「保守とは何か」――浜崎洋介が語る「調和感」としての保守と、政治家たちの採点

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概要

保守を名乗る政治家や政党は多いが、その中身はそれぞれ大きく違う。政治記者の今野忍氏は、石破茂、安倍晋三、高市早苗の各氏や参政党などが同じ「保守」でくくられることで現場でも混乱が生じていると述べ、近代保守思想を研究する文芸評論家の浜崎洋介氏に「保守とは何ぞや」を問うた。浜崎氏は京都大学の特定准教授で、雑誌『表現者クライテリオン』の編集委員も務める。浜崎氏の答えの中心は「調和感」という言葉にある。言葉と行い、価値と力と利益が調和しているかどうかで政治家を評価するという立場から、個別の政治家の採点、戦後日本の「保革のねじれ」、移民政策、リベラルの今後までを語った。

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芸術学部からの出発と「一匹と九十九匹と」

浜崎氏はもともと芸術を学んでおり、学部は日本大学芸術学部で、政治とは縁がなかったという。父親の転勤で埼玉、広島、大阪、神戸を転々とし、高校から東京に移った。

保守に至った経緯を説明するために、浜崎氏は専門とする福田恆存のエッセイ「一匹と九十九匹と」を持ち出す。一般には政治と文学の論争として知られるが、浜崎氏によれば実は政治論争でもある。福田によれば、政治は物差しの世界だ。60人を救える政策より70人、70人より80人を救える政策を選ぶという意味で、政治は合理的で知的で行動的な営みである。しかし政治からは必ずこぼれ落ちるものがある。ある政策で痛い目にあった人間は、後からより良い政策ができても救われない。一回限りの人生の実感のようなものは政治では救えない。それが九十九匹からこぼれ落ちた「一匹」だという。

浜崎氏自身、中学時代にいじめを受けて学校からドロップアウトし、「一匹」の立場に追い込まれた。すると最初は、自分を追い込んだ九十九匹の側を壊したくなる。浜崎氏は、若者の多くは同じ道をたどると見ている。当時の浜崎氏はリベラルというより「破壊的な左翼」で、平和主義は嫌いだった。「ちゃんと革命しろよ」という立場で、今野氏が斎藤幸平氏を例に出すと、斎藤氏ですら「甘い」と感じる側だったと答えている。ただし共産党とは関係がなかったという。

4:37

柄谷行人の運動の挫折と、福田恆存の「全体」

高校時代から影響を受けたのは、そうした問題を本気で考えていた文芸評論家の柄谷行人だった。浜崎氏は柄谷の政治運動にも関わったが、その運動は2003年に挫折した。

その後に浮かんだのが、九十九匹からこぼれた一匹を支えるものは何か、という問いである。福田恆存はそれを「全体」と呼んだ。九十九匹のことではない。全体とは「その外に出られないもの」であり、外に出られるならそれは部分になってしまう。外に出られないものとして福田が挙げたのは三つだ。一つは言葉で、誰も言葉の外には立てず、言葉は過去を引き継ぐ伝統的なものである。二つ目は歴史、三つ目は自然である。浜崎氏はここに運命論的な面があると認めつつ、運動の挫折を経てこれを実感したという。

さらに浜崎氏は約13年間、大学院に通いながら塾講師を務めた。生徒を率いるとき、一匹で拳を振り上げているだけでは誰もついてこない。言葉や自然、歴史を生徒とどう共有するかに目が向くようになった。学生時代から人間関係をどう回すかという意識も持っていたという。最後に評論を書くなかで小林秀雄や福田恆存に出会い直し、20代後半には「正直に生きれば保守思想なのだ」と確信したと語る。

試験時間を間違えた浪人

今野氏は、浜崎氏と同じく就職氷河期世代だと話す。社会が上向く雰囲気がないまま、ITバブルなどで一部だけが豊かになり、格差が目に見えるようになった時代だった。浜崎氏の大学院は東京工業大学だが、入学前に一度、試験に行きそびれている。

試験は2日間で、1日目が語学、2日目が浜崎氏の得意な論文だった。2日目の午後に会場へ行くと教室が暗く、10分前になっても誰も来ない。鞄から日程表を出して確かめると、試験は午前に終わっていた。浜崎氏は今振り返ると、世間も知らず頭でっかちのまま大学院生になっていいのかという不安や自己不信が潜在的にあったのではないかと分析している。

親からは学費を出さないと言われ、1年浪人した。そのときに「それでも行きたいのか」を自問し、どうしてもある先生のもとで学びたいという気持ちが本物だと確信できた。それが人生の決定的な場面だったという。

10:13

リベラリズムの盲点

なぜリベラルから保守に移ったのか。浜崎氏は、リベラルを自由主義と訳したうえで、それは「個人の自由を大きくしましょう」というだけの理念だと説明する。個人の自由を広げるのはもちろん結構だが、自由な空気や呼吸感がどんな条件で成り立っているのかを問う視点が乏しい。自由は法律や民主主義が支えていると彼らは言うだろうが、民主主義の原理や法が守られることの下には、常識や文化、歴史がある。リベラルはそこまで言わない、と浜崎氏は指摘する。

だからリベラルの言う通りにすると、かえって不自由になる。自由主義の根源まで見つめるのは保守のほうだ、というのが浜崎氏の考えである。戦前にはリベラリズムと保守が手を結んだこともあり、全体主義に対しては両者が手を組むこともあるという。

11:34

四人(党)の採点

今野氏はここで、石破茂、安倍晋三、参政党、高市早苗の四つについて保守かどうかを尋ねた。浜崎氏は最初に丸かバツかで答えた。石破氏は保守ではない、安倍氏も違う、参政党は「微妙な線」で100点ではなく三角、高市首相は「政策だけ言えばオッケー」とした。その後、丸かバツでは評価がずれるとして点数に改め、石破氏20点、安倍氏55点、参政党40点、高市氏60点とした。浜崎氏は60点を合格ラインと見ている。今野氏は、あくまで感覚的な目安として分かりやすくする試みだと断っている。

高市氏が満点でない理由は「立ち居振る舞い」、つまり作法だという。浜崎氏が例に挙げたのは、伊勢神宮に安倍元首相の遺影を持参したことだ。寺ならまだしも神社に遺影を持っていくのは非常識だろうという。今野氏も、周囲の保守層からそうした声が出ていたと応じた。ただし浜崎氏は、政治にそうした面を期待しているわけではない。政治は九十九匹の話なので、高市氏の政策自体はよいと考えている。

13:18

石破茂は「不整合」

石破氏は『保守政治家』という本を出しているが、浜崎氏はそもそも石破氏が何を保守しているのかが分からないという。首相在任中に行ったのは緊縮財政で、その後の高市政権で積極財政に転じた。緊縮を誰が喜ぶのか分からず、整合性のないことをしている、と浜崎氏は見る。改憲にも相当消極的だった。本人は別の場で改憲派だと言っているので正確には分からない部分もあるとしつつ、浜崎氏の目には不整合なことを続けてきたように映るという。

浜崎氏にとって、不整合は不調和と同じである。保守は歴史や文化、自然との調和を拠り所にするのだから、調和感のない人間は保守政治家とは見なせない。さらに人前でおにぎりを食べる姿についても、作法としてまずいと述べた。

15:48

安倍晋三を見限った二つの理由

浜崎氏は安倍氏を最初は支持していた。しかし「三行半を突きつけた」理由が二つあるという。

一つは消費税の2度目の引き上げである。8%への引き上げは妥協や譲歩があったと解釈できた。財務省は経済は大丈夫だと言ったが、実際には景気が下がり、安倍氏自身もそれを財務省のせいにしていた。それなのに10%への引き上げを行った。浜崎氏は、2度目は確信犯なので許しがたいと述べる。今野氏が2度延期したことに触れると、浜崎氏は延期ではなく廃止もできたはずだと答えた。

もう一つは加憲論、すなわち憲法9条に自衛隊を明記する案である。戦力不保持を定めた2項を残したまま自衛隊を明記すると、自衛隊は軍でなくなる、と浜崎氏は言う。これは公明党の意向だったとしても、安倍氏の掲げた戦後レジームからの脱却を果たせなくなる危うい一線であり、そこを安易に越えてしまったと批判した。この一言によって、自民党の改憲論は加憲がスタートラインになり、9条2項削除などの議論はむしろ後退したというのが浜崎氏の見方である。今野氏も、自民党の4項目の改憲案が今も議論を縛っていると応じた。

今野氏は安倍氏から直接聞いた話も紹介した。安倍氏は浜崎氏のような論者にシンパシーを感じていたが、公明党と連立を組んでいる以上、政治の現場で実現できるのは6割で、残り4割はほかの層の意見を受け入れていると話していたという。浜崎氏は、安倍氏の人当たりの良さと、会った人を惚れさせる能力は圧倒的だと認めたうえで、だからこそ周囲に引きずられたのではないかと述べ、言わなくてもいい一歩をわざわざ踏み出す必要はなかったとした。

19:28

参政党――理念と保守は矛盾する

参政党について、浜崎氏は採点に最も迷ったという。知り合いもおり、党で講演したこともある。そのうえで、経験が圧倒的に足りないために理念的になっているのが問題だと指摘する。

浜崎氏によれば、保守と理念は矛盾する。保守は馴染んでいるものを守るだけなので、ある種の消極性に徹するはずだ。理念に抵抗してきたのが保守の歴史である。ところが混乱した時代には、理念を掲げて改革するという動きが出てくる。戦前の昭和維新も、右翼といえば右翼、保守といえば保守かもしれないが、理念的な運動だった。そうした時代だからこそ、参政党には距離を置いて慎重に見極める必要があるという。

浜崎氏は具体例として、参政党に投票してもいいかと思って投票所に行ったときのことを語った。前回の参院選と思われる「日本人ファースト」の頃に、「日本をなめるな」というポスターがあった。普通の有権者は日本をなめていない。有権者に向かって「なめるな」と言うポスターに共感して投票する人は限られるはずで、そんな訴え方で政権を取ったとしても、何を基盤に政治をするのかと疑問を持ったという。今野氏は神谷宗幣氏と同世代で、日本が中国にGDPで抜かれた頃の「なめんな」という気持ちは分かると述べた。浜崎氏は、中国に向けて言うなら分かるが、選挙で有権者に向けて言うのは分からないと答えた。

22:10

保革の「ねじれ」と高坂正堯の三つの体系

本来、保守は馴染んできたものを大事にする。日本国憲法は制定から約80年が経つのに、革新が護憲を、保守が改憲を唱えている。これはねじれではないか、という今野氏の問いに対し、浜崎氏は政治とは状況が変わったときに適切に対応する営みだと答える。

浜崎氏が依拠するのは国際政治学者・高坂正堯の国家観である。国家には「価値の体系」「力の体系」「利益の体系」があり、その三つの総合として国家を見るべきだという。この枠組みで、浜崎氏は戦後の対米関係を三つの時期に分けて説明した。

第一期は、サンフランシスコ講和条約以降から1990年頃までである。冷戦下でアメリカは日本の保護国として振る舞い、三つの体系は平和憲法のもとで調和していた。力の体系はアメリカに「おんぶに抱っこ」だった。自衛隊も、朝鮮戦争で米軍が出払う際にマッカーサーが7万5000人の警察予備隊として作ったもので、アメリカあっての存在だった。その代わり利益の体系では自由主義陣営の市場が手に入り、1ドル360円の固定相場で計算も立てやすかった。価値の体系については、300万人を超える死者を出した戦争の教訓から平和主義こそがアイデンティティだと言えば、それなりのリアリティがあった。実際に不具合も起きなかった。

第二期は冷戦終結後である。アメリカは保護者から、日米構造協議などを通じて日本を市場として収奪する側に変わり、利益の体系が崩れ始めた。それでも力の体系はアメリカの一極支配で保たれていたので、「力ではアメリカに甘えられるのだから仕方ない」という言い訳がまだ成り立った。

第三期は、浜崎氏の見立てでは2016年の第1次トランプ政権誕生とブレグジットから始まる。アメリカは力の体系を維持できなくなり、日米安保がどうなるか分からないと言い出し、防衛費の大幅な引き上げを求めるようになった。力の体系が変われば価値の体系も必ず変わる、と浜崎氏は言う。自前で力を用意することは、戦うこと、死ぬかもしれないことを意味する。そのとき「何のために戦い、何のために死ぬのか」に答えなければ体系として整合しない。そこで平和主義は答えになるのか、という問いが今まさに浮上している。

浜崎氏は、高市政権がこの三つの調和を取ろうとしていると評価する。グローバリズムに依存せず、経済安全保障を含めて内需主導の積極財政を進め、力・利益・価値の体系をそろえようとしている。これが保守だという。逆に平和憲法を掲げるリベラルは、それでどう調和を取り、どう生きていくのかという責任を語れない。責任を取れない人間は醜く見える。浜崎氏によれば、今の学生は保守ではないが「反リベラル」で、リベラルを「嘘つき」だと見ているという。

27:42

沖縄県知事選が示したもの

今野氏は、12年ぶりに自民党系の古謝玄太氏が勝ち、オール沖縄の玉城デニー知事が敗れた沖縄県知事選を取り上げた。現職知事の敗北は初めてで、17万票ほどの差だったという。

浜崎氏は、この結果を今の状況の表れと見る。アメリカの力が弱まり、むしろ引き止めなければならない時期に「基地はいらない」と言う。辺野古移設に反対するのはいいとしても、代替案がない。玉城氏の「代替案のない空想的な話」が負けたのは時代の流れだと浜崎氏は述べた。

一方で浜崎氏は、沖縄の人たちから聞いた話として、辺野古に滑走路を移しても長い滑走路がないために普天間は残るのではないかという議論があり、その信憑性は高いと考えている。そうなれば基地が一つ増えるだけで、今後問題になるだろうという。今野氏は、米軍基地の約70%が国土の0.6%の沖縄に集中しているのは事実だと補足した。浜崎氏は、本土の人間だけが楽をして沖縄に負担を押しつけるのは「同じ国民と言っていいのか」という問題であり、ナショナリズムの立場からこそ言うべきことだと述べた。調和の観点から見ても不調和であり、手当てが必要だとしている。

30:35

「極右」とは何か――AfDをめぐって

話題はドイツに移る。今野氏が紹介したのは、ザクセン=アンハルト州議会選挙で「極右」と呼ばれるAfDが得票率約40%に迫ったというニュースである。浜崎氏は、自分の考えだと断ったうえで、AfDは極右ではないと考えている。

浜崎氏によれば、極右・極左とは本来、テロリズムを辞さずに体制を悪と見なし、ぶっ壊して革命を起こそうとする勢力のことだ。戦前なら昭和維新、二・二六事件、五・一五事件がそれで、背後に北一輝がいた。極左は戦前から戦後の一時期の共産党である。それに対し、議会制民主主義のもとで人々の信託を得て政策を実現しようとする政党は普通の政党であり、40%近い支持を得る党を極右と呼ぶのは疑問だという。浜崎氏は、そう呼ぶのはたいていリベラルだと見ている。

浜崎氏が引くのは、アメリカの政治学者デニーンの議論である。トランプもAfDも政治劣化の原因ではなく、結果である。劣化をどうにかしようとして出てきた選択肢にレッテルを貼って見ないようにすれば、劣化はさらに進む。AfDの背後には旧東ドイツへの差別や格差があり、そこにしか投票先がないから票が集まっている。その構図は、アメリカのラストベルトの人々がトランプ氏に投票するのと似ていると浜崎氏は述べた。

33:57

寛容であるための不寛容

浜崎氏がよく使う「寛容であるための不寛容」という表現は、森本あんり氏の言葉だという。今野氏が「何でも受け入れるのが寛容ではないのか」と尋ねると、浜崎氏は寛容の元の意味は「我慢」だと答えた。是認はしないが受容する。嫌なクラスメイトがいても我慢する、という他者感覚である。それが17世紀あたりから政治用語になり、宗教的自由のために専制君主を倒すという意味を帯びてリベラリズムになったという。

浜崎氏はこれを、自由と平等を守るなら一定の不寛容の線を自覚しなければならない、と言い換える。自由にやれば資本主義のもとで必ず格差が生じ、スタート地点が不公平になる。だから自由のためには平等も必要になる。しかし平等をどこまで広げるのか。虫まで平等だと言えば行き過ぎで、アフリカの人々まで平等に扱うと言っても現実にはどうするのかという話になる。現実には国民国家の中で平等を実現するしかない。

その範囲を決めるのが文化だという。沖縄や北海道で同じ日本語を話す人が災害で苦しんでいれば、同胞としてお金を出すのは当然だと感じる。そして最後に問われるのは、その範囲を誰が守るのかである。浜崎氏は、命を危険にさらす戦士(兵士・軍隊)は他の職業とはわけが違い、国民国家は相応のリスペクトを払うべきだと述べる。戦士に敬意を払い、その範囲の中に自由と平等を見て感情移入すること。そこに入るにはハードルがある。だからこそ不寛容が必要だ、というのが浜崎氏の説明である。

グローバル資本主義は「一部あり」

不動産投資の番組であることを踏まえて今野氏がグローバル資本主義をどう見るか尋ねると、浜崎氏は「一部あり」で、すべてはバランスだと答えた。グローバリストや金儲け主義は嫌いだが、それは金儲けだけを見ていると人や社会のバランスが崩れるからだという。

浜崎氏は社会のバランスを三つで説明する。一つは家族や地域のような「互酬性」の世界で、家族の間でいちいちお金はやり取りしない。しかし水を買うたびに「お互い様」では困るので、お金を払えば物が手に入る市場、つまり等価交換が必要になる。ところが等価交換だけでは格差が出るので、徴税と再分配で格差をならす。これが国家である。国家、市場、共同体の三つで人々の生活は成り立っている。金儲けをする側も、ほかの二つに依存しているのだから、バランスへの緊張感を持つ必要がある。浜崎氏は、三つのバランスが取れていれば不動産投資もありであり、むしろバランスが取れているからこそ成り立っていると述べた。

39:16

移民政策は「地獄の選び方」

今野氏は外国人労働者の問題を取り上げた。日本保守党は移民はいらないと明言している。一方で人口は毎年約100万人減っており、地方の農業や酪農、ファストフード店やコンビニでは外国人労働者が欠かせない。

浜崎氏は、移民は「量から質に転化する」と言う。日本の外国人比率は3〜4%とされるが、欧米では14〜15%に達している。ヨーロッパで反移民の政党が台頭し始めたのは、およそ1割を超えたあたりからだという。比率が低いうちは同化が期待できる。浜崎氏の言う同化とは、最後は日本のために働き、命を捨てるかもしれない「同胞」だと互いに思えることだ。少数であれば移民の側もそうするしかないと受け入れる。しかし1割ほどになると、同化しなくてもやっていけるとして独自の共同体を作り始める。同化できなくなったところから、社会の不安定化や疑心暗鬼が生まれる。日本はまだその段階に達していないので甘く見ている、と浜崎氏は指摘する。

そのため上限を設けるべきだと浜崎氏は主張し、高市政権と日本維新の会の連立合意で数値による制限を盛り込んだ方向性は間違っていないと評価する。人手不足は確かに危機で、「地獄」と言ってもいい。しかし移民を入れ続ければ、もっと大きな地獄が来る。国家の50年、100年の計を考えるのが政治家なら、目先の利害も視野に入れたうえで考える必要があるという。

今野氏が、短期の在留で働いてもらい3年ほどで帰ってもらえばよいのではと問うと、浜崎氏は、それでもいいが、そうすれば来なくなるだろうと答えた。今野氏も、昔のように円が強くて3年で家が建つなら来るかもしれないと応じた。浜崎氏は、来なくなればきついが、そこで別のことをやり始めるしかないと言う。二人はファミリーレストランの配膳ロボットを例に、ロボットやAIによる省力化を話題にした。浜崎氏はさらに、人手が足りなければ人件費が上がり、産業構造や人の流れも変わる、AIでホワイトカラーの仕事が減るならブルーカラーのほうがいいという話も出てくるだろうと述べた。

44:07

アメリカの分断と覇権の衰え

家族の中でも政治の話ができないほどのアメリカの分断について、浜崎氏は移民が間違いなく関係していると言う。アメリカはそもそも「ステイツ」の連邦で、ばらばらの国に移民が入ってできている。文化ではなく理念でつながっているため、9.11のように攻撃を受けると一気に団結する。しかし現実政治で利害を調整する段になると、ばらばらで調整が効かない。

しかもアメリカは工業力を落としている。今野氏が船が作れずミサイルの在庫も足りないと述べると、浜崎氏も同意した。GDPの中身も、デジタルで稼ぐ層とファストフード店で働く層に分かれて格差が大きく、医療費や弁護士費用、金融業など実態の乏しい経済だという。浜崎氏は、それでは戦争に勝てないとし、ウクライナとロシアの戦争やイランへの対応でもアメリカは腰が引けていると見る。覇権が衰えるのは歴史の必然であり、すでに始まっている。そのとき日本がどうするかを考える必要があると述べた。

46:12

「ようやく保守の時代が来た」

厳しい時代になったという今野氏に対し、浜崎氏は、保守からすれば「やっと来た」のだと答えた。戦後の保守層は、きれいごとの平和主義は成り立たないとずっと批判してきた。しかし力の体系をアメリカに依存していたために、その蓋が取れなかった。蓋が取れて現実が見え、本物の言葉と偽物の言葉が問われる状況になった。現実に触れたうえで、それにふさわしい言葉を合わせることがようやくできるようになった。その意味で、厳しいけれども息のしやすい時代になったと喜んでいる、と浜崎氏は語る。

では今後5年ほどで日本は何をすべきか。浜崎氏は、自身が高市政権を支持する理由がそこにあるとして、三つの体系に沿って説明した。力の体系では、完璧ではなくアメリカの要求もあるとはいえ、軍事費を引き上げている。それは結果的に自立の方向に向かう。利益の体系では、プライマリーバランスの規律から債務対GDP比の規律へと財政規律を変え、投資を始めた。AIへの投資もいいが、重要なのは中国に後れを取った造船や農業など、経済安全保障に関わる基礎的な分野であり、そこに資金を入れると言っているので見守りたいという。

価値の体系では、高市政権が真っ先に手をつけたのが皇室典範の改正だった。90年代から問題になり、小泉政権で女系天皇を認める方向の案が出されたものの止まり、棚上げされてきた。非常に強い政権でなければできないことを、批判を受けながらも実行し、万世一系、皇統を保つ条件を整えた。それが完璧かどうかは怪しいとしながらも、浜崎氏は、戦前や前近代とのつながりを結び直し、日本とは何かを基礎から問い直そうとするものだと評価し、自立に向けて重要な方向性だと述べた。

49:27

結局、保守とは何か

改めて保守とは何かと問われ、浜崎氏は「調和感」を最も大事にしていると答えた。その人の言っていることとやっていることがどれだけ一致しているか、あるいは一致させようと努力しているかを見る。言葉だけで保守かどうかは判断せず、言い方、実際の政治的な努力、これまでの経緯をすべて含めて見る。100点はないので、60点ならいいのではないかという形で人や政党を評価しているという。

浜崎氏から保守かリベラルかと問われた今野氏は、リベラルは大事だと思っていると答えた。ただ、自分と違う立場の人をただ批判するだけの人はリベラルだとは思わない。多様性を掲げながら意見の違う人を攻撃し、不買運動を起こし、「あいつを出すな」と言う人たちにはリベラルを名乗ってほしくないという。浜崎氏は、イデオロギーで否定するのではなく「生き方が違う」と言っている点が保守的だと応じた。

では日本のリベラルはどうすれば復活するのか。浜崎氏の答えは、言っていることとやっていることにけじめをつけることだ。それだけだという。リベラリズムは本来、保守と手を結べるものだった。それなのに戦後日本のリベラルは平和主義にがんじがらめになり、「平和真理教」のようになって醜い姿になった。常識的な人間なら当たり前の、言行を一致させる姿勢を示せば、リベラルにも一つの存在価値はある。浜崎氏はそう述べて対談を締めくくった。