「命に別状なし」の先にあるもの:クマに襲われた人たちが語る恐怖と、熊外傷の後遺症

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概要

クマに襲われてけがをした人のニュースでは、「命に別状はない」と伝えられることが多い。この番組は、襲われた当事者の証言と、治療やメンタルケアに携わる医師の話から、その言葉の裏にある身体と心の傷を追う。医師たちが訴えるのは、命が助かったことは「大したことがなかった」という意味ではない、という点である。

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自宅の車庫で襲われた70代男性

最初の証言者は、山あいの町で農業を営む70代の男性だ。3年前、自宅敷地内の車庫でクマと鉢合わせした。男性はクマに背中を見せないよう、ゆっくり後ずさりして家に逃げ込もうとした。その瞬間、クマが覆いかぶさるように襲いかかってきたという。

男性は顔を引っかかれて出血し、右腕を骨折した。左腕や肩には爪が突き刺さった。緊急の縫合手術を受け、命に別状はなかったが、入院は延べ70日に及んだ。3年経った今も、右腕にはボルトが埋め込まれたままである。

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市街地で5人が襲われた日、北秋田市の60代男性

3年前、秋田県北秋田市の市街地で、数時間のうちに5人が相次いでクマに襲われた。その1人が、自営業を営む60代の男性である。男性が自宅倉庫のシャッターを開けると、中に潜んでいたクマと遭遇した。距離は1.5メートルほどだった。

四つ足のクマを前に、男性は「もう絶対やられる」と思い、反対方向へ一気に走った。しかしクマは男性を追い越して前に回り込み、反転して飛びかかってきたという。男性は横倒しになりながら、片手で必死に防いだ。クマは顔なのか目なのか、とにかく顔のあたりに執着して向かってきたと男性は振り返る。うなり声は激しく興奮しており、「クマで死ぬんだな」と思ったという。

クマが立ち去った後、男性は頭から大量に出血していることに気づいた。鏡をのぞくと、頭皮が10センチほどにわたってえぐられ、骨が見えていたという。その間も意識ははっきりしていた。頭などを42針縫う緊急手術を受け、命に別状はなかった。男性は、クマが目を狙ってきたのではないか、弱点を本能的に知っている可能性があるのではないかと考えている。

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救命救急センターが見た熊外傷:顔面90%、頭部60%

近年クマによる人身被害が多発してきた秋田県で、最も多くの救急患者を受け入れてきたのが、秋田大学医学部附属病院高度救命救急センターだ。センター長の中永士師明氏も、患者には顔面のけがが多く、顔や目を狙っているような印象があると話す。そこが弱点だと分かっているのだろう、というのが中永センター長の見方である。

番組では、熊外傷患者のCT画像が示された。上あごと下あご、頬、鼻の骨がすべて折れたような状態で、側面の骨にも穴が開いている。中永センター長によると、クマはぎゅっと引っかくため、骨が折れるうえに皮膚の傷もひどくなるという。

中永センター長は、2023年に治療した熊外傷患者20人の統計をまとめた。顔面外傷は90%、顔の骨折は45%、頭部のけがは60%にのぼった。眼球が破裂した場合は修復できず、失明に至る。

それでも、患者の大半には意識があり、搬送後に亡くなった人はいなかった。中永センター長によれば、頭部外傷で頭の中にまで損傷が及んでいない限り、意識はおおむね保たれているという。では、死亡に至るのはどういうケースか。首の頸動脈などが切れると出血性ショックとなり、現場で亡くなる人もいると説明する。

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顔と首を守る姿勢

こうした状況を受け、クマに襲われた場合は地面に顔を伏せる体勢をとり、顔や首を守ることが推奨されるようになった。北秋田市の男性は、無意識のうちにこれに近い姿勢をとっていた。右手で何をしていたかといえば、とにかく顔と目を守っていたという。それでも頭部には先に述べたほどの傷を負った。

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傷が治っても続く痛みと生活への影響

熊外傷の患者は、その後無事に回復しているのか。中永センター長は、見た目の傷は治っても、症状がいつまでも取れないと何年にもわたって訴える人もいると話す。

北秋田市の男性は、3年経った今も患部の痛みがあるという。1日に何度か、縫った部分の頭皮が常に引っ張られているような感じがして痛くなるそうだ。

中永センター長は、「命に別状はない」と聞くと、多くの人は大したことはないと受け止めるのではないかと指摘し、実際はそうではないと強調する。畑に行くのが怖くて行けなくなった人もおり、社会生活に影響が出ている。本来は外を歩いて体を鍛えるべき高齢者が家にこもると、フレイル(虚弱)が進んで足腰が弱り、認知症の進行にもつながるような悪循環に陥っているという。

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3人に1人にPTSDの疑い

今後ケアが求められるのが、精神的なダメージである。精神科医で尚絅学院大学の奥山純教授は、秋田の熊外傷患者24人にカウンセリングやアンケート調査を行った。その結果、3人に1人にPTSDの疑いがあり、46%に抑うつが見られたという。

奥山教授は、PTSDとは時間が経った後に突然記憶が頭の中に入り込み、悲しくなったり怖くなったりするものだと説明する。そのうえで、自宅の倉庫のように襲撃の現場が日常の空間である場合、よりフラッシュバックが起きやすい環境にあると指摘する。現場を見ることを避けたり、道路に出ることを怖がったりするのは、その人の生活が大きく損なわれ、ショックが症状として残っていることを示しているという。

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地域全体を覆う「コロナ禍に似た」不安

奥山教授はさらに、被害が起きた地域全体が、コロナ禍に似た苦しい抑圧状態にあると考えている。「次は自分かもしれない」という迫りくる危機への不安がコミュニティ全体に形成されたまま、だらだらと続いていくという見方だ。

番組では、襲われていない住民の声も紹介された。トラウマを抱えているのは自分ではなく近所の人のほうで、襲われていなくても怖くて怖くてたまらない、しかし皆どこに相談すればいいのか分からない、という。

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震災のメンタルケアの経験を生かせるか

奥山教授は、東日本大震災の後に被災者のメンタルケアに携わった経験を生かした対策が急務だと指摘する。クマそのものについての情報は発信されていても、メンタルケアについての発信は乏しい。メンタルケアについて発信することで、これまでの災害で培ってきた知識や、各地にいる医師などの人材を応用できないかを次に考えることができる。奥山教授は、まずは熊外傷の心のケアに関心を向けてもらうことが何より大事だと述べている。