錦織圭、引退会見で語った「解放感」と「悔い」:日本のテニスに何が必要か
oriconユニクロ主催のイベント「UNIQLO LifeWear Day Tokyo 2026 with Kei Nishikori」の終盤、引退を発表した錦織圭が会見に臨んだ。引退発表から1週間。錦織はすでに多くの場で話してきたと前置きしたうえで、引退後の生活の変化、恩人やコーチへの思い、日本から次のトップ選手を出すための課題、そして自分のキャリアへの評価を語った。会見で目立ったのは、テニスに没頭した時間を「幸せだった」と肯定する言葉と、グランドスラムやマスターズを獲れなかったことへの悔いが同時に語られた点である。
引退を実感した1週間の心境
冒頭の挨拶で錦織は、ユニクロがこうしたイベントを開いてくれたことで、引退することをより実感したと話した。イベントには同じく選手だったロジャー・フェデラーや国枝慎吾も出席し、言葉をかけてもらったという。そのおかげで、今は晴れ晴れとした気持ちで迎えられていると述べた。
一方で、心境は単純ではないとも語った。日が経つにつれて、もう真剣勝負の試合ができなくなることを日に日に感じ、寂しさがある。同時に、これから何ができるのか、何が起こるのかというワクワク感もある。錦織はいろいろな気持ちが「ぐるぐる回って」いて難しい日々を過ごしていると表現し、この期間を経てまた自分なりに成長していけたらいいと話した。
引退後にやりたいこと:「プランは全くない」
代表質問として日本テレビは、テニスに限らず今挑戦したいことを尋ねた。錦織の答えは、現時点ではプランが全くないというものだった。これまでは24時間を自分のために過ごしてきたが、それが少しずつ変わっていくだろうと考えており、何をするかはこれから探していく段階だという。
具体例として錦織が挙げたのは、引退して2日目ぐらいにしたことだ。ランチを頼み、その後にデザートを2つ頼んだ。現役中にはできなかった小さな幸せを、自分の中で見つけている最中だという。加えて「日本で免許を取りたい」とも話し、記事になりにくいことで申し訳ないと笑わせた。
体の痛みと薬の制限から解放された
別の記者は、20年以上にわたって次の大会、体のケア、トレーニング、ドーピング規定といったことを常に考えてきた生活が終わったことについて、解放感があるかを尋ねた。錦織は、その点では「めちゃくちゃ解放された」と即答した。
現役中は、生活の中のちょっとした痛みも明日の試合に影響するのではないかと気になり、また痛みが出てきたという小さなストレスになっていた。ジャパンオープンが終わった今も痛みはまだ残っているが、この先に試合の予定がないので「痛くても全然いい」と思えるようになった。それがとても楽だという。
もう一つ挙げたのが薬の問題だ。現役中は薬局でほとんど何も買えず、風邪を引いても必ず病院に行き、服用できる薬を処方してもらうのが常だった。今はドラッグストアで何でも買えるようになり、生活は少し楽になったと話した。
「第2の錦織」が生まれにくい理由:拠点が欧州にあること
日本テレビは、第2、第3の錦織が出てくるために何が必要かも尋ねた。錦織は、それを解き明かすことは自分の中でも課題であり、日本の選手たちと話しながら探している最中だと前置きした。
そのうえで錦織が指摘したのは、テニスの主戦場がヨーロッパやアメリカ、特にヨーロッパにあるという点である。日本からヨーロッパへ遠征し、ヨーロッパや海外の選手と練習し、メンタルを鍛えるためにも海外の選手と試合をしなければならない。そう考えると、アジアにいること自体が非常に不利だという。アジアにも大会はあるが、同じ賞金額の大会でもヨーロッパやアメリカと比べるとレベルが低く、そこで成長できるかと問われると今は難しいと錦織は見ている。
最も手っ取り早く成長するには、自分がしたように海外に出ることだと錦織は言う。ただし、それは大変でお金もかかり、全員ができることではないことも分かっている。そこを自分が手助けできるのか、何かできたらいいと話しつつ、現状では日本で育ってプロとしてやっていくのは、特に男子の場合は難しいと考えていると述べた。
若い選手へ:ジュニアの強さを大人になってからも生かすには
最後の代表質問は、世界に挑戦する日本の若い選手へのメッセージだった。錦織は、日本には幸運なことに強いジュニア選手、才能のある選手がたくさんいると考えている。ジュニア時代は、体格ももちろん大事だが、テニスの技術でなんとか戦える部分もある。しかし成長するにつれて心技体、とりわけメンタルが必要になってくる。日本のジュニアの強さをどうにか生かさなければならないと錦織は話した。
そのうえで強調したのが練習量だ。錦織は、若い頃は特に、質も大事だが本当にたくさん練習しないと強くはなれないと考えている。その努力は小さい頃から積み重ねないと厳しい。自分に鞭打って、できる限りの努力を一日一日続けていくことが、どのスポーツでも大切なのではないかと語った。
盛田正明への感謝と、見せられなかったトロフィー
フリーランスの記者は、ラストマッチや引退セレモニーを見届けた盛田正明について質問した。錦織に大きなチャンスを与えた人物である。
錦織は、キャリアを終えるにあたって本当に多くの人に世話になったが、その中でも最も影響を与えてくれた4、5人を挙げるなら、そこに盛田会長は必ず入ると答えた。錦織は島根で生まれ、13歳まで島根で育った。テニスが強くなるには島根を出なければならないと、親も含めて思っていた。その中でアメリカに行くチャンスをくれたのが盛田会長であり、そのおかげで大きく成長できたという。会長は厳しいことも言ってくれる人で、その言葉に勇気づけられながら頑張れたとも話した。
一つ悔いが残るとすれば、グランドスラム優勝のトロフィーのような大きなトロフィーを会長に見せてあげたかったことだという。錦織はその思いを今回の挨拶の際に本人へ伝えた。盛田会長からは、それ以上にやってくれたことは大きいから、そんなことは思わなくていいと言われ、晴れやかな気持ちになったと明かした。
テニスが与えてくれたもの:「長い青春を全部注げた」
テニスJPの記者は、テニスとともに生きてきたからこそ得られたものは何かと尋ねた。錦織は、良い意味でも悪い意味でもテニスしかやってこなかったと振り返った。そのテニスを通じていろいろな人に出会い、いろいろな人と対戦して成長できたという。
テニスとは何だったのかと考えると、自分の「めちゃくちゃ長い」青春時代をテニスに全部注げたと強く思う、と錦織は語った。地球上の誰もができることではなく、一つのことに人生を注ぎ込めた。辛いことも楽しいこともあったが、それも含めて没頭できた時間は本当に幸せだったと改めて感じているという。
錦織が特に挙げたのは怪我の経験である。何度も怪我をし、復帰のために地味な生活を続け、また強くなるために頑張った時間が、自分を大きく成長させてくれたと考えている。怪我がなければそれはそれで良かったが、怪我をしたからこそ得たものもたくさんあった。そうした気持ちや経験を、特に若い世代と共有できたらいいと話した。
日本テニス史の中での位置づけと、アジアのテニスへの希望
英語で質問した記者は、熊谷一弥、清水善造、佐藤次郎といった歴史的な日本人選手の名前を挙げたうえで、錦織を最も成功した日本のテニス選手だと評し、どう記憶されたいかを尋ねた。通訳を介した回答で錦織は、アジアでナンバーワンの選手になれたことを誇りに思うと述べた。そして松岡修造をはじめ、尊敬すべき日本の選手が多くいることにも触れた。
若い世代には自分のことを覚えていてほしく、自分の後に続いてほしいという。錦織の希望は、アジアのテニスがもっと発展することだ。ただし簡単ではないとも認めた。トップ選手の数が少なく、世界のトップ10に入ったのは自分だけだったからだ。それでも何らかの形で役に立ち、より多くの選手をトップ50、トップ30に送り込みたい。それが自分の目指すところだと語った。
セレモニーで再会したコーチたち:マイケル・チャンとダンテ
引退セレモニーには、歴代のコーチやチャン・ファミリーなども駆けつけた。懐かしい顔を見て思い出したことを問われると、錦織はまず、コーチを比べるのは申し訳なく、みんなの少しずつの力添えがあって今の自分があると断った。そのうえで、マイケル(・チャン)の存在は大きかったと話した。最も刺激を与えてくれ、テニスを変え、人間としても成長させてくれたのが彼だったという。その彼がわざわざセレモニーに来て同じ時間を過ごせたことが、とても嬉しかったと述べた。
同時に名前を挙げたのがダンテである。IMGでずっと一緒に練習し、大事な時間をともに過ごしてきた。セレモニーの夜、パーティーのような形でみんなで集まった際、ダンテは号泣して話せなくなってしまったという。錦織は、それほどの気持ちでずっと一緒に過ごしてくれていたのだと、深く感じ入ったと語った。
引退後のロールモデル:人に会うことと、ジュニア支援の形
日経の記者は、フェデラーがイベントで「いろんな新しい人に会って知見を深めてほしい」と話していたことに触れた。そのうえで、世界を回ってテニスを伝えるフェデラー、アカデミーを作ったナダル、引退後にトップ選手を育てたフアン・カルロス・フェレーロのように、ロールモデルになる元選手はいるかと尋ねた。
錦織は、フェデラーの言葉はすごく刺さったと答えた。引退後、自分もそうした思いを持っていたという。これまではテニスばかりで多くの人と出会う機会がなく、人と会うことも得意ではなかった。基本的には家で過ごしていた。それでも、これから何をするにしても、いろいろな人に会って話を聞き、意見を聞くことは大事だと考えており、得意ではないがやっていきたいと話した。
フェレーロについては、引退後すぐにジュニアの遠征に同行し、小さな国にもわざわざ行って教えていたと聞いているという。錦織は、今はそれを100%できるわけではないと認めた。ただ、アジアの選手にトップへ行ってほしい、テニスに関わりたいという思いは少なからずある。その形として、日本でアカデミーやテニスクラブを運営するのか、それとも自分が盛田会長から海外に行く機会をもらったように、自分のファンドなどでジュニアに貢献できる仕組みを作るのか、いくつかの可能性を挙げた。
将来的にやりたいことはたくさんあるが、今すぐではなく、何が正解なのか、何が日本のジュニアを最も早くトップ選手に近づけられるのかを、いろいろな人に相談しながらじっくり考えたいという。話を聞いてみたい人を改めて問われると、錦織は「高市総理かな」と冗談めかして答え、会場の笑いを誘った。
自己評価は「50ぐらい」:残る悔いと劣等感
エスクァイアの記者は、フェデラーが錦織について「見えない天井を押し上げてきた」と評したことを紹介し、自身の達成度を100点満点で表すとどのくらいか、残りを埋めるには何が必要だったかを尋ねた。
錦織は「あまり言いたくないですけど」と前置きし、「50ぐらい」と答えた。理由として、自分は幸いにも海外で戦い、世界のトップ選手を見ながら育ったことを挙げた。そのため、日本ナンバーワンやアジアナンバーワンになることはあまり嬉しくなく、そこを意識したこともほとんどなかった。目指していたのはあくまで世界のトップだったという。
フェデラーに言われて、目標とするアジアの選手がいない中で天井を押し上げられたこと、この体格でそれを成し遂げたことは、自分でも頑張ったと思えたし評価できる部分だと認めた。しかし、目標にしていた世界1位やグランドスラム優勝、せめてマスターズの優勝は取りたかったと述べ、そこには非常に悔いが残っていると語った。
錦織は、マイケル・チャンをはじめいろいろな選手にこの話をすると、みんな「そんなことないよ」と言ってくれるという。それでも自分の中では、他の選手に比べて劣っている部分だという劣等感があり、悔いは残っていると率直に語った。
ファンへのメッセージ:日本でスポーツの価値を上げたい
質疑の最後に、ファンへのメッセージを求められた錦織は、これまでの応援への感謝を述べた。日本人としてテニスを話題にでき、多くの人がテニスを好きになって応援してくれたからこそ、ここまで頑張れたという。
最近では大坂なおみも日本を背負って一緒に戦ってきた。錦織は、日本でテニスをもう少し大きくしたかったという思いがあると明かした。一方で、坂本(怜)のような新しい選手も出てきており、そのサポートにも触れた。さらに視野をスポーツ全体に広げ、ヨーロッパやアメリカではスポーツが非常に大きな価値を持っているのに対し、日本ではまだそうなっていないと指摘した。日本でもスポーツの価値を上げていけるような働きができたらいい、と語って会見を締めくくった。
それでは改めて錦織圭選手にご登壇いただきます。錦織選手、ステージへお願いいたします。
それではまず初めに、錦織選手の所属企業であるユニクロを代表いたしまして、株式会社ファーストリテイリング取締役執行役員、柳井康治より皆様へご挨拶をさせていただきます。柳井さん、よろしくお願いいたします。
ただいまご紹介にあずかりました、柳井康治と言います。今日は本当に長時間残っていただいて、こんなに多くの方に来ていただいて、本当にありがとうございます。本当にお疲れ様でした。今日はありがとうございました。
それでは続いて花の贈呈へ移らせていただきます。
それではそのままフォトセッションですね、させていただきます。まずスチール、ムービーの順でさせていただきます。スチール、中央のオフィシャルカメラに目線をお願いします。椅子に座っている方ですね。目線お願いします。
では上手側ですね、向かって左側の方に目線をお願いいたします。
ありがとうございます。では、もう一度センターの方にお願いします。お願いします。
ありがとうございます。では続けて下手側、向かって右側お願いします。お願いします。お願いします。ありがとうございます。
ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。
ありがとうございます。続けてムービー、中央のオフィシャルカメラマンの方ですね。目線お願いします。いかがでしょうか? よろしいですかね? では続けて上手側に目線を、向かって左側、目線をお願いします。
ありがとうございます。では続けて下手側、向かって右側にお願いします。ありがとうございます。ではフォトセッションは以上とさせていただきます。柳井さん、ありがとうございました。
改めまして、引退された錦織圭選手より皆様へご挨拶をさせていただきます。錦織選手、お願いいたします。
今日は皆さん、時間を使ってお越しいただきありがとうございます。
引退を発表したのは1週間前で、結構喋ってきたので、まだ言うことがあるかなとかは思ってはいるんですけど、今回こうやってユニクロさんにこのような素敵なイベントを開いてもらって、また引退することがより実感が湧いて。そしてこうやって同じ選手であったロジャーだったり、慎吾さん、ゴードンにいろんな言葉をかけてもらって、結構晴れ晴れとした気持ちで今を迎えてはいるかなと思います。
日が経つにつれて、自分がもう真剣に、真剣勝負の試合ができなくなるっていうのは日に日に感じて、寂しさもありますし。でも、これから何ができるかな、何が起こるかなっていうワクワク感も同時にあったりもするので、今はいろんな気持ちが本当にぐるぐる回って、難しい日を過ごしてはいますが、この期間を経て、また自分で成長していけたらいいなとは思ってます。
ありがとうございます。それではお時間も限られておりますので、ここからはメディアの皆様からの質疑応答に移らせていただきます。
先ほどと同様、まずは代表質問として日本テレビ様よりご質問いただいた後、残りの時間にて本日お集まりいただいたメディアの皆様からのご質問をお受けできればと思っております。ご質問を希望される方は挙手をしていただき、PRの方からマイクをお持ちいたしますので、媒体名とお名前を述べていただいてからご質問をお願いいたします。なお時間の関係で一社一問とさせていただきますので、ご了承ください。それではご質問のある方、挙手をお願いいたします。まずは申し訳ありません、お願いいたします。
すいません。代表、日本テレビです。まず、現役引退後、これからしばらくゆっくりしたいというお言葉もあったかと思うんですけども、錦織さん自身として挑戦してみたいこと、それこそテニスに限らず、今やりたいことなどあれば教えていただいても。
今のところ本当にプランが全くなくてですね、何かこれから探していきたいなっていうのと、本当に終わったばかりなので、今までずっと自分のために24時間過ごしてきて、それが少し変わっていくのかなとは思うので、何か探していけたらいいなっていう段階で。
今までできなかった、先日引退して2日目ぐらいにやったのは、ランチ頼んで、その後デザート2つ頼むとか、そういった今までできなかったことを、ちょっとした幸せを自分の中で見つけながら。あとは日本で免許取りたいなとか、ちょっと記事にならなそうなことで申し訳ないんですけど、これからやりたいことは探していきたいなと思ってます。
ありがとうございます。改めてこの日本テニス界で、錦織というこの存在がもう引退するということで、第2、第3の錦織圭が出てくるために、今率直に、今後どういったことが必要になってくると思いますでしょうか?
これはですね、自分の中でもそれを解明していくのは課題ではあって、結構いろんな選手と、日本人の中で話しながら探してはいってるんですけど、やっぱりどうしてもテニスの場合は主戦場がヨーロッパだったり、アメリカだったり、やっぱりヨーロッパが主なので、どうしてもこっからヨーロッパにトラベリングするとか、ヨーロッパの選手、海外の選手と練習をする。そしてまたメンタルを強くするために海外の選手とやらないといけないって考えた時に、やっぱりアジアにいるのはすごく不利で。
アジアでも大会はありますけど、どうしてもやっぱりレベルがヨーロッパ、アメリカと比べても、同じ賞金だとしてもちょっとレベルは低い中で、その成長できるかって言われると、なかなか今は難しいところがあるのかなとは正直思ってはいるので。一番手っ取り早く成長するためにはやっぱり海外に出て、自分がやったように。これは大変ですけど、お金もかかるし、全員ができることじゃないのは分かってるので、そこを自分が手助けなのか、何かできたらいいなとは思ってますけど、やっぱり現状、日本で育て、プロでやっていくっていうのは、男子の場合は特に難しい現状なのかなとは思ってはいます。
最後に、これから世界に挑戦していく日本の若い選手たちに向けて、今伝えたいことなどあれば、最後に教えていただいてもよろしいでしょうか?
そうですね、日本の場合は本当に運がいいことに、すごい強いジュニアの選手、才能のある選手が、僕はたくさんいると思っていて。ジュニアの頃はやっぱり体格とか、もちろん体格も大事ですけど、そのテニスの技術とかでなんとか戦える部分もあったりするので。やっぱり成長するにつれて、また心技体のメンタルが必要になってきたりするんですけど、日本のジュニアは強い選手がたくさんいるので、やっぱりこれをどうにかしないといけないし。
僕は若い頃は特に、質も大事だ、本当にたくさん練習をしないと強くはなれないと思ってるので。そこのやっぱり努力っていう部分では、小さい頃からやってこないと厳しいのかなとは思うので、やっぱり自分に鞭打って、もう自分ができる最大限の努力を1日1日やっていくっていうことが、どのスポーツにしても大切なのかなと思います。
ありがとうございました。次の質問に移る前に、スチールの皆様、フラッシュをたいてのご撮影はお控えお願いいたします。また質問される際に、立ってのご質問はご遠慮ください。ではご質問がある方、お願いいたします。では後ろの2列目ですね。
現役生活、お疲れ様でした。先ほどもジャパンオープン終わった後に、ちょっと大な生活を送ったみたいなことをお話しされていましたけど、ずっとこの20年以上続けてきた、次の大会のこと考えたりとか、体のこと考えたり、トレーニングのこと考えたりっていう、あとドーピングとかのことがなくなったりとかっていうこととかがなくなったっていう生活になったと思うんですけど、それについて心境というか、解放されたっていう感じがあるのか、どういうふうに感じてますか?
そこの部分ではめちゃくちゃ解放されましたね。やっぱりちょっとした痛みとか、生活の中でも痛みがあると、やっぱりすごく気にするし、明日の試合に影響するなとか、また出てきたなっていう、ちょっとしたストレスになってたのが、ジャパンオープンが終わって、痛みがまだあるんですけど、それでも全然、未来にやる予定がないから、痛くても全然いいなって思えることが、それはすごい楽ですね。
あと、ドラッグストアで薬が何でも買えたりとか、本当に現役中は薬局で何一つも買えなかったので、やっぱり風邪ひいたにしても必ず病院行って、飲める薬を出してもらってっていうのが常だったので、生活は少し楽にはなりますね。
ありがとうございます。媒体名とお名前を言ってからご質問をお願いします。では、あの方どうぞ。
改めまして現役生活、お疲れ様でした。フリーランスの高と言います。錦織君のラストマッチとか、引退セレモニー、盛田正明さんが見届けられましたけど、改めてその盛田正明さんがチャンスを与えてくれた部分が大きかったと思うんですが、その盛田正明さんへの感謝というか気持ちを、今どう思っていらっしゃるかっていうのを教えてください。
僕がこのキャリアを終えるにあたって、本当にたくさんの人にお世話になったし、その中でも4、5人ぐらい、一番影響を与えてくれたなって中にやっぱり盛田会長はいて。僕はアメリカに行くチャンスをもらったことですごく成長できたし、特に島根で生まれて島根で13歳まで育って、やっぱりテニスが強くなるためには島根から出ないといけないって、親も含め思ってた中で、アメリカに行くチャンスをくれた人でしたし。会長も結構厳しいことも言ってくれるので、それに勇気づけられながら頑張れたっていう思いもあるし。
やっぱり一つ悔いが残るとしたら、もうちょっとグランドスラム優勝のトロフィーだったり、何か大きなトロフィーとかを会長に見せてあげたかったなっていう思いが、それは今でもずっとありましたね。でも今回挨拶行かせてもらって、それも本人に伝えたんですけど、それ以上にやってくれたことは大きいから、そんなこと思わなくていいよって言ってくれて、すごく華やかな気持ちにはなりました。
ありがとうございます。では4列目の中央、女性の方ですね。ありがとうございます。
テニスJPの保坂です。お疲れ様でした。テニスをやってきて、テニスと共に生きてきたからこそ、自分はこういう人間になれたとか、得られたものっていうのは何でしょうか?
そうですね、本当にずっとテニス、いい意味でも悪い意味でもテニスしかやってこなかった中で、いろんな人に出会って、いろんな人と対戦して、成長できた部分もすごく多かったですし。やっぱりテニスとは何だったんだろうって考えた時に、自分のめちゃくちゃ長いこの青春時代をテニスに全部注げたなってすごく思うので。だからこれはやっぱり、地球上の全員が多分できるわけではないし、こうやって一つのことに自分の人生を注ぎ込めるっていうのは、それは辛いこともあったし、楽しいこともあった中で、それも含め、これに没頭できた時間っていうのは本当に幸せだったなって改めて思うので。
いろんな経験を得て自分も強くなったし、特に怪我をたくさんしてた中で、怪我から復帰するために、どれだけの地味な生活をして、また強くなるために頑張れたこの時間っていうのは、多分、自分をすごく成長させてくれたと思うので。もちろん怪我がなければそれはそれでよかったですけど、怪我をして得られたこともたくさんあったと思うので、こういう気持ちだったり、自分が経験してきたことを、特に若い世代にシェアできたらいいなと思います。
ありがとうございます。その他ご質問ある方、挙手をお願いいたします。ではまた緑色の方の男性にお願いいたします。
英語です。おめでとうございます。素晴らしいキャリアでした。熊さん、清水選手ですが、佐藤次郎さんとかいろいろな方がいらっしゃいますけども、日本のテニス選手としては最も成功した選手だと思います。テニス界、また日本人のみんなが錦織選手のことを覚えてると思いますけれども、どう思われますか?
アジアではナンバーワンのテニス選手になれたということは本当に誇りに思いますし、また修造さんもそうですし、あと多くのテニス選手、またマイクもそうですけれども、いろんな尊敬すべき日本の選手もいらっしゃいます。そして若い世代の選手たちに、僕のことを覚えててもらって、そして自分の後に続いてほしいと思います。そして私の希望は、アジアのテニスがもっともっと発展するということです。ただ簡単ではないと思います。
まずはトッププレイヤーの数が少ないということですね。私が唯一世界のトップ10に入った選手だったわけです。もちろん厳しい状態だというふうには思います。ですけれども、何らかの形で私もお役に立って、そしてより多くの選手たちをトップ50、トップ30に送り込んでいきたいと思います。それが私の目指すところになると思います。
続けてご質問がある方は挙手お願いいたします。では4列目中央の女性の方、お願いします。
引退、長いことお疲れ様でした。フリーランスのうちらだと言います。この間のセレモニーの時に、いろんな歴代のコーチですとか、チャンファミリーですとか、いろんな方たちいましたけど、懐かしい顔もあったんじゃないかと思うんですけど、見て「ああ」って思い出したこととか、その辺の方とちょっと昔話とかして思い出したこととかあったら教えてください。
やっぱりコーチを比べるのも申し訳ないし、みんなのちょっとずつの力添えのおかげで僕も今がいるので、あんまり言うべきではないかもしれないですが、やっぱりマイケルの存在は僕の中では大きくて。彼が一番自分に刺激を与えてくれたし、テニスも変えてくれたし、人間としても成長させてくれたのがやっぱり彼だったので。そうやってまた彼がセレモニーにわざわざ来てくれて、同じ時間をあの時過ごせたのはすごく嬉しかったのと。
同時にダンテもやっぱりIMGで一緒にずっと練習してきて、大事な時間を共に過ごした中で、夜、あの後、パーティーというか、みんなで集まったんですけど、もうダンテが号泣しちゃって喋れなくて。でもそれぐらいの気持ちでずっと過ごしてくれてたんだなっていう、ものすごい感慨深いものがありました。
ありがとうございます。その他ご質問。では隣の女性の方、お願いいたします。
日経の原ですけれども、さっきロジャーが、いろんな新しい人にも会って知見を深めてほしいって言ってましたけど、ロジャーみたいに世界を回ってテニスを伝える、ナダルみたいにアカデミー作る、フアン・カルロス・フェレーロみたいにああいうすごい選手、もう1回育ててみるとかあるけども、今誰かに話聞いてみたいなとか、今言った3人とか、結構理想的に引退した選手で、ちょっとロールモデルになる人とかいますか?
どうですかね。それはすごく刺さってて、僕も引退してからそういう思いはあったので、いろんな人に会ってみたいなとか。今までテニスをずっとやってきて、あんまりそうたくさんの人に出会う機会がなかったので、そういうのも得意ではなかったし、基本的には家で過ごしてたので。でもやっぱりこれからどんどん何をするにあたっても、いろんな人の話を聞いて、会って意見聞いてっていうのはすごく大事なことだと思うので、それは自分が得意なことではないですけど、やっていきたいなって思ってて。
フェレーロみたいに、もう終わって、すぐ遠征、ジュニアと回って、聞いた話ですけど、小さい国にわざわざ遠征行って、そこでしっかり教えてっていうのは、今はそれは100%できないですけど。やっぱりいずれ、先ほども言った通り、アジアの選手にトップに行ってほしいなっていう、テニスに関わりたいなという思いは少なからずあるので、それがどういう形で自分ができるのかっていうのは探していきたいですし。
それが日本でアカデミー、テニスクラブをやるのか、やっぱり僕は盛田会長にこうやって海外に行かせてもらえる機会をもらったので、そういう自分のファンドなり、ジュニアに貢献していけるような仕組みを作っていくのか。たくさんやりたいことは将来的にはあるなとは思うんですけど、それもじっくり、今すぐにってわけではないですけど、何が正解で、何が一番早くトップ選手に日本のジュニアを近づけられるかなっていうのも、いろんな人に相談しながら。
誰ですかね? 高市総理かな?
ありがとうございます。ではその他ご質問ある方、いらっしゃいますでしょうか? 大丈夫そうですかね? では中央、男性の方お願いします。
どうしよう? 今の使われたら。
届くんじゃないですかね? メッセージが。
エスクァイアの松田と申します。先ほどフェデラー選手も、錦織選手がずっと見えない天井を押し上げてきたというふうにおっしゃっていましたけども、ご自身の挑戦のアチーブメントとしては、スケーラビリティ100っていうとどれぐらいだったか、それから残りの何%を埋めるためには何が必要だったかというのを聞かせてください。
あんまり言いたくないですけど、50ぐらいですかね。100と言いたいところですけど、やっぱり僕は幸いにも、さっき海外に行って戦ってたって言いましたけど、やっぱり世界のトップ選手を見て育ってたので、日本ナンバーワンになるとかアジアナンバーワンになるとかっていうのが、あんまり嬉しくもなかったし、そこまでやっぱりトップを目指してたので、そこを考えたこともあまりなかった中で。
さっきフェデラーに言われて、確かに僕はそこは頑張ったなとは我ながら思ったんですけど、アジアの目標とする選手がいない中で、それを押し上げていけたっていうのは。この体格でできたっていうのは、そこは評価できる部分ではあるかなとは思いますけど、やっぱり自分の目標としてた1位だとか、グランドスラム優勝だとか、せめてマスターズ1000、取りたかったなっていうのは、そこはものすごく悔いは残ってるので。
いろんな、マイケルだとか、いろんな選手に話すんですけど、やっぱりそこは自分の中で劣等感が、他の選手に対してちょっと劣ってるなって部分ではあったので、そういうのはやっぱりみんなに話すんですけど、そんなことないよとは言ってくれるけど、やっぱり自分の中ではそこはどうも、悔いは残ってますね。
ありがとうございます。ありがとうございます。その他ご質問ある方、いらっしゃいますでしょうか? ありがとうございます。それでは以上をもちまして質疑応答を終了とさせていただきます。ありがとうございました。
ありがとうございました。
錦織選手、すみません。まだです。すいません。もうちょっとお戻りいただけます。質疑が終わりまして、あともう一つございます。申し訳ありません。最後に、お願いいたします。
ありがとうございます。最後に一言、ファンの皆さんにメッセージをお願いできますでしょうか?
皆さん、そうですね、今まで応援してくれてありがとうございました。
何かございましたら、今日はイベントでも皆さんにお伝えしたことは多々あると思うんですが、改めてお願いできますでしょうか?
やっぱり先ほども言いましたけど、日本人としてこうやってテニスをまた話題にできたこと。そしてたくさんの人がテニスを好きになってくれて、応援してくれて、自分もここまで頑張れたと思うので。僕と最近ではなおみちゃんも、やっぱり日本を背負って一緒に戦ってきて、もうちょっとやっぱり日本でテニスを大きくさせたかったなっていう思いはありますけど、これからまた新しい坂本君だったり、新しい選手も出てきてる中で、そのサポートより、テニスもそうですし、スポーツっていうものが、やっぱり今まだヨーロッパとかアメリカでは、スポーツっていうのはものすごく大きな価値のあるものですけど、それをもっともっと日本でも、スポーツの価値を上げていけるような働きができたらいいなと思います。ありがとうございました。
ありがとうございました。この世界のトップで活躍された錦織選手の次のステージを楽しみにしております。現役生活、お疲れ様でした。
ありがとうございました。
錦織選手、どうぞご降壇ください。ありがとうございました。
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