堺雅人らが語る『スリーゴースト』の稽古場:毎日変わる演出と「まだ名前のない劇」

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概要

渋谷・PARCO劇場で、パルコ・プロデュース2026『スリーゴースト』の初日前会見が開かれた。主人公役の堺雅人をはじめ、倉科カナ、伊勢佳世、迫田孝也、sara、小日向星一、高畑淳子、段田安則が登壇し、劇作家サイモン・スティーヴンス氏、演出家ショーン・ホームズ氏との約1か月の稽古を振り返った。共演者の多くが語ったのは、ショーン氏が稽古のたびに演出を変え、俳優がそれに応じて芝居を変えていったという点である。堺は最後に、この作品は観客と一緒に作るもので、まだ見方の「マニュアル」がない芝居だと話した。

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初日を迎えた心境:堺雅人と迫田孝也

堺は、初日の緊張と意気込みは稽古初日から大きく変わっていないと述べた。稽古初日には、作品の世界に飛び込むような気持ちで、1シーンずつ精一杯作っていったという。その積み重ねが今日につながっている気がすると語り、気づけばもうPARCO劇場で初日を迎えていて、この1か月は夢のような日々だったと振り返った。スタッフとキャストには素晴らしい人ばかりがそろい、演じるのも見るのも楽しい、ワクワクする稽古期間だったという。

主人公の友人役の迫田は、1か月の稽古をみんなとヘトヘトになりながら続けてきたと話した。続けて「ドキドキバクバク」「ガチガチ」「ガクガク」と擬音を重ねて、本番が近づくにつれて増していく緊張を表現した。前の晩はすやすや眠れたが、朝になると体が震えてきたという。それでも、来場する観客と一緒にワクワクした気持ちで物語を迎えたいと締めくくった。擬音だらけのこの挨拶を受けて、壇上では「翻訳しづらい」という声が上がり、会場は笑いに包まれた。

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「毎日が演劇学校」:堺が稽古場で学んだこと

稽古場での印象的なエピソードを問われると、堺は毎日が演劇学校のようだったと答えた。教わったことが多すぎて何から話せばいいか迷うほどで、次の仕事、その次の仕事でも必ず思い出す場面がたくさんあるだろうと話した。

堺によると、初日なのにそれほど緊張していないのは、毎日緊張していたからだという。これは他の登壇者の話を聞きながら気づいたことだと説明した。稽古では、ショーン氏が毎日何かを変え、俳優たちがすぐにそれに反応して芝居がまったく違うものになり、それを見たショーン氏がまた変える、という繰り返しだった。そのため、どの時点でも観客に見せられる水準ができていたと堺は感じている。ドキュメンタリーとしてずっと撮っていても面白かったはずだ、と言うほど、共演者たちは毎回本番並みの質で演じていたという。

さらに堺は、言葉と物語を信じてそこに立ち続けることが大きな力になると、今回あらためて学んだと述べた。ショーン氏が誰よりもサイモン氏の言葉を信じていて、その姿勢に皆が引き寄せられていったように感じたという。技術はもちろん大事だし多くを学んだが、最後は気持ちなのだと思った、と堺は語った。「部活みたいな感じで終わっちゃうんですけど」と笑いつつ、技術も気持ちもどちらも大事だという結論を示した。

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作っては壊す実験の日々:倉科カナと伊勢佳世

倉科は、サイモン氏の脚本について、読めば読むほど深く、演じれば演じるほど新しい気づきがあると評した。ショーン氏との稽古は毎日が実験的で、作っては壊すことを繰り返しながら、作品がどんどん磨かれていったという。倉科はそれを演劇ならではの体験だと感じ、表現には限りない可能性があると実感して、ますます演劇が好きになったと話した。

個人的なエピソードとして倉科が挙げたのは堺のことだった。まだ立ち稽古に入る前の読み合わせの段階で、堺は膨大な台詞をすべて覚え、台本を持たずに臨んでいたという。他の俳優もすでに台本を手放していて、それが大きなプレッシャーになったと笑いながら明かした。

伊勢は、サイモン氏に「ここはどういうことですか」と尋ねても「僕も分からない」と返されるため、あまり質問できなかったと話した。だからこそ、自分で悩んで考えるしかないと納得したという。ショーン氏が演出を何度も変え、自分もそれに挑戦し続ける日々だったが、その試行錯誤に無駄なものは一つもなく、すべてが積み重なって今の人物像になっていると語った。本来なら他の現場でも自分一人でこういう稽古ができればいいのに、と思いながら、今回はショーン氏の力を借りてさまざまな可能性を探れたことを、豊かな時間だったと振り返った。

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ノート一つで景色が変わる:saraと迫田孝也

saraは、稽古初日から作品についての記録をつけていて、まだ本番が始まってもいないのに1冊が終わりそうだと話した。稽古場からの帰り道は、すごいものを見たという日の連続だったという。他の俳優の芝居を見ている時間が長かったsaraは、立ち位置を一歩変えるだけで、あるいはショーン氏の「ここは見ないで」「ここは逆に見て」というたった一つのノートだけで、見えている関係性や景色、言葉の温度まで変わっていくと感じたという。演劇が大好きな人間として、こんなに面白い創作の現場にいられることが本当に幸せだったと語り、その旅があったからこそ、いま劇場に特別な空間が立ち上がっていると述べた。

迫田は、サイモン氏の戯曲について、ここにいる皆も同じ印象だろうと前置きして、たくさんの面を持つもののようだと表現した。稽古で分かったつもりになって帰り、翌日あらためて稽古場に来ると、他の俳優が演じるシーンがまったく違う表情を見せているという。それは別の物語になっているのではなく、芯は同じまま、さまざまな表情を見せる物語なのだと迫田は説明した。そこにショーン氏が「チェンジ」と言って変更を加える。迫田は、ショーン氏はより良いものを思いついてしまうのだろうと推測し、変更が加わるたびに物語がまた別の表情を見せると話した。初日以降もこの物語はさまざまな表情を見せていくはずで、それを楽しみたいと語った。

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ガムと台詞忘れ:小日向星一の失敗談

小日向は、ショーン氏に呼ばれるとき、自分はたいてい何かを食べていて、いつも口をもぐもぐさせていると何度も笑われたと明かした。ある日、堺と2人のシーンが急に始まったとき、油断してガムを噛んでいた。小さいガムなのでばれないだろうとそのまま続けたところ、堺が途中でアドリブで「何をもぐもぐ食べてんだ」と挟んできた。動揺した小日向は台詞が全部飛んでしまったといい、それが一番印象に残っている出来事だと話した。

10:10

「身をさらしていけたら」:高畑淳子と段田安則

高畑は、71歳になって頭の衰えと戦いながら生きていると切り出した。ATMに行ったのにお金を取らずに帰ってきてしまうこともあるという。そんな自分がこの劇に挑戦するのは大変なことで、今どこにいるのか、どこにはけるのか、いつ出るのか、という日々を送っていると笑いを交えて話した。それでも、自分が必要とされているのだからと、サイモン氏とショーン氏の2人の狙いに乗り、この大事な芝居を遊べるように身をさらしていきたいと語った。

段田は、自分は英語を話せないが、サイモン氏やショーン氏とは同じ演劇をやっている者同士だという感覚があったと述べた。感性は人それぞれ千差万別だが、互いに信頼して一緒に仕事ができたと感じているという。最後に、もう一ついいことを言おうと思っていたのに忘れてしまった、と話して会場を和ませた。

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「何劇」と名付けられるかはこれから:堺から観客へ

会見の最後、観客へのメッセージを求められた堺は、まず「俺を見てればいいんだ」と冗談を言い、すぐに打ち消した。そのうえで、これは初めて上演される作品なので、見方のマニュアルがまだないと説明した。悲劇かといえば悲劇でもない、では何劇なのかという名前は、おそらくこれから付けられる芝居だと堺は言う。だから見方も含めて、観客にも探ってほしいと呼びかけた。

堺によると、稽古場では観客がいない状態でずっと芝居をしてきたが、劇場に入って前日のプレビューで観客の前で演じたところ、まったく違う芝居になったという。だからそれは観客の責任でもある、と冗談めかしつつ、一緒に作っているという気持ちが強いと話した。観客に何か特別なことをしてほしいわけではないが、世界で初めて生まれるものを一緒に楽しんでほしいと述べ、きっと見たことのないものが見られるはずだと締めくくった。