銚子・逗子・三田の海鮮丼 鮮度へのこだわりが生んだデカ盛りと漁師めし、祖父母の寿司店を継いだ女将

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概要

日本テレビ「every.特集」の海鮮丼にまつわる3本の取材をまとめた動画である。千葉県銚子市の「勝手にデカ盛りになる」食堂、神奈川県逗子市で現役漁師が営む店、東京・三田で祖父母の屋号を継いだ寿司店が登場する。3店とも、魚の鮮度や仕入れへのこだわりがそのまま料理の形や店の営業スタイルに表れている。

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銚子の食堂、ネタが器からはみ出す「はみ出し丼」

最初の舞台は千葉県銚子市。開業から40年、銚子で揚がった魚を出す食堂で、開店と同時にデカ盛り目当ての客が詰めかける。厨房に立つのは店主の男性、接客は母のとみ子さんが担当している。取材当日の一押しはブリの若魚であるワラサで、母親は「今週は魚が結構上がったから、食べきれないぐらい食べて」と客に声をかけていた。

人気メニューの海鮮丼は1800円で、この日のネタは8種類、その多くが銚子産だった。店の名物は「はみ出し丼」で、マグロとワラサの漬けを山盛りにした丼に、ワラサの頭が丸ごと入ったあら汁が付いて1800円である。運ばれてきた丼を見た客は「初めて見ました、このでかいの」と驚き、「マグロもでけえな」「下がもうブリだ」と、ネタの量だけでなく一切れの大きさにも反応していた。

店主は「みんな刺身って口いっぱいに頬張るもんじゃないと思ってるから、うちで口いっぱいの刺身になったっていうのがすごい」と、この店の刺身の特徴を語る。客からも「刺身好きな人は喜ぶんじゃないか」「甘みがある」という声が上がった。

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秘伝のタレと、こぼれるまで盛る作り方

番組では、はみ出し丼の作り方も紹介された。漬けに使うタレは親の代から同じレシピで、ベースはカツオと昆布だという。それ以外の材料について店主は「ちょっと後は言えない」と明かさなかった。

大きく切ったワラサの切り身とマグロのぶつ切りをこのタレに漬けるが、一日漬けると身が締まりすぎるため、注文を受けてから漬けている。ご飯はおよそ500g。まず卵焼きやかまぼこを乗せ、ワラサの切り身を10枚並べる。中央に大葉を置き、その上にマグロのぶつ切りを積み上げていく。乗せる量の目安について店主は「こぼれるまで、限界までしっかり乗せる」と説明する。最後にネギを散らして完成となる。先ほどの客はおよそ30分で完食し、「めちゃめちゃ美味しかった」と話した。

4:46

「デカ盛りにしているわけではない、勝手になる」

なぜこれほどの量を盛るのか。店主の説明は、魚の鮮度に関するものだった。魚は切った時点から劣化が始まるので、その日のうちにさばいて、その日に食べてもらうのが店にとっても客にとっても一番いい、という考え方である。「別にデカ盛りにしてるわけではない。勝手にデカ盛りになる」と店主は言う。その日さばいた魚はすべて使い切るので、結果的にたくさん食べてもらっているだけだという。

この日の刺身定食(2600円)も、一押しの魚を全部乗せた結果、刺身は12枚になった。店主は「もう食べきれなかったよっていうぐらいの気持ちで帰ってもらった方が全然いい」と話し、次に来たときにはまた大きいのが出てくるかもしれない、それが楽しいのだと続けた。

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父の店を継いだきっかけはバイク事故

この店は店主の父親が40年前に始めた。店主は高校卒業後、東京で携帯電話のアンテナなどを設置する会社に就職したが、バイク事故で1か月ほど入院した。退院してもすぐには仕事に戻れず、実家の店を手伝ううちに「やっぱり作るのが好きだったのかな」と感じたという。

その後父親の跡を継ぎ、新鮮な魚にこだわって翌日にネタを持ち越さないように、客に大ボリュームで出すようになった。番組はこれがデカ盛りの始まりだと伝えている。

朝の仕入れにも番組は同行した。この日はマグロに加え、ワラサを生で8kg仕入れていた。週末には30kgほど買うという。店に戻ると一人で仕込みを始める。デカ盛りは材料費がかかるので人件費を抑えているが、一人で回すこのやり方が自分に合っていると店主は話す。「自分で気に入った魚を買って、気に入ったように作って、お客さんこういうの喜ぶかなって。ちょっと盛りすぎかなっていう時もあるけど、喜んでくれるのが一番最高」という言葉で、この取材は締めくくられた。

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逗子・小坪漁港の前で、現役漁師が料理する店

2本目の舞台は神奈川県逗子市。小坪漁港のすぐ目の前にある漁師の店で、地元の小坪漁港で揚がった魚を使った料理が人気を集め、昼時は客でにぎわう。客からは「この値段でいいのかなっていう」という声も聞かれた。

店主の井上さんは現役の漁師でもある。番組は漁にも同行し、縁起の良い魚として祝い事にも使われるホウボウや、1.5kgほどのヒラメが揚がる様子を映した。井上さんは基本的に自分の店で使うため、獲れた瞬間に締めて血を抜き、一番鮮度のいい状態で店に持っていくようにしているという。

井上さんは5年前まで神奈川県内の飲食店で働いていたが、自ら漁師になり、去年、漁港の目の前に自分の店を開いた。「自分で獲った魚を自分で料理して、そのままお客さんに食べてもらうのは本当に最高に楽しい」と話す。手伝いの漁師仲間は、井上さんを「漁も魚も大好きでバカって感じ」と評し、ホウボウが獲れると「おはよう」と魚に挨拶するほどだと笑いながら紹介した。

10:29

熟成させたホウボウが入る「漁師の漬け丼」

一番人気は「漁師の漬け丼」である。小坪漁港で獲れたホウボウやヒラメ、ハナダイなど6種類の魚を漬けにした丼で、井上さんはこの日特にホウボウの出来が良かったと勧めた。

リポーターがホウボウを食べると「ねっとりしている」という感想が出た。井上さんによると、魚によって寝かせた方が美味しいものは寝かせており、このホウボウは獲れてから4日目だという。リポーターは熟成された旨味の濃さを感じたと話した。透き通るような身のヒラメについては、淡泊かと思いきや中から旨味が出てくると評している。丼の中央にある卵黄を崩すと味が変わり、全体がまろやかになるので、魚の味を残しつつ黄身も一緒に楽しめるという。

12:24

ワカメとメカブだけでだしを取るメカブラーメン

もう一つの漁師めしが「メカブラーメン」で、値段は800円である。使うメカブとワカメは井上さん自身が獲ったものだ。小坪では3月から4月が天然ワカメの獲れる時期で、そのとき獲ったワカメとメカブを使っている。

スープのだしはワカメとメカブだけで取っており、麺はちぢれ麺。その上に小坪漁港のメカブとワカメをたっぷり乗せ、アクセントに梅を添えて完成する。番組はメカブがワカメの根元の部分であることも紹介した。リポーターは磯の香りが強く食欲をそそると言い、シンプルなだしなのに味が濃く、あっさりしているのに旨味が凝縮されていると感想を述べた。

メニュー誕生のきっかけについて、井上さんは、メカブもワカメも大好きで、ワカメラーメンはよくあるけれどメカブも入れてみたらめちゃくちゃ美味しかったので、これでやってみようと思った、と説明している。

14:30

三田の路地裏にある「すしかね」と、ランチ限定の海鮮丼

3本目は東京・三田。慶應義塾大学からすぐの商店街に、お魚料理の店「すしかね」がある。入口は人が一人通れるほどの幅しかないが、奥には秘密基地のような空間が広がっている。昼時は近くで働く会社員や学生で満席になる。

客の目当ては、ランチ限定で10種類の魚介が味わえる海鮮丼である。ネタは豊洲市場から直送されたものだけでなく、三崎や大分の漁師から直接仕入れたものもあるため、旬で新鮮だと番組は伝える。客からは「ここより美味しい魚がなかなかない」「学生でお金がないけれど、ネタがいっぱい入っていて満足している」という声が上がった。

夜は本格的な握り寿司が出る。赤酢を使った、ほんのり酸味のある少し硬めのシャリがネタの味を引き出すという。マグロの頬肉の塩胡椒焼きや、国産の白焼き穴子を挟んだ卵焼きといった一品料理も人気だ。

16:30

一人で回すランチ営業

これらを作っているのが、女将の小野さん(49歳)である。寿司職人歴は20年以上。客から「美味しいよ」「また来るね」と言われるのが原動力だと話す。

開店は午前11時半で、ランチは一人で店に立つ。料理を出したかと思えばすぐにお茶の準備をし、開店と同時に次々と注文を受けていく。午後2時に最後の客を見送ってランチが終わると、休む間もなく夜のためのシャリ作りに取りかかる。3時間後には夜の営業が始まる。朝から晩まで働く心の支えとして、小野さんは祖父母の存在と、今の家族を挙げた。

17:58

祖父母の店で育ち、同じ寿司職人の道へ

小野さんの祖父母は新宿で寿司店を営んでいた。店の名前は「すしかね」。両親が共働きだったため、小野さんは学校から帰ると祖父の店で親の帰りを待つことが多く、巻物をもらって食べていたという。

祖父の姿を見て育った小野さんは、いつしか飲食の仕事に就きたいと思うようになり、大学に通いながら夜間の調理学校にも通い始めた。アルバイト先には祖父母の店を選んだ。仕入れに連れて行ってもらい、いろいろな魚を見たり触ったりするうちに、こういうものが寿司になるのかと興味が湧いたという。魚に魅せられた小野さんは、祖父と同じ職人の道に進むことを決めた。

19:11

1997年の閉店と、祖母の願い

しかし働き始めて間もない1997年、祖父母の店は立ち退きを迫られることになった。当時働いていた職人も高齢だったため、店は閉店した。

そのとき、祖父と共にすしかねを守ってきた祖母から、暖簾を継いでほしいと頼まれた。小野さんは、この店を消してしまうのはもったいないと感じたという。祖母は愛情を持って育ててくれた親代わりのような存在で、それがあったから続けていこうと決意できたと振り返る。

小野さんはアルバイトをしながら物件探しに明け暮れ、3年後に店をオープンした。店名には祖父母の屋号を引き継ぎ、「すしかね」と名付けた。番組によれば、それから25年、地元の人々に親しまれる店に成長した。常連客は「ひと手間ふた手間がしっかりかかっているので、リピートしたくなる」と話す。

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下肢静脈瘤を抱えながら店に立つ

小野さんの楽しみは客との会話で、カウンター越しのやり取りでは、背面でキャッチするような身のこなしも見せた。20年培った技が腕前を支えていると番組は伝える。

一方で、1日10時間以上店に立ち続ける体は悲鳴を上げている。太ももの血管が紫色になり、血液が下に溜まってしまうのだという。下肢静脈瘤という病気になっており、医師と相談した際には「仕事やめられないもんね」と言われ、「そうですね」と答えたと小野さんは話す。

そんな女将を支えているのが、夫の公平さんだ。公平さんは「彼女にずっと立っていてもらいたいし、おじいちゃんおばあちゃんの思いが詰まっている店だから大切にしたい」と語る。

もう一つの支えが、息子の秀さんが3歳のときに描いた絵である。海苔が変わってお寿司になる様子を描いたもので、小野さんは剥がせずにずっと取ってあり、疲れたときにそれを開いて「頑張ろう」と思うという。その秀さんも今は高校2年生になり、買い出しなどを手伝ってくれる。秀さんは、小さい頃は母が店をやっていてすごいと思い、かっこいいという気持ちも少しあったかもしれないと話した。

小野さんは「続けていてよかった、諦めなくてよかった」と語る。番組は、祖父母の思いを引き継いで25年、小野さんが今日も店に立ち続けていると伝えて締めくくった。