閉校が決まった母校を同級生と歩く:タケヤキ翔が東大阪の高校時代を振り返る

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概要

タケヤキ翔の母校である東大阪の府立工業高校が、合併により閉校することになった。この動画は、高校時代の同級生・ひさ(久)と一緒に学校周辺を自転車で回り、当時の思い出を語りながら、最後に母校を訪ねる記録である。タケヤキは冒頭で、閉校は来年の3月だったと思うと話している。合併後の校舎は別の場所になるため、今の建物はおそらく取り壊されるという。学校には電話で許可を取ってあり、「微力ながらでも何か力になれれば」というのが撮影の目的だと説明している。在学中の自分たちについては、ひと言でいえば「すごくおバカだった」と振り返る。

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自転車で通学路をたどる

撮影は学校のすぐ近くから始まる。出発前には地元の子どもに声をかけられ、お父さんが横で動画を見ているのを一緒に見ていると言われる場面もあった。二人は自転車で、当時毎日通った大通りへ向かう。タケヤキは最近自転車に乗っておらず、この道を自転車で走るのは学生時代以来だという。途中では「今は自転車にもいろいろルールがある」「立ち漕ぎも怒られるのか」と言い合い、二人乗りを歌った曲の歌詞を口ずさんで「アウト」と笑い合っている。よく寄っていたコンビニがまだ残っていることも確かめた。

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出会いは高校2年、最初の一言は「肩パンせえへん?」

二人が出会ったのは高校2年のときだ。タケヤキは自分を警戒心がとても強い性格だと言い、最初の1年ほどはひさと口をきかなかったと話す。新学期に新しいクラスで席に着いたとき、最初に話しかけてきたのは別の同級生で、その第一声が「肩パンせえへん?」だったという話は、二人がいつも持ち出す定番のエピソードらしい。結局その同級生とひさ、タケヤキ、もう一人が一番の仲良しグループになった。

その場で本人に電話をかけ、なぜ最初にそう言ったのかを聞いている。本人の答えは、殴りたかったわけではなく、ドッジボールでもしようかというような遊びの誘いの感覚だった、というものだった。

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校舎周辺の変化と、変わらない店

学校が近づくと、運動場はラグビー部が占領していた印象がある、という話で盛り上がる。放課後によく通った「タコシ」という店はこの日は閉まっていたが、メニューは昔と変わっていなかった。

ひさには、一時期タクシーで通学していた話もある。自転車に乗っていてタクシーにぶつけられたことがあり、その後なぜか数か月ほどタクシーで通っていた。当時まだそれほど親しくなかったタケヤキは、その様子を見て「何やねんこいつ」と思っていたという。

裏門は昔と様子が変わっていた。「変わるに決まってる」と言い合いつつ、閉校後は全部なくなって更地になる、という冗談も出る。学校の目の前には近畿大学があり、二人は近大出身のYouTuberとしてレイクレや禁断ボーイズの名前を挙げている。文化祭の買い出しに行った駄菓子屋はすでに閉店していた。

在学中、タケヤキは校則違反のバイク通学が見つかり、一発で停学になったと明かす。免許自体は取っていたとのことだ。ひさは、制服のまま来て制服のまま帰っていたことを「もうちょっと変装せえや」と突っ込んでいる。

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50円のモンスターと「放課後の味」

地元らしい場所として紹介されたのが、格安の自動販売機である。モンスターのスパークリング飲料が50円で売られていて、今ではQRコード決済にも対応していた。二人で買って乾杯すると、タケヤキは「マジで放課後の味がする」と言う。これだけ安いのには何か理由があるはずで、限られた材料でつくられた味なのだろうと推測しつつ、学生時代にずっと飲んでいたからこそ思い出がよみがえる、と話している。

その近大の文化祭に、タケヤキがライブで呼ばれたこともあったという。

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ひさが語るタケヤキの素顔

歩きながら、ひさはタケヤキの人物像について話す。世間ではクリーンでいい子というイメージがあるかもしれないが、実際は「ネジが外れている」どころのレベルではない、と言う。一方で、意外と繊細なところがあるとも指摘し、タケヤキもそれを認めた。ただし、二人ともメンタルはとても強かったと振り返っている。

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工業高校の実習と、柔道の授業の「伝説」

渡り廊下を見て、実習棟に通った記憶がよみがえる。工業高校だったため、ボール盤、フライス盤、旋盤などを使う授業があった。

特に盛り上がったのが柔道の授業のエピソードだ。柔道部の主将だったひさは、授業中に先生から呼び出され、30人ほどの生徒の前で実演として絞め落とされたという。二人は「これが平成」と笑う。タケヤキが一番面白かったと言うのは、気を失った本人がその出来事を持ちネタにし、先生のものまねで「はい、落ちました」と毎回再現していたことだ。ひさはクラスの中心的な存在で、自分でも「お調子者だった」と話す。この場でもものまねを披露し、タケヤキは「見てないのになんでそんなに再現度高いねん」と突っ込んでいる。

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マクドナルド、ラーメン、ケンタッキー

放課後によく行ったマクドナルドは健在で、隣のラーメン屋とケンタッキーも残っていた。ここで声をかけてきた中学生に、タケヤキは冗談めかして自分の出身校を勧め、ひさは「やめとけ」と返す。手を振ってくれた子どもたちにはおごったようだ。

タケヤキはビッグボーイという店に祖父とよく行っていたという思い出も話す。ケンタッキー前にあった有料の駐輪場はなくなっていて、少し寂しそうだった。

このあたりで、二人は関係の移り変わりにも触れている。お互いに忙しく、連絡を取っていない時期もあったが、そこから再び集まって今に至るという。

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初ライブとマルーン5の「Sugar」

YouTubeを始めたあと、タケヤキは音楽活動も始めた。初ライブはおそらく10年ほど前で、当時「ギフティ」というバンドを組んでいた。会場のキャパは300ほどだったが、申し込みは3000ほどあったとタケヤキは話す。そのライブにはひさも来ていて、250人ほどで会場は満員だったという。

ひさの結婚の話も出る。タケヤキはサプライズとして、マルーン5の「Sugar」をライブでひさに贈った。MVも含めて結婚式に合う曲だと考えて選んだが、本人は10年前の自分は声がまったく出ていなかったと振り返る。ひさのほうはこの曲を詳しく知らず、「なんでウェディングソングでマルーン5やねん」と大声で突っ込んでしまった。すると隣にいた妻から、あれはウェディングソングだと教えられたという。初ライブは緊張して声も出ず、まったく甘くなかったとタケヤキは笑う。

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変わった街並みと、一人暮らしのきっかけ

さらに歩くと、ローソンは車関係の店に変わり、かつてライトオンだった場所には自転車店が入っていた。ゲオはまだ残っていた。祖父によく連れて行ってもらった店は、タケヤキが「人生で一番来ている店かもしれない」と言うほどの場所だという。

裏路地を歩きながら、一人暮らしの話になる。ひさは一人暮らしをしたことがない。タケヤキは一人暮らし歴が10年を超えていて、大学を卒業してYouTubeを始めた頃からだという。きっかけは、実家の風呂で「納豆風呂」の企画を撮って父親に激怒され、出ていけと言われたことだった。そこで「実家ではYouTubeはできない」と思って家を出たと話し、ひさは「お父さん何も間違ってへん」と笑っている。

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祖母の家へ

暗くなり始めた頃、タケヤキが「寄りたい場所」として向かったのは、学校の近くにある祖母の家だった。ひさは初めての訪問である。親戚の男性もいて、柔道部の話題で盛り上がった。

祖母は動画を通じてひさのことを知っていた。ひさの妻についても嬉しいことを言ってくれたと喜び、「ありがとう」と伝えてほしいと頼む。ひさは、ずっと祖母に会いたかったと話した。祖母は10年ほど前からタケヤキの動画を見ているという。登録者200万人を超えるYouTuberが来ると知っていたら化粧をしておいたのに、と冗談を言い、夕食にカニを食べていたことも話題になった。

視聴者に期待されていたという祖母の踊りも披露された。祖母は徳山の伝統的な踊りだと説明し、三人で一緒に踊っている。踊り終えた祖母が倒れたふりをしてひさを驚かせ、タケヤキは「ばあちゃんには勝てないことが分かった」とまとめた。

十数年ぶりにこの裏路地を通って祖母の家に来たことで、初心に戻れた気がする、とタケヤキは感謝を伝える。祖母は「あんたは強いから大丈夫」と励まし、タケヤキも、自分にはものすごく強い守護霊がついていると思っていると応じた。

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母校での申し出と、その結果

最後に二人は母校に戻り、自分たちに何か協力できることはないかを学校側と話した。話し合いの中身は映されていない。後の説明によると、動画にするなど、閉校の思い出がきれいに残るような形を提案したが、学校からは「いらない」と断られたという。タケヤキは笑いながらそれを伝え、この思い出は自分たちの目の中だけにひっそり収めておこう、と話して動画を締めくくっている。