八王子の老舗うなぎ店「志乃ざき」、アメリカ出身の若女将と二人の息子の14年

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概要

東京・八王子に本店を構えるうなぎ専門店「志乃ざき」では、アメリカ出身のクリスティンさんが若女将を務めている。番組はこの一家を14年にわたって取材してきた。今回の特集の中心は、成長した二人の息子がそれぞれどんな形で店と向き合おうとしているかである。

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創業89年の店と三世代の家族

志乃ざきは創業89年のうなぎ専門店だ。看板のうなぎは蒸してから焼くため、身がふっくらしている。タレにくぐらせて香ばしく焼き上げ、甘い脂と肉厚な身が特徴だという。店は連日、地元客でにぎわう。

厨房を仕切るのは3代目の志乃ざき賢治さんで、母ののり子さんも店に立つ。客席では若女将のクリスティンさんが、流暢な日本語で注文を通し、客をもてなしている。去年からは次男のジェイクさんも店に加わり、家族三世代で味を守っている。

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うなぎに触れず、食べられなかった若女将

クリスティンさんはアメリカの大学で経済学を学び、32年前に交換留学で来日した。レストランバーで賢治さんと出会い、互いに一目惚れした。クリスティンさんが連絡先を渡して交際が始まった。大学卒業後は東京の外資系企業に就職し、2年の交際を経て賢治さんと結婚して、うなぎ店の若女将になった。

取材が始まった14年前、クリスティンさんには大きな壁があった。日本で初めて見たうなぎは「ぬるぬるしてて怖い」存在で、触ることができなかった。結婚前に「うなぎを食べられるのか」と聞かれたときも、食べられないと答えていたという。当の夫婦は、それを大変なことだとは思っていなかったと笑って振り返る。

克服のために、夫婦は工夫を重ねた。まず身だけを食べ、皮の側をよく焼いてもらう。うなぎのイメージがつかめないから食べられなかった、と本人は語る。賢治さんのこうした工夫が実り、クリスティンさんはうなぎを食べられるようになった。

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英語で育った息子たちの将来像

家に帰れば、クリスティンさんは二人の息子の母親である。将来のためにと、家庭での会話は英語だった。その影響もあり、長男のケトさんは経営とホスピタリティを学ぶためにアメリカの大学へ進んだ。

3年前の取材で兄弟に将来の夢を尋ねると、長男は、海外に出たことでかえって自分の持っている歴史がとても貴重だと気づいたと話した。最終的には何とかして店を守りたい、という趣旨だった。当時高校生だった次男のジェイクさんは、店を継ぐこと以外は考えていないと答えた。両親は、長男が経営者として店を見て、ジェイクさんがシェフになってくれるかもしれないと期待を口にしていた。

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職人修行を始めた次男ジェイクさん

今年、兄弟の進路が大きく動いた。20歳になったジェイクさんは、うなぎ職人を目指して修行を始めた。今は父・賢治さんのもとでアルバイトとして調理補助などをしながら、父の仕事を間近で学んでいる。自分にできると思うかと聞かれると「まだ無理」と答え、一人前になるにはあと10年か15年かかるという見方を示した。

賢治さんはジェイクさんに、天然うなぎをつかめるかどうか挑戦させた。釣れたばかりの天然うなぎは大きく力も強く、ジェイクさんは「つかめないっす」と苦戦する。賢治さんは、下側が腹になっているからこう持つ、と手本を見せ、一発でつかんでみせた。一本釣りの天然うなぎには釣り針が残っていることもある。するとジェイクさんが、針がどこから出ているのかと質問した。賢治さんは、奥の方に入っていると答えたうえで、こうした質問をしてくれるのがうれしいと話した。仕事への意識が芽生えてきたのかもしれない、と番組は伝えている。

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長男の就職先はスペインのリッツ・カールトン

23歳になった長男のケトさんは、今年5月にアメリカの大学を卒業した。帰国後は10年前にオープンした支店を手伝っている。ただ、家業に入ったわけではない。就職先は世界的なホテルのリッツ・カールトンで、スペインでレストランやバーの接客を担当する。

ケトさんは、うなぎ屋で育ってきたことに触れ、人と人とのつながりの中で、良くも悪くもすぐに反応が返ってくるところにやりがいを感じ、その仕事が好きだと語った。両親もこの挑戦を応援している。一度外に出てほかの場所も見てもらった方がいい、本人がやりたいことにはできるタイミングもある、いつでも日本に戻ってこられる、というのが両親の考えだ。スペインに旅行に行ける口実ができた、とも笑う。旅立ちまでの2か月間、ケトさんは感謝を込めて店に立った。

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店を継ぐための経営相談に初めて同席

海外での就職が決まっても、店を継ぐという思いは変わっていない。夫婦は店の将来を見据え、3年前からコンサルティング会社に経営を相談してきた。今回はケトさんの希望で、ケトさんが初めて打ち合わせに同席した。

コンサルタントは、店を継ぎたいと言葉で言うだけでなく、中身から準備しておき、本当にその時が来たときに対応できるようにしておくべきだと助言した。新しいことへの挑戦や設備投資も経営には必要な戦略の一つであり、そのためにも貸借対照表(BS)をきちんと読めるようにしておくように、と勧めた。ケトさんは、これが読めなかったら本当に怖いと応じ、真剣にメモを取った。その横で、一番うれしそうにしていたのはクリスティンさんだった。夫婦は、息子がこうした話をできるようになると心強いと語った。

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高尾山でジェイクさんの20歳を祝う

1年で最も忙しい土用の丑の日を前に、一家4人は高尾山を訪れた。丑の日に向けてエネルギーを蓄えることに加え、もう一つの目的はジェイクさんの20歳の誕生日祝いだった。

夫婦はとっておきのプレゼントを用意していた。ジェイクさんが4歳のときに描いた家族のイラストをプリントしたTシャツである。賢治さんはサプライズのために、朝から同じTシャツを上着の下に着込んでいた。「16年間寝かした」と賢治さんは言う。家族そろって初めてビールで乾杯し、ジェイクさんは冷静に飲んでみせた。4人で一緒にビールを飲む光景を、両親は感慨深げに眺めた。

それでも話題はやはり店のことになる。クラッカーにクリームチーズとうなぎをのせたカナッペのような一品料理を出してはどうか、といったうなぎの新しい食べ方のアイデアが次々に出た。

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4人で迎えた土用の丑の日

土用の丑の日当日、次に4人がそろって臨めるのはいつになるかわからない。家族は一丸となって朝から準備を進めた。この日は八王子駅の構内などにも出店し、朝だけで100食以上のテイクアウトを用意した。円陣を組んで「家族みんなで頑張るぞ」と声を合わせた後、構内での販売はスタッフに任せ、家族は分かれて持ち場についた。

支店ではクリスティンさんとケトさんが接客にあたった。忙しい中でも、ケトさんはストローが必要かを確認するなど、客への気配りを忘れなかった。

八王子本店も大にぎわいで、厨房では賢治さんとジェイクさんが作業に追われた。ジェイクさんが店で丑の日を迎えるのは初めてだ。賢治さんはこの日、店の顔ともいえるうなぎの盛り付けをジェイクさんに任せた。志乃ざき流では、尻尾側を上の段の左寄せ、頭側を下の段の右寄せに並べる。賢治さんは隙間を空けずにくっつけるよう指示し、ジェイクさんが手直しすると「そうそう」と認めた。隙間なく美しく並べ、目でも味わってもらうという店のこだわりが、こうして息子に受け継がれていく。家族は力を合わせ、1年で最も忙しい1日を乗り切った。

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「最終的には八王子に戻ってくる」

ケトさんの出発前日、取材班はあえて、グローバルに育った彼が本当に戻ってこられるのかと尋ねた。ケトさんは「戻ってこれると思う」と答えた。今のところはいろいろなものを見ていきたいが、着地点としては最終的に八王子に戻ってきて頑張るつもりだと語った。翌日、ケトさんはスペインへ旅立った。

残った家族はそれぞれの思いを口にした。今年は忘れられない夏になり、一生の思い出になったという言葉があった。ジェイクさんは兄の分まで頑張りたいと話し、これからは3人で、家族で店を楽しく続けていきたいという声で特集は締めくくられた。