「ガンかもしれない」と考えた3週間で気づいた、日常にある幸せ
メトロンブログ元プロダンサーで筋トレを10年続けてきた話者が、ハワイの滞在先から撮った動画である。前回の動画の後編にあたる。新しい家に引っ越してからわずか3週間で、怪我、家族の問題、渡航手続きのトラブル、原因不明の体の異変が続いた。自分がガンかもしれないと本気で考えたことで「幸せとは何か」を考え直した、というのが中心の話だ。話者自身、まだ結論は出ておらず、状況は現在進行形だと強調している。
撮影直前に届いたホテルのキャンセル
動画は、前回の撮影中にまた不運が続いたという報告から始まる。話者はハワイでホテルのような宿に滞在しており、翌日にチェックアウトして別の場所へ移る予定だった。ところが半年ほど前から予約していた次のホテルから、チェックイン前日にキャンセルの連絡が届いた。理由は、部屋のコンディションが悪く改善できず、他の部屋もないためだという。話者は「宿がない」状態になった。
話者は「キャンセルされただけでしょう」と思う人もいるだろうと前置きしたうえで、自分の身に起きていることは「映画にできるぐらい」だと語る。最近は精神的に参るようなことが急に重なり、まともでいられて笑えていることが不思議なくらいだという。
引っ越し後の3週間に起きたこと
話者は前回の動画の内容を簡単に振り返る。ある家への引っ越しが決まってから前十字靭帯を断裂した。実際に引っ越して1週間ほどで再び怪我をし、順調に回復していた足をまた悪くした。仕事で大阪に出張した際には家族の問題が発覚し、自分が頑張らなければならない状況に置かれた。
その後のオーストラリア行きも、膝の悪化で行けるかどうか分からなくなった。入国に必要なETAは出発直前まで申請できず、これにもかなり苦労したという。
さらに、それまで健康だった体に急に異変が現れた。クリニックでは原因が分からず、CTやエコーで確認しても分からなかったため、大学病院を紹介された。その受診日がオーストラリアへの出発当日だった。もし病気であれば渡航できない状況で、朝一番に病院へ行き、6時間ほどかかったが原因は分からなかった。「とりあえず行ってみたら」と言われ、そのままオーストラリアへ向かい、その後ハワイに来たという。
話者によれば、普段の人生では起こらないような出来事が3週間のうちに一気に起き、そのすべてが引っ越し後のことだった。動画では語りきれないほど他にも出来事があったとも言う。
「健康バカ」だった自分
初めて見る人に向けて、話者は自己紹介をする。20年ほどプロとしてダンスをしてきて、当時はそれなりに活躍できたという。大きな病気をしたことはなく、怪我らしい怪我は練習中に小指の付け根を折ったジョーンズ骨折くらいだ。トレーニングを本格的に始めて10年ほどになり、体に害のあるものは食べないようにしている。自分のことを「健康バカ」と呼ぶ。
そんな自分の身に、この家に住んでから信じられないことが日々起きた。ハワイへ来た背景には、この家から離れないと自分の身に良くないという強い感覚があったという。当時はそれしか考えられず、精神状態は「普通じゃなかった」と振り返る。
調べるほど当てはまる症状と、病は気から
医者には大丈夫だと言われた。しかし自分の症状が、ガンだった場合に現れる症状にかなり当てはまると話者は感じた。調べてみると当てはまることが多く、自分がガンになるとは考えたこともなかっただけに衝撃を受けた。家族にもガンになった人はいないという。
大学病院では、本来なら血液検査や尿検査などを追加して状態を確認する話もあった。しかし結果が出るまで1週間ほどかかる。話者は「早く離れたい」と追い詰められており、出発を優先した。海外で倒れたときにパニックにならないよう、助けの呼び方などを携帯にメモする準備までしたという。
話者は「病は気から」を実感したと語る。おそらく実際に体調が悪かったわけではないのに、調べるほど当てはまる点が多く、体調が悪くなっていった。到着して1、2日目には外の椅子に座っていてめまいがし、倒れそうになった。普段はめまいなどほとんどない人間だという。携帯を見ないようにして耐える時間が続き、そうしたことが起きるたびに「やっぱり体調が悪いんだ」と考え、マイナス思考が膨らんでいった。一度でも自分にガンがあると考えると、精神的にとても大変なことになると話者は言う。
治療を想像して最初に浮かんだのは筋トレだった
ガンになったらどうなるのかも調べた。話者の理解では、治療法は昔からほとんど変わらず、手術、放射線、抗がん剤が中心になる。それを受けることになれば、今の人生にあることがほぼ全部できなくなると考えた。
話者は撮影中、テンションが上がっていないことを何度も詫びている。前回の動画を出した以上、このことを伝えたくて撮っているが、どうなるか分からない状態で話すのは気が重いという。
特に話者が挙げたのは筋トレだ。普通の筋トレではなく、食事を1日4〜5回、栄養を考えて摂り、ジムには週5〜6回、1回1時間半から2時間通っている。治療が始まればその気力もなくなり、食事もまともに取れなくなる。10年かけて作ってきた体は確実に失われ、仕事などもできなくなる。たとえ病気を克服できても、生きているだけでしんどい時期が何か月、長ければ年単位で続く。普段病気をしない話者には、それが想像できなかったという。
話者にとって筋トレは歯磨きのように当たり前で、特別な思いはなかった。それでも「本当に自分ができなくなったら」と考えたとき、最初に落ち込んだのは筋トレのことだった。人にはそれぞれ人生で失いたくないものがあり、自分にとってはそこに筋トレが入るのだと自然に気づいたと話す。調べた話者の理解では、抗がん剤や放射線は髪が抜け、吐き気が出て、生きる気力がなくなるほど体を弱らせる。日常を普通に生きること自体がつらくなるなら、筋トレどころではないだろうと考えた。
幸せは「ありふれた平凡な日々」にある
この動画を撮った理由として、話者は一つの気づきを挙げる。幸せとは日常のありふれた平凡な日々なのだ、ということだ。健康な人には分かりにくいだろうが、自分もその一人だったと言う。今の年齢でガンかもしれないという状況に置かれ、人生とは何か、何のために生きているのかを本気で考えた。大きな事故や病気を経験した人なら一度は考えたことがあるだろう、とも述べる。
そこで気づいたのは、自分は「一時の幸せ」を幸せと呼んで追いかけてきたということだった。プレゼントをもらう、行きたい場所へ行く、誰かの愛を感じる。映画やドラマのワンシーンのような、何かが実った瞬間は確かにキラキラしている。しかしそれは長続きしない。人は慣れ、それが日常になるからだ。話者は、人は幸せをずっと幸せだと感じられない生き物だと言う。筋トレも当たり前にできていたから感謝していなかった。しかし、できなくなるかもしれないと本気で考えたとき、筋トレができていたこと自体が幸せだったと思えたという。
仕事、お金、慣れ
話者は仕事が大好きで、とても頑張る。なぜ頑張るのかと聞かれれば、今なら「幸せになりたくて」だったのだと思うという。働いてお金を稼ぐのも、結局は幸せになりたいからだ。しかし、多くのお金持ちが言うように、お金を持つこと自体は幸せではない。一時は幸せでも慣れてしまい、欲しいものが手に入る状態になれば欲しいものはなくなる。いい家に住むことも当たり前になる、と話者は説明する。
話者はさらに例を挙げる。一般のサラリーマンの生活も、貧しい国の人から見ればお金持ちの生活だ。一方で、家がボロボロでベッドがなくても幸せに生きている人はいる。話者は、人は豊かになるほど幸せの感覚が鈍くなり、貧しければ小さなことに幸せを感じられるので、気持ちの面で満たされている人はむしろ多いのかもしれないと推測する。ただし、それは考え方次第だとも付け加える。話者自身はいつでも海外へ行き、好きなことができる状態にある。それでも、日常の中でそれを幸せだと感じていたかと聞かれれば、考えればそう思えるという程度だったと振り返る。
話者は、人が何かを頑張る先には結局「幸せになりたい」という思いがあると考える。そうでなければ、つらい思いをしてまで頑張る人は少ないだろうという。対価のない人助けやボランティアも、人を助けられたという幸せな気持ちにつながる。叶わないと分かっていても仕事や恋愛で頑張ってしまうのも同じで、話者はこれは「結構断言できる」と述べる。そのうえで、人は幸せになるために犠牲にしているものが多いと指摘する。
人生の最後に残る後悔
調べものをする中で、話者はある話に行き着いた。老人ホームで働いた女性の話だったと記憶しているという。人生の最期を迎える人たちが残す言葉は似ており、それは後悔だった。もっと本音で話せばよかった。大切な人と過ごせばよかった。自分らしく生きればよかった。感謝を伝えればよかった。一方で、もっとお金を稼げばよかった、もっと大きな家に住みたかったといった、お金に関わる後悔は一つも出てこなかったという。
この話を聞いて話者は、幸せとは身近にあるものだと改めて感じた。今この動画を見ている人の隣にいる人、自分を囲んでいる人たちが最も大切な人で、その人たちがいるから幸せがある。自分の家や環境、仕事もすでに幸せなのに、人はないものねだりをして、もっと欲しくなる。話者は人間の本質を「欲深い」と表現する。自分たちのことしか見えなくなる政治家や、本来起こすべきではない戦争を例に挙げ、それをしてしまうのが人間だと語る。
心配事がないことが幸せ
話者がたどり着いたもう一つの考えは、心配事がないこと自体が幸せだということだ。病気も怪我もせず、欲しいものは買え、どこへでも行け、親も友達も元気で、お金の問題もない。そうした心配の要素がなければ、それ以上望む幸せはないほどの幸せだと話者は言う。
逆に、心配が多いほど幸せから遠ざかる。今回は自分の体のことに加えて家族のこともあった。自分が健康でも周りが健康でなければ、気が気でなく、幸せとは言えない。たとえ自分がお金も健康も含めて100%の幸せを手にしていても、周りがそうでなければ心配で幸せにはなれないだろうと述べる。
現在進行形の不安と、調べるのをやめた理由
話者は、この動画に「落ち」はないと断る。状況は解決しておらず、異変がどうなっているかも分からない。正直、疑いは高いと考えているという。話者によれば、疑っているガンは10万人に1人程度のもので、それを担当した経験が数回以上ある医師でないと判断できず、すぐには分からないらしい。部位にもよるだろうとも話す。
疑わしい症状は、調べるほど当てはまって怖くなった。話者は、調べている自分が自分を病人扱いし、それで病気になりそうだったため、調べるのをやめたという。代わりに今の環境を楽しむことにした。人生は遅かれ早かれ終わるので、どう楽しむかが大事だと考えている。
話者は、高みを目指してつらい思いをしながら、絶対にお金持ちになると頑張っている人について問いかける。その状態で亡くなってしまえば、幸せではない人生のまま終わるのではないか、と。そう頑張らなければならない人もいると認めたうえで、大抵の場合は今の状態が幸せなのだと話す。ここまで精神的にどん底へ落とされ、自分の身について考えたことはあまりなかったという。今は健康な人も、年齢を重ねればいつか体が弱り、同じことを考えるだろうとも話す。すべては運命だと思っているので、この動画が今の人生に幸せを感じるきっかけになるだけでも意味がある、と語る。
ハワイで感じた「飽き」と、金曜日の高揚感
慣れの話は、ハワイでの実体験にもつながる。暖かいハワイでビーチの横に寝転んだり泳いだりできたが、「めっちゃ幸せだ」と感じたのは最初の1、2日だけだったという。オーストラリアでも同じで、ずっとビーチにいると飽きてしまう。のんびり暮らすのが幸せだという人はそれでいいが、話者は働きたい人間で、ビーチでぼーっとするのは1日2時間ほどで十分だ。それが2日続けば「もういい」と感じるという。
そこで仕事をしようとするが、仕事は切羽詰まっていて、その最中は幸せではない。それが終わった瞬間にリラックスでき、幸せに近い感覚になる。話者はこれを、金曜日を迎えた会社員や学生の高揚感にたとえる。あの瞬間は幸せだが、それは平日に頑張っているからこそだ。毎日が金曜日になったら、それを幸せと言えるのか分からない、と話者は言う。
結論:今の自分の状態に幸せを感じてほしい
話者は、人生の目的や目標は人それぞれだとしたうえで、言いたかったことは「今の自分の状態を見て、幸せを感じられるようになってください」だとまとめる。今目指している場所に到達し、仕事でたくさんお金を稼いだとしても、「別にそれは」という感覚になるだろうと話者は考えている。暮らしが1、2段階良くなっても、それ以外は何も変わらないという。
精神的にまともでいられない状態まで、たった3週間で追い込まれたことを話者は「嘘みたいな話」と表現する。これから現地でどうなるかは分からないとし、怪我も含めて何もないこと、自分が健康であることを祈ってほしいと視聴者に頼んで動画を締めくくった。
こんにちは。前回の動画見てくれましたか? 今、撮ってすぐ撮ってるんで、前回の後編なんですけど、前回の動画で伝えたのは、撮影中にまた不運が続いたっていうことで。簡単に言うと、今ここにいてるんですけど、これ今ホテルみたいな感じのところ。明日がチェックアウトなんです。明日からさらに移動して、もうちょっとね、お家にいる時間を過ごすんですけど、僕が予約したホテル、もう半年ぐらい前からやってるんですけど、キャンセルになりました。
マジで嘘やん。そんなことある? ホテルにこれからチェックインって、この前日に。しかも理由が、「部屋のコンディションが悪く、改善ができなかったため、他のユニットもないのでキャンセルさせていただきます。大変申し訳ございません」っていうやつなんですけど、これ今来たというわけで、宿がないです。
別にキャンセルされただけでしょうって思ってるでしょう。多分、今の動画から見てる人は。何回も言うけど、1個前の動画から見てください。僕に起きてることを映画にできるぐらいのことが起きてるんですよ。マジで。生きてるからいいけど。生死に関わることが最近急に起きてきて、ようまともに自分おるなって本当思う。よう笑えてるなって、こうやって。「ごめんなさい、部屋ないんでキャンセルです」っていう動画は前回の動画の通りです。
この動画で簡単に振り返りをちょっとします。ある家に引っ越してから、自分の人生がすごく、なんて言ったらいいかな、とんでもないことになった。家に引っ越すということが決まってから前十字靱帯を断裂して、家に実際引っ越して1週間ぐらいしたら、怪我をしてすごく順調に良くなってた足をまた悪くしたんですね。それ結構良くなくて、その状態が。
そうこうしていて、大阪に仕事で出張行ったら、家族のことでちょっとね、色々問題が発覚し。これ結構大変なことなんですけど、自分がちょっと頑張らないといけないなっていう状態に置かれてるっていうことを、大阪に仕事へ戻った時に、家族の問題がそこで発覚して。そうこうして、オーストラリアにこの後行くっていうことで、それ行けるか分からない状態になってしまったのが、足の、膝の悪化で結構大変だったんです。
ビザのようなものを取得しないとオーストラリア入国できないということで、ETAっていうものを申請するんですけど、これがもう出発直前まで申請できなくて、色々あって、これもすごい大変だったんですね。こんなことも経て、さて行けるっていうところで、次は体の異変。それが今回のタイトルになってることで、それまで健康体で特に何もなかったのに、体に急に腫瘍ができ始めて。
あれ、おかしいなと思って病院に行って、原因が分からないと。クリニックでは原因が分からないので、大学病院に行ってくださいって言われて紹介されて、その後行くんですね。その間にCT撮ったりとか、エコーをやったりとかっていう確認を全部してても、ちょっと原因が分からないと。その後、大学病院に紹介された日がオーストラリアに飛び立つ日だったんですけど、もしその病気であった場合は行けないっていう、もう出発直前、その日まで分からない状態で。
朝一、病院行って先生に診てもらって、6時間ぐらいその日かかりましたね、病院。結果、原因は分からない。本日オーストラリアに飛び立つということで、とりあえず行ってみたらっていうことで、そのままオーストラリアに行き、その後ハワイに来て、今ハワイにいてるっていうところなんですけど。今ちょっとこの話だけで言うと、よく分からないと思うんで、前回の動画で詳しく話してはいるんで、そっち見てほしいと思います。
今言ったこと、他にも本当にいっぱい実はあるんですけど、もう動画では語れないぐらいの量になってしまうから、色々省いて出したのが前回の動画で。人生で普段起こらないような今言ったことが、たった3週間のうちに、ぶわって全部起きたんです。全ての出来事が家に引っ越してからなんですよ。っていう、前回話したこと。クリニック合わせた病院2軒行って、先生2人にも診てもらって、確認できることは全部してみたけど分からない。
僕のことを知らない方もたくさん見てる可能性もあるので、簡単に紹介したいと思うんですけど、僕は20年ほどダンスをやってきていて、プロとしてやってきていて、結構それなりに、その当時活躍できたんですね。体は本当に強くって、今まで人生で大きい病気したこともないし、怪我っていう怪我を、ダンスしてる時にジョーンズ骨折という、小指の付け根を折ったっていうことはあるんですね。それ練習中にね。
でもそれ以外で特に怪我もなく健康体で、体が結構丈夫なんですね。トレーニングも結構真剣にやり始めて、もう10年くらいになります。かなり健康には気を使ってるので、あまり体に害するようなものは食べないようにしてる、なんていう健康バカなんです。そんな人なんですけど、それが急にこの家に行ってから、本当に信じられないようにいろんなことが日々起きて。
ハワイに行ったっていうのも背景がちゃんとあって、それは前回の動画でも話してるけど、とりあえずこの家から離れないと、殺されるんじゃないけど、自分の身にとって良くないっていう気がすごくて。その時できる考えってのはそれしかなくて、ハワイに来たわけで。その時の精神状態っていうのは、もう普通じゃなかったです。本当に、普通のことが考えられないっていうか。
医者には大丈夫とは言われたものの、調べてる中で、自分が持ってる腫瘍っていうのは、もし癌だとした時に現れる症状っていうのがあるんですけど、それに疑わしいものが結構あったんで。調べてからではなく、自分のその症状がそれに当てはまるのかっていうことで、「こういった症状が起こるというのは、こういったことが原因なのですか」みたいなことで色々調べてみたら、やっぱ結構当てはまることが多くて。
まさか自分が癌になるなんて考えたことも人生なければ、もちろん自分のことではないような気がしていた。自分の家族に癌を持ってる人がいないとか。大学病院に行った日も、本当だったら血液検査をして、さらに尿検査だったかな、そういうのもして、いろんな検査をまた追加ですることで状態を確認できるっていう話ではあったんですけど、出発がその日だったのと、血液検査含めた検査っていうのの結果っていうのは時間がかかるんですよ。1週間とか、出るまで1週間待たないといけない。
自分のその時の精神状態っていうのは、もう離れたい、もう早くハワイに行きたいっていうぐらい追い詰められていて。ハワイに来てからも、さっき言ったように、調べたくなくても、もし万が一あった時に、もう離れちゃってるんで、日本を。体調が悪くなったり倒れたりとかした時に対処できるように、パニクらないように、携帯に書き記して、どういうふうにして人の助けを呼ぶべきなのかとかっていう、もう正直、準備までしました。
調べる中で、人間って本当に「病は気から」って言うように、本当にこの言葉の通りで。多分、別にその時に体調が悪かったわけじゃないけど、やっぱ調べてると自分に当てはまるところが多すぎて、体調が本当悪くなるんですよね、調べてる間に。その時、外で椅子座ってて、もう着いた初日か2日目ぐらいで、めまいがしてきて。本当に普段めっちゃ健康で、めまいなんてする、そういうことほぼないんですけど、めまいがしてきて、倒れそうな感じになるんですね。
これもし倒れたら、人がいてるからどうにかなるかもしれないけど、どうしようとか、色々考えながら見てたら体調も悪くなるし、携帯見ないようにしながら、ちょっと耐えたりとかしながら。これがちょっと続いたりとかしたんですね。またそういったことが起きると、「あ、俺やっぱ体調悪いんだ」っていう考えになって、どんどんマイナスな考えが生まれてくる状態になってしまったり。とりあえず自分に癌があるっていうふうに1回でも考えると、すっごいね、精神、大変なことになりますね。
もし癌になった時にどういうふうなことになるんだろうって色々調べたら、やっぱり治療法っていうのは、もうほぼほぼ昔と今はあまり変わっていなくて、手術、そして放射線、抗癌剤のようなものが、やっぱ主になってくると。これをやるとなったら、今自分の人生にあることが、ほぼ全部できなくなってしまう。
今こうやって動画、ごめんなさい。こうやって動画回しながらこんなこと話してるんですけど、全然ね、不思議とテンション全然上がってない。上がってる、上がってないとかじゃなくて、なんか話したくて話してる感じじゃないです。正直、今、前回の動画出してしまっただけに、このことを伝えたくて今この動画回してるんですけど、やっぱりすっごい暗い話だし。でもどうなるかが分からないって、この状態の中でこの話するの、すごいテンション下がるんですけど、ごめんなさい。あんまりテンション高くなくてごめんなさい。
そういった治療をするとなったら、もう当たり前なんですけど、今ずっと筋トレ10年続けているんですけど、これできなくなりますね。できるような、多分気力がなくなってしまう。ご飯だってまともに食べられなくなる。僕の場合は普通の筋トレとかじゃないんですよ。結構ゴリゴリやってるので、食事を1日4回、5回食べて、しかもそれもちゃんと栄養素も考えられたものを食べて。トレーニングも1週間に5、6回行くんですけど、1日1時間半、2時間とかジムにいるわけですよ。
そんな感じでトレーニングずっと続けてる。これができなくなるってことは、今こうやって10年かけて頑張ってきたこの体っていうのは、確実にこうはならない。もう失ってしまうっていうか。もちろん今やってる仕事とか、諸々全部のことができなくなるんだなとか。ただ生きてることがしんどくなる時期を、少なからず、もしこの病気克服できても、そういった時期を迎える。それは何ヶ月にもわたるし、長ければ年にわたる。これが考えられなくて。本当に普段病気とかしてないだけに、その考えができなくて。
まずちょっと、さっき言ったトレーニングで、筋トレ。僕のことを知ってくれてる方は、筋トレで知ってる方がめちゃめちゃ多いんですけど。僕の中で筋トレなんて当たり前すぎて、本当にもう歯磨くみたいな感覚だから、特別な思いがなくて。正直、当たり前のようにできるから、怠けた時にでもやってきたし、さらにやっぱ向上心があるから、さらに良くなりたいと思って日々やってるんですけど。当たり前だと思いすぎて、この筋トレっていうのが、だから特別な思い、本当になくて。
ただこれが本当に俺できなくなるって考えた時に、まず考えたのは筋トレなんすよね、不思議と。「俺、本当に筋トレできへんかったらどうしよう」って。多分ね、今筋トレされてる方で見てる人もいてると思うんですけど、そんな考えたことほぼないと思う。当たり前だから、できて。人生に失いたくないものって多分あると思うんです、みんな。人によってそれは違う。自分の中に、そこに入ってくるのが筋トレなんだなって。本当に自然に、すげえ色々考えた時にへこんだのが、まずそこ。
抗癌剤治療とか放射線ってやるってなったら、もう毛が抜けたりとか、吐き気とか、要は生きる気力がなくなるぐらい病的に体がなる。全部を弱らせて、その病原菌も弱らせるっていう治療なので、体が自分の体じゃなくなるらしいんですね。めちゃくちゃ調べたから、すごいね。これ、すごい気持ち良くないですよ。本当にこれ、こうなったって考えると。そこで筋トレなんて、とてもじゃないですよ。日常を普通に生きること自体がつらくなるレベルなんで、筋トレなんてやってられないんだろうなと思って。
この動画回してるのは、実はね、これが伝えたくて回してるんです。っていうのが、幸せっていうのは日常のありふれた平凡な日々なんだなってことに、今回のそのことに関して、すごくまず気づかされた。もうこれに尽きます。はい。多くの方は健康体の人が多いと思うので、ちょっと意味が分からないと思うんですけど、僕もその一員でしたよ。
ただ、もし癌っていうのに今の自分の年齢でなった時に、本当色々人生考えて、その中で幸せを考えました。マジで人生の幸せって何だろうとか。例えば大きな事故とか、大きな病気されてる人って、多分1度は考えたことあると思うよ。こういうふうに、人生って何だろうとか、自分が本当に好きでやってることって何なんだろうとか。まず思わずパッて頭に浮かぶこと、今の自分の体の状態に対して、それに対しての価値って何なんだろうって考えるんですけど、僕めちゃめちゃ色々考えました。
何のために生きてんのかなって本当に考えました。こんなん考えることない、こういうことにならないと。そこで考えたのは、その幸せっていうキーワードなんですけど。何もなければ人間大体健康体なんで、誰かからプレゼントをもらったとか、行きたいとこに行けたとか、すごく嬉しいことがあったとか、誰かからの愛を感じた時に幸せとかっていう、一時の幸せを人は幸せって言ってんだなっていうことに気づいた。
この動画見ながら、僕の言葉聞きながら、自分のことに当てはめて考えてほしいんですけど。人それぞれの考えがあると思うけど、自分自身は一時の幸せをずっと追いかけて人生生きてんだなっていうのには気づかされました。幸せっていうのは長続きしない。本当にその通りで、普段みんなが思い浮かぶ幸せっていうのは、本当に映画とかドラマで見てるような、そのワンシーンですよね。誰かと誰かが出会ったとか、何かが実った、手にした、仕事がうまくいった、その瞬間幸せなんですよ。
キラキラしてるんですよ、そのシーンっていうのは。自分のビジョンでもそういうシーンが浮かぶ。ただ、それはずっと続かない。なんでかって言うと、人は慣れるから。それが日常になる。俺がさっき言ったのは、その日常っていうのは本当にそれで、人っていうのは慣れるから、絶対に幸せをずっと幸せだと感じられない生き物なんですよ。慣れてしまうから、筋トレだって当たり前のようにできて、感謝ないんですよ。
別に筋トレできてることに対して、毎日感謝を感じるほど、感謝をしながら筋トレはしてないし、当たり前だと思ってる。歯磨くぐらい当たり前だと思ってた。だって手を伸ばせば歯磨けるでしょ。そんな感じ。手を伸ばせれば、別に筋トレできちゃうから。でもそれができなくなるって本気で考えさせられる状態になった時に、筋トレができた時って幸せだったんだって、本当に思えた。当たり前じゃないって。
人って幸せのために日常頑張ってると思うんですよ。僕もそんな気がしてて、僕、仕事めちゃ好きでめっちゃ頑張るんですよ。ただ、その仕事なんで頑張ってんのって人に聞かれた時に、今だと分かるのは、幸せになりたくてだったのかなって思うんです。要は仕事バリバリ働いて、お金を稼ぐと。なんでお金稼ぎたいかって言ったら、多分幸せになりたいんですよ。ただそれだけ。
もしそうなれても、それは一瞬だけであって。多くのお金持ちは言うと思うんですけど、お金持ったこと、別に幸せじゃないと。この言葉の通り、多分ね、一時は幸せなんですよ、その時は。でもそれに慣れてしまう。当たり前になるから、欲しいものは手に入るって状態になった時に、別にもう欲しいものなくなってしまうし、いい家に住んでっていうのが当たり前になるから。人は慣れてしまうから、別にそれを幸せだとは感じない。
これはもう分かりやすい例だけど、例えば普通の一般のサラリーマンの方であっても、その生活は他の国の、貧困な国の人から見たら、それはお金持ちの生活なんですよ。だから誰がどう見るかなんですよ、結局は。すごい貧困で、お金持ってなくて、家もボロボロで、ベッドもなくて、もう幸せに生きてる人はいてるんですよ。だってそれに慣れてるから。それが幸せだと思えたら幸せなんですよ。
人間って甘やかされると、ちょっと幸せを過評価するっていうか、裕福になればなるほど、幸せっていう感覚が鈍くなると思う。逆に貧困であれば、なことに幸せを感じられるから、ひょっとしたら幸福度みたいな気持ちの部分は満たされてる人、ひょっとしたら多いのかもしれない。考え方によってだと思うけど。これもだから、自分の今の状態っていうのは、もういつでも海外に行って、いつでも好きなことができて、手に入るって状態にあります。
でも日常それを幸せだと思っていたのかって言われたら、考えればそれは幸せだなと思っていたけど、考えないといけない、それに対して。多分、人って幸せになりたくて、みんな何かしら頑張ってるんだと思うんです。もちろん好きで、そんなことも考えずに日々を頑張ってる人もいてると思うけど。でも行き着く先は、そのことで幸せになりたいんだろうなって。じゃないと、つらい思いして、結果つらいのにそれ頑張るかって言われたら、多分やらない人が多いと思うんですよ。
人助けもそうだと思う。ボランティアもそうだと思う。別にそこに対価があるわけじゃなくても、自分がそれをやれたっていう気持ちよさとか、人を助けることができたとか、幸せな気持ちになれるじゃないですか。何でもそうで、仕事も恋愛でも、そこに目がけてめっちゃ頑張る。叶わないと分かっていても頑張ってしまうのは人で、なんで頑張るのかって言ったら、幸せになりたいからだと。俺、これは結構断言できると思う。幸せになるために犠牲にしてるものが多いなって。
やっぱこれ1つ、自分の今回身に降りかかったことで、いろんなこと調べて、もう何回でも頭に浮かぶこと色々調べてる中で、行き着いた話が1つあって。老人ホームに働きに出た女性の話だったかな。最期を迎える方もいたりとかして、人生最後の時を迎える人たちが残す言葉って、みんな一緒らしくて。それが後悔らしいんですね。その後悔のいくつか理由がみんな似ていて。
それが、「もっと本音で話せばよかった」「もっと大切と思ってる人と時間を過ごせばよかった」「自分らしい生き方をすればよかった」っていうようなことを言ってたんですよ。これって日々、多分なかなかできていない。自分が大切だと思う人たち、家族であったり、パートナーであったり、感謝の気持ちを伝えることも、多分日本人だと特にできない人も多い。その感謝を伝えるってこともすればよかった。
ここでもう1つ共通するのが、「もっとお金を稼げばよかった」「もっと大きな家に住みたかった」、お金に関わることの後悔は1つも出てこなかったらしいんですね。いろんな方を見てきた中でもっていう話を聞いて、思ったのが、人間ってやっぱそうなんだなって。本当に幸せっていうのは、本当に身近にあるもの。それが幸せ。今こうやって動画を見てる人たちの横にいてる人、それに囲まれてる人たちが最も大切な人であって、その人たちがいて幸せがある。
そしてそれに身を置いてる自分の家であったりとか、自分の環境、自分の仕事とか、実はもう幸せ。でも人ってないものねだりも絶対してしまうから、そこをもう見れずに、もっともっと欲しくなる。要は欲深いんですよ、人間っていうのは。人間の本質っていうのは本当に欲深い。政治家を見ても分かるでしょう。ああなってしまう。自分たちのことしかもう見えなくなる。人っていうのは、人たちのために。人間の究極って、ああいう人たちを見たらよく分かる。
だから戦争も起きるでしょ。本当は起こすべきじゃないし、どう考えたって人がやるべき行動ではないのに、それをしてしまうのが人間。究極に考えられた、本当に。何度も言うけど、幸せっていうのは、本当に今めちゃ苦労してて大変な思いをしてない限り、ひょっとしたらそうでない。心配事がないってこと自体がもう幸せなんだなって、本当に感じました、僕は。
だってほら、自分なんて普段病気も怪我もしないし、服もいつでも買えるし、どこにでも行けるしっていう状態で。親も例えば元気で、友達も元気で、それも心配することがない。お金の問題もない。例えばそういう心配する要素がなければ、それもう最も幸せなこと。多分それ以上望む幸せってないっていうぐらいの幸せは、そういうことなんですよ。心配することがない。心配が多ければ多いほど幸せではないよ。
例えば俺、今回自分のことに対して色々あって、その家族のこともそうだけども、もしこの先もっと身の周りとかで心配事が増えたら、幸せでは生きていけない。例えば自分が健康であったとしても、自分の周りが健康でなければ、もうその時点で幸せになれない。なんでかって言ったら、気が気じゃないから。人間って気が気じゃない状態っていうのは、とても幸せとは言えない。それがお金を持っていても。
だから自分が100%の幸せを勝ち取っていたとしても、金銭面、健康面、いろんな面で。ただ、周りがそうでなければ、多分幸せになれないんですよ。心配で心配で仕方ない。だから人間っていうのは、本当に、なんて言ったらいいかな。この動画は別にオチはないです。正直、これに気づかされたことで、これを伝えたかったっていうので、これを回してます、実は。
こんなん考えること絶対ない、こういう状態にならないと。僕みたいにめちゃくちゃ追い込まれたから。今も別にそれを脱したわけじゃないし、今も現在進行形なんですよ。今の自分の状態、その腫瘍がどうなってるか分かんない。正直、疑いは高い。なんでかって言うと、自分の体に起きていることっていうのは、この癌と疑ってるものっていうのは10万人に1人。ってことは、経験がないと医者も判断ができない。
要はそれを見て、それを担当したことがあるとか、そういうレベルじゃないと、多分それも数回以上、分からない。経験がないと、要は癌ってすぐに分からないらしいんですよね。場所によってだと思うんだけど。それもあるし、自分のそれを疑うような症状っていうのがあるんですよ。調べれば調べるほどそれに当てはまるから怖くなって、もう調べるのやめました。正直、もういくらでもそれを洗い出したらいっぱい出てくる。
もうそれで病気になりそう。それを調べてる自分の精神状態で、自分のことを病人扱いして、もうそれで病気になりそう。やめました。今のこの環境を楽しむ。人生、遅かれ早かれいつかは終わり。どう楽しんでるかが大事だと思う。日常、高みを目指してばっかで、日常もうつらい思いして、でも絶対お金持ちになってやるんやと思って日々頑張ってる人、めちゃめちゃつらい思いをしてても、それで幸せなのかとか。
もしそんな状態で死んでしまったら、幸せだった人生じゃないままで終わるでしょ。そうやって頑張って生きていかないといけない人もいてると思うけど、大抵の人、大抵の場合は今の状態が幸せ。本当に考えさせられたし、どん底まで落とされた。ここまで精神的にどん底に落とされたことはあんま多くない。自分、特に自分の身に関して、ここまで考えたことがなかった。
いずれ考えると思う。もうちょっと、もし今の体が健康、特に何もなかったとしたら、年齢を重ねればいつかは体が弱り、また病気する時が来ると思う。その時にまた考えると思う。俺が話してるようなことっていうのは、今これ、みんなね、いろんな年代の方が聞いてると思うけど、いずれ年を重ねると、多分俺が話してるようなことを経験すると思うんですよ、多くの人。
全てが運命だと僕は思ってるので、この動画に出会って、この動画を見て、今の人生に幸せを感じることも大事なんだなって思えるきっかけになるだけでも意味があると思う。今がむしゃらに、本当にある幸せを無視して、不幸になる人生を自分で歩みながら、つらい思いをしてる人たち、いっぱいいてると思う。じゃあそれでいいのかっていう。今目指してるところに自分が行ったところで、仕事バリバリやって、多くのお金を稼いだとしても、別にそれは、って感じになっちゃうと思うんですよ。
今の暮らしからちょっと1、2段階上がって、暮らしがもし良くなったとしても、別にそれ以外って何も変わらないしね。何をもって幸せなのかとか、人生ってそもそも何なのかなって。このぬくいハワイで、ビーチの横で横になったり泳いだりして、時間を過ごすことができたんです。めっちゃ幸せだなって感じられたのは、本当、来て最初の1日、2日なんよ。「ハワイだ」みたいな、「うわー」みたいな。
でもね、もうしばらくいてるから。オーストラリアもそうだったけど、これね、1週間も2週間も、例えばいいけど、ビーチにずっといられない。もう飽きちゃう。のほほんって暮らすのが幸せだという人はいいと思う。僕は働きたいんすよ。ぼーってしてんのが嫌だから。ビーチでぼーってしてんのが、本当1日に2時間ぐらいあったらもう十分。それ2日続いたら、もういいかなっていう感じになっちゃう。
じゃあそこで、やっぱ仕事をしようとするんですよ。やっぱあるしね、仕事あるし。だけど、そこも切羽詰まってるんすよ。言うたら別に幸せではない。その時の精神って、「うわ、やらないといけないわ」ってなってて。それがパッと終わった時には、ああ。で、この瞬間がまたちょっとリラックスできて、幸せに近い感覚になれる。金曜日を迎えるサラリーマンの感じですね。「ああ、仕事休み」。
もう学生も一緒やと思うけど、「ああ、休みだ」って、あの瞬間もう興奮ですごい高ぶってるでしょ、自分の体が。「うわ、おー」って。あれ幸せじゃないですか。毎週迎えるんですよ。でもなんであれ、ああなるかって言ったら、日常頑張ってることもあるからこそなれるだけで。その毎週金曜日が毎日に来てしまったらどうなんやろ。それちょっと幸せって言えるのかな。ほんまに考えられること、全部考えたんですけど。
何が言いたいか。人生の目的、目標っていうのは人それぞれだと思うけど、今の自分の状態を見て、幸せを感じられるようになってください。はい。これが俺の言いたいこと、実はそうだった。精神的にまともにはいられない状態になるところまで、本当にたった3週間で追い込まれたから。嘘みたいなような話、前回やってますんで見てください。
はい。現地でどうなるのか分かりません。本当に僕は健康であること、この怪我も含めたこと、何もないことを、お祈りお願いします。
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