柴咲コウと吉川トリコが観客の悩みに答える 「迷惑をかけてもいい」「全ては縁」
oriconNetflix映画『余命一年、男をかう』のFRaU特別試写会で、主演の柴咲コウと原作者の吉川トリコが登壇した。スペシャル企画として、来場者から事前に悩みを募集しており、二人はその中から30代と50代の相談に答えた。最後に、病気や家族のことで不安を抱える人に向けたメッセージを語った。字幕には話者の区別がないため、二人の質疑の部分は、発言者を特定できる箇所以外は「登壇者の一人」として記す。
30代の相談:自分のために時間を使うことへの罪悪感
最初の相談は30代の来場者からのものだ。子育てと仕事と家事に追われる毎日で、自分のために時間を使うことに少し罪悪感がある。好きなことを楽しんだり、一人の時間を大切にしたりしたいのに、家族を優先してしまう。限りある時間だからこそ自分の人生も大切にしたいが、どこまで自分を優先していいのか悩んでいる、という内容だった。
登壇者の一人は、まず相談者を「めちゃくちゃ優しい方なんでしょうね」と評した。自分なら「やだ」と言って投げ出したくなりそうだと言いつつ、かけがえのない家族や子どもがいれば、それが自然と第一優先になり、犠牲にしているという意識すらないのかもしれないと推し量った。そのうえで、一人の個人として、また子どもが育った後の未来を考えたときに出てくる不安もあるのだろうと述べた。この登壇者は、自分はシングルなので、その点への理解が足りないかもしれないと断っている。
続いて、この質問を受け取ったときの受け止め方が語られた。自分のことをやりたい気持ちはもちろんあるが、家族のこともたぶん同じくらいやりたいのではないか、という見方である。だから、どこまでをどうするかは自分の中で折り合いをつけていくバランスの問題だとした。時間が取れないなら、パートナーがいればその人と相談する。パートナーでなくても一緒に子育てをしてくれる家族がいればその人と相談する。シングルであれば何らかのアウトソーシングを考える。そうやって「うまいことバランスを取ってほしい」と述べ、相談者がどちらも頑張りたいのだということはすごく伝わってくると話した。
さらに、子どもの視点からすると、お母さんが生き生きと楽しそうにしていると嬉しいものだという指摘も出た。だから「こうしなければ」と思い詰めなくてもいいかもしれない、という趣旨である。これに相槌を打つ形で、親は家族を大事にしなければならない、こうしなければならないと思わされすぎている、という話が続いた。それ自体はそうなのだが、どこまでそうするかは自分で決めていいことではないか、と締めくくられた。
50代の相談:仕事を続けるか、やりたいことを優先するか
次は50代の来場者からの相談である。悩みはたくさんあるが、一番は今の仕事のやり方でいつまで続けていくのかということ。新しく興味のあること、やりたいことがたくさんある。仕事と両立させるか、元気なうちにやりたいことを優先して仕事をセーブしたりやめたりするか、どこで区切りをつけるべきか迷っている、という内容だった。
二人は「結構難しい」と受け止めつつ、変化したい自分と安定を望む自分の間で揺れ動いているということだろうと整理した。そして、やりたいことがたくさんあるのは素敵なことだという点で一致した。
登壇者の一人は、やりたいことはやってほしいと述べた。そうすれば絶対に輝くし、周りもいい影響を受けるはずだという。その根拠として、この人は「この世は鏡だ」と思っていると語った。目の前に映るものが不協和音のように感じられたり、ネガティブに見えたりするなら、自分の考え方に変えるべき何かがあるのだと考えるタイプだという。だから変わるのはまず自分からであり、振る舞いを思い切り変えてみる。ただし本人は、自分のやり方は少し極端だとも認めている。
もう一人は、自分は「ちょっとずつ派」「慎重派」だと対照的な立場を示した。少しずつ仕事をセーブする、少しずつブレーキを踏んでいくのがいいのではないかという考えである。一気にやめても大丈夫なほど状況が許すなら、やめてしまってもいいとも述べつつ、段階を経て変えていく道を勧めた。
司会が二人自身はやりたいことを諦めないのかと尋ねると、「手を変え、品を変え」、長い年月をかけたりして続けるという趣旨の答えが返った。
健康や家族に不安を抱える人へ
時間の都合ですべては紹介できなかったが、司会によると、寄せられた悩みには、実際に病気の告知を受けた人や、余命宣告を受けたが試写会に来たいという人のものもあった。病気を抱えながら来場している人や、家族のことで悩んでいる人もいるという。司会はそうした人たちが少しでも元気になれるよう、健康や家族に不安を抱える人へのメッセージを二人に求めた。
吉川トリコ:「迷惑はかけてもいいんじゃないか」
「言葉の魔術師から」と促された吉川は、この小説を通してずっと伝えたかったことを語った。今は皆が人に迷惑をかけてはいけないとあまりにも強く思いすぎている。しかし、迷惑はかけてもいいのではないか、と吉川は言う。「迷惑」という言い方が引っかかるなら、少しずつ人に寄りかかる練習をする、誰かを頼ってみる、ということだ。
そして逆に、周りに困っている人がいれば、自分にできることをしてあげる。それを少しずつやっていけば、今より少し生きやすくなるのではないか。吉川はそう考えてこの小説を書いたと説明し、ぜひ実践してほしいと呼びかけた。
柴咲コウ:「全ては縁だなと思っている」
最後に柴咲が語った。自分がどこか病んでいるときには優しくされたいし、ネガティブなことは聞きたくないという気持ちもある。それでも、物事には「種」のようなものがあると柴咲は考えている。なぜそれが自分の身に降りかかるのか、そこにはとても大きな学びがあるのだろうと思う、という。
ただし、不安定な心の状態で無理に分析しろということではないと柴咲は断っている。それが外的な要因なのか内的な要因なのか、自分の心の奥底にある何かがそうさせたのか。いずれにしても「全ては縁だなと思っている」と述べた。今を生きている自分からすると、ネガティブかポジティブか、良いか悪いかと二元論で決めつけてしまいがちだが、そうではない物事もたくさんあるのだろうとも語った。
柴咲は、自分は考えることが好きなので、そうした状況に置かれても、今の自分なりに考えられることを考えるだろうと話した。そのうえで、吉川の言葉を受けて、少し周りを頼ってもいいのではないか、もう少し自分を出してもいいのではないか、そういうメッセージがその出来事にはあるのかもしれない、と考えていくだろうと結んだ。
お2人にもさっきちょっと説明したんですけれども、スペシャル企画として、本日ご来場いただいた方にお悩みを募集しております。本当にたくさん、皆さんありがとうございました。
30代の方のお悩み、行きたいと思います。子育てと仕事、家事に追われる毎日の中で、自分のために時間を使うことに少し罪悪感があります。本当は好きなことを楽しんだり、1人の時間を大切にしたりしたいのに、家族を優先してしまいます。限りある時間だからこそ自分の人生も大切にしたいと思うのですが、どこまで自分を優先していいのか悩んでいます。お2人ならどう考えますか?
めちゃくちゃ優しい方なんでしょうね。私だったら嫌だとか言って、投げ出したいとかなっちゃいそうだけど。もちろん、かけがえのない家族、子供のためにっていうところがあると、それが第一優先にきっとなるんだろうし。犠牲にしてるっていう思いもないのかもしれない。自然的に動いちゃうと思うし、そっち優先にしちゃうと思うし。でも、きっとやっぱり1個人としてとか、あとはその子たちが育ってからどうなるのかとか、またその未来のことを考えたら出てくる何か不安もあるのかなと思うんですけど。私はシングルなので、そこの理解がちょっと足りないかもしれないんですけど。
多分、私この質問をもらった時に、自分のことをやりたいっていう気持ちはもちろんあるけれども、家族のことも多分、同じぐらいやりたいのかなって思ったんですよ。だから、そこもバランスで、どこまでをこうやってくかっていうのは、自分の中で折り合いをつけていく。もしその時間が許されないのであれば、今一緒にパートナーの方がいらっしゃるのであれば、その方と相談し合ったり。パートナーじゃなくても、家族、一緒に子育てしてくださってる人がいるのであれば、その人と相談したりとか。もしシングルであるのであれば、何かアウトソーシングなり方法を考えて、うまいことバランスを取ってほしい。どっちも頑張りたいんだろうなっていうのはすごい伝わってくるので。
でもやっぱり子供の視点からすると、お母さんが生き生きして楽しそうだと嬉しいから。あんまり、そうやんなきゃとか、なんなくてもいいかもしれない。
そうそう。どうしてもやっぱり家族を大事にしなきゃいけないって言われすぎ、親はこうやらなきゃいけないと思わされすぎてるから。それはそうなんだけど、でもどこまで、それは自分で決めていいことなんじゃないかな。
中のとかじゃないですよね。
分かりました。50代の方からです。たくさんありますが、1番は今の仕事のやり方でいつまで続けていくのか。新しい興味があること、やりたいことがたくさんあるが、それと仕事の両立や、元気なうちにやりたいことを優先して仕事をセーブしたり、やめたり、舵を切るべきかを迷っています。
結構難しいけどね。やっぱり変化をしたいという自分と、安定を望む自分で揺れ動くってことなんですかね。
ですね。でも、やりたいことがたくさんあるって素敵なことですよね。
やりたいことはやってほしい。だって絶対キラキラ輝くし、それによって周りもやっぱりいい影響を受けると思うし。だから本当にこの世は鏡だなと思ってるんで。となると、変わるのは自分からだなと思って、目の前に映るものがちょっと不協和音だなとか、ちょっとネガティブだなと思うんだったら、やっぱり自分の考え方に変えるべき何かがあるのかなと思うタイプなんで、私は。振る舞いを思いっきり変えてみちゃおうみたいな、ちょっと私は極端なんですけど。
じゃあ、私はちょっとずつ派で、慎重派で行くんですけど。だからちょっとずつセーブする、ちょっとずつブレーキ踏んでったらいいんじゃないかなって思ったんですよ。一気にやめたりすることも許されるぐらい大丈夫なら、やめちゃってもいいとも思うし。ちょっとずつ、段階を経て。
お2人はちなみに、やりたいことっていうのは諦めない?
手を変え、品を変え。
長年かけたりとか。
なるほど、なるほど。
そう。
他にもちょっと時間がないので、全部紹介できないんですけれども、実際に病気の告知を受けた方とか、実は余命宣告を受けたけど、社会で生きたいっていう方もいらっしゃいましたし、病気を抱えながら来ていらっしゃる方もいらっしゃるので。あと、家族のこととかにもいろいろ悩んでる方がいらっしゃるので、皆さんが少し元気になれることを祈りたいなと思っていて。ちょっと元気づけるお話というか、元気づけるメッセージというか、そういう方々に、健康に不安を抱えてる、家族に不安を抱えてる方に、ちょっとメッセージをいただけないかと思うんですが。
はい。言葉の魔術師から欲しい。
吉川先生からお願いできますか。
私も欲しい。でも、私この小説を通してずっと伝えたかったことは、今ってやっぱりどうしても皆さん、人に迷惑をかけちゃいけないって、あまりにも強く思いすぎてるんですけど、迷惑はかけてもいいんじゃないかなってちょっと思うんです。迷惑って言い方がちょっとあれなんで、人に寄りかかったりする練習をちょっとずつして、誰かを頼ったりとかしてもいいのではないか。もし誰か周りに困ってる人がいたら、できることをしてあげるっていうことをちょっとずつやってくと、今よりちょっと生きやすくなるんじゃないかなってことを考えて書いた小説なので、ぜひ実践していただいたらってちょっと思います。
じゃあ、柴咲さんも最後にお願いできますか?
とにかく自分がどこか病んでるところがあれば優しくされたいし、ネガティブなことを聞きたくないしっていう思いもあるんだけど、やっぱりさっきの不安の種じゃないけど、その事象の種ってあるなと思っていて。自分の身にそれがなぜ降りかかるのかっていう、そこにはめちゃくちゃ大きな学びがあるんだろうなって思うし。それを不安定な心で分析しろっていうことではないんですけど、それが外的な要因なのか、内的な要因なのか、自分の心の奥底にある何かがそうしたのか、させたのか、全ては縁だなと思ってるんで。
今を生きてる自分からすると、やっぱりネガティブとかポジティブとか、いいとか悪いとか、そういうふうに二元論で決めつけちゃうんだけど、そうじゃない物事がいっぱいあるんだろうなって思うし。とにかく私は考えることが好きなんで、そういうふうに自分なりの今考えることを、考えられることをきっと考えるだろうなって思うし。でも、あとはやっぱり、先ほど吉川先生がおっしゃったように、ちょっと周りを頼ってもいいんじゃないかなとか、もうちょっと自分を出してもいいんじゃないかなとか、そういうメッセージがもしかしたらあるのかなとかって考えていくのかなと思いますね。はい。
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