ウールやコットン、アルパカなど、ニットウェアに使われる天然繊維には多様な選択肢が存在する。その中にあって、デザイナーの石川俊介は「大人になるとカシミヤしか着られなくなってくる」と語る。一度その軽さと快適さを知ると、他の獣毛繊維に戻れなくなるほどの魅力がカシミヤにはあるという。

石川が手がける「cash & barba(キャッシュ・アンド・バルバ)」は、「みんなの日常に行き届くラグジュアリー」をコンセプトに掲げるブランドである。4〜5年前に個人的なプロジェクトとして始動し、現在のブランド名となって3年目を迎えた。モンゴルの遊牧民から直接原毛を買い付けるところからスタートした同ブランドは、高級品として扱われがちなカシミヤを、中間マージンを抑えて手の届きやすい価格で日常着として提案し続けている。

本稿では、同ブランドが展開する2026年秋冬シーズンの主要4シリーズ(梳毛カシミヤ、モンゴリアンカシミヤ、梳毛ベビーカシミヤ、紡毛のキャッシュベビー)の特徴を整理するとともに、原毛の産地による性質の違い、糸の紡績構造、そして店頭でカシミヤを選ぶ際に消費者が陥りがちな誤解について、石川が提示した技術的・構造的視点を解説する。


1. 梳毛カシミヤ(Worsted Cashmere)の設計思想と特徴

梳毛(そもう)と紡毛(ぼうもう)の構造的違い

ニット用カシミヤ糸の多くは「紡毛(ぼうもう=Woolen)」と呼ばれる手法で作られる。紡毛はカーディング(Carding)という工程を経て、バラバラの綿の状態から短い繊維も含めて機械で紡ぎ出していくため、繊維の向きがランダムで空気を含み、ふっくらとした太い糸に仕上がる。

対して本シリーズで採用されているのは「梳毛(そもう=Worsted)」である。梳毛では、コーミング(Combing)という櫛削り工程を通すことで、短い繊維を徹底的に削ぎ落とし、繊維の方向を平行に美しく引き揃えてから細い糸を紡ぐ。梳毛糸を引くためには、原料そのものに十分な「繊維長」が求められるため、質の高い長繊維原料でなければ作ることができない。

本シリーズでは、細番手である68番手の梳毛糸を作り、それを3本撚り(三子撚り)に合わせて編み立てている。

内モンゴル産ホワイトカシミヤの採用理由

梳毛糸を成立させるために選ばれたのは、中国・内モンゴル自治区産のホワイトカシミヤである。管理された牧場で飼育される白い山羊から採取される原毛は、繊維が細いだけでなく十分な長さを備えており、細番手の梳毛を引くための均一性と強度をクリアしている。

タイのハンドフレーム(手横編み機)と減らし目・リンキング技術

中国で紡績された糸はタイの工場へ送られ、職人が1台ずつ操作する手横編み機(ハンドフレーム)で編み立てられる。自動編み機と異なり、針が並んだ台の上で職人がキャリッジを往復させながら1段ずつ手作業で編み進めていく。

本シリーズは16ゲージという非常に細かなハイゲージ仕様である。前身頃や袖の形状を作る際には「減らし目」と呼ばれる成型技術を用い、手作業で目を減らしながらシルエットを構築する。さらに、編み上がったパーツ同士を接合する「リンキング」では、回転式のリンキング機の針にニットの編み目を1目ずつ手作業で刺し通して縫製していく。

16ゲージの微細な編み目を狭い縫い代で破綻なく繋ぎ合わせる技術は、現在国内では対応できる工場が極めて限られている。また、肌に直接触れやすい肩線の接合部分については、縫い代の凹凸をなくすため、手作業で完全にフラットになるよう編み続きで処理されている。

年間150日着用を想定した機能性とラインナップ

秋冬専用の肉厚ニットとは異なり、薄手で肌離れが良い梳毛カシミヤは、春先や初秋、さらには夏の冷房対策まで「年間150日ほど着られる」ことを想定して作られている。石川自身、航空機内での体温調節や乾燥対策として、旅行時には必ず1枚携行しているという。

展開型数は以下の通りである。

  • Worsted Cashmere 150 Crew(39,600円):肩を落とし、身幅に適度なゆとりを持たせたベーシックなクルーネック。
  • Worsted Cashmere 150 Cardigan(42,900円):オフィスや日常の羽織りとして通年使いやすいVネックカーディガン。
  • Worsted Cashmere 150 Polo Collar Cardigan(44,000円):襟付きのデザインで、シャツ代わりとしても羽織りとしても機能するトレンド感のあるモデル。
  • Worsted Cashmere 150 Regular Fit Crew Neck(38,500円/新型):従来のゆったりした設計から身幅を絞り、ジャケットのインナー等に合わせやすいジャストフィットの新型クルーネック。
  • Worsted Cashmere 150 Regular Fit V-Neck(38,500円/新型):レギュラーフィットの身頃に合わせ、開き具合のバランスを再設計したVネック。

カラーは、ベージュ、ブラウン、トマトレッド、Vグリーン、爽やかな新色ブルー、パープル、トップグレー、新色チャコールグレー、新色ネイビー、ブラックの全10色。ネームタグの白いベース部分にもカシミヤが用いられている。


2. モンゴリアンカシミヤ(Mongolian Cashmere)と風土的背景

外モンゴル(モンゴル国)と内モンゴルの地政学的・自然環境的差異

カシミヤの主産地は大きく「外モンゴル」と「内モンゴル」に分かれる。この境界は歴史的背景に起因する。17世紀に清朝がモンゴルを統治した際、南側を内モンゴル、北側を外モンゴルと区分した。1911年の辛亥革命を機に外モンゴルが独立宣言を行い、1924年にソビエト連邦の後押しを受けてモンゴル人民共和国(現・モンゴル国)となった。一方、北京に近く同化が進んでいた内モンゴルは中国に留まり、現在の「内モンゴル自治区」となった。

この環境差は山羊の飼育方法にも表れている。内モンゴルが近代的に管理された定住型の牧場形式へ移行しているのに対し、モンゴル国(外モンゴル)では、現在も遊牧民が移動式住居「ゲル」を用いて年に3〜4回、水と草を求めて家畜とともに移動する伝統的な遊牧生活を維持している。

モンゴル産有色カシミヤの特性と脱色を避ける理由

過酷な大自然を生き抜く外モンゴルの山羊は、体躯が大きく育つ。そのため採取される原毛は茶色やベージュなどの「有色(ブラウン・カシミヤ)」が中心となり、白い山羊はほとんど存在しない。

有色の原毛をビビッドな原色に染めるためには、事前の強力な「晒し(漂白)」が必要となり、これがカシミヤ繊維にダメージを与えてしまう。そのためcash & barbaのモンゴリアンシリーズでは漂白を避け、原料本来の風合いを生かしたナチュラルカラーや、落ち着いたトーンの染色(全8色展開)にとどめている。

また、外モンゴルの原毛は繊維が太く長いという特徴を持つ。細さを極めたホワイトカシミヤに比べると無骨な印象を受けるが、そのぶん毛が頑丈で摩擦に強い。

なぜ店頭の「柔らかいカシミヤ」に注意すべきなのか

石川は、購入時に店頭で触って「異常に柔らかい」と感じるカシミヤ製品に対して警鐘を鳴らす。

ニット製品は編み立て後に洗浄(洗い)を行うが、店頭で見栄えを良くするために過剰な柔軟剤処理を施し、人工的に繊維を毛羽立たせて最初からフワフワに仕上げている製品が少なくない。しかし、過度な加工によってあらかじめ毛羽を吹かせたニットは、繊維の強度が落ちており、着用初期の段階から毛玉(ピリング)や生地の痩せが発生しやすくなる。

モンゴリアンカシミヤシリーズでは、必要最小限の洗い加工にとどめ、柔軟剤による過剰な風合い出しを排除している。そのため購入当初はやや硬さやハリを感じるが、着用とケアを繰り返すうちに自然と毛が立ち上がり、柔らかく育っていく「経年変化」を前提とした設計が施されている。

ニットパンツ開発の経緯と耐久性

石川自身が愛用していたニットパンツは、座ったり屈んだりする動作によるお尻部分の擦れや破れが課題であった。外モンゴル産の丈夫で長い繊維はこの用途に合致することから開発されたのが、クルーネックとニットパンツの「セットアップ(Mongolian Cashmere Setup 60,500円)」である。

発売当初は男性になじみの薄いニットパンツを試してもらうためセット販売のみでスタートしたが、部屋着から外出着まで対応する耐久性と快適さが評価され、現在では単品のワイドパンツ(Mongolian Cashmere Wide Pants 41,800円)もラインナップされている。裾のリブを排したワイドストレートシルエットにより、多様なフットウェアに合わせやすい仕様となっている。

ドライバーズニットとエルボーパッチシリーズ

本シリーズでは、26番手双糸の糸を用いて12ゲージまたは5ゲージで編み立てられている。

  • Mongolian Cashmere Drivers Knit(88,000円):カシミヤ山羊約5〜6頭分に相当する、糸量1kgを贅沢に使用したアウター感覚のジップアップニット。5ゲージの畔編み(あぜあみ)で編み立てられ、しっかりとした肉厚感と丸みのあるフォルムを持つ。かつてメゾンブランドが展開していた重量級のドライバーズニットに比べ、カシミヤならではの軽さと暖かさを両立させている。
  • Mongolian Cashmere Elbow Patch シリーズ:古着やクラシックウェアのディテールを踏襲し、肘部分にモンゴル産のシープレザー(羊革)のパッチを叩きつけたシリーズ。クルーネック(38,500円)、ポケット付きカーディガン(40,700円)、2ボタンのニットポロ(40,700円)を展開。
  • Mongolian Cashmere Half Zip Knit(59,400円/新型):2本取りの糸を用い、7ゲージの畔編みで編み立てた新型ハーフジップ。ドライバーズニットの半分の糸量に設定することで、軽やかな着心地を実現している。

カラーは、無染色のナチュラルベージュ、ミリタリーライクなコヨーテ、ブルーグリーン、セージグリーン、トップグレー、アンバー、ネイビー、ブラックの全8色。


3. ベビーカシミヤの展開:梳毛(SOMO)と紡毛(Cash Baby)

「ベビーカシミヤ」とは、生後1年以内の山羊から初めて採取される特別に細い産毛のことである。歴史的には日本の東洋紡糸が内モンゴル自治区で開発した原料であり、現在は世界的ラグジュアリーブランドが主導して広く知られるようになった。cash & barbaでは、梳毛仕立てと紡毛仕立ての2種類のアプローチでベビーカシミヤを展開している。

SOMO Baby Cashmere シリーズ(梳毛)

従来の業界の常識では、繊維長が短いベビーカシミヤで梳毛糸を引くことは困難とされ、紡毛にするのが一般的であった。しかし、紡績技術の進化により、選別されたベビーカシミヤから梳毛糸を引くことが可能となった。

  • 番手と編み立て:80番手という極細の梳毛糸を用い、タイの工場にてハンドフレームで薄手に編み立てられている。通常の大人山羊の梳毛(68番手)よりもさらに繊細で、購入初期からカシミヤ特有のなめらかなタッチが際立つ。
  • 注意点:非常に細くデリケートな糸であるため、引っ掛けや摩擦、穴あきに対する配慮が必要とされる。
  • ラインナップ
    • Baby SOMO Crew(55,000円)
    • Baby SOMO Cardigan(59,400円)
  • カラー展開:原料本来の柔らかさが引き立つチャコール(無染色に近い繊維を混紡したトップ糸)と、ブラックの2色展開。

Cash Baby シリーズ(紡毛・7ゲージ)

生後1年以内、約13.5ミクロンの極細なベビーカシミヤを用い、28番手双糸を3本取りにして7ゲージでしっかりと目を詰めて編み立てた紡毛シリーズ。

前述のモンゴリアンシリーズとは対照的に、本シリーズではあえて洗いの工程で毛羽を吹かせ、空気を抱き込ませる仕上げを施している。ベビーカシミヤならではの圧倒的な柔らかさと多幸感を、手にとった瞬間から実感してもらうための意図的なアプローチである。

  • セーター類:年間約70日間の真冬の着用を想定し、「70」の名を冠している。1着あたり約500g前後の原料を使用。
    • Cash Baby 70 Crew(69,300円):英国シェットランドセーターを思わせるクラシックなサドルショルダー仕様を取り入れ、丸みのあるゆったりしたフォルムに仕上げている。
    • Cash Baby 70 Turtle Neck(71,500円):首元まで厚手の編地で覆われ、ダウンジャケットを必要としないほどの高い保温性を持つ。
    • Cash Baby 70 Skipper Knit(79,200円/新型):ボタンレスの襟元が開いたスキッパー仕様。贅沢な落ち感とドレープが楽しめる。
    • Cash Baby 70 Crew Cardigan(79,200円/新型):素材の柔らかい印象と調和する丸首タイプのカーディガン。
  • アクセサリー類
    • Cash Baby 70 Open Finger Gloves(9,900円):「世界で一番贅沢な軍手」をテーマに作られた指抜き仕様のグローブ。スマートフォン操作が可能で、ギフト需要にも対応する。
    • Cash Baby 70 Beanie(17,600円):ウール特有のチクチク感がなく、額が痒くなりにくい太畝リブのニットキャップ。
    • Cash Baby 70 Belly Warmer(22,000円/新型):2つ折りにして着用する腹巻き。内側に小物を収納できる機能性も持ち合わせ、男女問わず冷え対策やスタイリングのアクセントとして提案される。
    • Cash Baby 70 Stole II(33,000円):無染色のホワイトをはじめ、カシミヤのボリュームと極上の肌触りを直接肌で体感できる大判マフラー。
  • カラー展開:無染色のホワイト、ナチュラル、ミント、ピンク、エッジオレンジ、トマトレッド、レッド、Vグリーン、ティール、ネイビー、チャコールグレー、ブラックの全12色を展開。

4. 原材料高騰の現実とリペア体制によるサステナビリティ

原毛市場の価格高騰

高品質なカシミヤを手の届く価格で届けることを目指してきた同ブランドだが、近年の世界的な原毛価格の高騰に直面している。

石川によれば、モンゴル現地からは「来季は原毛価格がさらに50%程度値上がりするのではないか」という観測情報も入ってきているという。原材料の急激なインフレーションに対し、最上位クラスの原料ロットを早期に確保するなどの対策を講じているものの、製品価格を現在の水準で維持することは年々厳しさを増している。

長く愛用するためのリペアサービスの準備

高価格化が進む天然素材を使い捨てにせず、世代を超えて長く着続けてもらうため、ブランド側でも新たな取り組みが進められている。

薄手の梳毛ニットや繊細なベビーカシミヤは、着用による摩耗や予期せぬ引っ掛けによって穴あきやダメージが生じることが避けられない。これに対し、ブランドでは補修を施して服を延命させる「公式リペアサービス」の立ち上げ準備を進めている。単に元通りに直すだけでなく、補修跡そのものを楽しむような愛着の持てるサービスを目指しているという。

また、内モンゴルやモンゴル国の牧場や紡績工場に自ら足を運び、山羊の生態や現地の遊牧文化、食文化まで深く関わりながらモノづくりを行っている石川は、素材の背景にある生命や文化を尊重し、余すところなく日常着として消費者に還元する姿勢を崩していない。

素材の性質、紡績方法、編み立て、そして仕上げの意図を正しく理解することで、単なる「肌触りの良さ」を超えたカシミヤ本来の価値が見えてくる。