『我々は宇宙人』大ヒット舞台挨拶 山﨑天ら登壇者が幼少期の写真を公開

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概要

映画『我々は宇宙人』の大ヒット舞台挨拶が都内で行われ、声の出演者の坂東龍汰、岡山天音、櫻坂46の山﨑天、主題歌を担当したadieu、企画・脚本・監督の門脇康平が登壇した。この日の登壇者は全員、映画のオリジナルTシャツを着ていた。舞台挨拶では公開後の反響を語り合ったほか、公式SNSに寄せられた質問への回答や、子どもの頃の写真を公開するコーナーが行われた。

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公開3週目を迎えた登壇者の思い

坂東は、短い時間だが楽しい時間を過ごしたいと挨拶した。岡山は、公開からしばらく経っても観客の前で話せることがうれしいと述べた。山﨑は、身近な人から「大ヒットおめでとう」という声をたくさんもらえてうれしいと話した。

adieuは、この作品の舞台挨拶に登壇するのは初めてだと明かした。公開後に自身も2回映画館に足を運んでおり、この日はファンの一人としてファンミーティングに参加するような気持ちだという。門脇監督は、公開から3週目を迎えたと報告した。公開前は、公開後に自分がどんな気持ちでいるのか、そもそも生きているのかすら不安だったという。それでも今は元気にこうして来られて安心していると語った。

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周囲から届く感想

司会者が、口コミで評判が広がっていると話を振った。山﨑によると、家族は全員映画を見に行き、祖母も「すごく良かった」と言ってくれたという。山﨑のマネージャーは映画館で3回鑑賞し、「何度見ても面白い」と話しているそうだ。

別の登壇者は、行く先々で「気になっている」「見た」と熱心に声をかけられると話した。ある友人は、どうしてもその日に見たくて劇場に行ったところ満席で、最前列の中央から見上げながら鑑賞したという。

岡山は、自身が演じた役について、友人から熱いメッセージが届いていると明かした。「自分の中の(その役のような存在)が最近いなくなっていたので、この映画で出会えて良かった」という内容が多いという。それを受けて、観客はそれぞれのキャラクターに自分を重ねて見ているのだという話になった。

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子どもの頃の「心の拠り所」

公式SNSに寄せられた質問から、劇中のキャラクターが学校の秘密基地を心の拠り所にしていたことにちなみ、「子どもの頃、自分だけの心の拠り所はあったか」という質問が岡山と山﨑に出された。

岡山は、アニメや劇場アニメが好きで毎日のように見ていたと答えた。特に好きだったのは『鉄コン筋クリート』で、子どもの頃は毎日見ていたという。

山﨑の答えは「給食」だった。給食が一日の唯一の楽しみで、給食を食べるために授業を頑張っていたという。給食は全部おかわりしていた。残す子の分をじゃんけんで勝ち取って食べ、牛乳も2本飲んでいたそうだ。共演者から背の高さはそのおかげではないかと言われると、山﨑は「それのおかげもあるかも」と応じた。一番好きだったメニューは、とろっとした卵スープのかき玉汁だという。最後は「給食には本当に感謝しています」と締めくくった。

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岡山天音の写真:正月の作り笑い

続いて、平成の田舎を舞台に子ども時代を描く作品にちなみ、登壇者の幼少期の写真が公開された。

1枚目は岡山の写真だった。小学校に上がる前の正月に、松の前で撮った一枚だという。どんな子だったかと聞かれると、岡山は「どんな子でもなかった」と答え、当時のことは覚えていないと話した。共演者からは「作り笑いしている」「目が笑っていない」という声が上がった。岡山自身も、この頃から気を使っていたのかもしれないと振り返った。今思い返すと子どもの頃からそういう面があったかもしれないが、今は割と落ち着いていていい感じだという。

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山﨑天の写真:「男の子に間違えられていた」

2枚目は山﨑の写真だった。本人によると、1歳にもなっていない頃だという。共演者からは、眉毛の形が今と同じだという声が上がった。0歳ですでにカメラ目線になっていることや、黒目の大きさ、下まつげの濃さも話題になった。

山﨑によると、0歳の頃にミルクを400mlも飲んでいたと家族から聞いたという。眉毛がとても濃い一方で、髪の毛がなかなか生えてこなかった。そのためよく男の子に間違えられ、「男の子だね」と言われていたそうだ。名前も「天」なので、「天くん」だと思われることが多かったという。

成長して初めて持った夢を聞かれると、はっきりしたものはなかったものの、警察官になりたいと思っていたと答えた。新宿で見かけた警察官がかっこよかったという。

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adieuの写真:夢は「ゼリー」

3枚目は、共演者から「変わっていない」という声が上がった写真で、adieuの幼少期のものだった。本人も、変わっていなさすぎて自分でも驚いたと話した。4歳頃の写真だといい、眉毛が今と同じだと指摘された。

この頃の夢を聞かれると、「多分ゼリーとかになりたかった」と答えた。この年頃はみんなゼリーやグミになりたいものではないかと話し、会場の共演者もうなずいた。

歌うことが好きになったきっかけを聞かれると、母親が学校の音楽の先生だったことを挙げた。生活の中に常に音楽があり、母がピアノを弾き、自分と姉が一緒に歌うという環境で育ったという。

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最後の写真:ニューヨークで「煮干しの頭」を食べた子ども

最後の1枚は、話の流れから坂東のものとみられる写真だった。遠くから撮った写真で、自宅のリビングにはグランドピアノが置かれていた。ニューヨークで生まれ、写真はマンハッタンの家で撮ったものだという。年齢は1歳半から2歳頃と本人はみている。当時は膝のしわが2本できるような「チョココロネみたいな足」をしていて、髪型はずっとマッシュルームカットだったという。

どんな子だったかと聞かれると、セントラルパークで煮干しの頭ばかり食べている子だったと聞いていると答えた。体は食べず、頭だけをよく噛んで食べ、エキスを吸っていたらしい。共演者からは、1歳児に煮干しを与えると喉に詰まって危ないとツッコミが入った。

また、生まれたときから髪の毛が多く、ふさふさの状態で生まれてきたらしいという。ニューヨークに住んでいたのは2歳半頃までで、当時の記憶はほとんどないと語った。司会者が「味わい深い写真」と締め、写真コーナーは終了した。