オムライス百年史:銀座のまかないから、映画が生んだ「パッカン」、令和のハンバーグ合体まで

YouTubeで開く ↗
概要

洋食の定番であるオムライスは、どこで生まれ、どう姿を変えてきたのか。「news every.」の特集「追究グルメの歴史」は、およそ100年前の日本に始まるオムライスの歴史を、リポーターの井上貴美さんが店を訪ねながらたどった。番組に登場した老舗の店主は、オムライスは日本で生まれた料理であり「和食と思っていただいてもいい」と語る。薄焼き卵で包んだ定番から、ナイフを入れると半熟卵があふれ出す「ふわとろ」、さらに令和の進化系まで、時代ごとの変化が紹介された。

7分で読めます
1:37

発祥とされる二つの説

番組によれば、オムライスの発祥には有力な説が二つある。

一つは大阪説だ。大正14年、洋食店「パンヤの食堂」に、いつもオムレツとご飯を頼む常連客がいた。毎回同じメニューではかわいそうだと考えた店主が、ケチャップライスを卵で包んで出したのが始まりだという。

もう一つのルーツが東京・銀座にある。井上さんが訪ねたのは、明治28年創業の洋食店「煉瓦亭」だ。休日には開店前から行列ができる老舗で、迎えた4代目店主は「オムライスは当店から生まれた料理でございます」と話した。

3:21

「ライスオムレツ」はオムライスではない

煉瓦亭で発祥のメニューとして出てきたのは「ライスオムレツ」だった。店主によると、これは正確にはオムライスではなく、オムライスが生まれる「きっかけになった料理」だという。名前の通り、白いご飯が具として入ったオムレツで、ソースはかかっておらず、表面からご飯粒が見えるシンプルな見た目をしている。

挽き肉や玉ねぎなどの具材とご飯、卵を混ぜ合わせて焼き、味付けは塩と胡椒だけだ。井上さんは、ケチャップを使っていないぶん全体に優しい味わいで、しっとりしてジューシーだと感想を述べた。店主のおすすめは醤油を少しかける食べ方で、試した井上さんは「口の中が卵かけご飯になりました」と驚いていた。

番組の説明では、ライスオムレツが生まれたのは洋食が日本に広がり始めた明治32年頃だ。当時、卵は高級品だった。料理人たちはご飯でかさ増ししたオムレツを、練習を兼ねたまかないとして食べていた。それを見た客から食べてみたいという声が上がり、メニューとして出されるようになったという。

5:39

卵でご飯を包むスタイルの誕生

ライスオムレツのすぐ後に、薄焼き卵でライスを包むスタイルが生まれたと店主は語る。当時、銀座では同じような料理を出す店が数軒できており、何とか違うものを出せないかと工夫するなかで、卵に混ぜるのではなく「包んでみようか」というアイデアが出て、今の形になったようだという。

その包むタイプのオムライスを食べた井上さんは、中の肉が挽き肉で、ケチャップライスの酸味とよく合うと評し、オムライスでありながら少し和風の風味も感じると話した。これを受けて店主が語ったのが、冒頭の「オムライス自体は日本で生まれた料理で、和食と思っていただいてもいい」という言葉である。まかないだったライスオムレツが料理人の工夫で「卵でライスを包む」料理へと進化し、以後このスタイルが定番になっていった、と番組はまとめた。

6:46

昭和後期の転換点:日本橋「たいめいけん」のタンポポオムライス

時代は下って昭和後期、ファミコンブームの頃からバブル景気が始まろうとする時期に、オムライスに「革命的なこと」が起きたと番組は紹介する。舞台は日本橋の洋食店「たいめいけん」。昭和6年創業で、多くの文化人に愛されてきた店だ。

3代目のオーナーシェフが出したのは「タンポポオムライス」。チキンライスの上にふわふわのオムレツを乗せた、卵でご飯を包まないスタイルである。井上さんがナイフを入れると、すっと刃が入り、中から艶のある半熟卵があふれ出した。バターの香りが立ち、卵がライスの上に広がっていく。客が自分で卵を切り開く、いわゆる「パッカン系」オムライスの元祖とされているのがこの一皿だという。

客からは「家では作れない」「他のオムライスが食べられなくなりそう」といった声が聞かれた。

9:19

伊丹十三監督と映画『タンポポ』

このスタイルを考案したのは、食通として知られた映画監督の伊丹十三さんだとシェフは説明する。チキンライスの上にとろとろの半熟オムレツを乗せ、ナイフで切り開く形を考え、昭和60年公開の映画『タンポポ』のワンシーンに登場させた。その撮影場所が当時のたいめいけんだった。

シェフは、伊丹監督がいなければタンポポオムライスは生まれていなかったと語り、「うちは普通のオムライスしかなかった」と振り返った。映画のヒットとともにタンポポオムライスは話題となり、パッカン系が一気に広まった。オムライスは卵で包むものという常識が変わり、進化はさらに加速していった、と番組は位置づけている。

10:35

平成:見た目も味も多様化

平成に入ると、変化はさらに広がる。1990年代には、卵で美しいひだを作りドレスのように巻き上げた「ドレスドオムライス」が登場し、見た目が大きく変わった。

味の面でも、定番のケチャップ味の枠を超えたものが現れた。かつお節が踊り、ソースが香るお好み焼き風のオムライスが評判を呼んだほか、黄身まで白い卵を使った「ホワイトオムライス」、イカスミを使った漆黒の「ブラックオムライス」など、バリエーションが増えていった。

2000年代には、メイドカフェでケチャップでイラストなどを描く「お絵かきオムライス」が登場し、食べるだけでなくコミュニケーションの道具にもなった。コンビニでは手軽に食べられるおにぎりスタイルが定着し、オムライスはジャンルを超えて広く親しまれるメニューになった、と番組は紹介している。

12:03

令和の進化系:ハンバーグとの合体

令和の最新形を求めて訪れたのは、中目黒駅近くに2020年にオープンした洋食店だ。客は「インパクトがあった」「卵がぷるぷる」と口をそろえ、韓国の友人を連れてきたという客は、口コミに投稿されたオムライスの写真を見て来たいと思ったと話した。SNSで話題になり、海外の客も引きつけているという。

出てきたのは、チキンライスの上に肉汁あふれるハンバーグを据え、その上にぷるぷるのオムレツを乗せた一皿だ。濃厚なチーズソースが広がり、デミグラスソースをたっぷりかけて食べる。番組は「洋食界の二大主役」であるオムライスとハンバーグが合体した料理と表現した。オムライスなのかハンバーグなのかと問われた店のシェフは「難しいところ」としつつ、「進化したオムライスみたいな感じ」と答えている。

ナイフを入れると中はとろとろで、たいめいけんの流れをくむパッカン系だ。井上さんは、ハンバーグにかなり厚みがあり、卵の優しさ、肉の力強さ、チキンライスの酸味がうまくまとまっていると評し、デミグラスソースとチーズソースが合わさって味が重なり合うと話した。

15:02

「好き」から生まれ、「映え」を狙った一皿

この料理を生み出した高島さんは、幼い頃から洋食が大好きで、なかでもオムライスが一番好きだったという。オムライスにこだわった店で修業を始めたことが料理の道に入った一番のきっかけだと語る。

ハンバーグと組み合わせた発想については、この店がもともとハンバーグで知られ、こだわってきた店だったこと、そして自身がオムライスを得意としていたことから、「合体させちゃう」形で出来上がったと説明した。

ただし単に組み合わせただけではないと番組は伝える。目指したのは、ふわふわの卵と重なり合う一体感で、ハンバーグはスチームオーブンで肉汁を閉じ込め、ふっくらジューシーに仕上げている。そして高島さん自身が一番こだわったと語るのが「映え」だ。見た目のビジュアルを重視し、客に写真を撮って広めてもらえるかを大事にして作ったという。

この料理はその後も、トマトソース版や、桜をイメージした期間限定のたらこソース版など、味わい方を変え続けている。

世代と国境を超えて

明治の煉瓦亭でまかないとして生まれたライスオムレツは、卵で包むオムライスになり、昭和には映画をきっかけに「切り開く」スタイルが広まり、平成には見た目や味が多様化し、令和にはSNSで写真が拡散される一皿へと姿を変えてきた。番組は、世代も国境も超えて愛される日本のオムライスが、これからどんな進化を遂げていくのか、という問いで特集を締めくくった。