですよね。お金が集まってる場所なんで、どうしてもやっぱりお金のことを考えなきゃいけない。これはでも、私も上場企業の経営者ですから、お金のことめちゃくちゃ考えるんですよ。多分本当に誰よりも考えるし、ファイナンスは相当プロフェッショナルですからね。
ファイナンス論を算した論文を『Production and Operations Management』っていう雑誌に今出してて、それが今、イリノイの人とケース・ウェスタン・リザーブ大の人と僕とで書いてるんで、多分載ると思うんですけど。これ、日本人で載ると、このファイナンス掛けるオペレーションみたいな論文で、かつオペレーション系の世界最高峰の雑誌なんで、多分日本人初なんですよ。
なんですけど、これやってるぐらい、めちゃくちゃファイナンスのこと考えてるんです。これ、しかも題名あれですよ。時価総額を上げる最適化モデリングみたいな。なんだそれ、みたいな。とんでもなく、ただひたすら企業価値を上げるために、数学の、ロバスト最適化とか、超高等数学使いまくりみたいな。
そういうのはあるんですけど、それでも考えなきゃいけないんですね。上場企業の経営者だったら当然、時価総額上げるとか株価上げるってことを考えなきゃいけないですけれど、一方で、東京っていうのはお金が集まってくる、どうしても金融のハブなんで、そういう場所なんで、お金のことをみんな考えちゃうんですよね。そういう景気のいい話もいっぱいあるから、どうしても気になっちゃう。
だけども、本当は人間の生き方っていうのはそれだけじゃなくって、たまには、それこそ本当の方、本当、考えてみると、ちゃんと、別に子供がいる人もいたらいいし、いない人もいたらいいですけどね。お金、お金ってならずに、今日この1日が楽しいなっていうのが、本当は人生の目的なんですからね。
公園でビール飲むぐらいのがいいわけですよね。
そうですね。
勉強になりました。やっぱり経営学と経営の実践、融合すると面白いですね。
はい。そうですか。
岩尾さんって今後どうなりたいんですか? 最後の質問として。
最後は、僕は一貫して日本をもう一度豊かにするってずっと言っていて、そのために、この世から不合理と不条理をなくすんだって言ってるんで、それをひたすらやりたいって感じですね。だから、自己実現とか自分がこうなりたいっていうのは昔からないんで。
逆に言えば、岩尾なんて別にいらんよなっていう、自分が思える状態になりたいですよね。自分が何をこんな力入れて、日本のためにこうするんだって思うんやと思わなくていいぐらい、山ほど、もうこんな人がいっぱいいるなら、政治でも経済でも日本最高と。どんどん上がってるし、世界一いい国になってるからってなってくれるのが僕の目標ですね。そうすると僕は、あとずっと本読んで生きていく、そういうことですね。
今、『VIVANT』で乃木が人気だっていうのは、時代を反映してると思います。
そうですよ。
乃木は経営する力あるわけですよね。
ちょっと破綻してますからね。ちょっと戦いが多めですけどね。問題解決よりかは、排除と闘争が多いですけどね。もうちょっと問題か。あと、誤送金された10億円は戻ってきたのっていうのは、いまだに気になってる。
時代を反映してるのかもしれませんね。分かりました。これからの岩尾さんの活躍を楽しみにしながら。
リアルVIVANTとして頑張っていきます。
はい。『武器としての経営思考』ということで、ご興味ある方はぜひ読んでいただければと思います。岩尾さん、本日ありがとうございました。
ありがとうございました。
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