「保守とは何か」――浜崎洋介が語る「調和感」としての保守と、政治家たちの採点
楽待 RAKUMACHI保守を名乗る政治家や政党は多いが、その中身はそれぞれ大きく違う。政治記者の今野忍氏は、石破茂、安倍晋三、高市早苗の各氏や参政党などが同じ「保守」でくくられることで現場でも混乱が生じていると述べ、近代保守思想を研究する文芸評論家の浜崎洋介氏に「保守とは何ぞや」を問うた。浜崎氏は京都大学の特定准教授で、雑誌『表現者クライテリオン』の編集委員も務める。浜崎氏の答えの中心は「調和感」という言葉にある。言葉と行い、価値と力と利益が調和しているかどうかで政治家を評価するという立場から、個別の政治家の採点、戦後日本の「保革のねじれ」、移民政策、リベラルの今後までを語った。
芸術学部からの出発と「一匹と九十九匹と」
浜崎氏はもともと芸術を学んでおり、学部は日本大学芸術学部で、政治とは縁がなかったという。父親の転勤で埼玉、広島、大阪、神戸を転々とし、高校から東京に移った。
保守に至った経緯を説明するために、浜崎氏は専門とする福田恆存のエッセイ「一匹と九十九匹と」を持ち出す。一般には政治と文学の論争として知られるが、浜崎氏によれば実は政治論争でもある。福田によれば、政治は物差しの世界だ。60人を救える政策より70人、70人より80人を救える政策を選ぶという意味で、政治は合理的で知的で行動的な営みである。しかし政治からは必ずこぼれ落ちるものがある。ある政策で痛い目にあった人間は、後からより良い政策ができても救われない。一回限りの人生の実感のようなものは政治では救えない。それが九十九匹からこぼれ落ちた「一匹」だという。
浜崎氏自身、中学時代にいじめを受けて学校からドロップアウトし、「一匹」の立場に追い込まれた。すると最初は、自分を追い込んだ九十九匹の側を壊したくなる。浜崎氏は、若者の多くは同じ道をたどると見ている。当時の浜崎氏はリベラルというより「破壊的な左翼」で、平和主義は嫌いだった。「ちゃんと革命しろよ」という立場で、今野氏が斎藤幸平氏を例に出すと、斎藤氏ですら「甘い」と感じる側だったと答えている。ただし共産党とは関係がなかったという。
柄谷行人の運動の挫折と、福田恆存の「全体」
高校時代から影響を受けたのは、そうした問題を本気で考えていた文芸評論家の柄谷行人だった。浜崎氏は柄谷の政治運動にも関わったが、その運動は2003年に挫折した。
その後に浮かんだのが、九十九匹からこぼれた一匹を支えるものは何か、という問いである。福田恆存はそれを「全体」と呼んだ。九十九匹のことではない。全体とは「その外に出られないもの」であり、外に出られるならそれは部分になってしまう。外に出られないものとして福田が挙げたのは三つだ。一つは言葉で、誰も言葉の外には立てず、言葉は過去を引き継ぐ伝統的なものである。二つ目は歴史、三つ目は自然である。浜崎氏はここに運命論的な面があると認めつつ、運動の挫折を経てこれを実感したという。
さらに浜崎氏は約13年間、大学院に通いながら塾講師を務めた。生徒を率いるとき、一匹で拳を振り上げているだけでは誰もついてこない。言葉や自然、歴史を生徒とどう共有するかに目が向くようになった。学生時代から人間関係をどう回すかという意識も持っていたという。最後に評論を書くなかで小林秀雄や福田恆存に出会い直し、20代後半には「正直に生きれば保守思想なのだ」と確信したと語る。
試験時間を間違えた浪人
今野氏は、浜崎氏と同じく就職氷河期世代だと話す。社会が上向く雰囲気がないまま、ITバブルなどで一部だけが豊かになり、格差が目に見えるようになった時代だった。浜崎氏の大学院は東京工業大学だが、入学前に一度、試験に行きそびれている。
試験は2日間で、1日目が語学、2日目が浜崎氏の得意な論文だった。2日目の午後に会場へ行くと教室が暗く、10分前になっても誰も来ない。鞄から日程表を出して確かめると、試験は午前に終わっていた。浜崎氏は今振り返ると、世間も知らず頭でっかちのまま大学院生になっていいのかという不安や自己不信が潜在的にあったのではないかと分析している。
親からは学費を出さないと言われ、1年浪人した。そのときに「それでも行きたいのか」を自問し、どうしてもある先生のもとで学びたいという気持ちが本物だと確信できた。それが人生の決定的な場面だったという。
リベラリズムの盲点
なぜリベラルから保守に移ったのか。浜崎氏は、リベラルを自由主義と訳したうえで、それは「個人の自由を大きくしましょう」というだけの理念だと説明する。個人の自由を広げるのはもちろん結構だが、自由な空気や呼吸感がどんな条件で成り立っているのかを問う視点が乏しい。自由は法律や民主主義が支えていると彼らは言うだろうが、民主主義の原理や法が守られることの下には、常識や文化、歴史がある。リベラルはそこまで言わない、と浜崎氏は指摘する。
だからリベラルの言う通りにすると、かえって不自由になる。自由主義の根源まで見つめるのは保守のほうだ、というのが浜崎氏の考えである。戦前にはリベラリズムと保守が手を結んだこともあり、全体主義に対しては両者が手を組むこともあるという。
四人(党)の採点
今野氏はここで、石破茂、安倍晋三、参政党、高市早苗の四つについて保守かどうかを尋ねた。浜崎氏は最初に丸かバツかで答えた。石破氏は保守ではない、安倍氏も違う、参政党は「微妙な線」で100点ではなく三角、高市首相は「政策だけ言えばオッケー」とした。その後、丸かバツでは評価がずれるとして点数に改め、石破氏20点、安倍氏55点、参政党40点、高市氏60点とした。浜崎氏は60点を合格ラインと見ている。今野氏は、あくまで感覚的な目安として分かりやすくする試みだと断っている。
高市氏が満点でない理由は「立ち居振る舞い」、つまり作法だという。浜崎氏が例に挙げたのは、伊勢神宮に安倍元首相の遺影を持参したことだ。寺ならまだしも神社に遺影を持っていくのは非常識だろうという。今野氏も、周囲の保守層からそうした声が出ていたと応じた。ただし浜崎氏は、政治にそうした面を期待しているわけではない。政治は九十九匹の話なので、高市氏の政策自体はよいと考えている。
石破茂は「不整合」
石破氏は『保守政治家』という本を出しているが、浜崎氏はそもそも石破氏が何を保守しているのかが分からないという。首相在任中に行ったのは緊縮財政で、その後の高市政権で積極財政に転じた。緊縮を誰が喜ぶのか分からず、整合性のないことをしている、と浜崎氏は見る。改憲にも相当消極的だった。本人は別の場で改憲派だと言っているので正確には分からない部分もあるとしつつ、浜崎氏の目には不整合なことを続けてきたように映るという。
浜崎氏にとって、不整合は不調和と同じである。保守は歴史や文化、自然との調和を拠り所にするのだから、調和感のない人間は保守政治家とは見なせない。さらに人前でおにぎりを食べる姿についても、作法としてまずいと述べた。
安倍晋三を見限った二つの理由
浜崎氏は安倍氏を最初は支持していた。しかし「三行半を突きつけた」理由が二つあるという。
一つは消費税の2度目の引き上げである。8%への引き上げは妥協や譲歩があったと解釈できた。財務省は経済は大丈夫だと言ったが、実際には景気が下がり、安倍氏自身もそれを財務省のせいにしていた。それなのに10%への引き上げを行った。浜崎氏は、2度目は確信犯なので許しがたいと述べる。今野氏が2度延期したことに触れると、浜崎氏は延期ではなく廃止もできたはずだと答えた。
もう一つは加憲論、すなわち憲法9条に自衛隊を明記する案である。戦力不保持を定めた2項を残したまま自衛隊を明記すると、自衛隊は軍でなくなる、と浜崎氏は言う。これは公明党の意向だったとしても、安倍氏の掲げた戦後レジームからの脱却を果たせなくなる危うい一線であり、そこを安易に越えてしまったと批判した。この一言によって、自民党の改憲論は加憲がスタートラインになり、9条2項削除などの議論はむしろ後退したというのが浜崎氏の見方である。今野氏も、自民党の4項目の改憲案が今も議論を縛っていると応じた。
今野氏は安倍氏から直接聞いた話も紹介した。安倍氏は浜崎氏のような論者にシンパシーを感じていたが、公明党と連立を組んでいる以上、政治の現場で実現できるのは6割で、残り4割はほかの層の意見を受け入れていると話していたという。浜崎氏は、安倍氏の人当たりの良さと、会った人を惚れさせる能力は圧倒的だと認めたうえで、だからこそ周囲に引きずられたのではないかと述べ、言わなくてもいい一歩をわざわざ踏み出す必要はなかったとした。
参政党――理念と保守は矛盾する
参政党について、浜崎氏は採点に最も迷ったという。知り合いもおり、党で講演したこともある。そのうえで、経験が圧倒的に足りないために理念的になっているのが問題だと指摘する。
浜崎氏によれば、保守と理念は矛盾する。保守は馴染んでいるものを守るだけなので、ある種の消極性に徹するはずだ。理念に抵抗してきたのが保守の歴史である。ところが混乱した時代には、理念を掲げて改革するという動きが出てくる。戦前の昭和維新も、右翼といえば右翼、保守といえば保守かもしれないが、理念的な運動だった。そうした時代だからこそ、参政党には距離を置いて慎重に見極める必要があるという。
浜崎氏は具体例として、参政党に投票してもいいかと思って投票所に行ったときのことを語った。前回の参院選と思われる「日本人ファースト」の頃に、「日本をなめるな」というポスターがあった。普通の有権者は日本をなめていない。有権者に向かって「なめるな」と言うポスターに共感して投票する人は限られるはずで、そんな訴え方で政権を取ったとしても、何を基盤に政治をするのかと疑問を持ったという。今野氏は神谷宗幣氏と同世代で、日本が中国にGDPで抜かれた頃の「なめんな」という気持ちは分かると述べた。浜崎氏は、中国に向けて言うなら分かるが、選挙で有権者に向けて言うのは分からないと答えた。
保革の「ねじれ」と高坂正堯の三つの体系
本来、保守は馴染んできたものを大事にする。日本国憲法は制定から約80年が経つのに、革新が護憲を、保守が改憲を唱えている。これはねじれではないか、という今野氏の問いに対し、浜崎氏は政治とは状況が変わったときに適切に対応する営みだと答える。
浜崎氏が依拠するのは国際政治学者・高坂正堯の国家観である。国家には「価値の体系」「力の体系」「利益の体系」があり、その三つの総合として国家を見るべきだという。この枠組みで、浜崎氏は戦後の対米関係を三つの時期に分けて説明した。
第一期は、サンフランシスコ講和条約以降から1990年頃までである。冷戦下でアメリカは日本の保護国として振る舞い、三つの体系は平和憲法のもとで調和していた。力の体系はアメリカに「おんぶに抱っこ」だった。自衛隊も、朝鮮戦争で米軍が出払う際にマッカーサーが7万5000人の警察予備隊として作ったもので、アメリカあっての存在だった。その代わり利益の体系では自由主義陣営の市場が手に入り、1ドル360円の固定相場で計算も立てやすかった。価値の体系については、300万人を超える死者を出した戦争の教訓から平和主義こそがアイデンティティだと言えば、それなりのリアリティがあった。実際に不具合も起きなかった。
第二期は冷戦終結後である。アメリカは保護者から、日米構造協議などを通じて日本を市場として収奪する側に変わり、利益の体系が崩れ始めた。それでも力の体系はアメリカの一極支配で保たれていたので、「力ではアメリカに甘えられるのだから仕方ない」という言い訳がまだ成り立った。
第三期は、浜崎氏の見立てでは2016年の第1次トランプ政権誕生とブレグジットから始まる。アメリカは力の体系を維持できなくなり、日米安保がどうなるか分からないと言い出し、防衛費の大幅な引き上げを求めるようになった。力の体系が変われば価値の体系も必ず変わる、と浜崎氏は言う。自前で力を用意することは、戦うこと、死ぬかもしれないことを意味する。そのとき「何のために戦い、何のために死ぬのか」に答えなければ体系として整合しない。そこで平和主義は答えになるのか、という問いが今まさに浮上している。
浜崎氏は、高市政権がこの三つの調和を取ろうとしていると評価する。グローバリズムに依存せず、経済安全保障を含めて内需主導の積極財政を進め、力・利益・価値の体系をそろえようとしている。これが保守だという。逆に平和憲法を掲げるリベラルは、それでどう調和を取り、どう生きていくのかという責任を語れない。責任を取れない人間は醜く見える。浜崎氏によれば、今の学生は保守ではないが「反リベラル」で、リベラルを「嘘つき」だと見ているという。
沖縄県知事選が示したもの
今野氏は、12年ぶりに自民党系の古謝玄太氏が勝ち、オール沖縄の玉城デニー知事が敗れた沖縄県知事選を取り上げた。現職知事の敗北は初めてで、17万票ほどの差だったという。
浜崎氏は、この結果を今の状況の表れと見る。アメリカの力が弱まり、むしろ引き止めなければならない時期に「基地はいらない」と言う。辺野古移設に反対するのはいいとしても、代替案がない。玉城氏の「代替案のない空想的な話」が負けたのは時代の流れだと浜崎氏は述べた。
一方で浜崎氏は、沖縄の人たちから聞いた話として、辺野古に滑走路を移しても長い滑走路がないために普天間は残るのではないかという議論があり、その信憑性は高いと考えている。そうなれば基地が一つ増えるだけで、今後問題になるだろうという。今野氏は、米軍基地の約70%が国土の0.6%の沖縄に集中しているのは事実だと補足した。浜崎氏は、本土の人間だけが楽をして沖縄に負担を押しつけるのは「同じ国民と言っていいのか」という問題であり、ナショナリズムの立場からこそ言うべきことだと述べた。調和の観点から見ても不調和であり、手当てが必要だとしている。
「極右」とは何か――AfDをめぐって
話題はドイツに移る。今野氏が紹介したのは、ザクセン=アンハルト州議会選挙で「極右」と呼ばれるAfDが得票率約40%に迫ったというニュースである。浜崎氏は、自分の考えだと断ったうえで、AfDは極右ではないと考えている。
浜崎氏によれば、極右・極左とは本来、テロリズムを辞さずに体制を悪と見なし、ぶっ壊して革命を起こそうとする勢力のことだ。戦前なら昭和維新、二・二六事件、五・一五事件がそれで、背後に北一輝がいた。極左は戦前から戦後の一時期の共産党である。それに対し、議会制民主主義のもとで人々の信託を得て政策を実現しようとする政党は普通の政党であり、40%近い支持を得る党を極右と呼ぶのは疑問だという。浜崎氏は、そう呼ぶのはたいていリベラルだと見ている。
浜崎氏が引くのは、アメリカの政治学者デニーンの議論である。トランプもAfDも政治劣化の原因ではなく、結果である。劣化をどうにかしようとして出てきた選択肢にレッテルを貼って見ないようにすれば、劣化はさらに進む。AfDの背後には旧東ドイツへの差別や格差があり、そこにしか投票先がないから票が集まっている。その構図は、アメリカのラストベルトの人々がトランプ氏に投票するのと似ていると浜崎氏は述べた。
寛容であるための不寛容
浜崎氏がよく使う「寛容であるための不寛容」という表現は、森本あんり氏の言葉だという。今野氏が「何でも受け入れるのが寛容ではないのか」と尋ねると、浜崎氏は寛容の元の意味は「我慢」だと答えた。是認はしないが受容する。嫌なクラスメイトがいても我慢する、という他者感覚である。それが17世紀あたりから政治用語になり、宗教的自由のために専制君主を倒すという意味を帯びてリベラリズムになったという。
浜崎氏はこれを、自由と平等を守るなら一定の不寛容の線を自覚しなければならない、と言い換える。自由にやれば資本主義のもとで必ず格差が生じ、スタート地点が不公平になる。だから自由のためには平等も必要になる。しかし平等をどこまで広げるのか。虫まで平等だと言えば行き過ぎで、アフリカの人々まで平等に扱うと言っても現実にはどうするのかという話になる。現実には国民国家の中で平等を実現するしかない。
その範囲を決めるのが文化だという。沖縄や北海道で同じ日本語を話す人が災害で苦しんでいれば、同胞としてお金を出すのは当然だと感じる。そして最後に問われるのは、その範囲を誰が守るのかである。浜崎氏は、命を危険にさらす戦士(兵士・軍隊)は他の職業とはわけが違い、国民国家は相応のリスペクトを払うべきだと述べる。戦士に敬意を払い、その範囲の中に自由と平等を見て感情移入すること。そこに入るにはハードルがある。だからこそ不寛容が必要だ、というのが浜崎氏の説明である。
グローバル資本主義は「一部あり」
不動産投資の番組であることを踏まえて今野氏がグローバル資本主義をどう見るか尋ねると、浜崎氏は「一部あり」で、すべてはバランスだと答えた。グローバリストや金儲け主義は嫌いだが、それは金儲けだけを見ていると人や社会のバランスが崩れるからだという。
浜崎氏は社会のバランスを三つで説明する。一つは家族や地域のような「互酬性」の世界で、家族の間でいちいちお金はやり取りしない。しかし水を買うたびに「お互い様」では困るので、お金を払えば物が手に入る市場、つまり等価交換が必要になる。ところが等価交換だけでは格差が出るので、徴税と再分配で格差をならす。これが国家である。国家、市場、共同体の三つで人々の生活は成り立っている。金儲けをする側も、ほかの二つに依存しているのだから、バランスへの緊張感を持つ必要がある。浜崎氏は、三つのバランスが取れていれば不動産投資もありであり、むしろバランスが取れているからこそ成り立っていると述べた。
移民政策は「地獄の選び方」
今野氏は外国人労働者の問題を取り上げた。日本保守党は移民はいらないと明言している。一方で人口は毎年約100万人減っており、地方の農業や酪農、ファストフード店やコンビニでは外国人労働者が欠かせない。
浜崎氏は、移民は「量から質に転化する」と言う。日本の外国人比率は3〜4%とされるが、欧米では14〜15%に達している。ヨーロッパで反移民の政党が台頭し始めたのは、およそ1割を超えたあたりからだという。比率が低いうちは同化が期待できる。浜崎氏の言う同化とは、最後は日本のために働き、命を捨てるかもしれない「同胞」だと互いに思えることだ。少数であれば移民の側もそうするしかないと受け入れる。しかし1割ほどになると、同化しなくてもやっていけるとして独自の共同体を作り始める。同化できなくなったところから、社会の不安定化や疑心暗鬼が生まれる。日本はまだその段階に達していないので甘く見ている、と浜崎氏は指摘する。
そのため上限を設けるべきだと浜崎氏は主張し、高市政権と日本維新の会の連立合意で数値による制限を盛り込んだ方向性は間違っていないと評価する。人手不足は確かに危機で、「地獄」と言ってもいい。しかし移民を入れ続ければ、もっと大きな地獄が来る。国家の50年、100年の計を考えるのが政治家なら、目先の利害も視野に入れたうえで考える必要があるという。
今野氏が、短期の在留で働いてもらい3年ほどで帰ってもらえばよいのではと問うと、浜崎氏は、それでもいいが、そうすれば来なくなるだろうと答えた。今野氏も、昔のように円が強くて3年で家が建つなら来るかもしれないと応じた。浜崎氏は、来なくなればきついが、そこで別のことをやり始めるしかないと言う。二人はファミリーレストランの配膳ロボットを例に、ロボットやAIによる省力化を話題にした。浜崎氏はさらに、人手が足りなければ人件費が上がり、産業構造や人の流れも変わる、AIでホワイトカラーの仕事が減るならブルーカラーのほうがいいという話も出てくるだろうと述べた。
アメリカの分断と覇権の衰え
家族の中でも政治の話ができないほどのアメリカの分断について、浜崎氏は移民が間違いなく関係していると言う。アメリカはそもそも「ステイツ」の連邦で、ばらばらの国に移民が入ってできている。文化ではなく理念でつながっているため、9.11のように攻撃を受けると一気に団結する。しかし現実政治で利害を調整する段になると、ばらばらで調整が効かない。
しかもアメリカは工業力を落としている。今野氏が船が作れずミサイルの在庫も足りないと述べると、浜崎氏も同意した。GDPの中身も、デジタルで稼ぐ層とファストフード店で働く層に分かれて格差が大きく、医療費や弁護士費用、金融業など実態の乏しい経済だという。浜崎氏は、それでは戦争に勝てないとし、ウクライナとロシアの戦争やイランへの対応でもアメリカは腰が引けていると見る。覇権が衰えるのは歴史の必然であり、すでに始まっている。そのとき日本がどうするかを考える必要があると述べた。
「ようやく保守の時代が来た」
厳しい時代になったという今野氏に対し、浜崎氏は、保守からすれば「やっと来た」のだと答えた。戦後の保守層は、きれいごとの平和主義は成り立たないとずっと批判してきた。しかし力の体系をアメリカに依存していたために、その蓋が取れなかった。蓋が取れて現実が見え、本物の言葉と偽物の言葉が問われる状況になった。現実に触れたうえで、それにふさわしい言葉を合わせることがようやくできるようになった。その意味で、厳しいけれども息のしやすい時代になったと喜んでいる、と浜崎氏は語る。
では今後5年ほどで日本は何をすべきか。浜崎氏は、自身が高市政権を支持する理由がそこにあるとして、三つの体系に沿って説明した。力の体系では、完璧ではなくアメリカの要求もあるとはいえ、軍事費を引き上げている。それは結果的に自立の方向に向かう。利益の体系では、プライマリーバランスの規律から債務対GDP比の規律へと財政規律を変え、投資を始めた。AIへの投資もいいが、重要なのは中国に後れを取った造船や農業など、経済安全保障に関わる基礎的な分野であり、そこに資金を入れると言っているので見守りたいという。
価値の体系では、高市政権が真っ先に手をつけたのが皇室典範の改正だった。90年代から問題になり、小泉政権で女系天皇を認める方向の案が出されたものの止まり、棚上げされてきた。非常に強い政権でなければできないことを、批判を受けながらも実行し、万世一系、皇統を保つ条件を整えた。それが完璧かどうかは怪しいとしながらも、浜崎氏は、戦前や前近代とのつながりを結び直し、日本とは何かを基礎から問い直そうとするものだと評価し、自立に向けて重要な方向性だと述べた。
結局、保守とは何か
改めて保守とは何かと問われ、浜崎氏は「調和感」を最も大事にしていると答えた。その人の言っていることとやっていることがどれだけ一致しているか、あるいは一致させようと努力しているかを見る。言葉だけで保守かどうかは判断せず、言い方、実際の政治的な努力、これまでの経緯をすべて含めて見る。100点はないので、60点ならいいのではないかという形で人や政党を評価しているという。
浜崎氏から保守かリベラルかと問われた今野氏は、リベラルは大事だと思っていると答えた。ただ、自分と違う立場の人をただ批判するだけの人はリベラルだとは思わない。多様性を掲げながら意見の違う人を攻撃し、不買運動を起こし、「あいつを出すな」と言う人たちにはリベラルを名乗ってほしくないという。浜崎氏は、イデオロギーで否定するのではなく「生き方が違う」と言っている点が保守的だと応じた。
では日本のリベラルはどうすれば復活するのか。浜崎氏の答えは、言っていることとやっていることにけじめをつけることだ。それだけだという。リベラリズムは本来、保守と手を結べるものだった。それなのに戦後日本のリベラルは平和主義にがんじがらめになり、「平和真理教」のようになって醜い姿になった。常識的な人間なら当たり前の、言行を一致させる姿勢を示せば、リベラルにも一つの存在価値はある。浜崎氏はそう述べて対談を締めくくった。
不動産投資を学ぶなら楽待。
楽待チャンネルをご覧の皆さん、こんにちは。政治記者の今野忍です。本日は、文芸評論家で近代保守思想の研究者でもある浜崎洋介先生にお越しいただきました。先生、よろしくお願いします。
お願いします。お願いします。初めまして。初めまして。
見てる方は、もうご存じの方が多いと思うんですけど、簡単に自己紹介だけしていただくと、今は京都大学の方で特定准教授をされているということなんですけど、ただ、どちらかというと、『クライテリオン』さんの方の編集委員としての活動の方が、皆さん接する機会が多いのかなと思うんですけど。
いきなり本質なんですけど、今日、保守とは何ぞやとお聞きしたいんですが。定義が広いじゃないですか。答えはちょっと後にしますけど、最初に聞きたいのも、例えば石破さん。『保守政治家』って本を出してますけど、石破さんは保守なのか、高市さんは保守なのか。もしくは参政党さんは保守なのか、日本保守党さんは保守なのか。保守って名乗る人がいろいろ今混在してる中で、ちょっとみんな分かんなくなってくる。
石破さん、安倍さん、高市さん、みんな同じ保守で、じゃあ同じなのかって。かなりスタイルというか政治的なスタンスも違うと思うんで、実際、僕の現場で言うと、みんなを保守でくくられちゃうとちょっと混乱しちゃうんですよね。その辺、ぜひ最後に、1人1人聞くので、丸かバツじゃないですけど、採点していただければと思うんですけど。保守というのを今、研究というか探求するようになったきっかけって何かあるんですか?
最初、僕自身は結構、芸術なんかをやってたんですよ。
芸術なんですか?
そう。だから学部も芸術学部だったんで、もう全然、政治とも関係がないと。
これ、さっき……。日芸なんですね。
そうです。だからそこら辺からちょっと喋らざるを得ない。簡単に言うと、さいたま市ですよ、今。昔、大宮の生まれで、その後、広島、大阪、神戸、東京。
ご両親のお仕事か何かで、結構。
そうです。父が転勤だったんで。ずっと転々としてたんですよ。高校から東京かな。
高校から東京。それまでは少年時代、いろいろ広島行ったり、大阪行ったり、東京、神戸行ったり。日芸に行かれてるっていうところぐらいから、じゃあ行きますか。
そうですね。多分これ、保守思想とも関係するんですけど、こういう感じかな。僕は、専門にしてるのが福田恆存っていう人だったんですね。戦後の保守というか、保守を支えた第一人者でもあるんですけど、彼の有名なエッセイの中に『一匹と九十九匹と』という、非常に有名なエッセイがあって、これ政治論争なんですよ、実は。
政治論争なんですか。
そうなんです。政治と文学論争と、普通は言われてるんですけど、簡単に言うとこういう感じで。政治っていうのは物差しの世界だと。例えば、60人救える政策よりは70人、70人救える政策より80人という形で、多分、政策を考えることになる。そういう意味じゃ合理的だし、知的だし、かつ行動的な、その範囲が政治だと。
でも、その政治からこぼれ落ちるものが必ずあるって彼は言うんですね。例えば、僕自身が何か違う政策で痛い目にあった時に、それを今さらながら、違う政策になって良い政策になった時に、じゃあ痛い目にあった自分が救えるのかっていうと、救えはしないと。つまり、1回の人生みたいなのは政治で救えないって話をするんですよ。それが99匹からこぼれ落ちた1匹って話になるんですね。
中学時代に僕自身はちょっといじめを受けたり、学校からドロップアウトしたりしたんで、ある意味、1匹的な状況に追い込まれたと。そうすると最初はどうなるかっていうと、1匹を追い込んだのは99匹の側だから、99匹を破壊せよになるんですよ。
なるほどね。
これ、大体若者は同じパターンだと思いますけど、大体それでリベラルっていうか、当時、僕はリベラルというよりは、ほとんど破壊的な左翼だったけど。
そうですね。学生時代、リベラルだったって聞きましたよ。破壊的な左翼。
そう。平和主義とか嫌いでしたね。
そうなんですか。
そうじゃなくて、ちゃんと革命しろよみたいな。
革命しろよ。もう斎藤幸平さんみたいな。
そう。斎藤幸平さんはちょっと怪しいっていう。甘いという。
甘い。斎藤さんも甘いと。もうやれと。
もっとやれと。やれという側だったんですね。
かなり過激なものなんですね。
ただ、あれですよ。共産党とかじゃないですよ。全然違いますけど。その時に、そういうことを本気で考えた文芸評論家が1人いて、これが柄谷行人という方ですね。その柄谷行人の言葉に、結構、高校時代から影響を受けたんですよ。
それで、そっち側に普通行くんですけど。
ですよね。行くよね。
行くんですけど、その後、先に言うとですね、さっきの99匹と1匹の話に戻ると、99匹からこぼれた1匹を支えるものは何かっていう問いが、やっぱり出てくると思うんですね。
なるほどね。
これ、福田の言葉で言うと、その1匹を支えるのは実は99匹ではないんだけど、もちろん、全体って言い方を彼はするんですね。全体ってじゃあ何って話になった時に、彼が出してくる言葉が、全体って定義はこうだと。「その外に出られないもの」って言い方するんですよ。だって、その外に出ちゃうと、その全体って部分になっちゃうから。その外に出られないものって3つあるだろうと。
それが、例えば言葉。言葉の外には誰も立てない。ということは、どうしたって言葉は伝統的なもの。過去を引き継いでるんで、それがまず1つ。もう1つが歴史。歴史の外にも誰も立てない。最後に自然。自然の外にも誰も実は立てないと。ある意味、運命論的なものがあるんですけど。
これはそうだなっていうのを、私自身は実は、柄谷行人の政治運動にちょっと関わったりして、それが挫折するんですね。
挫折するんですか。
これ2003年なので、僕が大体22、23、24かな。24ですよね。それで僕自身が、塾の講師を結構、13年間ぐらいやるんですけど。それで大学院行きながらやっていくと、塾の生徒を伴走するっていうか、一緒に引き連れていく時に、一体何が必要かっていうのって、やっぱり1匹で吠えてるだけじゃ絶対ついてこないし。さっき言った言葉とか自然とか歴史ってやつが、どういうものを共有してるかについて、やっぱり目が行くだろうし。
あと同時に、僕、学生結婚してるので。
そうなんですか。
その時から、人との関係をどうやってうまく回していくのかといった意識。あるいは最後に、批評研究をやってたんで、そこで小林とか福田のように、そこに出会い直していく。そういう中で、もう20代後半あたりから、これはやっぱり、正直言えば保守思想なんだということを確信したっていうのが。ちょっとごめんなさい、長くなっちゃいました。
でも、ちょっとですね、そのリベラルで、今、2003年っておっしゃったけど、その頃、私も同世代だから就職氷河期世代で、社会人生活、ほとんどデフレで、何か寂しいわけじゃないですか。別にちゃんと食べられてるし、幸せなんですけど、社会が上がってく雰囲気がない時代を生きてきたじゃないですか。一部上がってるイメージがありませんでした?
ありました。例えば、ITとか。
ITバブルがあったり、マンションとかね。だからやっぱり格差が開き始めて。
そうなんですよ。
もともと幻想だったかもしれないけど、より我々の時代って可視化されたというか、氷河期だけど、外資系とか行ったりして、すごい羽振りのいい同期もいたわけですよね。
僕の場合、大学の学部が日大の芸術学部だけど、大学院が東工大なんですよ。
そうか。あれですよね、試験日間違えて。どういうことですか? なんでこんな優秀な人が、試験日を間違えて浪人したっていう。
試験日じゃなくて、試験時間を間違えたんです。午後に行ったら午前に終わってたっていう。
それ、普通、午前にやりません? 試験って。なんで間違えたんですか? 何があったんですか?
何があったんだろう。今、分析するとですよ、そのまま大学に行っていいのかなっていう、疑惑っていうか自己不信が、ちょっとあったんじゃないかと自分で分析してるんですよ。
なるほどね。だからテストはもう午後に行こうと。
いや、違う。意識的には言ってないですけど。でも、何かこのまんま行っちゃって、世間も知らずに頭でっかちで大学院生になっていいのかっていう不安感はあって。それで落ちた時に、もちろん膝から落ちましたけど、実は前日は受けてるんですよ。2日間テストがあって。
その試験日が2日目。
そう。2日間あって、1日目が語学科試験で、2日目が論文試験だったんですね。論文試験の方がどっちかというと得意だったから、こっちは絶対いけると思ってたんだけど。行ったら暗いんですよね、教室が。教室が暗いと思って、ちょっと早く来たけども、10分ぐらい前になっても誰もいないんで、あれと思って、おかしいと思って、ガサガサっとかばんを開けて、資料とか、テストの日程が書いてあるのを出したら。見たら、あれ、午前、今、午後、あれ、みたいな。
初日も午前だったんですよね?
初日はどっちだったか忘れたけど、多分そういう感じでしたね。
でもやっぱり何かあったんでしょうね、潜在的な意識の中に。
あったんじゃないかな。
時間見ないで、そもそもテスト、そんな大学に行きます?
そう思うんですよ。後から考えるとおかしいことしてるわけで。だから何かあったのかもしれないですね。それで落ちて、でもそれでやっぱり初めて、それでも行くのかと。親からもうそんなもん金出さないって言われてるし、何してんねんって話だし。
そうですよね。理由が理由なだけに。
それでしょうがなくて、1年間浪人するんだけども、浪人って言っても、最初に、それでも行きたいのか行きたくないのかっていう時に、大学というよりは、僕は桶谷秀昭っていう先生が、その先生のもとでやっぱり学びたかったというのがあって。それが本当だということが確信できたんで、その時からもう1回勉強して。
そっか。わざわざ浪人してまで行きたいかどうかで、ある意味、結構、人生の決定的な場面ですもんね。そこに、その道に行くのか行かないのかみたいなね。なんでリベラルが保守になったって、もう1回そこですか? 分かるようで、まだ僕の理解力低いからか分かんないんですけど。
リベラルって自由主義って訳してもいいんですけど、自由って何の自由かですよ。個人の自由ですよね。
そうですね。
個人の自由を大きくしましょうという、ただそれだけの理念なんで。じゃあ、個人の自由を大きくする、もちろん結構だけども、その自由のある空気感や、ある呼吸感みたいなのは、一体どういう条件で成り立ってるのかという、条件についてのまなざしは少ないんですよ。
例えば、彼らに、その自由ってどうやって成り立ってるのって、それは法律だよとか、あるいは政治、民主主義だと言うんだろうけど、じゃあ民主主義の原理は一体どういう条件に基づいてんの? 法律が守られるってどういうことなのとか。実は法律や民主主義の下には、もっと常識的なものとか文化とか歴史がもちろんあるわけで、ここまで彼らは言わないんですよ。
要は積み上げてきたもんですよね、先人たちが。
そう。だから結局、お前らの言ってることをやってると不自由になるじゃんという話になるし。だからリベラリズムと保守主義って、戦前は特に手を結んでるけども、実はリベラリズムイコール自由主義だとしたら、自由主義の根源まで見つめるのは保守。だから時には、全体主義に対して保守とリベラルは手を組むこともあるんですよ。ということだと思ってますから。
そんな中で、先生が保守の方に行き着く、たどり着く。そして、その先生から見て今ですね、4つ挙げます。石破茂さん、保守ですか? 保守じゃないですか?
保守ではないでしょ。
保守ではない、バツですね。先に結論だけ言うとね。後で、その理由というか、どんどん掘ってこうとは思うんですけど、安倍晋三元総理。
僕は違うと思います。
違うんですね。安倍さんも違う。参政党。
微妙な線だけども、100点じゃないですね。
100点じゃない。三角ぐらいですか? 高市早苗総理。
政策だけ言うと、僕はオーケーだと思います。
政策では丸。それ以外、何があるんですか?
例えば立ち居振る舞いとか。簡単に言うと、伊勢神宮に行った時に、安倍晋三の遺影を持ってたりするじゃないですか。非常識なんだろうけど。
そうですね。
神社に持ってくものじゃない。あれはお寺だったら、とかね。そういうちょっと細かいところ。
保守の私の周りでも怒ってました。保守の方は、あれ違うんだと。
ただ、僕は政治に別にそれを期待してないから。99匹の話だから、そういう意味で言うと、別に高市さんがやってることはいいと思ってます。
なるほどね。政策的にはいけるけど、それ、やっぱり立ち振る舞いですね。ちょっと厳しい。何て言えばいいんですかね、マナーというか。
作法ですよね。
そうですね。なるほど。これはなかなか面白い視点だな。石破さんが保守じゃない理由。一応、ご本人は『保守政治家』というタイトルの本を出してもいるんですが、これを見てる多くの方も、多分、いろんな人がツッコミを入れてるんじゃないかなと想像は私もするんですよね。
石破さんが保守って言った時に、一体何を保守してるのか、まず分かんないんですが。まず少なくとも、総理大臣だった時に何をしたかっていうと、緊縮ですよね。
そうですね。
要するに、積極財政に、そこから高市さんになるわけだから。そうすると緊縮って、一体誰が喜ぶのかがよく分からない。つまり、整合的じゃないことをやってるわけですよね。かつ、もちろん改憲に対しても相当消極的だった。本人はどっかの違うところで、僕は改憲派だとか言ってるところがあるから、正確によく分からないところがあるんですけど。後で、じゃあなんで改憲派が保守なのかについても言わなきゃいけないのかもしれませんが。
そうですね。
だけども、そういう意味で言うと、非常に不整合なことをずっとやってるっていうふうに、僕の目には見えてますよ。不整合はイコール不調和ですよね。調和感のない人間に保守はできないですよね。だって、それは歴史との調和や、あるいは文化との調和や、あるいはさっき言った自然との調和みたいなものに、1つのクライテリオンを置くわけだから。その調和感がない人間を、やっぱり保守政治家と見なすわけにいかないだろうと。
安倍晋三元総理。これ意外。保守政治家の日本を代表するように言う方もいるし、確かに先生のように専門家の中で、やはり安倍さんは実は保守ではないっていう方もやっぱりいる。
だから安倍さん、これ、丸バツにするとずれるんですけど。
ずれるんですね。やっぱり点数にします?
点数の方がいいかな。
点数にします。じゃあ石破さんからもう1回行きましょうか。石破さん。
20点ぐらいですか。分かんないけど。
20点。もうこれは感覚的な話ですから。ちょっと可視化したいだけで、私も。
そう。あとやっぱり、人前でおにぎりを食べるところね、こう噛み出しちゃまずいでしょと。そういうのを含め。
ああいうのも保守の作法として大事ですね。
そうですね。ああいうところこそ大事なのかもしれないですね。
大事なんです。
世界のリーダーが見るわけですもんね。世界の人が見るわけですもんね。
だと思いますね。
安倍晋三元総理。
55点かな。
55点だ。半分以上なわけですね。ただ、合格点には届かないのかなっていう感じですね。
参政党は40点かな。点って言うと、またいろいろクレーム来るんだろうけど、いいや。
でもこれは、僕が無理やり聞いてるのに先生に答えてもらっている。皆さん、寛容にね。ここは不寛容じゃなく寛容さで。いろんな人が見てると思うんで、ちょっと分かりやすくしようって、あくまで試みなんで。高市総理。
一応60点にしましょう。
60点。でも一番、この中では高いんですね。合格点。これは、政策の部分がってことですか?
そうですね。完全にそうです。
その政策、例えば挙げるとすると何が。
例えば、安倍さんの場合、僕も最初は支持してたんですよ。だけども、これは三行半を突きつけたというとちょっと偉そうだけども、もうこれダメだと思ったのは2点あって。1つは、消費税を2回目で上げた時。
2回目ですか? 1回目じゃなくて。
じゃなくて。8%に上げた時は、妥協もあっただろうし、譲ったんだろうという解釈も成り得た。実際、その時も抵抗してたらしいんですけど。経済は大丈夫だと言われて。
財務省は言うんですよ。あの後、下がるんですよね、3%。
そう。下がって、それで財務省のせいだと言ってるのに、もう1回上げたんですよ。
そうですね。
あれはね、2回目は確信犯だから、これはちょっと許しがたいっていうのが1つ。
2回延長したんですけどね。
そう。それもそうなんですよ。でも、やろうと思ったら延長じゃなくて廃棄できましたよ、と僕は思うけど。
そうか、確かに。
あともう1つは改憲。
改憲ですか。
改憲論は、言わなきゃいいことを言った。
あれは特に9条ですね。自衛隊の明記。
そうです。自衛隊の明記ってやっちゃうと、自衛隊が軍じゃなくなるんですよ。
戦力の不保持は書いてあるわけですからね。2項を残すわけですから。
そうです。あれはだから、公明党から吹かれてるわけですよね。それは普通だったら、それをやっちゃうと自分の戦後レジームからの脱却っていう大きな目的が果たせないと。ぎりぎりの線ですよ。まさに危機的な線ですよね。そこを結構安易に越えちゃうっていうところは、どうかと思いましたね。
なるほどね。見てる方に誤解なきよう、別に安倍さんと浜崎先生が何か一致しないってわけじゃなくて、先生はやっぱり学者というか、論壇の立場で評価として、あるべき姿を言うし。安倍さんはやはり、よくおっしゃってたのは、直接聞いたこともあるんですけど、多分、先生たちのようなことにものすごいシンパシーは感じてるとか、一致してるんだけど、実際、政治の現場では6割だって言ったんですよね、できることは。
なぜならば、公明党と連立を組んでる以上、どうしても、ここから先は越えられない線があって、そこには行けないから。先生たちのおっしゃってることを、要は自分では岩盤支持層って話で、岩盤の支持層のことを聞けるのは、僕はやっぱり6割までで、現実は4割は他の層の人たちを受け入れてやってるんだ、みたいなお考え。非常に今聞いてて、逆に納得がいくというか。そうなの、やっぱりこの2つなんでしょうね。
でしょうね。悪いところはそこだと思っていて、非常に人当たりがいいでしょ。
そうですね。
会った人みんな惚れさせるんですよ。
そうですね。
その能力たるや、やっぱり圧倒的だと、まず言っとく必要があると思うけど。だから引きずられたというか。だって、3項を言わなきゃいいんだから、逆に。それは、公明党に吹き込まれてってさっき言ったけど、そこ、なんでわざわざ積極的な一歩を出してんのと。それでむしろ後退しちゃうよと。
実際、今の自民党の改憲論は、言っちゃったもんだから、それがスタートラインになっちゃっていて、憲法9条2項を削除するとか、あるいは本当に変えるとかいうことも、実は後退してるわけですよ、あの一言で。
そうですね。あれが今、すごく縛られちゃったんですよね。あれは2000何年かな、決めた4項目の改憲で。
今その中で一生懸命、新藤さんとかが、ポジティブリストじゃなくてネガティブリストなんだとか、一応、一生懸命発信はしようとしてるんだけど、これまでの国会答弁でポジティブリストって言っちゃってるから無理でしょ。
きりがないね。
そう。人が嫌いっていうんじゃないですよ。
分かります。すごいおっしゃってること分かりますよ。
マンション価格が5年で1.4倍になっていること、ご存じですか? あなたのマンションも値上がりしているかも。今、売却の査定依頼が増えています。楽待で検索。
参政党さんはどうなんです? これは。
参政党はね、これいろいろ言うと。
一番迷ってましたね、ジャッジするの。
そう。知り合いもいるし、党で講演したことも僕あるんで、いろいろあるんですけど、やっぱり経験が圧倒的に足りないのと、だから理念的になっちゃっている。
なるほどね。
保守と理念って、実は矛盾するんですよ。
保守と理念って矛盾するんですか?
矛盾するんです。保守って、馴染んでるものを守るだけだから。そうすると、ある種の消極性に必ず徹するはずなんです。だから理念に対して抵抗してきたのは、保守の歴史なんですよ。でも、こういうことでぐちゃぐちゃになっちゃうと、ある理念を掲げて、それでこうやって改革するんだと。これは戦前でもあったことで言うと、例えば昭和維新とかね。
ありましたね。
あれも右翼っちゃ右翼だし、保守っちゃ保守なのかもしれないけど、あれも理念的ですよね。そういう理念性が出てくる時代だと思うけども、であるがゆえに、参政党については、ちょっと距離感と慎重な見極めが必要だなと、いつも思いますね。
なるほどね。そうですね。それは参政党ですね。神谷さん個人よりは参政党。
でも最後にちょっと1つ。例えば参政党に入れてもいいかなと思って、選挙会場、投票所に行ったことあるんですけど、ポスターがまずひどかった。
いつのやつですか?
前回の参院選なのかな。
日本人ファーストじゃなくて?
日本人ファーストの頃ですね。
頃ですか。
その時に、日本をなめるなって感じであるわけ。
あったかもしれない。日本なめるな。
日本をなめるなって、別に日本なめてないし。
そうですよね。
普通の人が、日本なめるなって言ってるそのポスターで、日本なめるなと思って投票するやつって、つまり不満に駆られてるわけでしょ。
逆にね。そっか。
そんな形の売り方って、もし取ったとしてもですよ、政権を。取ることないかと思うけど。どうやってやるわけ? 積極的な何か1つの地盤があるわけ? っていう感じがあるし、そこは幼いと思いましたよ。
同世代なんで、神谷さんも気持ち分かるんです。日本が衰退して、中国に2010年、抜かれて、みたいな。なめんなっていう気持ちは分かるんですよね。
中国に言うのは分かるけど、選挙で言ってるのは分かんない。
そうか。向かってるベクトルですよね。外に向けて言うならいいけど、有権者に向かって言うってことね。なるほど。確かにそりゃそうだな。そして最後に高市総理は、さっきお話ありましたけど、そういうことですかね。政策的には丸だけど、やっぱり立ち振る舞いにおいては、保守としてはなかなか、うーんっていうところもあるってことですね。
さっきちょっとお話に出たんですけど、その改憲が保守っていうのも、一般的な保守っていうのは、やはり今まで馴染んできたものを大事にする。そういう意味で、日本国憲法ももう成立から70年、それなりの年月を経てきたものがあって。日本においてよく言われるのは、アリスの世界じゃないですけど、革新という人たちが今あるものを守ろうとして、憲法だ、護憲で何とかで、左で、右の人たちが改憲って言ってるって。本来の定義で言うと、ちょっとねじれる感じもするんですけど、そこはどういうふうに整理すればいいですか?
基本、政治っていうのは、状況が変わった時に適切に対応する営みですよね。戦後って80年、長いけども、大きく言うと3つに分かれるんですよ。その時その時で、体系がやっぱり変わってくると思うんですけど、基本はアメリカに対する対応ですね。
これ重要なのは、こういう言葉を言った人がいて、これよく言うんですけど、高坂正堯っていう政治学者が。
有名な政治学者。
有名な国際政治学者がいて、彼が国家ってやつを定義づけてこう言うんですよ。国家は必ず、価値の体系と力の体系と利益の体系がある。この3つの側面の寄せ、あるいは統合、総合、これによって国家を見るべきだって言うんですね。僕もその通りだと思う。
それで言うと、最初はアメリカは保護国として、まず日本に対して接してきますね。特にサンフランシスコ条約以降は。冷戦期なんで、そうするとどうなるかっていうと、この力の体系と価値の体系と利益の体系は、結構、平和憲法のうちでミックスされて、かつ調和しちゃうんですよ。
どういうことかっていうと、力の体系はアメリカさんにおんぶに抱っこだと。自衛隊持ってるけど、あれだって結局、占領期にマッカーサーが警察予備隊で作ったものだから。
基本的には、朝鮮戦争に米軍が行っちゃうからって。
7万5000人、そのまま入れちゃったみたいな話だから、そう思うと、あれはやっぱりアメリカあっての自衛隊って形になると。だからやっぱり力の体系はおんぶに抱っこだった。でもそうすると、いいことがあったわけですよね。1つは利益の体系。何かっていうと、それはアメリカさんにおんぶに抱っこってことは、自由主義圏でしょうということになるんで、1ドル360円で、しかも戦前には手が出せなかった、手に入れられなかった世界の市場が手に入った。
そうすると、1ドル360円って圧倒的に安いし、かつ重要なのは固定なんで、計算ができるんですよね。
なるほどね。
そう、立てられる。だから社会主義的にもいけるってことはあるんですけど。そこで利益も手に入れられた。じゃあ価値の体系はどうなってるかっていうと、力の体系をアメリカに委ねるから、そうすると僕たち平和主義でいけると。しかも310万人から340万人の死者を出したあの大東亜戦争に学んで、私たち、その教訓を生かして、これから平和主義こそ私たちのアイデンティティだと言えば、それなりのリアリティを持ってた。実際、それで何の不具合も出なかった。これが多分1990年まで行くんですよ。
冷戦が終わった辺りから変わりますよね。
そうですね。物がちょっと、あれってなってくるんですね。
そう。まず最初にアメリカの態度が変わってくる。つまり、保護国じゃなくて、対抗する、あるいは収奪する側になってるわけ。
日米構造とかね、半導体とかね、いろんなので潰しにいくんですよね。日本を市場にしようと。
いうところから崩れ始める。だけど、崩れなかった。それが力の体系なんですよ。結局、力の体系をアメリカはまだ維持できてたし、当時も一極集中で超大国だったんで、そこはさすがに反抗できないだろうとなれば、価値の体系を取り替える必要もなければ、利益の体系がずるずるなくなってはいるが、力だけおんぶに抱っこ、甘えられるんだからしょうがねえだろうという言葉が、一応可能になってた。
それがだんだんできなくなってくるのが、多分2016年でしょ。これが第1次トランプ政権の誕生とブレグジットですよね。この辺りからまたアメリカが変わった。
そうですね。
もうここでは、アメリカも力の体系を維持できなくなり始めていて、そうすると日本に対して、日米安保条約どうなるか分かんないよと言い出したと。
そうですね。
実際に今回、防衛費も5%に上げる、上げないみたいな話があるけども、そこまで迫ってくるとなった時に、あれってなるわけですよね、初めて。力の体系が変わると、間違いなく価値の体系が変わりますよ。なんでかって簡単で、力の体系が変わるってことは、自分たちで力を用意する、イコール戦う、イコール死ぬかもしれない。その問題と直面した時に、何のために戦うの? 何のために死ぬの? っていうものに対してちゃんと答えないと、体系的に整合できませんよね。
そうですね。
その時に、平和主義は? っていう。
それが今、まさに。
そう、ってなってると。高市さんの場合は、そこにもちろん利益の体系も、もうすでにグローバリズムにおんぶに抱っこじゃまずいから、経済安全保障込みで、内需を主導にして積極財政をやろうって話が走ってる。だし、国家資本主義的な形にしてこうとやると、結局何言ってるかっていうと、力と利益と価値の体系の調和を取ろうとしてるんですよ。
なるほどね。
これが保守ですよね。
そうか。
ってことは逆に言うと、お前さんたち、リベラルさんたち、平和憲法が好きなのはいいけど、それで調和取れるの? どうやって生きていくの? についての責任が、彼ら、何も言えないじゃないですか。責任が取れない人間って醜いわけですよ。そうすると、みんな分かってるわけ。そのリベラルが醜いって。だから今、学生なんかに聞いても、みんな保守じゃないけど、反リベラル。リベラルが嫌い。なんでか。あいつら嘘つきや、だから。
対応できてないじゃんって。簡単にしちゃえば、対応できてないじゃんって話ですよね。リベラルが、もう日本も今、壊滅になってるじゃないですか。今の話の体系で行くと、価値、利益の体系で、先般あった沖縄県の知事選。これに当てはめるとどういうふうに見えます? ここもやはり12年ぶりに、古謝さんが勝ち、まさに言ってた玉城デニーさん、その前の翁長さんから、オール沖縄的なものが今回ノーを突きつけられて、17万票差でしたっけ。もう初めてです。沖縄の県で現職の知事がゼロ打ちで負けるっていうの。
あれも、今の状況を非常に表してると思いますけど。
今の説明がね。
そう。だから力の体系でも、アメリカも弱くなってる時にどうするの? アメリカをむしろ引き止める状況に入ってるにもかかわらず、いらないと言っている。しかも、重要なのは、辺野古に移設するのが反対か。それはそれでいいっちゃいいのかもしれないけども、じゃあ、その代替はどうするのって話がまずない。
ないね。
ただ、1点だけ言わせてもらうと、沖縄の方に話を聞くと、普天間基地を辺野古に移しますっていうことで、今回、古謝さんが勝ったわけですよね。
そうですね。
だけど結構、辺野古に移せないんじゃないか、あるいは移したとしても、こっちの普天間はそう残るんじゃないかと。
2000、3000メートル級の滑走路がないからっていうね。
そういう議論が普通にあって、結構信憑性が高いと僕も思ってます。ということは逆に言うと、普天間から移設しないんだとしたら、辺野古をもう1つつけただけだから、基地がよりでかくなったって話でしょ。
でかくなるし、そもそも埋め立てが終わるのかどうかも分かんないし、みたいな。
そう。かつ、それについて誰も何も言ってないのは、これから多分問題になると思います。
そうですよね。
だし、沖縄にあれだけ基地の負担を押しつけていいのかっていうことは言うと。これは実は、ナショナリズムにおいて言うべきだと思うんですよ。こっちの本土の人間だけが、指くわえながら、俺たち楽だなみたいなことを言いながら、沖縄県、お前さんたちが受け入れなと。これ、同じ国民と言っていいのかということになるから。
そうですね。70%の米軍基地が、たった0.6%の日本の国土の沖縄に押しつけてることは間違いないわけですね。これ、保守、革新がどうかじゃなくて、数字とファクトとデータとして。
さっき言った調和の問題で言っても、それはやっぱり不調和じゃないかと思うので、そこに対する手当ては、これから必要になってくると思いますけど。とはいえ、玉城さんの、ある種空想的な、代替のない、現実のない話が負けたっていうのは、今だなって感じはします。
そうですね。だから若い世代こそ古謝さんで、年配の世代の方がデニーさんで、っていうのは、やっぱり象徴的な選挙にはなりましたよね。
収益物件数ナンバーワン。不動産投資を始めるなら楽待アプリ。楽待で検索。
そんなふうに沖縄でも起きていて。沖縄では、古謝さん、そこまでのあれじゃないんですけど、もうちょっと最近聞いた、世界に目を向けるとですね、ドイツ。ザクセン=アンハルト議会選っていうんですか。極右と言われるAfDが、ものすごい勢いで台頭してて。あれはかなりの極右とか言われるけど、そういう政党なんですか?
僕は違うと思うんですけど。
違うんですか、あれは。
まず多分これ、メディアもそうなんですけど、日本のメディアね、極右って言ってて、極右と極左の定義ってしてるんですかね。
そこ聞きたいですね。極右政党、極右とか右派ポピュリズム政党が今ヨーロッパでは台頭してますと。既存の右派中道、左派中道、既存政党が否定されているんだと。そういうニュースの表面の言葉しか出てこないから、ぜひ教えていただきたいですね。
もちろんこれ、僕の考えという形です。
先生の意見、お考えとして。
極右って普通言うのは、戦前の歴史を見てもらっても分かると思いますけど、基本的にテロリズムですよ。テロリズムを介してもなお、この制度、この秩序が悪だから、このレジームが悪だから、ぶっ壊そうと。ぶっ壊して革命をするんだっていうのが、右でも左でもいいって。それが極左と極右なんです。
テロリズムって、ある程度、暴力というか、あれが伴うわけですね。
そう。革命勢力ですよ。戦前だったら、これが昭和維新だし、二・二六事件だし、五・一五事件ですよ。だから後ろに北一輝がいるわけで、というのが極右。極左っていうのは、戦前も戦後もそうなんだ、戦後の一時期もそうなんだけど、共産党ですよね。
なるほどね。
だから共産党こそ、お前、極左だろうっていうのはあるんだけど。つまり議会制民主主義を経て、人々の信託を経て、政治的な政策をしようとする政党って、普通の政党ですよね。これを極右とか言っていいんだろうか。だってこれ、民意って普通言わないかって。
だって40%ですね、得票率が。もうほぼ半数に近い数字じゃないですか。
そう。僕は、そういうこと言ってるやつは大体リベラルと思ってますけど。何を言ってるかというと、トランプの時もそうだし、このAfDもそうなんですけど、デニーっていうね、ごめんなさい、ちょっと脱線しますけど、アメリカの政治学者がいて。彼が言った言葉が僕は好きで、どういうことを言ってるかというと、AfDにしたってトランプにしたって、政治劣化の原因ではない。むしろ政治劣化の結果だって言うんですよ。
なるほどね。そうか。鶏、卵で言うと、政治を劣化させたんじゃなくて、劣化したから出てきた。
そういうこと。だから逆に言うと、この劣化をどうにかしようとして出てきてるわけだから。ある種の選択肢として出てるわけで、それに対して極右だとか極左だというレッテルを貼って、見ないことにすると、もっと劣化しますよね。もっと出ますよね。そこについての対応を本気でしようなんてやつらが、基本的に今の状況で、あんまりいないじゃないですか。
そうだね。メディアがそうなんですよね。日本の新聞、もう全部、AfDは極右勢力、ドイツで台頭、みたいな。ナチスの時代のあれがどうなってたんだ、みたいな。そんなにやばい人たちなのかって思っちゃうけど。
そんなやばいやつが出てくるってことは、でもこれもみんな知ってることかもしれないけど、後ろにはもちろん東ドイツへの差別や、あるいは貧困、格差か。格差がすごいあるわけでしょ。それで、そこにしかないから入れてるわけでしょ。そこ、どうお前らは対処するんだよって話だから。
そこが、アメリカでラストベルトの人たちがトランプさんに入れるのと、非常に構図が似てくるわけですよね。なるほどね。いよいよ本題に。
これ、今までは本題じゃない?
でも本題ですよ。今も本題ですけど。これ、浜崎先生はよく「寛容であるための不寛容さ」。
森本あんりさんのです、これは。
これ、何でも受け入れることを寛容っていうふうに、僕みたいな素人は言っちゃうんですけど、それは違うんですかね?
言葉の定義として、昔の中世ヨーロッパにおける寛容、リベラルって言葉はあるんですけど、これは最初は我慢みたいな意味なんですね。
我慢なんですか、寛容とは。
そう。つまり、是認はしないが受容するっていう感じ。
なるほどね。
大体、他者感覚ってこれですよね。何かもうしょうがないけど、クラスメイトで嫌なやついるけど、我慢してやるかと、ねえかと。これが寛容のもともとの意味だと。これが。
17世紀あたりからちょっと変わってきて、政治用語になるんですよね、リベラルって言葉が。それで、宗教的な自由を獲得するために専制君主を倒すみたいな意味になってきて、それがリベラリズムってことになってくるんですけど。
そういう歴史の話を置いといても、「寛容であるために不寛容たれ」というのは、こう言い換えてもいいかもしれませんね。自由と平等を守るんだったら、ある程度の不寛容さの一線を必ず自覚しておかなければならないって。
いつも言うんですけど、例えば自由と平等ってよく言われるじゃないですか。リベラルでも言われる。なんで平等と自由って一緒になってるかって簡単で、自由にやっていくと格差が出るんですね。絶対格差出る。資本主義はそういうもんだから。でもそうなると、こっちの息子はいいかもしれないけど、こっちの息子はまずいとか。
なるほどね。
スタート地点が変わっちゃうから、それは不公平、アンフェアでしょってことになるんで、ある程度、格差をなくしていく必要があると。これから自由でもいいけど、そのためには平等でなきゃなって話なんです。
自由と平等でやりますよね。でも、平等つったって、多分そこら辺にいる虫も平等だとか言い出したら、ちょっとそれはやりすぎだろうってことになるし、アフリカ人まで平等だっつったら、そんなこと現実的にどうすんのって話になるから。そうすると、やっぱり現実的には国民国家の中である程度平等にってやるしかない。
そっか。その外のところまで言い出すと、きりがなくなっちゃう。
そう、そう。そうすると、ある範囲があるわけですよね。じゃあ平等だっつった時に、範囲をどう決めるかって時に重要になってくるのが文化ですよ。例えば同じ日本語を喋ってる人間が沖縄にいる、北海道にいる。その人たちが災害なんかに、今そういう災害多いですけど、それで苦しんでる姿を見ると、やっぱりかわいそうだと思う。そこにお金をあげることは、もちろんやぶさかじゃないと思う。同胞なんだから、という形になる。
そうすると、ようやくそこで文化的な範囲の中での自由と平等が成り立つんですが、重要なのは、じゃあこの範囲を誰が守るのって問題になってくる。最後の最後で、これ多分、北朝鮮の問題、中国の問題でも関わると思いますけど、何かあった時に誰が守るのか。つまりここで、戦士の問題ですよ。他の人と戦士って全然違うんですよね。
戦士っていうのは、戦争する人。ファイター。
ファイター。戦士、兵隊でもいいんですけど、軍隊でもいいんですけど、この人たちって命を危険にさらすわけだから、他の商売をやってる人とはやっぱりわけが違うので、ある程度のリスペクトを国民国家が払うべきなんです。こうやって一つの範囲を作って、自由と平等って言ってるわけですよね。
そこに入るには、ハードルがいりますね。この戦士に敬意を払い、そしてここに自由と平等を見て、感情移入をそこにすること。それがあって初めて自由と平等。
そうか。
だから不寛容なんですよ。
なるほどね。寛容であるための不寛容さ。そういうことなんですね。そしてね、これ楽待チャンネルというのはご存じですか? 投資。
らしいですね。
ということでぜひ聞きたいんですけど、このグローバル資本主義、まさにもう投資とか、これは保守から見てどうなんですか? ありですか、なしですか?
一部ありだと思います。
一部あり。
全部バランスなんですよ。
バランスね。
僕、グローバリストは大嫌いだし、ある意味その金儲けしかも嫌いだけど、それはなぜかというと、一点でそこしか見てないと、人あるいは社会のバランスが完全に崩れるから。
なるほどね。
社会のバランスって、大きく三つあるんですね。一つは互酬性で、これが多分、家族とか地縁なんですよ。家族でいちいちお金もらってるやつっていないでしょ。絶対ありえない。だからお互い様でやってると。
払わないと動かないうちの娘とかいますけど。
なるほど、なるほど。とはいえ。
とはいえね。
それだけじゃ嫌だから、例えばこの水とかもそうですけど、いちいち買う時に互酬性でお互い様だって嫌だから、お金払ったらもらいたいみたいな。そういうものは売っていいと思うから、これは自由主義市場でいいですね。これが等価交換と普通言われてるもので、互酬と等価交換、出ますよね。でも等価交換だけずっとやってるとどうなるかと、格差が出てくるから、徴税と再配分で格差をならすと。
ならすと。なるほど。
これが国家ですよね。そうすると、これ三つ出てくるわけですよ。国家、市場、それから共同体。この三つでようやく私たち自身が成り立ってんだから、このバランスを無視して金儲けだけさせてくださろうと。お前さんたちだって他の二つのものにおんぶに抱っこになってんだから、そこに対する、あるバランス感覚への緊張感はいるよと言っとく必要はあると思います。
国家、市場、あれ、もう一個何でしたっけ?
国家と市場と、共同体。
共同体か。
互酬性のある共同体。
そっか。この三つのバランスが取れてれば、楽待さんみたいな不動産投資もありなんですよ。
っていうか、そのバランスが取れてるから不動産投資も成り立ってんだ。
なるほどね。そうか。そういう意味では、保守と全く相いれないわけではないんですか。お金を稼いだり投資をするっていうことも。なるほどね。
実態と照らし合わせて考えた方が分かりやすいかなと思うんですけど、外国人労働者っていうのは、どういうふうに我々これから考えていけばいいのか。要は結局、さっき言った参政党さんは日本人ファーストって言って、例えば日本保守党さんなんか、もう移民はいらんって明確に言っていて。ただ一方で、単純な労働者が、これだけ今人口減ってると、日本って毎年100万人減ってくるじゃないですか。
特に地方の、じゃあ誰が高原野菜収穫してくれるんだとか、誰が牛の乳搾ってくれるんだみたいなところから、この辺のレストラン行っても、ファストフード店行っても、もうみんな外国人の方ですよね。コンビニとか。その辺はどう我々折り合えばいいのかなっていう。
移民は、量はある程度のところから質に転化すると、いつも言ってるんですよ。
量から質に転化する。
例えば量って、今のところ3%から4%って、日本の場合言われてる。
そうですね。
これがヨーロッパとかアメリカ行くと、大体14、5%。
そんななんですね。
ヨーロッパで、これまずいんじゃないかっていう形で、さっき言った極左ですか、その出てくるのも結局、1割超えたあたりから出てくるんですよ。何が言いたいかというと、2、3%の場合、あるいは3、4%、まだいけるのかなと思うけども、同化が可能かもしれないというふうな期待をまず持つんですね。
持ちますね。
同化って何かっていうと、さっきのリスペクトの問題なんですよ。最後の最後は日本のために働いてくれるよね。最後の最後は日本のために命捨てるかもしれないよね。それによって俺たちは同胞だよねってことまでの意味。これが同化です。
それがある程度数が少ないと、それはあっちが多いからねって、あっちも諦めますから、やるしかない。でも1割ぐらいになってくると、同化しなくてもいけんじゃねってなる。
別の一つのコミュニティというか、共同体でやっていくと、こういうことですか。
共同体を作り出すんですね。そうすると、この同化できなくなったところから社会の不安定さや社会の疑心暗鬼が出てくるんですね。日本人はまだそこまで行ってないから甘く見てるんですよ。だから間違いなく上限を決めるべきだと思う。
やっぱ上限なんですね。そういう意味では、今、高市政権で維新とこの間の連立合意書は。
その方向としては間違ってないです。数値化でしたっけ、数値入れて制限するっていう。制限した上で、最終的に移民なしでやっていく国家を作っていこうという目標も、大前提としていると思うんです。
なるほどね。
確かにね、今コンビニで働く人がいない、収穫する人がいない、あるいは介護人材がいない。確かにちょっとしたきつさですよ。あるいは地獄と言ってもいいかもしれない。だけど、それがちっちゃな地獄かもしれないけど、移民を入れ続けたらもっと大きい、最大の地獄が現れる。そこまで見て、国家50年、国家100年の計をやるのが政治家なんだとしたら、そこら辺の今ここにあるような利害得失を、まずはここに入れて、ちゃんと考える必要あると思います。
なるほどね。難しいですね。僕なんかは単純な思考するから、その永住の移民の方は数値すごい厳しく制限しても、3年とかの短期の技能実習で、今なんていうんですか、また新しい制度ありますよね。で、入れて丸亀とかマックで働いてもらうには、別にいいんじゃないかなと思うんですけど。それやっぱりそれでもよくないですか? 3年ぐらいでお帰りいただくみたいな。
お帰りいただくのでもいいと思うんですが、多分それやってると来なくなりますよね。
そっか。3年のバイトだけでね。
そうですよね。人生1回切ってくるって。
昔ぐらい円が強ければまだね。3年で家建つぐらいだったら、来てくれるかもしれないけど。
そう。来なくなったら来なくなったでいいと思うし。来なくなったら、こっちはこっちできついけど、そこでまた違うことやり始めますから。
やるしかないですかね。なんだろう、ロボット。今、外食産業、人足りないって言ってるから、5万人で止まっちゃったから困るって言うんだけど。だからロボットとかでなんとかならないですかね。バーミヤンとかでいますよね。
やってますね、今ね。
あれ、淡々と、杏仁豆腐のセット取ると、麺取って杏仁豆腐回収する前に帰っちゃうんですよ。待てと。まだまだ途中、俺のデザートを取ってねえよっていうね。あれもうちょっと賢くなったら。
そう、そう。レジは無人化したら。多分、中だってひょっとしたらこれからAIで、作るぐらいの、レンチンぐらいできるかもしれないから、相当省力化できるわけですよね。
農業も。
だし、あともっと言うと、そこって労働が足りないわけだから、結果的に労働費というか、人件費高まりますよね。
なるほど。
ちょっとまた産業構造変わりますよね。そこに行く人も変わってくるだろうし、AIがあって、そこでもう仕事がないんだったら、ブルーカラーの方がいいんじゃないかとか、そういう話もあってくる。
アメリカがそっちにどんどんなってね。
そう、そう。
楽待チャンネルで御社をPRしませんか?
こんなに回るんだっていうぐらい回りました。
楽待で行った時の反響っていうのが、一番僕らが欲しいと思ってる反響に近い。
楽待チャンネルで企業PR。
そして今ね、ドイツの話もありましたけど、アメリカはどう見てらっしゃいます? 共和党と民主党で、もう今や家族の中でも政治の話をすると分断が起きてできないっていうような、アメリカでもそんなになっちゃってんだという。むしろアメリカだからなってるのか、さっきおっしゃった移民とかのあれも関係してくるんですか?
間違いなく関係してると思いますね。アメリカは特に、我々あれ大きな国家だと思ってるけども、ユナイテッド・ステイツだから、ステイツってのが国家だとすれば、国家ですよね。
そもそもね。だってステイツ、国の集まっての連邦ですもんね。
そう、そう。だからアメリカって、そもそもそういうバラバラの国だってことが前提で、そこに移民が入っている。だから彼らって何でつながってるか、文化でつながってないんですよ。じゃあ何でつながってるかっていうと、理念でつながってる。
だからアメリカって、例えば9.11が起こった時、一番分かりやすいけど、アメリカが攻撃されたってなったら、アメリカという理念で一気に団結はするんですよね。
なるほどね。
でも、現実政治で調整していくって時に、バラバラなんで調整が効かない。そういう国ですよね。しかもその国が今や、重要なポイントは、産業、工業力を落としてるんですよね。もうだって船は作れないわね。ミサイルも、撃ったらもう在庫なくなっちゃったみたいな。
GDPの内容見ても、結局ハリボテじゃないですか。デジタルで稼ぐか、マックでやるかだから、格差がすごいできちゃうんですよね。マックで働くか、デジタルで年収の、初任給3000万みたいな。そんななってるし、かつ内容見ても医療費もGDPに関わってるし、弁護士費用、これもGDPだし、サービス業とかでしょ。結局実体がない経済を回してるわけじゃないですか。金融業もそうだし。だからそれで、じゃあ戦争で勝てるのかって時に勝てない。
そう、そう。
それがまさに今出てる、ウクライナ・ロシア戦争もそうだし、イランに対してもそうですよね。
もう腰が引けてますよね。だってあんな最強だったのに、もうミサイルなくなったって。パトリオットがもうあと600発、もう使っちゃいましたもんね。
そう、そう。まさにそういう話で。覇権が落ちるっていうのは歴史の必然なんで、必ず来るし、もう来てますけど、その時に日本はどうするのかってことは、やっぱり一方で考えていく必要ありますよ。
非常に厳しい時代になってきましたね、これね。
そう、そう。だから保守からすると、やっと来たなんですよ。
どういうことですか?
ようやく地に足がついた、現実を見た、言葉が本当はこれで、偽物はそれだということが問われるような状況が来たわけで。これ厳しいは厳しいんですけど、私は喜んでるんです。
なるほどね。逆に、目覚めよ、日本みたいな。
目覚めよ。
目覚めよか。
つまり今まで偽物の言葉、お為ごかしのきれいごとの平和主義がずっと回ってた。実はその戦後の保守思想は、ずっとそれを批判してたんですよ。こんなことありえないからって。でもさっき言った、アメリカにおんぶに抱っこの力の体系に対する依存があったんで、その蓋が取れなかったんですよね。
だからその蓋がようやく取れて、現実が出てきた。だったらその現実に触った上で、それに適切な言葉を合わせることがようやくできるようになったじゃないかという意味で言うと、僕たちはようやく息のしやすい時代に来たんだって言い方だって、一方できると。
保守の時代。
保守の時代。僕らの時代。
僕らの時代。それ具体的に、どうしていけばいいですか? 憲法を改正するとか、具体的な政策に落とし込んでいくと、最低限この日本はこれからこの5年、何をしていくべきですか?
高市政権を実は支持してるの、実はそこなんですね。さっき言った力と利益と、価値か。
力と利益と価値ですね。
この体系で言うと、高市政権は基本的にうなずく政策を僕はしてると思います。一つ、例えば力の問題は、もちろん完璧ではないですよ。完璧ではないけど、やっぱりアメリカが要求してることもあるんだけども、軍事費高めてますよね。ってことは、やっぱりこれは結果的に自立の方向に行きますよ。結果的にですね。だからそれは高めるべきだと思う、が一つですね。
もう一つ、経済ですね。これも投資をし始めましたね。これ今まで全然そんな話なかったにもかかわらず、彼女はプライマリーバランス規律というその規律から財政規律変えて、債務対GDP比にして、それで投資を始めた。しかもその投資を、AIもやればいいけど、重要なのはやっぱり基礎的なものですよね。
造船だったりね。今は日本が弱くなっちゃった。すっかり中国の、そう。そういう造船、あるいは農業、こういう経済安全保障的なものにお金を入れてほしい。入れると言っている。入れると言ってる。それちょっと見ておきたいという形ですね。
もう一つは、さっき言った価値の体系ですよね。価値の体系も、彼女はそこまでは大きく明確に言ってないけど、今回やったのって、いの一番にやったの、皇室典範の改正でしょ?
そうですね。
これ実は90年代から問題になってたんですよ。実は。小泉政権で結局、女系になろうとしたけど、それも結局。
そう、1回出したんですよね。
そう。それも止まって、ずっと棚ざらしになった。だから非常に強い政権じゃないとできないんですけど、それを彼女はいろんな批判を受けながらでもやったじゃないですか。一応、万世一系と、あえて言えばそういうもの、皇統が保ってるような条件を少し整えましたよね。これで完璧かどうか怪しいけど。
そういうとこに行ってる。だからやっぱり戦前との関係、あるいは前近代との関係をつなぎ合わせながら、日本とは何かという話をもう少し基礎的にやろうとして、価値の体系に手を入れてる。そういう意味で言うと、彼女の方向性っていうのは、これから私たちが自立していく上で非常に重要なことやってると思います。
なるほどね。ありがとうございます。改めて最後にね、もうそろそろクロージングのお時間になってくるんですが、これを見てる皆さんも、保守って何だと思うのかっていうのが、今の先生のお話ですごい整理できた反面、まだやっぱり保守とは何かって聞かれたら、ズバリと答えづらいと思うんですけど。先生が見て、保守とは何ぞやって聞かれたら、最後に繰り返しにはなるんですけど。
やっぱり調和感を僕は一番大事にしてますね。その人の調和って何かっていうと、言った言葉とやっていることを見ます。つまり、言ってることとやってることはどれぐらい一致してるのか、あるいは一致させようと努力してるのか。だってそうじゃなかったら分離してるだけだから。
そうか。
そういう意味で言うと、その人の言っていることだけで、それが保守だとか、あるいはそっちに行くんだってことの判断、僕はしません。その人の言い方とか、あるいは実際に政治的にどういう努力をしてるのかとか、今までどうしてきたのかとか、そこも全部で。もちろん100点なんかないと思いますけど、60点だったらいいんじゃないですかというような形で、大体人を評価、あるいは政党を評価してます。
そういった意味で言うと、僕は保守ですか? リベラルですか?
今野さんですよね。リベラル嫌いは絶対ですよね。
いやいや。
そんなことないか。
そんなことないんですけど、いわゆる今リベラルを自称してる一部の人たちのことは、向こうも僕のこと嫌い、僕も嫌いですよ。僕は別にリベラルは大事だと思ってるし、ただあの人たちを僕は、要は自分とは違うスタンスや考えの人をただ批判しかしない人を、僕はリベラルだと思ってないってだけで。
なるほど。それだったら、でもすごく保守っぽいと思いますね。
そうですか。
つまり、そういうイデオロギーで別に否定してるわけじゃなくて、やっぱり生き方がお前ら違うだろうっていう。
そう。だってあんだけ多様性とか言ってんのに、自分たちと意見違う人をあれだけ攻撃するような人とか、不買運動とかやる人たち、あんなやつ出すなとか。それって別にリベラルでも何でもないじゃんって考え方で。自分と考え方違ったら正しくないみたいな、許せないみたいな、あいつを潰せっていうのは、そういう人たちにリベラル、むしろ名乗ってほしくないなって。
その通りだと思います。
リベラルの悪口になっちゃうんだけど、リベラルに関しては先生、どうすれば復活すると?
だからさっき言ったことじゃないですか。今野さんの話とも多分かぶるけど、言ってることとやってることにちゃんとけじめつければいいですよ。それだけだと思う。リベラリズムってさっきも言ったけど、保守と実は本当は手をつなげられるんですよ。
そういうことですね。
そう。にもかかわらず、それを後のね、特に戦後のリベラルが悪いんですけど、特に日本のね、がんじがらめになって、平和主義に。それこそが、ある種、財務真理教みたいな、平和真理教みたいになっちゃって、護憲と、もうなんだろう、なんとかと、みたいなね。
だから結局ああいう醜い形になってるけど、言ってることとやってることにちゃんと整合をつけるという、人間だったら当たり前の、常識人だったら当たり前の、そういう姿勢を示してくれたら、リベラルだってそりゃ一つの存在価値はあるでしょ。
なるほどな。今日は文芸評論家の浜崎洋介さんと、保守とは何かについて話していただきまして、保守とは何かを話すってことは、じゃあリベラルはどうあるべきだとか、この日本の保守はどうあるべきか、そこを考えていくことにもつながったと思いますので、ぜひコメント欄などで皆さんの感想と、自分はリベラルなのか保守なのか、先生の今のコンテクストを聞いた上で判断していただけるといいんじゃないかなと思いました。チャンネル登録と高評価お願いします。浜崎さん、今日はどうもありがとうございます。
ありがとうございました。
楽待、楽待、楽待、楽待、楽待さんとは楽待。
Ja.
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