元自衛官・30歳の橋本幹彦議員が語る、国民民主党代表選への出馬と「国会のアップデート」
日テレNEWS日本テレビの番組「岸谷蘭丸の政治ゼミ」に、国民民主党の衆院議員・橋本幹彦氏がゲストとして出演した。橋本氏は1995年生まれで、本人いわく「Z世代の始まりの頃」にあたる。聞き手は教育事業家で番組MCの岸谷蘭丸氏(25歳)と、日本テレビ解説委員の竹内真氏だ。
話題は、選挙区に縁のない「落下傘候補」として28歳で小選挙区に勝った経緯、政治家を志した原体験、玉木雄一郎代表に挑んだ代表選の狙い、新人議員の日常、そして国会をどう変えるべきかに及んだ。橋本氏が一貫して述べたのは、自民党に代わる選択肢がなければ民主主義は腐敗するという考えと、国会を「結論が決まった後の儀式」から実質的な議論の場に戻したいという問題意識である。
「闇鍋」のような選挙区で、28歳で小選挙区を制した
橋本氏の初当選は2024年10月の衆院選だ。岸田政権から石破政権に替わった直後で、裏金問題で自民党が強い批判を浴びていた。この選挙で自民党は単独過半数どころか、公明党と合わせても過半数を失い、久しぶりの少数与党となった。
ただし橋本氏によると、自民党が落ち目だから野党が勝てるという状況ではなかった。選挙区(埼玉県北東部)には6人が立候補していた。れいわ新選組の候補がいて、山本太郎氏が何度も応援に入った。共産党や日本維新の会の候補もいた。さらに、同じ「橋本」姓の無所属候補まで出馬した。そのため有権者には「橋本だけではだめなので、下の名前の幹彦まで書いてください」と訴えたという。当時の国民民主党の支持率は0.何%で、客観的には維新のほうが政党支持率は高かった。岸谷氏はこの顔ぶれを「闇鍋みたいな選挙」と評している。
勝因について、橋本氏は地域の政治史を挙げた。その地域には、自民党ではないが志を持って政治に取り組んできた人々がいる。その人たちの心をどう結集させるかを考えたという。「党は嫌いかもしれないけれども応援してくれないか」と頼んで回り、そこまで声をかけるのかというほど多くの人と会った。選挙区には農地も工業団地も住宅地もあり、多様な地域だった。その中で地域の「インフルエンサー」を見つけ、信頼関係を築くことを重視した。地元に知り合いがいない状態からのスタートで、昔から政治に関わってきた人たちが「橋本なら託していい」と言ってくれたことがありがたかったと振り返る。
組織票がほとんど出ない地域だったため、無党派層への接触が中心になった。始発から終電まで、1日20時間ほど駅前に立ち続けたこともあるという。朝は忙しい人がほとんどで「はいはい」と通り過ぎていくが、帰りにもう一度会うと「ちょっと話してみようか」となり、会話が生まれる。そうして支持がじわじわ広がったと橋本氏は語る。本人は「タイパの悪いインフルエンスのやり方」と認めつつ、そうしなければ政治の世界はなかなか変わらないとも述べた。
竹内氏は、祖父の代から続く世襲議員なら20代での当選も珍しくないが、選挙に縁のない落下傘候補が20代で小選挙区に勝つ例は「ほとんどいないのではないか」と評価した。岸谷氏も、25歳で当選した大空氏(自民党)が比例での当選であり、石破政権下の逆風の中、前評判が高くても選挙区では勝てなかったことを引き合いに出し、小選挙区での勝利を「かっこいい」と話した。
高校3年で政治家を志した原体験:無償化と非常勤講師の父
橋本氏が政治家になろうと決めたのは、高校3年の6月、夏休み前だという。それまでは大学を出て外務省に入り、外交の仕事に就きたいと考えていた。杉原千畝や新渡戸稲造の伝記を読み、世界で活躍し、世界と日本のために働ける人物に憧れていた。しかし、高校の先輩で官僚になった人の話を聞くうちに「思っていたのと違う」と感じた。年功序列のような環境では裁量がなかなか得られない。その中で、自分がどうやって社会にインパクトを与えられるかを考えるようになった。
転機になったのは家庭の事情だった。橋本氏が県立高校に入る前年、民主党政権のもとで公立高校の授業料が無償化された。4人兄弟の6人家族だった橋本家は、これにかなり助けられたという。父は出版社勤めから学校教員に転じたが、教育予算が絞られていた時期で、非常勤講師を10年ほど続けていた。非常勤講師は時間給のため、夏休み直前の7月には教員としての月収が3万円という月もあった。父は塾講師もかけ持ちし、母も働いて家計を支えたが、6人家族が暮らせる水準ではなかった。橋本氏は10歳下の弟の面倒も見ていたという。
天然資源のない日本は人を育てることで豊かになったはずなのに、なぜこれほど人を大事にしないのか。高校生の橋本氏はそれが悔しかった。社会に貢献したいという幼い頃からの思いと、この状況を変えたいという思いが重なり、政治家を目指すことにしたと語る。
「普通の政治家にはならない」ための人生設計:20代は自衛官
ただ、橋本氏は既存の政治家と同じ道を歩むことに疑問を持った。問題意識を持った政治家がこれだけいるのに、社会はこうなっている。だから自分はそういう政治家にならないよう生き方を決めた、という。政治家への典型的なルートとしては議員秘書や官僚を経る道があり、橋本氏も「正当な道」と認める。しかし自分は別の生き方を選び、20代は自衛官、30代は民間で稼ぎ、40代から政治に取り組むと計画していた。自衛官としての職務には真剣に取り組んだが、最終目標は政治家だったという。
岸谷氏はここで、「問題意識を持った優秀な人が政界に入っても、政界の構造のせいで問題意識を失うのか。それとも、そもそも優秀な人が政界に行かない構造なのか」と尋ねた。橋本氏は「まさに今自分が直面している課題」と前置きし、政界にも優秀な人は大勢いると感じると答えた。問題は国会の力の弱さだという。議院内閣制のもとで長く政権を担ってきたのは自民党で、党内の論理で物事を決める期間が長すぎた。国会に法案が出る時点で結論は決まっており、多数で通ることもほぼ保証されている。その結果、委員会や本会議の議論は形だけのものになりがちだと指摘した。
そうした状況が続いた結果、国民の間には「国会議員は仕事をしていないのでは」「定数削減や歳費カットをすればいい」という感覚すら広がっている、と橋本氏は見る。本来、民主主義は国民一人ひとりが考えるものだが、全員がそれに専念できるわけではないので、代表者を通じて行動する。その代表者への不満や不信がここまで募っていることも問題だと述べた。永田町に「染まる」ことについては、自分は染まらないよう努めており、染まったかどうかは有権者が判断することだと答えた。竹内氏は、組織に染まりすぎてはいけないが、全く染まらないアウトローでは影響力を持てず世界を変えられないとし、その間で志を持ち続けることが最も難しいと補った。
なぜ国民民主党だったのか:F-2部隊の「張り子の虎」
岸谷氏は、野党から出ても何もできない、自民党の中で上がらなければ国は変えられないと考える人もいる中で、なぜ国民民主党を選んだのかと問うた。橋本氏の答えは、「もう一つの選択肢を用意しなければ民主主義は腐敗していく」というものだった。その緊張関係の形が二大政党制か多党制かについては議論があるとしつつも、自民党に代わる選択肢をつくる必要があると強調した。
この考えの背景として橋本氏が挙げたのが、航空自衛隊での経験である。短い期間ではあるが、福岡の築城基地で青いF-2戦闘機の部隊に所属し、整備の現場にいた。部品も人手も足りず、当時は弾薬も不足していたという。橋本氏が「張り子の虎のようだ」と言うと、先輩から「張り子の虎どころじゃない。顔も欠けているし、片足もないかもしれない」と叱られた。それでも「ちゃんと守れる」とアピールしなければならないため、現場では部品を別の機体から付け替える「共食い整備」で機体を維持していた。
防衛の現場がそうであり、教育の現場でも、自分が高校時代に見たように先生方が教員の仕事だけでは生活できない環境が多くある。こうした社会をつくってきたのは間違いなくこれまでの自民党政治であり、だからこそオルタナティブをつくらなければ変わらない、と橋本氏は語った。
国民民主党を知ったのは、新しい国民民主党の結党から1年ほど経った頃の候補者公募がきっかけだった。「自分の国は自分で守る」「給料が上がる経済の実現」「人づくりこそ国づくり」という主張を見て、「まさにこれだ」と感じたという。自分が経験してきたことを正面から訴える集団があり、それを支えなければ一生後悔すると思った。竹内氏が「当時は立憲民主党のほうが強く、確率論でいえば立憲から出たほうが当選しやすかったのでは」と尋ねると、橋本氏は、ただ議員になることだけを目指すなら大きな党から出ただろうと認めた。そのうえで、戦後の大半で政権を担ってきた自民党に対するアンチをどうつくるかを考えたとき、国民民主党のスタンスが良いと思ったと答えた。実は立憲からも自民からも声がかかり、さまざまな働きかけがあったという。公認を受けた後でも、活動が目立つと声がかかることは人によってはあると述べた。
維新やれいわなど他の改革系政党ではなく国民民主党を選んだ理由として、橋本氏は「新しい政治」の感触を挙げた。岸谷氏が国民民主党のスローガン「対決より解決」に触れると、橋本氏は政策の考え方や文章、動画を見て「一番落ち着いて見ていられた」と答え、政策的な居心地の良さがあったと語った。岸谷氏は、自分が子どもの頃に見てきた立憲・自民以外の野党は、突拍子もないことで注目を集めたり、実現できないキャッチーなことを言ったりする印象だったと述べ、その違いには納得できると応じた。岸谷氏はまた、野党第一党が弱すぎることは憂慮すべき問題だと話した。橋本氏も、この状況では驕りが生まれるとし、最近の農水大臣の発言にも触れた。議員は投票しなかった人も含めた国民の代表者であり、その点を自民党を含む政治家全体で変えていく必要があるという。
代表選への出馬:「国会議員中心の党になっていないか」
岸谷氏は、共感して入った党の代表に挑むことは「反旗を翻す」ようにも見えると率直に尋ねた。橋本氏は、国民民主党は良い集団だと思っているが、自民党に代わる選択肢になるにはまだ足りない部分があると答えた。
根拠として挙げたのは、選挙区での日常的な経験だ。困りごとを尋ねて回ると、2人に1人は「どこの党か」と聞いてくる。国民民主党だと答えると、「玉木さんの党ね」「玉木さんは嫌いだから」と言う人もいる。橋本氏は「玉木さんが嫌いでも関係なく応援してほしい」と頼むが、まだ広く国民の支持を集めていないと感じるという。日本で二大政党制は難しいと考えているが、小選挙区で戦う以上は1位を取らなければならない。有権者にとって「自民党か国民民主党か」という二択にならなければ、特に新人は勝ちにくい。自分に投票した人の中には国民民主党を支持していない人もいるので、そうした声も党内に届けたい。そうして脱皮しなければ、日本の政治で責任ある立場には立てないのではないか、と述べた。
玉木代表や榛葉幹事長の発信力は素晴らしく、103万円の壁やガソリン減税で「30年ぶり、50年ぶりの革命的なこと」を実現したこと自体もすごいと橋本氏は認める。そのうえで、「国会議員が中心の党になっていないか」と問題を提起した。政治家は有権者から委任された代弁者で、議員一人ひとりが代弁者である。それなのに国民民主党の中にも、他党と同じように年功序列や当選回数による影響力の差がある。期数が長い議員には確かに知恵があり、感心させられることも多い。しかし「上の人がすごいから従えばいい」という雰囲気にはしたくないという。自分たちで政策も党もつくっていく感覚がなければ、今の政治のどんよりした空気はひっくり返せない、と橋本氏は語った。
「票数では負けたが、意図としては勝った」
岸谷氏は自らを「勝てない勝負をする気持ちがあまり分からないタイプ」と称し、知名度で圧倒的に勝る玉木氏に勝てる見込みはどれほどあったのかと尋ねた。橋本氏によると、結果は党員・サポーター、地方議員、国会議員のそれぞれで約2割の票を得た。知名度では「アリと象の戦い」だったが、2割を得られたことはありがたいと述べた。
橋本氏は、今回の代表選は党内だけの話ではなく、日本社会全体が政治にどう向き合うかという議論だったと位置づける。その意味で国民民主党を支持していない人々にも届き、そこで発した言葉が今後、さまざまな人を結集させる力になる第一歩になればいい。だから「票数では負けたかもしれないけれども、意図としては勝ったと思う」と語った。
岸谷氏は、自民党の一強が驕りや組織の腐敗を生むのと同じことが、玉木氏が強すぎる国民民主党内にも起こりうると指摘し、2割を取ったなら党内で一つの勢力になれるのではないかと今後の動きを尋ねた。橋本氏は、党の支持率が5%なら、その2割で1%分の支持をもらったと考えているとし、投票してくれた人や、投票できなかったが共鳴してくれた人と一緒に発信や提言をしていきたいと答えた。岸谷氏が「玉木さんをピリつかせるぐらいの存在に」と言うと、橋本氏は党内の緊張感がより良い党にする原動力の一つになると認めつつ、誰かを追い落とす意図ではないと強調した。また代表選は手を挙げれば出られるものではなく、推薦人を集める必要がある。思いを推薦人と共有できたことがありがたかったとも述べた。
新人議員は何をしているのか:最小限の仕事と「調整」の重さ
岸谷氏は、一般的な25歳よりは議員と接する機会が多いが、議員が具体的に何をしているのかは分からないと話す。ピカピカの車でいつもどこかへ移動しているイメージがあり、スケジュールは埋まっているが何も生み出していない人もいるのではないか、と率直に語った。
橋本氏はまず、自分は電車移動が多いと答えた。選挙区が埼玉県北東部なので、東北線で行くほうが早いという。議員の最小限の仕事は、本会議に出席して法案の賛否を示すことだ。衆議院では起立・着席で賛否を表す。その前段として委員会で法案の是非が議論されるので、委員会に出席する。法案に限らず、予算や一般的な事柄について政府に質問することもあり、こうした質問時間は野党に多く配分されている。
さらに、上がってきた提案に賛否を示すだけでなく、自ら提案することもできる。橋本氏は最近、インテリジェンスや安全保障をテーマにペーパーを書いて考えを示しているという。ただ、ペーパーを一人で書くだけなら簡単だが、民主主義は数である。党として、あるいは他党も含めて提案するとなると、その調整が非常に大変だと語った。国政のテーマは教育、年金、安全保障と幅広く、全員がすべての分野に精通しているわけではない。詳しい人から意見をもらって修正することもあれば、詳しくない人に基礎知識から説明して理解を求めることもある。こうした過程は表に出しにくいという。
岸谷氏が「法案を出しただけでドヤ顔される時があるが、受かっていれば誰でも出せる。調整こそが仕事では」と述べると、橋本氏は、法案を出すこと自体にも議論を起こす意味はあるとしつつ、最終的には法案が成立しなければ意味がない、と応じた。
地元に帰りすぎ問題:半分は反論、半分は同意
岸谷氏は、衆院議員が週末のたびに地元へ帰ることについても疑問を投げかけた。地域のニーズを吸い上げる意味はあるが、「投票してね」という売り込みの比重が大きく、永田町での本来の仕事の比重が小さくなっているのではないか、という問いだ。
橋本氏はこれを「本質的な指摘」と認め、「半分反論したいが、半分はそうだと思う」と答えた。反論したい半分は、代表者として投票してくれた人のところに常に顔を出すことの重要性だ。地域の悩みは「事務所に連絡ください」と言って届くものではない。地元の祭りで出てくる「そういえばさ」という話に良い声が詰まっていることがあり、そこから行政につないだり、提案につなげたりすることも実際に多いという。官僚ではなく国民の代弁者として議員バッジをつけている以上、こうした活動は欠かせないと述べた。
同意する半分は、それが選挙対策になっているという点だ。顔を見せることで「自分たちの代議士だ」と思ってもらえる面はあり、日本の政治家全体として選挙対策に時間を割きすぎている傾向はあると認めた。ただしこれは「ラットレース」で、自分がやらなければ相手候補がやる。岸谷氏も「僕だって勝ったら絶対やる」と同調した。橋本氏は、候補者個人の努力に頼るだけでなく、政党の看板によって「この党はこういう考え」と分かるようにすべきだと述べた。自民党については何でもありの状態なので、派閥ごとくらいに分かれてもらいたいと付け加えた。
これを受けて竹内氏は、自民党は権力を持って安定している時は割れにくく、今は高市氏が強いのでまとまっていられると分析した。高市氏の強さに陰りが出れば、自民党が割れる可能性はあるという見立てである。
岸谷氏は、地元へ帰る話を「フルリモートにしてみたが、やっぱり出社したい」という感覚に近いと受け止めた。自分も従業員とオンラインで1時間ミーティングするより、会いに行って話すことが大事だと感じるという。橋本氏は、特に衆院はいつ解散があるか分からないため、今の制度に適応する限り地元に頻繁に戻ることは大事だとしつつ、制度面にも言及した。他国には首相の解散権を制限している例があり、小選挙区以外の選挙制度も多様にある。議員が本来の職務に専念できるような選挙制度や政治制度のあり方はありうるとし、地元回りを「100%是としてはいけない」と結んだ。
臨時国会の代表質問は「伝統芸能」か
最後のテーマは国会の「アップデート」だった。収録時点では、その週の月曜日に臨時国会が始まったところだった。最初の期間は首相が所信を表明し、各党の代表者が代表質問を行う。前日は国民民主党の岡本氏、自民党や維新の代表者が質問に立ったという。全議員がいる場で、10人ほどの代表者の演説と質問を半日聞くことになる。
岸谷氏は「後でサマリーをもらったほうが早い」「ガチで眠くないか」と反応し、竹内氏は「国会の伝統芸能のようなところ」と表現した。橋本氏自身も、2年間やってきて「これは意味がないのでは」と考えながら聞いていたことを明かした。
それでも橋本氏は一定の意味を見いだしている。国のトピックは混沌としており、教育、安全保障、生活と優先順位は人によって異なる。代表者の議論を聞くと、何がよく議論されているのかが見えてくる。委員会になると同じ日に会議が次々と開かれ、通常国会では法案や条約、予算を合わせて100本近くが審議される。そのすべての議事録を読むのは不可能で、AIに読ませてまとめることはできるかもしれないが、一つひとつたどるのは難しい。だから議員が分担するのだが、全員がバラバラに議論しすぎると全体の方向性が見えなくなる。
さらに代表質問では、一方的に聞くだけでなくヤジも飛ぶ。ヤジには批判もあり、橋本氏も「それもそうだ」と認める。そのうえで、一方的な話を聞くだけでなく議場の中からも議論があるべきだという伝統があり、じっと聞いていると「他党でもいいことを言う」と思う時がある、と語った。自分の党の中に縮こまっていては対話の可能性もないため、みんなの場で言葉を使って考えを表明することは議論が進むきっかけになると述べた。
最大のアップデートは「委員会質疑の充実」
国会で最もアップデートしたい点を問われ、橋本氏は「委員会質疑の充実」を挙げた。現状では、与党内で議論し、内閣が決定したものが国会に出てくるため、出てきた時点で「どうせ通るんでしょ」というものになっている。そうではなく、国会で修正を加えたり、議員立法を議論したりすることを国会の常識にしたいという。橋本氏によれば、ドイツなどでは国会に出てから法案がさらに変わることが結構あるが、日本ではそうした慣習が積み重なっていない。
もう一つの問題として、委員会質疑がすべてフルオープンで行われるため、政策アピールの場になってしまう点を挙げた。「私はこう考えている」と言い合って終わってしまう。実際の議論では「ぶっちゃけどう思っているのか」「後ろに支援者がいるのは分かるが、ここはこう考えるべきでは」というやり取りが必要で、それは全面公開の場ではやりにくい。だから議員は会食や飯屋で話したがり、結果として実質的なことが裏で決まっているように見える。岸谷氏が「もう少しクローズドで距離が近く、アピールっぽくない場が必要ということか」と整理すると、橋本氏は同意した。そうすれば会食も減り、「お茶ぐらいでいい」ということになる、というやり取りもあった。
少数与党の1年が示したもの:民主主義のコスト
竹内氏は、橋本氏の指摘は本質を突いていると述べた。日本の選挙制度で自民党が圧倒的多数になると、党内の決定がほぼそのまま政府の決定になり、国会の議論は形骸化する。自民党議員からすれば、時間さえ経てば自分たちの考えが採決される。しかし1年ほど前まで、自民党は少数与党だった。自党だけでは法案が通らないため、国民民主党や立憲民主党の考えを聞き、政党間で調整しなければならなかった。竹内氏は、自民党の政治家にとっては思い通りにならず手間がかかって嫌だったかもしれないが、国会の議論のあり方としては悪くないと思っていた、と語った。
竹内氏は103万円の壁を最もよい例として挙げた。あれは自民党の党内議論だけからは出てこなかった政策で、過半数のない自民党が国民民主党の主張を聞かざるを得なかったから実現したという。岸谷氏は、少数与党と強い野党でいろいろなことが変わり良かったのに、なぜか急に自民党に投票が集まったのが謎だと述べた。竹内氏はその理由として、初の女性首相である高市氏への強い求心力と、野党への配慮に手間がかかりすぎることに苛立ち、一つの党に多くの議席を与えてスピーディーに進めてほしいと考える人が出てきたことを挙げた。
橋本氏は、2月の選挙後、高市政権のもとで「議論に時間をかけすぎ」「スピードが足りない」という論調が出ていると指摘した。首相を国会に釘付けにしすぎている点は他国と比べて改善すればよいが、それと議論を尽くす姿勢とが混同されていると感じるという。民主主義は時間がかかるもので、それは仕方がない。最も早いのは独裁だが、日本人はそうではない政治形態を選んでいる。だから時間を民主主義のコストとして甘受すべきだ、と橋本氏は述べた。自分と違う意見の人に腹が立ち、議論が激しくなることもあるが、それも民主主義だというイメージを、特に期数の長い議員にこそ持ってほしいとも語った。タイパで語れば民主主義はコストに合わないが、自分の声が届いていると思うからこそ人は投票する。そこを軽んじればあらゆるものが崩れる、というのが橋本氏の立場であり、今回の臨時国会はその正念場だと位置づけた。
さらに橋本氏は、自民党内だけで結論が出たように見えても、自民党議員自身が納得していないこともあるはずだと述べた。今の日本ではガチガチの党議拘束をある程度柔軟にし、委員会の中で専門領域を持つ議員が超党派で政策を生み出すやり方も大事だと提案した。
岸谷氏の受け止めと、残された問い
締めくくりに岸谷氏は、自身が子どもの頃の教科書では中国が支援の必要な発展途上国とされていたのに、今では「勝ち筋がない」ほどの大国になったことに触れた。近代の歴史を見ると、トップダウンで一党独裁に近い体制のもと、トップの優秀さに賭けるほうが国の発展は早いように見えてしまう。ここ10〜20年で民主主義の脆弱さが見えてきた気がする、と語った。意思決定の速さや投資の効率は見習うべきで、相手の強さは認めるべきだと考えている。一方で、自分たちは民主主義を選んでいる以上、その民主的なプロセスを否定してはいけない。改善は必要だが、根幹にまで文句を言えば民主主義にするかどうかという議論になってしまう。今の制度設計を前提として尊重し、そのうえで動くべきだと感じた。そのジレンマを学べた、と岸谷氏は振り返った。
橋本氏は最後に、国会議員だけでなくみんなで政治をつくっていかなければ民主主義はあっという間に崩れてしまうと述べ、「みんなで作っていく新しい政治」をやっていきたいと語った。民主主義の時間とコストをどう引き受けつつ、国会の議論を実質的なものに変えていくのか。党内2割の支持を足がかりにそれをどう実現するかは、30歳の議員にとってこれからの課題として残された。
グッドモーニング。こんにちは。なんか春日みたいな、ちょっと。こんにちは。MCやっております、蘭丸です。
日本テレビ報道局解説委員の竹内真です。お願いします。おはようございます。よろしくお願いします。
本日のテーマ、Z世代議員。すいません、大層なタイトルつけていただいてありがとうございます。僕の5つ上、30歳、31の代かな。僕の代的な6つ上になります。ゲストをお迎えしております。国民民主党、橋本幹彦です。よろしくお願いします。よろしくお願いします。ありがとうございます。
かっけえ。ビシッとしてますよね。いや、ビシッとして。なんか竹内さんも心なしか嬉しそうで。嬉しいです。呼んでいただきありがとうございます。ありがとうございます、来ていただいて、お忙しい中。
僕もふんわりと噂には存じ上げていたというか、すごく若い方がいるっていうので。あと、この間の代表選の時に話題になってるのをちょっと拝見してまして、すごいな、若いのにと思って見ておりました。嬉しいです。
じゃあ、まず基本的な情報からそこだけお聞きしたいんですが、今2期目なんですよね。初当選が何年なんですか?
2024年の10月に初当選ですね。石破さんに変わる時ですよね。岸田さんから石破さんになって、今でもまだくすぶってますけど、裏金の問題がいっぱい出て、自民党が非常に叩かれてた時。それをなんとか石破さんで復活させようって思って、衆院選になった時です。
よく考えれば復活せんよなって思いますね、今振り返ると。だから、やっぱり自民党、あの時単独過半数はおろか、公明党と合わせても過半数を失って、すごい久しぶりに少数与党になったんですね。
そっか、そっか。じゃあ、その自民党が落ちたタイミングで出てきた野党の人みたいなイメージなんですか?
ただですね、私の選挙の場合は6人、立候補者がいました。国民民主党でしたけども、当時はもう支持率0.何%の時で。そんなあったんやな。自民がダメだから野党っていうわけには、野党代表というわけにはいかなくてですね。れいわの高井さんいましたし、共産党も維新もいた。当時野党のね、維新。あと無所属で同じ名字の名前の方も出たので。
うわ、きつ。いや、結構楽しいです。それやばいっすね。だからもう本当に橋本だけでもダメだから、下の名前、橋本幹彦まで書いてくださいと。幹彦ですと。幹彦です。
ということでしたし、やはり維新の方が客観的に見たら政党支持率は高いわけです、選挙前はですね。れいわも伸びていた時だったので、山本太郎も何回も私の選挙区に来てましたから。かなりそういう意味だと、私はその一番最初の選挙は、本当にどうやって選択していただこうかなと。そういうところは大変でしたね。
しかも、共産で、維新いて、れいわいて、無所属の橋本さんがいて、自民党がいて。自民党がいて、私が。すごい闇鍋みたいな選挙だ。いろんなところといろんなのが混ざった。そこで勝ったんすか?
そうです。そこで初めての当選。すごい。勝因は何だったんすか? だってダブル橋本だし。
その地域でいろんな政治の歴史があるわけです。国民民主党ということではなかったけれども、無所属でやっていたけれども、自民ではないけれども志を持って政治をやっていた方々がいらっしゃって、その方々の心をどうやって結集させようかと。かなりいろんな人を回りました。もうそんな人も回るのっていうぐらい声かけて、いや、私はこういう思いなので。とにかく、党は嫌いかもしれないけれども、応援してくれないですかっていうことも、言ったこともあり。
その、野党でもいい人がいたら入れます的なカルチャーがある土地だったんですか?
そういう地域もありますね。私の選挙区ですと、農地もあれば、工業団地もあれば、住宅地もあればと。結構多様だった。多様ですね。そういう中でどうやって地域のインフルエンサーを見つけていくかと。その方と信頼関係を築いていくかと。
なるほど。私の場合は落下傘ですから。その地域にもともと知ってる方がいたわけじゃないので、もうゼロからのスタートでした。昔から政治をやっていた方々が、橋本だったら託していいんじゃないかということを言っていただいて、本当にありがたいことですね。
そん時が28歳で、それ小選挙区で勝ったんですよね。そうです。一番最初の。それめっちゃすごくないっすか? いや、すごいっすよ。大空君が最初勝ったのって25ですよね、確か。25の時、大空君勝ったけど、あれ比例ですもんね。
そうです。石破さんになって自民党が苦戦してる時だったんで、大空さんも前評判は結構高かったと思うんですけど、やっぱり選挙では勝てなかったんですよね。
あれ、大空君でも結局勝てないんだと思って。僕なんて大空君が抜けた穴のところにスポッとはまったんで。キャラクター的に、立ち位置がね。そうです。もうちょっと大空君よりも危なっかしいよね、みたいなやつが出てきたっていうはまり方をしたんで、そこから先輩がどうなるんだろうと思って見てるんすけど。大空君でも勝てないんだなと思った覚えがすごいあったんすけど、そんな中で小選挙区で勝つのはかっこいいっすよね。
これね、めちゃくちゃすごいですよ。すごいですか? 簡単じゃないです。あんまりいないですか? いないと思いますね。あれは別ですよ。例えば、おじいさんの代から代々やってますみたいな人は、20代とかで選挙で当選するって方は結構いますけど。本当に、例えば選挙区とご縁がなくって、落下傘候補っていう、落ちてきたみたいな感じで言うんですけど、それはなかなか、ほとんどいないんじゃないですかね。
組織票なんかもほとんど出ない地域ですから、やはりこの無党派と言われる方々にどうやってアプローチしていくかっていうのはかなり大変で。朝から晩まで、始発から終電で、20時間ぐらい駅前に立ち続けて。
やっぱ駅なんだ。駅だけではないですけれども。でかいんすね、でも。やはり朝から晩までやってると、20時間立つと、普段会えない方に会えるので、あ、こういう人がいるのね、まず知ってもらう。その中で、朝だと忙しくてみんな「はいはい」って行ってしまうわけですけど、帰りにもう1回会うと、ちょっと話してみようかなということで。
なるほど。会話が生まれて、それで「ああ、なるほどね」ということで、輪がじわじわと広がっていったということです。タイパの悪いインフルエンスのやり方ですけども、そういうことをやらないとなかなか政治の世界は変わっていかないというのも事実だなと思います。
なるほどな。そんな橋本さんですけれども、そもそもなぜ国会議員になったんでしょうかっていうところから。いろんなところで話されたかもしれないんですが、改めて聞いていければと思います。よろしくお願いします。
私は高校3年生の6月に政治家になろうと思いました。高校生です。高3の夏休みの前ですね。それまでは大学行って外務省入って、外交の仕事に就きたいなと思ってた。
分かるんだ。分かります、分かります。僕、中学生ぐらいまではちょっとそう思ってました。そうなんだ。杉原千畝とか新渡戸稲造とか、そういった伝記を読んで、いいなと。世界で活躍して、世界のために、日本のために働けるというのは、そういう人物になりたいなと思ってたんですが。
実際高校に入って、高校の先輩が出て官僚になった方もいて、そういう方の話を聞いてると、ちょっと思ってたのと違うなと。やっぱり裁量というのは、それこそ年の功じゃないけど、なかなか生まれてこないし。自分自身がどうやって社会にインパクトを与えていけるのかなということを考えていたと。
高校生。確かに、そのきっかけなんすか? そっちになりたいと思った、官僚になりたいと思ったのとかっていうのは、普通に伝記を読んだとかなんですか?
伝記を読んだのもそうだと思いますけども、やっぱり世のため人のために貢献したいという思いは小さい頃からありました。割とそういう原体験ベースのところで、人のために働きたいみたいなのがあったってことですか。そうですね。それでどうしたらいいのかなという思いがある中で、高校に入って。
高校に入ったタイミングで、私は公立の県立の高校だったんですが、その前年から公立高校の授業料が無償化になったんです。要は政権が変わって政策が変わって、自分の生活にも影響が出てきたと。まさに民主党に変わった時に、公立高校の無償化になったので。
その時か。私は結構それに助けられたんですね。4人きょうだい、6人家族で。父はもともと出版社に勤めていたんですが、当時学校の先生になっていたんですけども、当時教育予算がぐっと絞られていたので、非常勤の先生というのを10年ほどやってたんですね。
それは大変ですね。非常勤の先生、とても給料安いですし、時間で給料が決まりますから。例えば夏、7月、夏休み時期になってくると、月の教員としての収入が3万円とかいう月もあったんですね。
普通に学校に行かないからってことですか? そうです。なので、その分塾講師やったりとか、母の夜勤やったりで家計を支えてましたけども、とてもじゃないけど4人きょうだい、6人家族が生活できるような。それは大変だ。誰か飯も作んなきゃいけないし。
弟も10個離れてますから、面倒も見たりしてましたけども、とても悔しかったんですね。日本は天然資源のない国ですから、人を育てて、それでこんなに豊かな日本になったのに、なんでこんなに人を大事にしないのかなというのを、高校に入った時に思ってですね。そのもともと社会に貢献したいという思いと、変えたいという思いが掛け合わさった時に、じゃあもう政治家になろうと思ったんです。
ただ、政治家と言っても、既に政治家になってる方々はたくさん先輩方がいるわけで。普通の政治家と言ったら大変恐縮ですけれども、今まで政治家の方がたくさんいて、いろんな問題意識を持ってるはずなのに、こういう社会、日本になってると。だから自分はそういう政治家にはならないようにしようと思って、生き方を決めたんです。
生き方っていうのは、まっすぐ生きるぞ的な、その指針ってことですか? そうですね。例えばよく政治家になるという時には、議員秘書、議員の秘書をやりますとか、官僚になってから議員になります。あるルート。ありますよね。それはそれで悪くないというか、正当な道ではあります。
正当な道だと思いますけども、私はちょっと違った生き方をしようと思ってですね。20代は自衛官をやろうと。
ゴールがあっての、手段としての自衛官だったんですね。自衛官としてもしっかりと思いましたけど。職務中はそれだと思いますけど、最終ゴールは政治家を見据えた上で自衛官だったんですね。そうです。ただ、自衛官だけじゃなくて民間でも勤めた上で、30代は民間で稼いで、40代から政治をやろうと思ってたんです。
ちょっと戻っちゃいますけど、さっきおっしゃってた、政治家もみんな問題意識を持ってて、いい感じの人がいるはずなのに、日本が現状満足できないことになってると。これって、問題意識を持ってる優秀な人が政治家になったけど、政治界が良くないからみんな問題意識がなくなっちゃうのか、もしくは問題意識は持ったままだけど、普通に優秀な人があまり行かない構造になってるか、どっちだと思います?
これ難しいですね。まさにそれは今私が直面してる課題です。どうやってこの社会を変えていけるのかというところですけれども、政治の世界にも優秀な方はたくさん入ってると私は感じます。ただやはり、国会の力というのは日本だとまだまだ弱いなと思いますね。
法律、お金の使い道、予算も決めてますけれども、ただ議院内閣制ですから。その政権をずっと担っていたのは自民党だったわけで、やっぱり自民党の中の論理で決めてくるという期間が長すぎたと。
それはそうですね。そうするとどうなるかというと、国会の委員会ですとか本会議の議論というのが、得てして形だけのものになりがち。うちは身内で決めるから、国会的なものが儀式化しちゃうとか、形骸化しちゃうというか。そうです。
やっぱり議会で多数を持ってる人たちが内閣を作って、内閣の議論よりも前に党内の議論をやりますから。国会に出てきた時にはもう結論が決まっているし、多数を取れるということがある程度保障されてるという国会が、この戦後長く続いてきたと。
だからやはり国会というのは本来は国民の代表者であるんだけども、国会での議論というのはなかなか地に足ついたものに、噛み合って改革につながっていかないし。そういう環境の中で、国民の多くは、国会議員ってあんまり仕事してないんじゃないのとか、定数削減したらいいんじゃないの、報酬カットしたらいいんじゃないのというような感覚すらあると。政治不信という言葉、よく言われますけども。
本来は国民一人一人が考えていくのが民主主義だけども、でも全員がそれにフルコミットできるわけじゃないから、代表者を通じて行動していくというのが、本来日本の政治のあり方だけども。国会議員に対する不満とか不信感というのがここまで募っていると、やはりそれも噛み合っていかないんじゃないかなと私は思いますね。
なるほどな。じゃあ両方ってことですよね。優秀な人もいるけど、問題意識、志がある人は結構、特に若い人なんて多そうですし。多くあるが、構造的な問題っていうところと、積み上がったレガシーみたいなものがだんだんやる気を削いでいくのか、国会っぽい、長老的なフォルムに人を変えていくのかみたいなことですよね。
そうですね。永田町独特のものってあると思います。行かれてみてどうですか? ありますよ。永田町に俺染まってんなって思います?
私は染まらないようにと思ってやってますし、染まった時はそれは有権者が判断することだと思いますけれども。やはり、染まらないとやっていけないっていうのもあるんだろうなとは思います。それマジであると思う。
そこは一番難しくて、その組織に染まっちゃダメなんだけど、やっぱり一定の力を得るためには、その世界の中で支持を獲得したり影響力を持たなきゃいけない。だから全く染まらないアウトローだと、やっぱりその世界を変えることができなくなってしまうっていう。ここは逆に言うと、志を自分の中で持ち続けないと、やっぱり大きいものに流されちゃう。
あるな。それで言うと、一部の人、これも分かるんですけど、一部の人は、野党から出たとて何もできんと。実際そうじゃないですか。いっぱいいる。自民党から出ないと意味ないじゃん、みたいな。みんな志と目標があって、通る手段が違うわけじゃないですか。自民党から出て、自民党の中で上がっていかないと、結局本当に国を変えるっていうのはできない。もしくは、だから与党入りするんだっていう野党の人たちもいるわけじゃないですか。みんなそれぞれ自分のためのロジックだなと思うんですけど。それで言うと、なんで国民から出ようと思ったんですか?
私はもう一つの選択肢を用意しなければ、民主主義は腐敗していくと思っています。その緊張感のあり方というのが二大政党なのか多党制なのかというのは、いろいろあると思いますけれども、やはり私は自民党に代わる選択肢を作っていかなければならないと。
特に自衛隊にいた時、私は航空自衛隊で、短い間でしたけども航空機の整備の現場にいました。F-2戦闘機という青い戦闘機の部隊に、福岡の築城という基地におったんですが、もう部品が足りない、人手もない。当時は弾薬もないというような中で、張り子の虎のような状況だったんですね。
ただ、私は張り子の虎だって言ったら先輩に怒られてですね。「橋本君ね、張り子の虎どころじゃないんだよ」と。「もう顔も欠けてるし、片足もないかもしれないし」と。本当にそういうような状況です。でもそれでもなんとか、ちゃんと守れますよということをアピールしなければならないので、現場の方々が部品がない中で、共食い整備と言って、部品を付け替えて一生懸命維持してると。
こういう現場がまさに防衛の現場でもありますと。あるいは教育の現場も、私が高校生の時に経験したような、先生方もそれだけでは生業にならないような環境というのがたくさんあると。こういった社会を作ってきたのは間違いなくこれまでの自民党の政治であるんだから、ではそれはオルタナティブ、代わる選択肢を作っていかないと変わっていかないんじゃないかというのが思い。
じゃあ、立憲には期待できなかったと。私は国民民主党の候補者公募が、それこそ新しい国民民主党ができて1年ぐらいした時にあって、その時に初めて国民民主党を知ったんですね。「自分の国は自分で守る」「給料が上がる経済を実現」「人づくりこそ国づくり」。まさにこれだと思ったんですね。人づくりこそ国づくり、その通りだよと。自分の国は自分で守る、まさに自分が経験してきたことじゃないかと。
こういったことを正面からストレートに訴えている集団がいて、それを支えないと一生後悔すると思って。それで、小さくてまだまだ足らざるところはあるかもしれない。当時、立憲の方が強かったですから。
全然そうですよね。そういう意味でいくと、当選の可能性だけ考えると、国民民主党から政治に参加することって、確率論だけで言えば、たぶん立憲民主党から出た方が確率高かったんじゃないかって。ちょっと損得っぽい話になりますけど、そういう現実的な話もあり得ると思ったんですけど。確率が低くても国民民主党から挑戦しようと思ったのはどうしてなんですか?
やはり今の政治に対する、このままでは良くないと。この自民党という、日本の戦後をずっと、その多くを政権を担ってきた、もはや政治形態ですよね。ここに対するアンチをどうやって作っていこうかという中で、国民民主党のこのスタンスというのはいいなと思ったと。そこで志を貫いていかないと。単に議員になることだけ目指したら、おっしゃるように大きな党から出たと思いますが。
立憲のちょっと違うなと思ったところっていうのは、やっぱりあったんですか、橋本さん的に。行きますね。立憲も自民も、どちらからも声がかかりました。いろいろな働きかけがありました。
声かかるってどうやって来るんですか? メール来るみたいな。メールじゃない。そうですね。国民民主党で政治活動をしてますというと、やはりそれなりに活動してると。引き抜きがあるんだ。そう、いろいろ目立ってきて。
じゃあ、国民民主党から公認を受けましたの状態でも引き抜かれるってことですか? それはあると思います、人によっては。マジっすか? じゃあ、国民の公募あるじゃないですか。公募に行って、玉木さんなり誰かなりに「君いいね」って言われて、やろうっつって活動を始めるじゃないですか。いろんな人にご挨拶とかに行くってことですよね、たぶん最初は。とかをやってると、噂が広がって引き抜きがあるってことですか? とかですね。声がかかったりはする時ありますよ。
でも他にも、例えば日本維新の会とか、それこそれいわ新選組とか、自民党はダメだと、改革した方がいいんじゃないかっていう主張をしている政党とか政治団体って他にもあったと思うんですけど。その中で橋本さんの心を国民民主党が、そして玉木さんが捉えたのは何かあったんですか?
やはり新しい政治だなっていう感じはあったんですね。対決より解決とか。確かにそういうので言うと少ないかもしれないですね。
当時とか、俺らが子供の頃から見てきてる野党って、立憲、自民系以外って、突拍子もないことをやってアテンション集めるみたいなのばっかりだった。歌出すとか踊るとかそんなイメージとか、とんでもなくやばいことを言い出すみたいなのとか、できもしないキャッチーなことを言うとか、そっち系じゃないですかね。要は、なんとかして一定層の、ごく一番小さい層の票をもらうために、なんか分かんないけど暴れてみるみたいな人ばっかりだったっていう印象だったから。っていう意味では、すごい違うっていうのは納得はできるかもしれないです。他に選択肢はあんまりなかっただろうなと思います。
やはり政策の考え方ですとか、文章ですとか、あるいは動画で配信されてるものを見ていて、一番落ち着いて見てられるなっていう感じがあったんですね。そこが政策的な居心地の良さというのもあってですね。国民民主党。
そうですよね。ただ個人的にも、野党第一党が弱すぎるっていうのはマジ由々しき問題だと思うんで。1回それで僕なんか……ましたしね。でも本当に野党が弱いって結構マジで問題だと思うんで、超頑張ってほしいっていうのはあって。
本当おっしゃる通りです。この状況だとどうしてもおごりというのは出てきますし、それが最近の農水大臣の発言なんかもですね。国民の代表者ですから、バッジをつけてる者は。国民、それは投票してくださった有権者もそうだし、投票しなかった人の代表者でもあるわけですから。その辺りを、自民もそうですし、政治家全体、変えていかないといけないなと思いますね。
それで言うと、代表選出られたじゃないですか、国民の。それは言ってしまえば、ちょっと反旗を翻すじゃないですけど、自分が共感して入ってきた党の首を替えてやろうみたいなふうにも見えるじゃないですか。なんで出たんですか?
私は国民民主党がいい集団だと思って入ってます。この集団をしっかりと、先ほど述べたような自民党に代わる確かな選択肢にしなければならないと。そこにはまだまだ足らざるところがあると。
これは身近な経験ですけど、私の選挙区で活動するわけです。私がこういうことをやってますと、何か困り事ありませんかと言うと、大体2人に1人は「どこの党?」って聞くわけですね。国民民主党ですと言うと、「ああ、玉木さんの党ね」と。「玉木さん嫌いだから」っていう方も中にはいらっしゃる。それはいるでしょうね。
そう言われた時には、玉木さん嫌いでも関係なく応援してくださいということは言うわけですけども。中には「いや、そんなことないですよ」とかも含めて言いますけれども、まだまだ広く国民の支持を集めてないなと私は思います。
特に私は、日本で二大政党というのは難しいとは思ってますけれども、それでも小選挙区で戦うということは。1位を取らなきゃいけないわけですからね。そうですね。その自民党なのか国民民主党なのかという2択の選択肢にしていかないと、選挙で勝つのはなかなか難しい。特に新人にとっては難しくなってきます。
そういう意味において、ちゃんと有権者に向き合う。私に投票してくださった方の中には国民民主党を支持してない方々もいるので、そういう方々の声も含めて、党内でしっかりと受けていくと。今の国民民主党、いいところたくさんあるけれども、でもこうやって脱していかないと、いよいよこの日本の政治において責任ある立場にならないんではないかという意識があってですね。
ご自身なら逆に今の国民民主党よりも、もっとプレゼンスの大きい、認知される党にできると思ったってことですか? さらにその幅を広げたいということですね。もちろん玉木さんや榛葉さん、この発信力というのは素晴らしいものだと思いますし、103万円の壁やガソリン減税といった、30年ぶり、50年ぶりの革命的なことができて、それ自体もすごいと思います。ただ、やはり国会議員が中心の党になってませんかとは私は思いますね。
面白い。どういうことですか? 政治というのはやはり代弁者ですから。有権者から委任されてバッジをつけてるわけですけれども。一人一人の議員が一人一人の代弁者であるわけですけども、どうもやはり国民民主党の中にも、他党と同じように年功序列であったりだとか、期数といったことで影響力の多寡がある。それ自体は期数が長ければ長いほどもちろん知恵があります。すごいなと思わされる時たくさんありますけれども。
やはりそこに対して、もう上の人すごいから従えばいいじゃないかというような雰囲気にはしたくないと。自分たちが作るんだと、私たちが政治を担っていくんだという感覚がないと、私は今の政治のこのどんよりとした雰囲気はひっくり返せないと思ってるので。自分たちで作っていく、政策も作っていく、党も作っていく、そういう国民民主党なんですよということを私はやっていきたいなと思ってます。
なるほどな。僕、個人的な性分として、あんまり勝てない勝負をする気持ちが分からないタイプなんですよ。勝てるからやる、もしくは勝てる算段があるからやるっていうタイプなので。客観的に見ると、玉木さんに勝つのはだいぶきつくないかと思うんですけど、どれぐらい勝算ありました? どれぐらい勝てると思ってたんですか?
そうですね。結果を開けたら、党員・サポーター、地方議員、国会議員、それぞれ2割の得票をいただいたと。これ本当にありがたいことだと思います。マジですごいと思います。おっしゃるように、知名度でいったらもうアリとゾウの戦いですけども、それでも2割いただけたというところは本当にありがたいことですし。
私は決して今回の代表選というのは、国民民主党の党内だけの話をしていたとは思わないです。日本社会全体でどのように政治に向き合っていきますかという議論をしていたので、その意味で私は勝ったと思いますよ。それをしっかりとやって、国民民主党を支持していない方々にも、やはり私は届いたと。
確かにあれはすごい話題になりました。その言葉が、落としていった言葉が今後力となって、いろいろな、政治はやはり力ですから、いろいろな方々を結集していく。その第一歩になれば、私は出た価値を出したということで。票数では負けたかもしれないけれども、意図としては勝ったと思います。
なるほど。それで言うと、さっきおっしゃった、自民党がずっと強くて、この一強時代、モノポリーみたいなものが続いて、おごりも出てくるし、組織として体制として腐っていくよねって、めちゃくちゃそうだと思うんですけど。同時にそれって国民民主党内にも言えるじゃないですか。玉木さんがあまりにもずっと強すぎると組織ってマンネリ化するし。2割取れたんであれば、結構一個の勢力として、今の政界における国民民主党ぐらいのポジションを国民民主党内で橋本さん取れるじゃないですか。今後の動きとしてはどうやっていくんですか? たぶん抱いてらっしゃる問題意識ってそこなのかなと思ってて。どういうムーブをします、今後。
国民民主党の支持率が5%だとすると、2割ですから1%分の支持率はいただいたかなと思ってます。やはりこのいただいた期待というのは本当にありがたいことですから、党内で、投票してくださった方も、あるいは投票はできなかったけど共鳴してくださった方々と一緒になって、様々な発信ですとか提言というのをやっていきたいと思ってますね。
玉木さんをちょっとピリつかせるぐらいの存在になってほしいです。やばいな、下が突き上げてんな、みたいな。大事じゃないですか。そうですね。やはり党内でも緊張感があるということが、さらにいい党にしていこうという原動力の一つにもなりますから。
決して党を割るとか、そういう意図があるわけではないです。もっといい政治をしていくためには、やはり私は、有権者、国民の期待に応えるというのは、今回の代表選に出るということだったと思いますし。その思いに、代表選挙というのは手を挙げた人が立候補できるわけではなくて、推薦人も集めなきゃいけないので。そうですね。そういった思いを推薦人の方々と共有できたということですから、本当にありがたいことですね。
なるほど。次が、政治家になってみて感じたことを聞いて、これ新人議員って何するのっていうテーマか。確かに議員は何をしてるのかをガチで知らないのはあって。僕、たぶん一般的な25歳よりは議員との付き合いあるんですけど、分からない、まだ。具体的にはね。まだ分からない。いつもどこかに行ってるイメージ。車が迎えに来て。ピカピカの車でいつもどこかに行くっていう仕事のイメージ。
イメージとしては間違ってない。確かにそういう。マジで暇そうな人がいる、本当に暇そうな人。アポは詰まってますよ。頭のリソースが空きまくってるみたいな。その日の夜何食うかしか考えてなさそうなやつら、いっぱいいません? 分かんない、僕はそのイメージです、結構。だからスケジュールは埋まってるけど、特に何も生み出しているわけではないみたいなのが、僕の中であるイメージなんですけど。新人議員、確かに何してるんですか?
そうですね。まず移動、私は電車も多いです。私の選挙区が埼玉の北東部ですけども、もう東北線で行った方が早いので、電車で、地下鉄で移動するということが多いですけれども。議員が何をしてるのか、ミニマムで言うと、法律の賛否について国会に出席して、本会議場で、衆議院の場合は起立・着席で賛否を表すと。これがミニマムの仕事ではあります。
誰かが作ってプロポーザルを上げてきた国会のやつを、賛成か反対かっていうのを自分の立場を表明するっていうのが、ミニマムの仕事だと。そうですね。
法案の賛否だけではなくて、その前の議論が国会の委員会で行われることが常ですから、その委員会に出席して、この法案がいいのかどうなのか。あるいは法案に結びつかなくても、例えば予算とか、あるいは一般的な事項、法案や予算以外のことでも、政府に対して質問していくというのが、主に野党の方がそういった時間配分も多いですけども、議員のミニマムの仕事というとそういったことだと思います。
ただ、まさに上がってきたプロポーザルだけではなくて、自分から提案もしていくということも、議員ができることですし。やろうと思えばできると。そういったところをやっていくと、かなり大変です。特にプロポーザルというのは、自分一人でペーパーが書ければ、それで終わりですし、私も結構ペーパーを書くんです。こういったテーマについてどう思うか。最近だとインテリジェンスとか安全保障とか、そういったところのペーパーを書いて、こう考えてますっていうことも出しますけども。ただやはり民主主義は数ですから。
例えば党であるとか、あるいは他党も含めて一緒になって提案していくということになると、その調整がかなり大変ですね。調整っていうのが結構労力としてはでかいですか? 大きいですね。ですよね。
コンテンツに魂を注ぐのもそうなんですけれども、やっぱりそれだけだと、あなたが考えてるだけでしょということになるので、みんなこう考えてますよというところを作っていくというのはかなり難しいと。それは国ですと、例えば教育の話から年金の話から、安全保障とか幅広いですから、みんながみんな全ての分野に精通してるわけではない。
なるほど。自分が一日の長があると思うところについては、そうやってプロポーザル、提案をまとめるわけですけども。でも当然それを、あんまり専門性のない方も含めて理解していただかないと、じゃあ党として出しましょうねということにならないので。やはりその調整の過程というのは、表には出しづらいところもありますね。
よく知ってる方からもいろんな意見をいただくこともある。あるいは中にはよく知らない方もいるから、その方には基礎的な知識も含めて伝えていかなければならないとなると、表の議論ばっかりだけではなくて、裏でこういうことなので理解くださいという時もあれば、逆に意見をいただいて、じゃあ私はここを修正しますねということ。
確かに、法案出すだけでドヤ顔される時あるじゃないですか。あれ、いや、それ誰でも出せるでしょ、受かってればって思っちゃうんですよね。その調整するところが仕事じゃんって。
やっぱり法案を出すのでも様々な調整があると思います。なかなかまとまらない法案というのもありますから、それはそれで、法案を出すこと自体も、一つ議論があるというところで意味はあるとは思いますけども。ただ結局は、その法案が通らないと、成立しないと。そこだと思うんですよ、どの政治家っていうか。
あと、僕いつも気になってるんですけど、衆議院の方ってめっちゃ地元帰るじゃないですか。帰る。マジで帰ってるじゃないですか、週末とか。帰らない人はダメな人ですね。ですよね。もちろん衆議院って各地域の代表が集まってきてるわけで、その地域のニーズを吸い上げるっていうのはもちろん大事だし、効率的だなと思う一方で。近場ならいいっすよ、埼玉とか割とまだ行きやすいじゃないですか、電車で。地方にボコボコ帰るじゃないですか。あれ、どれぐらい意味あるのかなっていう。地方帰りすぎじゃね、とも思うんですよね。
そこはバランスでしょうね。そこめっちゃ難しくないですか? 帰ってる意味合いって、もちろん地方の意見を吸い上げたいですもあるが、同時に、まだまだ投票してねっていう下心も絶対にあるじゃないですか。それはあると思います。
つまり、投票してねっていう、投票を呼びかける、当選するっていうことが目的にかなり大きな部分を占めていて、地元の声を吸い上げる、普通に永田町で仕事をするっていうことの比重って結構少なくなってるんじゃねと思うんですけど、これどう思います?
今のご指摘は本当に本質的だと思います。私は半分反論したい、でも半分そうだなと思うんです。半分反論したいのは、やっぱり政治家というのは代表者なので、投票してくださった方々のところに行って、常に顔を見せておくことっていうのはやはり大事だと思います。
地域の声や悩みの声というのは、「衆議院議員橋本幹彦事務所、ここにあります。お困り事があったらここに連絡ください」と言って来るものではないんですね。やはり地元のお祭りに行って、「そういえばさ」っていうことってあるんですよ。その「そういえばさ」の中にかなりいい声が詰まってることもあるし、じゃあそれもう本当に大変だから、ちょっとすぐに行政につなぎますねとか、これ提案しますねということもたくさんある。これも実際あるので。それはやっぱりやっていかないと。官僚ではないので、国民の代弁者としてバッジをつけてるので、その活動はやっぱりやっていかなきゃいけないと。
でも一方で半分共感すると言ったのは、それが選挙対策になってるんじゃないんですかっていうの。いや、その通りです。ただ、そういう顔を見せる中で、自分たちの代議士だよねって思ってくださるというのはあると思いますけども、やっぱりちょっと選挙対策というところに時間を割きすぎてるというのは、日本の政治家全体の傾向としてはあると思います。
ただこれは、もうレースなんですよね。制度上しょうがない。制度上、もうこれ自分がやらなければ相手候補がやるわけですから。僕だって勝ったら絶対やりますもん。やりますよね。合理的な、それが。そう。だからやはりここは、もちろん私は個人、その候補者の努力というのは大事だと思います、当選するにあたって。
ただ、それだけではなくてですね、やはりある程度、政党という看板の中で、この党は大体こういう考えだよね、この党はこういう考えだよねと。自民党の場合ちょっと例外で、あれも何でもかんでもごった煮なので、そこはもうちょっと派閥ごとぐらいに分かれてもらって。
そろそろ誰か自民から独立してほしいですよね。そうですね。そろそろですかね、進次郎さんとか。
これね、自民党はやっぱり自分たちが権力を持って安定的な時は、なかなかどうですかね。今は高市さんっていう人が強いからまとまってられるんで、自民党の他にあんまり勢力がない。だから政党間で言えば今みたいな状況がいいわけです。自民党が一番強い時で、要するに野党に脅かされないと自民党の中で争うしかないので、そういう意味でいけば高市さんの強さに陰りが出てきたら、自民党が割れる可能性はあると思います。
でも、すごいさっきおっしゃったこと本質的だなと思いましたね。確かに思いました。多分俺らが会社をフルリモートにしてみたけど、やっぱ出社したいわっていうのと近い感覚なのかなと思いました。
そういうのあると思います。人間なんで、やっぱり面と向かってみたいな。
僕も絶対にそうです。やっぱその従業員と1時間ミーティングを取るんじゃなくて、会いに行きたいっていう。会って話すっていうことがめっちゃ大事っていうのは超思うんで。なるほどな。それは一点納得。
だから選挙対策だけなわけではないと思いますね。納得でした。そうですね。ただやっぱり、特に衆院の場合はですね、いつ解散があるか分からないと。
やっとかなきゃってなりますよね。
これはこれで一政治家としてはですね、今の制度に適応する以上は頻繁に地域に戻って地元の方と接触していくということは大事だと思うけれども、例えば他国を見ると、こういった首相の解散権を制限していたりだとか、あるいは選挙制度上もですね、小選挙区以外のやり方も多々あるわけですから。もうちょっと議員が議員としての職務に専念、その有権者としてもですね、行けるような選挙制度のあり方ですとか、あるいはそういった政治の様々な制度の保障というのはありうると思いますから。
だから私が半分反論したいけど半分そうだと思うと言ったのは、やっぱりそれを100%是としちゃいけないなと思います。
なるほど。制度設計に問題はあるけれども、別にそこが重要だということは変わってない。なるほど。分かりました。ありがとうございます。ラストトピックに行きたいんですが、アップデートという話です。Z世代議員とか言われてますけど、すごい、Z世代なんですね。
一番最初のZ世代です。そうです。95年なので、Z世代の始まりの頃ですね。
Z世代代表とか僕言われてね、うんとしてましたけど、いらっしゃいましたよ、上が。上の方がいらっしゃいましたよ。本当の代表の人がいらっしゃいましたから、びっくりしたんですけれども。やっぱり新しい世代が政界に入っていって、大空君とかも含めですけど、だんだんZ世代みたいな人たちが出てきたと。どう国会及び国の運営、ガバメントみたいなものをアップデートしていくかっていうことを話したくて、今、臨時国会やってるということですよね。まず今何やってるのかって教えてもらいたいです。
今ですね、今週の月曜日から国会が始まりました。1週間ぐらいはですね、全体の話なんです。つまり総理がどういうことをやりたいですということを伝えて演説して、それに対して代表質問という形でやるので、あまり全員で議論するというような感じじゃないです。
代表質問って党代表者がやるんですか?
そうですね。党代表者ということですね。ですので、昨日あったのは岡本さんで、あと自民党の代表の方、維新の代表の方という形でして、1日、半日議論して。
全員で議論するんですか?
全員がいる場で演説があると。全員がいる場で代表者が質問する。そうです。
めっちゃそれ、後でサマリーとかもらいたくないですか? 全部聞くんすか?
そうなんです。サマリーは出ます。議事録という形で、サマリーは出ますというか、その議事録が出てきますけれども。
代表者10人ぐらいが喋ってんのを半日聞くんすか?
そうです。そう、そう、そう。
きつ。もう無理だわ。
こういうのが国会の伝統芸能みたいなところです。
ガチで眠くないですか?
だからやっぱりそういうところで、寝てる議員がいるっていう話もありますけども、ただ議論の効率としていいかどうかっていう議論も、またやっぱりそもそも論としてあるんだと思うんですよね。
それきついな。半日聞くだけは無理だな。そうなんだ。
ただ私もですね、2年間やっていて、何かこれ意味ないかなと思って、考えながら聞いてましたけど。
意味はない。絶対、最初のアジェンダもらって、後からまとめたやつもらって、ふーんって思う方が早いもん。
ただですね、やっぱり国というのはかなりトピックが混沌としてると。例えば教育が大事だと思う人もいれば、安全保障が大事だと思う人もいれば、もっと生活のことが大事だという方もいれば、色々な優先順位があるので。じゃあ、この人は、よく議論されるのはこういうことなんだなというところはやはり見えてきますし。じゃあ議事録だけ読んでくださいとなるとですね、例えば今の代表質問ですけども、委員会の質問になってくるとですね、もう同時に、1日に同じところで何度も何度も会議がポンポンポンポン出てくると。
1回の通常国会ですと、100本ですね、100本いかないぐらい、法案ですとか条約ですとか、予算も含めてあるので、その議論の全ての議事録を読むのは不可能だと思います。AIに読ませて、まとめようというのはできると思いますけれども。それを読んで全部、1個1個たどっていくというのは難しいので、だからこんなに国会議員が分担していくということでもあるけれども、ただみんながバラバラで議論しすぎると、やっぱり全体の方向性も見えてこないので。
やはりその代表者が議論してる中で、ただ一方的に聞いてるだけじゃなくて、やはりヤジも飛ぶわけです。
出た、出た。
ヤジで行儀悪いっていう意見もありますし、確かにそれもそうなんですけれども。だから一方的な話を聞くだけじゃなくて、中からも議論あるべきだみたいな伝統もあると。そういうしきたり、古くからのしきたり。じっと聞いていると、確かにそうだなと思う時ってあるんですよ。他党でもいいこと言うじゃんと。
やはりそういうことがないと自分たちの党の中で縮こまって、様々な対話の可能性もないので、やはりそこは自分たちはこう思ってるぞというところをみんなの場で、言葉を使って表明していくというのは、議論が進んでいくきっかけにはなると思います。
それで言うと、国会の中でもうちょっと具体的にここをアップデートしたいっていう、アップデートのポイントって何だと思います?
私はやはりですね、その委員会質疑の充実化だと思ってます。何かというと、先ほど、結局は与党の中で議論して、内閣が決定して、出てきたものが国会に出てくるので、もう国会に出てきた時には、どうせこれでしょというようなものになってる。そうではなくて国会で様々な修正であったりだとか、あるいはそれこそ議員立法ですとか、そういったものを議論していけるような、そういった国会の常識を作っていきたいと。
これは他国だとあるんです。例えばドイツとかなんかは、やはり国会に出てきてからさらに変わっていくというのは結構あるんですが、日本の場合はなかなかそういった慣習も積み重なってないというところもありますけども、委員会質疑自体も全部フルオープンでやりますから、どうしても政策のアピールの場になっちゃうんですよ。私はこう考えてる、私はこう考えてるで終わってしまうので。実際議論する時って、それじゃ収まりつかない。
実際どう思ってんのと。ぶっちゃけどうなんだ。そう、どうなのみたいな。色々後ろに応援者いるのは分かるけども、でもここはやっぱりこう考えるべきなんじゃないのとか、そういう議論というのはやっぱり全部フルオープンだとやりづらい。
だからみんな会食に行くとか、どっかの飯屋で話すってことをしたいわけですから。
そうそうそう。そこで実質的に裏で決まっちゃってるように見えるので。
わざわざ会食行かないで、みんな集って議論してんだから、その場でやったらどうというのは確かに。
そうしたら会食の量も減ってくると思う。そう、そう。お茶ぐらいでいいっすもん、だったら。なるほどね。もうちょっとクローズドで距離近く話せる、アピールっぽくない場が必要っていうのが。なるほど。
と思います。
これはでも、私がこれを言ってしまうと身も蓋もないんですけど、やっぱり橋本さんは本質をついていて。この日本の選挙制度で、こうやって自民党みたいなのが圧倒的多数になっちゃうと、おっしゃってる通り、自民党の中の議論で決まったことが、もうニアリーイコール政府の決定になっちゃうんですよ。
党本部の中で話せばいいですもんね。
だから国会での議論って形骸化して、形ばかりやってます。自民党の人からすれば、時間さえ経過すれば、うちらの考えに基づいたものが採決されて、だってうちら多数だから、それが国の方針になるって絶対思ってるわけです。でもたかだか1年前までは自民党少数だったんで、橋本さんが今言ってたことに近かったわけですよ。
つまり自民党は自民党の数だけでは国会通らないから、国会に出てって、野党の国民民主党の考え方聞かせてくださいってやってたし、立憲民主党の考え方聞かせてくださいっていうのをやってたんだ。そうしないと過半数にならないから。だからあの時は手間暇はかかってましたけど、ちょっと国会の中で政党間で意見を聞き合って調整をしてやらないと話がまとまらないっていう状況に、一瞬なってたんです。
だから高市さんが代表になったけど、自民党少数だったっていう奇跡的な期間ありましたもんね。
そうです。すごい短い。あそこでも良かったっすよね。
だから私も、あれは多分自民党の政治家からすると思い通りにできなくって、もう手間暇かかってやだなって思ってたかもしれないですけど、政治、政党、国会とかの議論っていう意味でいけば、私も悪くないな、こういうあり方っていいんじゃないかなってちょっと思ってたんですよね。良かった。
そうですね。やはりですね、今、高市さんの政権になって、2月の選挙が終わった後に、議論に時間かけすぎとかっていう論調もありますと。
スピードが足りないとかね。
総理を国会に釘付けにしすぎというのは、他国はそうなので、そこは改善したらいいと思いますけども、それと議論を尽くすような姿勢というのが、ちょっと混同されてる感じがしてですね。やっぱり民主主義は時間かかるんです。それはもう仕方ないんです。一番早いのは独裁のやり方だし、なんだけれども、そうじゃない政治形態を日本人は選んでいるので、そこはやはり民主主義のコストとして甘受していくと。
中には自分の意見と違う人もいて、腹立つこともあるかもしれないけども、そこに対して、激しい議論になるかもしれないけれども、それも民主主義だよねということを、やはり今の議員もですね、ちょっとイメージを変えていかないと。特に期数の高い方々が自分の思い通りにならないからっていうことで、苛立つことがありますけれども、民主主義はそういうもんですから。
だから一番いい例は、さっき橋本さんがおっしゃってましたけど、103万の壁がなくなるのは、少数与党の自民党だから国民民主党の言うこと聞かなきゃって実現したわけですよ。
そうそうそう。
だからそういう意味では、そのプロセスが今までだったら、というか今みたいな状況になっちゃうと、自民党の中の議論をして、自民党の中でさえ賛成がありゃいいわけですけど、103万の壁は自民党の中だけでは出てこなかった議論なわけですよね。だから国民民主党がこういうことやったらどうだって言って、過半数がない自民党が、ある意味聞かざるを得ないから聞いて、取り入れようってなったわけで。
だからその時の状態あんだけ良くて、少数与党になった自民党と強くなった野党で色んなことが変わっていって良かったのに、なぜかめちゃくちゃ人が急に自民党に投票しだして、謎だな、この国ってすごく思ったんですけど。
そういう状況でした、あれは。だから一つはやっぱり、高市さんっていう人が女性で初めての総理大臣だったんで、相当な求心力、今でもあると思いますけど、やっぱりそこにすごい働いたっていうことが一つあるっていうのと。一部やっぱり野党に配慮しなきゃいけないことを、今、橋本さんがおっしゃった通り、手間暇がかかりすぎてイライラしちゃうみたいな人がいて。だったらできるだけ一つのところにたくさんの議席を与えて、スピーディーにやってもらった方がいいっていう、やっぱりそういうふうに思う人も出てきちゃうってことです。
それはもう、本当に一長一短だなと思うんで。そうですね。
やはりですね、タイパで語りだしたら民主主義なんてコストに合わないんですよ。でもそこに価値があると。自分の声が届いてると思うからみんな投票するわけですから。そこをないがしろにしたらあらゆるものが崩れていってしまうので、やはりこの臨時国会はですね、そういう意味で正念場だと思いますし。
あともう一つ言えるのは、自民党の中だけで議論して結果が出たように見えても、自民党の皆さんも納得してないことあるでしょと。やはり党議拘束というのも、これも今の日本だとガチガチですけども、ある程度ちょっと柔軟にしていって、委員会の中でそれぞれの専門領域を持った議員が、本当に超党派で生み出していくという、そういったやり方も大事だと思いますね。
なるほどな。分かりました。ありがとうございます。ちょっと色々、名残惜しいですけれども、ということでは。あっという間に1時間ですね。
本当そうでしたね。締めさせていただきますが、最後に出た話はすごいやっぱり本質的だなと思っていて。僕ら近代の歴史を見てね、我々なんてさっき生まれたばっかじゃないですか。僕らがちっちゃい頃はね、中国はまだ発展途上国であると、まだまだ色んなサポートが必要だみたいなことが教科書に書いてあったわけですよ。ところが蓋を開けてみれば、もう勝ち筋がないぐらいのでかい国になってしまったと。中国、自滅する可能性もありますけども。
近代の歴史を見てみると、トップダウンで、それこそ一党独裁国家に近いような状態で、トップが優秀かどうかに賭けるっていう方法の方が国の発展は早いのではっていうふうに見えてきてしまってると。民主主義って脆弱だよねっていうところがすごく見えてきてしまってるのが、ここ10年、20年な気もしていて。一定そこは向こうの強さも認めるべきだなと思っている。
一方で、とはいえ我々民主主義を選んでるよねって、それが嫌なら別の国に行くしかないよねってのはすごく本質だと思っていて。だから民主主義を選んだのであれば、そういう民主主義的プロセスっていうのを否定してはいけないよねとか。もちろんそこは改善していくべきだし、彼らの意思決定の速さとか投資の効率とか、そういったところはすごく見習うべきだなと思いつつ。
やっぱり現状の制度ってこれなんだから、その根幹の部分にまで文句を言いだしたら、それは民主主義にするのかしないのかみたいな議論になってしまうから、そこの一定、我々が今生きてる制度設計みたいなものをリスペクトするというか、その前提で動くべきなんだなってのをすごく思ったし、そういうジレンマがあるよなってのをすごく学びになったと言いますか。近い年齢の方が頑張って、すごいなと思いました。
ありがとうございます。ただ国会議員だけではなくてですね、本当にみんなで作っていく政治にしていかないと、それこそ民主主義なんてあっという間に崩れてしまいますから。ぜひ、新しい政治、みんなで作っていく政治をやっていきたいなと思いますので、ぜひ今後ともよろしくお願いします。
お願いします。以上、本日は国民民主党の橋本幹彦議員にお話を伺ってまいりました。ありがとうございます。
ありがとうございました。ありがとうございました。バイ。
TR
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